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2021年2月 5日 (金)

チャップリン「スマイル」

Photo    1936年のこの日、喜劇王チャールズ・チャップリンの映画「モダン・タイムス」がアメリカで公開された。チャップリンの映画は音楽もすばらしい。「ラ・ヴィオレテラ」(街の灯)、「テリーのテーマ」(ライムライト)、「スマイル」(モダン・タイムス)などスタンダードな曲。なかでも「スマイル」はもの悲しいメロディーのなかに明日への希望が感じられ、永く多くの人々に愛されてきた。映画は、オートメーションと機械文明の将来をいちはや憂い、人間性の喪失の危機を警告していた風刺性も鋭い。機械に操られているチャップリンのパントマイム芸術も絶妙。「スマイル」はインストゥルメンタルのみだったが、1954年にナット・キング・コールが歌詞付で歌ってヒットした。以後、マイケル・ジャクソンはじめ多くの歌手によってカバーされている。またマントヴァーニ・オーケストラなどイージーリスニングとしても定番の曲である。この曲は近年フィギュアスケートの浅田真央や織田信成選手のエキシビション使用曲となり若い人も知るようになった。

  これまでに「スマイル」をカバーした主なミュージシャン。ペトゥラ・クラーク、ニール・セダカ、スキータ・ディヴィス、ペリー・コモ、ジュディ・ガーランド、トニー・ベネットなど。世界中がコロナ禍で苦しむ毎日、力がもらえる前向きな楽曲としてお勧めしたい。(2月25日)

 

 

 

 

2020年12月17日 (木)

聴いていて気恥ずかしくなる歌謡曲

   子供のころに聞いた曲で、題名も歌手もなかなか思い出せないが、忘れられない曲が誰にもあるものだ。ふとした切っ掛けで、耳にすることができた。なんとも気恥ずかしいような曲調で、いまではテレビで聞くことはほとんどできないだろう。愛川みさ「誰にも云わないで」(1969)である。当時、ラジオはもちろんテレビの歌番組でもよく流れていた。「♪どことなくさみしそな あのひとが好きなのよ じっと見ているだけで 泣けてくるわたし」女の媚びを含んだなまめかしい声、いわゆる嬌声である。昭和40年代は、特異な声が流行った時代であり、若い頃の日吉ミミも嬌声歌手の1人だった。作詞・作曲は国民栄誉賞の遠藤実である。遠藤には「星影のワルツ」や「北国の春」のような名曲もあるが、お色気ソングも多い。ミノルフォン・レコードの楽曲は気恥ずかしくなるような曲が多い。それが歌謡曲の醍醐味かもしれない。愛川みさ「誰にも云わないで」は誰もカバーできないだろう。実は1983年に小久保尚美でカバーしている。嬌声ではなくサラリと歌っていて聞きやすい。愛川のような気恥ずかしくなるほどの歌謡曲というのも遠い昭和の思い出かもしれない。五月みどり「おひまなら来てよね」(1961)は遠藤がたまたま目にした仏映画「今晩おひま?」ジャン・ピエール・モッキー監督のポスターから着想したそうだ。

ベートーベン生誕250年

4665c7c99cebb32ecc981c39a97baee25de     藤澤ノリマサが「希望の歌」が歌っている。むかし友人の結婚披露宴でベートーベンの「交響曲第九番」の「歓喜の歌」をドイツ語で歌っている人がいた。うらやましいと思ったがついに自分は練習した事はなかった。だからいまでも日本語で「♪晴れたる青空ただよう雲よ」と中学校の音楽の本にあった歌詞しかしらない。いまいち歌詞がつまらない。「希望の歌」は歌詞がやさしくて歌いやすいように思う。ベートーベンは12月が誕生月である。ベートーベンの父ヨハンは宮廷楽団のテノール歌手であったが、酒好きで喉を痛め、生活が困窮した。1767年にマリア・マグダレーナ・ライムという若い未亡人と結婚した。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベンはその長男である。正確な誕生日はわからない。洗礼を受けたのが17日なので、17日と前日の16日を誕生日とすることが多い。ベートーベンの身長は160~167㎝。耳が遠いせいで声が大きかった。ワインが大気好きだった。BSプレミアム「ザ・プロファイラー」でベートーベンの不滅の恋人とはアントニア・ブレンターノが有力であるといっていた。彼女は当時すでに結婚しており4児の母であった。

 

 

シューベルト「未完成」

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「シューベルトと婚約者テレーゼ・グローヴ」 オットー・ノーヴァク(1874-1950)の絵

 

