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2017年4月 2日 (日)

孔子及び論語関係文献目録

Photo_2  1690年2月7日、孔子を祭る湯島聖堂が完成した。孔子の学問を儒学として薦めたのは江戸時代になってからだが、すでに江戸初期にもその気運はあった。加藤清正は戦国の武将の例にもれず、本などあまり読まなかったが、教養派の前田利家の影響から読書するようになった。清正が、江戸と熊本を往来する船の中で、「論語」を読みながら朱点ほほどこしているのを見ていた飼い猿が、清正が厠へ行った間に主人の真似をして「論語」の上に縦横に朱の線を走らせてしまった。戻ってきた清正はこれを見てニッコリ笑い、「おぉ、そちも聖人の教えを知りたいか」と言って、猿の頭を撫でたという。この逸話によって、清正が平生「論語」に親しんでいたことがよくわかる。清正ならずとも心ある部将はみな論語を愛読した。大内義隆、徳川家康など。明治以後は渋沢栄一、下村湖人、武者小路実篤など。第一生命の創始者・矢野恒太にも『ポケット論語』の著書がある。講談社をつくった野間清治にも、事業運営の柱に「論語」を据えたことは、あまねく知られている。最近では野球の野村克也が『野村の実践論語』の著書を刊行している。明治以降、「孔子及び論語」に関する文献は何点くらい出版されたのであろう。国立国会図書館で検索すると14028件がヒットする。

