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2024年10月 8日 (火)

金持ちと貧乏人

  本日はドイツの医学者エルンスト・クレッチマーの誕生日。彼は1888年ヴェステンロートで生まれた。中学の保健体育で習う体格性格論で知られる。体格と気質の関係をやせ型・肥満型・闘士型の三類型で説明する。1921年の著書「体型と性格」のなかで提唱した。有名芸能人で例えれば、やせ型・高橋一生は知的でクール、もの静かで控えめなタイプ。肥満型・小林亜星は躁鬱気質で怒りっぽい。闘士型(筋骨型)は高倉健や阿部寛などは筋肉質で粘着気質といい、礼儀正しく、義理がたいタイプ。だが実際のところこの区分は大雑把で必ずしもすべて当てはまるものではない。

    作家のフィッツジェラルドは「特定の個人を書こうと思って書き出すと、いつの間にか、一つのタイプの人間を創造しているのに気づくものだが、あるタイプの人間を書こうと思って書き始めると、いつの間にかそこに生み出されているものは、全く何一つ無きに等しいことに気がつく。これはつまり、われわれ人間というものが妙な動物で、一皮むいたその下には、顔つきや話しぶりとはおよそ違った、人には知られたくない、自分でもそれとは気づかぬ一風変わったところを隠し持った存在だからだ。自分で自分のことを、「普通の正直な開けっ放しの人間」だと称する人もいるけれども、そういう人にぶつかると、私は、これは何かひとと変わったところ、おそらくは悪く変わったところがあって、そいつを隠すことにしているんだな、善良で正直で開けっ放しの人間だと自分から言明するのは、その秘匿行為をそういう形で自分に言いきかせていることにほかならないのだ、と、そう思う。タイプなどというものはないのだ。複数は存在しないのである。」(「金持ちの青年」)

  つまりフィッツジェラルドの言うように、性格のタイプなどというのはないと思う。十人十色である。あえて、人を二つに分けるとすれば、お金持ちか貧乏人、そのどちらかである。(10月8日)

 

 

2024年7月 9日 (火)

孔子と喜怒哀楽

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 孔子像(湯島聖堂)

 

  元禄3年のこの日、5代将軍徳川綱吉によって湯島聖堂が建てられた。喜怒哀楽は人間の本来誰しもが持っている感情である。ただ、これに振り回されると、道義を見失うことがある。孔子も本当は激しく感情的な人であったかもしれない。弟子の顔回が死んだとき、「ああ、天はわれをほろぼした」と嘆き悲しんだ。喜怒哀楽に関しては『中庸』にふれている。「喜怒哀楽の未だ発せざる、之を中と謂う。発して皆な節に中る、之を和と謂う。中なる者は、天下の大本なり。和なる者は、天下の達道なり。中和を致して、天地位し、万物育す」とある。考えや行動などが1つの立場に偏らず中正であり、過不足なくさりとて単純に中間をとればよいというのではなく、極端にならないことがよい。(黄紹祖「孔子之喜怒哀楽」 1987年)7月9日

2024年4月 5日 (金)

「論語=精神修養」を否定する説

    野村克也が日中友好の架け橋として孔子と論語の精神普及に寄与したとして「2010孔子文化賞」を受賞した。ほかに渡邊美樹、酒井雄哉、北尾吉孝も受賞している。論語と経済界は相性がよい。渋沢栄一の「論語と算盤」もある。もともと論語は孔子が士大夫階級である士に講義したもので、治める者の修養であって、一般の民衆向けの内容ではない。論語は孔子の著作ではなく、弟子たちがまとめた言行録、そしてその成立は孔子の死後かなり経たものであろう。しかし、中国にかぎらず、朝鮮、台湾、日本といずれも論語と孔子の人気は根強い。東アジアでは論語の説く道徳は規範であり、正義とされている。四書五経の中でも最も読まれる書物である。

 私たちは肉体だけで存在しているのではない。だが肉体には限界があります。年をとれば機能も衰え、弱ります。リハビリや鍛錬して一時的に活発にしても、時が来れば朽ち果てます。しかし、精神は修養を積むことによって、年齢に関係なく、長い年月あいだ人間として立派にいきていくことが出来ます。つまり精神修養=論語として、長い年月、漢字文明圏では論語が尊重されてきました。

    あるブログを見ると或る小説家のかたで、論語を全否定している事例があれば教えてほしいとある。寄せられたコメントには、魯迅があげられていたが、ほかには見あたらなかった。実は私の貧しい書棚に「論語と孔子の思想」(岩波書店)がある。津田左右吉という有名な学者が書かれたもので、購入してから37年以上が経過するが難しいので通読していない。知らない人が一見すると、この本は、論語はすばらしい、と書いてあるものだと思うだろう。実はその反対である。津田は孔子のことを「学問的精神が欠けている」(429頁)、「礼は役にたたない」(395頁)、「(孔子の正確な記録は残っていないので)孔子のことは何もわからない」(294頁)とある。つまり実証主義的な史料批判に立つ津田左右吉は、孔子の思想は後世(漢代)のもので本当のことはわからない。そのようなわからないものを大事そうに持ち上げることは、うさんくい者が政治的に利用するだけだからよくない、といいたいのだと推測している。津田は偉い学者で、戦前に日本人によって唱えられた東洋文化、東洋精神もインチキであることを実証的に論証している。インド、中国、日本をアジアとか東洋とかいうが、一つになったことはない、「アジアはひとつではない」というのが津田の研究の成果である。もちろん当時の蓑田胸喜などのアジア主義者に反感を買い、辛い目にあった。それでも戦後も思想は一貫している。漢字をなるだけつかわず、自分の名前も「つだそうきち」と表記することが多い。「古事記及び日本書紀の研究」で神武以来の天皇の存在を否定したが、天皇は尊敬していた。学者の鑑のような人であるが、論語も否定し、唐詩も感心せず、「文学に現われたる我が国民思想の研究」という大著があるが、記紀の国民文学の価値を「余り高くない」と書かれている。つまり津田は懐疑論で多くの古典は後代の創作を含むのであまり信奉することの危険を説いている。もちろん実証過程が専門的なので、一般向きではないし、津田の学問的態度がすべて正しいとはいわない。しかし「孔子平和賞」や「孔子文化賞」などが次々生まれると、津田のいうことは正解だったと感じる。

 

 

 

 

2024年4月 3日 (水)

