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2012年2月29日 (水)

南太平洋の国々 漢字表記

Pacificniuemap
 日本と国交がない国 ニウエ

オーストラリア  澳大利亜

ソロモン諸島    所羅門群島

ツバル      図瓦盧

トンガ       湯加

ナウル      瑙魯

ニウエ      紐埃島

サモア      薩摩亜

ニュージーランド 新西蘭

バヌアツ      瓦努阿図

パプアニューギニア 巴布亜新幾内亜

パラオ       帕労

フィジー      斐済

マーシャル諸島 馬紹爾群島

ミクロネシア連邦 密克羅尼西亜連邦

    ミクロネシアのチューク諸島は、日本統治時代はトラック諸島(都洛諸島)と呼ばれ、春島(モエン島)、夏島(デュブロン島)、秋島(フュファン島)、冬島(ウマニ島)、婚島(ジープ島)、月曜島(ウドット島)、火曜島(ファラベケット島)、水曜島(トル島)、木曜島(パタ島)、金曜島(ポレ島)、土曜島(オナムエ島)などの地名がある。

2012年2月12日 (日)

一所懸命か、一生懸命か?

    先日、テレビを見ているてある若いタレントが色紙に「一生懸命」と書いて、人生の目標としたい、という。ケペル世代では、中学生時代の書き取り試験などで「一生懸命」というのは誤りで、正しくは「一所懸命」だと覚えた。漢字書き取りの傾向と対策のようなもので、「危機一発ではなくで危機一髪が正しい」というのと同類の認識をもっていた。ところが、いつごろからか日本では「一生懸命でもよい」から「むしろ一生懸命のほうが良い」とまで進展しているらしい。若い人の説明によると、一所懸命は、ある人が一ヶ所の領地をめぐって、命がけでその土地を守ったことに由来するが、平和な今の時代人生において命がけで勉強する、とか頑張るという程度のことであれば「一生懸命」のほうがよいという。「一所懸命」と使うのは「俺は知っているんだ」という感じがでてしまう、という意見をネットでみた。言葉は変化しているものである。いろいろ調べてみても「一所懸命」は分が悪い。もともとは「必死」「「死にものぐるい」「背水の陣」という壮絶な死の覚悟があったが、本来の意味からトーンダウンして「生き死に関係なく、人生において「全力をあげて何かをする」という程度の気持ちなので使い勝手のよい言葉となった。「一生懸命」の大安売りである。武部良明「四字漢語の用法」を見ても「一生懸命」を見出し語としている。センスの問題だが自分は「一所懸命」のほうが気概とか覚悟が込められて真剣味を感じる。日本人でたった自分ひとりになっても「一所懸命」を用いたい。

2012年2月 8日 (水)

芸と藝

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    芸(ウン)と藝(ゲイ)とは別字だった。芸とは南欧原産のミカン科多年草ヘンルーダのこと。防虫に有効な成分が含まれているとして書物に入れて虫害を防ぐ効果がある。藝を新体字にするとき、芸という字に、藝術の意味はなかったが、強い香気にどこか学術的な香りがしたのかわからないが、2つの別な漢字を1つにした。これには不評らしく現在でも「文藝春秋」「東京藝術大学」などのようにこだわって旧字をつかう団体もある。

2012年1月 2日 (月)

「鳩尾」 何て読むの?

足掻(あがき)

総角(あげまき)

家苞(いえづと)

転寝(うたたね)

囈語(うわごと)

晩稲(おくて)

恩愛(おんない)

苟且(かりそめ)

紙縒(こより)

遮莫(さもあらばあれ)

倭文(しず)

掏摸(すり)

佝僂(せむし)

為体(ていたらく)

鯨波の声(ときのこえ)

破落戸(ならずもの)

只管(ひたすら)

北叟笑む(ほくそえむ)

水分(みくまり)

兎唇(みつくち)

翻筋斗(もんどり)

鳩尾(みぞおち)

2011年12月31日 (土)

漢字と英単語は基本

  クイズ番組「日本№1の頭脳王」東大京大生の対決を見る。やはり英単語と漢字は完璧。出題「巻耳(おなもみ)」「萵苣(ちしゃ)」私には読めなかった。

次の語の読み方をつけなさい

1 櫟

2 独活

3 蚕豆

4 陸稲

5 冬瓜

6 海松

7 燕青

8 刀豆

9 竜胆

10 慈姑

11 菠薐草

12 山葵

13 荒布

14 海髪

15 田作

16 焼売

17 粽

18 首途

19 伝手

20 盗汗

602

  答え

1くぬぎ 2うど 3そらまめ 4おかぼ 5とうがん 6みる 7かぶら 8なたまめ 9りんどう 10くわい 11ほうれんそう 12わさび 13あらめ 14うご 15ごまめ 16しゅうまい 17ちまき 18かどで 19つて 20ねあせ

2011年12月29日 (木)

読めますか?

