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2022年12月10日 (土)

情報と検索

Img_2605s     1851年のこの日、米図書館学者メルヴィル・ルイス・コシュート・デューイが誕生した。彼の名前は十進分類法の考案者として日本でも広く知られている。キリスト教的価値観に基づく良書主義と作業効率向上の徹底を掲げ、アメリカ図書館の標準化を目指した。また図書の選書は図書館員自ら資料の価値を判断することは避け、他の専門職による良書の選定をデューイは考えた。図書館を「人類の記憶装置」というが、10万冊の本が並んでいれば、たいていの人は目的の本を見つけることは労力を要する。図書館の本の並び方には法則があって、日本なら「日本十進分類法」(最新版は新訂10版、2014年12月発行)に従っている図書館がほとんどである。主題によって0から9までの数字に大きく分けられており、さらに細分されている。体系の一例として「カーリング」を主題とする図書の分類を見てみると、綱目から細目へ順を追って以下のようになる。

700(芸術)>780(スポーツ・体育)>784(冬季競技)>784.9(カーリング)。

もちろん自分の探す目的がはっきりしていればいいのだが、「何か面白い本はないか」と気ままに本を探したいときはどうすればよいか?分類「0」は総記といって、この世のすべての事象に関することを扱っている。百科辞典などが多いが、「049」という記号の本は「雑書」である。general miscellanies。特定の主題に分類できない本がここにくる。「雑学百科」という類の本もあるが、どこにも分類できない変な本も多い。「生協の白石さん」や町のヘンなものを集めた「VOW」シリーズや「イグ・ノーベル賞」もここに分類されることが多い。049は駄本も多いが、思いもかけない本が見つかる場合もある。

 日本では、1980年代になってから、パソコンやワープロなどのOA機器が普及し始めて、現在では、職場のみならず、一般家庭で誰でもが必要な情報を検索で取り出すことが当たり前になっている。「情報とは何か」。「情報」という言葉は明治時代から使われている。けれどもその当時は、情報そのものに価値を見出していたわけではない。2度にわたる世界大戦を経るなかで、「秘すべきものとしての価値」を意味する言葉として使われるようになる。情報が新たな行動を起こすための原動力となりうるものとして意識されるようになるのは、1950年代以降のことである。

    私は若い頃、図書館で目録カードを作成していた。分類、書名、著者名、件名などの種類がある。アメリカでは辞書体目録といってこれを統一したような目録があると聞いていたが、ついに日本では実現できなかった。やがてコンピューターの時代となってキーワード(検索語)で検索できるシステムが開発された。カード目録式の索引は旧時代のものであるが、本から直接に書誌を作成できる時代に生きたことを喜びに感じている。「検索」ということばは日常的な言葉ではなかったが、スマホ全盛の現在では当たり前にだれでもが「検索」という言葉を用いているが、当時図書館では「情報の探索」とか「調べもの」と呼んでいた。

ここで一般的な検索までの流れを整理しておこう。

step1 調査目的・内容を明確にする

step2 データーベースを選ぶ

step3 検索語を選ぶ

step4 検索式の作成

検索

step5 検索結果の詳細

検索終了

step6 文献の入手

 

 検索者が思いついた言葉もそのまま検索語として使用できるが、検索漏れを防ぐためにあらかじめ1つの主題に関する検索語を集中化しておく方法(「統制法」)が考えだされました。たとえば、「エアコン」「クーラー」「冷房装置」「暖房装置」は、全て「空気調和装置」という言葉を使いましょうとルールブックのようなもので決めてあります。主な統制語には「シソーラス」と「件名標目」があります。シソーラスという言葉は、ギリシャ語の原意「宝庫」からきており、転じて「辞典、百科辞典その他同類の「知識の宝庫」を意味する用語となった。1852年、イギリスの医師ロジェ(1779-1868)が「英語修辞学辞典」を編集した。本書2部から成り、第1部は著者が着想語とよぶ概念語を体系的に分類排列し、その一つ一つの着想語のもとに、幾通りもの言い回しの言葉や語句を列挙した。この着想語の概念をドキュメンテーションに応用したのが、文献上、ルーン(1896-1964)が最初といわれる。1957年のことである。彼は情報検索用件名標目表をシソーラスとよび、件名標目に当たるキーワードを文献上にあらわれたる用語に結びつけ、キーワードは体系的に分類しておいて、別にキーワードもそうでない用語もすべて一連のアルファベット順に排列した索引と対にした。こうして作られたシソーラスは、上位語と下位語を体系づけて従来の件名標目では果たせなかった検索上の便宜を提供している。(12月10日、雑学ブログ)