論語及び孔子関係文献目録

Photo_2  1690年2月7日、孔子を祭る湯島聖堂が完成した。孔子の学問を儒学として薦めたのは江戸時代になってからだが、すでに江戸初期にもその気運はあった。加藤清正は戦国の武将の例にもれず、本などあまり読まなかったが、教養派の前田利家の影響から読書するようになった。清正が、江戸と熊本を往来する船の中で、「論語」を読みながら朱点ほほどこしているのを見ていた飼い猿が、清正が厠へ行った間に主人の真似をして「論語」の上に縦横に朱の線を走らせてしまった。戻ってきた清正はこれを見てニッコリ笑い、「おぉ、そちも聖人の教えを知りたいか」と言って、猿の頭を撫でたという。この逸話によって、清正が平生「論語」に親しんでいたことがよくわかる。清正ならずとも心ある部将はみな論語を愛読した。大内義隆、徳川家康など。明治以後は渋沢栄一、下村湖人、武者小路実篤など。第一生命の創始者・矢野恒太にも『ポケット論語』の著書がある。講談社をつくった野間清治にも、事業運営の柱に「論語」を据えたことは、あまねく知られている。最近では野球の野村克也が『野村の実践論語』の著書を刊行している。明治以降、「孔子及び論語」に関する文献は何点くらい出版されたのであろう。国会図書館で「論語」を検索すれば書籍だけで10681件がヒットする。

 

