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2018年12月20日 (木)

現代人にとって神は不要なのか?

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    現代は原子力の時代、宇宙開発の時代といわれ、もはや神の存在は不要になったのであろうか。そんな疑問をいだかせる本が「バカの壁」である。平成15年に出版され400万部という大ベストセラー「バカの壁」を遅まきながら読む。養老孟司は次のようにいう。「私の考え方は、簡単に言えば二元論に集約されます。イスラム教、ユダヤ教、キリスト教は、結局、一元論の宗教です。一元論の欠点というものを、世界は、この150年で、嫌というほどたたき込まれてきたはずです。だから、21世紀こそは、一元論の世界にはならないでほしいのです。男がいれば女もいる、でいいわけです」

   おそらく無信仰の多い日本人には養老孟司の話は受け入れやすいだろう。とくにキリスト教は日本では増えていない。仏教、神道といっても冠婚葬祭だけの話である。つまり養老の説は宗教、思想、哲学を研究しても無意味だという話になりかねない。ほんとうに信頼できるのは合理的に実証できる科学だけだ、といっていることと同じであろう。(データの改竄、捏造はあるが)最近の科学論(科学哲学)の世界でも「パラダイムの転換」にみられるように、一元論ではなく、二元論、多元論が優位であることは事実である。つまり養老のスタンスは科学者の立場からはあたりまえのことを言っているにすぎない。おもえば近代科学の学者たちは、神に対する信仰を弱めさせる説を提唱してきた。ダーウィン、マルクス、ニーチェ、フロイト。文学者の魯迅も儒教が中国の近代化を遅らした弊害を厳しく批判した。20世紀マルクス主義の唯物論の大学教授は隆盛を極めたが今は空しい結果となっている。二元論、多元論が正当性があるかの如く広まっているが、神や宗教が多くの人々にとって時代遅れの代物に思う時代は悲しい。たとえば愛する人を失った時、人はどうするであろうか。現代医学の力をもってしてもどうすることもできない。人は無力であり、ただ哀しむだけである。そして宗教、あるいは信仰によって慰めをうることができるはずである。花束で死者を悼んでも死者は甦らない、と合理的に考えても、心は癒されるはずがない。「一元論か二元論か」、この問題は古代ギリシア以来の哲学の根本問題である。養老孟司のいうように「この世に男と女がいるから二元論だ」という説には賛成できない。信仰者にとっては「まことの神」が唯一であり、一元論も誰にも否定できない。それは21世紀だけの課題でなく、人類永遠の課題でもある。人は神に全てをゆだねることによって世の中にある理不尽さを乗り越えることが出来るのかもしれない。

2018年4月 8日 (日)

奈良の大仏さんの身長は?

Photo188077    聖武天皇は本日は「大仏の日」。747年9月29日、東大寺大仏造立を開始し、5年後の752年4月9日、完成し、大仏開眼供養会が行われた。その後、大仏は頭部が欠落するなどの事故をたびたび引き起こし、そのつど修理を加えて維持してきたが、1180年、平重衡の南都焼き討ちに災をこうむり、焼失した。第1回の復興は、源頼朝の援助を受けて俊乗房重源が着手し、1185年には大仏を供養しており、東大寺全体の総供養は1203年盛大に執行された。ところが、1567年三好・松永の兵火がふたたび大仏を焼くにいたった。今回は戦国の世で復興事業はおもうように進まず、江戸期になって公慶上人がよく幕府を動かし、1692年大仏はここに3度雄姿を現した。これが、今日われわれが東大寺に拝む盧舎那仏大像である。奈良の大仏さんを見学する子どもたちの質問で、よくあるのが「大仏の毛髪、これを螺髪(らほつ)という、その数は?」 古くから966個と伝えられてきたが、レーザー光を使った最新技術によって492個だったことがわかった。大仏の身長は、座っているので座高は15m。蓮の台を含めると(つまり下から見上げたときの高さ)は、18mになる。

2018年4月 3日 (火)

