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2016年8月 5日 (金)

段ボール箱とロバート・トンプソン

Pappkarton1    本日は「ハコの日」。厚紙は19世紀のイギリスで作られたが、1856年これをシルクハットの内側に巻き、汗取り用として使ったところ大ブームとなった。1871年、アメリカのアルバート・ジョーンズが包装材として段ボール紙を使った。その数年後、1874年オリヴァー・ロングが片面段ボールを開発した。1880年、現在と同じような形の段ボール箱がロバート・H・トンプソンによって開発された。日本では1909年、井上貞次郎(1881-1963)が東京で三盛社を創業、国産ダンボール紙を作った。(cardboard box,Albert Jones,Oliver Long,Robert H.Thompson、8月5日)

2016年3月 4日 (金)

ロープの結び目から生まれた「ノット」 

   ノットは船と飛行機の速度に使われ、時速1.852km(1海里)に当たる。昔、船のうきの綱につけた結び目で、移動した距離を計ったことによる。それが船の速力を表わす単位として使われるようになったのは16世紀頃のイギリスでのこと。

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ハンドログ(測定具)と砂時計

 

2015年1月 3日 (土)

バスと人生

Photo_4   時刻表にもとづき電車やバスは毎日全国各地を運行している。朝も昼も夜も、多くの人々が利用し、それぞれの人生がある。テレビ東京の人気番組「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」はとても面白い。今回、大阪から金沢の旅だが、汽車や高速バスを利用せず、路線バスだけとなると乗り継ぎがむずかしい。途中、バス路線がなく数キロの雨中行軍や、トンネル工事のため、やむをえずロケ車移動もあったが何とか時間内にゴールできた。この番組の醍醐味は太川陽介や蛭子能収の珍道中にあるが、実はバスの運転手や案内所の職員や旅館の女将、あるいは行きずりの市井の人であるような気がする。ラスト近くでダメかと思われたが、案内所の職員の機転で裏技が発見された。「松本清張のミステリーみたい」という言葉が印象的だった。

2014年10月 3日 (金)

JISマークの考案者は高橋重

    昭和24年に工業標準化法が制定されて、日本工業規格の検査に合格している製品に付けることできる印を考案することになった。当時通産省工業技術院の職員だった高橋重(たかはししげ)が図のようなマークを考案した。2005年には横書きに改定されたが、高橋の考案したマークが50年も使われていた。(参考:旬刊時の法39,1,23.№486)

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上山英一郎

Photo   上山英一郎(1862-1943)は除虫菊から殺虫剤の製造を研究していた。1890年に仏壇線香からヒントを得て、棒状の蚊取り線香を考案した。しかし、棒状では燃焼時間が短い。妻ゆきは「渦巻き型にすれば長持ちするのでは」というアイデアから棒状を改良し、1902年、世界初の渦巻き型蚊取り線香を開発した。

2014年6月23日 (月)

紙綴器の歴史

B84b76e6   日本で指先で簡単に紙が綴じられるホッチキスが現れたのは、1952年7月、山田興業(現マックス)がハンディタイプのホッチキス「STC10」を発売した。価格は200円。それまでは重量のある卓上型のホッチキスか、キリで穴をあけ、和紙でよった紙縒りで綴じるのが一般的であった。この小型のホッチキスが販売される以前も我が国ではすでに紙綴器を「ホッチキス」と呼んでいたらしい。1903年、伊藤喜(現イトーキ)が最初に輸入販売した製品ケイズ・ディに「HOTIKISS.№.1」と刻印していたからである。ホッチキスとは商品名(会社名)で英語ではステープラーと呼ばれる。ホッチキスの起源には諸説ある。①機関銃の弾丸送出機構をヒントにベンジャミン・バークレー・ホッチキス(1826-1885)が考案したとする②ベンジャミンではなく、弟のエーライ・W・ホッチキスが発明したとする③そのどちらでもなく、イギリスのアーサー・W・ホジキンスが発明したとする。