  論語関係文献
図書の部
論語微 10巻 荻生徂徠
論語古義 10巻 伊藤仁斎撰 1712
論語 全4巻 朱熹 学習館 1870
論語集説 全6巻 安井息軒 1872
孔子 世界歴史譚第2篇 吉国藤吉 博文館 1899
論語新証 于省吾 1900
和論語 本社出版部 仏教図書出版 1900
孔門之徳育 亘理章三郎 開発社 1901
論語纂註 米良東嶠(倉子痩) 村上書店 1901
論語訓釈 斎藤清之丞 金華堂 1903
論語補註 山本章夫 山本読書室 1903
論語講義 上下 花輪時之輔講述 深井鑑一郎編 誠之堂 1903
孔門之徳育  1巻 亘理章三郎 開発社 1901
論語補註 2冊 和本 山本章夫註 京都・山本読書室 1903
孔夫子伝 蜷川龍夫 文明堂 1904
孔子研究 蟹江義丸 金港堂 1905
論語講義 根本通明 早稲田大学出版部 1906
孔子 西脇玉峰 内外出版協会 1909
論語経典余師 渓世尊講 宮崎璋蔵校訂 日吉丸書房 1909
論語講義 近藤元粋 篠田栗夫共著 大日本商業学会 1909
論語古義 佐藤正範 六盟館 1909
論語集説 漢文大系1 安井息軒 服部宇之吉校 冨山房 1909
論語講話 大江文城 東洋大学出版部 1909
孔子伝 遠藤隆吉 丙午出版社 1910
孔子 白川次郎 東亜堂 1910
孔子之聖訓 二條基弘 東久世通禧 名著学会出版部 1910
荻生徂徠論語辨 祥雲碓悟校 1910
論語弁 荻生徂徠 祥雲碓悟校 天書閣 1910
論語講義 一戸隆太郎 大成社 1910
論語国字解 一名経伝余師 渓世尊講 深井鑑一郎校 宝文館 1910
論語詳解 川岸華岳 郁文舎 1910
論語示蒙句解 漢籍国字解全書1 中村惕斎 早稲田大学出版部 1912
論語書目 中村久四郎編 孔子祭典会 1913
論語源流 林泰輔 自筆稿本 1915
孔子及び孔子教 服部宇之吉 明治出版社 1917
論語講義 漢文註釈全書1 三島毅(中洲) 明治出版社 1917
論語鈔 成簣堂叢書10  上村観光解題 1917
論語講義 細川潤次郎 南摩鋼紀共著 吉川弘文館 1919
孔子と其思想及教義 鈴木周作 弘道館 1922
渋沢子爵活論語 安達大寿計編 宣伝社 1922
現代に活かした論語講座 西川光二郎 丙午出版社 1924
孔子聖教之攻究 景仰子、柿本寸鉄 人文社 1924
孔子聖蹟志 馬場春吉 大東文化協会 1924
孔子研究 改版 蟹江義丸 京文社 1927
国訳論語 斯文会編 龍門社 1928
孔子鑑賞 大月隆仗 敬文館 1929
論語明解 江口天峰 至玄社 1929
孔子 小学児童学習の友 高橋喜藤治 郁文書院 1930
論語講本(集註) 島田欽一校訂 有精堂 1930
論語鈔 村上龍英 広文堂 1930
論語詳解 沢田総清 健文社 1930
孔子全集 全2冊 藤原正纂訳 岩波書店 1931
論語善本書影 大阪府立図書館編 京都・貴重書影本刊行会 1931
論語詳解 簡野道明 健文社 1931
論語證解 上中下 漢籍国字解全書28,29,30 早稲田大学出版部 1933
論語私感 武者小路実篤 岩波書店 1933
孔子 室伏高信 日本評論社 1934
孔子解説 学庸篇 北村佳逸 立命館出版部 1934
論語講義 岡田正三 第一書房 1934
論語心解 西川光二郎 自動道話社 1934
論語の解釈 村田慎三 白帝社 1934
論語詳解 前島成 大修館 1934
論語全解 島田鈞一 有精堂 1934
孔子及孔子教 住谷天来 新生堂 1935
孔子教の戦争理論 北村佳逸 南郊社 1935
論語評釈 大江文城 関書院 1935
論語講義 安井小太郎 大東文化協会 1935
論語古伝 10巻 仁井田好古撰 南紀徳川史刊行会 1935
論語大学中庸 漢籍を語る叢書2 田中貢太郎 大東出版会 1935
論語新解 国語漢文研究会編 明治書院 1935
孔子 社会科学の建設者・人と学説叢書 田崎仁義 三省堂 1936
孔子の生涯 諸橋轍次 章華社 1936
仁の研究 山口察常 岩波書店 1936
精講 論語百講 松田金重編 三省堂 1936
論語講座 全6巻 高田真治・諸橋轍次・山口察常編 春陽堂 1936-37
孔子伝 岡村利平 春陽堂 1937
孔子伝 (附)弟子列伝・集語 岩波文庫 藤原正訳注 岩波書店 1937
孔子とをしえ 加藤虎之亮 国民精神文化研究所 1937
孔子の思想・伝記及年譜 論語講座研究篇 春陽堂 1937
孔子の人格と教訓 塩谷温 開隆堂書房 1937
論語・孔子 室伏高信全集8 青年書房 1937
孔子 大教育家文庫1 和辻哲郎 岩波書店 1938
全釈論語 幸田露伴 双葉書房 1938
大学論語解義 四書研究 岩部撓・深谷賢太郎 啓文社 1938
