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2022年8月13日 (土)

浴衣まつり

4_large 本日は、徳川吉宗が八代将軍となった日である(1716年)。吉宗と夏の風物詩「姫路浴衣まつり」とは関係がある。その起源は寛保2年(1742年)の話。3代目藩主、榊原政岑(1713-1743)は江戸の吉原の高尾大夫を落籍するほどの遊女遊びが好きだった。これが徳川吉宗の怒りを買い、懲罰的な越後高田へ転封が命ぜられる。政岑は長源寺に長壁神社を移し、遷座祭を開催し、町人に浴衣姿での参加を認めたことから「姫路ゆかた祭り」が始まったとされる。今年もコロナ感染の影響で中止された。オリコンニュースでは「浴衣が似合う女性タレント」で新垣結衣が吉永小百合をおさえて第一位に輝いた。個人的には和装の所作を総合すると祇園の紗月が一番か。またはんなり京美人のAKB横山由衣。(8月13日)

 

 

アンティポディーズ諸島

 山川出版社の「一問一答 地理用語問題集」の地球に関する基本的事項の問題。「地球を半球に分けた場合、海洋面積が最大になるように区分をした場合、その半球の中心はどのあたりか」 答えはアンティポディーズ諸島。ニュージーランドに属するスチュアート島、バウンティ諸島の南にある無人島で、水半球の中心付近に位置する。名称は、この諸島が長らく英国ロンドンの対蹠地(Antipode)であると誤解されたことに由来する。とはいえ、同諸島がロンドンの対蹠地から最も近い陸地=ロンドンから最も遠い陸地であることに変わりはない。

インドと思われた新大陸はなぜアメリカと呼ばれたか?

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北アメリカ最北端の景色

 

 「地理上の発見」といわれる15世紀末から16世紀にかけて、発見された新大陸や島には発見者の名か、スポンサーの名に由来した命名がされるのがふつうだ。1492年にアメリカを発見したコロンブスは、インドと感ちがいして、1500年まで3回の航海をしてキューバ、ハイチをはじめトリニダード島などを発見するが、あと一歩で大陸というところまでいった。しかし新大陸の名称はコロンビア大陸とはならず、航海者アメリゴ・ベスプッチにその名誉をかっさらわれてしまった。日本では、ふつう「アメリカ」いえばアメリカ合衆国の略称として用いられることが多い。だが北米、中米、南米および西インド諸島を含むいわゆる新大陸の総称として、「アメリカ」(州)として用いられることもある。それは1507年にドイツの製図師マルティン・ヴァルトゼーミュラー(マーチン・ワルトゼーミュラー、マルティ・バルドゼーミュラーなど)が、「世界地誌」のなかで「世界の第四の地方」として、新大陸、とくに南アメリカを「アメリカ」と呼ぶことを提案したのが起源である。それはアメリゴ・ベスプッチ(1454-1512)の1502年の南米探検(パタゴニア地方)によって、アメリカ州が東インドではなくヨーロッパ人にとっての南アメリカは新大陸と指摘したので、「アメリゴ・ベスプッチ」の名前から「アメリカ」と名付けられたと普通いわれている。しかし近年の研究によると、イギリスではすでに15世紀末には北米を「アメリカ」と称していたと研究者は言っている。それはジョン・カボット(1450-1498)がカナダ東南岸のケープ・ブレトン島からニューファンドランド島などの探検により、探検出資者リチャード・アメリク(Richard Amerik)の名前を取って「Amerik's land」として知られていた。ヴァルトゼーミュラーは「新大陸」を「アメリカ」と呼んだのは、北米・中米・南米を総称するにふさわしい名称として提案したのではないだろか。

   つまりアメリゴ・ベスプッチ「アメリカ起源説」には疑問があるわけである。イタリア人アメリゴ・ベスプッチがその名をヨーロッパで知られたのは1503年にパンフレット「新世界」(Mundus Novus)を出版したからである。アメリゴのラテン名アメリクス・ベスプッチの語尾を地名接尾辞ア(a)と置き換えて、アメリカ(America)「アメリゴの(土地)」を意味すると説明づけられてきた。しかし、通常、地名に発見者が因む場合、ファースト・ネームを使う場合はほとんどない。たとえばタスマニア島の発見者アベル・タスマンAbel Tasmanはタスマンに地名接尾辞iaをつけて「タスマン氏の島」と命名している。通常、ベスプッチに敬意をはらうのであれば「ブスプニア」など氏に因むのが通例であろう。またベスプッチが南米の探検が中心で、北米への探検がないのにアメリカの総称というのも不思議な話である。第三にベスプッチは商人であり、その報告書は不正確で航海知識もなく、人物像に疑問がある。以上の疑問から、アメリカ地名の起源の人物はイギリス人のリチャード・アメリクに由来するという説のほうが妥当性が高いと考えている。

