危険学のすすめ
われわれの生まれ方は1つだが、死に方はさまざまである。死は突然にやってくる。予期せぬ死に方は、統計上では車や航空機などの交通事故死が多いが、転倒・転落も多い。エレベータ、エスカレータ、立体駐車場などの身近な施設にも危険が潜んでいる。火事で死ぬこともある。落雷による死者は日本で年平均およそ14人である。サラリーマンは飲酒の機会も多いから駅での転落事故など注意が必要だ。めでたいはずの正月の餅を喉につめて死ぬこともある。冬期は屋根の雪下ろしの作業や路面凍結で滑って死ぬことがある。家族で海水浴に行く途中、車内に入ったムカデを外に出すため車外に出たとたん、大型トラックにはねられた。スカイダイビングに失敗して死ぬ。竜巻に飛ばされて死ぬ。歩行中にビル看板が落下し死ぬ。通り魔に刺殺される。突然、ハチの集団に襲われて死んだ。毒キノコを食べて食中毒死。サメに喰われた。山でクマに襲われて死んだ。遊泳中に足が痙攣して溺死。歩行中、鉄パイプが落下。巨大隕石落下で死ぬ。熱中症で死ぬ。土石流が家に流れて死ぬ。フグの毒にあたって死んだ。
明治22年4月27日、当時東海道を走る列車には便所がなかった。肥田浜五郎は藤枝駅ホームで降りて便所へ走った。そして慌てて列車に戻ろうとしたが、扉が閉まり、客車とホームの間に落ちて不慮の死をとげた。大正6年8月2日、詩人の三富朽葉は親友の今井白楊と犬吠埼君ヶ浜で遊泳中共に溺死した。昭和25年、ピストン堀口は線路を歩いて列車にはねられて轢死。昭和33年、香月弘美は宝塚大劇場で出演中、ドレスの裾がせりと駆動部分に巻き込まれて身体が切断されて亡くなった。昭和39年、詩人の三木露風は郵便局から出たところを車にはねられて死んだ。昭和52年、やまだかまちはエレキギターの練習中に感電死している。平成11年、新国立劇場で「新ピーターパン」の通訳の青柳香代子は舞台の下に転落して死亡した。安全であるはずの自宅でも思いもよらない事故がある。風呂場や階段で転倒。餅などで窒息死。台風がくるというので慣れない大工仕事で事故死。とくに車の事故は歩行者も乗用者も多い。ナタリー・ウッドはボート転覆事故死。踊りのとき靴を履かなかったことから「裸足のイサドラ」の異名を持つダンサーのイサドラ・ダンカンはマフラーが車輪に巻き込まれて惨死した。事故予防には髪は短く刈って、余計な装飾品はせずに、体にピッタリとした服装で、履物はころばない慣れたものにする。屋外にでたら、ヘルメットを着用し、前方、左右を絶えず確認・注意をし、余分なことは考えない。呼吸を整え、あわてず、あせらず、用事を済ましたら、真っ直ぐに家に帰ることである。家ではテレビをつけて津波警報をいつも確認すること。思いがけない事故に遭わないためには、多くの危険リスクを少しでも無くすことである。危険を防止するために何をすべきか、安全の本質について、考えていくことが大切である。
electric shock 感電死
suicide by hanging 首つり自殺
death by starvation 餓死
death from an illness 病死
motor vehicle deaths 車・列車の事故死
最近のコメント