 青春の夢と希望は未完のまま美しく閉じられる。

   1822年秋、25歳の青年フランツ・シューベルト(1797-1828)は「交響曲第8番ロ短調」を書き上げた。この曲が「未完成」と呼ばれるのは、当時の交響曲がふつう第4楽章だったのに、シューベルトは第3楽章を書きはじめたところで作曲を中止してしまい、2度と取り上げなかったためである。理由はわからない。往年の映画「未完成交響楽」(1933年)を見た人は「我が恋の終わらざるごとく、この曲も終わらざるべし」と失恋のためと理解したがるが、もちろん後世のフィクションである。実際にはテレーゼ・グローヴという歌の上手い女性がいたそうだが、3年後にパン屋に嫁いでしまった。「未完成」は、曲の外観が未完成であるがゆえに、シューベルトの生前にはついに演奏されなかった。シューベルトの親しい友人だったヨーゼフ・ヒュッテンブレンナーが「未完成」の自筆楽譜のある場所をウィーンの高名な指揮者ヨハン・ヘルベックに教え、ヘルベックの尽力で自筆楽譜は世に出、かつウィーンで初演されたのだった。初演は1865年12月17日、作曲者の死後37年、作曲から実に43年間が経過していた。この日は奇しくもベートーベンの誕生日。生前、栄光が与えられなかったという点では、シューベルトはベートーベン以上に悲劇の天才であった。

 

 

2020年11月30日 (月)

懐かしの映画音楽よもやま話

   私は映画音楽のレコードをたくさん持っていますが、最近はyoutubeで聞くことが多いので、レコードをかけることが少なくなった。でもいつかレコードを棚から取り出して聞いてみたくなる時があります。

 

Photo   映画と音楽との結びつきは、映画がトーキーとなってから始まったと考えられるでしょうが、実は無声映画の時代にもすでに生演奏で音楽をつけて観賞していました。つまり映画音楽 Theme song の歴史は意外と古いのです。映画史上最初のテーマソングが書かれた映画は、時の人気女優メーベル・ノーマンド(1892-1930)が主演した「ミッキー」(1918)だったといわれます。

 

  一般に映画音楽は2種類に大別されます。たとえばラフマニノフのピアノ協奏曲第2番をそつくりそのまま映画の伴奏に使ったイギリス映画「逢びき」(1945)のように、すでにある曲を使用する場合と、「第三の男」(1949)のようにアントン・カラスが映画用に作曲した場合があります。「海底の黄金」(1955)のぺレス・プラードの「セレソローサ」は日本でもマンボブームにのって大ヒットしましたが、実はフランスのシャンソン「バラ色のさくらんぼの木と白いりんごの木」(1950)が原曲です。フランス映画「禁じられた遊び」(1952)はナルシソ・イエペスのギター音楽として知られていますが、原曲は古いスペインの民謡「愛のロマンス」で、映画「血と砂」(1940)にも使われた曲で歌詞がつけられていました。

 

   映画音楽評論家として著名な野口久光が選んだ音楽映画ベスト・テン。戦前第1位は「ル・ミリオン」、2位「会議は踊る」、3位「今晩は愛して頂戴ナ」、4位「海は桃色」、5位「ショウ・ボート」、6位「ワルツ合戦」、7位「キャッスル夫妻」、8位「画家とモデル」、9位「ラヴ・パレード」、10位「愉快なリズム」。

 

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   戦後の音楽映画は第1位「ナポリの饗宴」、2位「ロシュフォールの恋人たち」、3位「恋のてほどき」、4位「巴里のアメリカ人」、5位「シェルブールの雨傘」、6位「イースター・パレード」、7位「パリの恋人」、8位「足ながおじさん」、9位「メリー・ポピンズ」、10位「雨に唄えば」。スクリーン・ミュージックを選べといわれたら、100曲でも200曲でもありますね。「酒とバラの日々」「ムーン・リヴァー」「慕情」「男と女」「雨にぬれても」「いそしぎ」「太陽がいっぱい」「ララのテーマ」「赤い風車」「エデンの東」「夏の日の恋」「禁じられた遊び」「ベニスの夏の日」「第三の男」「ゴッド・ファーザー」などなど。でもナンバーワンは大道芸人と純粋な心を持った娘ジェルソミーナの悲しくも美しい映画「道」のテーマソング「ジェルソミーナ」。映画音楽はサウンド・トラックからさまざまな楽団が自由にアレンジしたものまでバリェーションが広いです。フィルム・シンフォニック楽団という名で日本人の楽団による軽音楽もある。

 

紅の翼 ディミトリ・ティオムキン

 

女と男のいる舗道 ミシェル・ルグラン

 

甘い生活 ニーノ・ロータ

 

シャレード ボストン・ポップス管弦楽団

 

ひまわり ヘンリー・マンシーニ

 

いそしぎ フランク・チャックスフィールド

 

パリのめぐり逢い フランシス・レイ

 