論語精解 重野篤二郎 白帝社 1938
論語講義 渋沢栄一 二松学舎大学出版部 1939
論語私見 上下 山本憲永弼 松村末吉家 1939
新講論語読本 西川光二郎 春陽堂書店 1939
論語読本(興亜国民) 上下 論語 東洋思想文庫 東洋思想文庫刊行会 第一出版協会 1939
論語之研究 武内義雄 岩波書店 1939
論語と教養 谷口廻瀾 谷口廻瀾先生還暦記念刊行会 1940
孔子 武者小路実篤 講談社 1941
孔子と其の生涯 田中貢太郎 東海出版社 1941
孔子廟参拝記 菟田茂丸 平凡社 1941
算標論語集註 瀧川亀太郎 金港堂書籍 1941(1913)
論語と支那の実生活 後藤朝太郎 高陽書院 1941
論語詳解 最新研究 徳本正俊 芳文堂 1941
孔子・人とその哲学 室伏高信 潮文閣 1942
孔子の新研究 大月隆仗 新民書房 1942
孔子 和辻哲郎 植村書店 1948
論語総説 藤塚鄰 弘文堂 1949
論語十二回講話 西川光二郎 1942
論語と孔子の思想 津田左右吉 岩波書店 1946
論語抄 幸田露伴 中央公論社 1947
孔子とその弟子 下村湖人 西荻書店 1950
論語集註 簡野道明 明治書院 1950
孔子 岩波新書 貝塚茂樹 岩波書店 1951
孔子 室伏高信 潮文閣 1951
孔子廟堂碑 展大法帳1 虞世南 春潮社 1951
論語物語 角川文庫 下村湖人 角川書店 1951
論語私感 三笠文庫 武者小路実篤 1951
論語私感 新潮文庫 武者小路実篤 1951
孔子 偉人物語文庫 小田嶽夫 偕成社 1952
孔子と老子 諸橋轍次 不昧堂書店 1952
論語に学ぶ 赤木三良 池田書店 1952
論語新解 簡野道明 明治書院 1952
全訳論語精解 重野篤二郎 桜井書店 1953
論語新釈 宇野哲人 弘道館 1953
論語全解 島田鈞一 有精堂 1953
孔子 角川文庫 和辻哲郎 角川書店 1955
孔子 武者小路実篤全集11  新潮社 1955
孔子 三一新書 尾崎辰之助 三一書店 1957
論語百選 現代人のために 三省堂百科シリーズ 新垣淑明 三省堂 1957
論語の言葉 現代に生きる言葉? 堀秀彦 実業之日本社 1957
論語と現状 岩越元一郎 明徳出版社 1957
論語新釈 学生社新書 魚返善雄訳 学生社 1957
論語集注 上下 影璜川呉氏仿宋刊本 書物文物流通会 1959
孔子 その人とその伝説 H・G・クリール著 田島道治訳 岩波書店 1961
顔淵・孔子 中勘助全集10 角川書店 1962
孔子 和辻哲郎全集6 和辻哲郎 岩波書店 1962
輯佚論語鄭氏注 月洞譲 編者油印 1963
仁の古義の研究 竹内照夫 明治書院 1964
論語集註(標註) 渡辺末吉 武蔵野書院 1964
論語のことば 中国の知恵1 吉田賢抗 黎明書房 1965
論語知言 東条一堂 原田種成校訂 書籍文物流通会 1965
論語と人間孔子 山田統 明治書院 1965
孔子・孟子 世界の名著3 貝塚茂樹編 中央公論社 1966
仁の研究 下斗米晟 大東文化大学東洋文化研究所 1966
孔子と老子 ヤスパース選集22  田中元訳 理想社 1967
孔子名言集 世界名言集6 伊藤貴麿 ポプラ社 1967
孔子孟子老子荘子 世界の大思想Ⅱ‐1  本田済、松代尚江、木村英一ほか訳 河出書房 1968
論語私感想 現代教養文庫 武者小路実篤 1968
孔子 センチュリーブックス人と思想2 内野熊一郎、西村文夫、鈴木壮一 清水書院 1969
孔子伝 如是我聞 諸橋轍次 大法輪閣 1969
孔子家語 中国古典新書 清田清 明徳出版社 1971
孔子と論語 東洋学叢書 木村英一 創文社 1971
論語源流 林泰輔 汲古書院 1971
論語古義 日本の名著13  伊藤仁斎著 貝塚茂樹訳 中央公論社 1972
論語抄 足利本 中田祝夫編 勉誠社 1972
論語之研究 武内義雄 岩波書店 1972
聖人の虚像と実像 論語 現代人のための中国思想叢書1 駒田信二 新人物往来社 1973
論語講義と長寿法 村田直彌 明治書院 1973
論語の講義 諸橋轍次 大修館書店 1973
孔子批判 中国通信社東方書店編 東方書店 1974
論語三十講 斯文会編 大修館書店 1974
論語入門 ダルマ・ブックス 阿部幸夫 日本文芸社 1974
論語の新研究 宮崎市定 岩波書店 1974
孔子伝 銭穆 池田篤紀訳 アジア問題研究会 1975
論語発掘 通釈への疑問と解明 合山究 明治書院 1975
論語講義 渋沢栄一 二松学舎大学出版部 1975
論語私見 民主主義時代の論語 小沢俊雄 岡谷 中央印刷 1975
論語大東急記念文庫講座講演録 石井千秋等講述 大東急記念文庫 1975
