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2017年4月27日 (木)

世界の名歌

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    マツリカはインド西部原産で、花は香りが強く、ジャスミンティーなどに使われる。マツリカはフィリピンやインドネシアの国花である。フィリピンではサンパギータ、インドネシアではムラティと呼ばれる。戦時中、日本兵はフィリピンでこの花をテーマにした歌をよく聴いたという。戦後、日本では「愛の花サンパギータ」としてハワイアンで歌われた。ユーチューブで調べると、大橋節夫の詩で、美空ひばりが歌っている。親しみやすい曲である。

あなたの夢を見て 思い出がゆれる

波の上を照らす あの月の光り

二人の口づけと あの恋の花びら

覚えているでしょ いつまでも

私のように

  世界にはそれぞれの国に名歌がある。乃木坂46の生田絵梨花がフィンランド民謡の「イエヴァンポルカ」 Ievan Polkka を原語で歌っている。フィンランドの歌が日本に紹介されるのはとてもめずらしい。少し前の話だがアメリカ歌曲「大きな古時計」を平井堅が歌ってヒットしたことがある。ロシアの「モスクワの夜は更けて」をフランク永井がジャズ風に歌った。インドネシア民謡「ブンガワン・ソロ」松田トシ。「線路はつづくよどこまでも」原曲は1863年から始まった大陸横断鉄道建設の労働歌。「我が悩み知り給う」原曲は1860年代の奴隷制度時代に歌われた黒人霊歌。「ウォルシング・マチルダ」オーストラリア民謡。八代亜紀「JAMAAS(ジャマ―ス)」真実はふたつ。生まれてきた運命と避けることができない死。モンゴルの歌。

2017年4月16日 (日)

メロディーは出てくるがタイトルが思い出せない曲

  松嶋菜々子の「女の勲章」劇中に薬師丸ひろ子の歌が流れる。聞き覚えのある洋楽だとおもったら映画「追憶」の主題歌を訳詞して歌っている。薬師丸の歌にこんな曲がある。「♪会社の帰りの電車の窓から マーマレード色の夕焼けを見たの 知らない間に涙がこぼれて ともり始めた家の灯 胸に染みた」せつなくなる悲しい歌。調べたら上田知華作詞作曲の「風に乗って」(1991年)という曲である。

2017年4月15日 (土)

歌姫たちのデビュー曲

418qwzdsrjl__sl500_aa300_   1973年のこの日、山口百恵は「としごろ」でデビューした。戦前戦後の歌姫たちをデビュー曲と共にふりかえる。榎本美佐江は戦時中は工場や軍隊の慰問などに回っていたが、1946年にテイチクに入社し、市丸の代役で歌った「十三夜」(オリジナルは1940年の小笠原美都子)がヒットした。当時レコード化されていなかったが、実質的に榎本の初ヒットといえる。鈴を鳴らしたような美声と美貌で新東宝で多数出演したが、レコード歌手として地位を確立したのは1949年ビクター移籍後のことである。 (5月21日)

