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2026年6月20日 (土)

夢見る頃を過ぎても

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  歌をまくらに 空を仰ぎて

 

  声高らかに 君とうたいし

 

  今はただひとりして

 

  さすらい歩めば

 

  若き日の夢

 

  昭和13年にコロンビアレコードから発売された中野忠晴、二葉あき子の「若き日の夢」の一番の歌詞である。ワルツ風の旋律だが原曲は「When I grow too old to dream?」(夢見る頃を過ぎても)でシグマンド・ロングバードの曲にオスカー・ハマースタイン二世が詩をつけた。「夢見る頃を過ぎても」はジャズの名曲としてポール・ホワイトマン楽団の演奏や、ナット・キング・コール、ドリス・デイ、ルビー・マラー、リンダ・ロンシュタットなとがカバーしている。初出はタドリ―・マーフィ監督の映画「The Night is Young」(1935年、邦題「春の宵」)。ラモン・ナヴァロ、イヴリン・レイ主演。劇中曲であるが誰が創唱したのかは不明。同年にはグレース・フィールド(1898-1979)がレコーディングしている。

 

 

2026年6月13日 (土)

女性歌手たちのデビュー曲一覧

  1949年7月30日、美空ひばりが「河童ブギウギ」でコロムビアレコードからデビューした。そこでこれまでの歌姫たちをデビュー曲と共にふりかえってみよう。小笠原美津子が先日、宝塚市内の病院で99歳で亡くなられた。1938年にビクターよりデビューした。2年後の「十三夜」のヒット曲や東海林太郎とのデュエット曲で知られる。榎本美佐江は戦時中は工場や軍隊の慰問などに回っていたが、1946年にテイチクに入社し、市丸の代役で歌った「十三夜」(オリジナルは1940年の小笠原美都子)がヒットした。当時レコード化されていなかったが、実質的に榎本の初ヒットといえる。鈴を鳴らしたような美声と美貌で新東宝で多数出演したが、レコード歌手として地位を確立したのは1949年ビクター移籍後のことである。由紀さおりの「ヒッチハイク娘」はどんな歌なのだろう。(7月30日)