 

 

2022年11月 2日 (水)

本の整理とは、「捨てる」ことではない

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   ドラマ「戦う!書店ガール」で店員が本棚に並んでいる本を傾けて前に出すような仕草をしている。視聴者からも何の目的でしているのか、と疑問の声があがった。書店の経験はないので、定かではないが、背表紙を本棚の前面のツラあわせをしているのではないか。図書館では、背にラベルが貼っていて分類記号順に並べる。そして本は棚の全面に背表紙が揃うように前に出して並べる。このほうが背ラベルが見やすく、本を探しやすいからである。利用者は本を手に取って、しまうとき奥に突っ込む習慣があるので、いくら並べても一日で開架の本はぐちゃぐちゃになってしまう。通常、図書館では開館前の30分くらいは開架整理の時間に当てている。本の整理って意外と難しい、「整理術」という書名の本が何冊もでているくらいだから。あるトーク番組で整理整頓とは捨てること(いま流行りの断捨離)と言っていたが、本の整理=捨てることではない。整理ということは、必ず保存とセットが考える必要がある。断捨離ですっきりした感覚というのは、心理学的にみると不安感や脅迫感の裏返しである。若い主婦がモデルルームのように快適なリビングを理想に描くが、子どもが増えると現実にはモノがどんどん増えて汚部屋になってしまう。収納術は結構だが行き過ぎた断捨離は要注意だろう。五木寛之の新著「捨てない生き方」まだ読んでいないが、参考にしたい。

 

 

2022年10月28日 (金)

ハーバード大学図書館

   アメリカ最古の高等教育機関であるハーバード大学が、いつの時点で発足したのかは、はっきりとしていない。一般には1636年10月28日を創立年とみなしている。ハーバード大学図書館は1638年に創立され、アメリカで最も古い歴史がある図書館になっている。この大学と図書館は、イングランド生まれの聖職者ジョン・ハーバードが1638年に死去した際に、遺言で400冊の蔵書と所有不動産の半分をカレッジに寄付するとともに、自分も名前を遺すことになった。1790年ころの蔵書数はわずか1万2000冊を超すにすぎなかったが、図書館の飛躍は、1915年に総合図書館であるワイドナー図書館が創設されてからのことで、当時の蔵書数は56万冊を超えていた。現在、この大学図書館組織には70を超える図書館が所属しており、あわせた蔵書数は1310万冊に及ぶ。世界で米国議会図書館、大英図書館、フランス国立図書館に次いで4位となっている。

2022年8月15日 (月)

「赤ちゃんはどこから生まれるの?」国民百科事典

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(左上から)アインシュタイン(岡本一平)、チャップリン(トポスキー)、ゴーリキー(ホフマイスター)、ルナール(ルベール)、小村寿太郎(鹿子木孟郎)、菊池寛(岡本一平)、永井荷風(清水崑)、夏目漱石(下川凹夫)、吉田茂(清水崑)、太田薫(那須良輔)、河上丈太郎(中村伊助)、池田勇人(中村伊助)

 

