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2019年6月 9日 (日)

ロックの日

   六(ろく)九(く)で「ロック」の語呂合せ。楽曲ロックの記念日。日本のロック史は1955年ころにロカビリーとして流行するが、60年代後半にはGSブームに押され、退潮傾向となる。やがて矢沢永吉、忌野清志郎などが登場し、90年にはXJAPAN、ブルーハーツ、B'zなどが広く大衆に支持されロックとしての一つのジャンルが確立される。なかでもサザンの桑田圭祐はニューミュージック、J-POPなどを基本にしながらロックも取り入れた幅広いサウンドを提供し続けている。

 

2019年6月 5日 (水)

泣き男ジョニー・レイ

Johnnyrayray_johnny  梅雨の季節、ムード歌謡の崎島じゅん「ずっと愛してる」がヒットのきざしがする。雨の定番の曲といえば、ジリオラ・チンクエッティ「雨」、ジョニー・レイ「雨に歩けば」(1956)、ザ・カスケーズ「悲しき雨音」(1963)、そしてB・J・トーマス「雨にぬれても」(1969)。とくに「雨に歩けば」は今まで何回聞いたか数えきれないほどだけど意外と歌手のことは何も知らない。LPアルバム「懐かしのポピュラー・ヒット・ソング」の一曲として「雨に歩けば」が収められているが、ジョニー・レイ(1927-1990)の顔写真がない。オレゴン州ダラスの生まれ。「Prince of Wails」(泣き叫びの王子)といわれる。プリンス・オブ・ウェールズのもじりと称され、1950年代、ジョニーの人気はすごかった。聴覚が不自由だったが、「クライ」(1951)がヒット。映画「ショーほど素敵な商売はない」で人気を不動のものにした。だが「雨に歩けば」は最後のヒットだった。翌年、耳の手術に失敗したらしい。歌手活動は続けたが一時のような人気はなく、淋しい晩年だった。享年63歳。「雨に歩けば」は失恋の痛みを忘れるために雨の中をかまわず歩いていたら、ずぶ濡れになった。どうしても君を忘れられないという内容の歌詞である。( Johnnie Ray,Cascades,B.J.Thomas )

2019年6月 4日 (火)

天安門事件と鄧麗君の時代

6_1r32c608_0  1989年のこの日、北京市で天安門事件が起こった。民主化を求めて終結していたデモ隊に、軍隊が武力行使し数千人の死傷者が出た。香港や台湾では激しい事件への抗議が起きたが、なかでも台湾出身のアジアの歌姫・テレサ・テン(鄧麗君)の行動が注目される。テレサが歌う「何日君再来」は1980年になって、中国大陸で音楽テープによって爆発的に広まっていた。共産党当局は彼女の歌を不健全な「黄色歌曲」(ピンク歌曲)として禁止していたが、人々はひそかにこの歌を聴いていた。これは1983年末まで続けられた。やがて鄧小平の開放政策への転換によって、テレサの歌も解除されたが、天安門事件によって北京コンサートは中止となる。テレサは天安門事件後、中国の自由と民主化を願っていた。「わたしはチャイニーズです」と述べた後、自由を語りはじめた。彼女の歌声は今も、台湾、香港、中国、韓国、フィリピン、日本、インドネシア、マレーシア、シンガポール、ベトナム、タイなどアジア各地で流れている。20世紀最高のアジアの歌姫と呼ばれている。代表曲は日本語の「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」「別れの予感」のほか、中国語の代表曲「千言萬語」「甜蜜蜜」「小城故事」「月亮代表我的心」、アルバム「淡淡幽情」。アン・ルイスの「グッバイ・マイ・ラブ」のカバー曲「再見我的愛人」もヒットした。生前テレサはこんなことを言った「わたしには3つのことが出来なかったことがある。1つは高い学歴をもてなかった、1つは結婚できなかった、そして最後の1つは中国で歌えなかったこと。」1967年「鄧麗君之歌第一集」は二種類あり、「何日君再來」を改題した「幾時称回來」が入っているのと、「女鯨兒園」に差し替えたもの。「何日君再來」は文化統制下の台湾で禁歌だった。生涯、テレサは「何日君再來」を4回レコーディングしている。母が歌っていたというこの歌にテレサはどのような思いを重ねたのであろうか。(中薗英助「何日君再来物語」 河出書房新社) Dang Le Quan 6月4日

