容貌魁偉は褒め言葉だった?
後漢書に、「性、人ヲ知ルニ明ラカニシテ、好ンデ士類ヲ訓奨ス。身長八尺、容貌魁偉ナリ」とある。よく人物を見抜き、教え励ました。身長が高く、顔がたくましかった、という。後漢の儒者・郭太についての記述で、容貌魁偉が褒め言葉である。
明治の文豪・森鴎外の一文に「その中へ、毎晩のように、容貌怪偉な大男が、浴衣にへこ帯で、ぬっと入ってくるのを見る」(「余興」)とあるが、わが国では「怪偉」と表記し、魁(おおきい)→怪(あやしい)となり、グロテスクな意味に変化している。
後漢書に、「性、人ヲ知ルニ明ラカニシテ、好ンデ士類ヲ訓奨ス。身長八尺、容貌魁偉ナリ」とある。よく人物を見抜き、教え励ました。身長が高く、顔がたくましかった、という。後漢の儒者・郭太についての記述で、容貌魁偉が褒め言葉である。
明治の文豪・森鴎外の一文に「その中へ、毎晩のように、容貌怪偉な大男が、浴衣にへこ帯で、ぬっと入ってくるのを見る」(「余興」)とあるが、わが国では「怪偉」と表記し、魁(おおきい)→怪(あやしい)となり、グロテスクな意味に変化している。
聖苦(せいく)という言葉は国語辞典にはないかもしれないが、通常は「聖人の苦労」という意味で使用される。また造語、流行語としては、「分娩時に定期的に反復する子宮の収縮をいう。陣痛。いきみ。昭和初期、女流作家によって使われたが、いまでは死語になっている」
本日の朝日新聞から二つの気になる漢語をテーマにする。「怨望」と「里山」。一つ目の「怨望」とはあまり現在ふだん使われないに思うが、由緒正しい漢語で広辞苑にもある。東京大学の苅部直の講演で福沢諭吉「学問のすすめ」をとりあげ、第13篇にある語である。福沢の頃はまだ暗殺が横行した時代で、差別社会に怒りをもって凶行に走る壮士といわれる人も多かった。そんな中にあって、寛容をもつことの大切さをのべたもので、小林秀雄や大江健三郎たちも福沢の「怨望の人間に害あるを論ず」を評価しているという。現代のいじめに通じるものがあるという。苅部は「怨望」をJ・S・ミルの著作から「envy」(嫉妬)を「怨望」と訳したとある。面白い指摘だ。ところで「学問のすすめ」を昔読んだきりで、最初の部分に感動したが、おそらく13篇までに行かなかった。改めて読んでみて、いまの自分の態度に反省すべき点あり、福沢先生に教えられた気がする。福沢は「門閥制度は親の仇なり」とあったので、ある意味で「怨望」の人かと思っていたら、富のある人を社会的に認めているところが、経済界にも福沢が受け入れられた点なのであろう。この13篇をどう評価するかが分岐点になるかもしれない。
「オージー・ビジット」という明治大学や朝日新聞が主催しているだけに、他の講演も素晴らしい。作家の平野啓一郎、鹿島茂。鹿島茂の古書に関する面白い話を読むと羨ましいかぎりである。怨望ではなくて羨望であろう。鹿島の講演にでてくる中世フランスの王シャルル5世(1337-1380)は、賢明王といわれ、百年戦争でイギリスを国内から退けた王である。趣味が蔵書収集で、写本を1500部所蔵。これが後にすごい貴重な財産となったという。
二つ目の言葉は「里山」。森林生態学の四手井綱英は1960年代に薪を採取するなど農山村の人々の生活を支える山を「里山」呼び、その意義と保全を提唱した。1991の「広辞苑第四版」では「里山」はなかった。もちろん最新版にはある。「里山」という言葉も近年、国土保全、環境保護から生まれた新語だったのだ。ケペルは「里の秋」という童謡になじんできたので、「里山」という言葉もかなり前から使われているという感じがしていた。