淡谷のり子「久慈浜音頭」 1930
小唄勝太郎「島の娘」 1933
渡辺はま子 「海鳴る空」 1933
美ち奴 「さくらおけさ」 1934
笠置シヅ子「恋のステップ」 1934
二葉あき子「愛の揺り籠」  1936
菅原都々子「お父さんの歌時計」 1937
越路吹雪「ブギウギ巴里」 1946
吉岡妙子「昼も夜も」 1947
平野愛子「港が見える丘」 1947
美空ひばり「河童ブギウギ」 1949
織井茂子「安南夜船」 1949
宮城まり子「なやましブギ」 1950
江利チエミ「テネシーワルツ」 1952
ペギー葉山「ドミノ」     1952
雪村いづみ「想い出のワルツ」 1953
楠トシエ「僕は特急の機関車で」 1953
大津美子「千鳥のブルース」 1955
島倉千代子「この世の花」 1955
西田佐知子「伊那の恋唄」 1956
浜村美智子「バナナ・ボート」 1957
伊東ゆかり「かたみの十字架」 1958
ザ・ピーナッツ「可愛い花」 1959
こまどり姉妹「浅草姉妹」 1959
森山加代子「月影のナポリ」 1960
坂本スミ子「黒い天使」 1960
多摩幸子「明子の唄」 1961
弘田三枝子「子供ぢゃないの」 1961
岸洋子「たわむれないで」 1962
木の実ナナ「東京キカンボ娘」 1962
梓みちよ「ボッサ・ノバでキッス」 1962
園まり「鍛冶屋のルンバ」 1962
髙石かつ枝「旅の夜風」  1962
三沢あけみ「ふられ上手にほれ上手」 1963
九重佑三子「シェリー」 1963
いしだあゆみ「ネェ、聞いてよママ」 1964
水前寺清子「涙を抱いた渡り鳥」 1964
都はるみ「困るのことヨ」 1964
大月みやこ「母恋三味線」 1964
小林幸子「ウソツキ鴎」 1964
日野てる子「カイマナ・ヒラ」 1964
渡辺順子(黛ジュン) 「ダンケ・シェン」 1964
笹みどり「女の舞台」 1965
三船和子「ベトナムの赤い月」 1965
由紀さおり(安田章子)「ヒッチハイク娘」 1965
青江三奈「恍惚のブルース」 1966
山本リンダ「こまっちゃうナ」 1966
加藤登紀子「誰も誰も知らない」 1966
日吉ミミ(池和子)「涙と艶歌船」 1967
テレサ・テン「鄧麗君の歌第1集」 1967
森山良子「この広い野原いっぱい」 1967
瀬川瑛子「涙の影法師」 1967
渚ゆう子「早くキスして」 1967
渚まゆみ「アイ・ラブ・ユー」 1968
和田アキコ「星空の孤独」 1968
ちあきなおみ「雨に濡れた慕情」 1969
芹洋子「野に咲く花のように」 1969
藤圭子「新宿の女」 1969
藤野ひろ子「浜でギターを弾いてたら」 1969
安倍理津子「愛のきずな」 1970
北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」 1970
八代亜紀「愛は死んでも」 1971
天地真理「水色の恋」 1971
小柳ルミ子「わたしの城下町」 1971
天童よしみ「風が吹く」 1972
森昌子「せんせい」 1972
松任谷由実「返事はいらない」 1972
谷山浩子「銀河系はやっぱりまわっている」 1972
山口いづみ「緑の季節」 1972
山口百恵「としごろ」 1973
石川さゆり「かくれんぼ」 1973
キャディーズ「あなたに夢中」 1973
川中美幸「新宿天使」 1973
高木麻早「ひとりぼっちの部屋」 1973
高橋真梨子「ジョニィへの伝言」 1973
キム・ヨンジャ「教えてください」 1974
伊藤咲子「ひまわり娘」 1974
中島みゆき「アザミ娘のララバイ」 1975
岩崎宏美「二重唱(デュエット)」 1975
金沢明子「津軽じょんから節」ほか(LP若い民謡」収録)1975
大場久美子「あこがれ」 1977
榊原郁恵「私の先生」 1977
渡辺真知子「迷い道」 1977
矢野顕子「いろはにこんぺいとう」 1977
柴田まゆみ「白いページの中に」  1978
高見知佳「シンデレラ」 1978
竹内まりや「戻っておいで・私の時間」 1978
紅屋おかめ「泣くなオカメちゃん」  1978
森まどか「ひまわりの夏」 1978
久保田早紀「異邦人」  1979