渡辺はま子 「海鳴る空」 1933
美ち奴 「さくらおけさ」 1934
二葉あき子「愛の揺り籠」  1936
越路吹雪「ブギウギ巴里」 1946
笠置シズ子「東京ブギウギ」 1947
美空ひばり「河童ブギウギ」 1949
江利チエミ「テネシーワルツ」 1952
ペギー葉山「ドミノ」       1952
雪村いづみ「想い出のワルツ」 1953
大津美子「千鳥のブルース」 1955
島倉千代子「この世の花」 1955
西田佐知子「伊那の恋唄」 1956
ザ・ピーナッツ「可愛い花」 1959
こまどり姉妹「浅草姉妹」 1959
弘田三枝子「子供ぢゃないの」 1961
岸洋子「たわむれないで」 1962
木の実ナナ「東京キカンボ娘」 1962
水前寺清子「涙を抱いた渡り鳥」 1964
都はるみ「困るのことヨ」 1964
大月みやこ「母恋三味線」 1964
小林幸子「ウソツキ鴎」 1964
青江三奈「恍惚のブルース」 1966
山本リンダ「こまっちゃうナ」 1966
日吉ミミ「涙と艶歌船」 1967
E7acacefbc90efbc91e99b86テレサ・テン「鄧麗君の歌第1集」 1967
森山良子「この広い野原いっぱい」 1967
瀬川瑛子「涙の影法師」 1967
和田アキコ「星空の孤独」 1968
ちあきなおみ「雨に濡れた慕情」 1969
由紀さおり「夜明けのスキャット」 1969
藤圭子「新宿の女」 1969
八代亜紀「愛は死んでも」 1971
天童よしみ「風が吹く」 1972
森昌子「せんせい」 1972
松任谷由実「返事はいらない」 1972
山口百恵「としごろ」 1973
石川さゆり「かくれんぼ」 1973
キャディーズ「あなたに夢中」 1973
川中美幸「新宿天使」 1973
キム・ヨンジャ「教えてください」 1974
中島みゆき「アザミ娘のララバイ」 1975
岩崎宏美「二重唱(デュエット)」 1975
渡辺真知子「迷い道」 1977
竹内まりや「戻っておいで・私の時間」 1978
松田聖子「裸足の季節」 1980
小泉今日子「私の16才」 1982
中森明菜「スローモーション」 1982
原田悠里「俺に咲いた花」 1982
中山美穂「C」 1985 
島津亜矢「袴をはいた渡り鳥」 1986
坂本冬美「あばれ太鼓」 1987
森高千里「NEW SEASON」 1987
藤あや子「ふたり川」 1987
夏川りみ(旧芸名・星美里)「しほり」 1989
田川寿美「女…ひとり旅」 1992
安室奈美恵「太陽のSEASON」 1995
華原朋美「keep yourself alive」 1995
水森かおり「おしろい花」 1995
宇多田ヒカル「Automatic」 1998
浜崎あゆみ「poker face」 1998
椎名林檎「幸福論」   1998
aiko「あした」       1998
JUJU「光の中へ」    2004
西野カナ「I」        2008 
家入レオ「サブリナ」   2012
栞菜智世「Hear 信じあえた証」 2016

2017年4月13日 (木)

やすらぎのひとときを映画音楽で

70217001   映画音楽やムード・ミュージックを聴いて眠る。レコード、カセット、CDといろいろあるが、いますぐ好きな曲を聴こうとすると、捜すのが一苦労。そんなときyoutubeが便利だ。ドイツ映画「撃墜王アフリカの星」(1957)の主題曲「アフリカの星のボレロ」が聞きたくなった。オリジナルはエルヴィン・レーン楽団だが、フイルム・シンフォニック・オーケストラという演奏のレコードから誰かが投稿している。聞くと懐かしく不思議な感じ。戦争映画なのにとても美しくてやさしいメロディー。サントラ盤のエルヴィン・レーン楽団もアップされている。

「春の如くに」ミュージカル映画「ステート・フェア」(1945)で歌われた一曲。It Might As Well Be Spring

こんどは「ラントコンサート」で甘くひたる。なんと映画の予告編。モン・サン・ミッシェルの景色や日本語のナレーションまでついている。
   アントニオ・カルロス・ジョビンの「オルフェの歌」(映画「黒いオルフェ」主題歌)。ワンパターンでも「白い恋人たち」「ガラスの部屋」「ブーべの恋人」「さらば夏の日」は何回聴いても心地よい。ジャネット・アグランを何十年ぶりかで見る。イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」なんと音がでない。著作権保護のためカットされたている。しかし誰かがまたアップしている。イタチごっこは当分続く。いずれは多くの作品も聞けなくなるかもしれない。いまのうちいっぱい見ておこう。
   「ムーン・リバー」(映画「ティファニーで朝食を」)を聴く。「酒とバラの日々」などスタンダードな曲は、ヘンリー・マンシーニはもちろん、アンディ・ウィリアムズ、ジュリー・ロンドンなど聞き比べできる。サム・テイラーのサックスも懐かしい。B・J・トーマスの「雨にぬれても」(映画「明日に向かって撃て」)
  シャンソンの名曲「枯葉」も映画「夜の門」(1946年)の主題歌だった。ドリス・デイ「君を想いて」は映画「情熱の狂想曲」(1950年)の挿入歌だが、元は1934年アル・ボウリーが歌ってヒットした。

