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2018年8月17日 (金)

何で虹は七色?

Newtonsrainbow

   わたしたちの周りには、さまざまな色が見られるが、それらの万物が固有の色をもっているのではなく、万物の表面が光の一部を反射するということなのである。リンゴが赤いのはリンゴ自体が赤いのではなく、赤色の光を反射するためであり、同じく木の葉は緑色の光を反射するから緑色に見えるのである。

 NHK雑学バラエティ「チコちゃんに叱られる」多久和理実(東京工業大学)によると虹の七色の説はニュートンが先駆だという。1672年、彼はケンブリッジ大学でスペクトルの実験を行い、物体の色はスペクトルの色の一部を吸収し、他色を反射するため生ずることがわかっていた。ところがニュートンの研究はほとんど注目をひかず、彼はがらがらの教室で講義をしていた。彼が、色は目と脳でどのようにして知覚されるか、という問題を解明したのは「光学」(1703年)を発表してからである。虹は大気中の光学現象のなかでいちばんよく知られ、古くから宗教や説話のうちにあらわれるが、光の7色のスペクトルで科学的に説明したのはニュートンが最初である。光をめぐる論争は古代ギリシア時代以来からあり、17世紀にはホイヘンスの波動説とニュートンの粒子説の論争が最高潮に達し、対立していた。粒子説はニュートンの時代から一時優勢であったが、ジェームズ・マクスウェル(1831-1879)の研究により、波動説が完全な勝利をおさめた。(Isac Newton,James Maxwel,rainbow)

2018年6月21日 (木)

あれはナイチンゲール、ヒバリじゃないわ

    ジュリエットはロミオと一夜を過ごす。夜明けが近づいてヒバリが鳴き始めて、やがてロミオとの別れが近づく。ジュリエットは別れがつらくて「あれはヒバリじゃなくて(夜に鳴いている)ナイチンゲールよ」と言う。

It was the nightingale,and not the lark.

Sudhakar1431803083   羽は赤ちゃけた色をしており、腹は灰白色で、姿は美しいとはいえないが、声はもっとも美しい鳥としてイギリスでは詩にしばしば登場する。夜明け前によく透る声で鳴く。
    英詩でナイチンゲールがうたわれるようになったのは13世紀の後半からである。この鳥は季節からいえば春と夏とにまたがっている。イギリスの夏は暦の上では夏至(6月21日)から秋分(9月22日あるいは9月23日)までをいうが、実際には5月半ばから8月下旬までをいう。イギリスの夏は涼しく、花も美しい。6月、7月が夏のさかりといってよい。

2018年6月 1日 (金)

英国のキジ

   キジは本州、四国、九州に留鳥として分布している。昔話「桃太郎」にもサル、イヌと共に登場し、親しまれている日本の野鳥で、1947年に日本鳥学会が国鳥として選定した。しかしユーラシア大陸にも広く分布する。英語ではpheasant。ロレンスの小説「チャタレイ夫人の恋人」で森番のメラーズが鳥小屋を作り、キジの雛をかえしている情景が描かれている。Mellors raises pheasants there for hunting.(メラーズは狩猟のためにキジを育てていた) ロレンス夫人との愛のキューピッド的な役割をはたしている。

2018年5月31日 (木)

アーベルとガロア

Photo エヴァリスト・ガロア

    フランスのエヴァリスト・ガロワ(1811-1832)とノルウェーのニールス・アーベル(1802-1829)は同時代の数学者だが共通している点が多い。専門が楕円関数論と代数方程式論であることや、ガウスの影響を受けていること、若くして悲劇的な死をとげていることである。ガロアが1832年5月31日、決闘で受けた傷がもとで死んだことはよく知られているが、アーベルは病死である。ガロアは近世の高次代数方程式が代数的に解けるための必要十分条件を群の言葉で与えた。アーベルは五次以上の代数方程式は、一般に代数的には解けないことを証明した。楕円関数論およびアーベル関数論で知られる。2人はもちろん出会ったことはなかったし、論文を通じての認識すらなかったらしい。

2018年4月27日 (金)

