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2017年2月 8日 (水)

亜麻色の髪の乙女

   歌手の青山ミチが急逝肺炎で死去した。まだ67歳だった。パンチのある歌声で60年代はじめ人気があった。ヴィレッジ・シンガーズや島谷ひとみの歌で知られる「亜麻色の髪の乙女」(橋本淳作詞、すぎやまこういち作曲)。もとは青山ミチが「風吹く丘で」(1966年)というタイトルで発売される予定であったが、彼女が覚醒剤所持で逮捕されたため、お蔵入りとなった幻の名曲である。

2017年2月 7日 (火)

珈琲とバッハ

Bachandcoffee    コーヒーはもともとイスラム世界にあるもので、イスタンブールには早くからコーヒー店があった。ロンドンでは1654年に開業したクイーンズ・レイン・コーヒー・ハウスが古く、17世紀中頃には新聞や雑誌を読んだりする、情報収集の場としても広がっていた。ただし女性が出入りすることはなく、男性客のみが対象であった。17世紀の終わりには、2000軒ものコーヒーハウスがロンドンにあった。J・S・バッハ(1685-1750)が住むライプツィヒにもコーヒーハウスが8軒あり大繁盛している。もちろんドイツでも「女性はコーヒーを飲むべきではない」とされていた。このような風潮に反発する女性の声を代弁したのが詩人のピカンダーで、「おしゃべりをやめて、お静かに」(1732)という、コーヒー好きの娘リースヒェンと、なんとかコーヒーを止めさせようとする父親シュレンドリアンの様子をコミカルに風刺した。バッハは1734年にこの詩に曲をつけ、「コーヒーカンタータ」をつくった。バッハも遺品からコーヒー・カップやポットがあり、コーヒーを好んでいたらしい。「1000回のキスより愛おしく、マスカテル・ワインより甘美だ」と言っている。(Bach,Cofee Cantata,Schweight still,plaudert nicht)

2017年2月 2日 (木)

韓国のクレメンタイン

   日本では西堀栄三郎の作詞「雪山讃歌」(1927)として知られるアメリカ民謡「いとしのクレメンタイン」は韓国でもよく知られている歌である。

 ネサランア ネサランア

 ナエサラン クレメンタイン

 ヌルグンエビ ホンジャトゴ

 ヨンヨン アジョ カッヌニャ

   この曲が朝鮮半島にいつ伝わったのか不明である。終戦前にはすでに知られた歌で、ジョン・フォードの映画「荒野の決闘」(1946年公開)でないことは確かである。日本植民地時代にラジオで広まった歌であろう。アメリカの歌は水死した娘を愛しむ内容だが、韓国では親と子との別れの歌で、「老いた父親一人残して、どこに行ってしまったの」という歌詞はアメリカのもと歌に近い。そのため韓国ドラマ「春のワルツ」でもイメージ・ソングとして何度も曲が流れた。チャン・ヒョク主演のドラマ「ありがとうございます」第4話「子守唄がききたい」にも使われている。韓国人にとっては親子の悲しい別れの調べとして心にひびく子守唄のようなやさしい曲である。日本人にはむかしのアニメ「珍犬ハックル」が調子っぱずれで、「オーマイ、ダーリン、オーマイ、ダーリン」と歌う。詩は1884年のパーシー・モンローズの作。原曲はスペインの曲で、コールドラッシュ時にメキシコ人鉱夫の間に広まり、それに様々な英語の詩がつけられたらしい。

えり子とともに

61rzqet7fal__sl500_     「雪の降る街を」は、1949年10月から52年4月までNHKラジオで放送されていた「えり子とともに」の冬の場面の挿入歌として作られた曲である。大学教授とその娘えり子が、戦後のすさんだ世相の中で、いたわり合い励まし合って、母のない家庭を守っていく話だが、主演のえり子役、劇団民芸の阿里道子の美しい声に人気が沸騰し、2年半のロングランとなった。音楽は初め、当時新進の芥川也寸志が担当したが、続編からは中田喜直に代わった。番組も終わり近くになった52年初めのある日、作者の内村直也が音楽担当の中田にいった。「今日は台本が足りなくなってね、歌を一本入れさせてもらうよ」。ビテオ編集の現在ではあまりないことだが、生放送のときはこういうことがしばしばあったのだ。30分番組で予定して書いた台本が27分で終わってしまうので、そのつじつまを合わせようとしたわけである。内村が15分ほどですらすらと書いた詩に、中田がその場でパッと曲をつけ、ドラマの中で文学座の南美江と阿里道子のふたりが歌った。放送すると、あちらこちらから反響があって、評判がいいので「ラジオ歌謡」で取り上げられた。当時フランスから帰ってきたシャンソン歌手、高英男の歌で1953年2月2日から1週間放送され、全国的に広まったのである。