「剣豪」とは「剣術の達人」と広辞苑にてでいるように今日、当たり前に使われる。例えば、塚原ト伝、宮本武蔵、上泉信綱、柳生十兵衛などの伝記を書くとき、「剣豪列伝」などと使かうのに重宝な言葉だ。ところが「剣豪」という語は、そんなに古くからある語ではない。立川文庫には出てこない。つまり明治、大正にはなく、おそらく昭和になってから流行したらしい。おそらく「剣豪」という言葉を誰が考案したかということを知る人はあるまい。
一説によると流泉小史(りゅうせんしょうし)というあまり知られていない作家の独創であるという。本名は小原敏丸。岩手県の生まれ。流泉小史の著書に「剣豪秘話」「剣豪異聞」「新選組剣豪秘話」などがある。いまではなかなか手に入らない本だろう。作品は残らずとも、日本語を生み出し、それがあたりまえのように使われているとすれば、作家として大きな業績だと思う。
孟宗竹は中国南部の原産で、日本には1736年に薩摩藩主島津吉貴(1675-1747)によって鹿児島にその苗が移入され、またたくまに全国に広まった。孟宗竹がこのように普及したのはタケノコを採るためである。
孟宗とは中国の晋の時代の親孝行な青年の故事に由来する。孟宗の母が年老いて病気が重くなり、冬、タケノコが食べたがった。孟宗は竹林にいったが、そんな季節にあろうはずがなく、彼は思わず泣いた。すると、たちまち数本のタケノコが出てきた。孟宗は持ち帰って吸い物をつくり、母に供したところ、その病気はたちどころに治ってしまった。
涙滴ッテ朔風寒シ
瀟々タル竹数竽
須庾ニシテ春筍出ヅ
天意、報ユルコト平安ナリ
(郭居敬「二十四孝」)
郵便記号「〒」は明治18年から昭和24年まであった「逓信省」(テイシンショウ)の片かな「テ」を図案化したものといわれる。「逓」とは「つたえる」という意味。「次々と横に渡していく。リレーする」という意味がある。唐代駅伝の制度は都長安を中心に整備されたが、郵による官文書の逓送が行われた。「長安を出で逓に乗じて行く」と白居易の詩にもある。明の洪武帝は官物の輸送を担当した役所「逓運所」を設置している。日本では江戸時代、飛脚制度が整備され、江戸・大坂間は「定六」といわれて6日間が通例で急行が4日間であった。逓信省の語源は明らかでないが、郵便・電信・船舶管理・灯台業務を処理する機関であることから、駅逓+電信から逓信となったのか、本来から逓信という漢語が使用されていたのか定かではない。しかしながら、「逓」という字は戦前は小学生でも読めただろうが、現在では大人でも読めない人がいるだろう。
ラザロ・ルドヴィコ・ザメンホフ(1859-1917)によって1887年に考案された国際語「エスペラント」という名は「希望をもつ者」という意味である。ザメンホフは聖書や多くの文学作品をエスペラントに訳し、1905年には「エスペラント語の基礎」を出版して、その言語の構造の原理を示した。今年はザメンホフ生誕150周年にあたり、UEA(世界エスペラント協会・本部ロッテルダム)主催の大会が生誕地であるポーランド北東部の都市ビャウィストクで開催された。エスペラントの使用人口は確定されないが、母語話者200人から2000人、第二言語話者100万人から200万人と推定される。戦前は日本でもエスペラントを学習する人がいた。宮沢賢治の「イーハトーブ」(岩手をもじった理想郷を意味する造語)はエスペラント風の言葉であり、宮沢は世界の人に解ってもらえるようにエスペラント語を勉強しようとしていた。また安部公房の父・安部浅吉は満州で医業のかたわら「奉天エスペラント会」の中心人物として活動していた。しかし近年、エスペラント運動はあまりマスコミでも取り上げられることはない。欧米においてもエスペラント運動は停滞ないしは衰退しているそうだ。インターネットの普及でエスペラントの用途が増える可能性もあるのでエスペラントにこれからも注目していきたい。