石坂智子「ありがとう」 1980
松田聖子「裸足の季節」 1980
山下久美子「バスルームから愛をこめて」 1980
小泉今日子「私の16才」 1982
中森明菜「スローモーション」 1982
原田悠里「俺に咲いた花」 1982
星ひろみ(伍代夏子)「恋の家なき子」 1982
小久保尚美「誰にも云わないで」 1983
徳丸純子「聖・ファーストラブ」 1983
菊池桃子「青春のいじわる」 1984
山本ゆかり「私 MAILUWA」 1984 
中山美穂「C」 1985 
長保有紀「女の人生待ったなし」 1985
南野陽子「恥ずかしすぎて」 1985
森川美穂「教室」 1985
浅香唯「夏少女」 1985
渡辺美里「I'm free」 1985
石井明美「CHA CHA -CHA」 1986
今井美樹「黄昏のモノローグ」 1986
中村美律子「恋の肥後つばき」 1986
島津亜矢「袴をはいた渡り鳥」 1986
椎名恵「今夜はANGEL」 1986
伊藤智恵理「パラダイス・ウォーカー」 1987
伍代夏子「戻り川」 1987
坂本冬美「あばれ太鼓」 1987
森高千里「NEW SEASON」 1987
藤あや子「ふたり川」 1987
工藤静香「禁断のテレパシー」 1987
渡瀬マキ「パールモンド・kiss
香西かおり「雨酒場」 1988
山口由子「幾千の涙を贈りたい」 1988
遊佐未森「瞳水晶」 1988
西田ひかる「ぼくらのセディ」  1988
小野リサ「カトピリ」 1989
夏川りみ(旧芸名・星美里)「しほり」 1989
林原めぐみ「約束だよ」 1989
田村英里子「ロコモーションドリーム・ドリーム」 1989
山口弘美「つよがり」 1989
高橋由美子「Step by Step」 1990
西野妙子「A級キッス」 1990
田川寿美「女…ひとり旅」 1992
音羽しのぶ(司千恵子) 「涙という名の港町」 1992
広瀬香美「愛があれば大丈夫」 1992
藤田恵美(ルクプル)「海の底でうたう唄」 1994
安室奈美恵「太陽のSEASON」 1995
華原朋美「keep yourself alive」 1995
水森かおり「おしろい花」 1995
宇多田ヒカル「Automatic」 1998
浜崎あゆみ「poker face」 1998
椎名林檎「幸福論」   1998
aiko「あした」       1998
川野夏美「あばれ海峡」 1998
MISIA「つつみ込むように」 1998
島谷ひとみ「大阪の女」 1999
クミコ「接吻」     2000
水樹奈々「想い」     2000
中島美嘉「STARS」   2001
一青窈「もらい泣き」   2002
加藤ミリヤ「Never let go」 2004
木村カエラ「Level42」    2004
JUJU「光の中へ」    2004
Beni「harmony」     2004 
Perfume 「リニアモーターガール」 2005
新妻聖子「夢の翼」   2006
青山テルマ「ONE WAY」  2007
越智志帆(superfly)「ハローハロー」 2007 
ステファニー「君がいる限り」 2007 
西野カナ「I」        2008 
miwa「don't cry anymore」 2010
出光仁美「おんな七厘」 2010
藍井エイル「MEMORIA」 2011
家入レオ「サブリナ」   2012
杜このみ「三味線わたり鳥」  2013
大原櫻子「頑張ったっていいんじゃない」2014
あいみょん「生きていたんだよな」 2016
栞菜智世「Hear 信じあえた証」 2016
羽山みずき「紅花慕情」 2016
三浦透子「おかあさんへ」 2016
朝花美穂「なみだの峠」 2018
門松みゆき「みちのく望郷歌」 2019
鈴木愛理「Escape」 2019 
望月琉叶「失恋慕情」 2020
Liyuu「Magic Words」2020
田中あいみ「孤独の歌姫」 2021
石川花「空に咲いて」 2022
梅谷心愛「磐越西線ひとり」 2023
舞乃空「うたかた」2023
東亜樹「大阪好きやねん」2025
平山花羽「あじさい坂」 2026

