無料ブログはココログ

2018年8月 5日 (日)

運命の赤い糸の伝説について

   昔から言い伝えで、結婚する男と女は、生まれたときからお互いの小指と小指が目に見えない赤い糸で結ばれているといわれている。この「赤い糸」の伝承は、いかにも西洋風に思えるが、ヨーロッパにはそのような伝承はなく、実は古代中国にあると考えられる。「南方熊楠全集3」の「月下氷人」の項に類似例が載っている。「唐の宰相張嘉、五女におのおの一糸を持てのれんのかげにならしめ、郭元振して前(すすんで)牽きえた者を妻(めと)らしめると、五色の糸のうち紅線(べにすじ)を引いて第三女を得た、とある。福引で嫁取りとは捌けた仕方だ」この話は『太平広記』に収められた唐代の「続玄怪緑」(李復言)の「定婚店」がもととなっている。「古事記」「日本書紀」にも「三輪山伝説」という話があり、赤い糸のルーツとする説もある(「雑学王 話のネタ大事典」河出書房新社 97p)

2018年6月26日 (火)

ハーメルンの笛吹き男

Hamelinnewpiedpiper1992r

  1284年6月26日、まだら模様の服を着た男が笛を吹くと、まちの子供130人が踊りながらその男について行き、遠くに消えてしまった。親たちはわが子を探したが、ついに見つからなかった。あの子供たちはどこに消えてしまったのだろうか。これまで25もの学説が生まれた。舞踏病にかかった子供たちが踊りながら消えてしまったと考える人、子供十字軍に徴兵されて聖地へ出かけていったと考える人、ペストなどの病気による大量死、崖に落ちて死んだという事故説などもある。当時、ドイツ東部、チェコ、ポーランドなどで開発がさかんに進められた。領主である貴族たちが各都市に植民請負人を派遣して移住者を募っていた。この植民請負人こそが笛吹き男であり、消えた130人の子供たちは、ハーメルンを捨てて新天地へ旅立った若者たちだと考える説もある。「ハメルンの笛吹き男」の話はゲーテ、グリム、ロバート・ブラウニングの詩などで知られる。昔話はたいていは「むかしむかし」と、期日が明確でないが、この話ははっきりと日付が記されており、史実として残っている。

   アニメ映画「千と千尋の神隠し」のように日本にも「神隠し」といって、子供などが、にわかにいなくなって、どれだけ探してもついに戻ってこなかったという話が残っている。すなわち、天狗、鬼、隠し神、隠し婆、隠れ座頭など、さまざまな妖怪によって隠されるという。平田篤胤による寅吉少年の神隠しの物語もある。( The Pied Pier of Hamelin )参考文献;阿部謹也「ハメルンの笛吹き男伝説の成立と変貌」 思想581   1972.11

2018年3月24日 (土)

マザー・シプトンの洞窟

   予言者マザー・シプトン(1488-1561)はイングランド・ヨークシャー州ネアズバラで生まれた。その容貌の醜さから悪魔の子とも噂された。彼女は1512年にヨーク近郊の大工トビー・シプトンと結婚し、生涯を通じて多くの予言を残した。国王たちの命運、1588年のスペイン無敵艦隊の敗北、1666年のロンドン大火、鉄の船の誕生など。彼女が生まれた地ネアズバラには「マザー・シプトンの洞窟」という井戸がある。ここを訪れた観光客は、マザー・シプトンの不思議な力の御利益を求めて、この井戸に、ラブレターやお守り、そして近ごろはクマの縫いぐるみなどを投げ込んでいく。 Mother Shipton's Cave

2018年3月20日 (火)

