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2018年12月25日 (火)

笑顔の作り方

Photo   写真を撮るときの掛け声は日本では、「ハイ!チーズ!」だが、韓国では「ハイ!キムチ!」なんだそうだ。「キムチ」と言うと、口角がキュッと上がって、自然と笑顔になる。ところでキムチは、中国から伝わった、野菜を塩で漬ける漬物(ソ)が原型といわれる。塩漬けの野菜が汁の中に沈んでいることから、「沈菜(チムチェ)」と呼ばれ、それが、ティムチェ→チムチ→キムチと変化していった。2000年前にはキムチの原型は存在していたが、その頃のキムチには唐辛子を使っていなかった。ポルトガルから鉄砲とともに日本に伝来した唐辛子は、豊臣秀吉のころ日本から韓国に伝わった。キムチに唐辛子を使うと、腐りにくく、原料に使うアミ塩などの魚の生臭さが消えるので、最適だった。サッカーのマラドーナは「キムチばかり食べるとあんな馬鹿になるのか」と悪口を言っている。

韓国民族文化大百科事典 全28巻 韓国精神文化研究院

朝鮮大百科事典 全30巻

キムチ百科事典

2018年11月15日 (木)

韓国人とワカメスープ

53dbef2b9f7cc684befaec95a0fcd1cf   日本と韓国は世界の中でもワカメをよく食べる国だが、量でいえば日本は韓国にかなわない。誕生日には産んでくれた母への感謝の気持ちや子供を産んだ時の気持ちを思い出すため、ワカメ汁(ミヨックク)を食べる習慣がある。韓国語で「ミヨッ」はワカメ、「クク」はスープの意味。ドラマ「冬のソナタ」ではサンヒョクのお母さんの誕生日のシーンにでてくる。「天国の階段」ではテファ(シン・ヒョンジュン)が「誕生日にわかめスープを作ってくれたのはお前が初めてだった」と泣きながら叫ぶシーンが印象的である。そのほか「秘密」(第4回)、「美しき日々」「春のワルツ」、それから「屋根部屋の猫」は毎回庶民的な料理がでてくるが第2話のタイトルがズバリそのもの「ワカメスープ」。就職浪人のダメ男ジョンウン(キム・レウォン)と猫のようにキュートなギョンミン(チョン・ダビン)の同棲コメディ。

2018年11月 1日 (木)

コーヒー、紅茶と日本人

   11月1日は「紅茶の日」。ある調査によると、コーヒーや紅茶、嗜好品を好む人は高所得者ほど飲む量が多いという話だ。コーヒーと紅茶、日本に伝来したのは、どちらが先だろうか?答えは、ほぼ同じころだそうだ。

    コーヒーは世界で最も多くの国で飲用されている嗜好飲料である。喫茶店(コーヒー・ハウス、カフェ)は近代社会において人々が情報を得る場所として文化的にも大きな役割を果たしてきた。日本には天明年間(1781年~1788年)頃に、長崎の出島にオランダ人が持ち込んだといわれる。

   NHK「ひるブラ」(2012年2月1日放送)で、はしのえみが幕末の弘前藩士が飲んでいた珈琲を味わっていた。酸味と苦味がある。寒さなどで殉難が多かったので薬用として珈琲を飲んでいたという。大田南畝は1804年に珈琲を飲んだときのことを次のように記している。「紅毛船にてカウヒイというものをすすむ。豆を黒く炒りて粉にし白糖を和したるものなり。焦げくさくして味ふるに堪えず」とある。1855年ころ青森県弘前で珈琲が飲用されていたとは驚きである。

    紅茶は1791年11月1日、大黒屋光太夫がロシアのエカテリーナ2世から茶会に招かれ、日本人として初めて紅茶を飲んだとされる。日本紅茶協会は、昭和58年、この史実をもとに、11月1日を「紅茶の日」に制定している。

2018年10月27日 (土)