平成之大馬鹿門騒動

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   平成8年3月、京都の仏教大学が新図書館などの建設にあわせて正門周辺の改修工事をした際、彫刻家・空充秋(そらみつあき)が制作した門柱が贈られた。大学側は当初、気づかなかったが、4月3日の入学式で、教員が門柱の側面に30cm四方の大きさで「平成之大馬鹿門」と彫り込まれていることを発見した。大学と空とで題名を削るかどうか話し合いが続けられたが、決裂した。大学は「馬鹿という言葉は大学には不適切。削ってほしい」と要求。空は「作品を削るというのは、自殺しろというのと同じ」と対立。大学側が引き取りを拒否したため、2ヶ月後の6月、門柱を香川県木田郡庵治町の自宅に持ち帰った。その後、各地から門柱の要望があり、平成8年8月、空は兵庫県宍粟市へ寄贈した。現在、千種高原へ向かう道路を挟んで相対し聳える、おごしき山(1095m)と空山(901m)の、それぞれの山頂に1基づつ設置されている。(参考文献:中井真孝「平成之大馬鹿門と新聞記事」 鷹陵150号 1996年)

2018年2月26日 (月)

日本の「補陀洛渡海」信仰

Photo   和歌山県の那智勝浦に補陀洛山寺がある。同寺では毎年、立春大護摩祈祷会に合わせて節分を前にして、一足早い豆まきが行われる。今年も1月27日に行われた。補陀洛とは遙か南方海上にあると信じられた山である。中世の観音信仰の1つで、熊野の那智権現には補陀洛山寺がある。補陀洛渡海といって、寺の住職は61歳の11月に観音浄土をめざして生きながら海に出て往生を願う渡海上人の慣わしがあった。補陀洛というと熊野のほかに有名なのが栃木県の日光である。それにしても、なぜ北関東の一山である男体山が補陀洛山とされたのか不思議である。782年に勝道が開山したときは補陀洛山(ほたらやま)と称した。いつしか「フタアラ」ないし「フタラ」と呼ばれ、弘法大師が二荒山(にこうさん)と呼んだことから、人々も二荒(にこう)、日光となったといわれる。

参考文献

根井浄「補陀洛渡海考」 2001年

神野富一「常世と補陀洛」 甲南国文51号、2004年

2017年5月27日 (土)

人は死んだらどうなるのか?

   「♪私のお墓の前で泣かないでください そこに私はいません 死んでなんかいません」(千の風になって)という歌に癒された人もいるかもしれない。反対に日本人は家族の墓参りに行くから、仏教界からすると、この歌は好ましい歌ではないらしい。原作者は北米のナバホ族の埋葬の祈りから採られたという説もある。「人は塵から造られ、やがて死ぬと塵に帰る」という人もいる。すると霊魂はどこへ行くのだろうか。だれにもわからない問題だろうが、すくなからず混乱があるだろう。

We all have to meet our maker,sooner or later.私たちは皆、いずれは死と向かい会わなければならない

Shizufan021    静岡県伊豆市に「伊豆極楽苑」という「あの世」を体験できるテーマパークがある。閻魔大王をはじめとする10王が、死後49日間で、亡者が現世でどんな悪い事をしたのか細かく審議する。

Shizufan0163    賽の河原、三途の川では奪衣婆が亡者から衣類をはぎとり、懸衣翁が枝にかけ、その枝の垂れ具合で亡者の生前の罪の重さを計るのである。

Shizufan0233    最後に冥界の王、閻魔大王が死者の生前の罪を裁く。判決が下り、六道の辻と呼ばれる道にそれぞれが進む。

2017年4月28日 (金)

宇宙、神、人間

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   ドイツのフリッツ・ロイターFritz Rcuter(1810-1874)は世界的に知られた作家であるが何故か日本ではほとんど知られていない。おそらく宗教的な内容を多く含んでいるからであろうか。かつて神を次の言葉で言い表している。

