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<title>ケペル先生のブログ</title>
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<description>日々の話題あれこれ</description>
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<title>アン王女とジョーの再会</title>
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<description>ジョージ・スティーブンス監督（右）を祝う式典でオードリーとペックの再会があった ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://shisly.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/10/img_0015.jpg&quot;&gt;&lt;img class=&quot;image-full&quot; title=&quot;Img_0015&quot; alt=&quot;Img_0015&quot; src=&quot;http://shisly.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/10/img_0015.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt; &lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.6em;&quot;&gt;ジョージ・スティーブンス監督（右）を祝う式典でオードリーとペックの再会があった&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 1951年に渡米したオードリー・ヘプバーンは女流作家コレットに認められて舞台「ジジ」の主役を演じることになった。翌年「ジジ」を見たウィリアム・ワイラーが新作「ローマの休日」のヒロインに選んだ。相手役にはケーリー・グラントを考えたが、無名の新人女優だったので、ケーリーは断わった。当時グレゴリー・ペックは離婚が成立し、フランス人記者のヴェロニク・パッサーニと恋愛中だったので、ロケ地がローマと聞いて引き受けた。1952年の夏の暑い盛りにロケが行われ、翌年映画は公開された。予想外の大ヒットでこの映画１本でオードリーは世界のスターとなった。オードリーはイギリス人との結婚のため花嫁衣裳まで用意していたが、婚約は破棄せざるをえなかった。共演のペックから紹介されたメル・フェラーと、舞台「オンディーヌ」で共演する。その後、ペックとオードリーの映画での共演は一度もなかった。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>

<dc:creator>ケペル先生</dc:creator>
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<title>映画はアイデア勝負!!「電送人間」</title>
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<description>東宝特撮映画、液体人間、ガス人間、そして電送人間と続くシリーズ。「電送人間」（昭...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 東宝特撮映画、液体人間、ガス人間、そして電送人間と続くシリーズ。「電送人間」（昭和35年）は主演が鶴田浩二だが、本当の主役は完全に中丸忠雄だ。太平洋戦争末期に殺された須藤兵長（中丸忠雄）が河津清三郎らに復讐する。電送写真というのは昔からあるが、物質電送機というアイデアで映画にした作品は珍しい。タイムマシンに近いものであろうか。電送機を発明した仁木博士を演ずるのは、佐々木孝丸。この俳優は労働組合などで昔歌った革命歌・インターナショナルを訳詩した人である。警察の部長に横綱若乃花が出演している。ところで鶴田浩二主演のテレビ「新選組」では中丸忠雄は佐々木只三郎という見廻り役の頭として出演している。電送人間の仕組みはともかく、ラストシーンで仁木博士がレバーを引くと、火山が大爆発をおこす原理は謎だ。あれが本当なら火山大爆発機のほうがスケールがでかいのではないか。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>

<dc:creator>ケペル先生</dc:creator>
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<title>張良の仙人志願</title>
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<description>留侯張良は、漢室創業なるや、病と称して引退し、食事をしない。張良が言うには、「わ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 留侯張良は、漢室創業なるや、病と称して引退し、食事をしない。張良が言うには、「わたしの家は代々韓の宰相であったが、秦のため亡ぼされたので、仇討をすることができた。かくして今は舌先三寸をもって帝王の軍師となり、一万戸の封地を拝領して列侯になっている。平民にとって、これ以上の栄達はない。あとは俗世を捨てて、赤松子のように仙界で遊びたい」と。赤松子とは神農時代の仙人だそうだが、詳しいことはわからない。水玉という水晶からつくる妙薬で体を鍛えたのち、炎に身を投じ、全身を焼きつくして神仙となった。さらに崑崙山で修行をかさねた。炎帝（神農）の末娘が赤松子を追ってきたので、娘にも水晶を飲ませて尸解を施し、２人は天に昇っていった。張良は栄達を遂げた人のお手本のような人物だ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>世界史</dc:subject>

