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2018年2月16日 (金)

魔性の女「カルメン」

Superviacarm   男を破滅させる魔性の女。「ファム・ファタール」とは直訳すると「運命の女」という意味だが、文学におけるファム・ファタールは、アベ・プレヴォーによって1731年に発表された「マノン・レスコー」である。しかし1845年にフランスの作家メリメが発表した「カルメン」が歌劇となり、最も魔性の女を代表するヒロインとなる。世界中でこの100年間、歌劇、ミュージカル、映画などあらゆるジャンルで最も数多く演じられたヒロインは「カルメン」をおいて他にない。「粋な姿の小柄で、情恣的な大きい目に、ときには凶暴な色をたたえる」ジプシー女とメリメの小説には描かれる。第一次世界大戦中、国際的に有名になったのはコンチーヌ・スペルビア(1895-1936)だった。愛らしい丸顔、コケティッシュな演技力と今日でもファンが多い。

Annex2020hayworth20rita20loves20of2   サイレント映画ではジェラルディン・ファラー、セダ・バラ、エドナ・パーヴァイアンス、ポーラ・ネグり、ラケル・メレ、ドロレス・デル・リオがある。トーキーになってマルグリット・ナマラ、インペリオ・アルヘンティーナ、ヴィヴィアンヌ・ロマンス、リタ・ヘイワース(画像)、マルーシュカ・デートメルス、ラウラ・デル・ソル、ジュリア・ミゲネス・ジョンソン、アグネス・バルソアなどの女優たちが妖艶さを競った。

Carmenjonesdorothydandridge1954    カルメン女優史でアカデミー賞にノミネートされた女優がいる。ドロシー・ダンドリッジ(1922-1965)は「カルメン」(1954)で注目されたが、当時ハリウッドは黒人差別が強く残っていた。オードリー・ヘプバーン、グレース・ケリーがアカデミー賞を獲得する。ドロシーはイタリア映画に出演したり、クラブ歌手となるも次第に生活が苦しくなり、貧困のうちに1965年、安アパートで孤独死する。ハリー・ベリーは「アカデミー栄光と悲劇」(1999)でドロシーを演じた。最近のカルメン女優は、パス・ヴェガ。

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グラディス・スウォーザウト ジュラルディン・ファーラー            

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セダ・バラ 1915        ヴィヴィアーヌ・ロマンス  

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 クリスタ・ルートヴィヒ     レジーナ・レズニック  

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 ジュリエッタ・シミオナート  
 ポーラ・ネグリ 1918 

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ドロレス・デル・リオ 1927   ジェニー・トゥーレル

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ラウラ・デル・ソル 1983     パス・ヴェガ 2003 

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マルグリット・ナマラ 1932 ユッタ・レフカ 1967
 

2018年2月10日 (土)

クロエ・モレッツを知っていますか?

   本日はクロエ・モレッツの誕生日。いま世界中でトップクラスの人気がある注目の若手女優さん。1997年2月10日、ジョージア州アトランタ生れ。身長163㎝。21歳。芳根京子、小柴風花、杉咲花と同じ年。父は医者で母は看護士。兄が4人いて、その中の一人トレヴァー・デューク・モレッツが演劇学校に合格した時に、母や兄と共にニューヨークに移る。7歳のとき映画「悪魔の棲む家」に少女チェルシー役で出演。最初は少女モデルをしていたが、2010年の「キック・アス」で演じたヒット・ガール役が評判を呼び、一躍注目の少女スターとなった。「キャリー」(2013)や「フィフス・ウエイブ」で人気ナンバーワンとなる。正式名はクロエ・グレース・モレッツだが、最近はミドルネームのグレースを外した名前でクレジットされる。米国の映画サイトTCカレンダー「2015年世界で最も美しい顔」で7位に選出されている。Chole Grace Moretz,Hit Girl

2018年1月12日 (金)