   新大陸の真の発見者はコロンブスか、アメリゴ・ベスプッチか、アメリクか。スペイン南部の都市セビリアのロドリゴ通りにロドリゴ・デ・トリアーナという船乗りの銅像が建っている。町の人々はコロンブスではなく彼こそが新大陸アメリカの真の発見者だという。ロドリゴはビンタ号のマストに昇っていて、真っ先に陸地を発見したらというのだ。(Amerigo Vespcci)

 

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 16世紀の南北アメリカ地図(1540年)

2022年8月12日 (金)

北海道VS沖縄

Photo_10     宗谷地方で震度5強など地震が相次いだ。日本の北にある北海道と南にある沖縄は何もかも対照的である。本日の最高気温は札幌が30℃、那覇が33℃。北海道の面積は沖縄のおよそ35倍あるが、人口密度は沖縄が581人に対し北海道は73人と日本一低い。地形、植生、生産物なども大きな違いがあるが、共通点は、隣接する府県と海で隔たてているのは北海道と沖縄の2県だけである。つまり周囲四方が海となり、岬が多い。地球岬は北海道にある。室蘭市の南端に位置する。アイヌ語の「ボロ・チケップ」(親である断崖という意味)がチケウエ→チキウ→チキュウと転化して、地球岬となった。北海道には有名な岬も多いが、時計周りに数えると、宗谷岬、能取岬、知床岬、納沙布岬、尻羽岬、襟裳岬、地球岬、恵山岬、汐首岬、白神岬、茂津多岬、積丹岬、雄冬岬、と13くらいある。

アメリカ50州の地名語源

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 本の真ん中の頁(ページ)を開けてみる。例えば、帝国書院の「図説地理資料 世界の諸地域NOW2022」全体は263ページ+巻末2ページで合計265p。133pが「ロシアNOW」と134p「アングロアメリカ」という記事である。現代地理の中心地という感じがする。日本の関東地方の記事は198pでやや後半に登場する。アメリカ合衆国は、西経100度付近を境に、東側の湿潤地域と西側の乾燥地域に分けられる。

  ノースカロライナ州とは「北のチャールズ王」の意。1629年、ロバート・ヒースなる男が、英国王チャールズ1世に、この地方一帯の土地認可書を申請した。その申請書に記すーされたこの地方の地名が、チャールズ王の名をラテン語化したカロラナCarolanaであった。1663年、チャールズ2世がこの土地を再認可し、9人の地主に分け与えたとき、この地名を再び用いたが、勅許状の中では、カロリーナCa-rolinaと綴りを変えていた。そのためカロリナが正式地名となり、英語読みされて、カロライナと発音され一般化した。1710年、カロライナ植民地は南北に二分され、ノースカロライナ、サウスカロライナとなり、後にアメリカ独立13州の1つとなった。

   テキサス州は1541年、スペイン人が、この地方にはインディアンのテヤス族が住むと記録を残している。テヤスは、インディアン語で「友達」を意味する語にすぎなかったが、種族名と誤解され、スペイン人の間に広まった。一方、17世紀末に、他のインディアンがスペイン人に、ニューメキシコ地方には、テキサスという架空の帝国があると話した。
テキサスはテヤス族とテキサス帝国の二つの誤解から生まれた地名だった。

   アメリカの地名は、人名に由来するものとインディアン語に由来するものがあるという特徴を持っている。例えば、50州ある州名のうち、人名に由来する州名は11、インディアン語に由来する州名は27ある。

アラバマはアリバム族と称するインディアンに由来

 

アラスカはアリュート語の「アラスカ(大きな土地)

 

アリゾナはインディアン語「アリ・ショナク(小さな泉のある所)」が語源で、「アリソナ」とスペイン語化した

 

アーカンソーは「アーカンソー」というインディアン部族の名前

 

