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2020年7月 1日 (水)

校正ミス

日本学術協力財団の「地球温暖化にどのように対処すべきか」1997年11月に日本学術会議(東京都港区)で開催された講演記録集。第6の講演が小川直宏の「人工面から見た地球温暖化対策」。「人工」は「人口」の誤りである。学術誌にしてはあまりにも初歩的な校正ミスである。

21世紀の現代でも校正ミスは多発している。橋本環奈のカレンダー、本日は「6月31日」とある。環奈ちゃん自身が見つけて謝罪にサンタコスプレ姿をツイッターで披露してファンはキュン死状態。それにしてもカレンダーで日付を間違えるか。校閲ガールの石原さとみならどんなリアクションをするのだろう。

2020年6月21日 (日)

あれはナイチンゲール、ヒバリじゃないわ

    ジュリエットはロミオと一夜を過ごす。夜明けが近づいてヒバリが鳴き始めて、やがてロミオとの別れが近づく。ジュリエットは別れがつらくて「あれはヒバリじゃなくて(夜に鳴いている)ナイチンゲールよ」と言う。

It was the nightingale,and not the lark.

 

Sudhakar1431803083   羽は赤ちゃけた色をしており、腹は灰白色で、姿は美しいとはいえないが、声はもっとも美しい鳥としてイギリスでは詩にしばしば登場する。夜明け前によく透る声で鳴く。
    英詩でナイチンゲールがうたわれるようになったのは13世紀の後半からである。この鳥は季節からいえば春と夏とにまたがっている。イギリスの夏は暦の上では夏至(6月21日)から秋分(9月22日あるいは9月23日)までをいうが、実際には5月半ばから8月下旬までをいう。イギリスの夏は涼しく、花も美しい。6月、7月が夏のさかりといってよい。

 

 

2020年6月19日 (金)

地震国日本

   日本は世界でも有数の地震国であり、また日本列島は地震活動期に入っており、毎日のように地震速報がだされている。現在、どこで巨大地震が起きても不思議ではない。東大地震研究所は「震災をきっかけに首都圏では地震活動が活発化してM7級直下地震が30年以内に70%の確率で首都直下地震が発生する」と発表している。関東で相次ぐ地震は首都直下地震の予兆である。東大地震研究所は大正14年、東京帝国大学付属地震研究所が設立された。初代所長は末広恭二(1877-1932)、2代目所長は石本巳四雄(1893-1940)。地震研究所の設立には寺田寅彦(1878-1935)も大きく協力していたようだ。正面玄関の壁には寺田による碑文が今も掲げられている。

   明治24年濃尾地震の災害に鑑みて震災予防調査会が設立され、我邦における地震学の研究が漸く其緒に就いた。大正12年帝都並びに関東地方を脅かした大地震の災禍は更に痛切に日本に於ける地震学の基礎的研究の必要を啓示するものであった。この天啓に促されて設置されたのが当東京帝国大学付属地震研究所である。(中略)本所永遠の使命とする所は地震に関する諸現象の科学的研究と直接又は間接に地震に起因する災害の予防並びに軽減方策の探求である。この使命こそは本所の門に出入りする者の日夜心肝に銘じて忘るべからざるものである。

   有名な警句「天災は忘れたころにやってくる」は寺田寅彦の言葉として知られるが、全集をはじめ彼の著作物からその出所を明らかにすることはできない。「天災と国防」(1934年)という随筆には地震による被害が増大すると指摘し、防災の必要性を説いている。この言葉は寺田が地震研究所にいたころ生まれたのではないだろうか。だれかれということなく、寺田の考えを要約した警句として流布していった。中谷宇吉郎の「天災」という一文の中に、寺田寅彦の名言として紹介され、江湖に広まった。中谷の「天災は忘れた頃来る」(西日本新聞1955年9月11日)にもそのようなことが記されており、中谷が「寺田寅彦の言葉」として残した、といほうが正確なようである。

同様の言葉は英語の諺にもあるらしい。

Natural disasters comes when we've forgorten all about then.