1 蚯蚓

2 守宮

3 

4 

5 栄螺

6 章魚

7 

8 若布

9 萱草

10 枳殻

11 蛞蝓

12 海月

13 公魚

14 杜若

15

16 蜀魂

17 雲丹

18 

19 海鼠

20

2009061808201094f

1みみず 2やもり 3いたち 4むじな 5さざえ 6たこ 7ぶり 8わかめ 9わすれぐさ 10からたち 11なめくじ 12くらげ 13わかさぎ 14かきつばた 15ひわ 16ほととぎす 17うに 18しじみ 19なまこ 20まぐろ

漢字の読み方と意味

   次の語の読み方をつけなさい。

1 積悪の門に余殃とどまる

2 余喘を保つ

3 嚠喨たる笛の音

4 輪奐の美

5 他人の事に容喙する

6 絡繹

7 連袂

8 囹圄

9 釐正

10 遊弋

11 潦水

12 僻陬

13 昧爽

14 優渥

15 別墅

16 無辜

17 宥恕

18 防遏

19 夢寐

20 幽邃

答え

1よおう(悪事のむくいとしてくる災禍)  2よぜん(死にかかっていて、なお息のあること) 3りゅうりょう(楽器の音などがさえわたっているさま) 4りんかん(建物の広大・壮麗なこと) 5ようかい(くちばしを容れること) 6らくえき(道路に人馬などの往来が絶え間なく続くこと) 7れんべい(行動をともにすること) 8れいご(ろうや) 9りせい(改めただすこと) 10ゆうよく(艦船が海上を往復して待機すること) 11ろうすい(雨のたまり水) 12へきすう(へんぴな土地) 13まいそう(よあけ) 14ゆうあく(ねんごろに手厚いこと) 15べっしょ(しもやしき) 16むこ(罪のないこと)  17ゆうじょ(寛大な心でゆるすこと) 18ぼうあつ(ふせぎとめること) 19むび(ねむること) 20ゆうすい(景色などが物静かで奥深いこと)

2011年12月25日 (日)

記と書

    今年の漢字に「絆」が選ばれた。ネットでいろいろ検索すると、少数派ながら違和感を感じたかたもおられるらしい。そもそも「絆」とは、普段目に見えなかった他者とのつながりを強く意識したときに自然に感じるもので、他人に声高に主張するような言葉ではない。ところが、今年多用されるようになった「絆」という言葉は、「つながり」「力を合わせよう」「一緒にがんばろう」という意味が込められ、ちょっとした「便利な言葉」として利用されているような気がする。漢字が原義を離れて、さまざな解釈で変化していくことは、ある程度止むを得ないことではあるが、日本語の乱れになっていくだろう。

  よく使われる「記」と「書」との区別も日本人はあいまいである。中国では文章様式として「書」「表」「評」「記」「録」などの漢字があるが、当然、厳密に区別されて使用されていた。とくに「記」は「雑記」であって、個人の伝記や政治に関係するような重要なものは「記」とは呼ばない。司馬遷は自身の書を「太史公書」としたが、後世に「史記」とされた。これは司馬遷は公的な歴史書であると主張しているが、後世の史家たちは、伝聞や個人的見解が多く、単なる記録、日記の類として「史記」と命名されたものと解するべきである。すなわち古来から史記、漢書の優劣論があるが、公的な史書からいうと漢書が優るとされてきた。もちろん近代史学になって、太古からの本紀列伝体の史記叙述スタイルは独創的であり、その歴史的価値は明白ではあるが、「記」と「書」とではランクが違うのである。

   漢字の原義を重要視しない日本人は、子どもへの命名法にも顕著にあらわれている。音の美しさのみで、漢字の字義・字解を無視することは昨今の悪弊であると感じている。

2011年12月22日 (木)

大木伸夫「鉃路の男」

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    むかしTBSの「アッコにおまかせ」峰竜太のコーナーで「変なレコード・ジャケット」を紹介していた。古いレコードには様々な思いでがあって懐かしいものだが、ここでは基本的には大阪弁でいう「オチョクリ」が基本テイストだ。ある日、登場したのが大木伸夫の「鉃路の男」。浪曲師出身の有名な歌手だったが、そのころ既に過去の人として忘れられていた。ジャケットの文字「鉃」の字が間違っているというのである。たしかに「鉄」の字は「金」へんに「失」が正しい。学校の先生ならば、×をつけるだろう。なぜわざと「鉃」の字を使ったのか鉄道関係者ならわかっている。むかしから、鉄道の世界では「金」が「失う」では縁起がわるいので、わざと「鉃」の字を書くことがあった。

