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2023年8月29日 (火)

永遠の若大将 加山雄三の現在

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 コーラとトッポジージョが加山のイメージだった

 

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                 加山の母・小桜葉子

 

  日本テレビ系「24時間テレビ」永遠の若大将加山雄三は今年も登場した。数年前に脳出血で倒れコンサート活動から引退した。現在はサービス付き高齢者住宅でリハビリに努めている。昨年は24時間テレビで谷村新司とサライを熱唱した。今年は病気療養中の谷村へエールをおくる。「あんたならできる。チンペイ、頑張れ!!」加山の声は力強く、自分自身に鼓舞しているようでもあった。80歳をすぎても「スカッとさわやかな」なイメージがある。大物でありながら、いつまでも永遠の青年であり続ける加山雄三。若大将が大ブレイクしたのは「君といつまでも」の昭和41年。日本レコード大賞も大本命といわれたが、なんと橋幸夫の「霧氷」、大ブーイングの年だったので記憶に残る。その年、トッポジージョの人気とともに家ではこんな会話がされていた。「加山雄三の両親は上原謙と小桜葉子だってね」と話すと、「上原謙は松竹の二枚目スターだった。小桜葉子は子役スターよ」と両親は詳しい。昭和初期の新聞をみると、少女時代の小桜がお菓子(森永キャラメルだったか)の宣伝をしている広告が見つかる。小桜葉子の本名は岩倉具子。岩倉具視のひ孫。岩倉具定の孫。岩倉具顕の娘にあたる令嬢である。歴史を調べれば、岩倉具定はあの小栗上野介に追討命令を下した人ということになる。「花さか天使テンテンくん」の漫画家小栗かずまたは小栗上野介の玄孫にあたる。こんなこと書くと、ご先祖さまの仇討ち騒動が生じるかもしれない。とかく名家は詮索すると忌まわしいこともてでくる。岩倉の傍系は大正末期から昭和にかけて芸能志向の明るい家系になっていったようだ。近代日本のなかでこれほど日本人に知られている一族も珍しいであろう。ところでコカ・コーラが日本で一般に広く飲まれるようになったのは昭和40年代以降だが、NHK朝ドラ「梅ちゃん先生」では終戦後すぐにコーラが登場する。戦前にも高村光太郎の詩集「道程」(1914)にコカ・ラーラがすでに登場している。

 

 

 

 

2023年7月 2日 (日)

「初恋の味」カルピス

271337_2 カルピスの創業者・三島海雲は、明治11年のこの日、大阪府豊島郡下萱野村(現・箕面市)に生まれた。大正8年、乳酸菌飲料カルピスを発売した。100年以上の歴史を持つが、戦後の一時期、あまり飲まれない時期もあった。山口瞳の小説に「昭和の日本人」がある。「カルピスという飲料がある。いま、東京銀座の表りの喫茶店でカルピスを飲ませる店は、ほとんど、ない。あつたとしてもカルピスをオーダーするときは、ちょっと気後れを感ずる。」と記されている。昭和37年発表の短編で、高度成長期、コーラやジュースなどの他の飲料に押されて営業不振の時期があった。しかし実際のカルピスの売れ行きは令和5年の現在まで、日本人に飲まれ続け流行遅れでも古さを感じるでもなくロングセラー商品として定着している。 

  大正13年、カルピスの広告でパナマ帽を被った黒人がストローでカルピスを飲んでいるマークが現れた。だが平成元年には差別思想につながるとしてこのマークは廃止された。(7月2日)

 

2023年3月19日 (日)

男はスーツ姿が似合う

D0060693_2084145   ヨン様のカレンダーには壁掛け用と卓上用とがあるが、カジュアル系のファッションばかりだ。脚本家のキム・ウニとユン・ウンギョンにはスーツをかくこよく着た男性が好きというやや幼稚な(?)な好みがあって、ミニョン役のぺ・ヨンジュンにいつスーツを着せようという夢があったそうだ。そういえば、むかし由美かおるもスーツ姿の男性が好きといっていた。若いころから撮影所やスタジオで作業服姿の男性ばかり見ていたので、ビジネス・スーツに憧れていたのだろうか。