<dc:creator>ケペル先生</dc:creator>
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<title>伝統と革新の交錯、俳人たちの現在</title>
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<description>「坂の上の雲」のもう一人の主人公、香川照之演じる正岡子規のユニークな人柄をたいへ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;「坂の上の雲」のもう一人の主人公、香川照之演じる正岡子規のユニークな人柄をたいへん好ましく思う。「貫之は下手な歌よみにて古今集はくだらぬ集に有之候」と言った子規が、現代俳句をいかに評価するのか知りたい。「ホトトギス」は、子規の号に因み、明治30年に創刊したが、現代俳壇はホトトギス全盛といってよい。大新聞の俳壇の選者がホトトギスの門下であれば当然、花鳥風月の客観写生の句が選ばれる。ところが子規の門下の河東碧梧桐の新傾向派は自由律・無季題である。この派から尾崎放哉や種田山頭火も出たが、後継者が現われるはずもなく、途絶えたといってよい。一方の高浜虚子からは、飯田蛇笏、原石鼎、村上鬼城、水原秋桜子、山口誓子、中村草田男など輩出した。現在、金子兜太らの前衛俳句もあるが、伝統対革新の構図はいつの時代もある。ここでは奇妙な名句をいくつかあげてみる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちんぽこもおそそに湧いてあふれる湯（山頭火）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;江川投手は征露丸です咲くさくら（坪内稔典）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;銀行員等朝より蛍光す烏賊のごとく（金子兜太）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日本文学</dc:subject>

<dc:creator>ケペル先生</dc:creator>
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<title>新選組テレビヒーロー全員集合</title>
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<description>鶴田浩二・近藤勇の「新選組」を毎日見ている。昨日第七話は、藤岡重慶ら４人が新選組...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 鶴田浩二・近藤勇の「新選組」を毎日見ている。昨日第七話は、藤岡重慶ら４人が新選組に加入したが、その中の北原健介（石田信之）が主役の話。（石田は芸名を延之と改名）浪士が祇園の民家に潜入し、人質をとって立てこもっている。藤岡は手柄をあせって、町民２人もまきぞえにして、浪士３人を斬る。そして石田にその責任をおわす。女中の四方正美（チャコちゃんのお姉さん）の通報により、藤岡の悪事がばれる。近藤は藤岡を斬る。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; このシリーズの「新選組血風録」「燃えよ剣」と大きく異なる点は、前２作は司馬遼太郎の原作にもとづくが、今回は結束信二のオリジナル脚本。結束もかなり新選組の史実を調べ上げて脚本を書き上げているのはわかるが、やはり前作と比べて見劣りがする。ドラマは歴史物なので歴史的、時間的進行が必要だろう。それと近藤勇の人間像にどれだけ迫れるかが焦点となる。やはりスター鶴田浩二のカッコよさが目立ちすぎという印象があることは否めない事実である。心やさしき近藤と厳格な土方の対立。菅原文太が芸者幾松に匿われていたとき、見逃した温情、鉄砲導入に反対し、鳥羽伏見の戦いでの敗北の原因をつくったことなど、ドラマから見ると近藤が本当に薩長を撲滅する風はみえず、時代のニヒリストのように感ぜられる。その静かな主役に比べ脇役陣の賑やかなること。仮面ライダーの藤岡弘、無用之介の伊吹吾郎、白馬童子の山城新伍、月曜日の男ＪＪの待田京介、ミラーマンの石田信之、おれは大物の長谷川明男、37階の男の中丸忠雄。おまけにキイハンターのユミちゃん大川栄子が毎回登場している。まるでＴＶヒーロー大集合のお祭り新選組だ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>