モールス信号

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 サミュエル・モールスは電信機とモールス符号の発明者。1791年4月27日、マサチューセッツ州チャールズタウン(現ボストン)に生まれる。初め画家になることをめざしていたが、欧州旅行の帰国の船内でたまたまC.T.ジャクソン博士と一緒になり、博士の暇つぶしに電気や電信の実験談を聞かされる。電気は当時最大の謎の一つだった。その魅力はメアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」に描かれている。怪物に生命を吹き込むのに用いられたのは、電気である。モールスは若いころから電気への興味を持っていた。そのときモールスは、電気信号が瞬間的に回路を巡ることに気がついた。1835年にモールスは最初の電信機を発明する。彼の電信機は、幕末に来航したペリーによって幕府に献上されている。(keyword;Samuel Finley Breese Morse,Charlestown,Boston,eponym )

2018年4月11日 (水)

地球一周は4万キロ

Eratosthenesmap   本日はメートル法公布記念日。フランス語「メートル」(metro)は古代ギリシア語「メトロール」(ものさし、測ることの意)からの造語である。もともと子午線上の北極から赤道までを1万キロと決めて、1000万分の1の長さが1メートルとなった。1791年にラヴォアジエなど学者らが検討し、1791年フランス科学アカデミーで決められたが、「メートル」はすぐには普及しなかった。1837年にメートル法以外の単位使用を禁じ、1875年メートル条約が締結された。

   むかし古代アレクサンドリアの学者エラトステネスは太陽の角度から地球の大きさを推定した。彼の計算では、

5000スタディオン×(360度÷7度12分)=2500000スタディオン。

   1スタディウスは178mと推定されているので、44500㎞になる。本当の地球の全周は4万キロなので1割程大きいだけである。エラトステネスは実測困難な対象も、幾何学の応用で、地球の近似値を測定したのである。

   ところで地球一周、つまり赤道の全周は約4万キロだが、もっと正確な数値はあるのだろうか。かつての地理の参考書には、赤道の全周40076、5938㎞という数字が載せられていた。これはヘイフォード楕円体で推計した地球恒数のひとつである。アメリカの測地学者ジョン・フィルモア・ヘイフォード(1868-1925)が1909年に提案した準拠楕円体で、1924年にスペイン・マドリードで開かれた国際測地学・地球物理学連合総会によって世界的に認められた。現在は赤道の周囲は40075.017㎞とされている。( keyword;Eratosthenes,Alexandria,Syena,metre,Lavoisier 、4月11日)

2018年3月20日 (火)

ニュートンとリンゴの木

Photo_3   もっとも偉大な物理学者と称えられるアイザック・ニュートン(1642-1727)は1727年のこの日、死去した。ニュートンが万有引力を発見したのは、死の直前の1726年ごろと思われるが、リンゴの落下から重力を発見したという話は本当であろうか。

   この有名な逸話は1665年に起こったとされる。ニュートンはケンブリッジ大学を卒業したが、疫病の流行によって大学が閉鎖され、故郷のイングランドのウールズソープに戻った。このときリンゴの実が落ちることがきっかけで重力の法則につながる理論を思いついたと友人の古代研究家ウィリアム・ステュークリー(1687-1765)に語ったとされる。時は1726年4月15日のことで、場所はロンドンのケンジントンのニュートン家のリンゴの木の下である。リンゴの逸話の伝聞の主であるステュークリーは牧師で医師でもあったが、地震学からストーンヘンジの研究、考古学に至るまで広い分野の学者であった。逸話の真偽の程は明らかではないが、生涯独身だったニュートンと45歳年下のステュークリーとはどのような関係だったのだろうか。(Isaac Newton、3月20日)

2018年3月10日 (土)

サボテンの語源

   3月10日は「サボテンの日」。 サボテンが日本に最初に渡来したのは長崎港へ出入していたオランダ船がもたらしたものと考えられる。1709年刊行の「大和本草」に記載があるから、それ以前の渡来である。サボテンはポルトガル語のシャボンsabaoから出た名といわれ、サボテンの茎節を切ると出る粘質 の樹液で油などの汚れがよくおちるところから、石鹸として使われたことに由来する。

  アメリカ南西部やメキシコ北部の砂漠地方に自生する高さ10m以上の巨大サボテンを「サグアロ」という。現地語で「人型サボテン」という意味である。

2018年2月18日 (日)

地球外生命体はホントにいるのか?