ムードサックスの王者として知られるサム・テイラーもムード音楽からジャズ・スタンダード、R&B、映画音楽と幅広い。「ハーレム・ノクターン」「ダニー・ボーイ」「ミスティ」「夜霧のしのび逢い」「枯葉」「ムーングロウ」「ジャニー・ギター」。ほかにボビー・ハケット。

  世界にあって日本にはないもの。それはジャズのビッグバンドだ。グレン・ミラーやポール・ホワイトマン、デューク・エリントン、ベニー・グッドマン、アーティー・ショー、オリバー・ネルソン、ウディー・ハーマン、バディ・リッチ。トミー・ドーシーの「センチになって」が一番すきたが、もともとはジミー・ドーシーと兄弟バンドで1934年の曲。戦後もいろいろなバンドが演奏しているが、ベルト・ケンプフェルト楽団で聴いた。

「ムーン・リヴァー」 ヒズ・ボ―ウェン Hill Bowen and his Orchstra

「可愛い花」 ピーナッツ・ハッコー Peanats Hucko

「一人ぼっちの浜辺(夜霧のしのび逢い)」 ロス・マヤス楽団

「ブルーレディに紅いバラ」 ビクター・シルベスター楽団

「友情ある説得」 ジョー・ロス楽団

「さらばベルリンの灯」 ジョン・バリーオーケストラ

「悲しみは星影と共に」 ブルーノ・ニコライオーケストラ

「慕情」 soundtrack suite アルフレッド・ニューマン

「Never Till Now」(愛情の花咲く樹)  ゴードン・マクレイ

「春のごとく」(ステート・フェア) ブランノン・ストリングス・オーケストラ

「モーニング・アフター」(ポセイドン・アドベンチャー) モーリン・マクガバン

「チコと鮫」 フランチェスコ・デ・マージ

「忘れじの面影(She)」(ノッチング・ヒルの恋人) エルヴィス・コステロ

「スピーク・ロウ」(ヴィーナスの接吻) テッド・ヒース・オーケストラ

「真夜中のブルース」(朝な夕なに) ベルト・ケンプフェルト

「炎のランナー」 ヴァンゲルス

「ボルサリーノのテーマ」 クロード・ボラン

「レット・イット・ゴー」(アナと雪の女王) イディナ・メンゼル

「ハイリリー・ハイ・ロー」(リリー) ダイナ・ショア

「暗いはしけ」(過去を持つ愛情) アマリア・ロドリゲス

「ウォルシング・マチルダ」(渚にて) ジミー・ロジャース

   ムード音楽のオーケストラは、パーシー・フェイス、ポール・モーリア、フランク・プールセル、ビリー・ボーン、マントヴァーニー、モートン・グールド、ポール・ウエストン、ローレンス・ウェルク、ジャッキー・グリーソン、レイ・コニフ、101ストリングス・オーケストラ、ネルソン・リドル、ユーゴ・ウィンターハルタ―楽団と世界にはいろいろあるが、最近は図書館でレイモン・ルフェーブルの二枚組CDを借りて聴いている。「シバの女王」「さよなら、マリンブルーの夜」「エマニュエル夫人」「オペラ座の怪人」「メモリー」「オン・マイ・オウン(「レ・ミゼラブル」より)」など。Elivin Rane Orchester、Bert Kaempfert、Morton Gould、Geoff Love his Orchestra(ジェフ・ラブ&ヒズ・オーケストラ)

