2012年5月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

2012年3月24日 (土)

フェリックス・ヴァロットン

Autoporp   フェリックス・ヴァロットン(1865-1925)は19世紀末からフランスで活躍したナビ派の画家。奇抜な構図で各種の雑誌に木版画を発表し、現代木版画の第一人者といわれる。明確な写実を旨としているが、情感をほとんど表現せず、平明に徹した気のきいた小味な画家である。(keyword;Felix Vallotton,フェリックス・バロトン)

Felix20vallotton552595
 「読書」(1900)

E5a5b3e381a8e6b5b7thumbnail2
 「女と海」(1907)

Felixvallottonfemmeentorsetenantsac

Felix20vallotton438788_3

フレデリック・バジール

B0044404_1744314
 バジール「エギュ・モルトの城壁」

    バジール(1841-1870)は初期印象派の中で特に重要な画家の1人である。フランス南部モンペリエの名家の出で、医学を学ぶため、1862年パリに来た。1864年、医学試験に失敗し、絵画に専念する。カフェ・ゲルボアの常連となり、モネ、ルノワールらと交流する。1870年の普仏戦争で戦死する。享年29歳。

2012年2月19日 (日)

村の花嫁

20070327_294601_2
「村の花嫁」 ジャン・バティスト・グルーズ 1761年 ルーヴル美術館

    画面左側に娘との別れを悲しむ母親や妹。右側に花婿に持参金を手渡す椅子に腰掛けた娘の父親。先に結婚をする妹に対して嫉妬心を抱く姉の姿などが描かれている。物語性を感じさせる風俗表現は当時、批評家から高い評価が与えられた。

2012年2月16日 (木)

ヨンキント

Photo オンフルール風景

   ヨハン・バルトルト・ヨンキント(1819-1891)はオランダの画家。モネに影響を及ぼした印象主義の先駆者。オンフルールはフランス・ノルマンディーの港町。

Img_896008_21370601_0
「セーヌ川とノートル・ダム大聖堂」 1864年 オルセー美術館蔵

 ノートル・ダム大聖堂をセーヌ川越しに正面から見た光景。空に浮かぶ雲や川面の移ろう様子も活写されている。水面の反射を表現するために使われた、短く素早い筆触は印象派に受け継がれた。

2012年2月15日 (水)

ローマ帝国の退廃と絵画

    19世紀の新古典派の画家は歴史画を好んで描いたが、とりわけ逸楽に身を堕した古代ローマ人を題材とした。トマ・クテュール(1815-1879)の「退廃期のローマ人たち」(1847年)は贅沢な食事と酒と女に溺れるローマ貴族の姿を表している。

0011

    ローレンス・アルマ・タデマの「ヘリオガバルスの薔薇」(1888年)はローマ皇帝へリオガバルスは客人に薔薇を見せて、大量の花びらを落として窒息死するのを眺めて愉しんだという逸話を題材にしている。

800pxthe_roses_of_heliogabalus

ターナーと天文学者

Josephmallordwilliamturnerflintcast

 展覧会に出品されたターナーの絵をみた、ひとりの天文学者が、「この絵は嘘である。天文学上からいってこんな美しい景色はゼツタイに有り得ない」と批判した。するとターナーは「あなたはこのような景色をみたいとはお思いになりませんか」とたずねた。すると天文学者は「それは見たいですね」というと、こんどは、「そうですか。わたしは誰もが見たいと感じている理想の美を描いたつもりです」ターナーはそういって微笑んだ。

リムスキー・コルサコフ夫人の肖像

C0139105_2135680

    フランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルター(1805-1873)の作品に「リムスキー・コルサコフ夫人の肖像」(1864)というロシア上流貴婦人を描いた名画がオルセー美術館にある。日本人からの観光客が見て誰もが驚く。女優の名取裕子に激似なのだ。リムスキー・コルサコフはロシア五人組の作曲家とは別人である。ロシアの名取裕子Madame Barbe(1833-1878)は、このとき 31歳で、45歳で亡くなっている。

2012年2月11日 (土)

ベルト・モリゾ「夏の日」

Natunohi
 ベルト・モリゾ  夏の日  1879年

    19世紀後半、女性の社会進出は限られており、ましてや画家になるのは困難をきわめた。パリのエコール・デ・ボザールも、1897年まで女性の入学を許していなかった。そんななか、裕福な家に生れたベルト・モリゾ(1841-1895)は、家族の理解にも恵まれ、画家として成功する。コローに師事して風景画を習ったのち、マネと知り合い、身近な人々を観察することの大切さを教わる。夏の強い日差しを浴びた光の描写がモリゾの特徴である。

アルクイユの水道橋

Photo_3

 ギヨマン  アルクイユの水道橋

   印象派の画家アルマン・ギヨマン(1841-1927)は、鉄道会社やパリ市役所に勤めながら、余暇に絵画制作をしていたが、50歳のときに宝くじが当たり、本格的に画家として活動した。都会の生活感が作品ににじみでている。

海辺の画家ブーダン

Boudin_beach_of_trouville
 トゥルーヴィルの浜 1867年

    ルイ・ウジェーヌ・ブーダン(1824-1898)はフランスのノルマンジー海岸オンフルールの水先案内人の子として生まれる。「ブーダンだけが空を知っている」とクールベが語ったように、生涯、海と空の風景を描いた。1858年、当時18歳のモネはブーダンと出会って、印象主義絵画開拓への一歩を踏み出す。

7378  -177

より以前の記事一覧