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2023年1月22日 (日)

魚へんの漢字

365b902cddf26316f77f440f2a3f46e4   魚へんの漢字はたくさんあります。

   鰰、鰯、鯵、鱚、鰈、鱸、鰊、鮪、鰖、鮞

 

「はたはた」「いわし」「あじ」「きす」「かれい」「すずき」「にしん」「まぐろ」「たかべ」「はららご」と読みます。

では「鱻」は何と読むでしょうか?

答えは「せん」です。「新しい」「活魚」の意味を持ち、「鮮」の異体字。

  魚は毎日さまざまな形で食べている。切り身を買う。銀サケ、サバ、ブリ、サワラ。サンマやアジの開き。明太子、イクラ、とびこ、数の子など加工品。蒲鉾、ちくわ、はんぺん、さつま揚げなどの加工品。サンマ・蟹などの缶詰。鮭・鯖の水煮・味噌煮。マグロフレーク。鰹のたたき、マグロなど刺し身。魚はDHAを豊富に含む。晩御飯のおかずに困ったら、魚を想い出そう。

 

真魚鰹 まながつお

細魚 針魚  さより

鰆   さわら 

鯑   かずのこ

鱝   えい 

鯣   するめ

 

 

 

 

 

カレーの日

Yukichi_s   今日はカレーの日。1982年に全国学校栄養士協議会が1月22日の給食のメニューをカレーにすることを決め、全国の小中学校で一斉にカレー給食が出されたことにちなんで定められた。チコちゃんに叱られるで「キャプでカレーをつくるのはなぜ?」答えは「男女の仲を深め健全な夫婦にするため」戦後、中学の校外学習でキャンプ場で飯ごう炊飯でカレーを食べた。あれはGHQの指令だったのか。

  インド発祥の料理にして、今や日本の国民食といわれるカレーライス。カレーはタミル語「カリ(kari)」から転じたもので、「汁」という意味である。1908年に海軍が手軽に肉と野菜をバランスよくとれる食事としてカレーライスを採用したことが普及した理由といわれる。そして文献の中でカレーを初めて紹介した人物は福沢諭吉(1835-1901)であるということもクイズなどで知られている。福沢は「増訂華英通信」(1860)に簡単な意味やカタカナの発音を付記し刊行した。「Curry」は「加兀 (コルリ)」とある。はたして福沢がカレーを賞味していたかどうか定かではない。1864年には岩松太郎が著書「航海日誌」の中で、船中でアラビア人がカレーらしきものを食するのを目撃している。1871年、留学生の山川健次郎が船上で「ライスカレー」を注文するも口に合わずご飯だけを食べたと記載している。(1月22日)

 

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左2段目にCurryの語がみえる(増訂華英通信)

2023年1月15日 (日)

人類と酒の起源

 「酒場放浪記」「ワカコ酒」など居酒屋をめぐる番組が人気である。「孤独のグルメ」の井之頭吾郎は下戸という設定であるが、松重豊さんは酒が大好きだそうだ。ワイン、ウィスキー、ブランデー、ラム、ジン、スコッチ、カルヴァドス、ウォッカ、コニャック、テキーラ、日本酒、焼酎、泡盛。現代人にとって、酒は魅力的な飲み物だ。酒に含まれるエタノールには、脳内でセロトニン、ドーパミン、エンドルフィンなどの放出を促進する働きがある。つまり、酒を飲むと不安が和らぎ、楽しい気分になるのだ。トルコ南東部にあるギョベックリ・テぺ遺蹟は世界最古の宗教建築物で知られている。推定11,5000年前の遺跡で、旧石器時代に狩猟と採集の生活をしていた人類は、やがて定住して農耕を始めた。このころ人類史上の最大事件に酒が大いに関わっていたと考えられる。遺跡から出土した壺からアルコールの残滓が確認されている。文明の時代になると、酒の起源は多くの神話によって語られているが、エジプトではオシリス神がビールを教えたと伝えている。この神はエジプト人を開化にみちびいた農耕の神であるが、エジプト人が穀物から酒をつくることを知ったのは5000年以前のことであり、はじめこの酒をヘッタとよんだことが文献にのこされている。参考:NHKスペシャル食の起源「酒」飲みたくなるのは進化の宿命!?

 

 

 

2023年1月 5日 (木)

サラダが日本の一般家庭の食卓にあげられたのはいつ頃からか?