論語について 講談社学術文庫 吉川幸次郎 講談社 1976
修訂・論語年譜 林泰輔編 麓保孝修訂 国書刊行会 1976
論語講義 全7巻 講談社学術文庫 渋沢栄一 講談社 1977
論語精義 上・下 和刻本近世漢籍叢刊思想三編 1・2 朱熹撰 佐藤仁著 中文出版社 1977
論語新釈 新装版 魚返善雄訳 学生社 1978
孔子 人類の知的遺産4 金谷治 講談社 1980
論語新釈 講談社学術文庫451 宇野哲人訳 講談社 1980
朝の論語 安岡正篤述 明徳出版社 1981
論語墨書 名筆による名言鑑賞 広論社出版局編 広論社 1981
論語私感 内田智雄 創文社 1981
論語新探 論語とその時代 趙紀彬著 高橋均訳 大修館書店 1981
よみがえる論語 色部義明 徳間書店 1981
論語八方破れ TOKUMA BOOKS 竹村健一 徳間書店 1982
孔子新伝 「論語」の新しい読み方 林復生 新潮社 1983
孔子のことば 現代語訳の「論語」 林復生 グラフ社 1983
論語に学ぶ部課長学 仁田敏男 日本経営団体連盟弘報部 1983
孔子 時を越えて新しく 中国の人と思想1 加地伸行 集英社 1984
論語のこころ 加藤富一 近代文芸社 1984
論語と孔子 人間関係論のエッセンス「論語」の新しい読み方 鈴木修次 PHP研究所 1984
孔子 伝記世界の偉人2 中央コミックス 永井道雄・手塚治虫監修 中央公論社 1985
孔子廟堂碑・他 書道基本名品集2 虞世南 雄山閣出版 1985
「論語」その裏おもて 旺文社文庫 駒田信二 旺文社 1985
論語と算盤 渋沢栄一述 梶山彬編 国書刊行会 1985
「論語」&老子入門 徳間文庫 野末陳平 徳間書店 1985
論語の世界 加地伸行編 新人物往来社 1985
孔子と失われた十支族 鹿島辨 新国民社 1986
孔子の復活 孔子をめぐる虚構と真実 李家正文 冨山房 1986
孔子の末裔 孔徳懋口述、柯蘭筆記 和田武司訳 筑摩書房 1986
論語との対話 金子知太郎 竹井出版 1987
論語の活学 安岡正篤 プレジデント社 1987
論語抄の国語学的研究・索引篇 坂詰力治編 武蔵野書院 1987
孔子の経営学 孔健 PHP研究所 1988
論語総説 藤塚鄰  国書刊行会 1988
論語と禅 半頭大雅 山田邦男 春秋社 1988
孔子 井上靖 新潮社 1989
孔子 日本人にとって「論語」とは何か 歴史と人間学シリーズ 山本七平、渡辺昇一、谷沢永一、小室直樹 プレジデント社 1989
論語は問いかける 孔子との対話 ハーバート・.フィンガレット著 山本和人訳 平凡社 1989
「論語」その裏おもて 徳間文庫 駒田信二 徳間書店 1989
論語の講義 新装版 諸橋轍次 大修館書店 1989
孔子 講談社学術文庫 金谷治 講談社 1990
孔子と教育 俵木浩太郎 みすず書房 1990
わが祖・孔子と「論語」のこころ 孔健 日本文芸社 1990
孔子 集英社文庫 加地伸行 集英社 1991
孔子画伝 加地伸行 集英社 1991
孔子伝 中公文庫 白川静 中央公論社 1991
孔子・孟子に関する文献目録 瀬尾邦男編 白帝社 1992
真説人間孔子 孔祥林 河出書房新社 1994
論語 石川忠久監修 サン・エデュケーショナル 2000
論語 吉田公平 たちばな出版  2000
論語紀行 坂田新 日本放送出版協会 2000
宋明の論語 松川健二 汲古書院 2000
男の論語2 童門冬二 PHP研究所 2000
論語234 吹野安、石本道明 明徳出版社  2000
人生は論語に窮まる 谷沢永一、渡辺昇一 PHP研究所 2000
孔子「論語」に関する文献目録 単行本篇 瀬尾邦雄 明治書院 2000
江戸古学派における「論語」注釈史の研究 金培懿 博士論文 2000
論語 現代五訳 宮崎市定 岩波書店 2000
論語の新しい読み方 宮崎市定 岩波書店 2000
孔子百科辞典 上海辞書出版社 2010
さまよえる孔子、よみがえる論語 朝日選書 竹内実 朝日新聞出版 2011
孔子学院伝播研究 劉程、安然 中国社会科学出版社 2012
孔子の倫理哲学論 道徳論を中心として 浅井茂紀 International Philosoply Institute
孔子論語 佐久協 NHK出版 2012
孔子 世界史リブレット人 高木智見 山川出版社 2013
論語集注 1~4 東洋文庫 朱熹 土田健次郎訳注 平凡社 2013
全訳論語 山田史生 東京堂出版 2014
近代における「論語」の訓読に関する研究 石川洋子 新典社 2015
孔子と魯迅 片山智行 筑摩書房 2015
日本古代「論語義疏」受容史の研究 髙田宗平 塙書房 2015
論語与近代日本 劉萍 中国青年出版社 2015

