無料ブログはココログ

2018年6月 9日 (土)

コックが被っている帽子が高いのはなぜ?

113972ae64e   シェフの帽子はなんで高いの?フランスの有名な宮廷料理人アントナン・カレーム(1784-1833)が背の高い山高帽の客を見て、同じような白く背の高い帽子を調理場で被るようになったのが始まりとか。カレームは政治家タレーランの料理人で、あのウィーン会議で有名になった人物。ゼリーやさまざまなお菓子を考案した。フランスではトックブランシェ toque blanche(白いコック帽)、イタリアではカッペッロ・ダ・シェフ cappello da chef(シェフの帽子)という。コック帽の高さは役職ごとに差があり、総料理長が最も高い。このカレームが広めたという以外にもう一つ説がある。フランス料理人オーギュスト・エスコフィエ(1846-1935)が背が低かったため、コック帽を高くして背を高く見せたといわれる。NHK「チコちゃんに叱られる」第9回ではエスコフィエ説を採用している。(Antonin Careme)

2018年5月 9日 (水)

アイスクリームはもともと兵士の健康食だった?

0231   5月9日は「アイスクリームの日」。今日は寒いが、寒くてもアイスクリームを食べる人が多くなった。アイスクリームが嫌いという人はあまり聞いたことがない。アイスクリームのそもそものルーツは諸説あるが、古代ギリシア・ローマ時代にまでさかのぼる。冬の間に降った雪や、自然にできた氷を保存し、蜜などを加えたものを戦場で戦っている兵士に疲労回復の健康食として供したのが始まりといわれる。ほかに中国が起源とする説もある。13世紀の終わりころ、中国でアイスクリームを食べたマルコ・ポーロが帰国後、そのつくり方をイタリアに伝えたといわれる。楽聖ベートーヴェンもアイスクリームが好きだった。「今年の冬は暖かいので氷が少なく、アイスクリームが食べられるかどうか心配だ」と日記に書いている。日本で初めてアイスクリームが広まるのは明治になってから。米国で製法を学んだ出島松蔵が明治6年、明治天皇にレイシの果物と共に「あいすくりん」を献上したのが始まりである。

   歴史上の人物もそれぞれ好物がある。マリー・アントワネットがこよなく愛したのがアルザス地方に伝わる焼き菓子クグロフ。徳川家康は鯛のてんぷら。家定はスイーツ(芋、カステラ)。慶喜は豚肉。西郷隆盛は鰻。夏目漱石は甘党で羊羹と最中。高浜虚子はおでん。斎藤茂吉や淀川長治はウナギ。手塚治虫はチョコレート。マザー・テレサはチョコレートが好物だった。向田邦子は水羊羹。(Beethoven,kouglof) 

2017年12月25日 (月)

蒲鉾・ちくわ・はんぺん・おでん、そして「お節料理」

Photo   年末になるとスーパーで売っているお惣菜が高くなる。今日はクリスマスでまだ平常価格だったが、おそらく明日になると正月商品が棚に並んでくる。普段100円だった蒲鉾が正月用の蒲鉾だと800円くらいする。高級品であるのはわかるが、100円商品が棚から消えるのは困る。うどんやお雑煮に入れる蒲鉾なら「寿」の文字や三色のものはいらない。値上がりする前に買っておこう。ソフトブレーン・フィールドが調査したところ、好きな「おでん」の具はダントツで大根が1位だった。以下、たまご、こんにゃく、ちくわ、餅入り巾着、はんぺん、牛すじ串、厚揚げ、じゃがいも、しらたき、がんもどき、さつま揚げ、つみれ、ちくわぶ、ウィンナー、ごぼう巻き、こんぶ、糸こん、ロールキャベツ、お豆腐、さといも、おでん餃子。年末の買い忘れないようにチェックしておく。

年越しそば、にしん、お寿司、雑煮の具、数の子、ごまめ、栗甘露煮、焼き豚、ロースハム、さといも、たけのこ、伊達巻き、黒豆、田作り、昆布巻き、生珍味、餅、串柿、みかん、とり肉、いくら、海老天、チーズ、ポテトチップス、チョコレート、ジュース、コーラ、牛乳、チーズ、ブロッコリー、サラダ、食パン、玉子、ごみ袋、乾電池。ああややこし、ややこし。