  論語関係文献
図書の部
論語微 10巻 荻生徂徠
論語古義 10巻 伊藤仁斎撰 1712
論語 全4巻 朱熹 学習館 1870
論語集説 全6巻 安井息軒 1872
論語類編心解 4冊和本 渋谷鉄臣(如意)編 京都・文石堂 1891
孔子 世界歴史譚第2篇 吉国藤吉 博文館 1899
論語新証 于省吾 1900
和論語 本社出版部 仏教図書出版 1900
孔門之徳育 亘理章三郎 開発社 1901
論語纂註 米良東嶠(倉子痩) 村上書店 1901
論語訓釈 斎藤清之丞 金華堂 1903
論語補註 山本章夫 山本読書室 1903
論語講義 上下 花輪時之輔講述 深井鑑一郎編 誠之堂 1903
孔門之徳育  1巻 亘理章三郎 開発社 1901
論語補註 2冊 和本 山本章夫註 京都・山本読書室 1903
孔夫子伝 蜷川龍夫 文明堂 1904
孔子研究 蟹江義丸 金港堂 1905
論語講義 根本通明 早稲田大学出版部 1906
論語 ジェームズ・レッグ訳 依田喜一郎 嵩山房 1908
孔子 西脇玉峰 内外出版協会 1909
ポケット論語注釈 奥村恒次郎註釈 大阪・山本文友堂 1909
論語経典余師 渓世尊講 宮崎璋蔵校訂 日吉丸書房 1909
論語講義 近藤元粋 篠田栗夫共著 大日本商業学会 1909
論語古義 佐藤正範 六盟館 1909
論語集説 漢文大系1 安井息軒 服部宇之吉校 冨山房 1909
論語講話 大江文城 東洋大学出版部 1909
孔子伝 遠藤隆吉 丙午出版社 1910
孔子 白川次郎 東亜堂 1910
孔子之聖訓 二條基弘 東久世通禧 名著学会出版部 1910
荻生徂徠論語辨 祥雲碓悟校 1910
論語弁 荻生徂徠 祥雲碓悟校 天書閣 1910
論語講義 一戸隆太郎 大成社 1910
論語国字解 一名経伝余師 渓世尊講 深井鑑一郎校 宝文館 1910
論語詳解 川岸華岳 郁文舎 1910
新訳論語(新訳漢文叢書11) 大町桂月訳 至誠堂 1912
論語示蒙句解 漢籍国字解全書1 中村惕斎 早稲田大学出版部 1912
論語書目 中村久四郎編 孔子祭典会 1913
論語源流 林泰輔 自筆稿本 1915
論語年譜 林泰輔 龍門社 1916
孔子及び孔子教 服部宇之吉 明治出版社 1917
論語講義 漢文註釈全書1 三島毅(中洲) 明治出版社 1917
論語鈔 成簣堂叢書10  上村観光解題 1917
儒教と現代思潮 国民思想涵養叢書3 服部宇之吉 明治出版社 1918
論語講義 細川潤次郎 南摩鋼紀共著 吉川弘文館 1919
孔子と其思想及教義 鈴木周作 弘道館 1922
渋沢子爵活論語 安達大寿計編 宣伝社 1922
世界三聖伝 基督・釈迦・孔子 松本雲母・大屋徳城・西脇玉峯編著 1923
現代に活かした論語講座 西川光二郎 丙午出版社 1924
孔子聖教之攻究 景仰子、柿本寸鉄 人文社 1924
孔子聖蹟志 馬場春吉 大東文化協会 1924
孔子研究 改版 蟹江義丸 京文社 1927
国訳論語 斯文会編 龍門社 1928
孔子鑑賞 大月隆仗 敬文館 1929
論語明解 江口天峰 至玄社 1929
孔子 小学児童学習の友 高橋喜藤治 郁文書院 1930
政教より観たる論語新釈 赤池濃 早稲田大学出版部 1930
論語講本(集註) 島田欽一校訂 有精堂 1930
論語鈔 村上龍英 広文堂 1930
論語詳解 沢田総清 健文社 1930
孔子全集 全2冊 藤原正纂訳 岩波書店 1931
論語善本書影 大阪府立図書館編 京都・貴重書影本刊行会 1931
論語詳解 簡野道明 健文社 1931
孔子家語 岩波文庫 藤原正訳 岩波書店 1933
論語證解 上中下 漢籍国字解全書28,29,30 早稲田大学出版部 1933
論語私感 武者小路実篤 岩波書店 1933
論語・孟子 東方古典叢刊7 五十沢二郎 竹村書房 1933
論語・孟子の話 国民修養講和3 西川光二郎 春陽堂 1933
孔子 室伏高信 日本評論社 1934
孔子解説 学庸篇 北村佳逸 立命館出版部 1934
論語講義 岡田正三 第一書房 1934
論語心解 西川光二郎 自動道話社 1934
論語の解釈 村田慎三 白帝社 1934
論語詳解 前島成 大修館 1934
論語全解 島田鈞一 有精堂 1934
孔子及孔子教 住谷天来 新生堂 1935
孔子教と其反対者 北村佳逸 言海書房 1935
孔子教の戦争理論 北村佳逸 南郊社 1935
論語評釈 大江文城 関書院 1935
論語講義 安井小太郎 大東文化協会 1935
論語古伝 10巻 仁井田好古撰 南紀徳川史刊行会 1935
論語大学中庸 漢籍を語る叢書2 田中貢太郎 大東出版会 1935
論語新解 国語漢文研究会編 明治書院 1935
孔子 社会科学の建設者・人と学説叢書 田崎仁義 三省堂 1936
孔子の生涯 諸橋轍次 章華社 1936
仁の研究 山口察常 岩波書店 1936
精講 論語百講 松田金重編 三省堂 1936
日本精神と孔子教 社会教育パンフレット236  岡村利平 社会教育協会 1936
ものがたり論語 三宅昭 モナス 1936
論語講座 全6巻 高田真治・諸橋轍次・山口察常編 春陽堂 1936-37
孔子伝 岡村利平 春陽堂 1937
孔子伝 (附)弟子列伝・集語 岩波文庫 藤原正訳注 岩波書店 1937
孔子とをしえ 加藤虎之亮 国民精神文化研究所 1937
孔子の思想・伝記及年譜 論語講座研究篇 春陽堂 1937
孔子の人格と教訓 塩谷温 開隆堂書房 1937
儒教の史的概観 高田真治 春陽堂 1937
論語・孔子 室伏高信全集8 青年書房 1937
孔子 大教育家文庫1 和辻哲郎 岩波書店 1938
全釈論語 幸田露伴 双葉書房 1938
大学論語解義 四書研究 岩部撓・深谷賢太郎 啓文社 1938
論語精解 重野篤二郎 白帝社 1938
論語物語 下村湖人 講談社
孔子論 林語堂著 川口浩訳 育成社 1939
四書新釋論語 上下 内野台嶺 賢文館 1939
論語講義 渋沢栄一 二松学舎大学出版部 1939
論語私見 上下 山本憲永弼 松村末吉家 1939
新講論語読本 西川光二郎 春陽堂書店 1939
論語読本(興亜国民) 上下 論語 東洋思想文庫 東洋思想文庫刊行会 第一出版協会 1939
論語之研究 武内義雄 岩波書店 1939
論語と教養 谷口廻瀾 谷口廻瀾先生還暦記念刊行会 1940
孔子 武者小路実篤 講談社 1941
孔子と其の生涯 田中貢太郎 東海出版社 1941
孔子廟参拝記 菟田茂丸 平凡社 1941