    寺田寅彦は明治11年11月28日、寺田利正・亀の長男として東京で生まれた。明治14年、郷里の高知に転居。明治30年、熊本第五高等学校の学生だった寅彦は両親のすすめで、阪井重季の娘・阪井夏子(1883-1902)と結婚する。夏子は少女時代から目立つ美人で、松山に住んでいた頃、松山の中学生だった安倍能成(1883-1966)が憧れていたといわれる。目が大きく、「お夏さんの目が光るからランプはいらぬ」と親族の子どもから言われた。だが寅彦と夏子の幼い夫婦は熊本と高知と離れ離れの新婚であった。

    明治31年1月17日の寅彦の日記には次のようにある。「夏子より手紙きたる。先日、送りやりし泰西婦女亀鑑の礼や、夏の休暇の待たるる事やしたためたる末に、近来川田兄のしきりに伉儷を詮索される旨も書き添えたり」とある。伉儷(こうれい)とは夫婦の意。つまり寺田寅彦夫婦は両家公認ながら内密なものであった。その理由は、父親同士が陸軍仲間で夏子は不倫の子であり、祖母に育てられた夏子を幸せにしてあげたいという周囲のおもいやりからでたものという。寅彦の欠落した日記は結婚の経緯を秘密にしておくためだったと朝日新聞は推測している。明治32年東京帝国大学に入学した寅彦は夏子と東京での同居が始まり暮らし、明治34年に長女貞子も生まれるが、翌年の秋、僅か19歳で夏子は肺結核で亡くなる。(参考:牧村健一郎「愛の旅人・ハンカチ振る浜辺の妻」朝日新聞2008.1.12,寺田寅彦「天災と国防」)

2020年6月14日 (日)

世界発明・発見の歴史年表

Ff2a5484    快適な生活を享受している現代人も、元々は先人が発明したものばかりで暮らしている。人類が地球上に誕生して間もない時期から道具は作られた。人類最初の道具は「棒切れ」と言われる。 ただし棒は腐って遺物としては残ることはない。石面を打ち欠いて製作した石器が残っている。アフリカ・ケニア北部の約330万年前の地層から、猿人が使っていたと思われるハンマーのような道具が人類史上最古と見られる。

 ガリレオはピサの斜塔を利用して落下体の加速度の実験をした話は有名である。しかしこれは、ガリレオの弟子のヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニのつくり話で、本当に実験した人はオランダのシモン・ステビン(1548-1620)です。

紀元前5000頃 メソポタミア南部シュメールで主要な農耕技術が発達し、定住が進んで都市が生まれる
前3700頃 エジプト、メソポタミアにて銅器使用
前3200頃 シュメールにて文字が生まれる
前3000頃 エジプトにて運搬用に動物力の利用始まる
前2800頃 エジプト、中国にて青銅器の使用
前2500頃 エジプトにてパピルス使用、メソポタミアにてガラス製品つくられる
前1400頃 インド、小アジアにて鉄器の使用
前600頃 ペルシアにて風車が利用される
前600頃 インドの外科医ススルタ、造鼻術をおこなう
前300頃 ローマにてコンクリートとセメントの技術が生まれる
前250頃 クテスィビオス、アレキサンドリアにて水時計を作製
前102頃 ヘロン、気力球を発明

 

後105頃 蔡倫、製紙術を発明
132年 張衡、地震計を発明
230年 中国魏の華佗、麻酔術をおこなう
673年 アラビア人とのコンスタンティノープル攻防戦にて、ビザンツ人が「ギリシア火」を発明  砂時計は8世紀頃、フランスのリウトプランドが発明した。

 

1015年、イブン・アル・ハイサム、最初のカメラ・オブスクラを作る。

 

1202年、イタリアの数学者フィボナッチが「算術の書」で「0」を紹介。

 

1206年、アラブ人の博学者アル・ジャザリー、クランクシャフトとカムシャフト、吸い上げポンプを考案

 

14世紀
1302年、イタリアのジャオ、航海用コンパスを製作
1377年 フランスの南部の都市モンペリエ医学校で人体解剖合法化

 

15世紀
1445年 ドイツのグーテンベルクが活版印刷技術を発明
1498年 イタリアのフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局製法はじまる(世界最初の薬局店)

 

16世紀
1500年カブラル、ブラジルを発見。1520年、マゼランが南米大陸とフェゴ島の間にある海峡を発見。後にマゼラン海峡と命名。1531年コペルニクス、地動説を発表。鉛筆は1565年、コンラート・ゲスナーが自家製鉛筆を使用していた。1572年ヘルモント、二酸化炭素を発見。1582年ローマ教皇グレゴリウス13世、暦法改正。1585年ステビン、落体の法則を発見。1590年オランダの眼鏡職人ハンス・ヤンセン、サハリアス・ヤンセン父子が顕微鏡の原型を発明。1599年オランダのシモン・ステファンが風力で走る帆走車を発明。

