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2017年11月18日 (土)

なぜ日本人はドーナツが好きなのか?

  「楽観主義者はドーナツの輪を見る。悲観主義者は、穴を見る」19世紀イギリスの劇作家オスカー・ワイルドの言葉だが、すでにリングドーナツは19世紀中頃あたりから見られるようになった。日本人もドーナツがたいへん好きなスイーツである。都市の市街地の人口が減少し、郊外の人口が増加する人口移動現象を「ドーナツ化現象」という。この言葉は一般には日本国内に用いられる言葉であり、海外でこれに対応する言葉はなく、近い言葉にスプロール化現象がある。地理学上、よく用いられるものの地理学者の学説ではなく、戦後、都市中心部の地価が高騰し、環境も悪化して、まるでドーナツの真ん中に穴が空くように、人口が都心を離れて郊外へと移っていったところから自然に生まれたマスコミの造語らしい。いつ、だれが作った語か明らかではない。この「ドーナツ」を日本人に親しいお菓子としたのはペギー葉山が歌う「ドレミの歌」である。「♪ドはドーナツのド、レはレモンのレ」である。原詩は、「Doe、a dear(小鹿) Ray 、a drop of golden sun(黄金の太陽の落とし物)」である。日本訳詞ではほかに「ドはどこまでも、レはレンゲ草」(九重佑三子)もあった。やはりドーナツが正解であった。urban sprawl

2017年11月16日 (木)

意外な物の名前

  現代はモノにあふれていて、モノの数だけ名前がある。身近なものでふだんよく見るけど正式な名前は意外と知らないというモノは多い。名前を知りたい。

先ずはじめに、「ピジョンホール」 直訳すると、「鳩の穴」。でも鳩小屋ではない。イギリスで1940年代頃、細かい冊子などを分類整理するため、仕切りの多い棚をこう呼んだのが始まり。

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  口座番号など桁数を揃えるために数字の先頭に書いておく、ゼロのことを何という。

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 先行ゼロ。英語では、leading zeros。

ここからが、問題。

袋綴の和本や原稿用紙の中央、各丁の折り目の部分にある魚の尾の形をした飾りを何というか

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   製図用具の一種で、一様な太さの直線や円などを黒インキで描くときに使うもの

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耳かきの棒の先にある白いふわふわとした綿。

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土蔵などの外壁にみられるカマボコ形に盛り上げて塗った壁

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街路樹や生垣によく見られる。落ち葉が少なくて、刈り込みなどにも強い。

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金魚すくいに使う紙のアミ

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岩の割れ目に金属製のクサビを打ち込み、穴にザイルを通して、登攀の手がかりにする登山用具。

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理髪店にある赤白青、三色の看板。

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食パンの袋の留め具

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お葬式のとき張られる白黒の幕

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寺社建築などに見られる花形に造った特殊な窓で、禅宗寺院の窓によく見られる。桃山時代以後変形し、神社・城郭にもさかんに用いられた。

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肺の容積や、空気を出し入れする換気機能を調べる検査器

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版画の道具。

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無人で飛行することが可能な航空機

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駐車場などで見かける三角形の円錐。

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答え 魚尾(ぎょび)、烏口(からすぐち) 梵天(ぼんてん)  海鼠壁(なまこかべ) ウバメガシ ポイ ハーケン サインポール クロージャー 鯨幕 花頭窓(火燈窓) スパイロメーター 馬簾(ばれん) ドローン カラーコーン

参考:みうらじゅん「アレの名前大百科」宝島社 2010年

2017年11月 8日 (水)

石川さゆり、百年の孤独!?