算標論語集註 瀧川亀太郎 金港堂書籍 1941(1913)
論語と支那の実生活 後藤朝太郎 高陽書院 1941
論語詳解 最新研究 徳本正俊 芳文堂 1941
論語の思想 渡部信治郎 畝傍書房 1941
論語の組織的研究 中島徳蔵 大日本出版株式会社 1941
孔子・人とその哲学 室伏高信 潮文閣 1942
孔子の新研究 大月隆仗 新民書房 1942
孔孟思想講話 新潮文庫 高須芳次郎 新潮社 1943
論語ものがたり 全釋 三宅昭編 博文社 1943
孔子 和辻哲郎 植村書店 1948
論語総説 藤塚鄰 弘文堂 1949
論語十二回講話 西川光二郎 1942
論語と孔子の思想 津田左右吉 岩波書店 1946
論語抄 幸田露伴 中央公論社 1947
孔子とその弟子 下村湖人 西荻書店 1950
論語集註 簡野道明 明治書院 1950
孔子 岩波新書 貝塚茂樹 岩波書店 1951
孔子 室伏高信 潮文閣 1951
孔子廟堂碑 展大法帳1 虞世南 春潮社 1951
論語物語 角川文庫 下村湖人 角川書店 1951
論語私感 三笠文庫 武者小路実篤 1951
論語私感 新潮文庫 武者小路実篤 1951
孔子 偉人物語文庫 小田嶽夫 偕成社 1952
孔子と老子 諸橋轍次 不昧堂書店 1952
論語に学ぶ 赤木三良 池田書店 1952
論語新解 簡野道明 明治書院 1952
論孟精選 簡野道明 明治書院 1952
全訳論語精解 重野篤二郎 桜井書店 1953
論語新釈 宇野哲人 弘道館 1953
論語全解 島田鈞一 有精堂 1953
現代語訳論語 下村湖人 池田書店 1954
論語物語 人生叢書 下村湖人 池田書店 1954
孔子 角川文庫 和辻哲郎 角川書店 1955
孔子 武者小路実篤全集11  新潮社 1955
論語は生きている 堀秀彦 河出書房 1956
孔子 三一新書 尾崎辰之助 三一書店 1957
論語百選 現代人のために 三省堂百科シリーズ 新垣淑明 三省堂 1957
論語の言葉 現代に生きる言葉? 堀秀彦 実業之日本社 1957
論語と現状 岩越元一郎 明徳出版社 1957
論語新釈 学生社新書 魚返善雄訳 学生社 1957
論語集注 上下 影璜川呉氏仿宋刊本 書物文物流通会 1959
孔子 その人とその伝説 H・G・クリール著 田島道治訳 岩波書店 1961
顔淵・孔子 中勘助全集10 角川書店 1962
孔子 和辻哲郎全集6 和辻哲郎 岩波書店 1962
論語物語・聖書物語 世界教養全集8 下村湖人、ヴァン・ルーン 平凡社 1962
輯佚論語鄭氏注 月洞譲 編者油印 1963
論語は生きている 潮文社新書 堀秀彦 潮文社  1963
仁の古義の研究 竹内照夫 明治書院 1964
論語集註(標註) 渡辺末吉 武蔵野書院 1964
孝の孔子の新解釈 加藤常賢 斯文43   1965
古典のかがみ 論語33章 れいろうブックス 諸橋轍次 広池学園出版部 1965
孟荀における孔子 浅間敏太 中国哲学3  1965
論語のことば 中国の知恵1 吉田賢抗 黎明書房 1965
論語知言 東条一堂 原田種成校訂 書籍文物流通会 1965
論語と人間孔子 山田統 明治書院 1965
孔子 その礼説を中心とする考察 松代尚江 懐徳37   1966
孔子・孟子 世界の名著3 貝塚茂樹編 中央公論社 1966
仁の研究 下斗米晟 大東文化大学東洋文化研究所 1966
ポケット論語 藤原楚水訳述 実業之日本社 1966
論語物語 アイドル・ブックス 下村湖人 ポプラ社 1966
論語物語 旺文社文庫 下村湖人 旺文社 1966
論語物語 改版 角川文庫 下村湖人 角川書店 1966
現代語訳論語 角川文庫 下村湖人 角川書店 1967
孔子と老子 ヤスパース選集22  田中元訳 理想社 1967
孔子名言集 世界名言集6 伊藤貴麿 ポプラ社 1967
孔子孟子老子荘子 世界の大思想Ⅱ‐1  本田済、松代尚江、木村英一ほか訳 河出書房 1968
論語私感想 現代教養文庫 武者小路実篤 1968
論語孟子大学中庸 世界文学大系69  倉石武四郎・湯浅幸孫・金谷治編 筑摩書房 1968
現代語訳論語 原富男 春秋社 1969
孔子 センチュリーブックス人と思想2 内野熊一郎、西村文夫、鈴木壮一 清水書院 1969
孔子伝 如是我聞 諸橋轍次 大法輪閣 1969
吾が道 孔子の人生観大系 吉野浴風 大坂発色 1969
論語孟子荀子礼記(抄) 中国古典文学大系3 木村英一・鈴木喜一ほか訳 平凡社 1970
孔子家語 中国古典新書 清田清 明徳出版社 1971
孔子と論語 東洋学叢書 木村英一 創文社 1971
論語源流 林泰輔 汲古書院 1971
論語のために 私の古典 吉川幸次郎 筑摩書房 1971
唐卜天壽注抄写鄭氏論語 中国科学院考古研究所編 平凡社 1972
論語古義 日本の名著13  伊藤仁斎著 貝塚茂樹訳 中央公論社 1972
論語抄 足利本 中田祝夫編 勉誠社 1972
論語之研究 武内義雄 岩波書店 1972
論語を活かせ 武藤紀郎編 文進堂 1972
聖人の虚像と実像 論語 現代人のための中国思想叢書1 駒田信二 新人物往来社 1973
論語講義と長寿法 村田直彌 明治書院 1973
論語の講義 諸橋轍次 大修館書店 1973
孔子与論語 銭穆 聯経出版事業公司 1974
孔子批判 中国通信社東方書店編 東方書店 1974
論語三十講 斯文会編 大修館書店 1974
論語入門 ダルマ・ブックス 阿部幸夫 日本文芸社 1974
論語の新研究 宮崎市定 岩波書店 1974
孔子伝 銭穆 池田篤紀訳 アジア問題研究会 1975
聖人孔子の化けの皮をひっ剥がせ! 香坂順一編訳 青年出版社 1975
論語発掘 通釈への疑問と解明 合山究 明治書院 1975
論語講義 渋沢栄一 二松学舎大学出版部 1975
論語私見 民主主義時代の論語 小沢俊雄 岡谷 中央印刷 1975
論語大東急記念文庫講座講演録 石井千秋等講述 大東急記念文庫 1975
現代語訳論語 下村湖人全集8 下村湖人 国土社 1976
論語について 講談社学術文庫 吉川幸次郎 講談社 1976
修訂・論語年譜 林泰輔編 麓保孝修訂 国書刊行会 1976
論語・孟子 西谷元夫 有朋堂 1976
論語物語・現代訳論語 下村湖人全集8 国土社 1976
論語講義 全7巻 講談社学術文庫 渋沢栄一 講談社 1977
論語精義 上・下 和刻本近世漢籍叢刊思想三編 1・2 朱熹撰 佐藤仁著 中文出版社 1977
