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2026年1月22日 (木)

カレーの日

Yukichi_s   今日はカレーの日。1982年に全国学校栄養士協議会が1月22日の給食のメニューをカレーにすることを決め、全国の小中学校で一斉にカレー給食が出されたことにちなんで定められた。チコちゃんに叱られるで「キャンプでカレーをつくるのはなぜ?」答えは「男女の仲を深め健全な夫婦にするため」戦後、中学の校外学習でキャンプ場で飯ごう炊飯でカレーを食べた。あれはGHQの指令だったのか。

  インド発祥の料理にして、今や日本の国民食といわれるカレーライス。カレーはタミル語「カリ(kari)」から転じたもので、「汁」という意味である。1908年に海軍が手軽に肉と野菜をバランスよくとれる食事としてカレーライスを採用したことが普及した理由といわれる。そして文献の中でカレーを初めて紹介した人物は福沢諭吉(1835-1901)であるということもクイズなどで知られている。福沢は「増訂華英通信」(1860)に簡単な意味やカタカナの発音を付記し刊行した。「Curry」は「加兀 (コルリ)」とある。はたして福沢がカレーを賞味していたかどうか定かではない。1864年には岩松太郎が著書「航海日誌」の中で、船中でアラビア人がカレーらしきものを食するのを目撃している。1871年、留学生の山川健次郎が船上で「ライスカレー」を注文するも口に合わずご飯だけを食べたと記載している。(1月22日)

 

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左2段目にCurryの語がみえる(増訂華英通信)

2025年12月26日 (金)

買物は楽しいが高齢者にはキツイ

 いささかの金欲しかりぬ年の暮れ 鬼城

  今年も残すところあと6日ばかり。お正月の準備で忙しくなった。本日は全国各地で吹雪が観測されているが、年末の買物の頃である。年の瀬になるとなんでも高くなる。じゃがいもやタマネギのバラ売りがなくなる。正月商品は、普段100円だった蒲鉾が正月用だと1000円以上する。高級品であるのはわかるが、100円商品が棚から消えるのは困る。うどんやお雑煮に入れる蒲鉾なら「寿」の文字や三色のものはいらない。値上がりする前に買っておけばよかった。ソフトブレーン・フィールドが調査したところ、好きな「おでん」の具はダントツで大根が1位だった。以下、たまご、こんにゃく、ちくわ、餅入り巾着、はんぺん、牛すじ串、厚揚げ、じゃがいも、しらたき、がんもどき、さつま揚げ、つみれ、蒲鉾、ちくわぶ、ウィンナー、ごぼう巻き、こんぶ、糸こん、ロールキャベツ、お豆腐、さといも、おでん餃子。小松菜、えのき茸、まいたけ、ほうれん草、トマト、レタス、なす、長芋、だいこん、にんじん、釜あげしらす、焼きからふとししゃもみりん、パンガシウス、牛肉カタロース、若鶏ムネ肉、かつおたたき、まぐろお造り用、オーロラサーモン、カラスかれい、銀鮭切身、天然ぶり、ホタテ、貝柱