「ニューシネマパラダイス 愛のテーマ」エンニオ・モリコーネ作曲をNHK名曲アルバムで放送していた。演奏は東京フィルハーモニー交響楽団。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年11月16日 (月)

紅白歌合戦に一度も出場していない人気歌手

 年末恒例のNHK紅白歌合戦の出場者が発表された。12月号の月刊誌の発行が11月末なので毎年この時期に発表されている。過去12度出場のAKB48の落選を局側は「総合的な判断」としているが、時の移り変わりを感じさせる。初めての無観客で盛り上がりの少ない紅白になりそうだ。過去NHK紅白歌合戦に一度も出場していない人気歌手が結構いる。「負けないで」「揺れる想い」などヒット曲をもつ坂井泉水(ZARD)は、2000年の紅白歌合戦の出場に前向きであったが、体調不良のため出場を辞退した。7年後、入院先の病院で転落死により、結局生涯一度も紅白に出場することがなかった。それぞれの事情により紅白出場していない歌手・俳優は多い。古くは岡晴夫。井上陽水、山下達郎、佐野元春、浜田省吾、松山千春、桑名正博、円広志、やしきたかじん、小田和正、氷室京介、スピッツ、B'z、CHAGE and ASKA、奥田民生、大黒摩季、辛島美登里。ヒット曲がある俳優、勝新太郎、高倉健、石原裕次郎、天知茂、萩原健一、柴咲コウなどが一度も出場していない。

2020年10月22日 (木)

慕情「愛とは素晴らしいもの」

 ウィリアム・ホールデン、ジェニファー・ジョーンズ主演の映画「慕情」(1955年)。この映画は、みなさんご承知のように、香港に在住している中国人とイギリス人の混血である女医ハン・スーインの自伝的小説を映画化したものです。主演のジェニファー・ジョーンズは「聖処女」から「タワーリング・インフェルノ」まで21本の作品に出演したが長いキャリアの割には寡作の人である。主演女優としてのプライドがあったのだろう。この映画を永遠の恋愛映画としたのは、この映画の主題曲でしょう。音楽監督アルフレッド・ニューマン、サミー・フェイン作曲、ポール・フランシス・ウェブスターの歌詞による Love is A Many‐Splendored Thingはアカデミー主題歌賞がおくられました。サミー・フェインはプッチーニの「ある晴れた日に」(蝶々夫人)をイメージして作曲したといっている。映画ではラストシーンでコーラス・グループが歌っていますが、1955年にザ・フォー・エイセスが歌って大ヒットし、その後フランク・シナトラ、ナット・キング・コール、マット・モンロー、ジェリー・ベール、アンディ・ウィリアムズ、コニー・フランシスなど多くの歌手が歌っています。またインストゥルメンタルとして、マントヴァーニ、ロジャー・ウィリアム、カーメン・キャバレロなどさまざまなアレンジで演奏されていまでは映画音楽・ムード音楽のスタンダード曲となっています。Ray Conniff;Love is a many splendored thing

 

 

2020年9月26日 (土)

「露営の歌」と「暁に祈る」

20091005_2867431  連続テレビ小説「エール」。作曲家・古関裕而は歌番組「うたコン」で「栄冠は君に輝く」や「オリンピック・マーチ」「大阪タイガースの歌」などスポーツ関係の名曲が多いと解説していた。だが実は軍歌や戦時歌謡の作品が多いが披露されなかった。「暁に祈る」「海の進軍」「若鷲の歌」「ラバウル海軍航空隊」「嗚呼神風特別航空隊」などなど。とくに代表作は「露営の歌」である。「♪ 天皇陛下万歳と残した声が忘らりょか」古関の曲は時を超えて永遠に残る力がみなぎっている。現在、テレビなどで軍歌を流すことは憚られるらしい。昭和38年から40年代半ばころまでは懐メロブームが起こり、軍歌もしばしば放送されていた。今週放送の中でついに「露営の歌」「暁に祈る」が登場した。

   陸軍馬政課は、軍馬に対する認識や関心を高めるために新しい歌を福島三馬烏に依頼した。とくに作詩の野村俊夫に7回も書き直しを命じた。このとき選定した馬政課長は、映画「硫黄島からの手紙」(主演:渡辺謙)で脚光を浴びた栗林忠道だった。朝ドラ「エール」では斎藤歩が演じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年8月14日 (金)

東京ソング

Img_943571_34041895_0    東京を題材にした歌謡曲は佐藤千夜子の「東京行進曲」や小唄勝太郎・三島一声の「東京音頭」をはじめとして無数にある。某テレビ局が調査したところ、「東京」「TOKYO」とタイトルに冠した曲だけでも1271曲あるという。「銀座」「赤坂」「池袋」「新宿」など地域名を含めると1500曲以上はあるだろう。