Photo_3   英科学誌ネイチャーで、土星の衛星の1つ「エンケラドス」に生命が生息できる環境が存在するという研究結果が発表された。またNASAは2013年3月12日キュリオシティーが採取した火星の岩のサンプルを解析した結果、かつて火星には生命に適した環境があったと発表した。2010年から世界11ヵ国の天文台や大学などの機関が地球外知的生命体探査「ドロシー計画」を実施している。

    イギリスの天文学者ウィリアム・ハーシェル(1738-1822)は天の川銀河(当時の全宇宙)の星を観測して、太陽系は銀河系のほぼ中心に位置すると考えた。そして音楽家でもあったハーシェルは太陽系の惑星の配列と音楽理論とを結びつけ、すべての惑星には生命はもちろん文明が存在すると考えていた。1880年頃、イタリアで火星図がつくられた。このとき、直線状の模様「すじ」が描かれ、「すじ」は、イタリア語で「カナリ(canali)」といい、これがフランス語に訳されるとき「canal(運河)」となって伝わった。そして運河のような構造物をつくることができる文明があったとされ、「火星に知的生命がいる」という考えが広まった。そのころH・G・ウェルズが火星人が地球を攻めてくるという「宇宙戦争」(1898)が発表されて、宇宙人というとタコのような生物というイメージができた。ここ10年で地球と同じような環境の惑星は10個も発見されている。いまや地球外生命体がいる可能性や確率は100%だとする宇宙学者もいる。

    1781年、ハーシェルは天王星を発見した。1846年にはフランスのユルバン・ルヴェリエ(1811-1877)とイギリスのジョン・クーチ・アダムズ(18119-1892)が海王星を発見した。太陽系のうち最も遠くにある冥王星は2006年に惑星からはずされたが、パーシバル・ローウェルの遺志を受け継いだクライド・トンボー(1906-1997)が1930年2月18日に発見した。(William Herschel,Urbain Verrier,John Couch Adams,Clyde Tombaugh,Mars,Urnus,Neptune,Pluto)

2018年2月 1日 (木)

世界発明・発見の歴史年表

Ff2a5484    快適な生活を享受している現代人も、元々は先人が発明したものばかりで暮らしている。人類最初の道具は「棒切れ」と言われる。 ただし棒は腐って遺物としては残ることはない。アフリカ・ケニア北部の約330万年前の地層から、猿人が使っていたと思われるハンマーのような道具が人類史上最古と見られる。

紀元前5000頃 メソポタミア南部シュメールで主要な農耕技術が発達し、定住が進んで都市が生まれる
前3700頃 エジプト、メソポタミアにて銅器使用
前3200頃 シュメールにて文字が生まれる
前3000頃 エジプトにて運搬用に動物力の利用始まる
前2800頃 エジプト、中国にて青銅器の使用
前2500頃 エジプトにてパピルス使用、メソポタミアにてガラス製品つくられる
前1400頃 インド、小アジアにて鉄器の使用
前600頃 ペルシアにて風車が利用される
前600頃 インドの外科医ススルタ、造鼻術をおこなう
前300頃 ローマにてコンクリートとセメントの技術が生まれる
前250頃 クテスィビオス、アレキサンドリアにて水時計を作製
前102頃 ヘロン、気力球を発明

後105頃 蔡倫、製紙術を発明
132年 張衡、地震計を発明
230年 中国魏の華佗、麻酔術をおこなう
673年 アラビア人とのコンスタンティノープル攻防戦にて、ビザンツ人が「ギリシア火」を発明  砂時計は8世紀頃、フランスのリウトプランドが発明した。

1015年、イブン・アル・ハイサム、最初のカメラ・オブスクラを作る。

1202年、イタリアの数学者フィボナッチが「算術の書」で「0」を紹介。

1206年、アラブ人の博学者アル・ジャザリー、クランクシャフトとカムシャフト、吸い上げポンプを考案

14世紀
1302年、イタリアのジャオ、航海用コンパスを製作
1377年 フランスの南部の都市モンペリエ医学校で人体解剖合法化

15世紀
1498年 イタリアのフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局製法はじまる(世界最初の薬局店)