菓子パン類。あんぱん、メロンパン、クロワッサン、ドーナツ、コッペパン、シュークリーム、どら焼き。チーズ、食パン。

果物類。バナナ、みかん、パイナップル、メロン。

カップ麺。どん兵衛、カップヌードル、焼そば UFO。

冷凍食品。ギョーザ、牛丼の具。ピラフ。

ドリンク類。日本茶、雪印メグミルク、ソーダ、コーラ、ファンタオレンジ、ポカリスエットネスカフェエクセラ、ビール、ウイスキー。

 年末の買い忘れをしないようにチェックしておこう。近くに正月でも開いているコンビニがあるといいね。

年越しそば、そばつゆ、海老天、にしん、お寿司、ローストビーフ、オードブル、雑煮の具、数の子、ごまめ、栗の甘露煮、ロースハム、さといも、たけのこ、伊達巻き、黒豆、田作り、煮しめ、棒鱈、千枚漬け、海老、カニ、キヌサヤ、たけのこ水煮、金時人参、百合根、ぐわい、銀杏、焼豚、昆布巻き、生珍味、餅、鏡餅、串柿、甘栗、みかん、とり肉、いくら、海老天、魚、イカ、うに、湯たこ、イクラ、ほうれん草、小松菜、三つ葉、ポテトチップス、チョコレート、アイスクリーム、牛乳、ブロッコリー、サラダ、、玉子、祝箸、しめ飾り、ごみ袋、乾電池。万一、地震発生のための非常時用に水など飲料水を備蓄しておこう!! ああややこし、ややこし。

 

 

 

 

 

 

2025年12月25日 (木)

コーヒーと紅茶 どっちが好きですか?

Photo_3  国立がんセンターの研究によると、コーヒーや緑茶を日常的によく飲んでいる人は、そうでない人に比べて死亡するリスクが低いとする結果が発表された。では、あなたはコーヒー派、それとも紅茶派?新たな研究によると、お茶を飲む人は飲まない人に比べ、股関節全体の骨密度がわずかに高いことが分かった。お茶か?コーヒーか?その選択が骨の健康を左右します。

  イギリス人といえば紅茶を思いうかべるだろうが、実は17~18世紀、むしろコーヒーを飲んでいた。イギリスで最初の本格的な「英語辞典」の編集で有名なサミュエル・ジョンソン(1709-1784)と彼の伝記を書いたジェイムズ・ボズウェルとはコーヒー・ハウスで知り合った。そのほか演劇俳優のガリック、画家のレイノルズ、思想家のエドマンド・バーク、音楽家のバーニー、歴史家のギボンらもこのコーヒー・ハウスに出入りして談話を楽しんだ。イギリスだけでなく18世紀にはヨーロッパ中にコーヒーを飲む習慣は広がり、ベートーヴェンやバルザックもコーヒーを楽しんだといわれる。

    アメリカでは17世紀の半ばころに移住してきたオランダ人によって喫茶の習慣が伝わり、当時一種の社交的手段となっていた。アメリカへ移住したイギリス人の間では最初は紅茶が飲まれていたが、ボストン茶会事件以後、独立革命の時代になって、アメリカ人はコーヒーを選ぶ国民となった。これとは反対に、本国イギリスでは18世紀半ば頃から紅茶を飲む習慣が一般化していった。ボヘアという安い紅茶が中国からの輸入により入るようになり、大衆の生活のなかで普及していった。イギリスで紅茶が普及したのはこんな話もある。ある時、植民地での不作によってコーヒー豆の入手が困難になり、イギリス人はコーヒーが飲めなくなった。そこで英国政府の役人が目を付けたのが、同じ植民地だったインドやセイロンから大量に収穫された「お茶の葉」である。これを加工して出来たのが「紅茶」である。「国を愛する心あらば、コーヒーよりも紅茶を飲むべし」という国を挙げてのキャンペーンにより、この頃から英国人及びその他の植民地では紅茶を飲むようになったと言われている。

    コーヒーブレーク(coffee break)とは、仕事の合間の、コーヒーを飲むための小休憩時間をいう。breakとは「中断する」という意味で、1945年ごろアメリカで使われだした俗語であるといわれる。コーヒーの消費量が一人当たり一番多いのは、フィンランドだそうだ。

 

 

 

 

2025年12月10日 (水)

コックさんは、なぜ高い帽子を被っている?

