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2026年8月11日 (火)

マーティン・マルプレレット論争

 1588年から翌年にわたって、英国国教会を激しく非難した一連のパンフレットが、マーティン・マルプレレットというペンネームを使い、秘密の出版社から出された。これに対して、リリー、ナッシュ、ハーヴィー兄弟ら、当時の著名な作家たちが時を移さずにやりかえしたが、筆鋒鋭く切り込み、力強くてよどみのない文章をつづった匿名の作家にたちうちできる者は誰もいなかったという。この論戦の発端は、カンタベリー大主教ジョン・ヴィットギフトの非国教会牧師に対する不公平な取り扱いに起因している。彼は、国王至上法、統一法、39ヵ条などの法令に物言わせて、英国国教会の教養を押しつけようとした。最後まで自分の名前を隠して、文筆の威力を見せつけた玄人はだしの人物は、どうやら長老教会派のジョブ・スロックモートンであろう。しかし、当局側から嫌疑をかけられた者の中に、ジョン・ベリーとジョン・ユードルが含まれており、言わば見せしめのための懲罰で、前者は処刑され、後者は獄死した。(三ッ星堅三「イギリス文学史概説」) Martin Marprelate

 

 

 

 

2026年7月 8日 (水)

デュマ・フィスとマリー・デュプレシス

   「わたしがはじめて彼女を見かけたのは、一年前、プールスの広場のシュッスという店の入口でした。無蓋の四輪馬車がその店先にとまると、中から白い衣裳をつけた女がおりてきた。わたしは彼女が店に入った瞬間から、出てくるまで、そこに釘づけにされてしまった。彼女はすそ飾りのついたモスリンの衣裳をまとい、すみずみに金糸の刺繍と絹の花飾りをつけたインド織りの四角なショールを肩にかけ、イタリア製の麦わら帽子をかぶり、当時はやりはじめていた太い金鎖の腕輪をはめていました。彼女はふたたび馬車に乗って行ってしまった。彼女の名前はマルグリット・ゴーチェ。」

    デュマ・フィス(1824-1895)の有名な小説「椿姫」のマルグリット・ゴーチェには実在のモデルがあった。いつも胸に椿の花を飾っていたマリー・デュプレシス(1824-1847)、本名アルフォンシーヌ・プレシスである。サン・ジェルマン・ド・クレルフィユで錫かけ屋の娘として生まれた。父からの虐待を逃れて母とパリに来る。だが母も8歳の時に亡くなり、親戚に預けられる。12歳のころからパリの街を徘徊し男を知る。洗濯屋や帽子屋で働いたが、やがて彼女は高級娼婦となった。1846年、エドワード・ベルゴー伯爵と結婚するが、彼女は重い病にかかり、1847年2月3日、わずか23歳という若さで早逝する。遺言は「夜明ける頃に埋葬してほしい。それもどこか人知れぬ遠い場所に大げさな騒ぎなしに埋葬してほしい」だった。

  当時の批評家ジュール・ジャナンの言葉によれば、彼女は娼婦ながらもあたかも貴婦人のような人品をそなえていたという。青年デュマ・フィスのロマンチックな情熱と正義感が、この女性を椿姫という永遠の美しい女性像に創りあげたのであろう。デュマ・フィスとプレシスの墓はパリのモンマルトル墓地にあり、今でも訪ねる人はたえない。

参考文献
「椿姫」と娼婦マリ 秦早穂子 読売新聞社 1986年

2026年7月 1日 (水)

大賞を受賞したものの低迷した人たち

   ジョン・スタインベックは「怒りの葡萄」(1939)によりピューリッツァー賞を受賞した。後のノーベル文学賞受賞も主に本作を受賞理由としている。彼は69年に没する30年間に10作の長編小説を発表するも「怒りの葡萄」を超える作品を書くことはできなかった。庄司薫は東大闘争があった1969年に「赤頭巾ちゃん気をつけて」を発表し芥川賞を受賞した。ベストセラー作家となったが、1977年以降作品を書かずに、自適な生活を暮らし、2026年に老衰で亡くなった。芥川賞でいえば、庄司薫、吉目木晴彦などである。吉目木は「寂寥郊野」で芥川賞受賞するも、その後キャリアが低迷している。「魔球の伝説」という本を執筆しているが、小説ではなく野球本である。日本レコード大賞。1995年、美山純子は華原朋美を抑えて最優秀新人賞を受賞している。その後の活動は不明だが2001年には引退したもよう。大江健三郎もノーベル賞を受賞後、なかなか傑作を書くことはできず苦しんだ。