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年6月 1日 (月)

日本歌謡史

  日本の近代歌謡曲の歴史は明治に始まる。大河ドラマ「いだてん」で綾瀬はるかが自転車に乗って歌う曲は「自転車節」。明治41年の神長瞭月作詩・作曲だが歌詞が少し違う。「♪ 会いたかばってん会われんたい」というのは熊本弁。レコードのない時代、メロディーにのせてそれぞれ各地で歌詞が替えられた。子供のとき聞いたのは、漫才の砂川捨丸が「ハイカラ節」(チリリン節)だった。歌は世につれ、世は歌につれ」というが大衆に好まれ、ひろく歌われる曲は流行歌・歌謡曲は大正になってから。はじめは「はやり唄」と称され、明治からあった。「宮さん宮さん」は1868年に作成されトコトン節もしくはトンヤレ節ともいう。作詞は品川弥二郎、作曲は大村益次郎(品川の恋人・中西君尾が節をつけたという説もある)。「ギッチョンチョン」「コチャエ節」「ざんぎん節」「官員節」「梅ヶ枝節」「すててこ」「ダイナマイト節」「ちょんこ節」「さいこどんどん」「オッペケペー節」「日清談判」「法界節」「剣舞節」「春はうれしゃ」「レールエ節」「さのさ節」「東雲節」「魔風恋風」「ロシャコイ節」「ラッパ節」「チャカホイ節」「ああ金の世」「スカラー・ソング」「間がいいソング」「奈良丸くずし」とくに大正4年、松井須磨子が歌った「カチューシャの唄」は全国津々浦々に広まった。関東大震災の中、物悲しい「船頭小唄」が大流行した。昭和に入ると、歌謡曲は一段と飛躍した。音楽家が西洋音楽にようやく馴染み出し、蓄音機が普及し、それに加えてラジオの誕生が、大きな要素になった。「恋はやさし野辺の花よ」「ゴンドラの唄」「ばらの唄」「さすらいの唄」「新金色夜叉」「東京節」、「籠の鳥」、「復興節」、「ストトン節」、「ヨサホイ節」。藤原義江「鉾をおさめて」、二村定一「アラビアの唄」「君恋し」、佐藤千夜子「東京行進曲」、川崎豊・曽我直子「沓掛小唄」、二村定一「洒落男」、河原喜久恵「ザッツ・オー・ケー」、藤山一郎「酒は涙か溜息か」「丘を越えて」、小林千代子「涙の渡り鳥」、小唄勝太郎「島の娘」、松平晃「サーカスの唄」、東海林太郎「赤城の子守唄」、ディック・ミネ「ダイナ」、東海林太郎「旅笠道中」、音丸「船頭可愛いや」、ディック・ミネ、星玲子「二人は若い」、ディック・ミネ「上海リル」、渡辺はま子「忘れちゃいやよ」、美ち奴「ああそれなのに」、藤山一郎「青い背広で」、上原敏「妻恋道中」、淡谷のり子「別れのブルース」、楠木繁夫「人生劇場」、霧島昇、ミス・コロンビア「旅の夜風」、渡辺はま子「支那の夜」、岡晴夫「上海の花売娘」、高峰三枝子「湖畔の宿」、灰田勝彦「鈴懸の径」、小畑実・藤原亮子「勘太郎月夜唄」、近江俊郎「月夜船」、並木路子「リンゴの唄」、二葉あき子「夜のプラットフォーム」、笠置シズ子「東京ブギウギ」、近江俊郎「湯の町エレジー」、久保幸江「トンコ節」、伊藤久男「イヨマンテの夜」、二葉あき子「水色のワルツ」、美空ひばり「越後獅子の唄」、津村謙「上海帰りのリル」、美空ひばり「りんご追分」、神楽坂はん子「ゲイシャ・ワルツ」、織井茂子「君の名は」、春日八郎「お富さん」、島倉千代子「この世の花」、三橋美智也「りんご村から」、三波春夫「チャチキおけさ」、フランク永井「有楽町で逢いましょう」、水原弘「黒い花びら」、西田佐知子「アカシアの雨がやむとき」、坂本九「上を向いて歩こう」、水原弘「黒い花びら」、村田英雄「王将」、北島三郎「なみだ船」、舟木一夫「高校三年生」、梓みちよ「こんにちは赤ちゃん」、都はるみ「アンコ椿は恋の花」、美空ひばり「柔」、マイク真木「バラが咲いた」、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ「ブルー・シャトー」、ピンキーとキラーズ「恋の季節」、森進一「港町ブルース」、菅原洋一「今日でお別れ」、尾崎紀世彦「また逢う日まで」、宮史郎とぴんからトリオ「女のみち」、南こうせつとかぐや姫「神田川」、さくらと一郎「昭和枯れすすき」、布施明「シクラメンのかほり」、山口百恵「横須賀ストーリー」、ピンク・レディー「UFO」、ゴダイゴ「ガンダーラ」、西城秀樹「ヤングマン」、ジュディ・オング「魅せられて」、海援隊「贈る言葉」、寺尾聡「ルビーの指輪」、あみん「待つわ」、細川たかし「矢切の渡し」、玉置浩二「ワインレッドの心」、テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」、吉幾三「雪国」、尾形大作「無錫旅情」、光GENJI「パラダイス銀河」、美空ひばり「川の流れのように」、「おどるポンポコリン」、「情けねぇ」、Dreams Come True「晴れたらいいね」、Mr.Choldren「innocent world」、安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」、SMAP「夜空ノムコウ」、宇多田ヒカル「Automatic」、サザンオールスターズ「TSUNAMI」、スピッツ「チェリー」、SMAP「世界に1つだけの花」、夏川りみ「涙そうそう」、一青窈「ハナミズキ」、秋川雅史「千の風になって」、ゴールデンボンバー「女々しくて」、西野カナ「会いたくて会いたくて」、植村花菜「トイレの神様」、EXILE「Ti Amo」、AKB「ヘビーローテーション」、いきものがかり「風が吹いている」、星野源「恋」。だが、ここ数年、歌謡曲・演歌には大ヒット曲がなく、日本レコード大賞も低調になっている。はたして演歌はこのまま滅亡の運命をたどるのか。平成になって氷川きよし、水森かおりが登場し、カラオケブームによって昭和演歌は歌い継がれている。山内惠介、三山ひろし、福田こうへい、純烈などの個性的な演歌歌手が牽引して新しい演歌の道の模索がなされている。真田ナオキ「渋谷で・・・どう」は近年のヒット曲。令和の時代は一部の熱烈なファンに支えられている状況である。