ハイボールの語源

  ハイボールはウィスキーのソーダ水で割ったもの。名前の由来は諸説あるが、一番知られているのは、スコットランドのゴルフ場で当時珍しかったウィスキーソーダ割りで試している所へ、高々にうちあげられたボールが飛び込んできて、「これがハイボールた!」と言うったという説である。

2018年10月12日 (金)

久慈のひとは「まめぶ」を知らなかった

Photo     岩手県久慈市の郷土料理「まめぶ汁」。朝ドラ「あまちゃん」ですっかり全国に知られるようになった。黒砂糖とクルミを入れた団子とニンジン、豆腐、ごぼう、しめじを醤油で味付けして煮た汁。だが久慈の人は「まめぶ」を2010年まで知らなかった。旧山形村の8つの集落だけで伝えられてきた郷土料理なのだ。

「あまちゃん」で有名になったものは、「まめぶ」のほか、「琥珀」「ミサンガ」「うに弁当」などいろいろある。「あまちゃん」はテレビドラマ史上に残る伝説のドラマだが、全156話のうち神回はどれか?好みによって色々あるだろうが、私はアキとユイがお座敷列車で「潮騒のメモリー」を歌唱する場面のある第53回をあげたい。同回はアキと種市先輩の駅のホームの別れの場面でもある。

2018年10月 9日 (火)

ウガンダ独立記念日

Photo_2    1962年のこの日、ウガンダがイギリスから独立した。ウガンダといえばロンドンオリンピック男子マラソン金メダリスト、スティーブン・キプロティチ。それにバナナを蒸したマトケという料理。

   15~16世紀ごろ、牧畜民のヒマ諸部族がウガンダに侵入し、農耕を行っていたバントゥー系住民を服属させた。17世紀末には、ブガンダ、トロ、ブニョロ、アンコーレといった諸帝国が栄えたが、なかでもブカンダ帝国はムテサ1世(在位1856~1884)のもとでアラビアとの交易をさかんに行い、キリスト教宣教師の到来、水軍を含む常備軍の設置など、その絶頂期を迎えた。ムテサ1世の死後、カトリック、プロテスタント、イスラムのあいだで勢力争いが起きたが、その背後には東アフリカをめぐる英独の利権争いがあった。1890年へルゴランド・ザンジバル協定により、この地域はイギリスの勢力範囲とされ、19世紀後半、イギリスは保護領ウガンダとして支配下においた。第2次世界大戦後、独立の気運が高まり、1962年に独立。首相にウガンダ人民会議のオボテが就任して社会主義路線を歩みはじめたが、1978年にアミンのクーデターが発生、独裁体制をしいた。翌年アミンも倒され、1986年以降、ムセベニ大統領のもとで安定化政策を模索している。画像は「ようことひろの自転車ぐるぐる世界旅」より引用。(10月9日,Uganda)

2018年9月29日 (土)

洋菓子の日

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 トトロのシュークリーム

    フランスではサン・ミシェル(大天使ミカエル)が菓子職人の守護聖人となっており、その祝日が9月29日であることから、「洋菓子の日」が定められた。洋菓子の定番といえばシュークリーム。関西の者は駅構内の売店にあるヒロタを思い浮かべるが、東京では「しろたえ」(港区赤坂)が人気だそうだ。ほかにも店ごとに工夫されているらしい。「白髭のシュークリーム工房」にはトトロの形をした可愛いシュークリームが売られている。

     シュークリームは明治のころからあったらしく、フランス語のシュ(chu)と英語のクリーム(cream)からなる和製外来語。シュとはキャベツのこと。寺田寅彦の随筆に鍋町の風月の2階の喫茶室に「ミルクのはいったおまんじゅう」という言葉が見える。(「銀座アルプス」昭和8年)寺田はハイカラでモダンな人だった。ミカエルマスMichaelmas

2018年9月27日 (木)