    戦後は笠置シズ子「東京ブギウギ」、灰田勝彦「東京の屋根の下」、フランク永井「有楽町で逢いましょう」「西銀座駅前」。しかし東京ご当地ソングが増加するのは1960年代になってからである。東京オリンピック前後の東京は好景気に沸き、繁華街が大盛況となり、東京は不夜城となっていった。石原裕次郎・牧村旬子「銀座の恋の物語」、新川二郎「東京の灯よいつまでも」、ザ・ピーナッツ「ウナ・セラ・ディ東京」、松尾和子「グッド・ナイト東京」、坂本九「サヨナラ東京」、渡哲也「東京流れ者」、井沢八郎「ああ上野駅」、西田佐知子「赤坂の夜は更けて」、日野てる子・高城丈二「青山の灯も消えて」、三田明「アイビー東京」、黒沢明とロス・プリモス「ラブユー東京」、中原理恵「東京ららばい」、和泉雅子・山内賢「二人の銀座」、大木英夫・津山洋子「新宿そだち」、藤圭子「新宿の女」、青江三奈「池袋の夜」、真田ナオキ「恵比寿」等々、ヒット曲は多い。私の好きな東京ソングはピチカート・ファイブ「トーキョーは夜の七時」、裕木奈江の「冬の東京」(1994)。ズバリ「東京」というシンプルなタイトルは、やしきたかじん、マイペース、JUJU、ケツメイシ、手嶌葵の曲がある。

  海外をみてもロンドンとかパリとか単に都市名のみの曲はあまり見当たらない。「モスクワの夜は更けて」「とんでイスタンブール」とか「想い出のサンフランシスコ」とか形容詞がつくものである。稀少例としてファウスト・チリアーノの「ローマ」(1972)がある。ローマの橋をテーマにした佳曲。彼は特捜最前線のエンディング「私だけの十字架」で日本でもお馴染みの歌手であるが本国でも有名な一流歌手だ。国名ならば「ブラジル」、メンデルスゾーンの「交響曲イタリア」。

 

 

2020年8月13日 (木)

歌謡曲コレクション

Img_01342  「先が見づらい世の中だからこそ、多くの人の心に寄り添う歌謡曲がいい」

歌謡曲のタイトルを五十音順に並べると、一番最初に来る歌は何だろう。手元の歌本のインデックスを引くと、最初が「ああ青森」(平川幸夫)で、最後は「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」(日野てる子)だった。調べれば他にあるだろう。パティ・ペイジの「The Doggie In The Window」(1952)を桜田淳子がアルバム「淳子と花物語」(1974)の中で「ワンワン・ワルツ」というタイトルで日本語カバーしている。

   最近の石川さゆりの新曲が「あぁ・・・あんた」(吉幾三作曲)。カラオケで曲をさがすとき、いちばん最初に見つけられるようにということらしい。

テレビの歌番組。氷川きよし、山内恵介、三山ひろし、福田こうへい、市川由紀乃、丘みどり、川野夏美、森山愛子、西田あい、ら常連歌手たち。最近の歌手は演歌からポップスまで幅広く歌える。Jポップではなく、ふつうの流行歌が聞きたい。

 

愛は眠らない 椎名恵

 

春雨  村下孝蔵

 

夜空の笛 守屋浩

 

つまさき坂  永井龍雲

 

風色ロマンス 伊藤敏博

 

春の風が吹いていたら 四角佳子

 

涙をたばねて 小川範子

 

明日も愛して下さいますか 桜田淳子

 

あなたと生きる 石原詢子

 

selfish      前田敦子

 

そよ風の誘惑  石川ひとみ

 

街角セピア色 三東ルシア 1976

 

時計をとめて  草間ルミ

 

私のキライなもの フラワー・メグ

 

いつかある日  中沢厚子

 

春の雨はやさしいはずなのに 朝倉理恵

 

この空が味方なら 裕木奈江

 

7月の雨なら 西脇唯

 

誰よりも好きなのに 古内東子

 

想いで迷子 テレサ・テン

 

明日を忘れて ミッチ・サハラ 1966

 

ドミニク ザ・ピーナッツ 1964

 

ボーイ・ハント 千秋恵子 1961

 

カモン・ダンス 弘田三枝子 1962

 

砂に消えた涙 伊藤アイコ  1965

 

ベラ・ノッテ  本田美奈子

 

霧のカレリア  ザ・スプートニク

 

ハーフムーン・セレナーデ 河合奈保子

 

愛のめざめ 伊東ゆかり

 

私が生まれて育ったところ 野路由紀子

 

Alegria マルシア

 

八月の濡れた砂 門倉有希

 

神戸北クラブ 加門亮

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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