 

17世紀
1605年、ストラスブールでヨハン・カロルスは新聞を創刊した。1608年、オランダの眼鏡技師ハンス・リッペルスハイが望遠鏡を発明。1610年ガリレオは木星を回る4つの衛星を観察。1612年医師サントリーオ・サントリーオが体温計を考案した。1614年スコットランドの数学者ジョン・ネイピアが対数を発見。1623年イタリアのガスパロ・アセリ、乳摩管を発見。1628年ハーべイ、血液循環の原理を発見。1643年トリチェリー、真空を発見。1650年ヴァレニウス、初めて黒潮について記す。1655年ホイへンスが土星の衛星タイタンを発見。1656年クリスチャン・ホイヘンスが振り子時計を発明。1662年イギリスのロバート・ボイルが「ボイルの法則」を発表。1669年ニュートン、微積分法の発明。1673年レーウェンフック、赤血球を発見。1678年ホイヘンス、光の波動説。1687年ニュートンが万有引力を発見。

 

18世紀
1705年ハレーがハレー彗星の周期を発見。ピアノはイタリア人のバルトロメオ・クリストフォリ・ディ・フランチェスコが1709年に発明。1735年リンネが動植物の分類法を発表。1738年スイスの数学者ダニエル・ベルヌーイは流体内のエネルギーの和が流線上で常に一定であるというベルヌーイの定理を発表した。1750年フランクリン、避雷針の発明。1757年キャンブベルが六分儀を発明。1771年スウェーデンのシェーレが酸素ガスを発見。1776年、アメリカのディヴィッド・ブッシュネルが最初の潜水艦を考案し、タートル号を建造。アメリカ独立戦争でイギリス軍艦イーグル号を攻撃したが、成功しなかった。1779年クロンプトンが紡織機「ミュール機」を発明。1785年エドモンド・カートライトが力織機を発明。1795年フランスで新しい長さの単位「メートル」を制定。1796年エドワード・ジェンナー、牛痘による天然痘予防法に成功。

 

19世紀
1803年イギリスのトレヴィシックが蒸気車を発明。1804年、トレビシックがウェールズのベニランダで史上初の軌道向け蒸気機関車の走行実験に成功。1808年イギリスのデービーがアーク灯を発明。1810年ドイツの靴職人バルタザール・クレムスがミシンを発明。1810年イギリスのピーター・デュランドが缶詰を発明。1812年、ドイツのフリードリッヒ・モースが「モースの硬度計」を考案。1814年イギリスのスティーヴンソンが蒸気機関車を製作。1817年、ドイツのカール・フォン・ドライスによって木製の人力二輪車ドライジーネ(自転車の原型)が製作された。1821年イギリスのヘンリー・ベルが蒸気船「アーロン・マンビー号」を作製。1821年ドイツのブッシュマンがAURA(オーラ)というハーモニカの原型を試作した。1825年スティーブンソン、機関車ロケット号がストックトンとダーリントン間の45キロを走破。1829年、リバプールとマンチェスター間を走破。1829年フランスの縫製職人バルテミー・ティモニエがミシンを発明。1835年、電灯の実験が、ジェームズ・ボウマン・リンゼイにより成功。1839年アメリカのチャールズ・グッドイヤーがエボナイトを発明。1842年アメリカの医師クロウフォード・ロングが初めてジエチルエーテルによる麻酔を用いて手術を行う。1843年フランスのルシアン・バイディがアネロイド気圧計を発明。1843年イギリスのパディントン~スラウで世界初の電報業務を開始。1846年ヨハン・ガレが海王星を発見。1848年ジェームズ・マーシャルがカリフォルニア州サクラメント付近で砂金を発見。1847年イギリスの工学者ジョージ・ケイリーが三葉のグライダーを製作し滑空に成功。1851年ロンドンで第1回の万国博覧会が開かれる。1853年ロンドンで地下鉄が開業。1855年ヘンリー・ベッセマー、鋼鉄の大量生産始まる(特許)。1858年ハイマン・リップマンが消しゴムつき鉛筆の特許を取得。1860年トーマス・アダムスがチューインガムを発明。1860年フランスの博物学者アンリ・ムオがアンコールワットを発見。1862年ルイ・パスツールとクロード・ベルナールが低温殺菌法を開発。1865年メンデルが遺伝の法則を発見。1867年ノーベル、ダイナマイトを発明。1868年アイヴス・マガフィーが真空掃除機を発明。1868年クリストファー・レイサム・ショールズは実用的なタイプライターを考案。1870年ジョン・ウェズリー・ハイアットがセルロイドを発明。1873年フィロ・レミントンがタイプライターの生産を開始。1876年ジェン・ジェームズ・立夏ード・マクラウドはインスリンを発見。1877年エジソンが蓄音器を発明。1869年スイスのフリードリッヒ・ミーシャ―が膿のリンパ球から核酸を発見。1878年ジョゼフ・スワンはエジソンより1年早く、白熱電球を発明。1878年イギリスのデイビッド・エドワード・ヒューズがカーボン・マイクロフォンを発明。1881年アメリカのアルモン・グランガーが消火器を発明した。1885年カール・ベンツ、ガソリンエンジンで走る三輪自動車を作製。1886年ジョン・ペンバートンはコカ・コーラを発明。電池はアレッサンドロ・ボルタがボルタの電堆を発明。1887年、エジソンが長時間使用できる白熱電球を完成。1887年、カール・ガスナーが乾電池を発明。1887年、ドイツのエミール・ベルリナーがレコードを発明。1888年、イギリスのジョン・ダンロップがタイヤを発明。1890年、北里柴三郎とエミール・ベーリングが破傷風とジフテリアの血清療法を発見。1895年、レントゲン、X線の発見。1897年、ドイツのフェリックス・ホフマンがアスピリンを発明。1898年、キュリー夫人がラジウムを発見。1899年、コンラッド・ヒューバードが懐中電灯を商品化する。