 

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2019年5月28日 (火)

近代流行歌史100曲

661  昨日のTBSの「あなたが聴きたい歌の4時間スペシャル」を軽く見ていたが、楽曲と映像の選曲センスがよかった。昭和、平成のJ-POPから構成されているが、日本の近代歌曲の歴史は明治に始まる。大河ドラマ「いだてん」で綾瀬はるかが自転車に乗って歌う曲は「自転車節」。明治41年の神長瞭月作詩・作曲だが歌詞が少し違う。「♪ 会いたかばってん会われんたい」というのは熊本弁。レコードのない時代、メロディーにのせてそれぞれ各地で歌詞が替えられた。子供のとき聞いたのは、漫才の砂川捨丸が「ハイカラ節」(チリリン節)だった。歌は世につれ、世は歌につれ」というが大衆に好まれ、ひろく歌われる曲は流行歌・歌謡曲は昭和になってから。はじめは「はやり唄」と称され、明治からあった。「宮さん宮さん」は1868年に作成されトコトン節もしくはトンヤレ節ともいう。作詞は品川弥二郎、作曲は大村益次郎(品川の恋人・中西君尾が節をつけたという説もある)。「ギッチョンチョン」「コチャエ節」「ざんぎん節」「官員節」「梅ヶ枝節」「すててこ」「ダイナマイト節」「ちょんこ節」「さいこどんどん」「オッペケペー節」「日清談判」「法界節」「剣舞節」「春はうれしゃ」「レールエ節」「さのさ節」「東雲節」「魔風恋風」「ロシャコイ節」「ラッパ節」「チャカホイ節」「ああ金の世」「スカラー・ソング」「間がいいソング」「奈良丸くずし」「カチューシャの唄」「恋はやさし野辺の花よ」「ゴンドラの唄」「ばらの唄」「さすらすの唄」「新金色夜叉」「東京節」「船頭小唄」(中山歌子)、「籠の鳥」、「復興節」、「ストトン節」、「ヨサホイ節」。藤原義江「鉾をおさめて」、二村定一「アラビアの唄」「君恋し」、佐藤千夜子「東京行進曲」、川崎豊・曽我直子「沓掛小唄」、二村定一「洒落男」、河原喜久恵「ザッツ・オー・ケー」、藤山一郎「酒は涙か溜息か」「丘を越えて」、小林千代子「涙の渡り鳥」、小唄勝太郎「島の娘」、松平晃「サーカスの唄」、東海林太郎「赤城の子守唄」、ディック・ミネ「ダイナ」、東海林太郎「旅笠道中」、音丸「船頭可愛いや」、ディック・ミネ、星玲子「二人は若い」、ディック・ミネ「上海リル」、渡辺はま子「忘れちゃいやよ」、美ち奴「ああそれなのに」、藤山一郎「青い背広で」、上原敏「妻恋道中」、淡谷のり子「別れのブルース」、楠木繁夫「人生劇場」、霧島昇、ミス・コロンビア「旅の夜風」、渡辺はま子「支那の夜」、岡晴夫「上海の花売娘」、高峰三枝子「湖畔の宿」、灰田勝彦「鈴懸の径」、小畑実・藤原亮子「勘太郎月夜唄」、近江俊郎「月夜船」、並木路子「リンゴの唄」、二葉あき子「夜のプラットフォーム」、笠置シズ子「東京ブギウギ」、近江俊郎「湯の町エレジー」、久保幸江「トンコ節」、伊藤久男「イヨマンテの夜」、二葉あき子「水色のワルツ」、美空ひばり「越後獅子の唄」、津村謙「上海帰りのリル」、美空ひばり「りんご追分」、神楽坂はん子「ゲイシャ・ワルツ」、織井茂子「君の名は」、春日八郎「お富さん」、島倉千代子「この世の花」、三橋美智也「りんご村から」、三波春夫「チャチキおけさ」、フランク永井「有楽町で逢いましょう」、水原弘「黒い花びら」、西田佐知子「アカシアの雨がやむとき」、坂本九「上を向いて歩こう」、水原弘「黒い花びら」、村田英雄「王将」、北島三郎「なみだ船」、舟木一夫「高校三年生」、梓みちよ「こんにちは赤ちゃん」、都はるみ「アンコ椿は恋の花」、美空ひばり「柔」、マイク真木「バラが咲いた」、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ「ブルー・シャトー」、ピンキーとキラーズ「恋の季節」、森進一「港町ブルース」、菅原洋一「今日でお別れ」、尾崎紀世彦「また逢う日まで」、宮史郎とぴんからトリオ「女のみち」、南こうせつとかぐや姫「神田川」、さくらと一郎「昭和枯れすすき」、布施明「シクラメンのかほり」、山口百恵「横須賀ストーリー」、ピンク・レディー「UFO」、ゴダイゴ「ガンダーラ」、西城秀樹「ヤングマン」、ジュディ・オング「魅せられて」、海援隊「贈る言葉」、寺尾聡「ルビーの指輪」、あみん「待つわ」、細川たかし「矢切の渡し」、玉置浩二「ワインレッドの心」、テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」、吉幾三「雪国」、光GENJI「パラダイス銀河」、美空ひばり「川の流れのように」、「おどるポンポコリン」、「情けねぇ」、Dreams Come True「晴れたらいいね」、Mr.Choldren「innocent world」、安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」、SMAP「夜空ノムコウ」、宇多田ヒカル「Automatic」、サザンオールスターズ「TSUNAMI」、スピッツ「チェリー」、SMAP「世界に1つだけの花」、夏川りみ「涙そうそう」、一青窈「ハナミズキ」、秋川雅史「千の風になって」、ゴールデンボンバー「女々しくて」、西野カナ「会いたくて会いたくて」、植村花菜「トイレの神様」、EXILE「Ti Amo」、AKB「ヘビーローテーション」、いきものがかり「風が吹いている」、星野源「恋」。