バアルの神殿

  1928年、シリア北部ラス・シャムラでシリア人の農夫が、奇妙な粘土板を掘り出した。町の郊外にある丘の麓に、青銅器時代の古代都市ウガリットが埋もれていた証拠でもあった。まもなくクロード・シェフェール(1898-1982)率いるフランスの考古学調査隊によって何百もの粘土板が発見された。大半の粘土板には、カナンの神話に登場するバアル神を主人公にした大叙事詩が記されていた。これらの物語は「バアル史詩集成」と呼ばれている。一連の物語は、バアル神がライバルのヤムを倒して王権を握るところから始まる。バアルを称えて宴が催されるが、翌日、妹であり恋人でもあった戦の神アナトがウガリットの町の戦士たちを皆殺しにしたため、町の人々は恐れをなして町から逃げ出してしまう。バアルが、せっかくヤムとの戦いに勝ったのに、父のイルは自分の神殿を持つことを許してくれない、とアナトに不満を漏らすと、アナトはイルのもとに行き、もしバアルが自分の神殿を持つことを許さないのなら、その灰色の髪を血に染めてやると脅かした。するとアナトの足もとから地震が起こる。イルは慌てて玉座の間から逃げ出した。この地震はきっと上なる神々のご意志に違いないと信じたイルは、ウガリットの神殿をバアルに与えた。物語はバアルと死の神モートの戦いで終わる。バアルが永遠にモートの下僕と化してしまうことがないようにと、太陽の女神シャパシュはバアルに知恵を授ける。モートとの最後の闘いの際に、自分の身体を身代わりの身体とすり替えておくように、と助言したのだ。闘いのあと、バアルは山中に身を隠す。そのため神々はバアルが死んだものと思った。深い悲しみに沈んだアナトは、兄を探して冥界に降りていき、その命を返してほしいとモートに乞うた。だがモートはかかと笑って女神を相手にしない。怒った女神は剣をとってモートに襲いかかり、その骨を身体からつかみ出し、肉を細かく切り刻み、遺骸を鳥どもに投げ与えた。恨みを晴らしたアナトはイルのもとに帰る。だがそこで彼女を迎えたのはバアル自身だった。彼はついにウガリットの王となったのである。Claude Schaeffer

2017年12月 3日 (日)

ただ風が吹いているだけ

   人は死んだらどうなるのか?中川信夫監督の「地獄」(1960)は血の池地獄、針山など日本古来の地獄絵をスクリーンに再現している。水木しげるワールドのようだ。先ず「死出の山」と呼ばれる険しい山がある。暗い山道を登っていき峠を越えると、明るくなってくる。見下ろす山の麓には、曼珠沙華の美しい花畑が広がっている。山を降りると大きな川が見えてくる。これがこの世とあの世の境界となる「三途の川」である。賽の河原では奪衣婆が亡者から衣類をはぎとり、懸衣翁が枝にかけ、その枝の垂れ具合で亡者の生前の罪の重さを計る。最後に閻魔大王(映画では嵐寛寿郎が扮している)が死者の生前の罪を裁く。判決が下り六道の辻と呼ばれる道にそれぞれが進む。出演は天知茂、三ツ矢歌子。沼田曜一がネズミ男のような悪魔の友人を演ずる。

   年の瀬になると人は「死」を考える。これは老齢になるほど身に迫ってくる。今年も多くの有名人たちが惜しまれつつ世を去った。クイズダービーの篠沢教授。時代劇の大スター松方弘樹。子供のころ「伊賀の影丸」を芦屋会館で見た。ゲバゲバの藤村俊二。黒沢組の土屋嘉男。ムシュ、かまやつひろ「あのとき君は若かった」。時代屋の女房、渡瀬恒彦。ミニスカートを日本に紹介した野際陽子。「髪結いの亭主」ジャン・ロシュフォール、「恋するガリア」ミレーユ・ダルク。こうしてあげていると、はしだのりひこの訃報。長い闘病生活。歌詞のとおり「ただ風が吹いているだけ」。12月になって海老一染之助(83歳)、野村沙知代(85歳)、早坂暁(88歳)、深水三章(70歳)、真屋順子(75歳)らが死去。新しい年を迎えて星野仙一(70歳)の突然の訃報、死は誰にも突然にやってくる。夏木陽介さんを偲んで「太陽野郎」を聴く。ドロシー・マローン。男くさい西部劇にお色気をそえた女優さん。合掌。

