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2017年2月18日 (土)

地球外生命はいるのか?

Photo_3   英科学誌ネイチャーで、土星の衛星の1つ「エンケラドス」に生命が生息できる環境が存在するという研究結果が発表された。またNASAは2013年3月12日キュリオシティーが採取した火星の岩のサンプルを解析した結果、かつて火星には生命に適した環境があったと発表した。2010年から世界11ヵ国の天文台や大学などの機関が地球外知的生命体探査「ドロシー計画」を実施している。

    イギリスの天文学者ウィリアム・ハーシェル(1738-1822)は天の川銀河(当時の全宇宙)の星を観測して、太陽系は銀河系のほぼ中心に位置すると考えた。そして音楽家でもあったハーシェルは太陽系の惑星の配列と音楽理論とを結びつけ、すべての惑星には生命はもちろん文明が存在すると考えていた。1880年頃、イタリアで火星図がつくられた。このとき、直線状の模様「すじ」が描かれ、「すじ」は、イタリア語で「カナリ(canali)」といい、これがフランス語に訳されるとき「canal(運河)」となって伝わった。そして運河のような構造物をつくることができる文明があったとされ、「火星に知的生命がいる」という考えが広まった。そのころH・G・ウェルズが火星人が地球を攻めてくるという「宇宙戦争」(1898)が発表されて、宇宙人というとタコのような生物というイメージができた。

    1781年、ハーシェルは天王星を発見した。1846年にはフランスのユルバン・ルヴェリエ(1811-1877)とイギリスのジョン・クーチ・アダムズ(18119-1892)が海王星を発見した。太陽系のうち最も遠くにある冥王星は2006年に惑星からはずされたが、パーシバル・ローウェルの遺志を受け継いだクライド・トンボー(1906-1997)が1930年2月18日に発見した。(William Herschel,Urbain Verrier,John Couch Adams,Clyde Tombaugh,Mars,Urnus,Neptune,Pluto)

2017年2月 3日 (金)

北米自然観察図鑑

Photo グレーシャー国立公園

   年間およそ200万人の観光客が訪れる北西部モンタナ州グレーシャー国立公園。しかし初期の森の探検家たちからは、その樹木が船舶材に使えるかどうかという目でしか見られなかった。今日、国立公園として保護されている北米の山々は森林浴として人間をはじめ動物にはかり知れない恩恵を与えているといわれる。とくに自然とふれあうことは人間にとって精神に及ぼす影響もあるが、森林の写真を見るだけでも脳の心地よさの領域に血液があつまり、リラックス効果があるといわれる。かつて大森林地帯には、たくさんの動物が住んでいた。ビーバーやアライグマは森の人気者である。ビーバーはよい毛皮がとれるので人間のあくことない、欲望の犠牲となったが、今日ではラッコ、オットセイなどともに国の自然保護の下に生きのびられるようになった。オポッサムという奇妙な動物がいる。彼らが繁栄した原因の1つは、他の動物に襲われると死んだまねをすること、食べてもまずいこと、この2つが組み合わさって捕食者に食べにくいという印象を与えたという。

Photo_2 ビーバー

Photo  アライグマPhoto_4 オポッサム

2017年1月26日 (木)

23年後には氷河期がやってくる

 英国ノーサンブリア大学のバレンティーナ・ザーコバ教授の英国研究チームによると、太陽の活動は2030年代に現在の60%にまで減少し、世界は氷河期(マウンダー極小期)になるという。世界人口80億人のうち約20 億人が飢餓と病気で死亡する危険性がある。とくに日本のように食糧自給率が低い国ではいまから対策を講じないといけない。よく言われる地球温暖化は間違いである。二酸化炭素を代表とする炭素の循環は全地球的な空間スケールで起こり、数千万年から数十億年の時間スケールの現象である。地球に数億年単位で交互にやってくる温暖期と寒冷期は炭素の循環システムと関係がある。しかし地球の温暖化は小規模なもので、むしろ地球規模でみると寒冷化にすすむと考えられる。

2017年1月17日 (火)