 

 

 

 

 

2017年1月22日 (日)

ジャズが流れる部屋

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   本日は「ジャズの日」。1月22日が何故か?JAZZの「JA」がJanuaryの先頭2文字であり、「ZZ」が「22」に似ていることからという。

    ジャズといえば中高年の男性というイメージがある。ジョン・コルトレーンだ、ソニー・ロリンズだ、マイルス・デイビスだと、ジャズとなるとうるさいのが友達にいる。ところが最近、「女子ジャズ」という言葉が生まれ、いま若い女性にジャズがうけているというオジサンたちにちょっと嬉しいようなニュース。ジャズにもいろいろあるので、女子ジャズがどんな傾向なのかは知らない。1910年代にニューオーリンズで生まれたジャズも、1930年代ではスイングジャズとしてダンス音楽として広まり、戦後1950年代からジャズは世界中の音楽して多様化してきた。ヨーロッパ映画のヌーヴェル・ヴァーグにもジャズが取り入れられ、日本も1960年代の映画・ドラマの音楽にもモダンジャズがバックに流れた。戦後の洋楽はジャズが中心だったといってよい。ケペルの趣味は、懐古的でサッチモやベニー・グッドマン、トミー・ドーシー、グレン・ミラーといったビッグバンドのスイングジャズが好みだ。もっとも自分ひとりで聞くにはいいが、BGMとしてはうるさ過ぎるので、女子ジャズといわれるものが心地よさそうだ。(New Orleans)

You'd be so nice to come home to   Helen Merrill  1956

Lallaby of Birdland  Sarah Vaughan  1954

2017年1月20日 (金)

バブルへGo!

10439045_1    わたしの世代、石井明美のヒット曲「チャチャチャ」や「ランバダ」をいまでもよく聞く。やはりバブルの頃が懐かしいのだろう。ランバダのヒット曲で知られるカオマのヴォーカル、ロアラ・ブラスが死去したという。ランバダはブラジルの港町ベレンで生まれたダンス音楽。男女の身体を密着させたセクシーな踊りを特徴とする。カオマが1989年に「ランバダ」を発売し、大ヒットした。日本でも石井明美が1990年カバーしヒットした。しかしこの曲は、ボリビアを代表するフォルクローレグループであるロス・カルロスのオリジナル曲で、カオマは盗作してヒットした。「チャチャチャ」はそれより4年前1986年のヒット曲である。つまりバブル時代(1986年12月から1991年2月)と重なる。街を歩く女性はワンレン・ボディコン、真っ赤な口紅、肩パッドスーツ、太い眉。風俗が強烈だった。

2017年1月19日 (木)

いとしのバレンタイン

Franksinatramyfunnyvalentin408872    スーパーの棚にはチョコレートが並べられ、バレンタインデーが待ち遠しいシーズン。むかしこの時期ラジオから流れる曲はフランク・シナトラの「マイ・ファニー・バレンタイン」。ネルソン・リドルの指揮・演奏でシナトラの名唱中の名唱。シナトラとキム・ノヴァック主演の映画「夜の豹」(1957年)に挿入されていた。もともとはロレンツ・ハート作詞、リチャード・ロジャーズ作曲による1937年の作品。同年のミュージカル「ベイブス・イン・マイ・アームズ」で使われた曲だった。このミュージカルは2年後MGMで映画化され、ジュディ・ガーランドが歌って知られるようになった。バレンタインとは男性の名前。つまり、この曲はバレンタインデーとは関係がない。「私のいとしのバレンタイン様」とあこがれの男性に思いを伝える女性が歌うべき曲ではあるが、なぜかマイルス・ディビス、チェット・ベーカー、フランク・シナトラなど男性の曲が多く、人気が高い。最近ではロレンツ・ハートの歌詞にはvalentineと小文字で、つまりバレンタインデーにカードを送る相手、つまり「恋人、特別な人」を意味するともいわれる。(MY FUNNY VALENTINE)