コーヒーが冷めないうちに

   「死ぬまでにあと何杯コーヒーが飲めるだろうか?」1日1杯だけなので、1万杯、いやいや5000杯くらいかな。老いて介護施設か病院に入れられて3000杯くらいかもしれない。

   ヨーロッパにコーヒーを紹介したのはマルコポーロと伝えられるが、本当の話ではない。コーヒーの原産地はアフリカのエチオピア、カッファー州というところである。つまりカッファーが訛ってアラビア語のカフヴェ(Kahve)やトルコ語のクァフワ(qahwa)になったのだろう。 語源はともかくコーヒーの味を初めて知ったのは人間ではなく、山羊だそうだ。山羊が木の実を食べ、それを見た人間が食べた。そして木の実を炒って粉末にしたのがアラビア人で、5~9世紀のころといわれる。少なくとも13世紀には、イスラム世界では今日のような焙煎した豆が用いられていたようだ。1554年にはトルコのコンスタンチノーブルに初めてコーヒー店が誕生した。その後、紆余曲折があって、モカコーヒーがヨーロッパに伝わったのが1616年のことである。同年シェークスピアが死んでいるので、つまりシェークスピアはコーヒーの味を知らなかったようである。17世紀・18世紀の人、バッハやナポレオンはコーヒーが大好きだった。

2018年6月 9日 (土)

コックが被っている帽子が高いのはなぜ?

113972ae64e   シェフの帽子はなんで高いの?フランスの有名な宮廷料理人アントナン・カレーム(1784-1833)が背の高い山高帽の客を見て、同じような白く背の高い帽子を調理場で被るようになったのが始まりとか。カレームは政治家タレーランの料理人で、あのウィーン会議で有名になった人物。ゼリーやさまざまなお菓子を考案した。フランスではトックブランシェ toque blanche(白いコック帽)、イタリアではカッペッロ・ダ・シェフ cappello da chef(シェフの帽子)という。コック帽の高さは役職ごとに差があり、総料理長が最も高い。このカレームが広めたという以外にもう一つ説がある。フランス料理人オーギュスト・エスコフィエ(1846-1935)が背が低かったため、コック帽を高くして背を高く見せたといわれる。NHK「チコちゃんに叱られる」第9回ではエスコフィエ説を採用している。(Antonin Careme)

2018年5月 9日 (水)

アイスクリームはもともと兵士の健康食だった?

0231   5月9日は「アイスクリームの日」。今日は寒いが、寒くてもアイスクリームを食べる人が多くなった。アイスクリームが嫌いという人はあまり聞いたことがない。アイスクリームのそもそものルーツは諸説あるが、古代ギリシア・ローマ時代にまでさかのぼる。冬の間に降った雪や、自然にできた氷を保存し、蜜などを加えたものを戦場で戦っている兵士に疲労回復の健康食として供したのが始まりといわれる。ほかに中国が起源とする説もある。13世紀の終わりころ、中国でアイスクリームを食べたマルコ・ポーロが帰国後、そのつくり方をイタリアに伝えたといわれる。楽聖ベートーヴェンもアイスクリームが好きだった。「今年の冬は暖かいので氷が少なく、アイスクリームが食べられるかどうか心配だ」と日記に書いている。日本で初めてアイスクリームが広まるのは明治になってから。米国で製法を学んだ出島松蔵が明治6年、明治天皇にレイシの果物と共に「あいすくりん」を献上したのが始まりである。

   歴史上の人物もそれぞれ好物がある。マリー・アントワネットがこよなく愛したのがアルザス地方に伝わる焼き菓子クグロフ。徳川家康は鯛のてんぷら。家定はスイーツ(芋、カステラ)。慶喜は豚肉。西郷隆盛は鰻。夏目漱石は甘党で羊羹と最中。高浜虚子はおでん。斎藤茂吉や淀川長治はウナギ。手塚治虫はチョコレート。マザー・テレサはチョコレートが好物だった。向田邦子は水羊羹。(Beethoven,kouglof) 

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