 

東京ソング

Img_943571_34041895_0  本日は「東京の日」慶応4年のこの日、江戸から東京に改称された。東京は行政機関や企業の本社が集中しており、日本の顔とも言える都市です。東京を題材にした歌謡曲・流行歌は佐藤千夜子の「東京行進曲」や小唄勝太郎・三島一声の「東京音頭」をはじめとして無数にある。某テレビ局が調査したところ、「東京」「TOKYO」とタイトルに冠した曲だけでも1271曲あるという。「銀座」「赤坂」「池袋」「新宿」など地域名を含めると1500曲以上はあるだろう。

    戦後は笠置シズ子「東京ブギウギ」、灰田勝彦「東京の屋根の下」、フランク永井「有楽町で逢いましょう」「西銀座駅前」など。しかし東京ご当地ソングが増加するのは1960年代になってからである。東京オリンピック前後の東京は好景気に沸き、繁華街が大盛況となり、東京は不夜城となっていった。石原裕次郎・牧村旬子「銀座の恋の物語」、新川二郎「東京の灯よいつまでも」、ザ・ピーナッツ「ウナ・セラ・ディ東京」、松尾和子「グッド・ナイト東京」、坂本九「サヨナラ東京」、渡哲也「東京流れ者」、井沢八郎「ああ上野駅」、西田佐知子「赤坂の夜は更けて」、日野てる子・高城丈二「青山の灯も消えて」、三田明「アイビー東京」、黒沢明とロス・プリモス「ラブユー東京」、中原理恵「東京ららばい」、和泉雅子・山内賢「二人の銀座」、大木英夫・津山洋子「新宿そだち」、藤圭子「新宿の女」、青江三奈「池袋の夜」、真田ナオキ「恵比寿」等々、ヒット曲は多い。私の好きな東京ソングはピチカート・ファイブ「トーキョーは夜の七時」、裕木奈江の「冬の東京」(1994)。韓国歌手のチェウニは「トーキョー・トワイライト」「東京の枯葉」「ガラスの東京タワー」など東京ソングの女王である。ズバリ「東京」というシンプルなタイトルは、やしきたかじん、マイペース、JUJU、ケツメイシ、手嶌葵の曲がある。

  海外をみてもロンドンとかパリとか単に都市名のみの曲はあまり見当たらない。「モスクワの夜は更けて」「とんでイスタンブール」とか「想い出のサンフランシスコ」とか形容詞がつくものである。フランシス・ルマルクは日本での知名度はあまり高くないが、実力派のいかにも「シャンソン歌手」という感じで、彼の代表曲「A Paris」(1949年)がある。ジャネット・エヴラ「パリ」。また稀少例としてファウスト・チリアーノの「ローマ」(1972)がある。ローマの橋をテーマにした佳曲。彼は特捜最前線のエンディング「私だけの十字架」で日本でもお馴染みの歌手であるが本国でも有名な一流歌手だ。「アルゼンチンよ泣かないで」(エヴィータ)

国名ならば「ブラジル」、メンデルスゾーンの「交響曲イタリア」。モーツァルトの「交響曲第38番プラハ」。シャブリエの「狂詩曲スペイン」。エネスコの「ルーマニア狂詩曲」。

世界の名曲で地名の入った曲ばかりを集めて音楽の旅に出よう。

「クラナダ」ララ。

「ローマの雨」ザ・ピーナッツ

 

 

 

2026年5月13日 (水)