16世紀
1500年カブラル、ブラジルを発見。1531年コペルニクス、地動説を発表。鉛筆は1565年、コンラート・ゲスナーが自家製鉛筆を使用していた。1572年ヘルモント、二酸化炭素を発見。1582年ローマ教皇グレゴリウス13世、暦法改正。1589年ガリレイ、落体の法則を発見。1590年オランダの眼鏡職人ハンス・ヤンセン、サハリアス・ヤンセン父子が顕微鏡の原型を発明。1599年オランダのシモン・ステファンが風力で走る帆走車を発明。

17世紀
1605年、ストラスブールでヨハン・カロルスは新聞を創刊した。1608年、オランダの眼鏡技師ハンス・リッペルスハイが望遠鏡を発明。1610年ガリレオは木星を回る4つの衛星を観察。1612年医師サントリーオ・サントリーオが体温計を考案した。1623年イタリアのガスパロ・アセリ、乳摩管を発見。1628年ハーべイ、血液循環の原理を発見。1643年トリチェリー、真空を発見。1650年ヴァレニウス、初めて黒潮について記す。1655年ホイへンスが土星の衛星タイタンを発見。1656年クリスチャン・ホイヘンスが振り子時計を発明。1669年ニュートン、微積分法の発明。1673年レーウェンフック、赤血球を発見。1678年ホイヘンス、光の波動説。1687年ニュートンが万有引力を発見。

18世紀
1705年ハレーがハレー彗星の周期を発見。ピアノはイタリア人のバルトロメオ・クリストフォリ・ディ・フランチェスコが1709年に発明。1735年リンネが動植物の分類法を発表。1750年フランクリン、避雷針の発明。1757年キャンブベルが六分儀を発明。1776年、アメリカのディヴィッド・ブッシュネルが最初の潜水艦を考案し、タートル号を建造。アメリカ独立戦争でイギリス軍艦イーグル号を攻撃したが、成功しなかった。1779年クロンプトンが紡織機「ミュール機」を発明。1785年カートライトが力織機を発明。1796年エドワード・ジェンナー、牛痘による天然痘予防法に成功。

19世紀
1803年イギリスのトレヴィシックが蒸気車を発明。1808年イギリスのデービーがアーク灯を発明。1810年ドイツの靴職人バルタザール・クレムスがミシンを発明。1810年イギリスのピーター・デュランドが缶詰を発明。1812年、ドイツのフリードリッヒ・モースが「モースの硬度計」を考案。1814年イギリスのスティーヴンソンが蒸気機関車を製作。1817年、ドイツのカール・フォン・ドライスによって木製の人力二輪車ドライジーネ(自転車の原型)が製作された。1821年イギリスのヘンリー・ベルが蒸気船「アーロン・マンビー号」を作製。1821年ドイツのブッシュマンがAURA(オーラ)というハーモニカの原型を試作した。1829年フランスの縫製職人バルテミー・ティモニエがミシンを発明。1835年、電灯の実験が、ジェームズ・ボウマン・リンゼイにより成功。1839年アメリカのチャールズ・グッドイヤーがエボナイトを発明。1843年フランスのルシアン・バイディがアネロイド気圧計を発明。1846年ヨハン・ガレが海王星を発見。1855年ヘンリー・ベッセマー、鋼鉄の大量生産始まる(特許)。1858年ハイマン・リップマンが消しゴムつき鉛筆の特許を取得。1860年トーマス・アダムスがチューインガムを発明。1860年フランスの博物学者アンリ・ムオがアンコールワットを発見。1862年ルイ・パスツールとクロード・ベルナールが低温殺菌法を開発。1865年メンデルが遺伝の法則を発見。1867年ノーベル、ダイナマイトを発明。1868年アイヴス・マガフィーが真空掃除機を発明。1870年ジョン・ウェズリー・ハイアットがセルロイドを発明。1873年ショールズがタイプライターを発明。1878年デーヴィッド・ヒューズはマイクロフォンを発明した。1876年ジェン・ジェームズ・立夏ード・マクラウドはインスリンを発見。1877年エジソンが蓄音器を発明。1869年スイスのフリードリッヒ・ミーシャ―が膿のリンパ球から核酸を発見。1878年ジョゼフ・スワンはエジソンより1年早く、白熱電球を発明。1881年アメリカのアルモン・グランガーが消火器を発明した。1885年カール・ベンツ、ガソリンエンジンで走る三輪自動車を作製。1886年ジョン・ペンバートンはコカ・コーラを発明。電池はアレッサンドロ・ボルタがボルタの電堆を発明し、乾電池はカール・ガスナーが1887年に発明した。懐中電灯はコンラッド・ヒューバードが1899年に商品化した。1890年、北里柴三郎とエミール・ベーリングが破傷風とジフテリアの血清療法を発見。