   図書館では蔵書の新鮮さを保つことは大切であるが、一方、「図書館とは記憶の社会的装置」といわれるように、過去の知的文化財を後世に伝えていく役割も大切である。例えば、百科事典である。戦前の冨山房や三省堂にも、現在の百科事典では得られない重要な情報が凝縮されている。過去の国民生活を知るうえでの同時代性をもつ一等資料となる。戦後でいえば、昭和37年に平凡社から刊行された「国民百科事典 全7巻」である。図書館員からみると巻数が少ない百科事典なので、ややもすれば軽視しがちであるが、これは家庭への販売を企画したもので、応接間の書棚に置くにはお手ごろである。事実の国民百科事典は数十万セットという大ヒットを記録した。そして内容がよい。たとえば、漫画を調べると、1ページにわたる解説とともに6ページにのぼる図版がある。そこにはダ・ヴィンチ「人間戯画」、ブリューゲル「謝肉祭と四旬節のけんか」、ホガース「説教」、ゴヤ「雀百まで」、ドーミエ「新火器発明者の幻想」、ピカソ「フランコの嘘」、「鳥獣戯画」、葛飾北斎「盲人の川越」、河鍋暁斎「カエルの曲芸」、岡本一平「有島武郎心中」、ペイネ「恋人たちの手紙」、田河水泡「のらくろ」、麻生豊「のんきなトウサン」、プローエン「親父とむすこ」など日本から世界中の漫画が紹介されている。「世界各国の似顔絵」はなんと24人の著名人の似顔絵が掲載されている。これは通り一編の無味簡素な紹介ではなくて、読んで楽しむための百科事典という編集が豊富に盛り込まれている。ただ年数が経過したからといって、図書館では廃棄するのではなく、よく資料的価値をみきわめることが大切である。

 世の中、すべてのものに真ん中がある。1年の暦の真ん中は「7月2日」になる。では分厚い本の代表格である「広辞苑」の真ん中の言葉は何か?という質問に、局のスタッフが調査したところ「セイコウ」という熟語であった。国語学者の金田一秀穂さんは、たいがいの辞典は「せ」が真ん中にくるよ、といっている。平凡社の「国民百科事典」を調べると、篠崎信男が執筆した「性教育」という項目であった。「性教育の方法はを考える場合にたいせつなことは、性教育はかくあるべし、かくあらねばならないという考えという考え方で方法を編み出すことは誤りであって、問題発生ごとの処理法がたいせつだということである。したがって、この意味での性教育は答える教育でなく答えさせていく教育ということになる。「子どもはどこから生まれるの?」と問われて「どこから生まれてくると思う?」という教育という導き方、そしてその答えが間違っていなければそれでよく、相手の年齢、性の関心度に応じて問答式に自覚させていくことがたいせつであり、決して親の考えだけでいいすぎないように心がけなければなせない。そして、絶えず最後には長い人間の歴史のなかでに作りあげられてきた性というものの重大性と深遠性とを認識させることが肝要であろう。」篠崎信男。

参考文献;西岡笑子「わが国の性教育の歴史的変遷とリプロタクティブヘルス/ライツ」日本衛生学雑誌73  2018年

 

2022年5月21日 (土)

本のある風景

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 最近、ドラマや映画などで本がたくさん並べられた風景がロケによく使われる。「半径5メートル」二話。芳根京子がホストとデートする図書館は東京文京区にある東洋文庫ミュージアム。唐田えりか主演の「小夏日和」のロケに使われた図書館は高知県梼原町にある「ゆすはら雲の上の図書館」木の香りがする。画像は世界一美しいといわれるバロック様式のオーストリアのプルンクザール図書館。1726年、ヨーゼフ・エマニュエル・フィッシャー・フォン・エアラッハが王室図書館を建設した。蔵書は約20万冊、対トルコ戦争で活躍したサヴォイのブリンツ・オイゲン公(1663-1736)の蔵書15000冊や、マルティン・ルターの蔵書で知られる。

 

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  本のある風景は心に安らぎをあたえてくれる。お茶の水女子大付属・高等女学校1936年10月撮影。当時としてはかなり充実した学校図書館のようである。

 

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 本は大図書館だけが美しいのではない。少なくても身近なミニ図書館も素敵だ。使われなくなった郵便ポストや電話ボックスをミニ図書館に再利用している。

 

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  東京都青梅市移動図書館(1954年)

