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2024年1月25日 (木)

ホットケーキの日

987676d80a25febea25705cf62d6dd18_2 日本最低気温の日に因み、寒い日にはホットケーキを食べて暖まってもらおうと制定された。本日は「ホットケーキの日」。人には誰にでもそれぞれの好きな食べ物があるので調べてみよう。バイデン大統領はアイスクリーム。ドラえもんの好物といえばもちろんドラ焼きであるが、ドラミちゃんの好物はメロンパン。ラーメン大好き小池さん。バガボンパパの好物レバニラ炒め。キン肉マンは牛丼。ハクション大魔王はハンバーグ。刑事コロンボの好物はチリコンカーン。逸ノ城はモンゴルの肉まん(jマットンボーズ)。全米オープンテニスから凱旋帰国した錦織圭「ノドグロが食べたい」。阿部寛はイケメンに似合わず焼きいもが大好き。若尾文子も甘党で好物はモンブランと大福餅。オバマ大統領が6歳の時、鎌倉を訪れ抹茶アイスクリームを食べた。2014年、大統領を招いた宮中晩餐会においても、抹茶アイスが供された。伍代夏子の実家は渋谷区代々木八幡の魚屋。「家が近所だったこともあり、いつも島倉千代子がお魚を買いに来てくださった。よくタコを買っていました」と語る。誰にでも好物がある。ベートーヴェンはアイスクリーム。「今年の冬は暖かいので氷が少なく、アイスクリームが食べられるかどうか心配だ」と日記に書いている。 正岡子規も夏目漱石も甘いものが大好きだった。大隈重信はメロンの味に感激して自宅の温室でメロンを栽培した。「メロンを食べると125歳まで生きられる」と常々豪語していたが、83歳で歿した。1月25日

 

 著名人の好きな食べ物。

1129小沢昭一 蕎麦
岸田文雄 広島風お好み焼き
忽那汐里 納豆
松岡茉優 納豆
西郷隆盛 ウナギ
齋藤京子 ラーメン
斎藤茂吉 ウナギ
獅子文六 お汁粉
東海林さだお ラーメン
関根勤   カレーライス
郷ひろみ スイカ 
醍醐天皇 わらび餅
佐々木希 ラーメン
高浜虚子 おでん
谷原章介 納豆
手塚治虫 チョコレート
徳川家定 スイーツ(芋、カステラ)
徳川家康 鯛の天ぷら、ニンニク
徳川慶喜 豚肉
夏目漱石 羊羹、もなか、カステラ
南原清隆 うどん
西内まりあ カリカリ梅
林家三平  かきもち茶漬け
正岡子規 ココア
向田邦子 水羊羹
森鴎外   まんじゅう茶漬け
淀川長治 ウナギ
マザー・テレサ チョコレート
マリリン・モンロー ラムチョップ
ザッケローニ ピアディーナ
ロナルド・レーガン ゼリービーンズ(お菓子)

 

 

2024年1月22日 (月)

カレーの日

Yukichi_s   今日はカレーの日。1982年に全国学校栄養士協議会が1月22日の給食のメニューをカレーにすることを決め、全国の小中学校で一斉にカレー給食が出されたことにちなんで定められた。チコちゃんに叱られるで「キャンプでカレーをつくるのはなぜ?」答えは「男女の仲を深め健全な夫婦にするため」戦後、中学の校外学習でキャンプ場で飯ごう炊飯でカレーを食べた。あれはGHQの指令だったのか。

  インド発祥の料理にして、今や日本の国民食といわれるカレーライス。カレーはタミル語「カリ(kari)」から転じたもので、「汁」という意味である。1908年に海軍が手軽に肉と野菜をバランスよくとれる食事としてカレーライスを採用したことが普及した理由といわれる。そして文献の中でカレーを初めて紹介した人物は福沢諭吉(1835-1901)であるということもクイズなどで知られている。福沢は「増訂華英通信」(1860)に簡単な意味やカタカナの発音を付記し刊行した。「Curry」は「加兀 (コルリ)」とある。はたして福沢がカレーを賞味していたかどうか定かではない。1864年には岩松太郎が著書「航海日誌」の中で、船中でアラビア人がカレーらしきものを食するのを目撃している。1871年、留学生の山川健次郎が船上で「ライスカレー」を注文するも口に合わずご飯だけを食べたと記載している。(1月22日)