カリフォルニアはスペインの詩人オルドニスの詩に「美女と黄金が満ちあふれた島」を描いているが、カリフォルニアという語は創作された語で、特別な意味はない。

 

コロラドはスペイン語「コロラド(色のついた、赤い)」が語源

 

コネチカットはインディアン語で「長い川」の意味。

 

デラウエアはバージニア植民地の初代総督デラウエア卿トーマス・ウエストの称号に由来する。

 

オハイオは、最初、現在のオハイオ川につけられたインディアンのイロコイ語地名で、「美しい川」の意味であった。やがて、その流域地方の地名となった。

 

フロリダは、スペイン語で「花のような、花咲く」の意味。1513年、スペイン人のレオンPoncede Leonがこの地方の地名に用いたのが起源。彼がここへ上陸したのが4月はじめで、花が咲きはじめており、また復活祭の季節であったので、フロリダと名付けられたとされる。

 

ジョージアは、1732年、イギリスのジョージ2世がこの地方を植民地として開拓させたので、王の名と、地名接尾辞イア-iaを合成して、「ジョージ2世の土地」と名付けられた。

 

ハワイとは、ポリネシア語で「神の居る所」を意味する。

 

アイダホは、インディアンのイダヒ族Idahiが英語に入って転化、アイダホIdahoと発音されるようになった。

 

アイオワはここに居住したインディアンの種族名が語源。

 

イリノイはこの地方にイリノイ族が居住していた。

 

インジアナはスペイン語で「インディアンの」を意味する。

 

カンサスはスペイン人が「カンサ族の土地」と命名したのが由来。

 

ケンタッキーはインディアン語のケンタケ「牧草地」が語源。

 

ルイジアナは1681年ルイジャン「ルイ14世の土地」が語源。

 

メーンは英語で「本土、大陸」の意味。

 

メリーランドはチャールズ1世の王妃マリアHenriette Mariaにちなみ、マリアが英語化したメリアと、ランド(土地)を合成した。

 

マサチューセッツはインディアン語で「大きな丘の麓」を意味する。

 

ミシガンはインディアン語で「大きな湖」を意味する。

 

ミネソタはインディアンのシアウン語で「水煙をあげている」を意味する。

 

ミシシッピはインディアンがこの地をメスシピMessipi「大河」と呼んでいた。その後、英語化の過程で、ミシシッピに転訛、現名を生じた。

 

ミズーリはインディアンのミズーリ族が由来。ミズーリの原義は不明。

 

モンタナはスペイン語で「山の多い」を意味する形容詞。

 

ネブラスカはインディアン語のニni「水」とブトハスカbthaska「平らな」が合成されたニブトハスカが英語化された地名である。

 

ネバダはスペイン語の形容詞で「雪を戴く、雪のように白い」の意味。

 

ニューハンプシャーはイギリスのハンプシャー県。

 

ニューメキシコはスペインの探検家フランシス・ド・イバラがグランデ川の奥地を探検し「ヌエボメヒコ」と名付けたのが起源。

 

ニューヨークはオランダ人ピータ・ミニュットがニュー・アムステルダムとし、のちイギリス人がアムステルダムをヨーク公の称号に因んでニューヨークとした。

 

ノースダコタは、この地方にひろく住んでいたインディアンの部族名。

 

オクラホマは、インディアンのチョクート語で「赤胴色の人」の意味。

 

オレゴンは、この地方を流れるウアリコンOuariconが修正されて、地名になったらしい。

 

ペンシルべニアは、「ペンの森の土地」の意。イギリス人のウィリアム・ペンとラテン語の「シルバ」(森)から。

 

ロードアイランドはエーゲ海のロードス島にちなんだ地名。

 

テネシーはインディアンのチェロキー族の住んでいた都市の名。タナスキ、テナスがテネシーに変化した。

 

ユタは、この地方に住んでいたインディアンの部族名。

 

バーモントは、フランス語のモン・ベル le mont vert 「緑の山」の語順をかえ、英語式に合成したもの。 ver(t)+mont。

 

バージニアは、新大陸開拓時代のイギリス女王エリザベス1世の雅号「バージニア」(処女の)にちなんだもの。

 

ワシントン州は、1853年、この地方を州に昇格させるとき、初代大統領ジョージ・ワシントンにちなんだ州名にすることが議会で決定された。ワシントンなる地名は、すでに数多くの地方で用いられているので、混乱のおそれありと反対論もあった。