   真相は現在もわからず、語源が人名にあることだけは確実なようである。広辞苑には「ホッチキスの名は兵器発明家ベンジャミン・バークレー・ホッチキスに因む」とあるが、彼は1885年に没しており、会社創設は1895年であることから、弟である可能性が高い。19世紀の半ば頃には今日の卓上型の紙綴器が存在していたらしい。

  最近は、針を使わず、紙を紙でとじる「針なしホッチキス」が話題である。あまり分厚く綴じられないことや、小さな穴があくことが難点である。(stapler,K'sDee)

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2014年4月26日 (土)

近代産業化遺産

4976_204976_160x160cut   群馬県の富岡製糸場が世界文化遺産に登録するようイコモスの勧告があったという。日本の産業近代化に貢献した建造物や製造品、機器、文書など、多様な物件を対象に近代化産業遺産の価値ある場所が多数存在する。旧集成館(鹿児島県)、足尾銅山(栃木県)、端島(長崎県)、エッセル堤(福井県)、勝鬨橋(東京都)、北海道庁旧本庁舎(北海道)、日本橋(東京都)、観音崎灯台(神奈川県)、橋野高炉跡(岩手県)、生野鉱山寮馬車道(兵庫県)、別子銅山第四通洞跡(愛媛県)、多田銅山悠久の館(兵庫県猪名川)。画像は沖縄県島尻郡北大東村の旧東洋精糖燐鉱石貯蔵庫跡。

2014年4月 9日 (水)

王冠栓の話

20090831_997954     ビール瓶の王冠栓のひだ(スカート)の数はいくつある?瓶口と王冠栓の寸法は規格化されており、口径27mm、王冠の高さは5.97mm。波型のスカートは通常21個ある。これは20個だと王冠が外れやすく、22個だと栓を抜く際に抜きにくいという事実に基づいている。つまり、スカートを3の倍数個にすることで、力学的に口を締める力が安定する一方、抜栓する際に、その力が力点として集中するため抜きやすいといことである。

200pxwilliam_painter     世界で、最初の王冠栓は、1892年にアメリカのウィリアム・ペインター(1838-1906)が足踏み式の打栓機を発明し、「クラウン」と名付けた。日本では初期のビールはコルクの栓が使われていたが、1900年に東京麦酒が王冠栓を採用したが、技術が未熟のため、炭酸ガスがもれて気抜けビールになってしまうことがあった。ビール、サイダー、酒などの瓶がブリキ製の王冠に変わるのは1918年以降のことである。(crown cork,William Painter)

2012年7月 4日 (水)

自動車はジークフリート・マルクスが発明した

220pxmw1_signiert_klein   連続クイズ「ホールドオン054」。本日のテーマは「クルマ」。「4輪ガソリン車の発明者は?」4人はヘンリ・フォードと回答するも全員不正解。ゴットリープ・ダイムラー(1834-1900)である。ダイムラーは1886年、4輪自動車をつくったが、1884年、カール・ベンツは3輪自動車をすでにつくっている。だが本当の自動車の発明者はジークフリート・マルクス(1831-1898)である。1870年、マルクスによって初のガソリン自動車「第一マルクスカー」が発明された。マルクスはユダヤ人の血をひいているため、ナチによってその業績をすべて抹消されたという。

なお1769年フランスのニコラス・クノーが大砲を運搬するための蒸気自動車を世界最初の自動車とする説もある。

( Siegfried Marcus,Gottlieb Daimler,Henry Ford,Karl Benz,Nicolas Cugnot )

2012年4月 3日 (火)

パテント・モトールヴァーゲン

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    カール・ベンツ(1844-1929)は、1886年、4サイクルのガソリンエンジンを搭載した三輪の自動車の開発に成功した。この三輪車はパテント・モトールヴァーゲンと名付けられ、世界最初の「ガソリンを動力とする車両」の特許が交付された。ここに乗用車が誕生した。1890年代には実用的な四輪自動車が生産される。

( keyword;Carl Friedriech  Benz,Benz Patent Motorwagen )

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