ないしょの手紙
レオシュ・ヤナ―チェクはモラヴィア(現在のチェコ東部)出身の作曲家。1854ー1928。民族音楽の研究から、オペラをはじめ管弦音楽、室内音楽、ピアノ曲など多数の作品を残した。弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」は、人妻カミラ・シュテスロヴァーへの片思いから霊感を受けた曲である。700通にのぼる往復書簡は、彼女に対する強い愛を感じさせる。代表作「シンフォニエッタ」「草陰の小径」「イェヌーファ」など。
レオシュ・ヤナ―チェクはモラヴィア(現在のチェコ東部)出身の作曲家。1854ー1928。民族音楽の研究から、オペラをはじめ管弦音楽、室内音楽、ピアノ曲など多数の作品を残した。弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」は、人妻カミラ・シュテスロヴァーへの片思いから霊感を受けた曲である。700通にのぼる往復書簡は、彼女に対する強い愛を感じさせる。代表作「シンフォニエッタ」「草陰の小径」「イェヌーファ」など。
マリア・コティヤール主演の「エディット・ピアフ」は素晴らしい伝記映画である。劇中、「私とビリー・ホリデーとは同じ年なの」というシーンがある。ジャズとシャンソン、音楽は異質ながらも、その波乱に満ちた女の生涯は共通している。ピアフ(1915-1963)、ビリー・ホリデー(1915-1959)、それにジュディ・ガーランド(1922-1969)など20世紀の歌姫といえるだろう。いまはレコードや映像などで何度も彼女たちの歌唱をきくことができる喜びを感謝している。 シャンソンを代表する名曲「愛の讃歌」。およそ愛をテーマにした曲の中で、このシャンソンほど力強く、感動的な歌がほかにあるだろうか。「あなたが愛してくださるならあなたが死んでもかまわない。わたしもあとを追って、空のかなたでふたりは永遠を手に入れるのですから・・・・あなたがおのぞみなら、なんでもやってのけましょう。祖国や友を裏切りましょう・・・・」という高らかな愛への讃歌です。日本語歌詞岩谷時子ではだいぶんやわらかくなっています。原詩はエディット・ピアフ本人の作詞ですが、作曲者を知っているかたはあまりおられない。マルグリット・モノ(1903-1961)で「バラ色の人生」や「ミロール」など多くの名曲を作っています。
エディット・ピアフは1915年12月19日、パリの下町ベルヴィル街の舗道で生まれた。父はサーカスの芸人、母は大道の歌手だった。ピアフは戦後になって現実派歌手としてヒット曲を生み出した。イヴ・モンタン、俳優のポール・ムーリッス、それにボクサーのマルセル・セルダンなどの恋は有名である。晩年はお酒と麻薬にむしばまれ、また美青年テオ・サラボとの恋と結婚は、ピアフにとって最後の生きる炎の証しであったともいわれている。
第98回選抜高校野球大会の開会式入場行進曲は、M!LKの「イイじゃん」に決まりました。前年はOmoinotakeの「幾億光年」である。昨年はあいみょん「愛の花」、その前年はback number「アイラブユー」その前年はYOASOBIの「群青」だった。近年は、日本レコード大賞を受賞した曲が入場行進曲に採用されるケースは少なくなっている。過去に8回あるが、昭和34年から平成29年までの大賞受賞曲でダブル受賞がわずか8曲とはなかなかの狭き門である。これまでの全曲は次のとおり。多様性の時代の表れなのか。
いつでも夢を(橋幸夫、吉永小百合)
こんにちは赤ちゃん(梓みちよ)
また逢う日まで(尾崎紀世彦)
ルビーの指輪(寺尾聰)
パラダイス銀河(光GENJI)
おどるポンポコリン(B.B.クイーンズ)
TSUNAMI(サザンオールスターズ)
蕾 つぼみ(コブクロ)
1949年7月30日、美空ひばりが「河童ブギウギ」でコロムビアレコードからデビューした。そこでこれまでの歌姫たちをデビュー曲と共にふりかえってみよう。小笠原美津子が先日、宝塚市内の病院で99歳で亡くなられた。1938年にビクターよりデビューした。2年後の「十三夜」のヒット曲や東海林太郎とのデュエット曲で知られる。榎本美佐江は戦時中は工場や軍隊の慰問などに回っていたが、1946年にテイチクに入社し、市丸の代役で歌った「十三夜」(オリジナルは1940年の小笠原美都子)がヒットした。当時レコード化されていなかったが、実質的に榎本の初ヒットといえる。鈴を鳴らしたような美声と美貌で新東宝で多数出演したが、レコード歌手として地位を確立したのは1949年ビクター移籍後のことである。由紀さおりの「ヒッチハイク娘」はどんな歌なのだろう。(7月30日)