  国鉄赤字の分割・民営化のとき、鉄道会社のデザインの文字に「鉃」の字が使われた。これに対して、朝日新聞の投書で「小学五年の長女から「どうして変えるの」と聞かれて困まりました。国鉄が「字体の縁起が悪い」のを理由に変える前例となれば、ほかの鉄道会社などもまねするかもしれないし、漢字の乱用にもつながります。大人たちが自分の都合で変えるのは、子どもの教育にもよくありません。」(「金より良識失う」)として反対の声が上がった。国鉄は「鉃の字は常用漢字にはないが、「難字大鑑」(柏書房)には俗字として載っており、旧字体からみれば鉄も俗字で、決して誤字ではありません」と強弁した。これに対して漢字学者からは、「鐡」の略字に「鉄」があてられたのは「秩」「跌」「迭」など「-ツ」とういう音がすべて「失」にもとづいているからである。「鉃」という字では「テツ」という音は出てこない。縁起をかついだだけの「ウソ字」「誤字」であるとされた。ポスターやデザインで使うだけならそれほど問題はないと思うのだが、この「鉃の字」問題はヒステリックな状況の中で忘れ去られていった。もちろん法務局の通達などで「戸籍の氏名欄に記載されている誤字・俗字の一覧表」にあるので、いつでも改正が認められる。またJIS第二水準の漢字にもあるので、このように表記できる。日本独自の伝統としてはかすかに残っているのである。

2011年12月21日 (水)

「絆」その語感の変化について

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    今年の漢字に「絆」が選ばれた。応募総数が昨年の28万票を大きく上回り、過去最多の49万票である。東日本大震災で人と人とのつながりの大切さを改めて感じたという選定理由である。「今年の漢字」は1995年に始まり、大災害のあった年は強く反映される傾向にある。阪神大震災の年が「震」、中越地震のときが「災」だった。「きずな」(古語では「きづな」)という古風な言葉は、その使われ方がここ50、60年で大きく変化していった。マス・メディアによる影響が強いと思われるが、あまりそのような指摘をされる人はいないようである。

   戦前「きずな」という言葉は今日盛んに使用されるほどに一般的な言葉ではなかったと思われるが、文献上は古くから見える。「沙石集」(13世紀後半)には「恩愛の絆を断ち」とある。おそらく戦前までは、「きづな」は「綱」であり、「断ち切る」という言葉と対になって、使われていたように思われる。いつごろから、「絆を大切に」となったのであろうか。

  世相を毎年恒例のように言葉で現す習慣は諸外国にもあるのだろうか。たとえば「絆」は英語になおせば「bond」あるいは「tie」だが情感がない。おそらく日本特有のものだろう。漢字の本家中国でも日本の今年の漢字が「絆」と報じられて違和感を感じたらしい。中国では「足をすくう」「わなにひっかかる」「からめつく」「拘束」「束縛」などの意味があるが、「人と人とのつながり」という意味はない。もともと「絆」は馬・犬など動物をつなぎとめるという意味である。それから「人を束縛する義理・人情」「夫婦の絆」などと意味するようになった。モームの小説の邦題が「人間の絆」である。むかしは「人間」と限定して初めて意味が通った。そして絆の本来の意味は「人と人とのつながり」ではなく、「自分を束縛する」という意味のほうが強い。言葉はビミョーに変化していく。そこで青空文庫で「絆」を検索して、文学作品中に「絆」がどのように使用されてきたか調べてみる。

1「数百年間の封建日本の重い絆」(宮本百合子「生活においての統一」)

2「わしを過去に結びつけていたあらゆる絆は断たれた」(豊島与志雄「故郷」)

3「愛欲の絆もあきらめられない」(坂口安吾「今後の寺院生活に対する私考」)

4「断とうとしても断てない執着の絆を思い」(種田山頭火「片隅の幸福」)

5「公転の絆を断ち切って自由軌道を採用することになろう」(海野十郎「予報者告示」)

6「私たちは、これからこそ、重苦しい過去の絆をふりはらって、思慮と勇気とに満ちた」(宮本百合子「婦人民主クラブ趣意書」)

7「そこには何か、捨て難い絆、縁のある証拠ではないだろうか」(宮本百合子「思い出すかずかず」)

8「見捨てることのできない深い絆にくくられる」(倉田百三「愛の問題」)

9「私を締めつけた多くの家族の絆」(伊東静雄「わがひとに与ふる哀歌」)

絆につく形容は「重い」「執着の」「重苦しい」「捨て難い」「深い」「締めつけられた」などである。とくに「糸」が語源なので「締めつける」(9)という表現は適切である。絆の語のあとに続くのは、「断つ」「断ち切る」「くくる」などである。おそらく戦前では「絆」は封建的な個人を束縛する「紐帯」であった。「絆」は断つものであった。戦後、家族関係が希薄になって、「絆」という語が逆に「人と人をつなぐ大切なもの」という正反対の意味で使われだしたことは不思議である。「家族の絆の大切さ」という表現は戦前ではありえなかった。NHKなどの番組ではさかんに「絆」がさけばれ、東北大震災でも復興の合言葉となっている。言葉は生きものなので、是否を論ずるつもりはない。注視するだけである。「人と人との離れがたい結びつき」をメディアが連呼する現代こそ絆がない時代を反映している。