 

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左2段目にCurryの語がみえる(増訂華英通信)

2024年1月17日 (水)

マカロンは恋と夢の味

Photo 月9ドラマ「君が心をくれたから」パティシェになるため上京した永野芽郁。マカロンがドラマに重要なアイテムとして使われる。ところでマカロンはフランスの代表的なお菓子だと思われがちだが、実はイタリアが発祥地。16世紀にフランス国王アンリ2世に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスによって、フランスに持ち込まれたと言われる。今日風のマカロンの元祖はパリにある老舗菓子店ラデュレ(創業1862年)のピエール・デフォンテーヌが1930年に2枚のマカロンにジャムやクリームをはさんだで売り出した「マカロン・パリジャン」が始まり。正式な名称はマカロン・ムー(柔らかいマカロンという意味)という。Loduree、macaron mou

 

 

2024年1月15日 (月)

ハヤシライスのハヤシは発明者の名前から?

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 ハヤシライスの生みの親、早矢仕有的

 

   牛肉と野菜をトマト味で煮込み、カレーライスのように飯にかけて食べる料理ハヤシライス。英語では hashed beef with riceという。ハヤシライスは誰がいつ考案したのか謎が多い料理である。ウィキペディアによると諸説ある。

①英語ハッシュ(細かく刻む)の意。ハッシュ・ライスが訛ってハヤシライスとなった

②林子平の姉の子孫が考案した

③丸善創業者の早矢仕有的が丸善で働く丁稚のために作った夜食ハヤシライス

P_02④牛肉を食べると「早死にする」から

⑤門司港の食堂で「早いライス」から

⑥「天皇の料理番」秋山徳蔵(画像)が考案

何れも珍説ばかりだが、とくに注目は、丸善の早矢仕有的(はやしゆうてき)だろう。早矢仕は安政のころ江戸に出て医学を学んだが、福沢諭吉に師事、医業をすてて商業に転身、明治元年に横浜に丸屋商社(現・丸善)を興し、店の主人を丸屋善吉と称して、洋書の輸入業をはじめた。医業に関心があったことから、ハヤシライスを考案したという説も説得力があるように感じる。カレーライスが伝来したのが、明治維新前後、イギリス船によってカレー粉がもたらされた、とあるから日本人はハヤシライスのほうがカレーライスよりも先に食していたかもしれない。

 

 

2023年12月30日 (土)

迎春準備をお忘れなく

Photo いささかの金欲しかりぬ年の暮れ 鬼城

  本日は買物の一日である。年末になると売っているお惣菜が高くなる。じゃがいもやタマネギのバラ売りがなくなる。正月商品は、普段100円だった蒲鉾が正月用の蒲鉾だと1000円以上する。高級品であるのはわかるが、100円商品が棚から消えるのは困る。うどんやお雑煮に入れる蒲鉾なら「寿」の文字や三色のものはいらない。値上がりする前に買っておけばよかった。ソフトブレーン・フィールドが調査したところ、好きな「おでん」の具はダントツで大根が1位だった。以下、たまご、こんにゃく、ちくわ、餅入り巾着、はんぺん、牛すじ串、厚揚げ、じゃがいも、しらたき、がんもどき、さつま揚げ、つみれ、ちくわぶ、ウィンナー、ごぼう巻き、こんぶ、糸こん、ロールキャベツ、お豆腐、さといも、おでん餃子。年末の買い忘れないようにチェックしておこう。

年越しそば、そばつゆ、海老天、にしん、お寿司、ローストビーフ、オードブル、雑煮の具、数の子、ごまめ、栗の甘露煮、ロースハム、さといも、たけのこ、伊達巻き、黒豆、田作り、煮しめ、棒鱈、千枚漬け、海老、カニ、キヌサヤ、たけのこ水煮、金時人参、百合根、ぐわい、銀杏、焼豚、昆布巻き、生珍味、餅、鏡餅、串柿、甘栗、みかん、とり肉、いくら、海老天、魚、イカ、うに、湯たこ、イクラ、ほうれん草、小松菜、三つ葉、トマト、レタス。ポテトチップス、チョコレート、ジュース、コーラ、アイスクリーム、牛乳、チーズ、ブロッコリー、サラダ、食パン、玉子、菓子、祝箸、しめ飾り、ごみ袋、乾電池。万一、地震発生のための非常時用に水など飲料水を備蓄しておこう!! ああややこし、ややこし。