淡谷のり子「久慈浜音頭」 1930
小唄勝太郎「島の娘」 1933
渡辺はま子 「海鳴る空」 1933
美ち奴 「さくらおけさ」 1934
笠置シヅ子「恋のステップ」 1934
二葉あき子「愛の揺り籠」 1936
菅原都々子「お父さんの歌時計」 1937
越路吹雪「ブギウギ巴里」 1946
吉岡妙子「昼も夜も」 1947
平野愛子「港が見える丘」 1947
美空ひばり「河童ブギウギ」 1949
織井茂子「安南夜船」 1949
宮城まり子「なやましブギ」 1950
江利チエミ「テネシーワルツ」 1952
ペギー葉山「ドミノ」 1952
雪村いづみ「想い出のワルツ」 1953
楠トシエ「僕は特急の機関車で」 1953
大津美子「千鳥のブルース」 1955
島倉千代子「この世の花」 1955
西田佐知子「伊那の恋唄」 1956
浜村美智子「バナナ・ボート」 1957
伊東ゆかり「かたみの十字架」 1958
ザ・ピーナッツ「可愛い花」 1959
こまどり姉妹「浅草姉妹」 1959
森山加代子「月影のナポリ」 1960
坂本スミ子「黒い天使」 1960
多摩幸子「明子の唄」 1961
弘田三枝子「子供ぢゃないの」 1961
岸洋子「たわむれないで」 1962
木の実ナナ「東京キカンボ娘」 1962
梓みちよ「ボッサ・ノバでキッス」 1962
園まり「鍛冶屋のルンバ」 1962
髙石かつ枝「旅の夜風」 1962
三沢あけみ「ふられ上手にほれ上手」 1963
九重佑三子「シェリー」 1963
いしだあゆみ「ネェ、聞いてよママ」 1964
水前寺清子「涙を抱いた渡り鳥」 1964
都はるみ「困るのことヨ」 1964
大月みやこ「母恋三味線」 1964
小林幸子「ウソツキ鴎」 1964
日野てる子「カイマナ・ヒラ」 1964
渡辺順子(黛ジュン) 「ダンケ・シェン」 1964
笹みどり「女の舞台」 1965
三船和子「ベトナムの赤い月」 1965
由紀さおり(安田章子)「ヒッチハイク娘」 1965
青江三奈「恍惚のブルース」 1966
山本リンダ「こまっちゃうナ」 1966
加藤登紀子「誰も誰も知らない」 1966
日吉ミミ(池和子)「涙と艶歌船」 1967
テレサ・テン「鄧麗君の歌第1集」 1967
森山良子「この広い野原いっぱい」 1967
瀬川瑛子「涙の影法師」 1967
渚ゆう子「早くキスして」 1967
渚まゆみ「アイ・ラブ・ユー」 1968
和田アキコ「星空の孤独」 1968
ちあきなおみ「雨に濡れた慕情」 1969
芹洋子「野に咲く花のように」 1969
藤圭子「新宿の女」 1969
藤野ひろ子「浜でギターを弾いてたら」 1969
安倍理津子「愛のきずな」 1970
北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」 1970
八代亜紀「愛は死んでも」 1971
天地真理「水色の恋」 1971
小柳ルミ子「わたしの城下町」 1971
天童よしみ「風が吹く」 1972
森昌子「せんせい」 1972
松任谷由実「返事はいらない」 1972
谷山浩子「銀河系はやっぱりまわっている」 1972
山口いづみ「緑の季節」 1972
山口百恵「としごろ」 1973
石川さゆり「かくれんぼ」 1973
キャディーズ「あなたに夢中」 1973
川中美幸「新宿天使」 1973
高橋真梨子「ジョニィへの伝言」 1973
キム・ヨンジャ「教えてください」 1974
伊藤咲子「ひまわり娘」 1974
中島みゆき「アザミ娘のララバイ」 1975
岩崎宏美「二重唱(デュエット)」 1975
金沢明子「津軽じょんから節」ほか(LP若い民謡」収録)1975
大場久美子「あこがれ」 1977
榊原郁恵「私の先生」 1977
渡辺真知子「迷い道」 1977
矢野顕子「いろはにこんぺいとう」 1977