ああ、「東京行進曲」

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モガ・モボ全盛の銀座風景(昭和4年)

 

   モダン・ボーイとか、モダン・ガールという言葉がしきりに使われた昭和4年頃、若い女性が職業婦人として新しい職場へ進出した。スチュワーデスの前身であるエア・ガール、そしてバス・ガール、マニキュア・ガール、マネキン・ガール、ダンサー、電話交換師、美容師、雑誌編集員などパーマネントや断髪の彼女たちは、若い女性の憧れの職業だった。

  長い髪した   マルクスボーイ

  今日も抱える 「赤い恋」

  かわる新宿 あの武蔵野の

  月もデパートの 屋根に出る

    この年、「ジャズ」「ダンサー」「リキュール」「ラッシュアワー」「シネマ」「デパート」などの横文字を散りばめて東京の最先端風俗を表現した流行歌「東京行進曲」が25万枚の大ヒットとなった。「東京行進曲」は、菊池寛の小説を原作とした日活映画「東京行進曲」(溝口健二監督、夏川静江主演)の主題歌だった。西条八十・中山晋平のコンビで佐藤千夜子が唄った。つまり「東京行進曲」は、映画、レコード、ラジオという新しいメディアの相乗りで作ったマスコミ主導型の大ヒットだった。ただし前掲の4番の歌詞は、レコード会社の意向で「シネマ見ましょかお茶のみましょか」と変更されて売り出された。