天災は忘れたころにやってくる

   阪神・淡路大震災22年で追悼の集い。日本列島は地震活動期に入っている。東大地震研究所が「震災をきっかけに首都圏では地震活動が活発化してM7級直下地震が4年以内に70%の確率で来る」と発表した。東大地震研究所は大正14年、東京帝国大学付属地震研究所が設立された。初代所長は末広恭二(1877-1932)、2代目所長は石本巳四雄(1893-1940)。地震研究所の設立には寺田寅彦(1878-1935)も大きく協力していたようだ。正面玄関の壁には寺田による碑文が今も掲げられている。

明治24年濃尾地震の災害に鑑みて震災予防調査会が設立され、我邦における地震学の研究が漸く其緒に就いた。大正12年帝都並びに関東地方を脅かした大地震の災禍は更に痛切に日本に於ける地震学の基礎的研究の必要を啓示するものであった。この天啓に促されて設置されたのが当東京帝国大学付属地震研究所である。(中略)本所永遠の使命とする所は地震に関する諸現象の科学的研究と直接又は間接に地震に起因する災害の予防並びに軽減方策の探求である。この使命こそは本所の門に出入りする者の日夜心肝に銘じて忘るべからざるものである。

   有名な警句「天災は忘れたころにやってくる」は寺田寅彦全集をはじめ彼の著作物からその出所を明らかにすることはできない。だがこの言葉が寺田が地震研究所にいたころ生まれたのではないだろうか。だれかれということなく、寺田の考えを要約した警句として流布していった。英語の諺にもあるらしい。

Natural disasters comes when we've forgorten all about then.

    寺田寅彦は明治11年11月28日、寺田利正・亀の長男として東京で生まれた。明治14年、郷里の高知に転居。明治30年、熊本第五高等学校の学生だった寅彦は両親のすすめで、阪井重季の娘・阪井夏子(1883-1902)と結婚する。夏子は少女時代から目立つ美人で、松山に住んでいた頃、松山の中学生だった安倍能成(1883-1966)が憧れていたといわれる。目が大きく、「お夏さんの目が光るからランプはいらぬ」と親族の子どもから言われた。だが寅彦と夏子の幼い夫婦は熊本と高知と離れ離れの新婚であった。

    明治31年1月17日の寅彦の日記には次のようにある。「夏子より手紙きたる。先日、送りやりし泰西婦女亀鑑の礼や、夏の休暇の待たるる事やしたためたる末に、近来川田兄のしきりに伉儷を詮索される旨も書き添えたり」とある。伉儷(こうれい)とは夫婦の意。つまり寺田寅彦夫婦は両家公認ながら内密なものであった。その理由は、父親同士が陸軍仲間で夏子は不倫の子であり、祖母に育てられた夏子を幸せにしてあげたいという周囲のおもいやりからでたものという。寅彦の欠落した日記は結婚の経緯を秘密にしておくためだったと朝日新聞は推測している。明治32年東京帝国大学に入学した寅彦は夏子と東京での同居が始まり暮らし、明治34年に長女貞子も生まれるが、翌年の秋、僅か19歳で夏子は肺結核で亡くなる。(参考:牧村健一郎「愛の旅人・ハンカチ振る浜辺の妻」朝日新聞2008.1.12,寺田寅彦「天災と国防」)

2016年11月27日 (日)

「四本足のニワトリ」論争

   来年の干支は酉(とり)。1980年春に行われた旭川医科大学の入試試験に次のような小論文が出題された。受験生は、10分間で「にわとり」と「はえ」の絵を描くように指示され、その後、足が4本の「にわとり」や8本足の「ハエ」の絵が配布された。そして、「三歳、四歳児でも鳥の絵は描けるのに、日本では満足に描けない大学生がいる。配布されたような絵を描く学生が多く現れるにいたった背景について、現代日本の社会、生活、教育、学習環境などの問題を主体的に受け止め、所見を述べなさい」との課題が課せられた。これが、国公立大学の二次試験の内容を取り上げたいくつかの新聞記事の中で紹介され、追随的な調査結果が次々と発表された。それによると、各年代とも一割弱程度の人間が、四本足のニワトリを描いていたということである。医学教育だけでなく、初等・中等教育期の理科教育の問題として取り上げられ、「自然離れ」「理科離れ」と指摘された。坂元忠芳は「子供の認識能力の衰弱や歪み」を問題視し、蓑田源二郎は「直接的なリアル体験が非常に少なくなり、間接的な映像によるヴァーチャルな体験が多くなってきたから」と分析している。佐伯胖は「ニワトリを犬、牛のような家畜と意識したため、四本足のニワトリを描いた」とする。このように「四本足のニワトリ」論議は主に1990年代の教育界を沸かせたテーマだったが、近年では養鶏場で多肢症のニワトリは低確率ながら、一定比率の割合で誕生することが報告され、自然界に四本足のニワトリが存在しないわけでないことが知られている。(参考:栗田真司「四本足のニワトリ考」 世界思想26、1999年)

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2016年11月 2日 (水)

ヨタカの由来は?