初めも終りも、主よ、あなたのもの。

その間の短い時、人生はわたしのもの。

されどわたしたちは暗やみの中を迷い、

なにも見いださない。

主よ、あなたは光であり、

光はあなたのみ住まいです。

   われわれは宇宙という天空の幻想の中で生きている。最近は大型望遠鏡によってはるかはなたの宇宙の果てまで画像を見ることができる。科学がもたらした新知識で広大な宇宙の神秘が解き明かされようとしている。現代の知識では宇宙はおよそ140億年前に誕生した。そして何十億という星雲のなかの一つである銀河系のなかの一つの小さな惑星、それが地球である。創造か進化か。なぜ人間は神のことを考えるのか。多くの民族は、表現の違いこそあれ、人間は自分ひとりで立っているのではなく、またそうすることはできないと考えた。人間は自分の外の自然や社会の種々の力を極めて重要な関係を持っており、その力に依存してさえいるのである。人は自分が世から離れて立つことのできる力の中心ではないことをぼんやりとではあれ、はっきりとであれ、知っているのだ。

2016年3月12日 (土)

寒さ暑さもお水取り

Otaimatu1  東大寺二月堂の修二会は、東大寺の実忠和尚が夢の中で、十一面観音悔過の行法を拝み、752年に、これを人間の世界に移して行ったのが始まりである。以来、今年で1261回を数える。この法会は、現在は3月1日より2週間にわたって行われているが、もとは旧暦の2月1日から行われていたので、二月に修する法会という意味をこめて「修二会」と呼ばれるようになった。行中の3月12日深夜(13日の午前1時半頃)には、「御水取り」といって、堂前の若狭井という井戸から観音さまにお供えする「お香水」を汲み上げる儀式が行われる。また、この行を勤める練行衆の道明かりとして、夜更、大きな松明が本堂の回廊で振り回される。「おたいまつ」と呼ばれるこの松明の火の粉を浴びると災厄が除かれると伝えられるため、群衆は争って松明から出る火の粉を浴びようとする。

2015年7月21日 (火)

クララ童貞会

   「童貞」とは元々カトリック教会の修道女(尼僧)を敬って言う表現である。アッシジの貴族の娘クララがポルツィウンコラで聖フランチェスコの指導のもとに1212年にクララ童貞会を創設した。厳しい清貧、禁欲生活を通じ、神との交わりを目指す観想生活を特色とする。ゼフレッリ監督の映画「ブラザー・サン・シスター・ムーン」(1972)でジュディ・バウカーがクララを演じた。 Klarissenorden

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2015年6月22日 (月)

マクンバの呪い

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Macumba20altar   サンバという踊りは日本でもよく知られるようになったが、ブラジルにはマクンバという邪教がある。奴隷時代、アフリカ西海岸から連れてこられた黒人たちが持ち込んだ伝統宗教とカトリック信仰とが習合してマクンバが生れた。つらい生活を忘れるために歌い、踊ることから生れたのがサンバであり、祈ることで白人に対する憎悪をむき出しにしたのがマクンバである。「マクンバにかけられる」という言い方があるように、一種の呪いの儀式である。パワーの強いマクンベイロ(呪術師)にかけられるとなかなかこの呪いが解けない恐ろしい邪教なのだ。ブラジルでは今でも、大きなお皿に、鶏の死骸などが道端に置かれていることがある。これがマクンバである。

Photo_2   このマクンバが近頃では日本にも侵入していることをネットで知った。家を訪問した人から、1枚は葉っぱをもらい、それを軒などに飾っておくと金運がアップするというのだ。葉を「フォルトゥーナ」Fortuna、ローマ神話の運命の女神のことで「幸福」という意、ポルトガル語では大金、財産という意味があるらしい。釘で壁に打ち付けておくと、根が伸びて成長も早い。このように深く静かに身近な生活の中にマクンバの呪いが広がっている。macumba

参考文献:鈴木一郎「密教マクンバ 文明の中の秘境」 読売新聞社 1974

2015年6月21日 (日)

能登古寺巡礼・妙成寺

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 松本清張「ゼロの焦点」。北陸の冬、金沢、羽咋、七尾、和倉が舞台である。陰鬱な北陸の冬の情景描写が印象に残る。しかし石川県羽咋は、能登一宮である気多神社があることでもわかるように古代から開かれた地であった。とくに妙成寺は北陸における日蓮宗の本山である。1294年に日象聖人が開山した。江戸時代、前田利常の生母寿福院の菩提寺で歴代藩主の帰依をうけて栄えた。広大な境内には本堂、祖師堂、三光堂、書院、庫裡、番神堂、五重塔、仁王門、鐘楼、経堂など多くの堂宇が甍を並べている。

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