   「東京行進曲」以降、流行歌の世界では、東京は繰り返し歌われるかっこうの題材となった。また東京物はヒットするというジンクスのようなものが生れた。実際、東京を題材にしたヒット曲は多い。小唄勝太郎「東京音頭」、藤山一郎「東京ラプソディー」、岡晴夫「東京の花売娘」、笠置シズ子「東京ブギウギ」、高峰秀子「銀座カンカン娘」、美空ひばり「東京キッド」、暁テル子「東京シューシャインボーイ」、三浦洸一「東京の人」、大津美子「東京アンナ」、コロンビア・ローズ「東京のバスガール」、フランク永井「有楽町で逢いましょう」「東京午前三時」「東京カチート」、島倉千代子「東京だよおっ母さん」、神戸一郎「銀座九丁目は水の上」、守屋浩「僕は泣いちっち」、フランク永井・松尾和子「東京ナイト・クラブ」、石原裕次郎・牧村洵子「銀座の恋の物語」、渡辺マリ「東京ドドンパ娘」、新川二郎「東京の灯よいつまでも」、三波春夫「東京五輪音頭」、西田佐知子「東京ブルース」「赤坂の夜は更けて」、井沢八郎「ああ上野駅」、竹越ひろ子「東京流れ者」、坂本九「サヨナラ東京」、黒沢明とロス・プリモス「ラブユー東京」、山内賢・和泉雅子「二人の銀座」、藤圭子「新宿の女」、青江三奈「池袋の夜」、かぐや姫「神田川」、内山田洋とクールファイブ「東京砂漠」、中原理恵「東京ららばい」、吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」、宇多田ヒカル「東京NIGHTS」、桑田佳祐「東京」。

   だが近年、東京を題材をした歌謡曲にヒット曲がでないのは何故だろうか?(個人的にはマイペースの「東京」が好きだ。もちろん新しい曲ではない。「東京へはもう何度も行きましたね。君の住む美しい都。東京へはもう何度も行きましたね。君が咲く花の都」というサビの部分が懐かしい青春の一曲です)ネットで探すと、ポルノグラフィティ「東京ランドスケープ」、ゴスペラーズ「東京スヰート」、小田和正「Little Tokyo」、銀杏BOYS「東京」、福山雅治「東京」、コフクロ「東京の冬」、角松敏生「Tokyo Tower」などでているようだが、ケペルの年齢のためかなじみがない。

Kitajima_hidetomo   ところで「東京」という地名はいつごろどうして生まれたか。岩倉具視の側近である北島秀朝(1842-1877)が慶応4年に「江戸を東京と改むべし」という建白書を新政府に提出している。その提言によって、江戸城の明け渡しなども終えた明治元年7月17日、「自今江戸ヲ称シテ東京トセン」という詔勅が出た。北島こそ、東京の名付け親である。

 

 

2019年5月14日 (火)

世界で最も売れた歌手

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    1998年のフランク・シナトラの忌日。わが家で最初にレコードが来たのは、兄貴が買ってきたフランク・シナトラのEP盤4曲入りだった。はじめたった1枚きりのレコードなので何回もすりきれるほど聞いた。「夜のストレンジャー」「夜も昼も」「愛の泉」「慕情」。それから私はビング・クロスビーやナット・キング・コール、パット・ブーン、アンディ・ウィリアムなどのLPを集めはじめた。しかしネットで調べるとシナトラはランキング10位にも入らない。ビートルズ、エルヴィス・プレスリー、マイケル・ジャクソン、ABBA、クイーン、マドンナ、エルトン・ジョン、レッド・ツェッペリン、A.R.、ラフマーン、ナナ・ムスクーリ、ティノ・ロッシ、フリオ・イグレシアス、アーラ・プガチョワ、マライア・キャリー、ビージーズ、ピンク・フロイド、AC/DC、セリーヌ・ディオン、ローリング・ストーンズ、ホイットニー・ヒューストン、エアロ・スミス、U2、スティーヴィー・ワンダー、ジュネシス、デヴィッド・ボウイ、バーバラ・ストライサンド、バックストリート・ホーイズ、ボン・ジョヴィ、ガース、ブルックス、シカゴ、ダイア・ストレイツ、ブルース・スプリングスティーン、イーグルス、ステイタス・クオー、二ール・ダイアモンド、バリー・ホワイト、ガンズ・アンド・ローゼス、ビリー・ジョエル、ボニーM、ブリトニー・スピアーズ、ブライアン・アダムズ、カーペンターズ、シェール、ティープ・パープル、デパッシュ・モード、ドリー・パート、フリードウッド・マック、ジョージ・マイケル、ジョニー・アリディ、ケニー・ロジャース、キッス、ライオネル・リッチー、ルチアーノ・パヴァロッティ、メタリカ、オリビア・ニュートン・ジョン、ポール・マッカートニー、フィル・コリンズ、スコーピオンズ、ロッド・スチュワート、ティナ・ターナー、ザ・フー、グロリア・エスティファン、レディー・ガガ、エミネム、アイアン・メイデン、B’z、ドアーズ、プリンス、リアーナ、カルロス・サンタナ、ヴァン・ヘイレン、ビヨンセ、ジャーニー、ユーリズミックス、ルイス・ミゲル、ユパック