ヨタカはインドからインドシナ、中国を経てウスリー地方にかけて分布している種で、日本には夏に飛来して繁殖する。江戸時代、辻で客引きをする娼婦のことを「夜鷹」と呼ぶが、この鳥名につられられたのはなぜか。この鳥が夜に活動して、何の変哲もない場所にしとねするという習性を併せ持つからそう呼んだにちがいない。榮川省造「異説鳥名抄」には「この鳥が夜行性で羽毛の斑点や飛び形が鷹に似ていることからヨタカとよぶ。古書には、蚊母鳥、蚊吸鳥、鴟とある」と記されている。

2016年10月13日 (木)

ルピナスとグラハム・ベル

Se392   絵本画家のドキュメンタリー番組「永遠のターシャ・テューダー」の中での話。電話を発明したグラハム・ベルはいつもポケットにルピナスの種を入れていて、行く先々でその植を撒いていた。彼はアメリカ中にルピナスの花を咲かせたとある。ルピナスはマメ科ハウチワマメ属の植物で、数多くの種がある。ルピナスの原産地は、南北アメリカ、南アフリカや地中海沿岸で、栽培の歴史は古代エジプトにまでさかのぼる。ベルがアメリカ中にルピナスを咲かせたという話しは本当だろうか。

2016年6月21日 (火)

あれはナイチンゲール、ヒバリじゃないわ

    ジュリエットはロミオと一夜を過ごす。夜明けが近づいてヒバリが鳴き始めて、やがてロミオとの別れが近づく。ジュリエットは別れがつらくて「あれはヒバリじゃなくて(夜に鳴いている)ナイチンゲールよ」と言う。

It was the nightingale,and not the lark.

Sudhakar1431803083   羽は赤ちゃけた色をしており、腹は灰白色で、姿は美しいとはいえないが、声はもっとも美しい鳥としてイギリスでは詩にしばしば登場する。夜明け前によく透る声で鳴く。
    英詩でナイチンゲールがうたわれるようになったのは13世紀の後半からである。この鳥は季節からいえば春と夏とにまたがっている。イギリスの夏は暦の上では夏至(6月21日)から秋分(9月22日あるいは9月23日)までをいうが、実際には5月半ばから8月下旬までをいう。イギリスの夏は涼しく、花も美しい。6月、7月が夏のさかりといってよい。

2016年5月31日 (火)

ホタルはなぜ光る?

1182435921    ホタルは世界に約2000種、日本には約50種類がある。そのうち発光するのはゲンジボタル、ヘイケボタル、ヒメホタルなどの8種類に限られている。成虫の発光は種類を確認し、相手を呼びよせる信号として交尾行動に重要な意味をもっている。発光器にルシフェリンという発光物質があり、酸素と結びついて化学反応することで光る。その化学反応を触媒するのが発光酵素ルシフェラーゼで、これがホタルの種類によって異なるので、光の色もホタルの種類によって様々になる。雄・雌の両方が光る。(luciferin,luciferase)

アーベルとガロア

Photo エヴァリスト・ガロア

    フランスのエヴァリスト・ガロワ(1811-1832)とノルウェーのニールス・アーベル(1802-1829)は同時代の数学者だが共通している点が多い。専門が楕円関数論と代数方程式論であることや、ガウスの影響を受けていること、若くして悲劇的な死をとげていることである。ガロアが1832年5月31日、決闘で受けた傷がもとで死んだことはよく知られているが、アーベルは病死である。ガロアは近世の高次代数方程式が代数的に解けるための必要十分条件を群の言葉で与えた。アーベルは五次以上の代数方程式は、一般に代数的には解けないことを証明した。楕円関数論およびアーベル関数論で知られる。2人はもちろん出会ったことはなかったし、論文を通じての認識すらなかったらしい。

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