論文の部
泰西人の孔子を評するを評す 井上哲次郎 東学芸4  1882
孔子ノ教ハ支那国ニ如何ナル影響ヲ与ヘンヤ 赤座好義 東学芸3-46  1885
孔子の学術を汎論す 柳沢保恵 輔仁会雑23,24,28  1893~94
孔子之道と徂徠学 加藤弘之 東哲1-6  1894
孔子以後の学派 藤田豊八 東哲1-8,11,12   1894,95
孔孟の道 内藤耻叟  東哲1-3  1894
孔夫子追遠記念祭典の意義 塩谷温 斯文4-6  1922
孔夫子伝 服部宇之吉 斯文7-2  1922
孔夫子の偉大なる点に就いて 手塚良道 斯文4-5  1922
孔夫子略伝 服部宇之吉 斯文4-5  1922
周公孔子之道 今井彦三郎 朝鮮教育6-12  朝鮮教育会 1922
文廟の従祀及び清代尊孔御書匾額について 中山久四郎 斯文4-5  1922
予の孔子観 桑原隲蔵 斯文4-5   1922
余の観たる孔夫子 渋沢栄一 斯文4-5  1922
孔夫子の政治観 島田三郎 斯文5-4  1923
孔子とソクラテス 吉田熊次 斯文5-5  1923
大聖孔子 牧野謙次郎 斯文5-5  1923
孔夫子及び其の家系に就きての二三の考察 那波利貞 歴史と地理18-1  1926
孔夫子と我が国体 塩谷温 斯文8-5  1926
孔子の知天命 服部宇之吉 斯文9-9  1927
孔夫子と集大成 児島献吉郎 斯文9-5  1927
孔夫子の道 小野錬太郎 斯文9-12  1927
支那史上の偉人 孔子と孔明 桑原隲蔵 東洋史説苑 1927
孔子の敬天思想 青木晦蔵 東洋文化54  1928
孔子祭典に就て 阪谷芳男 斯文10-1  1928
孔子の徳業 小柳司気太 斯文10-2  1928
孔夫子と現代支那 塩谷温 斯文10-6  1928
孔夫子の政教 赤池濃  斯文10-11  1928
孔孟紀年 新城新蔵 高瀬還暦記念支那学論叢 1928
孔子の聖徳に就いて 今村完道 斯文11-11  1929
孔子の大義名分説に就いて 宇野哲人 斯文10-6  1929
孔老の思想 常盤大定 丁酉倫理会倫理講演集326  1929
正しく観たる孔夫子の聖徳 中山久四郎 斯文11-8  1929
孔子の道 飯島忠夫 斯文12-9  1930
孔子の仁と儒者の学 遠藤隆吉 哲学雑誌46-535  1931
史記の孔子伝大要 岡崎文夫 歴史と地理27-1   1931
孔子教について 荻原拡 斯文14-7  1932
支那思想史上に於ける孔子の地位 高田真治 哲学雑誌47-539  1932
満州の孔子廟建築 村田治郎 満州学報1 1932
孔子教のフランス進出 後藤末雄 丁酉倫理会講演集373  1933
孔子と老子 加藤一夫 東洋哲学38-1   1931
孔子の軍事観 岡村利平 大東文化9 1935
論語より観たる孔夫子の教導法 合田万吉 斯文17-7  1935
孔子教に於ける実行の価値 飯島忠夫 斯文4-5  1936
孔子以前の仁字とその意義 山口察常 斯文18-8  1936
孔門伝授の心法 成田衡夫 服部古稀記念論文集 1936
孔子とイエス 大塚繁樹 媛大紀要1-4  1953
詩書と孔子の天及び天命の思想 米田登 文と思6  1953
孔子および孟子の兵戦思想 内田智雄 同志社法学26  1954
孔子学団 宇都宮清吉 東洋学報(京都)25  1954
天下周遊の構造 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報5  1954
孔子の管仲譚 華夷論の一端として 高田真治 東洋研究6  1963
孔子の仁の思想について 馮友蘭著 高橋均訳 漢文教室64  1963
貝塚茂樹著「孔子」についての往復書簡 西谷啓治、貝塚茂樹 図書24  1951
孔子に於ける仁思想成立の過程 石黒俊逸 支那学研究8  1951
尚書孔子伝の態度 加賀栄治 学芸3-1  1951
人間孔子 谷川徹三 斯文4  1951
孔子死生の説 那智佐典 東洋学研究7  1938
孔孟以後の儒教 秋月胤継 斯文20-6  1938
東洋史上に於ける孔子の位置 宮崎市定 東洋史研究4-2  1938
論語に現われたる孔子の人間観 西村侃三 斯文21-11,12  1939
孔子的自我の展開 牧尾良海 哲学雑誌55-639,642  1940
孔子の仁 平田栄(講演)  斯文22-1  1940
孔子の学的精神とその展開 田所義行 漢学雑9-3,10-1  1941-42
孔子より孟子に至る自己観の展開に就いて 赤塚忠(講演) 斯文24-12  1942
孔子の思索生活  1,2 田所義行 漢学雑11-2,3;12-1,2   1943~44
孔子の教学 佐藤匡玄  建大研月報38  1944
孔学総論 谷本富 東学芸4-73  1945
孔子について 貝塚茂樹 世界10  1946
人間孔子 林語堂 実藤恵秀訳 新中国1-3  1946
マルクス孔子に会う 郭沫若 実藤恵秀訳 中国文学95  1946
孔子と子産 貝塚茂樹 東光1   1947
孔子の学問精神 原佑 叙説4  1950
孔子の人間観 板野長八 学士院紀要8-1  1950
春秋著者説話の原形 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 叙説5  1950
孔子の精神に関して所感を陳ぶ 元良勇次郎 東洋哲学2-10  1895
孔子の誕生会に就て 日下寛 東洋哲学2-9  1895
孔夫子誕生祭に就き 関根正直 東洋哲学4-2  1896
孔子誕生に就きて 重野安繹 東洋哲学3-1  1896
孔子の精神 日下寛 東洋哲学4-2  1897
孔子の降誕に就きて  島田重礼 東洋哲学4-1  1897
孔子の学説 松村正一 東洋哲学8-9~12 1901
孔子の教育及宗教 穂積秀範 龍谷史壇10  1902
孔夫子と儒教 島田三郎 東洋哲学 9-1,2  1902
孔子の所謂君子に就きて 蟹江義丸 東洋哲学10-1  1903
孔子教の趣旨 星野恒 東洋哲学11-1   1904
孔夫子研究を評す 中島徳蔵 丁酉倫理会講演集33,34  1905
孔子ノ人格ニ就テ 井上哲次郎 太陽13-10  1907
孔聖の修養 山田準 東洋哲学15-6  1908
孔夫子の運命観 大島順三郎 東洋哲学17-6,8・18-3 1910~11
孔子に対する社会的信仰の矛盾 村上専精 丁酉倫理会講演集101  1911
孔子の倫理説に就て 松村正一 東洋哲学18-5   1911
支那に於ける孔夫子の尊崇 服部宇之吉 東亜研究1-1  1911
孔夫子の政治上に於ける教訓 深作安文 東亜研究3-6  1913
孔子教 及川生 慶義学208,209  1914
孔子 井上哲次郎 斯文20-6  1938
孔子伝より見たる論語の解釈 岡村利平 大東文化16  1937
孔子と老子 諸橋轍次 斯文33-4  1937
遭難 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報6  1955
文学としての孔子世家 バートン・ワトソン 中文教2  1955
孔子の思想について 吉川秀一 阪学大紀4  1956
孔孟の命について 金谷治 日中会報8  1956
陳蔡の間 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報7  1956
孔子の陳蔡厄考 田中佩刀 静岡女子大紀要4  1957
「孔子の道」の解釈をめぐる二三の疑義 近藤康信 東支学報3 1957
孔教私観 長谷川如是閑 斯文22  1958
孔子と易 高田真治(講演)  大東漢学1  1958
孔子と墨子 山室三良 九中会報5  1959
陳蔡の間 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報9  1959
孔門の十哲に就いて 山本徳一 漢学研究1  1936
聖人の虚像と実像(孔丘) 丸山松幸 人物中国志2 1974
官吏養成を目的とした孔子学園の教育 高峰文義 福岡大学人文論叢10-3  1978-1979
論語にみる孔子の人間評価基準 その識別に関する一考察 仙田美智子 近畿大学女子短期大学研究紀要16  1986