これらは順位ではない。たえず新しいアーティストが生れる。しかし私はシナトラが一番と思っている。

   1942(年12月30日、ニューヨークのパラマウント劇場。フランク・シナトラはベニ―・グッドマンに紹介されてステージに立った。割れんばかりの歓声。グッドマンは思わずつぶやいた。「こりゃ、いったい、どうしたっていうんだ?」スマートな容姿、情感豊かな甘い歌声。その年にデビューを果たしていたシナトラはすでに女学生たちのアイドルだった。興奮のあまり失神するファンも現れた。とんとん拍子に人気を得たが、第二次大戦後、その人気は一時下降する。だが、1953年、映画「地上より永遠に」でアカデミー助演男優賞を受賞、みごとに返り咲いた。しかし、その華やかな名声の陰には、黒い噂が絶えなかった。ジョン・F・ケネディにモンローを紹介したのはシナトラだったため、ふたりの謎の死に関わったのではないかと囁かれ、映画「ゴッドファーザー」のジョニー役はシナトラがモデルともいわれている。その私生活の明暗も、歌声に反映されたのか、1969年、波瀾の人生を思うかのような名曲「マイウェイ」は空前の大ヒットとなる。「ザ・ヴォイス」と呼ばれ、歌手の第一人者はシナトラである。TBSチャンネル2で「音楽の巨人たち#1」1962年に初来日のときキャバレー・ミカドで公演したショーの模様が放送される。(5月14日)

 

 

2019年4月14日 (日)

「陽気な未亡人」のメロディ

 映画音楽には二種類あって、その映画作品のためにオリジナルにつくられた楽曲とすでにあった楽曲を場面にあわせて使用する場合である。最近の日本映画などをみていると多くは監督が好きな楽曲を使用していることが多い。40年代から60年代までのハリウッドでは会社専属の音楽家がいて名曲が多くつくられた。パラマウントのビクター・ヤングのように。しかしヒッチコック作品にはなぜか話題になるようなテーマ音楽が多くない。「レベッカ」「汚名」「めまい」「サイコ」「鳥」いずれも名作だが主題歌のような曲はない。スリラーのため美しいメロディーよりも効果音を重視したのであろうか。ある日スーパー万代で買い物ををしていると不気味な音楽がいつも流れている。たぶん私だけが感じることなのだろうか。フランツ・レハールが1905年に作曲した「メリー・ウィドウ・ワルツ」である。「陽気な未亡人」という明るい楽曲なのだが、何故か不吉な不安感におそわれる。ヒッチコックの「疑惑の影」(1943年)というサスペンス映画で全編に流れているからだ。映画を観て覚えている方ならたぶん同じような感情を引き起こすかもしれない。ありふれた日常に起こる不安・恐怖といったものを。

2019年3月15日 (金)

貴方と夜と音楽と

  君はバッハ、それともモーツアルト?グレン・ミラー、ジョン・コルトレーン、フランク・シナトラ、プレスリーそれともマイケル・ジャクソン?君は女がいなくてもひとりで耐えられる音楽を好むべきだ。ただし女がいる場合は女の好む音楽を聴くべきだ。

