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2023年2月 1日 (水)

テレビ放送70年

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   本日は「テレビ放送記念日」1953年のこの日、NHKが日本初のテレビ放送を行った。当日は、東京千代田区内幸町の放送会館第1スタジオから菊五郎劇団の「道行初音旅」や映画などが放送された。当時の受信契約数は868、受信機18万円、受信料は月額200円だった。同年8月23日には、日本テレビが民放初の本放送を開始する。当時の人気番組は「ジェスチャー」「大相撲」「プロ野球ナイター中継」など。この年の大晦日、日劇から初の「紅白歌合戦」の公開放送がある。1962年にはTV受信契約が1000万台を突破し放送も全日になった。

   20世紀の大発明の一つがテレビである。言葉を超えた情報を伝えられるテレビは、地球を一つに結びつける有力な媒体として世界を変えた。だがテレビの発明は誰か御存知だろうか。テレビが実用化されるのは第二次世界大戦後だが、動く画像を電波に乗せて送る技術は戦前に開発されていた。アメリカに亡命していたロシア人、ウラジミール・ツヴォルキーン(1888-1982)が1933年にアイコノスコープ(撮像管)を発明。これによってテレビ放送はこの実現に向けて大きく一歩を踏み出すことができた。テレビの進化は、デジタル化によって地上波はもちろんBS、4K、CSなど90チャンネル以上ある。またネット通信によってオンデマンドやアーカイブスなどデジタル映像によって配信している。また従来のビデオ、DVDなどのパッケージ物のソフトも豊富でコンテンツが充実している。映像文化は受動的なものから、能動的に見たい番組を検索して選択する時代になっている。(2月1日)

 

 

2023年1月26日 (木)

帝銀事件

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  昭和23年1月26日、帝国銀行椎名町支店に午後3時過ぎ、東京都防疫消毒班の腕章をつけた色白いやせ型の初老の男が現れた。男は進駐軍の命令で赤痢の予防薬を飲んでもらうことになったという。まず自分で飲んでみせたあと、行員全員に飲ませた。まもなく、12人が死亡、4人が重体となり、現金16万円と小切手が奪われた。毒物は青酸化合物と判明した。

    当初、警察は毒物の専門知識を持つ者の犯行として、犯人像を旧関東軍の細菌兵器研究部隊(731部隊)関係者に絞り込んでいた。ところが、事件から7ヵ月後、突如捜査方針が転換した。8月22日、テンペラ画家平沢貞通が逮捕された。一旦は犯行を自白したが、公判では否認。物的証拠がなく、毒物の入手経路も判明しないまま、昭和25年7月24日に死刑判決が下され、昭和30年に死刑が確定した。しかし、死刑は執行されず、平沢貞通は昭和62年5月10日に95歳で獄死した。遺体は東京大学に献体として運ばれ、脳は薬品処理され、保存された。その後、池田研二(元・東京都精神医学総合研究所精神疾患研究係長)が脳を解析した結果、狂犬病ワクチンによる脳脊髄炎の後遺症と推定される病変を発見した。病変の状態から、認知症にはいたらなかったが、虚言など性格変化を起こすという。

    帝銀事件の真相は依然として謎が多い。占領下の昭和24年、下山事件、三鷹事件、松川事件と三大謀略事件が立て続けに発生している。平沢貞通の冤罪事件もこれらと関連づけて考えることができる。当初、警察は731部隊の犯行と見ていた。もし石井部隊の研究員が逮捕されると、731石井部隊の研究データをアメリカに提供していることや、細菌研究の全容が明るみにでるため、隠蔽工作の指示がGHQから出されたとケペルは推理する。石井部隊の細菌研究者たちが医学界の中心的存在として君臨し、その後、石井部隊出身者が薬害問題をひきおこしていく。帝銀事件の真相の究明は松本清張のミステリー小説からやがて、歴史の研究対象としても重要になっていく。戦後はまだ終わっていない。

 

 

2023年1月25日 (水)

「東風吹かば」の歌は偽作!?