2017年3月29日 (水)

お誕生日のうた

  世界中で一番歌われている歌として、ギネスブックにも登録されているのは、誕生日を祝うために歌われている「ハッピー・バースデー・トゥー・ユー」である。元歌は米国のヒル姉妹(Mildred J.Hill、Patty Smith Hill)が1893年に作詞・作曲した「Good Morning to All」。1920年前後にGood MorningとHappy Birthdayを替えた歌が広まった。1947年にビング・クロスビーが歌った「Happy Birthday」がレコード化されている。

2017年3月23日 (木)

春ソング

  卒業シーズンにふさわしい歌は近年もさかんに作られている。だから世代によってずいぶん違いが出るかも。昨夜の「FNSうたの春まつり」ではみんなで聴きたい春ソングを紹介していた。

3月9日 レミオロメン

手紙 拝啓十五の君へ アンジェラ・アキ 

贈る言葉 海援隊

さくら 森山直太朗

乾杯 長渕剛

道  EXILE

時の描片 トキノカケラ EXILE 

桜  コブクロ

my graduation  SPEED

振り向けば  Janne De Arc

サラバ青春  チャットモンチ-

桜咲く頃 PLAYEST

旅立ちの日に SMAP

桜の栞  AKB48

桜の花びらたち AKB48

卒業  尾崎豊

旅立ちの日に 川嶋あい

卒業写真 松任谷由美

なごり雪 イルカ

制服  松田聖子

卒業  菊池桃子

卒業  斉藤由貴

YELL  いきものがかり

無限大  関ジャニ∞

サクラサク 北乃きい

グラジュエイション 倉田まり子

春なのに  柏原よしえ

卒業  沢田聖子

じゃあね おニャン子クラブ

いい日旅立ち 山口百恵

夢をあきらめないで 岡村孝子

大きくなったら 柚梨太郎

春の歌 スビッツ

キセキ GReeeeN

思い出のアルバム

ありがとうさようなら

巣立ちの歌

   自分は「♪ラララ 赤い花束車に積んで」と明るい感じの国民歌謡「春の唄」が好き。大阪府堺市にこの歌を作詞した喜志邦三の歌碑がある。以下「春うたランキング」1位「春よ、来い」松任谷由美、「サクラ咲ケ」嵐、「旅立ちの日に」川嶋あい、「サライ」加山雄三・谷村新司、「時代」中島みゆき、「夜桜お七」坂本冬美、「ワタリドリ」Alexandros、「手紙」アンジェラ・アキ、「さくら」ケツメイシ、「春の予感」南沙織。

2017年2月28日 (火)

同名異曲と異名同曲の歌謡曲

Img_513432_36747285_0   同名異曲の歌は多い。たとえば「卒業」という曲は尾崎豊、斉藤由貴、菊池桃子など40種以上ある。「雨」は三善英史、森高千里、ジリオラ・チンクエッティなど。「襟裳岬」は島倉千代子、森進一。「アメリカ橋」は湖東美歌・狩人と山川豊の歌は異曲。「人見知り」は神田広美と畠田理恵(羽生善治の奥さん)。

    しかし異名同曲となるときわめて稀である。中森明菜の「赤い鳥逃げた」(1985)は同年ラテン風にアレンジして「ミ・アモーレ」を発売、大ヒットとなり、日本レコード大賞に輝いた。中森明菜は2004年に「赤い花」をリリース。これはパク・ヨンハの「初めて出逢った日のように」の異名同曲異歌詞カバー楽曲。

  ふるいところでは1962年発売のザ・ピーナッツ「手編みの靴下」。「♪小さな夢を編み込んだ手編みの靴下 心の糸をまきながら一人で編んだの いつまでもいつまでもあの人にはいてほしいだけど通うかしら私のこのまごころ」4年後の園まり「逢いたくて逢いたくて」(1966)は異名同曲。もちろん西野カナ「会いたくて会いたくて」は異名異曲。