2017年8月 7日 (月)

ワニ・サメ論争

Gator     古事記「因幡の白兎」に登場する「ワニ」を白鳥庫吉は、「あのワニはクロコダイルやアリゲーターのような鰐ではない。あれは鮫だ」と説いた。(「和邇考」)出雲や隠岐の方言では、鱶や鮫をワニと呼んでいる。これに対して、ほかの学者からは、ワニが日本に漂着する可能性があり、気候に恵まれて繁殖していた、という。またワニが並んで伏しているというのはワニによくある生態で、鮫にはできない。つまり因幡の白兎に登場するワニはクロコダイルであって鮫や鱶ではない。この説話が南方説話の証拠だという。しかし、南方熊楠は「十二支考」で巳の年で白鳥説を支持している。白鳥の弟子の津田左右吉は海蛇であるという。このワニサメ論争は現在も明らかではない。

   しかし1964年に大阪府豊中で約40万年前の地層からワニの化石が発見された。全長8mもある大型のワニでクロコダイルの仲間であることがわかった。日本にもワニがいた!

  ちなみにアフリカからアジアに生息するのがクロコダイル、南北アメリカに生息するのがアリゲーター。語源としては、クロコダイルはギリシア語、アリゲーターはスペイン語に由来する。

参考;「ワニ氏の研究」日本古代氏族研究叢書 加藤謙吉 (crocodile,alligator)

2017年2月 9日 (木)

神に頼るな。自力で突破せよ!

  大津波に襲われ転覆した豪華客船からの決死の脱出劇を描く「ポセイドン・アドベンチャー」(1972年)。「神に祈って頼るな。自力で苦難を突破せよ」と説くスコット牧師に率いられ生残った9人が自らの手で運命を切り拓く。サミュエル・スマイルズいわく「天は自ら助くる者を助く」(自助論)。この格言は聖書には見当たらず、ラテン語以来の古いことわざで、英語での初出は1475年頃となっている。またイソップには次のような話が見える。嵐で船が難破し乗客がみな海に投げ出された。その中の一人の金持ちのアテナイ人がいて、彼は何もせずにしきりに女神アテナに祈っていました。そこでそばにいた人は「アテナの助けを受けて、あなたも手を動かしなさい」といった。

2016年8月26日 (金)

幻獣バジリスク

Fig_1_ancientbasiliskweb   蛇・トカゲ・竜のような形態をした伝説上の怪物。チョーサーの「カンタベリー物語」に登場するバシリスクが、コカトリスに変化して広まっていく。息や視線で飛んでいる鳥を殺したりすることができる。「図説ヨーロッパ怪物文化誌事典」。basilisk cocatris

2016年8月24日 (水)

丹後国風土記の浦島伝説

Photo_3   浦島太郎の話は室町時代の「御伽草子」にみられるが、もとの話は7世紀後半の「丹後国風土記」逸文(釈日本紀所引)に見える「水江浦島子(みずのえのうらのしまこ)である。ふつう龍宮城から帰った浦島太郎は玉手箱をあけると白髪の老人になり、ツルとなって天にのぼり、浦島明神になったとあるが、これらは中世以降から登場するもので、丹後風土記では死んだところで終わっている。浦の嶋子、亀姫などの相違もある。以下、梗概を記す。