容姿劣化は自然の摂理

    松田聖子が紅白歌合戦で「新しい明日」を披露したが、急に老けたという声がネットで見られる。なるほどアイドル時代のような細くて甘いキャンディボイスではなくて、顔はたるみ張りが無くなった。でも55歳という年齢を考えると自然な年の取り方だとおもうのだが。中山美穂も「平成細雪」で和服を着て貫禄十分ながら、アイドル時代のミポリンのチャーミングさは消えた。もっと視聴者を驚かせたのは裕木奈江。民放ドラマ23年ぶりというが、「ポケベルは鳴らなくて」の不思議少女の面影は消えて、人生に疲れた表情が切ない。容姿の変化は女性だけではない。SMAP解散後の木村拓哉は俳優専業となって「BG 身辺警護」では大きく容貌が変わった。かつて大女優の田中絹代もメディアから「老醜」と評されたことがあった。おきゃんで可憐な娘役を期待していたオールドファンもやがて老婆役の田中絹代に慣れてきて、彼女は生涯現役で大女優の道を歩むことができた。女は中年以降が勝負かもしれない。

2017年12月27日 (水)

世界美女探訪

 「世界で最も美しい顔100人」ランキング。リザ・ソベラーノ(フィリピン)、ティラーヌ・ブロンド(フランス)、ツウィ(TWICE、台湾)、サラ・ガドン(カナダ)、ナナ(AFTERSCHOOL、韓国)。 ハリウッドや英国は敗退。「シンデレラ」や「戦争と平和」でナターシャを演じたリリー・ジェームズは日本人の目からみると驚くほどの美人ではなかった。「シンデレラ」旧作ジェマ・クレーブンのほうが美しかったし、ナターシャはやはりオードリー・ヘップバーンのほうが美しい。エマ・ワトソン主演の「美女と野獣」が公開されたが、やはり正統派の美人女優という感じではない。歴史的にみれば映画女優ではグレタ・ガルボがいちばんだろう。今年のPeople誌が発表した「世界で最も美しい女性」はジュリア・ロバーツ。「プリティ・ウーマン」でブレイクしたジュリアは五度目の受賞でもう49歳。日本人の好みの顔ではない。映画黄金時代、美人女優といえばエリザベス・テーラー、グレース・ケリー、ジーナ・ロロブリジーダ、ダニエル・ダリュー、ロッサナ・ボデスタなど錚々たる美女がいた。現在、最も美しい女優は誰なのだろうか?美はあくまで主観的なものであるがTC Candlerが選んだ「最も美しい顔」2016年第2位リザ・ソベラーノは現在18歳のフィリピン女優。インドのプリヤンカー・チョープラ―。では日本で美人といえば誰?松嶋菜々子(43歳)主演ドラマ「女の勲章」がそれぞれ8.1%、6.2%と低調に終わった。鈴木京香(48歳)や中山美穂(47歳)も美人枠でのドラマ出演は厳しいものがある。女性の美しさはアラフォーが限界かな。いま旬の女優といえば有村架純や松岡茉優、それに続いて土屋太鳳や広瀬すず(18歳)を筆頭に杉咲花(19歳)、平祐奈(18歳)、葵わかな(18歳)など小柄な女性が多い。なかでも気になるのが広瀬すず。静岡市生まれの18歳。2013年ドラマ「幽かな彼女」でデビュー、同年「謝罪の王様」で映画デビュー、翌年オムニバス「放課後たち ロリータなんて」に出演。すずが演じるのは大学生の涼太に淡い想いを寄せる女子中学生。無名のころスターレット時代の初々しさとレア感を見ることができる。大きな瞳、ボブの髪型、太い足、彼女の魅力はデビュー時と現在とあまりかわらない。「世界で最も美しい顔100人」では石原さとみ、小松菜奈をおさえて、TWICEのサナが日本人でトップ。中国の龍夢柔栗子はガッキーにそっくり。世界は広い。

2017年9月14日 (木)