   生番組で司会者がとんでもない言い間違えをすることがある。年末恒例の紅白歌合戦。二大失言は1984年の生方恵一アナの「ミソラ発言」と1986年の加山雄三「仮面ライダー事件」。少年隊の「仮面舞踏会」を誤って曲目紹介。昨夜の「うたコン」では谷原章介がトリの石川さゆりの新曲「百年の抱擁」を「百年の孤独」と誤って紹介した。イケメン谷原、ガルシア・マルケスの小説を知っているなんて読書家~、と思ったら、焼酎のブランド銘だそうだ。とても笑える失敗談。実は先週も谷原くん、荻野目洋子を「ひろこ」と誤って紹介している。うたコンの先輩小田切千アナは言い間違えではなく、度忘れタイプ。曲名や歌手名がでてこない。音羽しのぶさんの名前が出るの鈍いずいぶん時間がかかったことがある。

2017年10月28日 (土)

台風コロッケ

  大型台風22号が接近している。台風が来るとにコロッケがよく売れるらしい。なづけて「台風コロッケ」この奇妙な現象は、諸説あるが16年前の台風の際にネットの書き込まれたのが起源といわれる。「念のためコロッケ16個買ってきました」

   なぜコロッケなのかは不明。「風が吹けば桶屋が儲かる」という諺がある。風が激しく吹けば、砂ぼこりがたち、眼を病む人が多くなる。そのために失明した人は身過ぎた三味線を習うことが多いので、三味線に使う猫の皮がたくさん入り用になる。そこで猫が殺される。猫が減ると鼠が増え、桶をかじるから桶を作る桶屋が繁盛するという連鎖作用が生じると。もちろん、個々の事柄同士の蓋然性は低く、現実に起こる確率はきわめて低いはず。さりながら、こじつけも面白さのうちといえよう。なお、江戸時代には、「風が吹いたによって箱屋が儲かる」「大風が吹けば箱屋が儲かる」という表現もあった。

広辞苑に収録されない見出し項目

Photo_2   広辞苑は1955年刊行以来、わが国の代表的な国語辞典としての地位を確立している。来年1月には待望の第7版が刊行される。その大きな特長として、国語辞典としての日本語の語彙だけではなく、人名・地名などの固有名詞や百科的事項もあり、しかも古語、新語、外来語も豊富である。このような本は諸外国をさがしても珍しい。収録対象が際限ないからである。最新の第6版では植木等や杉原千畝なども追加されている。金子みすず、広岡浅子などは最近知られるようになった人名は仕方ないとして、源氏鶏太、山手樹一郎、高木彬光といった著名作家が収録されていない。これら人名に関しては際限ないことであろう。ただし、気になる点もある。恐竜などの地球上から絶滅した動物も始祖鳥、ティラノサウルス、トリケラトプスは収録されている。スピノサウルス、リオプレウロドン(画像)はない。収録の基準がわからない。単なる知名度であろうか。すべての分野の事項を取り扱うだけに、収録の基準に明確さがないのが惜しい。

   際限のない膨大な数のことを「星の数ほど」と表現する。シリウス、カノープス、アルデバランなど一等星は採録されている。太陽系に属する銀河系は、2000億個の星があるといわれている。また地球上には、1000万種とも1億種ともいわれる生物が生きている。昆虫は種類が非常に多く、約75万種ある。脊椎動物には、魚類が約1万9000種、鳥類が約9000種、爬虫類が約6000種、両生類が約400種、哺乳類が約5400種いるといわれている。比較的少ないと思われる鉱物でも数千種ある。これらの名前をすべて集めるというのは際限ない話である。

Tumblr_n7rhz9kaaw1tvmqcgo1_500_2   本のタイトル。世界中に存在する全ての本の数は1億2986万4880冊とグーグルは推定している。広辞苑にも「金色夜叉」「雪国」「暗夜行路」「夜明け前」「細雪」と代表的な書名のタイトルが項目として扱われている。つのだじろう作「すみれ雲のうた」は雑誌「りぼん」の付録(1964年)でもちろん広辞苑に収録されていないが、本のタイトルも際限ない事の1つである。

   専門用語も際限ない事の1つ。たとえば「アミタール面接」という項目は広辞苑には見当たらない。アミタール面接とは、麻酔薬や睡眠薬(アミタールなど)を用いて半覚醒の状態をつくり、不安や緊張をやわらげることによっておこなう面接法。