2017年11月 1日 (水)

コーヒー、紅茶と日本人

   11月1日は「紅茶の日」。ある調査によると、コーヒーや紅茶、嗜好品を好む人は高所得者ほど飲む量が多いという話だ。コーヒーと紅茶、日本に伝来したのは、どちらが先だろうか?答えは、ほぼ同じころだそうだ。

    コーヒーは世界で最も多くの国で飲用されている嗜好飲料である。喫茶店(コーヒー・ハウス、カフェ)は近代社会において人々が情報を得る場所として文化的にも大きな役割を果たしてきた。日本には天明年間(1781年~1788年)頃に、長崎の出島にオランダ人が持ち込んだといわれる。

   NHK「ひるブラ」(2012年2月1日放送)で、はしのえみが幕末の弘前藩士が飲んでいた珈琲を味わっていた。酸味と苦味がある。寒さなどで殉難が多かったので薬用として珈琲を飲んでいたという。大田南畝は1804年に珈琲を飲んだときのことを次のように記している。「紅毛船にてカウヒイというものをすすむ。豆を黒く炒りて粉にし白糖を和したるものなり。焦げくさくして味ふるに堪えず」とある。1855年ころ青森県弘前で珈琲が飲用されていたとは驚きである。

    紅茶は1791年11月1日、大黒屋光太夫がロシアのエカテリーナ2世から茶会に招かれ、日本人として初めて紅茶を飲んだとされる。日本紅茶協会は、昭和58年、この史実をもとに、11月1日を「紅茶の日」に制定している。

2017年10月 9日 (月)

ウガンダ独立記念日

Photo_2    1962年のこの日、ウガンダがイギリスから独立した。ウガンダといえばロンドンオリンピック男子マラソン金メダリスト、スティーブン・キプロティチ。それにバナナを蒸したマトケという料理。画像は「ようことひろの自転車ぐるぐる世界旅」より引用。(10月9日,Uganda)

2017年9月29日 (金)

洋菓子の日

B0139906_16271255
 トトロのシュークリーム

    フランスではサン・ミシェル(大天使ミカエル)が菓子職人の守護聖人となっており、その祝日が9月29日であることから、「洋菓子の日」が定められた。洋菓子の定番といえばシュークリーム。関西の者は駅構内の売店にあるヒロタを思い浮かべるが、東京では「しろたえ」(港区赤坂)が人気だそうだ。ほかにも店ごとに工夫されているらしい。「白髭のシュークリーム工房」にはトトロの形をした可愛いシュークリームが売られている。

     シュークリームは明治のころからあったらしく、フランス語のシュ(chu)と英語のクリーム(cream)からなる和製外来語。シュとはキャベツのこと。寺田寅彦の随筆に鍋町の風月の2階の喫茶室に「ミルクのはいったおまんじゅう」という言葉が見える。(「銀座アルプス」昭和8年)寺田はハイカラでモダンな人だった。ミカエルマスMichaelmas

2017年9月 3日 (日)

コーヒーの話

「死ぬまでにあと何杯コーヒーが飲めるだろうか?」1日1杯だけなので、1万杯、いやいや5000杯くらいかな。老いて介護施設か病院に入れられて3000杯くらいかもしれない。

   ヨーロッパにコーヒーを紹介したのはマルコポーロと伝えられるが、本当の話ではない。コーヒーの原産地はアフリカのエチオピア、カッファー州というところである。つまりカッファーが訛ってアラビア語のカフヴェ(Kahve)やトルコ語のクァフワ(qahwa)になったのだろう。 語源はともかくコーヒーの味を初めて知ったのは人間ではなく、山羊だそうだ。山羊が木の実を食べ、それを見た人間が食べた。そして木の実を炒って粉末にしたのがアラビア人で、5~9世紀のころといわれる。少なくとも13世紀には、イスラム世界では今日のような焙煎した豆が用いられていたようだ。1554年にはトルコのコンスタンチノーブルに初めてコーヒー店が誕生した。その後、紆余曲折があって、モカコーヒーがヨーロッパに伝わったのが1616年のことである。同年シェークスピアが死んでいるので、つまりシェークスピアはコーヒーの味を知らなかったようである。17世紀・18世紀の人、バッハやナポレオンはコーヒーが大好きだった。