 

 

2026年6月20日 (土)

世界文学の美しいヒロイン

011_beatriceetdante_theredlist   門倉有希の「ノラ」(1998年)という歌を聞くと、イプセンの「人形の家」を連想するのは私だけなのだろうか。歌謡曲「ノラ」は木下結子(1989年)のカヴァ曲だそうだ。歌詞を注意して聞くとイプセンとは直接関係ないようにも思える。もしかしたら曲の感じが弘田三枝子の「人形の家」に近いので、「ノラ」としたのかもしれない。完全なイメージの世界なのである。高校生のときロマン・ロランの「魅せられたる魂」(大野俊一訳)を読んだことがある。ヒロインのアネットは「美人というのではないが、姿がよくて、ふさふさとした栗色の髪、あさぐろいブロンド色の頚、花のような眼をして」と描写してある。「花のような眼」とはどんなのか??わからないが、フランス女性をみたことがないのでイメージできないが、当時人気のあったミレーヌ・ドモンジョを想像して読んだおぼえがある。トマス・ハーディーの「テス」が映画化されるというので見たが、田舎の娘にしてはナスターシャ・キンスキーが美しすぎると思ったことがある。ダンテの神曲のベアトリーチェ、ハムレットのオフェリア、ファウストのマルガリータ、椿姫のマルグリット、ボヴァリー夫人、戦争と平和のナターシャ、狭き門のアリサ、文学全集の中の挿絵をイメージするのが一番のようだ。だがベアトリーチェ(1266-1290)だけは実在の人物である。彼女は有力な銀行家の御曹司と結婚したが、24歳で没した。(Nora,Beatrice)

2026年2月20日 (金)

登場人物の多い小説

   トルストイの「戦争と平和」は、少ししか登場しない人物まで含めると559人に及ぶ。トルストイはどんな端役も持ち前の描写力で見事に描き分けている。物語の中心であるナターシャ・ロストフ、ピエール・べズーホフ、アンドレイ・ボルコンスキーなど創作であるが、登場人物の大半は実在している。しかし世界一登場人物の多い小説といえば、やはり「三国志演義」である。総計は1192人といわれる。こちらもほんどんが実在の人物である。絶世の美女、貂蝉は正史に記録がないので架空の人物といわれている。人名を暗記するには登場順に覚えよう。劉備、張飛、関羽、趙雲、馬謖、曹操、荀彧、夏侯淵、孫権、周瑜、魯粛、諸葛格、曹節(十常侍のひとり)、蔡邕、張角、張宝、張梁、盧植、皇甫嵩、朱儁、劉焉、公孫瓚、董卓、何進、李粛、呂布、袁紹、王允などなど。

 

 

2026年2月19日 (木)

アンドレ・ジード忌

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    私は書棚から一冊の本を抜き出して、それを読んだ。そしてその場所に納めた。私はその本を読んだことさえ忘れていた。しかしそれを読んだ後の私は、もはやそれを読む以前の私ではなかった。(アンドレ・ジード)

 

  *  *  *  *  *  * 

 

   アンドレ・ジード(1869-1951)は早くからマラルメ、ヴァレリーと知り合い、象徴派風の作品を書くが、すぐに脱し、生命の歓喜、自由を追求した多くの小説を発表、簡潔明快な文章は美的完成度が高い。1951年2月19日、ジッド死去。

2025年10月 7日 (火)

ミステリ―記念日

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1849年のこの日、ミステリ―小説の先駆者、エドガー・アラン・ポーが死去した。1845年に発表された「モルグ街の殺人」が世界初の推理小説と言われている。エドガー・アラン・ポー(1809-49)は、幼くして孤児となり、リッチモンド市の商人ジョン・アランに引き取られ、イギリスで初等教育を受けたのち、1826年バージニア大学に入学するが、1年たらずで退学。1833年「瓶の中から出た手記」が懸賞に当選し、作家としての、また雑誌記者としての道が開けた。その後のポーはリッチモンド、ニューヨーク、フィラデルフィアの各地で雑誌の編集にたずさわり、数多くの評論や書評を書くかたわら、数多くの小説を発表した。1849年10月7日、40歳で亡くなった。