ピエトロ・ジェルミ

Photoledisquerougeilferroviere19554   1914年のこの日、イタリアのジェノヴァで映画監督ピエトロ・ジェルミは生まれた。彼の代表作は「鉄道員」「刑事」「誘惑されて棄てられて」など。美しい新人女優を発掘することが得意だった。シルヴァ・コシナ、クラウディア・カルディナ―レ、ステファニア・サンドレッリ。なかでもマイ・ベストは「鉄道員」のシルヴァ・コシナ。1933年、クロアチア・ザグレブの生れで、本名はシルヴァ・コシュチナ。1944年、イタリア人と結婚していた姉を訪ねて渡伊し、その後イタリアで高校を卒業してナポリ大学医学部に入学した。1952年にミス・ダ・タッパの栄冠に輝き、1954年イタリア一周自転車レースの優勝者に花束を渡す役を務め、その容姿が注目を集めて映画界入りする。1956年にピエトロ・ジェルミ監督の「鉄道員」の長女ジュリア役に抜擢され、国際的にその名が知られるようになる。1994年、乳がんのため、ローマで死去。61歳だった。オードリー・ヘプバーンより4歳年下で、ほぼ同時代の国際派女優だった。(9月14日)

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2017年9月12日 (火)

チャングムとサイムダン

    イ・ヨンエは透明感のある洗練された美しさで韓国映画界を代表する国民的女優といえる。その正統派としての存在は日本の吉永小百合に比されることがある。だが清純ではあるがどこか不可解で近寄りがたい存在であり、かつてはそれが演技の幅を狭めていた。ドラマ「パパ」や「ドクターズ」の女医ミンジュなどは都会派の知的なキャリア志向の女性で、身勝手で現実味がなく、大衆の共感できないものがあった。あの大ヒットした「JSA」でさえ、彼女に求められたのはクールな美しさであった。本当の意味で女優として開眼したのは「春の日は過ぎゆく」「ラスト・プレゼント」あたりからであろう。「宮廷女官チャングムの誓い」でアジア諸国でも最も愛される女優となったが、その後、結婚・出産し、長い沈黙が続いた。2016年ドラマに復帰、「師任堂 色の日記」ではとても46歳とは思えない美貌で大女優の貫禄すらみせている。ところでチャングムとサイムダンは共に16世紀前半の中宗(在位1506-1544)時代の実在の人物だそうである。

2017年8月28日 (月)

フランス女優史

Quatorzejuillet_342926_22002  ヌーヴェル・バーグの監督に愛された仏女優ジャンヌ・モローが死去。89歳だった。ミレイユ・ダルクが28日、パリの自宅で死去、79歳。カトリーヌ・ドヌーブが仏映画祭で来日NHKごごナマ「生出演」。御年73歳ながらその美貌はいまも健在なり‼。新作「ルージュの手紙」。

   日本で最初に人気がでたフランス女優といえば「巴里祭」(33)のアナベラ(画像 1910-1996)だろうか。花売娘というイメージがあるが、米俳優タイロン・パワーと離婚後のことは詳しくは知らない。アナベラ以前に、もちろん無声映画時代サラ・ベルナールやミスタンゲットという大スターがいた。その後、フランソワーズ・ロゼー(外人部隊、ミモザ館)、アルレッティ(天井桟敷の人々)、マリー・ベル、ミシェル・モルガン(霧の波止場)、ダニエル・ダリュー(うたかたの恋)、リリー・パーマー。エドウィージュ・フイエール、ヴィヴィアンヌ・ロマンス、マドレーヌ・ロバンソンなどが出現、フランス映画の黄金期であった。戦後はシモーヌ・シニョレとジャンヌ・モローが代表だろう。ミシュリーヌ・プレール、アヌーク・エーメなどもいるが、やはりブリジッド・バルドーの出現は映画史上画期的なものであった。バルドーのような小悪魔として、カトリーヌ・スパーク、ミレーヌ・ドモンジョ、パスカル・プティ、カトリーヌ・ドヌーブ、ナタリー・ドロン、ミレーユ・ダルク、ドミニク・サンダが登場した。現代フランスを代表する映画女優はカトリーヌ・フロ、ソフィー・マルソー、イレーヌ・ジャコブ、イザベル・アジャーニ、エマニュエル・ベアール、オドレー・トトゥー、ジュリエット・ビノシュ、マリオン・コティヤール、ヴァネッサ・パラディ、エヴァ・グリーン、ルー・ドゥ・ラージュと個性的な女優が出現している。(Anabell)

2017年7月22日 (土)