20世紀
 1900年、オーストリアの病理学者カール・ラントシュタイナーがABO式血液型を発見。1901年、ジレットが安全剃刀を発明。1902年、マリー・キュリー夫妻、ラジウム抽出。ウィリス・キャリアはエアコンの理論を樹立。1902年アメリカの技術者ウィリス・キャリアガム近代的空機調和設備(エアコン)を発明。1903年、ライト兄弟が人類初の有人動力飛行に成功。1904年、アメリカのルーベルが紙へのオフセット印刷機を発明。1905年、アインシュタインが特殊相対性理論の最初の論文を発表。1909年レオ・ベークランドが合成樹脂ベークライトの工業化に成功。1911年、ビンガムはマチュピチュ発見。1915年、早川徳次はシャープペンシルを発明。1920年DNA、RNAを発見。1920年アメリカでラジオ放送開始される。1921年カナダの整形外科医フレデリック・バンティングと医学生チャールズ・ベストが研究室でインスリンの抽出に成功した。1923年、スペインのファン・デ・ラ・シエルバがオートジャイロを発明。1924年、レイモンド・ダートが南アフリカでアウストラロピテクスの化石を発見。1924年、米キンバリー・クラーク社からクリネックス・ティシュー発売される。1924年、アルベール・カルメットが結核予防にBCG接種を提唱。1925年、イギリスのジョン・ロージー・ベアードがテレビ実験に成功。1926年、アメリカのロバート・ハッチンス・ゴダードが世界初の液体燃料ロケットの打ち上げに成功。1926年、石井茂吉は写真植字機を発明。1928年、イギリスのフレミングがアオカビからペニシリンを発見。1932年、イギリスの物理学者ジェームズ・チャドウィックが中性子を発見。1932年、T型フォードの発売。1933年アメリカの電気工学研究者エドウィン・アームストロングがFM放送を発明。1935年カローザース、ナイロンを発明。1938年、オットー・ハーンが原子核分裂を発見。1938年、蛍光灯、アメリカで実用化。1942年アメリカのフェルミらがシカゴ大学で原子炉の核実験に成功。1943年ハンガリーでボールペンを開発。1943年、アメリカの児童精神科医レオ・カナーが自閉症を報告。1944年セルマン・ワックスマンがストレプトマイシンを発見。1946年、アメリカで世界初のコンピュータである電子計算機ENIAC(エニアック)が発明される。1948年、アメリカでインスタントカメラ「ポラロイド・ランド・カメラ」を発売。1948年、米ベル研究所のウィリアム・ショックレー、ジョン・バーディーン、ウォルター・ブラッテンがトランジスターを発明。1949年バーナード・シルバーとノーマン・ジョセフ・ウッドランドがバーコードを発明。1949年アメリカのビクターが45回転レコード(ドーナツ盤)を開発。1950年アメリカでカラーテレビの放送開始。1952年、アメリカのダウケミカル社がサランラップを販売。1953年、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックがDNAの二重らせん構造を発見。1953年、ユージン・アセリンスキーとナサニエル・クレイトマンがレム睡眠を発見。1957年、樫尾製作所が電卓の元祖ともいわれる計算機を開発した(価格48万5000円)。1958年、日清食品安藤百福が即席ラーメンを発明・販売。1959年、リーキー夫妻がタンザニアのオルドヴァイ渓谷でジンジャントロプス・ボイセイ(アウストラロピテクス・ロブストゥス)を発見。1963年カセットテープ、オランダで開発。1964年、ピーター・ヒッグス、フランソワ・アングレールがヒッグス粒子を発見。1968年、大塚食品がレトルトカレー「ボンカレー」を発売。1968年、ダグラス・エンゲルバートがコンピュータのマウスを発明する。1971年、レイ・トムリンソンが電子メールを発明。1977年、初の実用的なパーソナルコンピュータ「AppleⅡ」が発売。1978年、日本語ワープロ東芝JW-10(価格630万円)を発売。1979年、NECが8ビットパソコンPCー8001を発表。パソコン時代の到来。1981年スペースシャルト・コロンビア号が時速2675kmを記録。1990年、初のWorld Wide Webのシステムが稼働。