  このように古来より孔子及び論語に関する文献は膨大な量にのぼる。若い読書子に一冊を奨めるとすれば、高木智見「孔子」(世界史リブレット)である。100頁たらずの冊子であるが、比較的本を求めやすい。また最新の出土資料をもとに論語のテキストを検討している。孔子の中心思想である「仁」についてしぼって論述している。論語と孔子の関係書は多いがほとんどが現代的な解釈を各自が自由に論じているが、本書は春秋という時代状況を可能な限り考察し、孔子の思想について論述している点を評価したい。

2017年2月11日 (土)

デカルトとクリスティナ女王

   ルネ・デカルト(1596-1650)はスウェーデンのクリスティナ女王(1626-1689)の熱心な招聘を受けた。デカルトの親友シャニュ(1601-1662)がストックホルム駐在のフランス大使で女王にデカルトを売り込んだのだ。その19歳の若い女王はデカルトの「愛についての書簡」を読んで感動した。デカルトは寒い国に行くことは気がすすまなかった。しかし強引な女王は軍艦までよこして招聘につとめたのでさすがのデカルトも無碍に断われなくなった。1649年9月オランダを出発し、10月、ストックホルムに着いた。厳冬早朝の講義は、ひ弱で、朝寝の習慣を持っていたデカルトにとって身にこたえるものであった。1650年2月2日、デカルトは病気になった。風邪から肺炎にかかって2月11日早朝、あっけなく54歳の生涯を終えることになる。

2016年12月24日 (土)

近代明治の西洋思想の受容

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       高山樗牛                   姉崎正治

    高山樗牛(1871-1902)は、はじめは井上哲次郎らと盛んに日本主義を唱えてキリスト教、仏教を攻撃した。だが明治34年頃からニーチェの哲学思想を讃美し、「美的生活を論ず」などの評論を発表、これをめぐって坪内逍遥、島村抱月らと論争を展開した。明治35年12月24日、危篤状態に陥ったとき、叔父に「自分は人生の光をみつけたが、これを世に伝えることは嘲風に頼みたい」と言い残した。32歳だった。遺言のなかの嘲風とは、友人で宗教学者の姉崎嘲風(姉崎正治)のことである。ともに「帝国文学」の発刊に携わり、宗教的色彩の強い文芸評論で知られた人物である。高山樗牛と姉崎嘲風との友情は厚く、二人の往復書簡は当代の青年層に大きな影響を与えた。明治の頃のニーチェの研究はまだ原典にもとづかない西洋流の解釈をそのまま紹介しただけのものだった。明治44年に生田長江によって初めて「ツァラツストラ」が刊行された。生田は初め夏目漱石に翻訳の助言を求めた。しかし漱石は断った。なぜ漱石は生田を嫌ったのか。それは底の浅い学問で有名になった樗牛を生田が崇拝したからだといわれている。大正期になると本格的なニーチェ研究がおこり、和辻哲郎や阿部次郎のようなすぐれた研究が盛んになる。

2016年10月 2日 (日)

死に至る病

    セーレン・オービエ・キルケゴール(1813年5月5日生。1855年11月11日没)は父ミカエル・ペーダーゼン・キルケゴールと母アンネ・セーレンスダッター・ルンとの間の7番目の末子としてコペンハーゲンに生まれた。父は実業家であったが、宗教的苦悩を内に秘めた人であり、キルケゴールは、この父の影響を受けて憂愁な性格と罪の意識が強かった。「私は生まれたときから老人であった」と自らの幼児期を追想している。