Summertime In Venice     Jery Vale

Summer Kisses Winter Tears     Elvis Presley

Till  Lettermen

As Time Goes By   Victor Silvester

Summer Place  Jackie Rae

Friendly  Persuasion   Joe Loss

Deep Purple   Victor Silvester

Dave Monk  From the beginning until now

Kim Yoo Jung  Mr. Chu

Marisa Sannia  Casa Bianca

Charles Azavour   She

You Belong To Me    Jo Stafford

Blue Velvet   Bobby Vinton

Al Di La     The Brass Ring

My Foolish Heart    Al Martino

You You You    The Ames Brothers

When I Grow Too Old To Come?   Gracie Fields

Snow Flower    Park Hyo Shin

I Believe   Shin Seung Hun

Speak Softiy Love   Giovanni Marradi

All the Way   Frank Sinatra

Fly Me To The Moon    Frank Sinatra

E Mi Manchi      Mina

From a sidewalk cafe   Frank Mills

Perfidia  Ray Conniff

恋は塩味      ジーノ・パオリ

哀しみのソレアード モアシール・フランコ Moacyr Franco

夜霧のシルエット クロード・チアリ

2019年3月 6日 (水)

諸説あり!「じんじろげ」の由来

 「月影のナポリ」「白い蝶のサンバ」などのヒット曲で知られる森山加代子さんが、6日に大腸がんのため、都内の病院で死去した。享年76歳。北海道出身。まだおさげ髪がトレードマークだった頃の彼女のヒット曲に「じんじろげ」(1961年)がある。「♪ジンジロゲヤ ジンジロゲ ドレドンガラガッタ ホーレツラッパノ ツーレツ」意味不明の歌詞が続く。「そんな変な歌、歌うんじゃありません」と母に叱られた。歌詞は日本語と外国語をごちゃまぜにしたようにみえる。当時、森山の所属する芸能事務所社長の曲直瀬正雄が学生時代に覚えた歌詞にあうよう作曲家中村八大に作らせたといわれる。レコードは昭和36年1月に東芝音楽工業から「じんじろげ」として発売された。おりからテレビが各家庭に普及しだしたときであり、キュートな森山の印象とともに多くの人々の記憶に残る。しかし出所不明な歌曲であることから今日歌われることはほとんどない。第二の説は久留島秀三郎(1888-1970)が明治41年にインド人から聞いたとする説。その後、ボーイスカウトを通じて広まった。第三の説は大正中期の旧制高校寮歌。「ヂンヂロゲ踊り」という暗闇で行う結婚式を擬した秘祭。第四の説は昭和38年頃、元演歌師、渋谷白涙が自分の作品だとする。彼の話によれば、大正6、7年ころ、ボビーというインド人から教えられたという。裁判に及んだものの証拠不十分ということで渋谷の主張は認められなかった。しかしこの原曲がインドの民謡であることは可能性が高い。「ヒラミヤバミヤ チヨイナダ ディーヤ」の部分については、ヒンズー語で「雨が降ってきた忽ち川と流れる」(Hila mil pari a jori nana diya)と解することができる。つまり原曲はインド民謡「雨期礼賛の歌」と考えられるが、いまだこの民謡が本当に歌われ存在するのか確証はとれていない。曲直瀬が記憶していたのは大正初期の演歌師が歌っていた俗謡だろう。ちなみに「じんじろげ」とは一説によると「女性の陰毛」のことと説かれるがあまり根拠はない。その卑猥性のため今日あまり放送されないのかもしれない。

2019年3月 1日 (金)

春はセンバツから(選抜入場行進曲の話)

  23日からセンバツが始まる。今年の開会式入場行進曲は槇原敬之の「世界に一つだけの花」と「どんなときも。」の合体曲。でもなんでぇ~。通常は前年に世に流行ったヒット曲から選ばれることが多いのに。なぜか近年、日本レコード大賞を受賞した曲が入場行進曲に採用されるケースは少なくなっている。過去に8回あるが、昭和34年から平成29年までの大賞受賞曲でダブル受賞がわずか8曲とはなかなかの狭き門である。これまでの全曲は次のとおり。多様性の時代の表れなのか。

いつでも夢を(橋幸夫、吉永小百合)

こんにちは赤ちゃん(梓みちよ)

また逢う日まで(尾崎紀世彦)

ルビーの指輪(寺尾聰)

パラダイス銀河(光GENJI)

おどるポンポコリン(B.B.クイーンズ)

TSUNAMI(サザンオールスターズ)

蕾 つぼみ(コブクロ)

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