20世紀
   1901年、ジレットは安全剃刀を発明。1902年、マリー・キュリー夫妻、ラジウム抽出。ウィリス・キャリアはエアコンの理論を樹立。1903年、ライト兄弟が人類初の有人動力飛行に成功。1904年、アメリカのルーベルが紙へのオフセット印刷機を発明。1909年レオ・ベークランドが合成樹脂ベークライトの工業化に成功。1911年、ビンガムはマチュピチュ発見。1915年、早川徳次はシャープペンシルを発明。1920年DNA、RNAを発見。1920年アメリカでラジオ放送開始される。1921年カナダの整形外科医フレデリック・バンティングと医学生チャールズ・ベストが研究室でインスリンの抽出に成功した。1923年、スペインのファン・デ・ラ・シエルバがオートジャイロを発明。1924年、レイモンド・ダートが南アフリカでアウストラロピテクスの化石を発見。1924年、米キンバリー・クラーク社からクリネックス・ティシュー発売される。1924年、アルベール・カルメットが結核予防にBCG接種を提唱。1925年、イギリスのジョン・ロージー・ベアードがテレビ実験に成功。1926年、アメリカのロバート・ハッチンス・ゴダードが世界初の液体燃料ロケットの打ち上げに成功。1926年、石井茂吉は写真植字機を発明。1928年、イギリスのフレミングがアオカビからペニシリンを発見。1932年、T型フォードの発売。1935年カローザース、ナイロンを発明。1938年、蛍光灯、アメリカで実用化。1942年アメリカのフェルミらがシカゴ大学で原子炉の核実験に成功。1943年ハンガリーでボールペンを開発。1943年、アメリカの児童精神科医レオ・カナーが自閉症を報告。1944年セルマン・ワックスマンがストレプトマイシンを発見。1946年、アメリカで世界初のコンピュータである電子計算機ENIAC(エニアック)が発明される。1948年、インスタントカメラ「ポラロイド・ランド・カメラ」を発売。1948年、米ベル研究所のウィリアム・ショックレー、ジョン・バーディーン、ウォルター・ブラッテンがトランジスターを発明。1949年バーナード・シルバーとノーマン・ジョセフ・ウッドランドがバーコードを発明。1949年アメリカのビクターが45回転レコード(ドーナツ盤)を開発。1952年、アメリカのダウケミカル社がサランラップを販売。1953年、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックがDNAの二重らせん構造を発見。1957年、樫尾製作所が電卓の元祖ともいわれる計算機を開発した(価格48万5000円)。1959年、リーキー夫妻がタンザニアのオルドヴァイ渓谷でジンジャントロプス・ボイセイ(アウストラロピテクス・ロブストゥス)を発見。1963年カセットテープ、オランダで開発。1964年、ピーター・ヒッグス、フランソワ・アングレールがヒッグス粒子を発見。1968年、大塚食品がレトルトカレー「ボンカレー」を発売。1968年、ダグラス・エンゲルバートがコンピュータのマウスを発明する。1971年、レイ・トムリンソンが電子メールを発明。1978年、日本語ワープロ東芝JW-10(価格630万円)を発売。1981年スペースシャルト・コロンビア号が時速2675kmを記録。1990年、初のWorld Wide Webのシステムが稼働。

21世紀
2001年、世界中で無料オンライン百科事典「ウィキペディア」が公開される。
2005年、動画投稿サイトはじまる。
2006年、ツィッターの一番最初の「つぶやき」。

参考資料
世界の発明発見歴史百科 テリー・プレヴァートン著 原書房 2015年

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