 

ウィスコンシンは、川の名から生じた。インディアン地名で、メスコンシング川とかウィスコンシング川と呼ばれた。

 

ワイオミングは、インディアンのアルゴンキン語で、メシエ・ウエア・イング(大きく平らな土地)と呼ばれたものが、後半だけ残り、ワイオミングになった。

ちなみに合衆国、USAの起源は、1777年11月15日、大陸会議において13植民地の相互友好同盟と定めた規約「連合および永遠の連合規約」が定められたことにある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年8月10日 (水)

河川の語源

Fukei09919     人にそれぞれ名前があるように、河川にもそれぞれ古くから名前がある。河川の色から名づけられたのは中国の黄河、日本の緑川(熊本県)、白川(熊本県)、黒川(福島・栃木県)、赤川(山形県)など。

    アメリカのミシシッピ川(Mississippi)はインディアン語の「メスシピ」(Messipi)「水の父」が語源である。その支流オハイオ川(Ohio)はインディアン語地名で「美しい川」「丘と丘」の意味がある。ミズーリ川(Missouri)は「濁れる水」の意味。セントローレンス川(St.Lawrence)は1535年8月10日フランスの探検家ジャック・カーターがこの地を発見。当日が聖ローレンスの祝日にあたっていたのでこの名がつけられた。

    ヨーロッパ大陸を北流するライン川(Rhein)はケルト語で「川、水」を意味する語から生まれたとするのが定説である。イタリア北部を流れるポー川(Po)はローマ時代にはパドス川(Padus)と呼ばれ、これが転化してポーになった。パドスは、リグール語のボデンクス(bodincas)「非常に深い」か、ボデゴス(bodeghos)「底なしの」が語源であるといわれる。

   シベリア西部を流れるオビ川(Ob')は、上流地方の土着民が話したペルシア語の普通名詞アブ(ab)「水、川」と考えられる。この語が、同系の言葉タジク語に入り、アブ→オビとなり、川の名前に用いられた。

    南アメリカ大陸を南下する大河のうち、パラグアイ川の下部よりラプラタ川の上流部までの間を、パラナ川(Parana)と称する。インディアン語のパラpara「川」が語源である。

    中国東北部とロシアのシベリア国境を流れるアムール川(Amur)は、ツングース満州語のアマール(amar)「川」が語源。モンゴル人は、この川をハラムレン(Kharamuren)「黒い川」、中国人は黒龍江、黒河と呼んでいる。

     東シベリアを流れ北極海に注ぐレナ川(Lena)。原住民エベンケ族は、川をエリヨエネ(Eljoene)と呼んでいた。16世紀にロシア人がシベリアへ進出すると、この地名は、ロシア語に表記され、短縮してレナ(Lena)と呼ばれるようになった。

2022年8月 3日 (水)

ローマ観光のみどころ

 映画「フェリーニのローマ」(1972年)を観る。永遠の都ローマ、ローマは街全体が博物館である、といわれる。現在のローマの街のつくりを簡単に表現すると、古代ローマの遺物の上にバロックの建物をのせた、ということになる。世界遺産ローマ歴史地区イタリア・バチカンには、4つの丘に囲まれたフォロ・ロマーノ、円形闘技場、コロッセオ、神殿パンテオン、コンスタンティヌスの凱旋門などローマ帝国の栄華を伝える貴重な遺跡群が遺されている。そのため観光スポットは無数にある。それとローマの魅力は、ほとんど歩いて行ける範囲にある、ということだろう。

  第10位ナヴォーナ広場。9位サンタンジェロ城。8位ヴァチカン博物館。7位パンテオン。6位フォロロマーノ。5位真実の口(ボッカ・デッラ・ヴェリタ)。4位サンピエトロ寺院。3位スペイン広場。2位トレヴィの泉。そして1位はローマの象徴といえるコロッセオである。正式名はフラウィウスの円形競技場といい、フラウィウス朝の皇帝ウェスパシアヌスと彼の息子ティトスとドミティアヌスが完成した。おそらく1231年の大地震のときに、南西部の外郭全体が崩落し、形をとどめない岩の塊になってしまった。長らく廃墟の時代が続いたが、ナポレオンのローマ占領によって整備がなされ、19世紀から20世紀初めにかけて修復工事が行われた。