女優は歌う

   女優が映画で歌うのは、ドロレス・デル・リオの「ラモナ」(1928)やマレーネ・デートリッヒの「嘆きの天使」(1930)以来めずらしいことではない。1931年「会議は踊る」でリリアン・ハーヴェイが歌った「唯一度だけ」は世界中で大流行した。ジャネット・マクドナルドの「恋人よ我に帰れ」(ニュー・ムーン)もジャズのスタンダードになった。1946年にはリタ・ヘイワ―スが「ギルダ」で歌い、50年代になるとマリリン・モンローは「帰らざる河」ほか何本も劇中で歌うシーンがある。モーリン・オハラ(ジョン・フォード監督作品やジョン・ウエインの西部劇に出演)はウエールズやアイルランド民謡などをさらりと歌い、歌手としても活躍した。60年代から70年代にかけてはアン・マーグレットやバーバラ・ストライザンド。80年代には1982年フィービー・ケイツが「パラダイス」で歌う。近年「レ・ミゼラブル」のアン・ハサウェーや「美女と野獣」のエマ・ワトソンの歌唱力が話題となった。近年女優のもう一つの才能として歌唱力が問われることが多い。韓国でも人気女優キム・ソヒョン(17歳)新ドラマ「戦おう、幽霊」(2016)の中で「Dream」を歌う。

  わが国では大正6年(1917)芸術座「生ける屍」で松井須磨子が劇中歌「今度生まれたら」(北原白秋作詞、中山晋平作曲)が歌う女優第1号である。映画界では1930年代トーキーの時代になると歌う女優が注目された。ポーラ・ネグリ「夜のタンゴ」(1937)などなど大女優は歌っている。歌う女優№1はジュディ・ガーランド。近頃の日本の女優さんはあまり歌わない傾向にある。堀北真希主演の映画「麦子さんと」は死別した母の故郷でその青春の足跡を追う、親子愛を描いた作品で佳作であったが、残念なことに堀北が歌唱力不足のため自身で「赤いスイートピー」を歌う場面がなかった。

191312    日本映画界で歌う女優としては高峰三枝子、高峰秀子、田中絹代、美空ひばり、奈良光枝、朝丘雪路、浅丘ルリ子、吉永小百合、倍賞千恵子、由美かおる、山口百恵、桜田淳子、薬師丸ひろ子、原田知世などがいる。最近の女優さんはおおむね歌いたがらない傾向にある。だが2016年橋本環奈が映画「セーラー服と機関銃 卒業」でソロデビューする。橋本は福岡のローカル女性アイドルグループの一員。2013年5月「博多のタケ」さんというアイドルを追っかけているブロガーが彼女の歌って踊る写真をネットに投稿したところ「天使すぎる」と話題になり、「千年に1人の逸材」として注目を集めた。「動きのあるステージ中は、こちらに顔を向いてもどうしても目を瞑ったり失敗写真が多くなるのですが、彼女の場合はそれがほとんどありません。ダンス中の表情は常に変化し、見られる、撮られる事を意識しているのでベストショットがすごく撮りやすい」とタケさんは語る。土屋太鳳もアニメ「フェリシーと夢のトウシューズ」の主題歌を初挑戦。

「あの女優も歌っていた年表」

42mikan   「歌は三分間のドラマ」というが、女優が歌うと説得力がありヒットする確率は数パーセントは高くなる。1960年代の青春歌謡ブームのなかで吉永小百合と本間千代子らが競うように歌っていた。最近では、大竹しのぶが舞台で「愛の讃歌」などを歌っているが、全体としては歌唱力のある女優は少なくなった。歌手から女優へというパターンもある。永作博美は成功例。ドラマ「校閲ガール」にファッション誌の編集長役で80年代「みっちょん」の愛称で人気あった芳本美代子が出演している。