論語孟子研究 狩野直喜 みすず書房 1977
論語新釈 新装版 魚返善雄訳 学生社 1978
論語の散歩道 重沢俊郎 日中出版 1979
孔子 人類の知的遺産4 金谷治 講談社 1980
論語新釈 講談社学術文庫451 宇野哲人訳 講談社 1980
朝の論語 安岡正篤述 明徳出版社 1981
論語墨書 名筆による名言鑑賞 広論社出版局編 広論社 1981
論語私感 内田智雄 創文社 1981
論語新探 論語とその時代 趙紀彬著 高橋均訳 大修館書店 1981
論語の読み方 ノン・ブックス 山本七平 祥伝社 1981
よみがえる論語 色部義明 徳間書店 1981
論語のことば グリーン・ブックス 堀秀彦 大和出版 1982
論語の散歩道 重沢俊郎 日中出版 1982
論語八方破れ TOKUMA BOOKS 竹村健一 徳間書店 1982
論語を読む 常石茂 勁草書房 1982
孔子新伝 「論語」の新しい読み方 林復生 新潮社 1983
孔子のことば 現代語訳の「論語」 林復生 グラフ社 1983
論語に学ぶ部課長学 仁田敏男 日本経営団体連盟弘報部 1983
異質孔子記 矢作幸四郎 八重洲ブックセンター 1984
孔子 時を越えて新しく 中国の人と思想1 加地伸行 集英社 1984
論語のこころ 加藤富一 近代文芸社 1984
論語と孔子 人間関係論のエッセンス「論語」の新しい読み方 鈴木修次 PHP研究所 1984
論語を読む 講談社現代新書 加地伸行 講談社 1984
孔子 伝記世界の偉人2 中央コミックス 永井道雄・手塚治虫監修 中央公論社 1985
孔子廟堂碑・他 書道基本名品集2 虞世南 雄山閣出版 1985
孔子廟堂碑   原色法帖選12  虞世南 二玄社 1985
ポケット論語 角川文庫 山田勝美 角川書店 1985
「論語」その裏おもて 旺文社文庫 駒田信二 旺文社 1985
論語と算盤 渋沢栄一述 梶山彬編 国書刊行会 1985
「論語」&老子入門 徳間文庫 野末陳平 徳間書店 1985
論語の世界 加地伸行編 新人物往来社 1985
孔子と失われた十支族 鹿島辨 新国民社 1986
孔子の復活 孔子をめぐる虚構と真実 李家正文 冨山房 1986
孔子の末裔 孔徳懋口述、柯蘭筆記 和田武司訳 筑摩書房 1986
論語の人間学 服部武 冨山房 1986
論語との対話 金子知太郎 竹井出版 1987
論語の活学 安岡正篤 プレジデント社 1987
論語抄の国語学的研究・索引篇 坂詰力治編 武蔵野書院 1987
孔子の経営学 孔健 PHP研究所 1988
孔子家語 岩波文庫 藤原正訳 岩波書店 1988
小説孔子 谷崎旭寿 新人物往来社 1988
論語総説 藤塚鄰  国書刊行会 1988
論語と禅 半頭大雅 山田邦男 春秋社 1988
孔子 井上靖 新潮社 1989
孔子 日本人にとって「論語」とは何か 歴史と人間学シリーズ 山本七平、渡辺昇一、谷沢永一、小室直樹 プレジデント社 1989
論語は問いかける 孔子との対話 ハーバート・.フィンガレット著 山本和人訳 平凡社 1989
「論語」その裏おもて 徳間文庫 駒田信二 徳間書店 1989
論語の講義 新装版 諸橋轍次 大修館書店 1989
論語の人間学 人間と知恵とを語り尽くす 守屋洋 プレジデント社 1989
論語名言集 ビジネス選書8 村山吉広 永岡書店 1989
壽(いのちなが)し日日論語 斎藤十九八 一休社 1990
孔子 講談社学術文庫 金谷治 講談社 1990
孔子家の極意 ワニの本 孔健 ベストセラーズ 1990
孔子と教育 俵木浩太郎 みすず書房 1990
わが祖・孔子と「論語」のこころ 孔健 日本文芸社 1990
孔子 集英社文庫 加地伸行 集英社 1991
孔子画伝 加地伸行 集英社 1991
孔子伝 中公文庫 白川静 中央公論社 1991
孔子・孟子に関する文献目録 瀬尾邦男編 白帝社 1992
真説人間孔子 孔祥林 河出書房新社 1994
男の論語 童門冬二 PHP研究所 1999
論語名言集 村山吉廣 中央公論新社 1999
論語 石川忠久監修 サン・エデュケーショナル 2000
論語 吉田公平 たちばな出版  2000
論語紀行 坂田新 日本放送出版協会 2000
宋明の論語 松川健二 汲古書院 2000
男の論語2 童門冬二 PHP研究所 2000
論語234 吹野安、石本道明 明徳出版社  2000
人生は論語に窮まる 谷沢永一、渡辺昇一 PHP研究所 2000
孔子「論語」に関する文献目録 単行本篇 瀬尾邦雄 明治書院 2000
江戸古学派における「論語」注釈史の研究 金培懿 博士論文 2000
論語 現代五訳 宮崎市定 岩波書店 2000
論語の新しい読み方 宮崎市定 岩波書店 2000
孔子百科辞典 上海辞書出版社 2010
さまよえる孔子、よみがえる論語 朝日選書 竹内実 朝日新聞出版 2011
孔子学院伝播研究 劉程、安然 中国社会科学出版社 2012
孔子の倫理哲学論 道徳論を中心として 浅井茂紀 International Philosoply Institute
孔子論語 佐久協 NHK出版 2012
論語正 石永楙 中華書局 2012
論語入門(岩波新書) 井波律子 岩波書店 2012
論語の読み方 中野孝次 海竜社 2012
孔子 世界史リブレット人 高木智見 山川出版社 2013
論語集注 1~4 東洋文庫 朱熹 土田健次郎訳注 平凡社 2013
孔子聖蹟図 和版集成 竹村則行 花書院 2014
図説孔子:生涯と思想 孔祥林 科学出版社 2014
全訳論語 山田史生 東京堂出版 2014
徳川日本の論語解釈 黄俊傑著 工藤卓司訳 ぺりかん社 2014
近代における「論語」の訓読に関する研究 石川洋子 新典社 2015
孔子と魯迅 片山智行 筑摩書房 2015
日本古代「論語義疏」受容史の研究 髙田宗平 塙書房 2015
論語与近代日本 劉萍 中国青年出版社 2015
経典釈文論語音義の研究 髙橋均 創文社 2017
儒教 怨念と復讐の宗教 浅野裕一 講談社 2017
論語から人間学を学ぶ 田村重信 内外出版 2017
論語象義 三野象麓撰 上海古籍出版社 2017
論語徴集覧 松平頼寛撰 中国典籍日本注釈叢書論語巻 上海古籍出版社 2017
論語と社会 加藤要 おうふう 2017
「論語」と「西洋哲学」 藤本一司 北樹出版 2017
論語補鮮 山本楽所撰 上海古籍出版社 2017
六朝論語注釈史の研究 高橋均 知泉書館 2022