  スーツが似合う俳優といえば誰か?むかしからグレゴリー・ペックとよくいわれる。「灰色の服を着た男」(1956)で平凡なサラリーマンを演じたためか。アラン・ドロンやデヴィッド・ジャンセンも紳士服のCMに起用された。「ダーバン・セレレガンス・ドゥ・ロン・モデルム」ダーバンを身に着けると、あなたは現代の男性のエレガンスを手に入れることができる」という意味だ。

 

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1950年代アメリカの平均的サラリーマンのスタイル

 

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日本でも外国スターが紳士服のCMに起用された

 

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スーツといえば、ケーリー・グラント

 

 ケーリー・グラントは洗練された都会調のコメディを得意とする。30代半ば「新婚道中記」「赤ちゃん教育」「素晴らしき休日」など。戦後はヒッチコックのサスペンスで人気を得る。

 ところで日本では男性が着るスーツを「背広」と呼ぶ。その語源については、英語説と日本語説など諸説あるようだ。市民服を意味する英語「シビル・クローズ」が訛ったという説。明治初期の日本の仕立職人の用語に基づくもので、文字通り「上着の背幅が広い」に由来するという説がある。

 

 

 

2019年4月13日 (土)

ゆるキャラブームはいつまで続くか

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  本日は、 ひこにゃん13歳の誕生日。2006年4月13日に生れた。「ゆるキャラ」ブームもすこし陰りがみえてきた。でも熊本県のキャラクター「くまモン」「ひこにゃん」「せんとくん」は人気だ。和歌山のキャラクターで戦国時代の鉄砲大将で、雑賀孫市をイメージしている「まごりん」。東大阪市石切参道商店街の「いしきりん」も可愛い。全部いえるかな。①ミッツちゃん(宮崎市)②いしきりん③くまモン④ぐりぶー(鹿児島)⑤まごりん⑥バリィさん(今治市)

2018年9月24日 (月)

ハイライトよ永遠に

男なら夢を見る いつも遠いとこを

煙草屋のおばあちゃん お世話になりました

お金がない時も あとでいいよと言って

ハイライトをくれた お世話になりました

Photo_2  井上順が歌っていた「お世話になりました」(作詞・山上路夫、作曲・筒美京平)。むかしの歌謡曲は、誰でもが口ずさめて、歌いやすいのがいい。そして「ハイライト」というタバコの銘柄に懐かしさをおぼえる。ケペルはタバコを吸わない。かつて成人したとき、ライターを買って、タバコも吸っていた時期はある。ハイライトだった。セブンスターは吸ったことはない。今年1月に81歳で死去した夏木陽介のハイライトの宣伝ポスター(昭和36年)を見ると、まさにハイライトは高度経済成長を支える企業戦士のベスト・パートナーだった。昭和35年6月20日、発売当時の値段が70円、昭和43年に80円で、現在も420円で販売されている。ところが、タバコ1箱の値段を1000円に値上げしようとする動きがある。実に嫌な話だ。税収が足りないから、タバコというたった一種類の嗜好品に税収を補わせる案は、なるほどタバコを吸わない人たちからは大歓迎されるにきまっている。そして「タバコは有害である」「タバコは健康に悪い」という「健康の時代」の大合唱によって、数百年の歴史ある嗜好文化を学ぶことなく、全体を一つの方向に決めつけてしまうことに危険性を感じてしまう。なぜ人は、たばこを吸うのか。精神分析学の創始者であるフロイトによると、口唇要求(幼児の指しゃぶり)のあらわれであるという。喫煙行為がいつしか社会悪に貶められてしまったことに、むしろ現代の病巣をみるような気がする。

2015年2月10日 (火)

角万(かどまん)