五月のバラ

Photo_2  バラの季節となった。赤いバラの花言葉は「純愛」。伊丹市荒牧バラ公園には世界のバラ約250種1万本が咲いている。「五月のバラ」というバラードを聴き比べ。塚田三喜夫、尾崎紀世彦、布施明、松崎しげる、舟木一夫、鹿内孝、菅原洋一、藤原誠、秋川雅史、岩出和也などがリリースしている。この曲のオリジナルは、「思い出のバラ」という題名でフランツ・フリーデル(津川晃)が1969年に創唱した。その後、ブレンダ・リーがカバーして広く知られるようになった。

2026年5月 1日 (金)

第九の呪い

 ベートーヴェンは1821年から23年までドイツ南部にある温泉保養地バーデンを訪れた。ここで交響曲第九番の大部分を作曲し、1824年に完成した。そして闘病の末、3年後にウィーンで亡くなっている。年末になると「第九」が演奏される。なぜ年末に「第九」なのか。むかし、オーケストラの団員が貧しくて、年越しのお金を稼ぐために演奏会に第九を演奏したのが始まりといわれる。べートーヴェンは交響曲を9番まで作って亡くなった。それ以後の作曲家たち、シューベルト、ブルックナー、ドヴォルザークも、何故か交響曲を9番目まで作ると死んでいる。マーラーはこのことを非常に怖れて、9番目の交響曲にはNoをつけず、「大地の歌」という題をつけた。しかしマーラーは「第九の呪い」を克服しよう、迷信を打破するために、ついに9番目の交響曲「第九」を作曲し、10番目の交響曲にも着手したが、ついに完成を迎えることなくこの世を去ってしまった。

 

 

2026年4月18日 (土)

流行歌の当て字・当て読み

 当て字とは、漢字の本来の意味とはかかわりなく、漢字の音や訓を適当にあてはめて書くことをいう。「滅茶苦茶」とか「出鱈目」とか、例は数限りない。最近の子供の名前も「キラキラネーム」が流行っている。当て字は流行歌にも多く見られる。子供のころよく歌った飯田久彦の「♪あの娘はルイジアナ・ママ」(ルイジアナ・ママ)「街角で別れたあの娘はいまどこに」(悲しき街角)。「あの娘」は「あのむすめ」とは読まない。「あのこ」と読む。だが「娘」という漢字を字引で調べても、「ニョウ」「ジョウ」という音はあっても、「コ」はない。つまり当て読みである。歌謡曲には当て字・当て読みは多い。谷村新司の「昴」に「宿命の星たちよ」とある。宿命を「さだめ」と読む。他の歌謡曲では「運命(さだめ)」が多い。よくある当て字は、理由(わけ)、故郷(くに)、男女(みょうと)、生命(いのち)、女(ひと)、幸福(しあわせ)、過去(むかし)、季節(とき)、瞬間(とき)、真実(ほんとう)、地球(ほし)、心臓(ハート)、失望(なやみ)など。歌謡曲の当て字の最初は、昭和8年の佐伯孝夫が作詞した「僕の青春」だろうか。「青春」を「はる」と読ませ、藤山一郎が歌ったところヒットした。

 

  永遠(とわ)も辞書には永久(とわ)とあるが、永遠(とわ)はない。歌謡曲でよく使われる当て字の一つである。

2026年4月11日 (土)

鳥取砂丘と民謡「貝殻節」

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    今でこそ全国的にもよく知られている民謡「貝殻節」であるが、戦前はほとんど知る人はなかった。「浜村貝殻節」は昭和8年、浜村温泉をPRするためレコードに吹き込まれた。しかし「貝殻節」が全国に広まったのは、昭和27年、朝日放送全国民謡大会で第1位になったからだという。貝殻節踊りも昭和8年には振り付けがなされたものの、戦時中はすたれ一時は忘れさられたが、昭和22年に再振り付けがなされたものである。