113972ae64e   シェフの帽子はなんで高いの?フランスの有名な宮廷料理人アントナン・カレーム(1784-1833)が背の高い山高帽の客を見て、同じような白く背の高い帽子を調理場で被るようになった。それが調理場で帽子を被るのがコックの間で流行し、白くて背の高い帽子は、コックのシンボルのようになったといわれる。カレームは政治家タレーランの料理人で、あのウィーン会議で有名になった人物。ゼリーやさまざまなお菓子を考案した。フランスではトックブランシェ toque blanche(白いコック帽)、イタリアではカッペッロ・ダ・シェフ cappello da chef(シェフの帽子)という。コック帽の高さは役職ごとに差があり、総料理長が最も高い。このカレームが広めたという以外にもう一つ説がある。フランス料理人オーギュスト・エスコフィエ(1846-1935)が背が低かったため、コック帽を高くして背を高く見せたといわれる。NHK「チコちゃんに叱られる」第9回ではエスコフィエ説を採用している。(Antonin Careme)

2025年12月 2日 (火)

おでんの季節がやってくる

    寒い日といえば、おでん鍋が食べたくなる。高浜虚子のおでん好きはよく知られる。「志 俳諧にあり おでん食ふ」。「おでん種、大人が好きなランキング」の結果は第1位は「大根」だった。

Photo_4 1位 だいこん
2位 玉子
3位 ちくわ
4位 こんにゃく
5位 餅入り巾着
6位 はんぺん
7位 しらたき
8位 牛すじ串
9位 じゃがいも
10位 さつま揚げ

 おでんのルーツは、室町時代に流行した「豆腐田楽」。田楽に「お」をつけて丁寧にし、楽を省略して「おでん」となった。みそ付き豆腐田楽は、その後、進化を続けた。江戸期には屋台や居酒屋で売られる。田楽の種類も豆腐・ナス・里芋・蒟蒻・魚と増えていく。江戸後期に近郊の銚子や野田で、醤油の醸造が盛んになり、醤油味の煮込みおでんが生まれた。大正期に、関西に伝わり、「関東煮(かんとうだき)」と呼ばれた。関西では、具材を昆布ダシの中で炊いて、甘味噌をつけて食した。関東大震災で関西かに来た人たちが炊き出しを行い、いわゆる関東煮を作ったので、それ以降、関東のおでんが関西風の味付けになったと言われる。煮込みおでんは下味がついているので、みそはつけなくてもよく、代わりにカラシをつけるようになる。だが、おでんの具材には窒息や誤嚥の原因となるものが多い。歯が抜けて数が少なかったり、噛む力が弱まったりする高齢者には非常に危険な食べ物です。こんにゃくやはんぺんを飲み込む際は特に注意しよう。おでんは高齢者には危険である!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年11月25日 (火)

サラダが日本の一般家庭の食卓にあげられたのはいつ頃からか?

Photo_cabbage3   生野菜を主材料として、ドレッシングやマヨネーズなどであえた料理サラダsaladは現在の食卓に欠かせない一品となっているが、いつ頃からであろうか。1960年代、もちろんサラダは普及しているが、それはレストランや軽食にトースト、コーヒー、サラダと喫茶店やホテルで出るものであり、家庭の食卓をかざるものではなかった。新鮮なサラダを毎日食べるには冷蔵庫が必要である。そして鮮度が落ちない物流システムが確立される必要がある。

 シャンソン歌手の芦野宏のヒット曲に「フルーツサラダの歌」(1960年)がある。この頃から徐々にサラダに対する関心が高まっていった。中谷宇吉郎の「サラダの謎」(初出「あまカラ」1960年1月5日)がある。

私はごく普通のフランス風のサラダが好きである。レタスとトマトと、酢とオリーブ油でドレスしただけの簡単なサラダのことである。洋食は、一般にいってあまり好かないが、このサラダだけは例外で、食卓に出ていると、つい先に手が出る。ものの好き嫌いなどというものは、たいてい子供の頃か、せいぜい20代までの生活環境できまるものらしい。私がこのサラダを好きになったのは、若い頃、もう30年も昔のことであるが、ロンドンに留学していた頃に、下宿で毎晩非常にうまいサラダを食わされたのが、今日まで後をひているようである

   中谷宇吉郎は1900年生まれであるが、サラダ好きの物理学者の一文をもって、日本人は戦後サラダをよく食べていたと即断してはいけない。むしろ中谷は少数派の日本人で、1900年前後の生まれの日本人はほとんどサラダは食べていなかったのではないだろうか。青空文庫で「サラダ」と検索しても、太宰治(1909年生まれ)の僅かの短編に「サラダ」の文字が見られるものの、きわめて稀にしか文学作品に現れることはない。書誌で調べると、