Photo_cabbage3   生野菜を主材料として、ドレッシングやマヨネーズなどであえた料理サラダsaladは現在の食卓に欠かせない一品となっているが、いつ頃からであろうか。1960年代、もちろんサラダは普及しているが、それはレストランや軽食にトースト、コーヒー、サラダと喫茶店やホテルで出るものであり、家庭の食卓をかざるものではなかった。新鮮なサラダを毎日食べるには冷蔵庫が必要である。そして鮮度が落ちない物流システムが確立される必要がある。

 シャンソン歌手の芦野宏のヒット曲に「フルーツサラダの歌」(1960年)がある。この頃から徐々にサラダに対する関心が高まっていった。中谷宇吉郎の「サラダの謎」(初出「あまカラ」1960年1月5日)がある。

私はごく普通のフランス風のサラダが好きである。レタスとトマトと、酢とオリーブ油でドレスしただけの簡単なサラダのことである。洋食は、一般にいってあまり好かないが、このサラダだけは例外で、食卓に出ていると、つい先に手が出る。ものの好き嫌いなどというものは、たいてい子供の頃か、せいぜい20代までの生活環境できまるものらしい。私がこのサラダを好きになったのは、若い頃、もう30年も昔のことであるが、ロンドンに留学していた頃に、下宿で毎晩非常にうまいサラダを食わされたのが、今日まで後をひているようである

   中谷宇吉郎は1900年生まれであるが、サラダ好きの物理学者の一文をもって、日本人は戦後サラダをよく食べていたと即断してはいけない。むしろ中谷は少数派の日本人で、1900年前後の生まれの日本人はほとんどサラダは食べていなかったのではないだろうか。青空文庫で「サラダ」と検索しても、太宰治(1909年生まれ)の僅かの短編に「サラダ」の文字が見られるものの、きわめて稀にしか文学作品に現れることはない。書誌で調べると、

 

近代的サラダの作り方 附・ドレッシングの調合法 村松信太郎編 国際料理研究所出版部 1939年

 

サラダ 飯田深雪 雄鶏社 1957

 

おいしいサラダ縫え和種 榊叔子 婦人画報社 1958

 

   などきわめて少ない。おそらく小津安二郎の映画作品に見られる食卓にはサラダをみることはないだろう。現在みられるように各家庭の食卓でサラダが普及するのは1970年代をまたねばならい。1973年のキューピーマヨネーズがCMで吉永小百合を起用し、サラダが健康と美容によいというイメージが広まっていった。

   では世界のサラダの歴史をみると、古くはローマ時代にさかのぼることができる。ローマの初代皇帝アウグストゥスは病気にかかった際、レタスを食べて一命をとりとめた、という逸話が残っている。サラダの出現は中世イギリスとフランスにみえる。14世紀末にイギリスのリチャード2世の料理長がサラット(ラテン語のsal(塩)から)という名で製法をしるしているが、それによるとパセリ、セージ、ニンニク、タマネギ、ハッカ、ウイキョウなどを洗ってこまかにさき、生のアブラとまぜ酢と塩をかけて食卓に供した。この時代は、香料植物を主材料にしていたらしいが、16世紀には野菜、17世紀には魚やエビ、鶏肉、18世紀には果物を加えた。一説によると、サラダの名称は、フランスで16世紀のころに用いられた半球状の兜のことをサラードSaladeと呼んでいたが、サラダをあえたり盛ったりするサラダ・ボールの形がそれに似ているところからつけられたといわれている。

2022年12月31日 (土)

大晦日の餃子

   日本では大晦日の夜は年越しそばを食べるという習慣があるが、中国北方の北京では大晦日の晩に家族が集まって餃子をつくる。映画「妻への家路」(2014)にもそのようなシーンがある。ちなみに中国で餃子というば水餃子のこと。焼き餃子は「鍋貼(ゴーティエ)」と言う。年越しに餃子を食べるという習慣は明代のころから始まったといわれる。

2022年12月30日 (金)

迎春準備をお忘れなく

Photo いささかの金欲しかりぬ年の暮れ 鬼城

  年末になると売っているお惣菜が高くなる。じゃがいもやタマネギのバラ売りがなくなる。正月商品は、普段100円だった蒲鉾が正月用の蒲鉾だと1000円以上する。高級品であるのはわかるが、100円商品が棚から消えるのは困る。うどんやお雑煮に入れる蒲鉾なら「寿」の文字や三色のものはいらない。値上がりする前に買っておけばよかった。ソフトブレーン・フィールドが調査したところ、好きな「おでん」の具はダントツで大根が1位だった。以下、たまご、こんにゃく、ちくわ、餅入り巾着、はんぺん、牛すじ串、厚揚げ、じゃがいも、しらたき、がんもどき、さつま揚げ、つみれ、ちくわぶ、ウィンナー、ごぼう巻き、こんぶ、糸こん、ロールキャベツ、お豆腐、さといも、おでん餃子。年末の買い忘れないようにチェックしておこう。