    雄略天皇の頃、浦の嶋子は漁に出たが不漁だった。ところが帰路、亀のような乗り物(五色の亀)と不思議な女に出会う。女は、「天上仙家」から来たという。女に誘われて、浦の嶋子はその五色の亀に乗るが、乗るとすぐに嶋子は、寝入ってしまう。目をさますと、海上の島が迫ってきた。そこは、これまで見たこともないきらびやかな宮殿と楼閣があった。中に入ると亀姫が現れ、嶋子はそこで亀姫と楽しい日々を送ることになる。そこには7人のスバル座星人と8人の牡牛座星人がいた。かれらはみな故郷に帰りたがっていた。そうこうしている内に、嶋子も故郷へ戻りたくなったので亀姫に暇乞いを願い出る。亀姫は、帰る嶋子に玉くしげを授ける。そして嶋子は、再び五色の亀に乗り、眠る内に故郷に着く。だが、そこには家もなく、知る人もいなかった。周りの人に事の次第を尋ねると、自分はだいたい300年も前に海で行方不明になっていたのである。なすすべを失った嶋子は、亀姫からもらった玉くしげを開ける。すると箱の中から、かぐわしい蘭のような体が、風雲に率いられて、蒼天にひるがえって飛んだ。そのあと、嶋子は、みるみる老人となり、その場で死んだ。

この説話は文章家の伊預部馬養(いよべのうまかい)が丹波国宰の時に採録したものと考えられている。

2016年6月25日 (土)

ロカルノの女乞食

 ドイツの劇作家ハインリヒ・フォン・クライスト(1777-1811)と聞いても、ご存知ないかもしれませんが、彼の作品は20世紀に入ってから評価が高まり、現代ではドイツを代表する劇作家の一人に数えられている。「ロカルノの女乞食」(1810)は、クライストの短編中、もっとも短い怪談である。

 アルプスのふもと、北イタリアの町ロカルノの近くに古い城がありました。それはある侯爵の城で、ロカルノの北方、ザンクト・ゴットハルト峠のほうからくだってくると、今でも廃墟となったその城をながめることができます。この城には、天井の高い大きな部屋がいくつもありました。かつて、そうした部屋のひとつに、床にしいたわらに病気の体を横たえて、ひとりの老女がくらしていました。はじめ老女は城に物乞いにやってきただけだったのですが、侯爵の奥方がこの老女の身の上に同情して、部屋を貸し与えたのでした。ところで、侯爵は狩りから帰ってくると、いつもこの部屋にはいり、猟銃を肩からはずしてともの者に手渡すことにしていました。その日も、狩りをおえて、いつものようにこの部屋にはいってきた侯爵は、たまたま老女に気がつきました。そこで侯爵は老女に向かって、暖炉のうしろにうつるように不機嫌そうに命じました。老女は起き上がりましたが、磨き上げた床に松葉づえをすべらせてころび、ひどく腰をうってしまいました。それでも老女はなんとかし身をおこし、言われたとおり部屋を横切って、暖炉のうしろまでたどりついたのです。しかし、そこでうめき声をあげながらたおれ、そのまま息をひきとってしまいました。何年かたちました。そのあいだ、戦争や凶作がつづいたために、侯爵の財産もすっかりとぼしくなっていました。ちょうどそんなときのことでした。フィレンツェの騎士があらわれ、すばらしい場所にたつ侯爵の城を、売ってもらえないだろうかと申しでたのです。お金にこまっていた侯爵は、この申し出に心を動かされました。そこで、この騎士を城に泊めることにしました。しかし、騎士が案内されたのは、かつて老女が体を横たえていたあの部屋だったのです。ところが、真夜中になったころのことです。とりみだし、真っ青になった騎士が階段をかけおりると、侯爵夫妻のところへ飛びこんできました。そして、あの部屋には幽霊がでると言うのです。朝になり、騎士はその提案をことわり、そそくさと旅立っていきました。この出来事は多くの人々の関心を集めました。そのため乞食の幽霊がでるという噂が広がり、買い手がつかないのです。事実をたしかめようとした侯爵の耳に不気味な音が聞こえ、かれは狂って城に火をつけ、焼け死んでしまいました。侯爵の遺骨は、村人たちの手でひろい集められました。その真っ白な骨は、侯爵が女乞食に起き上がれと命令したあの部屋のすみに、今も安置されています。

より以前の記事一覧

最近のトラックバック

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31