 

近代的サラダの作り方 附・ドレッシングの調合法 村松信太郎編 国際料理研究所出版部 1939年

 

サラダ 飯田深雪 雄鶏社 1957

 

おいしいサラダ縫え和種 榊叔子 婦人画報社 1958

 

   などきわめて少ない。おそらく小津安二郎の映画作品に見られる食卓にはサラダをみることはないだろう。一説には1964年の東京オリンピックが契機となったといわれるが、現在みられるような一般の家庭の食卓でサラダが普及するのは1970年代をまたねばならい。1973年のキューピーマヨネーズがCMで吉永小百合を起用し、サラダが健康と美容によいというイメージが広まっていった。

   では世界のサラダの歴史をみると、古くはローマ時代にさかのぼることができる。ローマの初代皇帝アウグストゥスは病気にかかった際、レタスを食べて一命をとりとめた、という逸話が残っている。サラダの出現は中世イギリスとフランスにみえる。14世紀末にイギリスのリチャード2世の料理長がサラット(ラテン語のsal(塩)から)という名で製法をしるしているが、それによるとパセリ、セージ、ニンニク、タマネギ、ハッカ、ウイキョウなどを洗ってこまかにさき、生のアブラとまぜ酢と塩をかけて食卓に供した。この時代は、香料植物を主材料にしていたらしいが、16世紀には野菜、17世紀には魚やエビ、鶏肉、18世紀には果物を加えた。一説によると、サラダの名称は、フランスで16世紀のころに用いられた半球状の兜のことをサラードSaladeと呼んでいたが、サラダをあえたり盛ったりするサラダ・ボールの形がそれに似ているところからつけられたといわれている。

2025年11月 7日 (金)

一杯のお茶

Konbui 立冬の昆布茶すする昼餉かな (厄介)

   本日は立冬、暦の上では冬が始まります。今朝は冷え込みが強まり、今季の最も低い気温を観測しました。これからだんだんと寒くなってきます。一日の生活の中でもっともうれしい瞬間の一つは、昼下がり夫婦一緒にあたたかいこぶ茶を飲むとき。じいさん、ばあさんの何もない一日ですが、不図この「昆布茶」を発明した人は誰なのか疑問がわく。こぶ茶の歴史は確かな記録が残ってないので定かではないが、江戸時代には既に刻み昆布を熱湯に入れて飲んでいたらしい。現在のような粉末状の昆布に各種調味料を加えた形の「こぶ茶」が発明されたのは大正時代のこと。1918年に藤田馬三(1894年生まれ)がお湯を注ぐだけで簡単に作れる昆布茶を考案した。

 

 

 

 

 

 

 

2025年11月 1日 (土)

紅茶と産業革命

   11月1日は「紅茶の日」。ある調査によると、コーヒーや紅茶、嗜好品を好む人は高所得者ほど飲む量が多いという話だ。コーヒーと紅茶、日本に伝来したのは、どちらが先だろうか?答えは、ほぼ同じころだそうだ。

    コーヒーは世界で最も多くの国で飲用されている嗜好飲料である。喫茶店(コーヒー・ハウス、カフェ)は近代社会において人々が情報を得る場所として文化的にも大きな役割を果たしてきた。日本には天明年間(1781年~1788年)頃に、長崎の出島にオランダ人が持ち込んだといわれる。ところが産業革命を経てイギリスが世界を制覇する19世紀に入ると、砂糖の消費量は爆発的に増加した。18世紀以降、コーヒーにかわってイギリス人は紅茶を好んで飲むようになった。イギリス貴族の間でアフタヌーンティーの習慣が流行しだしたのは、およそ200年前からだといわれています。一説にはアンナ・マリア・ラッセルというヴィクトリア女王の側近も務めるほどの地位になった公爵夫人のアイデアともいわれています。またそれは産業革命の進展と関係する。産業革命による人口増加でミルクの供給が追いつかなくなり、その代用品として輸入した紅茶が飲まれるようになった。また紅茶の普及には、会社の経営者が勤勉な労働者を必要としたため、アルコールにかわる飲み物として奨励したこともあげられる。パブ(ビール)、コーヒーハウス(コーヒー)、ティールーム(紅茶)は、各時代において、イギリス人にとって社交の場であったり、ビジネスの場であったり、娯楽の場であつたりと、多様な役割を果たしてきた。イギリスの社会経済の発展の裏にはこれら3つが様々なかたちで関係してきた。