五字漢語は近年、新聞や雑誌などで新しい語が増加し、日常的によく目にするようになってきた。五字漢語といっても、ほとんどが2語+3語の複合語である。たとえば、「運命」+「共同体」=運命共同体。
「地球温暖化」「裁判員制度」などのように、現代社会の重要なキーワードになっていることが特徴といえる。
ア 上浜式塩田
イ 一般消費税
糸割符仲間
伊勢湾台風
伊藤忠商事
陰陽五行説
ウ 運転免許証
運命共同体
エ 永世中立国
営団地下鉄
燕雲十六州
遠隔地貿易
オ 欧州共同体
奥州藤原氏
横断歩道橋
阿国歌舞伎
恩貸地制度
カ 回教文化圏
海峡植民地
海洋自由論
獲得的地位
火主水従国
加波山事件
刈取脱穀機
過燐酸石灰
冠位十二階
関税自主権
寒海性魚類
環境決定論
広東十三行
関東大震災
会計検査院
核実験停止
学校図書館
キ 紀事本末体
机上之空論
九品官人法
居留地貿易
教会大分裂
近代文学館
教育委員会
教育基本法
共産党宣言
巨石建造物
魏志倭人伝
魏晋南北朝
ケ 慶安御触書
経済九原則
原始遊牧民
原水爆禁止
結婚記念日
結婚相談所
源泉徴収票
コ 後期高齢者
合成扇状地
国民栄誉賞
五十歩百歩
豪亜地中海
江華島事件
皇朝十二銭
公務自由業
公式掲示板
甲子園球場
高所恐怖症
古今和歌集
顧客満足度
国際読書年
国土地理院
国民議会派
小麦輸出港
虎門寨条約
御成敗式目
御都合主義
サ 西鶴諸国噺
最大公約数
最低賃金法
在日朝鮮人
裁判員制度
珊瑚海海戦
三国志演義
三位一体説
産業廃棄物
雑訴決断所
三圃式農業
山陽新幹線
シ 七味唐辛子
児童相談所
主体性論争
衝撃的映像
職業安定所
植民地政策
小選挙区制
消費者団体
自転車操業
自由地下水
常用漢字表
叙任権闘争
宗教騎士団
終戦記念日
綜芸種智院
十七条憲法
常緑広葉樹
職工義友会
新産業都市
新聞紙条例
新四軍事件
人為的国境
人民解放軍
神皇正統記
ス 数理的国境
セ 生活困窮者
生活保護費
征夷大将軍
政教分離法
聖職任命権
聖像禁止令
責任内閣制
先土器文化
戦力外通告
青函連絡船
赤道低圧帯
ソ 壮年期地形
タ 第一次産業
大政翼賛会
大陸漂移説
太平洋憲章
対流性降雨
托鉢修道会
陀羅尼仏教
多民族国家
チ 治安維持法
地球温暖化
地球球体説
地方自治体
地中海世界
中央構造線
張鼓峰事件
超現実主義
テ 定期借地権
天然記念物
天皇機関説
ト 東方見聞録
独立採算制
富岡製紙場
都鄙共同圏
ナ 南氷洋捕鯨
ニ 二酸化炭素
日満議定書
日本国憲法
ハ 敗者復活戦
白髪三千丈
阪神大震災
班田収授法
半農半漁村
ヒ 非常勤講師
非居住地域
日付変更線
非武装地帯
フ 袋小路都市
不輸不入権
武家諸法度
文化大革命
分地制限令
ホ 封建領主制
北西季節風
貿易自由化
北海道開拓
ミ 身分制議会
民事訴訟法
民族資本家
ム 無条件降伏
リ 梁上之君子
領主裁判権
レ 歴史的惨敗
ロ 労働生産性
ヤ 八幡製鉄所
ヨ 揚子江気団
ロ 盧溝橋事件
六波羅探題
ワ 和漢混交文
(ただ今、作成中)
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