轟夕起子「お使ひは自転車に乗って」 1943
十朱幸代「いたずら恋の風」 1961
吉永小百合「寒い朝」 1962
倍賞千恵子「下町の太陽」 1962
本間千代子「愛しあうには早すぎて」 1964
西尾三枝子「スカーレットの花」 1965
高田美和「アキとマキ」 1966
和泉雅子「二人の銀座」 1966
内藤洋子「白馬のルンナ」 1967
由美かおる「みんなあげましょう」 1967
扇ひろこ「新宿ブルース」 1967
藤純子「緋牡丹博徒」 1968
朝丘雪路「雨がやんだら」 1970
岡崎友紀「私は忘れない」 1970
渥美マリ「可愛い悪魔」 1970
関根恵子「愛の出発」 1970
梶芽衣子「怨み節」 1972
坂口良子「あこがれ」 1972
Img_789504_39219346_0 野際陽子「非情のライセンス」 1973
桃井かおり「六本木心中」 1973
大竹しのぶ「みかん」 1976
十朱幸代「セイタカアワダチ草」 1977
伊藤かずえ「ひとりぽっちの村祭り」 1978
竹下景子「結婚してもいいですか」 1978
松坂慶子「愛の水中花」 1979
大空真弓・若原一郎「愛しているかい」 1979
薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」 1981
杉田かおる「鳥の詩」 1981
川上麻衣子「白夜の世代」 1981
桃井かおり「ねじれたハート」 1982
安田成美「風の谷のナウシカ」 1983
伊藤麻衣子「微熱かナ」 1983
荻野目慶子「愛のオーロラ」 1983
富田靖子「オレンジ色の絵葉書」 1983
沢口靖子「潮騒の詩」(刑事物語3) 1984
安田成美「風の谷のナウシカ」 1984
斉藤由貴「卒業」 1985
高岡早紀「真夜中のサブリナ」 1988
深津絵里「マリオネット・ブルー」 1988
裕木奈江「硝子のピノキオ」 1990
観月ありさ「伝説の少女」 1991
篠原涼子「恋しさとせつなさと心強さと」 1994
坂井真紀「太陽が教えてくれる」 1993
永作博美「My Home Town」 1993
奥菜恵「この悲しみを乗り越えて」 1995
中谷美紀「砂の果実」 1997
松たか子「明日、春が来たら」 1997
広末涼子「MajiでKoiする5秒前」 1997
満島ひかり「パラシューター」 1997
木村佳乃「イルカの夏」 1998
深田恭子「最後の果実」 1999
柴咲コウ「月のしずく」 2003
上戸彩「愛のために」 2004
国仲涼子「琉球ムーン」 2004
福田沙紀「アタック№1」 2005
沢尻エリカ「タイヨウのうた」 2006
長澤まさみ「セーラー服と機関銃」 2006
綾瀬はるか「ピリオド」 2006
松下奈緒「Moonshine 月明かり」 2007
新垣結衣「赤い糸」 2008
宮崎あおい「ソラニン」 2010
上野樹里「えがおのはな」 2010
北乃きい「サクラサク」 2010
川島海荷「MajiでKoiする5秒前」 2010
真木よう子「星影の小径」 2011
武井咲「恋スルキモチ」 2011
剛力彩芽「友達より大事な人」 2013
瀧本美織(LAGOON)「君の待つ世界」 2015
橋本環奈「セーラー服と機関銃」 2016
上白石萌音「なんでもないや」 2016
門脇麦「REBORN」 2017

2017年6月24日 (土)

マギー・ミネンコ

テレビから消えそうなハーフ・タレント。ランキング1位はマギー、2位ダレノガレ明美、3位滝沢カレン、4位ローラ、5位ホラン千秋。マギーは巨人の助っ人でも、マギー司郎でもない。ましてやマギー・ミネンコでもない。うわさのチャンネルの出ていたマギーのギャグは「乳揉め~!」だった。

2017年5月15日 (月)

田中絹代から始まった日本「投げキッス」史

   広辞苑によると、「指先を自分の唇に当て、その指を相手に向かって投げ送る身ぶり」とある。欧米のエンターテイメント業界では、レッドカーペットなどでカメラマンが「投げキッス」を求められるのは日常茶飯事であるが、日本ではあまり見られない。西内まりやが「Chu Chu」と歌いながら「投げキッス」をしたものの不評だった。この「投げキッス」の歴史も日本のエンタメ業界ではおよそ70年の歴史を有する。1950年アメリカ帰りの田中絹代が派手な衣装とサングラスでカメラマンに向かって「投げキッス」を送りつけたものの、マスコミから袋叩きにあい、彼女につけられたあだ名が「アメション女優」だった。

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