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<title>イケメンと色男の違いは？</title>
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<description>来年のカレンダーがお店にたくさん並んでいる。みると若い男性スターが多い。小栗旬、...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;来年のカレンダーがお店にたくさん並んでいる。みると若い男性スターが多い。小栗旬、上地雄輔、向井理、三浦春馬、岡田将生、溝端淳平、山本裕典、山田涼介、木村了、中村蒼、中山優馬、瀬戸康史、村井良大、加藤和樹、大東俊介、板坂桃季、神木隆之介、井上正大、平岡裕太など。イケメンブームだ。もちろん長谷川一夫の時代から色男の役者はいた。色男とイケメンとの違いは何か。「現代用語の基礎知識2002」には、イケメンとは「いけてる男。英語のｍｅｎと面とを合わせて言う」とある。色男との違いはわからない。江戸時代、色を売る男を「かげま」（陰間）といった。八幡太郎義家の愛童に、鎌倉権五郎景政という美少年がいて、「景政」の名から「かげま」が生まれた。忠臣蔵の話で色男の岡野金右衛門が吉良邸の奥女中のお艶という年増女に見初められ、絵図面を持ち出しに成功する。だが岡野金右衛門は武士として心中苦しむ場面がある。「かげま」にしろ、色男にしろ、うしろめたさがあった。それが社会全体で「色男あり」と認知された状況がイケメンブームの背景にある。先日、ＮＨＫ歌謡コンサートを見ていたら、この番組一番の盛り上がりを見せたのは、女性ベテラン歌手と北川大介、竹島宏、山内恵介らイケメンスリーのデュエットである。大月みやこ、小林幸子、伍代夏子らの熟女が若手男性歌手をリードするところが大いに面白い。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>芸能・アイドル</dc:subject>

<dc:creator>ケペル先生</dc:creator>
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<title>老人だった佐々木小次郎</title>
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<description>吉川英治の小説「宮本武蔵」での佐々木小次郎の描写は「前髪に紫の紐をかけ、派手やか...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://shisly.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/09/img_0012.jpg&quot;&gt;&lt;img class=&quot;image-full&quot; title=&quot;Img_0012&quot; alt=&quot;Img_0012&quot; src=&quot;http://shisly.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/09/img_0012.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;&amp;nbsp; 吉川英治の小説「宮本武蔵」での佐々木小次郎の描写は「前髪に紫の紐をかけ、派手やかな小袖へ、緋らしゃの胴羽織を纏っているので、少年として見えるものの、年齢のほどは、少年という称呼には当てはまるかどうか、保証のかぎりではない（中略）まず19か、20歳というところではなかろうかと思われます」とある。以後、多くの映画・ドラマの小次郎像は長身の美少年である。熊本藩の豊田景英が編纂した『二天記』では巌流島の決闘時の年齢は18歳であったと記されている。しかしながら小次郎は越前の中条流の富田勢源の門人であったという。勢源は晩年には眼疾で弟の富田景政が家督を相続したが、小次郎は景政と試合をして、見事勝っている。諸国を修行し、燕返しの剣法を案出し、増田長盛によって豊臣秀吉に仕えようとしたが、うまくいかず、結局、豊前小倉の藩主細川忠興に仕えるようになった。つまりこれらの出自から逆算すると、天正時代にはすでに成年になっており、宮本武蔵より30歳ぐらいは年長であると考えられ、江戸時代の絵草子では佐々木小次郎は髭をたくわえた豪傑として描かれている。『二天記』の年齢記述は誤りで、実際には70歳くらいではなかったかといわれている。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日本史</dc:subject>

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<title>透明人間</title>
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<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://shisly.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/08/photo.jpg&quot;&gt;&lt;img class=&quot;image-full&quot; title=&quot;Photo&quot; alt=&quot;Photo&quot; src=&quot;http://shisly.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/12/08/photo.jpg&quot; border=&quot;0&quot; /&gt;&lt;/a&gt; &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 映画「透明人間」は「ゴジラ」（昭和29年）に次ぐ東宝特撮ＳＦ作品である。お話は旧日本軍の特殊部隊「透明人間特攻隊」はサイパン島で玉砕を遂げたが、そのうちの２人だけは助かって帰還していた。この透明人間は一度透明人間になってしまうと、元に戻ることができない。キャバレー黒船のサンドウィッチマンのピエロが透明人間（河津清三郎）である。ともかく昭和30年頃の東京の風景はアーカイブものの珍品である。街頭テレビ、ナイトクラブのショー、路面電車、トラックの荷台に乗った大勢の警官たち、スクーター、競馬場、すべてが戦後風俗の貴重な昭和の記録。盲目の美少女を演ずるのは、なんと童謡歌手の近藤圭子ちゃん。（なつかしい～）映画が大人向けなのか子ども向けなのか定まってなかったようだ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>