21世紀
2001年、世界中で無料オンライン百科事典「ウィキペディア」が公開される。
2005年、動画投稿サイトはじまる。
2006年、ツィッターの一番最初の「つぶやき」。

参考資料
世界の発明発見歴史百科 テリー・プレヴァートン著 原書房 2015年

 

 

2020年4月12日 (日)

スンプ法と鈴木純一

Kn3150760_2   小学校の理科実験で消えたものといえばアルコールランプとあと1つスンプ法である。スンプ法とは、普通の生物顕微鏡では観察不可能なものを、独特の方法で標本を採り、物体の表面を顕微鏡で観察するための方法で、「鈴木式万能顕微鏡印画法」といわれている。昭和4年にグンゼ製糸の技師、鈴木純一が開発したため、Suzuki's Universal Micro Printing Methodの頭文字からSUMP(スンプ)と呼ばれ、世界的にも通用する言葉である。なぜかわからないが「広辞苑」に採録されていない。おそらく鈴木式という名称が気に入らない旧帝大系の学者が「レプリカ式」と呼ぶことで抹殺しようとしたのではないか。

0907_19sump1     生物体の表面をセルロイド板に写しとって検鏡する。葉の気孔の外形や哺乳類の毛の表面にある小皮の模様等を観察するのに便利であるし、プレパラートは保存に耐える。画像のような鳩の羽を観察できる。羽の表面は空気をうまく起こさせて空を飛ぶことができるようになっていることが観察によってわかる。スンプの方法はセットになったものが販売されている。①スンプ液をセルロイド薄板にぬる②観察する物にはりつける③しばらくしてピンセットではがす④スンプ台紙(画像)にはりつける⑤顕微鏡で見る。

 

    鈴木純一の略歴。明治19年三重県松阪市に生まれる。東京蚕業講習所卒。大正八年郡是製糸会社技師となり、昭和4年スンプ法を発明。昭和8年「朝日賞」受賞。昭和29年「藍綬褒章」受賞。大妻女子大学教授。スンプ研究所長。論文「スンプの発展」 応用物理5-6、1936。「カイコの絹糸工場」 農業毎日4(4) 1950年3月 毎日新聞社

2020年4月 7日 (火)

科学の子

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   本日は2003年「鉄腕アトムの誕生日」。子どもの頃、映画「禁断の惑星」に登場したロビーというロボットで遊んでいた。最近、「ジェミノイドF」という笑顔やまばたきもする本物そっくりの若い女性のロボットが1体1千万円で販売されるという。あまりに美しいのでダッチワイフではないかと疑いたくなるのだが。やはり21世紀だ。宇宙少女が夢を実現して、宇宙へ向けて旅立った。「ミッション・スペシャリスト」というネーミングも格好いいライセンスだ。今後ますます宇宙飛行士になる女性は増えるだろう。「ミッション」ときくと直ぐに「ミッション・インポッシブル」と連想するが、彼女は不可能を可能にしてしまった。手塚治虫が描いたアトムの時代に人類は近づきつつあるようだ。(4月7日)