Photo   終戦直後、戦争で婚期を逸した男女が相当数いた。結婚紹介所や集団見合いも全国各地に現れ、結婚ブームがおきた。焼け野原に残ったコンクリート塀や煙突に、ペンキで大書された「結婚とは何ぞや」の文字。空前絶後の異色広告で、屋外広告法制定以前の野放し状態ならではのアイデアで、多くの人々を驚かせた。東京駒込の結婚式場「角萬」の社長長谷川万吉(1901年生まれ)がペンキ屋と2人づれで、店名を売り込むために関東一円の鉄道沿線約600ヵ所に書きまくったもの。「全国のお婿さん結婚とは何ぞや」「角万とは何ぞや」「角万 折詰」と店に近づくにしたがって宣伝効果があがるようになっていた。1948年刊行の長谷川万吉の著作に「角万我が宣伝戦い並び実社会大学論」がある。また大塚駅北口の角万結婚式場の屋上には金閣寺が建てられていた。

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2014年11月27日 (木)

5秒CM全盛とキャッチコピー

Photo_4    一見まじめそうなサラリーマン風のおじさんが小指をたてて「私はこれで会社を辞めました」というCMが大ヒットしたのが1985年のことである。マルマンの禁煙パイポは3倍に売り上げを伸ばした。イタリアの諺に「勇敢な男とうまいワインは早くなくなる」というのがある。上手い言い方や口調はすぐに流行するが、飽きられるのも早い。CMのキャッチコピーを知るっているか、知らないかで世代がわかる。

1953年 ゴホンといえば龍角散

1957年 クシャミ3回、ルル3錠

1961年 トリスを飲んでハワイへ行こう

Teigeki_mithukoshi_03 1963年 コニカはコニカ、いいと思うよ

1963年 私にも写せます

1964年 りんごをかじると血がでませんか

1966年 スカットさわやかコカ・コーラ

1968年 わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい

1968年 大きいことはいいことだ

1969年 オー猛烈

1970年 男は黙ってサッポロビール

1970年 う~ん、マンダム

1975年 わたし作る人、ぼく食べる人

1977年 すこし愛して、ながく愛して

1980年 いまのキミはピカピカに光って

1982年 タコが言うのよ

1985年 私はコレで会社をやめました

1990年 女房酔わせてどうするつもり

1994年 すったものだがありまして

1995年 見た目で選んで何が悪いの

1995年 ひとやすみ、ひとやすみ

キャッチ・コピーの元祖は浜田四郎の「今日は帝劇、明日は三越」

2014年11月17日 (月)

放置自転車クリーンキャンペーン

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 中嶋美智代

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2014年11月 8日 (土)

小さな看護婦さん

B7d4cdaa229ecbdd7071f542ee843478c80  昔から愛用されている皮膚用薬「メンソレータム」。1894年アメリカのメンソレータム社が開発した。日本には近江兄弟社が1920年からアメリカから輸入し販売。その後、ロート製薬が1975年から専用使用権を取得し、製造・販売している。現在のデザイン「ナースちゃん」は今竹七郎によるものだが、原案となったオリジナルは1916年頃からパッケージや広告に使われている。モデルには諸説あるが、第一次大戦中に看護婦が注目されるようになった社会的背景がある。シャーリー・テンプル(1928-2014)がモデルというのは間違いである。

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 メンソレータム(1917年オリジナル)

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2014年10月 5日 (日)

防人たちの女神

Photo島崎遥香「自衛隊には果てしない夢が広がっています」(自衛官募集コマーシャル)

これまで自衛官の命は憲法九条で守られていた。憲法の解釈を変え、集団的自衛権の行使を認めることで、自衛隊が米軍の「下請け」として戦場に派兵されることがある。肝心の自衛官が集まらないためグラビアアイドルを使って若者に自衛隊への興味を高めてもらうことに懸命だ。月刊誌「MAMOR(まもる)」には女性アイドルが自衛官の服装をして、微笑んでいる。青年たちよ!命をかけて愛する祖国を守るために戦うことを美化する風潮に騙されてはいけない。人と人との争いは愚かなことである。正義はどちらにもない。

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