   加藤登紀子の「知床旅情」(1970)は森繁久弥「オホーツクの舟唄」(1963)の異名同曲異歌詞カバー曲。美川憲一「柳ヶ瀬ブルース」(1966)の原曲は宇佐英雄が「長岡ブルース」として伊豆長岡で歌っていた曲である。

2017年2月 8日 (水)

亜麻色の髪の乙女

   歌手の青山ミチが急逝肺炎で死去した。まだ67歳だった。パンチのある歌声で60年代はじめ人気があった。ヴィレッジ・シンガーズや島谷ひとみの歌で知られる「亜麻色の髪の乙女」(橋本淳作詞、すぎやまこういち作曲)。もとは青山ミチが「風吹く丘で」(1966年)というタイトルで発売される予定であったが、彼女が覚醒剤所持で逮捕されたため、お蔵入りとなった幻の名曲である。

2017年2月 7日 (火)

珈琲とバッハ

Bachandcoffee    コーヒーはもともとイスラム世界にあるもので、イスタンブールには早くからコーヒー店があった。ロンドンでは1654年に開業したクイーンズ・レイン・コーヒー・ハウスが古く、17世紀中頃には新聞や雑誌を読んだりする、情報収集の場としても広がっていた。ただし女性が出入りすることはなく、男性客のみが対象であった。17世紀の終わりには、2000軒ものコーヒーハウスがロンドンにあった。J・S・バッハ(1685-1750)が住むライプツィヒにもコーヒーハウスが8軒あり大繁盛している。もちろんドイツでも「女性はコーヒーを飲むべきではない」とされていた。このような風潮に反発する女性の声を代弁したのが詩人のピカンダーで、「おしゃべりをやめて、お静かに」(1732)という、コーヒー好きの娘リースヒェンと、なんとかコーヒーを止めさせようとする父親シュレンドリアンの様子をコミカルに風刺した。バッハは1734年にこの詩に曲をつけ、「コーヒーカンタータ」をつくった。バッハも遺品からコーヒー・カップやポットがあり、コーヒーを好んでいたらしい。「1000回のキスより愛おしく、マスカテル・ワインより甘美だ」と言っている。(Bach,Cofee Cantata,Schweight still,plaudert nicht)

2017年2月 2日 (木)

韓国のクレメンタイン

   日本では西堀栄三郎の作詞「雪山讃歌」(1927)として知られるアメリカ民謡「いとしのクレメンタイン」は韓国でもよく知られている歌である。

 ネサランア ネサランア

 ナエサラン クレメンタイン

 ヌルグンエビ ホンジャトゴ

 ヨンヨン アジョ カッヌニャ

   この曲が朝鮮半島にいつ伝わったのか不明である。終戦前にはすでに知られた歌で、ジョン・フォードの映画「荒野の決闘」(1946年公開)でないことは確かである。日本植民地時代にラジオで広まった歌であろう。アメリカの歌は水死した娘を愛しむ内容だが、韓国では親と子との別れの歌で、「老いた父親一人残して、どこに行ってしまったの」という歌詞はアメリカのもと歌に近い。そのため韓国ドラマ「春のワルツ」でもイメージ・ソングとして何度も曲が流れた。チャン・ヒョク主演のドラマ「ありがとうございます」第4話「子守唄がききたい」にも使われている。韓国人にとっては親子の悲しい別れの調べとして心にひびく子守唄のようなやさしい曲である。日本人にはむかしのアニメ「珍犬ハックル」が調子っぱずれで、「オーマイ、ダーリン、オーマイ、ダーリン」と歌う。詩は1884年のパーシー・モンローズの作。原曲はスペインの曲で、コールドラッシュ時にメキシコ人鉱夫の間に広まり、それに様々な英語の詩がつけられたらしい。

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