 

論文の部
泰西人の孔子を評するを評す 井上哲次郎 東学芸4  1882
孔子ノ教ハ支那国ニ如何ナル影響ヲ与ヘンヤ 赤座好義 東学芸3-46  1885
孔子の学術を汎論す 柳沢保恵 輔仁会雑23,24,28  1893~94
孔子之道と徂徠学 加藤弘之 東哲1-6  1894
孔子以後の学派 藤田豊八 東哲1-8,11,12   1894,95
孔孟の道 内藤耻叟  東哲1-3  1894
孔子と儒教 神谷初之助 斯文4-5  1922
孔子と文 柿村重松 斯文4-5  1922
孔子に於ける妥当性の個性的実現の問題 斎藤要 斯文18-1  1922
孔門の「時中」に就いて 成田衡夫 斯文3-2  1921
孔夫子追遠記念祭典の意義 塩谷温 斯文4-6  1922
孔夫子伝 服部宇之吉 斯文7-2  1922
孔夫子の偉大なる点に就いて 手塚良道 斯文4-5  1922
孔夫子略伝 服部宇之吉 斯文4-5  1922
周公孔子之道 今井彦三郎 朝鮮教育6-12  朝鮮教育会 1922
文廟の従祀及び清代尊孔御書匾額について 中山久四郎 斯文4-5  1922
予の孔子観 桑原隲蔵 斯文4-5   1922
余の観たる孔夫子 渋沢栄一 斯文4-5  1922
孔夫子の政治観 島田三郎 斯文5-4  1923
孔子とソクラテス 吉田熊次 斯文5-5  1923
大聖孔子 牧野謙次郎 斯文5-5  1923
孔夫子の二大事業 小柳司気太 斯文7-4  1925
孔夫子及び其の家系に就きての二三の考察 那波利貞 歴史と地理18-1  1926
孔夫子と我が国体 塩谷温 斯文8-5  1926
孔子の聖徳 宇野哲人 斯文8-8,9  1926
孔子の知天命 服部宇之吉 斯文9-9  1927
孔夫子と集大成 児島献吉郎 斯文9-5  1927
孔夫子の道 小野錬太郎 斯文9-12  1927
孔孟の権道に就いて 内野台嶺 斯文9-7  1927
支那史上の偉人 孔子と孔明 桑原隲蔵 東洋史説苑 1927
孔子の敬天思想 青木晦蔵 東洋文化54  1928
孔子祭典に就て 阪谷芳男 斯文10-1  1928
孔子の謙虚の心 高田真治 斯文10-6  1928
孔子の実行主義 飯島忠夫 斯文10-3  1928
孔子の知天命に就いて 青木晦蔵 東洋文化46  1928
孔子の徳業 小柳司気太 斯文10-2  1928
孔夫子と現代支那 塩谷温 斯文10-6  1928
孔夫子の政教 赤池濃  斯文10-11  1928
孔孟紀年 新城新蔵 高瀬還暦記念支那学論叢 1928
孔子の仁 蟹江義丸 斯文11-4  1929
孔子の聖徳に就いて 今村完道 斯文11-11  1929
孔子の大義名分説に就いて 宇野哲人 斯文10-6  1929
孔老の思想 常盤大定 丁酉倫理会倫理講演集326  1929
正しく観たる孔夫子の聖徳 中山久四郎 斯文11-8  1929
孔子の道 飯島忠夫 斯文12-9  1930
孔子の仁と儒者の学 遠藤隆吉 哲学雑誌46-535  1931
孔子の榡像及画像 馬場春吉 東亜4-2,3  1931
史記の孔子伝大要 岡崎文夫 歴史と地理27-1   1931
孔子教について 荻原拡 斯文14-7  1932
支那思想史上に於ける孔子の地位 高田真治 哲学雑誌47-539  1932
満州の孔子廟建築 村田治郎 満州学報1 1932
孔子教のフランス進出 後藤末雄 丁酉倫理会講演集373  1933
孔子と老子 加藤一夫 東洋哲学38-1   1931
孔子の軍事観 岡村利平 大東文化9 1935
論語より観たる孔夫子の教導法 合田万吉 斯文17-7  1935
孔子教に於ける実行の価値 飯島忠夫 斯文4-5  1936
孔子以前の仁字とその意義 山口察常 斯文18-8  1936
孔門伝授の心法 成田衡夫 服部古稀記念論文集 1936
孔子とイエス 大塚繁樹 媛大紀要1-4  1953
詩書と孔子の天及び天命の思想 米田登 文と思6  1953
孔子および孟子の兵戦思想 内田智雄 同志社法学26  1954
孔子学団 宇都宮清吉 東洋学報(京都)25  1954
天下周遊の構造 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報5  1954
孔子の管仲譚 華夷論の一端として 高田真治 東洋研究6  1963
孔子の仁の思想について 馮友蘭著 高橋均訳 漢文教室64  1963
貝塚茂樹著「孔子」についての往復書簡 西谷啓治、貝塚茂樹 図書24  1951
孔子に於ける仁思想成立の過程 石黒俊逸 支那学研究8  1951
尚書孔子伝の態度 加賀栄治 学芸3-1  1951
人間孔子 谷川徹三 斯文4  1951
孔子死生の説 那智佐典 東洋学研究7  1938
孔孟以後の儒教 秋月胤継 斯文20-6  1938
東洋史上に於ける孔子の位置 宮崎市定 東洋史研究4-2  1938
論語に現われたる孔子の人間観 西村侃三 斯文21-11,12  1939
孔子的自我の展開 牧尾良海 哲学雑誌55-639,642  1940
孔子の仁 平田栄(講演)  斯文22-1  1940
孔子の学的精神とその展開 田所義行 漢学雑9-3,10-1  1941-42
孔子より孟子に至る自己観の展開に就いて 赤塚忠(講演) 斯文24-12  1942
孔子の思索生活  1,2 田所義行 漢学雑11-2,3;12-1,2   1943~44
孔子の教学 佐藤匡玄  建大研月報38  1944
孔学総論 谷本富 東学芸4-73  1945
孔子について 貝塚茂樹 世界10  1946
人間孔子 林語堂 実藤恵秀訳 新中国1-3  1946
マルクス孔子に会う 郭沫若 実藤恵秀訳 中国文学95  1946
孔子と子産 貝塚茂樹 東光1   1947
孔子の学問精神 原佑 叙説4  1950
孔子の人間観 板野長八 学士院紀要8-1  1950
春秋著者説話の原形 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 叙説5  1950
フランス人の観たる孔子 附・戦后欧米における孔子の研究 麓保孝 斯文33-4 1951
去魯 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学芸報3 1952
孔子とゾロアスター 飯島忠夫 長野短期大学4 1952
顔回と孔子門の学風 髙橋享 天理大学報6 1952
夾谷の会 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学芸報4 1953
陽虎雑考 孔子伝 田中佩刀 斯文25  1959
孔子礼思想管見 山下実 支那学研究24,25  1960
孔子と尚書 松本雅明 福井康順博士頌寿記念  1960
孔子の宗教的立場 金谷治 集刊東洋学6 1961
孔孟の思想と漢唐の儒教 小島佑馬 東洋文化7 1961
孔子思想の三支点 道・命・楽 大浜晧 中国文社12  1963 
孔子の精神に関して所感を陳ぶ 元良勇次郎 東洋哲学2-10  1895
孔子の誕生会に就て 日下寛 東洋哲学2-9  1895
孔夫子誕生祭に就き 関根正直 東洋哲学4-2  1896
孔子誕生に就きて 重野安繹 東洋哲学3-1  1896
孔子の精神 日下寛 東洋哲学4-2  1897
孔子の降誕に就きて  島田重礼 東洋哲学4-1  1897
孔子の学説 松村正一 東洋哲学8-9~12 1901
孔子の教育及宗教 穂積秀範 龍谷史壇10  1902
孔夫子と儒教 島田三郎 東洋哲学 9-1,2  1902
孔子の所謂君子に就きて 蟹江義丸 東洋哲学10-1  1903
孔子教の趣旨 星野恒 東洋哲学11-1   1904
孔夫子研究を評す 中島徳蔵 丁酉倫理会講演集33,34  1905
孔子ノ人格ニ就テ 井上哲次郎 太陽13-10  1907
孔聖の修養 山田準 東洋哲学15-6  1908
孔夫子の運命観 大島順三郎 東洋哲学17-6,8・18-3 1910~11
孔子に対する社会的信仰の矛盾 村上専精 丁酉倫理会講演集101  1911
孔子の倫理説に就て 松村正一 東洋哲学18-5   1911
支那に於ける孔夫子の尊崇 服部宇之吉 東亜研究1-1  1911
孔夫子の政治上に於ける教訓 深作安文 東亜研究3-6  1913
孔子教 及川生 慶義学208,209  1914
孔子 井上哲次郎 斯文20-6  1938
孔子伝より見たる論語の解釈 岡村利平 大東文化16  1937
孔子と老子 諸橋轍次 斯文33-4  1937
遭難 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報6  1955
文学としての孔子世家 バートン・ワトソン 中文教2  1955
孔子の思想について 吉川秀一 阪学大紀4  1956
孔孟の命について 金谷治 日中会報8  1956
陳蔡の間 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報7  1956
孔子の陳蔡厄考 田中佩刀 静岡女子大紀要4  1957
「孔子の道」の解釈をめぐる二三の疑義 近藤康信 東支学報3 1957
孔教私観 長谷川如是閑 斯文22  1958
孔子と易 高田真治(講演)  大東漢学1  1958
孔子と墨子 山室三良 九中会報5  1959
陳蔡の間 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大学研報9  1959
孔子の大同思想 張厲生 斯文28  1960
孔門の十哲に就いて 山本徳一 漢学研究1  1936
孔子の情操面の一考察 田所義行 東女大論14-2  1964
孔子における愛と死と考と 加地伸行 東方宗教24  1964
孔子教学の宗教性 金戸守 四天女子紀要7  1965
孔子の虚構性 山田統 国学雑誌66-10   1965
孔子の天下遊説について 木村英一 日中会報18  1966
孔子の職歴について 木村英一 立命館文学264-5  1967
弟子7、8 孔子説話の思想史的研究 渡辺卓 梨大教育報17-1  1967
孔子と易 鈴木由次郎 東方宗教31   1968
論語と人間 孔子における人間性と宗教性 西藤雅夫 彦根論叢132、133   1968
孔子の学校について 木村英一 東方学38   1969
孔子とその教育 喜多川忠一 群馬大学教育学部紀要人文社会科学18  1969
聖人の虚像と実像(孔丘) 丸山松幸 人物中国志2 1974
官吏養成を目的とした孔子学園の教育 高峰文義 福岡大学人文論叢10-3  1978-1979
論語にみる孔子の人間評価基準 その識別に関する一考察 仙田美智子 近畿大学女子短期大学研究紀要16  1986
孔子と「論語」 森野繁夫 漢文教育 1999
「論語徴」における「礼」 暢素梅 人間文化研究年報23  1999
孔子の身長について 春秋時代の尺度と評価 若江賢三 人文学論叢16  2014年
孔子の仁説について 青木晦蔵 大谷大学仏教研究会  2017,4,4
孔子の仁と何か 上・下 吉永慎二郎 秋田大学教育学部 2017.2.16
孔子の天に対する思想:その宗教的性格について 三浦吉明 集刊東洋学36  2017.4.12
後桜町女帝宸筆仮名論語について 所功 京都産業大学2018.02.01