    もともと「貝殻節」は、山陰沖に発生した帆立貝を獲る漁をした漁師たちが歌った労働歌がもとになっている。記録によると、文政7年(1824年)に中国に帆立貝を大量に輸出したとあるから、それ以前から帆立貝の乾し身を産業としていたのであろう。また、「天保5年(1834年)、青谷海岸に帆立貝が集まる」と年表にもある。鳥取県の沖合いでは10年とか20年に1度、帆立貝(イタヤ貝)が大量に獲れた「貝殻年(帆立年)」があった。明治になってからは、明治10年、明治21年、明治22年、明治34年、明治35年、大正14年、昭和4年が貝殻年である。帆立貝を獲ることはほねのおれる仕事で、ジョレンという馬鍬のようなものを海の底に沈め、舟の櫓を漕いで底引きするのである。それで「なんの因果に貝殻漕ぎなろうた」と自虐的に歌うのである。因幡国の城主・亀井武蔵守に仕える若い侍がこの海辺にきたとき、帆立貝を採取する娘に見とれて、つい武士の身分を捨てて漁師となり、その因果で歌が生まれたという説もある。

    最近では、吉永小百合の「夢千代日記」の中でも芸者が座敷で歌い踊るシーンが出てくることから、ますます「貝殻節」が全国的に知られるようになっている。ところがドラマは兵庫県の湯村温泉が舞台なので「貝殻節」を鳥取県と思わない人もいるのではないだろうか。吉永はCDで「浜唄と貝殻節」という歌を吹き込んでいる。早坂暁が山陰に取材をしたとき、湯村にいい民謡がなかったので、鳥取の民謡を使ったのだろうが、東京の人からみると兵庫県の北部も鳥取県も山陰で、あまり違いを感じないないのだろうか。

 

   「貝殻節」の歌詞には、異なるものが多数存在する。

 

  なんの因果に 貝殻漕ぎなろうた

 

  (カワイヤノー カワイヤノー)

 

  色は黒うなる 身はやせる

 

  (ヤサホー エイヤー ホーエヤエー

 

  ヨイヤサノサッサ エンヤノエーエ)

 

   なお、貝殻節は浜村だけで歌われていたものではない。二番の歌詞「♪浜村沖から貝殻が招く」というところを、青谷では「青谷沖から」と歌い、賀露では「賀露の沖から」、泊では「泊沖から」と歌う。

2026年3月19日 (木)

春はセンバツから

  第98回選抜高校野球大会の開会式が始まる。入場行進曲は、M!LKの「イイじゃん」に決まりました。前年はOmoinotakeの「幾億光年」である。昨年はあいみょん「愛の花」、その前年はback number「アイラブユー」その前年はYOASOBIの「群青」だった。近年は、日本レコード大賞を受賞した曲が入場行進曲に採用されるケースは少なくなっている。過去に8回あるが、昭和34年から平成29年までの大賞受賞曲でダブル受賞がわずか8曲とはなかなかの狭き門である。これまでの全曲は次のとおり。多様性の時代の表れなのか。

 

いつでも夢を(橋幸夫、吉永小百合)

 

こんにちは赤ちゃん(梓みちよ)

 

また逢う日まで(尾崎紀世彦)

 

ルビーの指輪(寺尾聰)

 

パラダイス銀河(光GENJI)

 

おどるポンポコリン(B.B.クイーンズ)

 

TSUNAMI(サザンオールスターズ)

 

蕾 つぼみ(コブクロ)

 

 

 

 

2026年2月14日 (土)

あなたの元気ソングは何ですか?

 まだまだ冬の寒い日が続く。暗いニュースが多く、気分もふさぎ勝ちの人も多いのではないでしょうか。そんな今こそ聴きたい元気になれる歌。ランキング上位に選ばれている曲は以下のようなものがあります。

キセキ GReeeeN

負けないで ZARD

Happiness 嵐

勇気100% 関ジャニ∞

何度でも DREAMS COME TRUE

innocent world  Mr.Children

ガッツだぜ!! ウルフルズ

Hero 安室奈美恵

栄光の架橋 ゆず

空も飛べるはず スピッツ

ファイト!  中島みゆき

Tomorr 岡本真夜

My Revlution 渡辺美里

愛は勝つ kan

ファイト・ソング レーチェル・プラッテン

 

 元気が出る曲はむ、アップテンポの元気なフレーズが一般的なのだが、ネガティブでしみじみとした曲も心にしみる。ハンバートハンバート「笑ったり転んだり」。

 

 

 

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