年越しそば、そばつゆ、海老天、にしん、お寿司、ローストビーフ、オードブル、雑煮の具、数の子、ごまめ、栗の甘露煮、ロースハム、さといも、たけのこ、伊達巻き、黒豆、田作り、煮しめ、棒鱈、千枚漬け、海老、カニ、キヌサヤ、たけのこ水煮、金時人参、百合根、ぐわい、銀杏、焼豚、昆布巻き、生珍味、餅、鏡餅、串柿、甘栗、みかん、とり肉、いくら、海老天、魚、イカ、うに、湯たこ、イクラ、ほうれん草、小松菜、三つ葉、トマト、レタス。ポテトチップス、チョコレート、ジュース、コーラ、アイスクリーム、牛乳、チーズ、ブロッコリー、サラダ、食パン、玉子、菓子、祝箸、しめ飾り、ごみ袋、乾電池。万一、地震発生のための非常時用に水など飲料水を備蓄しておこう!! ああややこし、ややこし。

 

 

 

 

 

 

2022年12月24日 (土)

室蘭カレーラーメン

 カレーラーメンは、ラーメンをカレー仕立てのスープで調理した料理。新潟県三条市にあったラーメン店が、戦前に東京・向島の修業の食堂から持ち帰ったのが始まりとされ、三条市では70年の歴史がある。また北海道においては苫小牧市が発祥地とされる。70年ほど前に、鉄鋼の街、室蘭市では工場員によって、みそラーメンにはない辛さとボリュームで好まれた。1999年頃、モーラング娘の安倍なつみがラジオ番組で紹介したことから、室蘭といえばカレーラーメンというイメージが定着したとされる。

 

2022年11月 7日 (月)

立冬

Konbui 立冬の昆布茶すする昼餉かな (厄介)

   本日は立冬、暦の上では冬が始まります。今朝は冷え込みが強まり、今季の最も低い気温を観測しました。これからだんだんと寒くなってきますが、昼下がり夫婦一緒にあたたかいこぶ茶を飲むと心も体もあったまります。じいさん、ばあさんの何もない一日ですが、不図この「昆布茶」を発明した人は誰なのか疑問がわく。こぶ茶の歴史は確かな記録が残ってないので定かではないが、江戸時代には既に刻み昆布を熱湯に入れて飲んでいたらしい。現在のような粉末状の昆布に各種調味料を加えた形の「こぶ茶」が発明されたのは大正時代のこと。1918年に藤田馬三(1894年生まれ)がお湯を注ぐだけで簡単に作れる昆布茶を考案した。

 

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 玉露園の創業者、藤田馬三

 

 

 

 

 

 

2022年11月 1日 (火)

紅茶の日

   11月1日は「紅茶の日」。ある調査によると、コーヒーや紅茶、嗜好品を好む人は高所得者ほど飲む量が多いという話だ。コーヒーと紅茶、日本に伝来したのは、どちらが先だろうか?答えは、ほぼ同じころだそうだ。

    コーヒーは世界で最も多くの国で飲用されている嗜好飲料である。喫茶店(コーヒー・ハウス、カフェ)は近代社会において人々が情報を得る場所として文化的にも大きな役割を果たしてきた。日本には天明年間(1781年~1788年)頃に、長崎の出島にオランダ人が持ち込んだといわれる。

   NHK「ひるブラ」(2012年2月1日放送)で、はしのえみが幕末の弘前藩士が飲んでいた珈琲を味わっていた。酸味と苦味がある。寒さなどで殉難が多かったので薬用として珈琲を飲んでいたという。大田南畝は1804年に珈琲を飲んだときのことを次のように記している。「紅毛船にてカウヒイというものをすすむ。豆を黒く炒りて粉にし白糖を和したるものなり。焦げくさくして味ふるに堪えず」とある。1855年ころ青森県弘前で珈琲が飲用されていたとは驚きである。

    紅茶は1791年11月1日、大黒屋光太夫がロシアのエカテリーナ2世から茶会に招かれ、日本人として初めて紅茶を飲んだとされる。日本紅茶協会は、昭和58年、この史実をもとに、11月1日を「紅茶の日」に制定している。

 

 

2022年10月12日 (水)

豆乳の日

 今日は豆乳の日。豆乳は、大豆を水に浸してすりつぶし、水を加えて煮つめて汁を漉した飲料である。昭和50年前後に飲料商品として豆乳が販売されるようになった。(10月12日)

 

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