 

 

 

  このように孔子及び論語に関する文献は古来から今日に至るまで実に膨大な量にのぼる。若い読書子に一冊を奨めるとすれば、高木智見「孔子」(世界史リブレット)である。100頁たらずの冊子であるが、比較的本を求めやすい。また最新の出土資料をもとに論語のテキストを検討している。孔子の中心思想である「仁」についてしぼって論述している。論語と孔子の関係書は多いがほとんどが現代的な解釈を各自が自由に論じているが、本書は春秋という時代状況を可能な限り考察し、孔子の思想について論述している点を評価したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年4月27日 (木)

哲学の日

  本日は「哲学の日」。紀元前399年のこの日、ギリシアの哲学者・ソクラテスは、死刑宣告を受けて、「悪法もまた法なり」と言って、自ら毒杯を飲んで亡くなったとされる。だがソクラテスの有名な言葉「悪法もまた法なり」の出典は、いくらさがしてもない。弟子のプラトンが書き残したという事実もない。この言葉は本当にソクラテスの言葉なのであろうか。プラトン(前427-前347)がソクラテス(前470頃-前399)に出会ったのは、ディオゲネス・ラエルティオスの「哲学者列伝」によればプラトン20歳、ソクラテス56歳、前407年と推定している。一説によると、プラトンの兄のアディマントスかグラウコンがソクラテスと親しかったからといわれる。ともかく、プラトンは以後8年間ソクラテスの弟子となる。その後ソクラテスは前399年、死刑となるが、その時、プラトンは28歳だった。ソクラテスの死は、プラトンにとって哲学の原点となった。

    ソクラテスの死後、プラトンは他の人々とともに、メガラのエウクレイデスのところに一時身を寄せたほか、キュレネやエジプトに旅をしたと伝えられている。この頃、亡きソクラテスを主人公とする対話篇を書きはじめた。「政治家が哲学するか、哲学者が政治をするようにならないかぎり、人類は不幸から救われないであろう」(『国家』)というプラトンの政治哲学が生まれた。

   ソクラテスが投獄されたとき、毒逃亡の機会があったにもかかわらず、国法に従って毒杯をあおいで死んだ、という話が日本では明治以来伝わるが、実はこれは作りはなしである。ソクラテス自身の著作はなく、弟子の伝聞にもない。英語でそれらしき部分には、「obey and do not do otherwise」つまり「自分の哲学に殉じて死を選ぼう」という意味。悪法でも刑に服する、の意味とは正反対。むしろ「法だからといって従う義務はない。自分自身の信念にのみ従う」ということである。明治の法曹はソクラテスの故事を遵法精神として鼓吹した。まことに国家にとって都合のよい名言である。(4月27日)

 

 

2023年4月22日 (土)

カント、カントで半年暮らす

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   ドイツの哲学者イマヌエル・カントの1724年の誕生日。ある大学の教授が、ドイツ哲学を専攻する学生が、ここ数年いなくなった、と嘆いていた。哲学科や史学科には学生が集らないという。大学にきちんと文学部があって哲学科や史学科があるところも少なくなっているらしい。その教授の話によれば、「今どきの流行は国際・情報・環境などで、こういったキーワードで看板を付け替えないと予算が回ってこないという事情がある。民俗学はほとんど消滅しており、史学科も東洋史、西洋史という区分けでの研究が難しくなっている。見栄えのよいラベルと評価受けの良い外向けのメニューは並べ立てられているが、内容は反比例して空疎になっている」とのことである。最近の大学は産業界との連携で、人文社会系より自然科学系、基礎研究より応用・実用研究、教養的教育よりは実習的研究、に片寄る傾向がある。そのほうが公的資金を得られやすいからである。高等教育機関が国家戦略の手先と成り下がった。ヘーゲルの言葉には「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」という有名な句があるが、理性的であるためには、まず学問の場の自由な精神文化を回復することが必要であろう。18、19世紀の西洋近代がこれまで築いてきた伝統的な学問を学習、研究する今日的な意義は少しも失われていない。(4月22日)

2022年12月 2日 (金)

人はなぜ歳を取ると10年、1年が早く感じるのか?