    キルケゴールは、コペンハーゲン大学を出て、ベルリン大学に学ぶ。生涯定職につかず、父の遺産によって生活し、著作生活を送った。

    1849年、アンティ・クリマックスという偽名を用い、「死に至る病」を著わす。第一編「死に至る病とは絶望である」第二編「絶望は罪である」。キルケゴールは、現代人は深刻な精神の病気にとりつかれていると洞察する。「絶望するものは、絶望して自己自身であろうと欲する。しかし、もし彼が絶望して自己自身であろうと欲するのなら、彼は自己自身から抜け出すことを欲していないのではないか。たしかに、一見そう思われる。しかし、もっとよく見てみると、結局この矛盾は同じものであることがわかるのである。絶望者は絶望してあろうと欲する自己は、彼がそれである自己ではない。すなわち、彼は彼の自己を、それを措定した力から引き離そうと欲しているものである。しかしそれは、どれほど絶望したところで、彼にはできないことである。絶望がどれほど全力をつくしても、あの力のほうが強いのであって、彼がそれであろうと欲しない自己であるように、彼に強いるのである。しかし、それにもかかわらず、彼はあくまでも自己自身から、彼がそれである自己から、脱け出して、彼が見つけ出した自己であろうとする。彼の欲するような自己であるということは、それがたとえ別の意味では同じように絶望していることであろうとも、彼の最大の喜びであろう」

    1837年、キルケゴールは、24歳のときレギーネ・オルセンという少女に出会い、3年後に婚約した。しかし、翌年8月、彼はこの婚約を理由も告げず一方的に破棄した。これは彼の生涯を決定した最大の出来事であった。他人の運命を支配することになる結婚へのおそれからである。5年後レギーネは他の人と結婚したが、キルケゴールは終生レギーネを愛し、独身で過ごした。レギーネは夫と西印度諸島へ赴任する直前、彼に通りすがりに会釈した。キルケゴールは話しもせずに行き過ぎてしまった。これが2人の最後の別れだった。彼はその年の10月2日、街路上で昏倒し、11月11日、42歳の若さで死亡した。

2016年8月11日 (木)

おなじ町でも・・・見晴らしの数だけ町がある

   哲学者ライプニッツは、それ以上分割できない究極の実体として「モナド」を想定した。物質界の原子アトムではなく、精神的な単子である。原子との違いは、モナドは非空間的でその内部に多様な「表象」と、「欲求」をもつ精神的な存在である。ライプニッツの有名なことばに「おなじ町でも・・・見晴らしの数だけ町がある」がある。野球場で、座席を一つずつずらしていくと、眺めが少しずつ変わっていく。同じ試合なのに、異なる視点の数の分だけ、異なる試合を観ることができる。無数のモナドがそのようにして、たがいに他のすべてのモナドを映し出す。しかしその「無限」は、同時に「一」なのである。

2016年7月27日 (水)

ソクラテスの処刑

    ソクラテスの有名な言葉「悪法もまた法なり」の出典というのは、いくらさがしてもないそうである。弟子のプラトンが書き残したという事実もない。この言葉は本当にソクラテスの言葉なのであろうか。プラトン(前427-前347)がソクラテス(前470頃-前399)に出会ったのは、ディオゲネス・ラエルティオスの「哲学者列伝」によればプラトン20歳、ソクラテス56歳、前407年と推定している。一説によると、プラトンの兄のアディマントスかグラウコンがソクラテスと親しかったからといわれる。ともかく、プラトンは以後8年間ソクラテスの弟子となる。その後ソクラテスは前399年、死刑となるが、その時、プラトンは28歳だった。ソクラテスの死は、プラトンにとって哲学の原点となった。

    ソクラテスの死後、プラトンは他の人々とともに、メガラのエウクレイデスのところに一時身を寄せたほか、キュレネやエジプトに旅をしたと伝えられている。この頃、亡きソクラテスを主人公とする対話篇を書きはじめた。「政治家が哲学するか、哲学者が政治をするようにならないかぎり、人類は不幸から救われないであろう」(『国家』)というプラトンの政治哲学が生まれた。

   ソクラテスが投獄されたとき、毒逃亡の機会があったにもかかわらず、国法に従って毒杯をあおいで死んだ、という話が日本では明治以来伝わるが、実はこれは作りはなしである。ソクラテス自身の著作はなく、弟子の伝聞にもない。英語でそれらしき部分には、「obey and do not do otherwise」つまり「自分の哲学に殉じて死を選ぼう」という意味。悪法でも刑に服する、の意味とは正反対。むしろ「法だからといって従う義務はない。自分自身の信念にのみ従う」ということである。明治の法曹はソクラテスの故事を遵法精神として鼓吹した。まことに国家にとって都合のよい名言である。(4月27日)

2016年4月22日 (金)

カント、カントで半年暮らす

Img_0005     ドイツの哲学者イマヌエル・カントの1724年の誕生日。ある大学の教授が、ドイツ哲学を専攻する学生が、ここ数年いなくなった、と嘆いていた。哲学科や史学科には学生が集らないという。大学にきちんと文学部があって哲学科や史学科があるところも少なくなっているらしい。ある教授の話によれば、「今どきの流行は国際・情報・環境などで、こういったキーワードで看板を付け替えないと予算が回ってこないという事情がある。民俗学はほとんど消滅しており、史学科も東洋史、西洋史という区分けでの研究が難しくなっている。見栄えのよいラベルと評価受けの良い外向けのメニューは並べ立てられているが、内容は反比例して空疎になっている」とのことである。最近の大学は産業界との連携で、人文社会系より自然科学系、基礎研究より応用・実用研究、教養的教育よりは実習的研究、に片寄る傾向がある。そのほうが公的資金を得られやすいからである。高等教育機関が国家戦略の手先と成り下がった。ヘーゲルの言葉には「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」という有名な句があるが、理性的であるためには、まず学問の場の自由な精神文化を回復することが必要であろう。18、19世紀の西洋近代がこれまで築いてきた伝統的な学問を学習、研究する今日的な意義は少しも失われていない。(4月22日)