2017年7月20日 (木)

食い合わせと陰陽五行

07_27_1r_2   今年の土用の丑の日は7月25日と8月6日。そして土用の丑の日にはウナギを食べる。むかしからウナギと梅干を一緒に食べると体に良くないと言い伝えられている。医学的な根拠はなく、あくまで迷信のたぐいである。いったい何故そのような迷信が生まれたのだろうか。一般的には、贅沢を戒めるためだろうと考えられるが、こうした「食い合わせ」は古代中国の陰陽五行にもとづくものという説がある。宇宙のすべては、木・火・土・金・水の5種類の元素からできているという五行説があった。この5種類の元素は、人間の5つの内臓と、5つの味覚に結びつけられ、そこから「食禁(食べると害になるもの)」と「食宜(健康によい食べ物)」という考え方が生れた。この考え方は日本にも伝えられ、その後、食禁は「食い合わせ」として、貝原益軒の「養生訓」にも登場した。「カニと柿」「ミカンとナツメ」「ギンナンとウナギ」などが紹介されている。しかし科学的にみて食品成分が化学反応して毒素になるということはなさそうだ。だが、食中毒の多い季節、消化のわるいものは十分に注意が必要である。現代の栄養学では、中華食堂定番の「ラーメンと焼飯」など炭水化物摂取量が増えるため「合食禁」の悪例といえる。 西洋では果物のイチゴとバナナがよくない食べ合わせと言われている。

2017年6月13日 (火)

有東木のワサビ

   NHK「鶴瓶の家族に乾杯」静岡市葵区有東木(うとうぎ)地区が紹介される。ここはワサビの発祥地として知られる。江戸時代に有東木地区に住む村人が野生のワサビを栽培したのが、ワサビ栽培普及の端緒と伝えられる。このワサビは駿府城で徳川家康に献じられ、その味が絶賛されたことやワサビの葉が徳川家家紋の「葵」に通じることから、幕府の庇護を受けることとなった。一方で門外不出の扱いとなり、その栽培技術を他地区に広げることは禁じられた。延享元年(1744年)、天城湯ヶ島で山守を務めていた板垣勘四郎(1686-1761)は三島代官の命によりシイタケ栽培の技術指導で有東木を訪れた。板垣はワサビの栽培を天城でも行いたいと懇願し、有東木の住民はシイタケの礼から禁を犯して板垣にワサビの苗を持たせた。この後、板垣の努力で伊豆天城でもワサビ栽培が普及することになる。

2017年4月13日 (木)

ポテトチップスが食べたい

Photo   「100円でカルビーのポテトチップスは買えますが、カルビーのポテトチップスで100円は買えません」

  40年も前のCMながら今でも100円で買える。ポテトチップスは庶民の味方だ。当時12歳だった藤谷美和子も今では54歳。病気らしく、徘徊癖があり野良猫にエサをやる姿が週刊誌に載っていた。そこにはかってのアイドル女優の面影はなく哀れさをさそう。わが国にカウチポテト族を普及させた功労者の1人といって過言ではないのだが。

  近所のスーパーではポテトチップスが無くなっている。昨年の生産地の台風の被害の影響がでてきた。種類がとても多いのも困る。カルビーの商品だけで20種類以上並んでいる。通年商品の「うすしお味」「コンソメパンチ」「のりしお」「しあわせバター」「しょうゆマヨ」など11種。最近は地域の味として「北海道バターしょうゆ味」「関東だししょうゆ味」など18種。ほかにも新製品が続々開発されている。カルビーは1949年、広島市で松尾糧食工業株式会社として設立、1964年「かっぱえびせん」がヒット商品となった。現在は丸の内に本社を持つ東証一部上場のスナック菓子の大手企業として成長した。1975年にカルビーポテトチップスが発売されてから42年になるが、ポテトチップスが消えたことはなかった。

より以前の記事一覧

最近のトラックバック

2018年7月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31