 

 

 

 

 

 

2023年12月29日 (金)

ジンジャ―・エール

  1月16日は禁酒の日。1920年、アメリカで禁酒法が実施された。20世紀初頭までに18の州で禁酒法が実施された。これが全国に及んだもの。下戸のわたしはショウガなどの香りと味をつけ、カラメルで着色したノンアルコールの炭酸飲料ジンジャーエールをたまに飲むことがある。1890年、カナダ人ジョン・マックローリンがトロントで製造したのが始まり。ジンジャー・エールはアメリカ禁酒法時代に人気飲料となった。なぜアメリカ人はアルコール依存症が多いほど酒好きなのに、一方で禁酒が根強く叫ばれるのか。根本にはキリスト教の思想があるからだろう。その点で東洋世界、とくに中国・朝鮮・日本はおおっぴらなお酒天国である。かつてお酒は「百薬の長」とも言われ、大酒飲みが豪快で男らしいとする風潮があった。モンゴルのことわざには「飲めば死ぬ、飲まなくても死ぬ」がある。コロナ禍明けごろからテレビでも「おつかれ生です」とビールをさかんに宣伝している。仕事の接待や付きあいでも居酒屋での飲酒が求められ、下戸にとっては飲めないことがつらい思いをする時期である。しかし医師などに相談するとビール1缶でも健康に悪影響があるという。WHOは「いかなる量のアルコール摂取であっても、健康にとって安全ではない」として発がん性物質が指摘されている。資本主義の経済活動を優先したものであるが、年末年始のアルコール飲酒の機会が多いと思うが、控えめにした方がいい。 ginger ale、John McLaughlin

 

 

 

 

 

 

2023年12月19日 (火)

17世紀イギリス人は紅茶よりもコーヒーを飲んでいた!?

Photo_3  国立がんセンターの研究によると、コーヒーや緑茶を日常的によく飲んでいる人は、そうでない人に比べて死亡するリスクが低いとする結果が発表された。イギリス人といえば紅茶を思いうかべるだろうが、実は17~18世紀、むしろコーヒーを飲んでいた。イギリスで最初の本格的な「英語辞典」の編集で有名なサミュエル・ジョンソン(1709-1784)と彼の伝記を書いたジェイムズ・ボズウェルとはコーヒー・ハウスで知り合った。そのほか演劇俳優のガリック、画家のレイノルズ、思想家のエドマンド・バーク、音楽家のバーニー、歴史家のギボンらもこのコーヒー・ハウスに出入りして談話を楽しんだ。イギリスだけでなく18世紀にはヨーロッパ中にコーヒーを飲む習慣は広がり、ベートーヴェンやバルザックもコーヒーを楽しんだといわれる。

    アメリカでは17世紀の半ばころに移住してきたオランダ人によって喫茶の習慣が伝わり、当時一種の社交的手段となっていた。アメリカへ移住したイギリス人の間では最初は紅茶が飲まれていたが、ボストン茶会事件以後、独立革命の時代になって、アメリカ人はコーヒーを選ぶ国民となった。これとは反対に、本国イギリスでは18世紀半ば頃から紅茶を飲む習慣が一般化していった。ボヘアという安い紅茶が中国からの輸入により入るようになり、大衆の生活のなかで普及していった。イギリスで紅茶が普及したのはこんな話もある。ある時、植民地での不作によってコーヒー豆の入手が困難になり、イギリス人はコーヒーが飲めなくなった。そこで英国政府の役人が目を付けたのが、同じ植民地だったインドやセイロンから大量に収穫された「お茶の葉」である。これを加工して出来たのが「紅茶」である。「国を愛する心あらば、コーヒーよりも紅茶を飲むべし」という国を挙げてのキャンペーンにより、この頃から英国人及びその他の植民地では紅茶を飲むようになったと言われている。

    コーヒーブレーク(coffee break)とは、仕事の合間の、コーヒーを飲むための小休憩時間をいう。breakとは「中断する」という意味で、1945年ごろアメリカで使われだした俗語であるといわれる。コーヒーの消費量が一人当たり一番多いのは、フィンランドだそうだ。

