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2012年5月27日 (日)

マッチ箱の中には何本入っているか?

Photo   標準的な小型マッチ(並型)でだいたい45本くらい入る。徳用マッチというのがあって、かつてはどの家庭にも台所に置いてあった大箱のマッチ箱のことで、昭和4年から大同燐寸(兼松日産農林マッチ部の前身)が考案し今日に至っている。徳用がどのくらいお得かというと、徳用型と並型(スタンダードサイズ)を比較すると、徳用型マッチの1個に入っているマッチの本数が約800本、並型マッチ12個(45本×12)の本数は540本で、これが同値(定価250円)で販売されている。

2012年5月 5日 (土)

丹波の稲畑人形

Inahataningyoyohaku

   稲畑人形は1845年、赤井若太郎忠常(初代)が京・伏見人形をヒントにして兵庫県氷上郡稲畑で創作した。明治中期には丹波・摂津・播磨などに普及したが、戦後急速に姿を消した「幻の人形」である。

Img_0002  4代目の赤井みさよ(1902-1981)が稲畑人形を復活させ、現在は赤井君江が伝統を引き継いでいる。(参考参考::「丹波・北摂ゆかりの50人」)
赤井みさよ

2012年5月 4日 (金)

おほほ祭

Photo
  熱田神宮

  5月4日、夜7時。熱田神宮の神殿の前に16人の白装束の神官が並ぶ。境内の社に入り、携えてきた箱の中から面を出す。袖の中に隠し持って、袖の上から軽く叩く。その時、小さく「おっほ」と笑う。笛が短くピロリと鳴ると、全員が大声で「わっはっはっは」と笑う。これが三度繰り返される。一つの社が終ると、また次の社へ、それが終るとまた次の社へ。4つか5つの社で同じことを繰り返し、神殿に戻って終了する。これが「酔笑人(えようど)神事」、一名「おほほ祭」と呼ばれる祭で、神官たちが笑い合う神事から、そのような名がついたらしい。

    熱田神宮は三種の神器の一つ草薙剣を祀ることで知られる。スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治したときその体内から出てきた剣で、日本武尊が伊勢神宮にもうで、斎宮であった叔母の倭姫命から天叢雲剣を授けられた。日本武尊は、東征の途中、神宮に参拝してこの宝剣をさずかり、駿河国で野火攻めにあったとき、この剣で草をなぎ払って以来草薙剣と呼ばれるようになった。その妃の宮簣媛命(ミヤズヒメノミコト)が草薙剣を社を建てて草薙剣をまつったのが熱田神宮の起源といわれる。

    天智天皇7年(668)、新羅の僧道行は草薙剣を盗んで、新羅に渡ろうとしたが暴風雨にあって果たせず、その後宮中に保管され、天武天皇朱鳥元年(686)、天皇の病が草薙剣のたたりだというので即刻熱田の社に送り返された。熱田神宮では神剣の帰還を喜び酔って笑って歩きまわる姿そのものが祀りになった酔笑人(えようど)神事、「おほほ祭」として毎年5月4日の夜に行なわれている。そのほか熱田神宮では踏歌(とうか)、歩射(ぶしゃ)などの神事がおこなわれている。古代以来尾張国造の尾張氏が代々宮司として奉仕したが、後世はその子孫筋にあたる大宮司藤原季範の子孫がこの職を世襲して明治維新にいたった。

2012年4月23日 (月)

製菓王、森永太一郎

Ad_sy19   森永太一郎(1865-1957)は米国より菓子の技術を取得し、1899年、森永西洋菓子製造所(のちの森永製菓)を創業。最初はマシュマロを製造していたが、1914年4月23日より箱入りミルクキャラメル(20粒入り、10銭)を発売、以後、主力製品とする。それまでキャラメルはバラ売り、量り売りだった。画像は1937年の新聞広告。

2012年4月21日 (土)

日本と欧米、しぐさの違い

201203146119581l   指でまるをつくと「OK」のサインとして使うことがあるが、欧米では時に「間抜け」を意味することがある。「よろしい」「そのとおり」などを表現するときは、親指を立てるしぐさをする。日本人がしなくて欧米人がする動作に、相手に手の甲を見せて、中指だけを立てるしぐさがある。このしくざは「クソ食らえ」を意味する。人指し指と中指を立てて「平和」「勝利」を意味するVサインは1970年代から日本でも写真撮影でよく行われるしぐさである。最近では韓国や台湾でも普通に使われる。韓国グループBIGBANGが手の甲を見せたVサインをしたことがアイルランドで問題となった。イギリス、アメリカなどでは侮蔑的なしくざである。