 地名も際限ない事の1つ。市町村名すべては項目に取り扱われていると思っていたが、和歌山県すさみ町を引いてもなかった。市はあるが町村はとりあげられていないらしい。東京都檜原村も収録されていない。日本のおもな山や川を引いても載っていないことが多い。近くの甲山や武庫川もなかった。日本有数の清流として、鮎釣りで知られる高津川(島根県)もない。一級河川だけでも1万4048あるのだから仕方ない。おもな駅名もない。新大阪はない。際限のない事の1つである。

 歌のタイトルも際限ない事の1つである。広辞苑には「荒城の月」はあるが、「ふるさと」(高野辰之作詞、岡野貞一作曲)は収録されていない。第一興商DBMによるとカラオケで10万曲くらいの歌曲があります。でも歌のない器楽のための楽曲や世界の民謡やクラシックなど、インストゥルメンタルで多くの人が耳にする曲も多くあります。ほんとうに世界中で楽曲は何曲あるのかわかりません。ちなみに最新のヒット曲はGLAY「あなといきてゆく」。

2017年10月 8日 (日)

「ナ」事項索引インデックス

Nanakamado1    「ナナカマド」バラ科の落葉高木。赤く染まる紅葉や果実が美しいので、北海道や東北地方では街路樹としてよく植えられる。燃えにくい木で、7日間、竈に入れることで極上の炭を得ることができるため、名づけられたと考えられる。▽「南北問題」北半球に位置する先進諸国と南半球に位置する後進諸国との経済格差に集約される国際経済の構造的諸問題をいう。1959年にイギリスのロイド銀行頭取オリヴァー・フランクスによって初めて用いられたことば。▽「ナミブ砂漠」アフリカ・ナミビア共和国にある砂漠。▽「ナラタージュ」映画などで、ある人物の語りや回想によって過去を再現する手法。▽「ナングスー・チェーク」タイの葬儀頒布本。(なななな)

ナイアガラ
ナイアガラ運動
奈井江(北海道)
内科
内閣
内閣大学士(明代)
ナイジェリア
ナイティンゲール
内藤湖南
内陸アジア
ナイル川
ナイルのたまもの
ナイロビ
ナヴァロンの要塞
ナウマンゾウ
ナウル
中井竹山
直江兼続
直木三十五
中江兆民
長岡京
中岡慎太郎
長崎県
長崎高資
中里恒子
長篠の戦い
中先代の乱
永田町
中臣鎌足
中大兄皇子
中浜万次郎
中原中也
中村正直
ナーガールジュナ(竜樹)
長屋王
今帰仁(なきじん)
ナギブ
嘆きの壁
勿来関
名古屋
ナゴルノ・カラパフ共和国
ナザレ(イスラエル)
ナジ・イムレ
ナショナリズム
ナスカ(ペルー)
那須火山帯
ナスル朝
ナセル
ナチス
夏目漱石
ナーナタ
ナトコ映写機
ナトゥフィアン文化
ナポリ王国
ナポレオン1世
ナポレオンフィッシュ
生麦事件
ナミビア共和国
ナミブ砂漠
ナメクジ
納屋助左衛門
奈良
ナラタージュ
ナーランダー僧院
鳴滝塾
ナルコレプシー
ナロードニキ
南ア戦争
南極
南海寄帰内法伝
南海トラフ地震
南曲
南京
ナングスー・チェーク
軟性憲法
南船北馬
ナンダ朝
ナンダコット
ナン・タルン(タイの影絵劇)
南都七大寺
ナントの勅令
南蛮貿易
南北問題
南明

2017年10月 7日 (土)

こんどデイトしない?

Photo_5    NHKドラマ「悦ちゃん」柳碌太郎は妻に先立たれ、10歳になる娘と二人暮らし。ところが、さえない碌太郎の前に次々と美女が現れ再婚を考え始める。実は、それは裏で仕組んだ悦子の策略だったとは・・・。初回に悦ちゃんのセリフに「デートはどうだった」とある。昭和10年頃、日本語に「デート」はあったのだろうか?「デート」とは異性と日時や場所を定めて交際することをさすが、この「デート」とは、もとの意味は「日付」である。これが「逢引」の意味に使われるようになったのは、日本も欧米も戦後になってからのことらしい。昭和30年代には一般的に「デイト」が若者言葉として使われるが、いつ、どのような切っ掛けで流行語となったかはわからない。弘田美枝子「渚のデイト」「夢のデイト」「夜のデイト」「青空のデイト」の頃にはもう当たり前の日本語のように使われていた。