<dc:creator>ケペル先生</dc:creator>
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<title>上林暁「歴史の日」</title>
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<description>昭和39年に集英社から「昭和戦争文学全集全15巻別巻１」が刊行された。その第４巻...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 昭和39年に集英社から「昭和戦争文学全集全15巻別巻１」が刊行された。その第４巻は昭和16年12月８日の対米英戦争開始から昭和17年５月のコレヒドール攻略、珊瑚海海戦頃までの、緒戦の時期に関する記録・作品が収められている。なかでも12月８日の記録としては、太宰治、坂口安吾、伊藤整、高村光太郎、徳田秋声など諸家のものがあるが、上林暁の「歴史の日」（「新潮」昭和17年２月号）という手記が一番素直な気持ちで当時の空気を今日のわれわれに伝えているような気がする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;昭和16年12月８日は、遂に歴史の日になってしまった。（中略）隣のラジオが突然臨時ニュースの放送をはじめたのであった。「大本営陸海軍部発表、12月８日午前６時、帝国陸海軍は本八日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れリ」（中略）その時、妹が庭で干し物をしていて、隣の女中が、垣根越しに、話しかけている。何を話しているのかと思って耳を立てると、「今朝はとってもひどい霜ね」と隣の女中が言った。「屋根が雪みたようでしたね」と妹が答えた。戦争のはじまった朝だから、霜の印象が深いのにちがいない。そうかと思って、私は目をあげた。隣の屋根が水びたしになって濡れている。うちの樋からは湯気が立っている。私はそれを見ながら、戦争のはじまった朝に、隣の女中が、霜の話をしたのが、印象に深く残るであろうと思った。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 当時、上林暁（1902-1980）は39歳。妻の繁子が昭和14年から入院中であった。上林は９年間患い死んでいった妻のことを書いた一連の作品で知られる作家である。この「歴史の日」でもそのことに触れている。自分の心境を書く小説家と、未曾有の国家的事件発生でとまどう不安な心理状況が文面からうかがえる。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日本史</dc:subject>

<dc:creator>ケペル先生</dc:creator>
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<item rdf:about="http://shisly.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-e054.html">
<title>鐘捲自斎と伊藤一刀斎</title>
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<description>鐘捲自斎通家は遠州秋葉に生まれ、越前に住した。自斎は中条流から出て、外他流を開い...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 鐘捲自斎通家は遠州秋葉に生まれ、越前に住した。自斎は中条流から出て、外他流を開いた達人で、外他通家とも称し、門人には伊藤一刀斎、佐々木小次郎らがいる。一刀斎がまだ10代の頃、弥五郎と称して自斎の下で５年ほど修行をしていたときの話である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 弥五郎は自斎から学ぶべきことはすべて学びとってしまったので、自斎に向かって、「私はもはや、外他流の妙味を会得したように思いますゆえ、お暇をいただきます」といった。「思い上がりも甚だしい。弱年の身で何をいうか、わしと立ち合ってみよう」と自斎は木刀をとって庭に下りた。自斎は一刀のもとに打ち据え、その慢心をうち砕くいてやろうと思った。ところが逆であった。弥五郎は見事に自斎を打ち込んだ。自斎はうめいた。しかし、どうしても解せなかった。「わしは諸国をめぐって、多くの武芸者と試合をして来たが、いまだに敗れたことはない。しかし今その方と立ち合って、確かに負けた。その方はいつ、この妙技を会得したのか」弥五郎は言った。「人は眠っている時でも足がかゆいのに間違って頭の方をかくことはありません。足がかゆければ足をかき、頭がかゆければ頭をかきます。つまり、人間には機能が働いていて、自ずと防衛するようにできています。その原理を働かそうと考えたのです。」自斎は秘伝をすべて弥五郎に授けた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;伊藤一刀斎開眼の秘話はまるで星飛雄馬が大リーグボール１号を生んだときに似ている。野球とは関係のない、ボクシングや剣道、射撃を体験し、はては「打たれて結構、もう一歩進んで打ってもらう」という禅寺の和尚の言葉で魔球のヒントをつかんだ。諸芸相通ずるものがあるように思える。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>ケペル先生</dc:creator>
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