柴田まゆみ「白いページの中に」 1978
高見知佳「シンデレラ」 1978
竹内まりや「戻っておいで・私の時間」 1978
紅屋おかめ「泣くなオカメちゃん」 1978
森まどか「ひまわりの夏」 1978
久保田早紀「異邦人」 1979
松田聖子「裸足の季節」 1980
山下久美子「バスルームから愛をこめて」 1980
小泉今日子「私の16才」 1982
中森明菜「スローモーション」 1982
原田悠里「俺に咲いた花」 1982
星ひろみ(伍代夏子)「恋の家なき子」 1982
小久保尚美「誰にも云わないで」 1983
徳丸純子「聖・ファーストラブ」 1983
菊池桃子「青春のいじわる」 1984
山本ゆかり「私 MAILUWA」 1984
中山美穂「C」 1985
長保有紀「女の人生待ったなし」 1985
南野陽子「恥ずかしすぎて」 1985
森川美穂「教室」 1985
浅香唯「夏少女」 1985
渡辺美里「I'm free」 1985
石井明美「CHA CHA -CHA」 1986
今井美樹「黄昏のモノローグ」 1986
中村美律子「恋の肥後つばき」 1986
島津亜矢「袴をはいた渡り鳥」 1986
椎名恵「今夜はANGEL」 1986
伊藤智恵理「パラダイス・ウォーカー」 1987
伍代夏子「戻り川」 1987
坂本冬美「あばれ太鼓」 1987
森高千里「NEW SEASON」 1987
藤あや子「ふたり川」 1987
工藤静香「禁断のテレパシー」 1987
渡瀬マキ「パールモンド・kiss
香西かおり「雨酒場」 1988
山口由子「幾千の涙を贈りたい」 1988
遊佐未森「瞳水晶」 1988
西田ひかる「ぼくらのセディ」 1988
小野リサ「カトピリ」 1989
夏川りみ(旧芸名・星美里)「しほり」 1989
林原めぐみ「約束だよ」 1989
田村英里子「ロコモーションドリーム・ドリーム」 1989
山口弘美「つよがり」 1989
高橋由美子「Step by Step」 1990
西野妙子「A級キッス」 1990
田川寿美「女…ひとり旅」 1992
音羽しのぶ(司千恵子) 「涙という名の港町」 1992
広瀬香美「愛があれば大丈夫」 1992
藤田恵美(ルクプル)「海の底でうたう唄」 1994
安室奈美恵「太陽のSEASON」 1995
華原朋美「keep yourself alive」 1995
水森かおり「おしろい花」 1995
宇多田ヒカル「Automatic」 1998
浜崎あゆみ「poker face」 1998
椎名林檎「幸福論」 1998
aiko「あした」 1998
川野夏美「あばれ海峡」 1998
MISIA「つつみ込むように」 1998
島谷ひとみ「大阪の女」 1999
クミコ「接吻」 2000
水樹奈々「想い」 2000
中島美嘉「STARS」 2001
一青窈「もらい泣き」 2002
加藤ミリヤ「Never let go」 2004
木村カエラ「Level42」 2004
JUJU「光の中へ」 2004
Beni「harmony」 2004
Perfume 「リニアモーターガール」 2005
新妻聖子「夢の翼」 2006
青山テルマ「ONE WAY」 2007
越智志帆(superfly)「ハローハロー」 2007
ステファニー「君がいる限り」 2007
西野カナ「I」 2008
miwa「don't cry anymore」 2010
出光仁美「おんな七厘」 2010
藍井エイル「MEMORIA」 2011
家入レオ「サブリナ」 2012
杜このみ「三味線わたり鳥」 2013
大原櫻子「頑張ったっていいんじゃない」2014
あいみょん「生きていたんだよな」 2016
栞菜智世「Hear 信じあえた証」 2016
羽山みずき「紅花慕情」 2016
三浦透子「おかあさんへ」 2016
朝花美穂「なみだの峠」 2018
門松みゆき「みちのく望郷歌」 2019
鈴木愛理「Escape」 2019
望月琉叶「失恋慕情」 2020
Liyuu「Magic Words」2020
田中あいみ「孤独の歌姫」 2021
石川花「空に咲いて」 2022
梅谷心愛「磐越西線ひとり」 2023
舞乃空「うたかた」2023
東亜樹「大阪好きやねん」2025