Photo_8     田辺靖雄・梓みちよ「いつもの小道で」(1963)の歌詞「二人のデイト」とある。飯田久彦「コーヒーデイト」(1962)は原曲エディー・ホッジス「マグメイト」なので、デイトを題名に入れると流行ると狙ったのだろう。日吉ミミ「おじさまとデート」(1969)、山本リンダ「♪こまっちゃうナ、デイトにさそわれて」(1966)など多数の流行歌でデートは使って恥ずかしくない日本語として「逢びき」を凌駕した。「ポニーテイル」や「ステディ・ガール」などの外来語も同じ50年代洋楽とともに日本語に中に定着していく。外来語が日本語にはいるとき需要とともにかっこよさも一つの要素である。いまや高齢化の日本、オムツをしている大人は乳幼児より多いといわれる。しかしオムツを英語でいう人はいない。Panpersパンパースは商品名。オムツはダイパーdiaperという。

Photo_6     昭和30年3月20日の内外旬報の特集記事「アメリカで流行の異性の友達とは何?」では、見出しに「新しい米語デイトとはなにか」とある。つまり昭和30年頃の日本人は「デイト」という言葉が何か知らなかったようである。記事では「デイトのさようならはキッスがあたり前」と紹介したり、「ステディ(steady)」や「ダブルデイト」という言葉も解説している。斉藤光「性的ことば」によると、「デートは、占領米軍とともに、日本語文化圏に入り込み、はじめ、米兵と日本人女性がデートしていたが、やがてデート という言葉が浸透していき、1960年代には一般化した」とある。1959年の映画「恐るべき火遊び」(東宝)で女性が「こんどデイトしない?」というセリフがある。(ことばの疑問)

2017年9月23日 (土)

外来語=英語とは限らない

 普段、私たちが何気なく使っているカタカナ言葉の中には、語源が英語というケースは圧倒的に多い。パイナップルは世界の多くの国が「アナナス」という。日本では英語パイナップルが定着している。しかし外来語=英語とは必ずしも限らない。しかし例外もたくさんある。ハローキティなどのグッズ用品で知られる「サンリオ」。その社名はスペイン語で「聖なる河」の意味。スイスの時計メーカー「オメガ」はギリシャ語。生理用ナプキン「ロリエ」。フランス語で「月桂樹」。変わったところではスポーツ用品メーカー「アシックス」。「健全な精神は健全な身体にこそ宿るべし」というラテン語からきている。「コロッケ」「グラタン」「マヨネーズ」「クレヨン」「ルージュ」 「ピーマン」などはみなフランス語が起源である。「イクラ」や「ノルマ」はロシア語。「ノルマ」は第二次世界大戦後にソ連の捕虜となり、強制労働をさせられていた日本人が帰国後に広めた言葉。「カスタネット」はスペイン語で「栗」の意味。「ランドセル」はオランダ語「ランセル」が転訛したことば。「パン」「てんぷら」「タバコ」はポルトガル語。「ベランダ」はヒンディー語。独身の男性を意味する「チョンガー」は朝鮮語。「キセル」「カボチャ」はカンボジア語。あ~ぁ、ややこし、ややこし。

2017年9月 3日 (日)

世界の格言・名言

  秋の気配が感ぜられるようになった。「悲観主義者とは、ドーナツの穴に目を向ける人のことだ」とはアメリカの作家マックランドバーグ・ウィルソンの名言。でもMcLandburg Wilsonのことがよくわからない。

   数ある名言、格言の中には最初に誰が言ったのかは、わからないものも多い。「愛されたいなら、愛しなさい」は古代ローマの哲学者セネカの言葉として知られている。ラテン語では「Si vis amari,ama.」

   ところがベンジャミン・フランクリンとする本もある。調べて見るとフランクリンの言葉は「もし愛されたいと願うならば、愛して、愛らしくしなさい」 If you would be loved,iove and be lovable.である。