 

 

2020年3月20日 (金)

ニュートンとリンゴの木

Photo_3   もっとも偉大な物理学者と称えられるアイザック・ニュートン(1642-1727)は1727年のこの日、死去した。ニュートンが万有引力を発見したのは、死の直前の1726年ごろと思われるが、リンゴの落下から重力を発見したという話は本当であろうか。

   この有名な逸話は1665年に起こったとされる。ニュートンはケンブリッジ大学を卒業したが、疫病の流行によって大学が閉鎖され、故郷のイングランドのウールズソープに戻った。このときリンゴの実が落ちることがきっかけで重力の法則につながる理論を思いついたと友人の古代研究家ウィリアム・ステュークリー(1687-1765)に語ったとされる。時は1726年4月15日のことで、場所はロンドンのケンジントンのニュートン家のリンゴの木の下である。リンゴの逸話の伝聞の主であるステュークリーは牧師で医師でもあったが、地震学からストーンヘンジの研究、考古学に至るまで広い分野の学者であった。逸話の真偽の程は明らかではないが、生涯独身だったニュートンと45歳年下のステュークリーとはどのような関係だったのだろうか。(Isaac Newton、3月20日)

2020年2月28日 (金)

アイアイ

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    アフリカ大陸の南東、インド洋西部に位置するマダガスカル島には珍しい動物や植物が数多く見られるが、なんといっても風変わりなのはアイアイである。アイアイという和名は英語の名称(Aye-aye)に因む。丸い目と長い尻尾(40cmぐらい)を持ち樹上性で完全な夜行性、昆虫などを食べる。長い小枝のような中指を持っており、毛を手入れする以外にも、卵黄やココヤシの汁など口の中にかき込むのにその指を使う。葉のよく茂った木の枝をたわめながらかみ合わせて、直径約50cmの球状の巣を造り、その中で昼間眠ったり、子どもを育てたりする。島では「悪魔の使い」という異名がある。

2020年1月25日 (土)

鍾乳洞

チコちゃんに叱られる。鍾乳洞はどうしてできるの?海底で貝殻やサンゴ、海百合等のカルシウム分を多く含んだ海の生物の死骸が長い時間をかけて積み重なり、固い岩石に変化し石灰岩が形成される。それが地殻変動によって地上に隆起し、雨水や地下水によって浸食を受けて洞穴ができた。日本では秋芳洞(山口県)安家洞(岩手県)竜河洞(高知県)白雲洞(広島県帝釈台)星野洞(沖縄県)などが有名である。

 

2019年6月24日 (月)

空飛ぶ円盤記念日

S4_disc   アメリカの片田舎で小さな店を営むフリスビーという男は、村中の誰もが知っている大ほら吹き。その日も、店先に来た二人組の男に、いつものようにほらを吹いた。「私はこうみえてもハーバード大学ほか5の大学で医学、法学、物理学などの学位を取った」「先般もネイチャーに科学論文を発表した」などと。2人の男は顔を見合わせるや、フリスビーを拉致して、UFOに連れ込んだ。気がつくとフリスビーは「なんでこんな老いぼれを誘拐するんだ。いままでの話は全部デタラメ、嘘だ」と叫んだ。宇宙人は地球人のサンプルを探してやってきたのだ。そしてフリスビーが最も優秀な地球人という結論に達した。宇宙人たちには「ほら吹き」というのが理解できないことであった。だがフリスビーは解放されて、もとの村に無事戻ってきた。村人たちはフリスビーじいさんが神隠しにあったというので心配して集まった。「じいさん、無事に帰ってきたよかった。どこへいってきたんだい」フリスビーは「俺は宇宙船に乗せられて、金星人とテレパシーで会話してたんだ」「UFOは円盤のような形をしていた」など克明に事実をありのままに話した。そしたら村人たちは大笑いして「あはは、じいさんのまた大ぼらがはじまったぜ」と誰一人真に受けるものはいなかった。それから円形の円盤をフリスビーと呼ぶようになった。

   本日は「UFOの日」。1947年のこの日、アメリカの実業家ケネス・アーノルド(1915-1984)がアイダホ州上空で見かけない飛行物体を発見した。アーノルドはこの物体を空飛ぶ円盤と呼んだ。米空軍は調査したが分からずUFO(Unidentifiend Flying Object)未確認飛行物体と名づけた。(Frisby,Kenneth Arnold,flying saucer) 

 

 

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