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  道真の詩文には偽作と思われるものが数多くある。もっとも有名な「東風吹かば」の歌には2種ある。初出は「こちふかばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春なわするな」(拾遺和歌集巻第14雑春)もう一つは「東風吹かばにほひおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ」(宝物集)。一般に「春な忘れそ」のほうが人口に膾炙していると思われる。歌は道真が宇多法皇に別れ際に詠んだとされるが、いずれにしても道真の死後から100年から180年も経って世に現れた歌である。漢学者の道真の真作であるとは考えにくいが、仮託が許される文学風土なので、この歌にケチをつける人は誰もいない。(1月25日)

 

 

叙任権闘争とカノッサの屈辱

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   1076年2月14日、教皇グレゴリウス7世は神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世を破門した。国王は、王妃、王子と数名の従者を伴い、1076年の暮れ、教皇に謝罪するため、ひそかにブルグンド王国にむかって旅立った。それは異常な寒波がおそった冬だった。国王の一行はブルグンド王国の首都ブザンソンで、護衛の一隊をととのえて、アルプスを越え、おりからグレゴリウスの滞在するカノッサ城外に到着した。ところが、グレゴリウスはなかなかハインリヒに会おうとしなかった。しかしトスカナ女伯マティルダの仲介により、ハインリヒは、三重の城門の第二門のなかに入ることを許された。1077年1月25日から27日までの3日間、かれはただひとり、無帽、はだしで、わずかに粗毛の修道衣をまとったまま、雪の中に立ちつづけ、やっと城門をといてもらうことができた。これが「カノッサの屈辱」とよばれる事件である。ところがカノッサ事件は、これで終わらなかった。

    その後、諸侯を武力で制圧したハインリヒ4世が教皇に軍を差し向け、1084年、ローマを包囲した。グレゴリウス7世は、なんとか追っ手を逃れて脱出したが、翌年、二度とローマに戻ることなく亡くなった。その後も、皇帝と教皇の争は、1122年にウォルムス協約が成立するまで、30年以後も続くものの、ハインリヒとグレゴリウスの闘争は、ハインリヒが勝利をおさめたのである。だが東京大学教授・堀米庸三は次のようにみている。「カノッサ事件は、しばしばいわれるようにハインリヒのグレゴリウスに対する外交的勝利であったのだろうか。短期的な見通しに立てばそういえないこともない。だが、いってみればこれは楯の一面にすぎない。カノッサがたとえ一つの演戯にすぎなかったにせよ、そのような方便に訴えざるをえなかったところにハインリヒの精神的敗北がある。これはハインリッヒが結局、法王をドイツ国内の問題に関し裁定者として認めたことを意味し、1075年12月8日の法王側の要求に屈服したとみるほかないのである」と。(「岩波講座世界歴史10」1970) 歴史事件を皮相的にみるのでなく、多元的、複眼的にみることが必要だ。あなはカノッサ事件をどうみるでしょうか。(2月14日)

 

 

 

 

2023年1月24日 (火)

ローマ皇帝カリグラ

Originalheadofcaligula  アウグストゥスの死後、かれの属するユリウス家の家系からティベリウス、カリグラ、クラウディウス、ネロの四代の元首がユリウス=クラウディウス朝として君臨した。第3代ローマ皇帝カリグラは即位後数カ月で精神異常となり、残酷な独裁政治をおこなった。カリグラとは、正式の名前ではない。本名はガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマーニクス、という。初代皇帝アウグストゥスの娘ユーリアと、アウグストゥスの右腕といわれた将軍アグリッパとの間に生まれたアグリッピーナを母に持ち、これもローマの名家の出であるゲルマニクスを父として、西暦12年8月31日に生まれ、41年1月24日に没した。

   カリグラという愛称も、「小さな軍靴」という意味だ。ローマ軍団の兵士たちは、「カリガ」と呼ぶ。25歳で即位した直後のカリグラ帝は民衆に愛され、高貴で穏健な君主だった。ところが10ヵ月のちに、重い病に罹り、回復したのちは人が変わったように暴君となった。西暦41年、カッシウス・カエレアら数人の近衛隊の者によって暗殺された。カリグラだけでなく、妻も幼い娘も殺されたという。

ところで1月24日はカリグラの命日ではあるが五賢帝の一人ハドリアヌス帝の誕生日(西暦76年)でもある。 Caligula、Hadrianus

2023年1月23日 (月)

明朝の大地震「華県大地震」

   明の国力は洪武帝・永楽帝の時代を頂点として、次第に下り坂となる。国内では、永楽帝以後、幼少や病弱の天子が続き、しかも天子が極端に尊ばれたため、側近の宦官が政治を掌握した。対外的には北方のアルタン・ハーン(1507-1581)率いる右翼モンゴルによる侵攻、南方では倭寇による侵入が激しくなり、いわゆる北慮南倭が猛威わふるい、国事多難の時期であった。第12代皇帝、嘉靖帝(1507-1566)は道教に熱中し、方士王金の丹薬で急死した。また明実録によると、1556年1月23日(旧暦12月12日)には陝西省華県で中国史上最大の大地震(マグニチュード8)が発生し、83万人の死者がでている。余震は1年以上続く。

 

 

2023年1月21日 (土)