2016年3月19日 (土)

東西南北と東南西北

   麻雀の好きな友人がある時、「日本ではふつう東西南北というのに、中国ではどうして東南西北(ドンナンシーペイ)というのか」と聞く。考えてみれば、東西南北は東西と南北という対立概念を組み合わせた表現である。それに対して、東→南→西→北と時計の針の回転と同じ順序に従った並べ方である。日本ではかなり古くから東西南北という言い方をして来たらしい。菅原道真の漢詩「舟行五事」の起句に見える。中国でも、東西南北という言い方は、「春秋左氏伝」(襄公29年の条)に見える。古くから東西南北という語は存在していたものの、中国で一般的に東南西北という言い方に変わったのは、五行説が民間に定着したことと関連するらしい。ちなみに英語では「north、south、east、west(北、南、東、西)」の順で表わす。つまり東西南北は漢語で、中国から伝わったものであるが、なぜ「東」が最初にくるのか?それは、「東」が太陽が昇る方角であり、もっと重視されたからだ、といわれている。

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   人の生活の基本として、1年は春夏秋冬の四季に分けられる。五行説によると、この世界の森羅万象すべての事象は、木火土金水の五元素の輪廻・作用が循環して生ずると説明づけられる。つまり、五元素を方角に配置すると、東に木、南に火、中央に土、西に金、北に水を当てる。さらにこれを1年の季節に当てはめるると、東は春、南は夏、西は秋、北は冬となる。

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    かくて四季の循環が東南西北の順序と合致する。木火土金水は宇宙間の万象を象徴するものであるので、下の「五行配当表」を参照されたい。

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(引用文献:一海知義「東西南北と東南西北」図書、第655号、吉野裕子「五行循環」「陰陽五行と日本の民俗」)

2016年3月16日 (水)

事項索引における序列と相互関係について

   何万語や何十万語にも及ぶ語句を一覧表で検索するためには、アルファベットや五十音の順でソートされていにければ、求める語句を見つけることはできない。このブログにおいて五十音順で事項索引インデックスを継続して作成している。このヒントはカッターの辞書体目録にある。辞書体目録とは図書館情報学の用語で、タイトル標目、著者標目、件名標目の各目録記入と、参照とを混排した目録のことである。たとえば「アンナカレーニナ」と「あんな彼に恋しました」(架空の題名)は排列上は前後にくるであろう。

  手元にある事典を引いてみる。高木彬光(推理作家)と高木市之助(国文学者)の名前はコンサイス日本人名事典では前後にくる。2人に面識があったのか、なかったのか定かではないが、事典のおける序列、排列関係に何がしかの因縁が生じることなる。もっと身近な話しとしては、私たちの会社や学校の名簿をみてみよう。自分の名前の前後にいつも特定の人物の名前が載っている。しかしその人物とは一度も面識はないし、どのような人なのかまったくわからない。たまたま電車で隣あわせに座った人、スーパーで買い物のときをレジで並ぶ後ろの人。すべて行きずりの関係であるが、何がしかの相互関係がある。このような偶然に生ずる相互関係の事象をさすようなふさわしい用語がないだろうか・・・。とりあえず私はこのような現象を「他人の関係」と呼んでいる。人名だけではなく事項についてもいえる。16世紀、17世紀頃のペルシア人の王朝、サファヴィ朝の主力軍を「キジルバシュ」というが、ウイグルの「キジル」とは無関係である。Kizilとはウイグル語で「赤い」という意味。五十音でソートすると「ワラビー」と「わらび餅」、「ギジルバシュ」と「キジル石窟」の語句は前後に並んで出てくるが他人の関係。

2016年3月14日 (月)

マルクス『告白』より

Oshoonkarlmarx  カール・ハインリッヒ・マルクスはドイツの経済学者。1883年のこの日、64歳で死去した。マルクス自身は「わたしはマルクス主義者ではない」と言ってたのは有名な話。たいへんな読書家で、毎日大英博物館に通い、朝の9時から閉館になる7時まで文献を読み続けた。これはマルクスの娘ジェニーとラウラが出した問いに答えたものである。

あなたのすきな徳行は             質朴

あなたのすきな男性の徳行は         強さ

あなたのすきな女性の徳行は         弱さ

あなたの主要性質                 ひたむき

あなたの幸福観              たたかうこと

あなたの不幸観                        屈従

あなたがいちばんきらう悪徳         卑屈

すきな仕事             本食い虫になること

すきな格言 非人間的なものは私の関知しないところである

すきな標語                 すべてをうたがえ

(Karl Heinrich Marx、3月14日)

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