 

 

2022年8月 1日 (月)

島の日

A0024_000221_m   本日は「島の日」。オーストラリアより小さい陸地を「島」というらしい。地球上にいくつ島があるかは不明である。大きい順にあげると、グリーンランド、ニューギニア、カリマンタン、マダガスカル、バフィン、スマトラ、本州、ビクトリア、グレートブリテン、エルズミーア。▽バフィンはカナダ北東部の北極諸島にあり、面積は約50万㎢。▽日本は北海道、本州、四国、九州、沖縄島の5つの大きな島と6847の離島、合計6852島から成り立っている(SHIMADASより)。離島のなかには名称もない島があったが、総合海洋政策本部は2014年8月1日付で、「領海の外縁を根拠付ける離島の地図及び海図に記載する名称の決定」をホームページで公開している。タンネソ東小島(北海道広尾町)をはじめ158の新しい名が生まれた。タンネソ東小島周辺は昆布の好漁場として知られる。尖閣諸島では、南小島に隣接する2島を「南東小島」「南西小島」、久場島に隣接する3島を「東小島」「南東小島」「西北西小島」とそれぞれ名付けた。北海道えりも町のトド岩は、すでに小樽市に無人島のトド岩が存在し紛らわしい名前である。158ある離島のなかにはユニークな名前がある。68番はなんと「ソビエト」(和歌山県すさみ町沖ノ里島)という。古くから釣り人らに言い伝えられてきたが、名前の由来は不明である。沖縄県渡嘉敷村の「ウン島」はなぜか「フカヌシー」と改称される。「ふなっしー」の人気にあやかったのか?▽馬毛島(まげしま)鹿児島県種子島の西12キロにある無人島。▽日本の▽有人島は425ある。▽南極にあるオングル島。▽インドネシアのスラウェシ島。▽ベトナムのフーコック島。(8月1日)

 

 

 

 

2022年7月29日 (金)

フィリピンの島々

Ichikawask_tnf13790x135   フィリピン共和国は大小合わせて7101の島々から構成されている。世界でも最も島の密集分布している地域であり、これは過去における地盤変動の激しさを物語っている。最も面積の大きな島は首都マニラがあるルソン島である。国旗をよく見ると、三角形の中に太陽と星がある。太陽の8条の光は、スペインに対して初めに反抗を起こした8つの州を、3つの星はルソン島、ミンダナオ島、そしてビサヤ諸島を表している。ビサヤ諸島はフィリピン中部、パナイ島、ネグロス島、セブ島、ボボール島、レイテ島、サマール島の6島で大半が構成されている。中部ブロックとしてパラワン島も含めることもある。中心はセブ市。1944年12月、パラワン島では日本軍により連合軍捕虜130人が処刑される事件があった。(Philippines,Luzon,Mindoro,Samr,Panay,Leyte,Cebu,Bohol,Negros,Mindanao,Parawan,Visayas)

 

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2022年7月27日 (水)

ハンカ湖を知っているか?

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   社会科「中学生の地図」を見る。中国東北部とロシアとの国境地帯にハンカ湖(中国名は興凱湖)という広大な淡水湖がある。黒澤明監督の映画「デルス・ウザーラ」のロケ地としても使われたことがある。面積は4190k㎡で東アジアでは洞庭湖に次ぐ大きさを有する(琵琶湖の6.2倍)。中生代の終りには海と連結していたが、第三紀の初めにシホーテ・アリンの造山作用により生じた構造湖である。直線距離からいえば日本とはかなり近いが、なぜかその存在すら知られていない不思議な湖である。ハンカ湖とハバロフスク北部のアニユイ川河畔で捕獲された98例の鳥類の腎臓からreal-time PCRによりウエストナイルウイルスの遺伝子検出を行ったが、いずれも検体からもウイルス遺伝子は検出されなかった。しかし、微量中和法により血清の得られた91例中うち15例からウエストナイルウイルス抗体が検出され、極東ロシアで野鳥においてウエストナイルウイルスの感染のあることが示唆された。極東ロシアからは日本に渡り鳥が多数飛来することから、今後わが国におけるウエストナイル熱の防疫体制の強化が強く望まれる。

 

 

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ランドサットから撮影したハンカ湖

 

Img_0005 ハンカ湖は北海道と同緯度にある

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