    ポーは人間の心にひそむ内的恐怖や無意識にみごとな形態を与えた怪奇小説や幻想小説の書き手、明敏でときには辛辣な批評家、それに今日隆盛をきわめる推理小説(「モルグ街の殺人」)やSF小説の元祖であった。しかしポーの文学は、その生存中はかれの実力にふさわしい理解と賞賛とを受けなかった。それと同じように、人間としてのポーについても、これを伝える人々のことばに大きなへだたりを残したまま今日にいたっている。ボーの誹謗者たちはかれを神経病的な酔っ払いの麻薬常用者と考え、感情生活のいつも不安定な、道徳的誠実さの欠除している男とみなした。他方、かれを弁護する人々は、かれのすべての困難を、かれを嫌悪した人々の悪意、時代がかれに加えた苛烈な仕打ち、あるいはまた、かれをなやましたさまざまな肉体的、精神的病気のためであるといっている。かれについての真実がそのどちら側にあるかは、今でさえなお不明である。ポーがアルコールや阿片に過度なまでにふけったということがあまりにも伝説的になっているが、かれの場合には、他の多くのロマン派詩人のように、多分にかれ自身の偽悪的な面がはたらき、実際のかれ自身よりも自分をそのような姿に見せようとすることばや暗示があったであろうことを考えておく必要がある。(参考:「玉川百科大辞典16 西洋文芸」) 

2025年8月17日 (日)

犬をつれた奥さん

 夏ドラマ「愛の、がっこう」。美人教師とホストの禁断の恋。年の差はあるが、不倫じゃないし、障害は乗り越えられると思う。「初恋DOGS」三角関係だが、犬が取り持ってくれた恋なのでハッピーエンドになりそうな予感がする。犬が登場する話と言えば、ロシア文学チェーホフの「犬をつれた奥さん」。銀行員のグーロフは妻と二人の子がいる。アンナという若い小柄な婦人は、いつもスピッツを連れて散歩している。避暑地の恋が燃え上がる。美しい不倫小説の決定版である。グーロフとアンナの愛の結末は「もうちょっと努力すれば、解決の道が見つかる」らしい。結末ははっきりと書かれていないが、読者が自由に想像できるのがよい。

 

2025年8月12日 (火)

教養小説論

Thomasmannum1939     1955年のこの日、トーマス・マンは80歳で没した。マンはゲーテ、ショーペンハウエル、ニーチェ、ワーグナーの影響を受けた現代の叙事詩人ともいうべき作家で、人生と芸術に関する多くの問題を呈示した。代表作に「ヴェニスに死す」「ブッテンブローク家の人々」「ヨーゼフとその兄弟たち」などがある。世界文学では、ドイツ語で「ビルドゥングス・ロマンス Bildungsroman」というジャンルがある。日本語では適当な訳語がないため、一般には「教養小説」「人間形成小説」という語が使用されている。

    若い主人公が自己をとりまく外的世界と戦ったり、その影響をうけたりしながら、固有の人格を完成し、一定の生活理念を形成していく過程を描いていく。ゲーテの「ウィルヘルム・マイスター」、ケラーの「緑のハインリッヒ」、ヘッセの「ペーター・カーメンツィント」、トーマス・マンの「魔の山」、モームの「人間の絆」などが典型的な作品である。新しくは、社会の底辺に差別されて生きることを宿命として受け入れていた無教養な黒人女性が目覚め、成長していく姿を描いた「唇のふるえ」(A・ウォーカー)も、やや通俗的ではあるがこのジャンルに入れることができるであろう。

    日本では、志賀直哉「暗夜行路」、島崎藤村「夜明け前」、下村湖人「次郎物語」、宮本百合子「伸子」、芹澤光治良「人間の運命」などがあげられる。(8月12日)

2025年7月21日 (月)

ヘミングウェイ生家

 

   アメリカ・イリノイ州オークパーク。シカゴから西へ約16㎞に位置するこの町は、1800年代後半に開発されたニュータウンである。レイ・クロック(マクドナルド創業者)、バローズ(類人猿ターザンの作者)、フランク・ロイド・ライト(帝国ホテルの設計者)などこの町ゆかりの有名人は多いが、なかでもアーネスト・ヘミングウェイの生家があることで知られる。へミングウェイは1899年7月21日、姉マーセリンに次いで2番目の子としてここで生まれた。最近この生家が52万5000ドルで売りに出されているらしい。(Ernest Hemingway,Oak Park)

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