 

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 フィンランドの書店

 

 

 

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「わたしの小さな本棚」 珍しい事が書かれていて、造本が美しく、選びぬかれた役に立つ本が集められている。そんな理想の本のコレクションを心がけたい。 ( Prunksaal,Prinz Eugen )

2022年4月24日 (日)

キンバリー市立図書館の幽霊

  幽霊の出る図書館がある。キンバリーは南アフリカ共和国にある都市。ここの図書館には、稀少な古書の膨大なコレクションがある。19世紀末、ベルトラン・ダイアーという勤勉な司書がいた。彼は非常に貴重な書籍の修繕をこつこつと行っていた。だが彼は請求書の粉飾も行っていた。その事実が発覚すると、ダイアーは恥辱に耐えられずヒ素を飲んで自殺した。キンバリー・アフリカーナ図書館では今も館内を歩き回る男の足音がするという。ダイアーの魂がいちばん愛した場所にとどまっている、と現在ここで働く司書たちは確信している。Kimberley Africana Library,Dyer Bertrand 

アメリカ議会図書館

 1800年4月24日、アメリカ議会図書館が設立される。略称はLC。蔵書数3200万冊、世界最大規模の図書館。1814年ワシントンを攻略したイギリス軍が議事堂に火を放った際に、蔵書はほとんど失われたが、1815年ジェファーソンの蔵書約6000冊を購入し、これを核にして再建された。その後1825年と1851年にも火災に遭い、1897年に現在地に移転した。蔵書の増加に伴って、1939年に別館が開設され、1980年に新館マディソン・ビルが完成した。1899年3月から40年間在任した第8代館長ハーバート・パトナムの時代に、資料・整理・サービスのあらゆる面において整備拡充された。日本の国立国会図書館は、1948年にこのLCをモデルとして造られた。( keyword;Library of Congress,Herbert Putnam )

 

 

2021年10月13日 (水)

日蓮忌

 今日は1282年日蓮が常陸に向かう途中、病となり池上宗仲邸で没した日である。社会を構成するものは人であり、この社会を動かすのも人である。歴史研究で人物伝が必要なことは、司馬遷やプルタークといった東西の偉大な史家がすでに気がついていた。ところが日本の史書には天皇を中心として記載されるものが多く、個人の伝記は度外視されることが通例である。たとえば坂本龍馬のように死後数年は世に知られていなかったが、明治16年に坂崎紫瀾「千里汗血駒」という書が出て知られるようになった例がある。最初の伝記というのは、特別な意味をもつものであろう。国立国会図書館のNDL-OPACは何かと便利である。たとえば夏目漱石を検索すると953件がヒットする。次に出版年順、逆順(刊行年の古い本から表示される)と再設定して、再検索すると、

 

最近の小説家 生田長江 春陽堂 明治45年

 

夏目漱石氏の鶉籠 川路柳虹 名著評論社 大正4年

 

と出る。次に福沢諭吉に関して調べると、699件がヒットし、「学商福沢諭吉」(明治33年)が表示される。もちろん国立国会図書館所蔵資料の中で最も古いというだけである。未所蔵と思われるが、徳富猪一郎「文字之教を読む 文学者としての福沢諭吉君」(民友社)明治25年が古い。

 

   ちなみに、国立国会図書館の蔵書検索からこんな遊びもできる。日本人で一番、伝記がたくさん書かれたのはだれか?もちろん正確な統計は無理だが、タイトルに人物名があれば検索からヒットする。国立国会図書館のOPAKのヒット件数第1位は「日蓮」だった。

 

日蓮        2169

 

芭蕉        2155

 

義経        1544

 

信長        1423

 

家康        1104

 

秀吉        1063

 

夏目漱石   953

 

太宰治     868

 

聖徳太子  867

 

三島由紀夫 803

 

福沢諭吉  699

 

西郷隆盛   537

 

坂本龍馬   528

 

一休      516

 

このほか卑弥呼で検索すると、384件であるが、邪馬台国とすれば、681件ある。(10月13日)