 

 

 

 

2023年11月 1日 (水)

産業革命と紅茶

   11月1日は「紅茶の日」。ある調査によると、コーヒーや紅茶、嗜好品を好む人は高所得者ほど飲む量が多いという話だ。コーヒーと紅茶、日本に伝来したのは、どちらが先だろうか?答えは、ほぼ同じころだそうだ。

    コーヒーは世界で最も多くの国で飲用されている嗜好飲料である。喫茶店(コーヒー・ハウス、カフェ)は近代社会において人々が情報を得る場所として文化的にも大きな役割を果たしてきた。日本には天明年間(1781年~1788年)頃に、長崎の出島にオランダ人が持ち込んだといわれる。ところが産業革命を経てイギリスが世界を制覇する19世紀に入ると、砂糖の消費量は爆発的に増加した。18世紀以降、コーヒーにかわってイギリス人は紅茶を好んで飲むようになった。イギリス貴族の間でアフタヌーンティーの習慣が流行しだしたのは、およそ200年前からだといわれています。一説にはアンナ・マリア・ラッセルというヴィクトリア女王の側近も務めるほどの地位になった公爵夫人のアイデアともいわれています。またそれは産業革命の進展と関係する。産業革命による人口増加でミルクの供給が追いつかなくなり、その代用品として輸入した紅茶が飲まれるようになった。また紅茶の普及には、会社の経営者が勤勉な労働者を必要としたため、アルコールにかわる飲み物として奨励したこともあげられる。

   NHK「ひるブラ」(2012年2月1日放送)で、はしのえみが幕末の弘前藩士が飲んでいた珈琲を味わっていた。酸味と苦味がある。寒さなどで殉難が多かったので薬用として珈琲を飲んでいたという。大田南畝は1804年に珈琲を飲んだときのことを次のように記している。「紅毛船にてカウヒイというものをすすむ。豆を黒く炒りて粉にし白糖を和したるものなり。焦げくさくして味ふるに堪えず」とある。1855年ころ青森県弘前で珈琲が飲用されていたとは驚きである。

    紅茶は1791年11月1日、大黒屋光太夫がロシアのエカテリーナ2世から茶会に招かれ、日本人として初めて紅茶を飲んだとされる。日本紅茶協会は、昭和58年、この史実をもとに、11月1日を「紅茶の日」に制定している。

 

 

2023年10月12日 (木)

豆乳の日

 今日は豆乳の日。豆乳は、大豆を水に浸してすりつぶし、水を加えて煮つめて汁を漉した飲料である。昭和50年前後に飲料商品として豆乳が販売されるようになった。(10月12日)

 

2023年10月 2日 (月)

豆腐に歴史あり

Hiyayakko   本日は「豆腐の日」。森羅万象、世のいかなるものにもそれぞれに歴史がある。島国日本は、朝鮮半島経由で中国から伝来したものが多い。漢字や仏教からに箸文化の日用品や食品に至るまで数多くある。日本で最も愛される妖怪、河童も実は中国に由来するという説があるがはっきりしない。

  毎日の食卓にみる豆腐は日本人に親しみのある食材のひとつ。夏は冷奴で、冬はお鍋で1年中食べる。木綿豆腐に醤油とカツオ節が一般的な食べ方。豆腐の発明は中国人のもので、前漢の淮南王劉安といわれる。彼は学者を集めて著書を刊行したが、そのなかに「淮南王万畢術」 という本がある。それに豆腐の製法が述べられていたという。

  豆腐が我が国に渡来した時期はあまりはっきりしない。日本に伝わったのはおそらく奈良時代だろうが文献には見えず、鎌倉・室町時代に中国に留学した僧侶が、製法を覚えてきて広まったと考えられる。文安元年(1444年)の『下学集』に豆腐という語がのっている。豆腐はとくに江戸時代になって庶民にまで広まった。

    徳川家光の慶安御触書では農民に飲酒、喫茶、煙草など禁止している。また衣類は木綿以外は着用しないこととある。贅沢禁止に関連して豆腐の製造を禁止している。家光自身は豆腐が大好物だったが、農民たちが豆腐を食べると大豆が高騰することを懸念したからであろうか。(10月2日)

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