   NHK「ひるブラ」(2012年2月1日放送)で、はしのえみが幕末の弘前藩士が飲んでいた珈琲を味わっていた。酸味と苦味がある。寒さなどで殉難が多かったので薬用として珈琲を飲んでいたという。大田南畝は1804年に珈琲を飲んだときのことを次のように記している。「紅毛船にてカウヒイというものをすすむ。豆を黒く炒りて粉にし白糖を和したるものなり。焦げくさくして味ふるに堪えず」とある。1855年ころ青森県弘前で珈琲が飲用されていたとは驚きである。

    紅茶は1791年11月1日、大黒屋光太夫がロシアのエカテリーナ2世から茶会に招かれ、日本人として初めて紅茶を飲んだとされる。日本紅茶協会は、昭和58年、この史実をもとに、11月1日を「紅茶の日」に制定している。

 

 

2025年10月 2日 (木)

豆腐に歴史あり

Hiyayakko   本日は「豆腐の日」。森羅万象、世のいかなるものにもそれぞれに歴史がある。島国日本は、朝鮮半島経由で中国から伝来したものが多い。漢字や仏教からに箸文化の日用品や食品に至るまで数多くある。日本で最も愛される妖怪、河童も実は中国に由来するという説があるがはっきりしない。

  毎日の食卓にみる豆腐は日本人に親しみのある食材のひとつ。夏は冷奴で、冬はお鍋で1年中食べる。木綿豆腐に醤油とカツオ節が一般的な食べ方。豆腐の発明は中国人のもので、前漢の淮南王劉安といわれる。彼は学者を集めて著書を刊行したが、そのなかに「淮南王万畢術」 という本がある。それに豆腐の製法が述べられていたという。

  豆腐が我が国に渡来した時期はあまりはっきりしない。日本に伝わったのはおそらく奈良時代だろうが文献には見えず、鎌倉・室町時代に中国に留学した僧侶が、製法を覚えてきて広まったと考えられる。文安元年(1444年)の『下学集』に豆腐という語がのっている。豆腐はとくに江戸時代になって庶民にまで広まった。

    徳川家光の慶安御触書では農民に飲酒、喫茶、煙草など禁止している。また衣類は木綿以外は着用しないこととある。贅沢禁止に関連して豆腐の製造を禁止している。家光自身は豆腐が大好物だったが、農民たちが豆腐を食べると大豆が高騰することを懸念したからであろうか。(10月2日)

2025年9月29日 (月)

洋菓子の日

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 トトロのシュークリーム

    フランスではサン・ミシェル(大天使ミカエル)が菓子職人の守護聖人となっており、その祝日が9月29日であることから、「洋菓子の日」が定められた。洋菓子の定番といえばシュークリーム。関西の者は駅構内の売店にあるヒロタを思い浮かべるが、東京では「しろたえ」(港区赤坂)が人気だそうだ。ほかにも店ごとに工夫されているらしい。「白髭のシュークリーム工房」にはトトロの形をした可愛いシュークリームが売られている。

     シュークリームは明治のころからあったらしく、フランス語のシュ(chou)と英語のクリーム(cream)からなる和製外来語。シュとはキャベツのこと。寺田寅彦の随筆に鍋町の風月の2階の喫茶室に「ミルクのはいったおまんじゅう」という言葉が見える。(「銀座アルプス」昭和8年)寺田はハイカラでモダンな人だった。ミカエルマスMichaelmas

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