1959年のこの日、第1回日本レコード大賞が文京公会堂で行われた。水原弘の「黒い花びら」とフランク永井の「夜霧に消えたチャコ」が争い、「黒い花びら」が1票差で大賞を獲得した。ラジオ東京テレビで生中継されたが放送時間はわずか45分番組だった。(12月27日)
映画音楽には二種類あって、その映画作品のためにオリジナルにつくられた楽曲とすでにあった楽曲を場面にあわせて使用する場合である。最近の日本映画などをみていると多くは監督が好きな楽曲を使用していることが多い。40年代から60年代までのハリウッドでは会社専属の音楽家がいて名曲が多くつくられた。パラマウントのビクター・ヤングのように。しかしヒッチコック作品にはなぜか話題になるようなテーマ音楽が多くない。「レベッカ」「汚名」「めまい」「サイコ」「鳥」いずれも名作だが主題歌のような曲はない。スリラーのため美しいメロディーよりも効果音を重視したのであろうか。ある日スーパー万代で買い物ををしていると不気味な音楽がいつも流れている。たぶん私だけが感じることなのだろうか。フランツ・レハールが1905年に作曲した「メリー・ウィドウ・ワルツ」である。「陽気な未亡人」という明るい楽曲なのだが、何故か不吉な不安感におそわれる。ヒッチコックの「疑惑の影」(1943年)というサスペンス映画で全編に流れているからだ。映画を観て覚えている方ならたぶん同じような感情を引き起こすかもしれない。ありふれた日常に起こる不安・恐怖といったものを。
リーダーズダイジェスト社の「ポピュラー音楽名曲集」。このアルバムの先発を飾るのは、おそらく全レパートリーのうちで最も人気のあるものであり、最もしばしば演奏されているものである。ウィーンでは長年にわたって国立オペラがこれを毎年大晦日の夜に演奏することになつていた。そのお祭り気分の演奏会には聴衆のひとりひとりにシャンペンが一杯ずつ振舞われた。
喜歌劇「蝙蝠」の序曲には、この喜歌劇の中に出てくるすべての歌のテーマの大半が盛り込まれている。「蝙蝠」は、ヨハンシュトラウス2世が1874年に作曲し、同年4月5日にアン・デア・ウィーン劇場で初演された全3幕の喜歌劇で、この序曲は特に有名である。
「展覧会の絵」は友人のヴィクトル・ハルトマンの死を悲しみ、絵の展覧会を訪れた際の散歩(プロムナード)の様子を曲にしている。ロシアの作曲家モデスト・ムソルグスキーは1839年3月21日、ロシアのカレヴォに生まれた。神経障害と飲酒で晩年は貧乏なくらしのまま、まわりの理解もえられないまま42歳の短い生涯で死んだ。晩年の彼の様子はレーピンが描く肖像画によく表現されている。芸術との闘いにやつれはてた姿が凄まじいほどの力で人にせまってくる。だが青年の頃の彼は優美な容姿だった。ボロディンによれば、髪はカールして香料が注意深く使っていて、爪もよく手入れされ、ものごしは貴族的で、礼儀正しく、すべての婦人が彼に愛想良くしたという。将校のムソルグスキー、軍医のボロディン、そのころの2人は音楽に一生をかけるとは夢にも思わなかった。ムソルグスキーの音楽が認められたのは、死後のことであるが、フランスの印象派に影響を与え、ソビエトの作曲家たちに受け継がれた。(モデスト・ぺトロヴィッチ・ムソルグスキー)
日本の音楽のジャンルは一般に国内ロック・ポップスと歌謡曲・演歌に分けられる。大みそか恒例のNHK紅白歌合戦は、ここ数年、歌謡曲・演歌に大ヒット曲がなく、J・POP中心の番組構成になってきている。出場歌手の割合は、7対3くらいで、Jポッフ、Kポップが多い。若者はいう「JAZZや演歌は今どきオワコンである!」と。しかしAKBや乃木坂や旧ジャニーズばかりのグループ&ダンス歌謡もつまらない。このような状況はお隣の韓国も似ているが、韓国にはトロットといわれる大衆歌謡がある。「トロット王子」といわれるパク・ヒョンビンやチャーミングな女性歌手ホン・ジニョンが人気があり、いまでもトロットの人気は衰えをしらない。日本の演歌界は演歌の女王八代亜紀が亡くな、橋幸夫も亡くなり、淋しいかぎり。北島三郎、森進一、五木ひろしなど大御所はいるがみんなご高齢になったね。氷川きよしも山内惠介も王道演歌から外れて迷走している。
さて、ここで問題です。日本で初めて「歌謡曲」と名づけられた曲は?