   女優の池脇千鶴はお気に入りの名言をいくつも書いてトイレとか部屋の壁に張っているそうである。「勝って驕るな負けて腐るな」「人の痛みを解かる人間になれ」「人に優しく」「自分自身を愛する」いずれも由来がハッキリしない名言ばかりだ。「負けて腐るな、勝って驕るな」は松下幸之助という説もあるが、千鶴ちゃんはあるテレビ番組の中で長嶋茂雄だと言っていた。むかしの戦争アニメーション「決断」(1971)の主題歌は「♪泣くも笑うも決断ひとつ 勝っておごるな敗れて泣くな」だった。

    「人間は40歳を越すと、だれでも自分の顔に責任をもたねばならぬ」は米大統領リンカーンの言葉とされているが、出典がわからず本当かどうか疑わしい。「千里の行は足下に始まる」は「老子」が出典で由緒正しい格言。「人生に必要なものは、愛と勇気と少しのお金」(チャーリー・チャップリン)。「くちびるに歌を持て。勇気を失うな。心に太陽を持て」(ツェーザル・フライシュレン)。

2017年8月28日 (月)

なぜ「園芸」を「ガーデニング」というのか?

Tky201309030664   近年、テレビ、新聞、雑誌などのメディアで「カタカナ語」が氾濫している。コンセンサス、アジェンダ、コンセプト、リスペクト、モジュール、ワークショップ、リーク、マイノリティー、カンファレンス、レジェンド、ガバナンス、コラボレーション、クライアントなどなど。その使用は増える一方のようで、インターネットの普及によりさらに加速したといわれている。国立国語研究所の意識調査によると、3087人の調査対象者の内、81.2%が外来語を使う機会が多いと感じ、17.2%が感じないと答えた。さらに、今以上に外来語が増えることについて意識を聞いたところ37.1%が好ましい、55.3%が好ましくないと答えた。先ごろ、公共放送であるNHKの外来語多用が視聴者から指摘されたが、ことばの問題はマスコミ内だけでなく社会全体の問題でもある。銀行・金融などの説明書もカタカナが氾濫している。ホールディングス(持ち株会社)、マネーロンダリング(資金洗浄)、デリバティブ(派生商品)など。官公庁などの公文書作成にあたっては「なじみの薄い外来語をむやみに使わない」「仮名の多用は慎むよう心掛けるものとする」とある。国語研究所の言い換え事例としては、グローバリゼーション→地球規模化、インフラストラクチュア→社会資本、などである。

  一方で言い換え反対論者の山口仲美は「現在の日本はアメリカ文化が浸透しているのだから、片仮名の外来語のままにしておいて意味の定着を育つべきである」とする意見もある。洋画のタイトルなども原題をそそのままというケースが目立っている。嚆矢は「イントレランス」(1916)であろうか。intolranceとは「耐えられないこと」「狭量」「不寛容」の意味。つまり人類の不寛容の歴史をテーマとするものであった。カタカナ語そのままか、言い換えかの問題は100年の歴史がある。1934年8月29日、松田源治文相が「パパ・ママの呼び名は孝道にもとる」と発言して論争になったことがある。

   「ガーデニング」という今日では一般化された外来語がある。いつ頃から日本で使用されるようになったか調べたが、正確にはわからなかった。おそらく1970年代は誰も使うことはなかったが、1980年代以降、90年代になると頻繁に使われ出した。わが国では、長い間、「園芸」には「ホーティカルチャーhorticulture」という英語を対応させてきた。しかし1990年代になって園芸を「ガーデニング」と呼ぶようになっている。欧米では、ホーティカルチャーという言葉はいわば学術用語で、家庭園芸の世界では、ガーデニングを使うのが一般的であることが知られるようになった。日本の伝統的な園芸では盆栽や菊などの鉢植えを狭い庭に並べておくという古臭いイメージだが、バラなどの草花が庭園に咲くイメージでガーデニングが好まれるのであろう。だが結局は園芸とガーデニングは同じことである。「園芸」と呼ぶのか、「ガーデニング」と呼ぶのか、悩ましい問題である。

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