 

 

2021年10月 7日 (木)

タイの葬式本「ナングスー・チェーク」

Photo_5    タイでは葬式の際に、葬式頒布本(略して葬式本)と呼ばれる本や小冊子が関係者に配られる慣習がある。世界でも珍しいこの風習は、現在、華僑のいる東南アジア全域に広まっている。起源は1870年代に国王文書局が、王族や貴族が亡くなった際に遺族から資金提供を受けて文書や法令を編纂し始めたことに始まる。やがて、王族や貴族だけでなく、官庁の一般官吏や中国人商人の間にもこの慣習が広がっていき、物故者の経歴や家族の歴史、携わった仕事や関連する産業の歴史などが本に書かれるようになった。

 

180pxmom_sangwal_and_m_c__ananda_ma      タイの葬式は盛大で、クライマックスとなる火葬の際に、参列者に引き出物として配布される。1996年に葬儀が行われたラーマ9世(プミポン・アドゥンヤデート)の生母シーナカリ王太后(画像、1900-1995)の葬式では、大小取り混ぜて18冊も配布されている。この度のプミポン国王の場合、何冊書かれるが予測もつかない。
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Image   日本国内でタイの葬式本を約4000冊以上、所蔵している図書館がある。タイの国務省職員で、タイの葬式本の収集家として知られたチャラット・ピクンの旧蔵書約9000冊(洋書、タイ語)のチャラット・コレクションが京都大学東南アジア研究所図書室にある。このうち約4000冊がタイの葬式本であり、同種のコレクションとしてはタイを除いて世界最大のものである。本コレクションは、チャラット・ピクン氏が亡くなったあと、彼の知人で当時京都大学東南アジアセンター所長であった石井米雄(1929-2010)が購入し、同センターの所蔵としてものである。目録として「Catalog of Thai cremation volumes in the Charas Collection」マラシュリー・シヴァラクス編、1989年)が刊行されている。タイの葬式本は文書局の校閲を受けた歴史文書や法令書としての価値があり、また一方で社会経済史の貴重な資料である。

   余談ながら、「葬式」はタイ語で「ンガーンソッブ」Ngarn-sob、「仏教」は「プラブッダサーサナーア」Pra-put-sassanaという。「葬式頒布本」のことはタイ語で「ナングスー・チェーク。英語ではcremation volumeという訳語が与えられている。

2020年8月 3日 (月)

ベーコンの図書分類と「知識は力なり」

 近代の図書館で採用されている標準分類表であるDC、NDC、LC、ECなどのほとんどの図書分類表に、大なり小なりの影響を与えているといわれるのがフランシス・ベーコン(1561-1626)の知識の分類である。ベーコンは「知識は力なり」(For knowledge itself is power)と「ベーコン随想集」にある。ベーコンは「学問の進歩」(1605)で、学問全体を人間と神学に、大別し、さらに人間の知識には記憶、想像、理性の精神活動があるとして、記憶(歴史)想像(詩)理性(哲学)と三部門に分類している。このベーコンの知識の分類は1870年に発表されたハリスの分類表の主題の配列に取り入れられた。ハリスは、主題の配列がベーコンと逆であることから逆ベーコン式とよばれている。(ここまでは図書館学のテキスト的な内容である。)

 現代の図書分類表の淵源となるベーコンの知識の三分類法は、経部を除くと中国の四部分類法と共通するものがある。漢籍の分類は今日でも四部分類法が採用されているが、その基本となったのは四庫全書である。四庫全書とは、清の乾隆帝が、当時集められる限り集めた古今の図書を、経・子・史・集の四部に分類編集した一大叢書の名称である。しかしながら、この経・史・子・集という分類は唐の高宗顕慶元年(656)に魏徴らが編集した「隋書経籍志」が基礎となっている。ベーコンは中国文化の影響を強く受けていたので、四部分類法がヒントになったのではないかと考えているが、根拠ある資料で立証できないのが残念である。(参考:ヘルゲ・ヘッセ「その一言が歴史を変えた」)

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