スタンダード洋楽の愉しみ

   海外で大ヒットしたポピュラーソングはいまでもCMなどで耳にすることが多い。嵐のキリン一番搾りCM曲はナット・キング・コールの「L-O-V-E」は1959年に発売され、缶コーヒーBOSSやサントリーなども使用していた。ジプシー・キングス「ボラーレ」はキリンビールでお馴染みだが、1958年ドメニコ・モドゥーニョ「Nel ble dipinto di bla」(青く塗られた青の中)が原曲。ポピュラーソングは永遠である。むかし給湯器のCMで使われた「ゆ~、ゆ~、ゆ~」で始まる曲。ザ・エイムス・ブラザーズの「you you you」(1953)だった。ボビー・ダーリンの「ビヨンド・ザ・シー」(1959)。原曲はシャンソンの名曲シャルル・トレネの「ラ・メール」(1943)。

お気に入り洋楽スタンダード・ナンバー

As Time Goes By   Dooly Wilson(Casablanca)

My Funny Valentine  Frank Sinatra

Love is a many splendored thing  Matt Monro

Love Story  Andy Williams

2017年1月17日 (火)

ティル(愛の誓い)

   ホテルのロビーやスーパーなどでBGMが流れていると、かならず耳をそばだてて聴く。曲のタイトルを当てるのが好きである。とても美しいバラードなのにタイトルが思い出せない。若いころラジオでよく流れていた。メロディーから曲名を検索できないので半分あきらめていた。ある日自分のレコードを聴いていたらその曲が流れていた。マントヴァーニー・オーケストラの「ティル」である。原曲はドイツのベルト・ケンプフェルト楽団の曲が有名でトランペットの響きがロマンチックだ。トニー・ベネット、トム・ジョーンズ、アンディ・ウィリアムズなどが歌いスタンダードな名曲なのだが、タイトル「Till」が素っ気なく、日本語版では「愛の誓い」というサブタイトルがつく。前置詞のtill(までの意味)。そういえば歌詞の始まりが「ティル」である。タイトルが短すぎるため日本ではポビュラーになれなかった。その2年後に公開された映画「避暑地の出来事」の主題歌「A Sammer Place」は「夏の日の恋」というタイトルで日本でも大ヒットした。パーシーフェイスやジョニー・ソマーズ、日本語歌詞でスリー・グレイセスが歌い、ムード音楽の定番となった。でも「Till」の好きな人も意外と多い。

   「Till」をいろいろなポビューラー歌手で聞き比べると、ジュリー・ベールがいちばん良い。50年代から60年代活躍したシンガーだが、日本ではトニー・ベネットやアンディ・ウィリアムに比べて知名度が低い。だが海外ではその美声はいまでも人気がある。代表曲は「ベニスの夏の日」「情熱のホムバ」「モナリザ」「アルべデルチ・ローマ」「イナモラータ」「アルディラ」「魅惑のワルツ」「愚かなり我が心」「慕情」「愛の泉」「モア」など半世紀にわたり多くの映画主題歌やスタンダード・ナンバーを吹き込んでいる。彼の声の感じは尾崎紀世彦と布施明を足して二で割ったような感じ。

2017年1月11日 (水)

マット・モンロー「慕情」

P12383ej8ax    数多い映画音楽の中でもアルフレッド・ニューマン作曲の「慕情」は実に多くの歌手によって歌い継がれてきた名曲である。ザ・フォー・エイセス、フランク・シナトラ、ナット・キング・コール、アンディ・ウィリアム、コニー・フランシスなどが一般によく知られるがサントラ盤はマット・モンローである。私が買った初めてのシングルレコードはA面が「ロシアより愛をこめて」でB面が「慕情」のマット・モンローのものだった。声量ではシナトラより劣るものの、甘いバリトンが魅力だった。映画「慕情」の主題歌は当初シナトラにオファーがあったのに、彼はなんと断ってしまった。後でたいへん後悔したという。

   日本ではマット・モンローの名はもう忘れられただろうが、イギリスではいまも愛されているという。惜しい哉、1985年、54歳の若さで癌で亡くなっている。代表曲は「さらばベルリンの灯よ」「ロシアより愛をこめて」「野生のエルザ」

   慕 情

愛は多くの輝きに満ち溢れている

美しき恋が咲く四月のバラ

人は生きる喜びを知る

恋は人を王者とし、黄金の王冠を授ける

風吹く丘の上に立ちて朝霧の中

2人は口づけを交わせば

この世の時は止まる

君の指がふれる時

歌うよろこびを私は知る

そう、真の愛は人生に多くの輝きをあたえる

素晴らしいものである

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