ルイ16世の処刑

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    世界史には非業の死をとげた人物が登場する。1793年のこの日、フランス国王ルイ16世は断頭台で公開処刑された。同年10月16日、マリー・アントワネット王妃も処刑された。クレオパトラ、楊貴妃も非業の死である。ササン朝ペルシアの最後の王ヤズデギルド3世は戦いに破れ、逃走中に総督の裏切りによって殺害された。屈原は泪羅江に入水自殺し、ソクラテスは毒杯を飲んで自ら死を選んだ。キリストの死は宗教性の強いものであるが、十字架刑によって処刑されたことは史実とみなされている。わが国では関ヶ原の戦に敗れた石田三成や西南戦争で敗れた西郷隆盛など非業の死とみなされる。大塔宮護良親王は足利直義によって惨殺された。太田道灌は扇谷家の上杉定正に招かれ風呂場で殺害された。平賀源内は破傷風とも餓死ともいわれる。頼三樹三郎、橋本左内、吉田松陰は獄舎で斬首。井伊直弼は雪の桜田門に散った。田中河内介、小栗忠順も非業の死といえる。チャールス1世、ルイ16世、ロシアのニコライ2世は皇后や1男4女とともに銃殺された。現代史においてもムッソリーニは愛人とともにパルチザンによって殺害され、遺体は逆さ吊りされた。ルーマニアのチャウシェスク、イラクのサッダーム・フセインなどの処刑も非業の死といえる。アルカイダのビン・ラディンの殺害や、生け捕り後裁判にもかけられることなく殺害されたリビアのカダフィー大佐など記憶に生々しいが、日本のメディアがもう取り上げられることも無く歴史に埋没していく。人類史とは古代から現代に至るまで余りに残酷であり、殺人という罪を繰返す歴史といえる。(Marie Antoinette,1月21日)

 

 

レーニン・デー

Nikolailenin2225    ロシアの革命家、ソビエト連邦の建国者ウラジーミル・イリイッチ・レーニン(1870-1924)は、1924年1月21日に53歳で他界した。死因は、その精力的な仕事からくる過労といわれているが、1918年8月30日、モスクワの工場労働者に演説中、左翼エスエルの35歳女性党員ファーニャ・カプランから2発の銃弾を受けた際の後遺症も死を早めたともいわれる。1922年5月26日、レーニンは第1回目の発作に見舞われた。10月2日、彼は再びオフィスの仕事に向かいはじめたが、断続的に、しかも短時間しか続けられなかった。12月16日、第2回目の発作が起こり、右の腕と脚が麻痺状態に陥った。1924年1月21日午後6時50分、モスクワ近郊のゴルキで亡くなくなった。遺体はモスクワのレーニン廟に現在も保存されている。

    ところで、レーニンという名はペンネーム(偽名)である。本名はウラジーミル・イリイッチ・ウリヤノフ。1901年末、「N・レーニン」という変名を初めて使ったがその由来には諸説がある。①シベリアの大河レナ川に因んで、「レナ川の人」という意味②レナという級友の名前③N・レーニンという変名のNはニコライの略。(Vladimir Iliich Lenin)

2023年1月19日 (木)

ヴィンソン・マシフ

  ヴィンソン・マシフは南極大陸最高峰の山(標高4892m)。1991年のこの日、田部井淳子はヴィンソン・マシフ登頂に成功した。翌年、エルブルス山(ロシア)に登頂し、女性で世界初の七大陸最高峰登頂者となる。七大陸最高峰とは次のとおり。(1月19日)

アジア大陸   エベレスト   8848m
ヨーロッパ    エルブルス   5642m
北米        デナリ      6194m
南米       アコンカグア  6959m
アフリカ     キリマンジャロ 5895m
オーストラリア コジオスコ   2228m
南極       ヴィンソン・マシフ 4892m

2023年1月16日 (月)

オクタヴィアヌス

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 紀元前27年のこの日、ローマ政界一の実力者ガイウス・オクタヴィアヌスが元老院からアウグストゥス(尊厳者)の尊称を受けた。この結果、オクタヴィアヌスが軍隊の駐屯が必要とされる属州の大半を統治することになり、事実上の専制君主、初代皇帝となり、ローマ帝政が開始されることになる。アウグストゥスは、同名の父とカエサルの姪アティアとの間に生まれた。アウグストゥスはカエサルの悲劇にかんがみて共和政の伝統を尊重し、そのすべての官職を残したうえ、属州の統治を元老院と分割したが、軍隊命令権などを一身に集中したので、実質上は帝政であった。その権威は在世中から神に近いものとされ、死に際してアウグストゥス神として神格化された。(1月16日、Augustus)

 

 

 

 

 

 

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