A 大正3年の「カチューシャの唄」
B 大正14年の「夏が来たかと」
C 昭和4年の「東京行進曲」
「カチューシャの唄」は爆発的な流行を示し、いわゆる大衆流行歌謡のルーツになっているが、当時は「流行唄」「流行小唄」などと呼ばれていた。「歌謡曲」ということばがはじめて用いられたのは、大正14年7月12日に東京放送局の本放送が始まってからであり、その直後の7月27日に「夏が来たかと」など4曲(北原白秋作詞・町田嘉章作曲)が放送されたとき、町田嘉章がこれをはじめて歌謡曲と名づけたことから始まっている。昭和4年に西条八十作詞・中山晋平作曲・佐藤千夜子の「東京行進曲」がレコードになって、当時25 万枚という売行きを示したが、このころになると、この種の歌を「流行歌」というようになり、このあとぞくぞくと流行歌が大衆のあいだにうたよれるようになる。戦後になると、NHKなどの放送で、この種の流行歌をすべて「歌謡曲」というようになって、流行歌ということばの影がうすくなっていった。昭和30年代、美空ひばりや三波春夫などの活躍で歌謡曲の全盛時代を迎えたが、海外のヒット曲を日本語でカバーする和製ポップスも出現した。昭和40年代ビートルズの来日以降、GSブームやフォーク、ニューミュージックとさまざまなジャンルが区分されるようになり、旧来の歌謡曲は次第に「艶歌」「怨歌」「演歌」ということばが用いられるようになった。井沢八郎の「艶歌一代」(「ああ上野駅」のB面、1964年発売)。カラオケブームで昭和末期まで演歌のヒット曲は生まれたが、売り上げでは次第に衰退する。平成になると旧来の和製ポップスが「Jポップス」と呼んで若者たちに支持されるようになった。しかし新時代を迎え、ふたたび昭和歌謡の名曲をカバーする動きもみられる。また若者たちが好むアニメに演歌好きな女子が登場することもある。例えば村上巴(声:花井美春)「おんなの道は星の道」など。三山ひろし、山内惠介、福田こうへい、真田ナオキ、純烈など中堅演歌歌手のガンバリに期待したい。
いま演歌男子が人気を博している。戦後復興期に登場した春日八郎、三橋美智也から数えて7代目ということで第7世代と呼ばれている。新浜レオン、辰巳ゆうと、真田ナオキ、青山新、中澤卓也、二見颯一、彩青などである。彼らをメインにした演歌男子番組もあり、華やかで歌がうまくて存在感がある。しかし大ヒットというわけではないので、残念ながら決定打に欠ける。やはり歌謡界には大ホームランがほしい。ちなみに彼らより先輩の第6世代は山内惠介、三山ひろし、純烈ら紅白常連の歌手たちである(山内は今年落選したが)。演歌の女性陣もイマイチの感がある。田中あいみ、梅谷心愛、東亜樹など。
ことば なつかしの写真館 アニメ・コミック キリスト教 グルメ・クッキング ゲーム コマーシャル ゴッホ スポーツ ニュース パソコン・インターネット ファッション・アクセサリ ペット ポエム 一般常識問題集 世界史 世界文学 人国記 人生訓 今日の名画 今日は何の日 住まい・インテリア 健康 創作 哲学・思想 図書館 地理 女性 女性の書斎 学問・資格 宗教 宝塚 建築 心と体 忠臣蔵 恋愛 投資 携帯・デジカメ 数字 文化・芸術 料理 旅行・地域 日本史 日本文学 日記・コラム・つぶやき 昔話・民話 映画・テレビ 書籍・雑誌 書誌 民俗 漢字 漢詩 産業 禅 経済・政治・国際 美容・コスメ 自然・科学 芭蕉発句集 花 芸能・アイドル 苗字 英語 装身具 趣味 韓国ドラマ 音楽 魚
最近のコメント