220pxpaul_janet   人が感じる月日の流れや過去を振り返ったときの時の流れの早さに対応する感覚は若い頃は遅く、年をとるにつれて短く早く感じるようになる。このように年齢によって時間の感覚が異なる現象は「ジャネーの法則」といわれ、フランスの哲学者ポール・ジャネー(1823-1899)が提唱した。

   年齢を重ねるごとに時間の流れが速く感じるようになる原因のひとつが、様々な経験の蓄積であるといわれている。まだ経験が少ない子供の頃は、日々新しい情報や刺激が入ってくるため、脳の使用頻度が高く、いわば毎日の実感が濃い状態になる。その分、時間の流れもゆっくりに感じる。それが、年齢を重ねると、そうした情報や刺激が脳に蓄積され、新しい情報に出会う機会が減少してくる。既に知っている情報を開き、すでに経験した事を行い、同じような毎日を繰り返していると、毎日の実感が薄い状態になり、振り返るとあっという間に過ぎ去ったような感覚になるわけである。「チコちゃんに叱られる」ではトキメキ(心の動き、好奇心)が少なくなるからで、だいたい19歳を境に大人になって、時間が早く過ぎると感じるようになると説明している。(Paul Janet)

2022年10月 2日 (日)

死に至る病

    セーレン・オービエ・キルケゴール(1813年5月5日生。1855年11月11日没)は父ミカエル・ペーダーゼン・キルケゴールと母アンネ・セーレンスダッター・ルンとの間の7番目の末子としてコペンハーゲンに生まれた。父は実業家であったが、宗教的苦悩を内に秘めた人であり、キルケゴールは、この父の影響を受けて憂愁な性格と罪の意識が強かった。「私は生まれたときから老人であった」と自らの幼児期を追想している。

    キルケゴールは、コペンハーゲン大学を出て、ベルリン大学に学ぶ。生涯定職につかず、父の遺産によって生活し、著作生活を送った。

    1849年、アンティ・クリマックスという偽名を用い、「死に至る病」を著わす。第一編「死に至る病とは絶望である」第二編「絶望は罪である」。キルケゴールは、現代人は深刻な精神の病気にとりつかれていると洞察する。「絶望するものは、絶望して自己自身であろうと欲する。しかし、もし彼が絶望して自己自身であろうと欲するのなら、彼は自己自身から抜け出すことを欲していないのではないか。たしかに、一見そう思われる。しかし、もっとよく見てみると、結局この矛盾は同じものであることがわかるのである。絶望者は絶望してあろうと欲する自己は、彼がそれである自己ではない。すなわち、彼は彼の自己を、それを措定した力から引き離そうと欲しているものである。しかしそれは、どれほど絶望したところで、彼にはできないことである。絶望がどれほど全力をつくしても、あの力のほうが強いのであって、彼がそれであろうと欲しない自己であるように、彼に強いるのである。しかし、それにもかかわらず、彼はあくまでも自己自身から、彼がそれである自己から、脱け出して、彼が見つけ出した自己であろうとする。彼の欲するような自己であるということは、それがたとえ別の意味では同じように絶望していることであろうとも、彼の最大の喜びであろう」

    1837年、キルケゴールは、24歳のときレギーネ・オルセンという少女に出会い、3年後に婚約した。しかし、翌年8月、彼はこの婚約を理由も告げず一方的に破棄した。これは彼の生涯を決定した最大の出来事であった。他人の運命を支配することになる結婚へのおそれからである。5年後レギーネは他の人と結婚したが、キルケゴールは終生レギーネを愛し、独身で過ごした。レギーネは夫と西印度諸島へ赴任する直前、彼に通りすがりに会釈した。キルケゴールは話しもせずに行き過ぎてしまった。これが2人の最後の別れだった。彼はその年の10月2日、街路上で昏倒し、11月11日、42歳の若さで死亡した。

2022年8月15日 (月)

ニコライ・グルントヴィ

  ニコライ・フレデリック・セヴェリン・グルントヴィ(1783-1872)はデンマークの牧師・教育家。グルントヴィはフォルケホイスコーレ(国民高等学校)の創始者として有名である。彼は既成の学校が無意味な暗記、試験、理念のない実学教育、立身出世をめざす競争を施しているとして、それらを「死の学校」と呼んだ。また彼は「教育(教え導く)」という言葉を嫌い、教育とは本来「生の自覚」を促すものだと考えたのである。そのような教育を行うためにもフォルケホイスクーレの創設を提唱した。そして試験も資格も問わず、学びたい者が自由に学ぶことが可能であるフォルケホイスコーレは、当時の農民解放運動に支援されて、デンマーク中に広がっていったのである。のまた彼の教育思想はデンマークのみならず諸外国にも大きな影響を与えた。内村鑑三は「デンマルク国の話」において彼の思想を述べている。またデンマークが小国でありながら、国家再建のため酪農国家の建設を企てたことなど、敗戦国の日本に大きな影響を与えた。

 

2021年6月 4日 (金)

哲学者タレスと七賢人

Greuter

 

    古代ギリシアのイオニア学派の自然哲学者タレス(前640頃~前546)は「万物の始原(アルケー)とは何か」ということを日夜考えあぐねていた。タレスは、空をふり仰いで、星をいっしょうけんめいに見ていたために、足もとの泉に気がつかず、落ちてしまった。それを見ていたトラキア生まれの女奴隷に、「ご主人さまは空のことにはたいへんご熱心ですが、鼻先や足もとのことには、ぜんぜんお気づきになりませんね」と笑われた。ところが、さすがにタレス先生、「万物の始原は水なり」と悟ったという。

   タレス、プリネリエのビアス、ミュティレネのビッタコス、アテネのソロンの4人は必ずギリシアの七賢人に入るが、他の3人の名は伝えによって異なる。スパルタのキロン、リンドスのフレオブロス、ケナイのミュソン、コリントスのぺリアンドロス、ディオゲネス・ラエルティオスの名が挙げられている。

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