O0289037511597705711     もともとVサインは百年戦争の挑発ポーズが起源といわれる。捕虜になると指を切り落とされるので、その指を2本立てて、落とせるものなら切り落としてみろという示威行為である。ウィンストン・チャーチルのVサインにも絶対に勝利するという敵に対する示威である。ジョン・レノン、巨人の星、サインはV、コニカカメラのCM、ジャネット・リンなどで日本ではVサインは人気の決めポーズになった。最近でも山田優は婚約指輪をVサインで報道陣に披露している。

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チンドン屋

File0016    近年はあまり見かけることは少なくなったが、人目につきやすい格好をして、太鼓・三味線・ラッパなどを鳴らしてながら、大道で広告・宣伝をする人を「チンドン屋」という。言葉は明治初期からあるらしく、「チンドン屋よろしく大道飴売」と新聞の見出し(郵便報知新聞1878.12.11)に見える。だがこれは自前の飴を売り歩くためのものであり、広告請負業の現在のチンドン屋のルーツとは言えない。明治10年代に芝居の口上である「東西、東西」を用いて寄席の宣伝を行った東西屋がチンドン屋の始まりかもしれない。また明治18年に高坂金兵衛が「ひろめやという商売をはじめ一日に百人くらいのルンペンを集めて行列をつくり、先頭と後部に旗を立て、囃子をなかに入れ、ドンチャンドンチャンと、主として化粧品などの宣伝をしたのがはじまりである」とある。(日置昌一「ものしり事典」)全国にチンドン屋が出現するのは大正末期ごろ。戦後のサンドイッチマンはチンドン屋の分化である。

2012年4月 1日 (日)

エイプリル・フール

Aprilfools4月ばか、April Fool、万愚節。友人たちをかついで興じる日。この習慣がなにに由来するかについては定説はない。16世紀頃からヨーロッパで始まった習慣とされる。「4月ばか」の慣習は18世紀初めまでは一般化されていなかった。イングランドでは、もっとも好まれた遊びは「無駄なお使い」に出すことであり、Aが犠牲者をBのところに使いに出すと、Bはさらに彼をCに送る。こうして犠牲者は、気づくまであちこちにやられるのである。

エイプリルフールは一説によると、キリスト教の死んだ日と関係するといわれる。キリストが死んだ日は春分の日(ニサン)の新月の日から14日たった日といわれる。毎年この頃、エホバの証人たちはイエスの死を記念する特別な集会を行う。

    国民に古今無双の嘘をつき(枝野)

2012年3月30日 (金)

成功する命名、失敗する命名

T_osk201203290155    「赤福」「味の素」「正露丸」「仁丹」「養命酒」「命の母」。歴史を感じさせる商品名には懐かしさも加わる。「わかもと」は「若さの素」から出ている。無数に生れる商品からヒットするにはコマーシャルの力も重要だ。「私はコレで会社をやめました」でマルマンの禁煙パイポは3倍売り上げを伸ばした。シャープの電子書籍用タブレット型端末「GALAPAGOS」は自虐的なネーミングが話題になったが商品はさっぱり売れなかった。最近は自治体もネーミング効果を期待しているらしく、香川県は「うどん県」、高松駅は「さぬき高松うどん駅」としている。

2012年3月23日 (金)

初誕生のお祝い行事「えらびとり」

Dscf1492_s    日本各地に初誕生の日に赤ちゃんの成長を祈るさまざまな風習がある。いろいろな生活用品を並べて、赤ちゃんがどれを選ぶかによって、将来どんな子どもになるかを占うという行事がある。これを「えらびとり」という。ものさし→地位の高い人になる、筆→物書き、算盤→商人、わらじ→元気で健康な人、はさみ→器用になる、おちょこ→酒のみになる、絵本→教師、財布や金→お金持ち。最近では、電卓やマウスなども並べられる。島根県が有名です。

2012年3月10日 (土)

棺桶の話

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    「人間はどれだけの土地が必要か」でトルストイは、自分の棺桶が入る大きさだけの土地があればよいと言っている。

    清水次郎長の子分に桶屋鬼吉というのがいる。桶屋なので自分の棺桶を背中に背負っている。死ぬ覚悟という意味だろうか。江戸時代は庶民の棺桶は丸形の簡素なものだったようだ。棺桶はいつのまにか長方形になったが木製であることにかわりない。古代から出土される棺をみると日本では古くは木製の船形木棺、西洋は岩などでできた石棺が多くみられた。それが次第に簡素なものとなっていった。西欧でも土葬の関係から棺は木製が用いられた。木材には糸杉が用いられることが多かった。糸杉は「墓場の木」といわれるように、棺の覆いに挿したり、会葬者が各々手に持ったり、葬儀に関することが多い。シェイクスピアの「十二夜」には「糸杉の棺に埋めて下さい」とある。イエスが十字架に使われた木材が糸杉であったからともいわれ、西欧では「死」の象徴であった。ゴッホがサン・レミでの重要なモチーフとして異様な暗い糸杉を数点も残しているが、彼自身の死を予感させるものがある。

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