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2019年4月14日 (日)

「陽気な未亡人」のメロディ

 映画音楽には二種類あって、その映画作品のためにオリジナルにつくられた楽曲とすでにあった楽曲を場面にあわせて使用する場合である。最近の日本映画などをみていると多くは監督が好きな楽曲を使用していることが多い。40年代から60年代までのハリウッドでは会社専属の音楽家がいて名曲が多くつくられた。パラマウントのビクター・ヤングのように。しかしヒッチコック作品にはなぜか話題になるようなテーマ音楽が多くない。「レベッカ」「汚名」「めまい」「サイコ」「鳥」いずれも名作だが主題歌のような曲はない。スリラーのため美しいメロディーよりも効果音を重視したのであろうか。ある日スーパー万代で買い物ををしていると不気味な音楽がいつも流れている。たぶん私だけが感じることなのだろうか。フランツ・レハールが1905年に作曲した「メリー・ウィドウ・ワルツ」である。「陽気な未亡人」という明るい楽曲なのだが、何故か不吉な不安感におそわれる。ヒッチコックの「疑惑の影」(1943年)というサスペンス映画で全編に流れているからだ。映画を観て覚えている方ならたぶん同じような感情を引き起こすかもしれない。ありふれた日常に起こる不安・恐怖といったものを。

2019年3月15日 (金)

貴方と夜と音楽と

  君はバッハ、それともモーツアルト?グレン・ミラー、ジョン・コルトレーン、フランク・シナトラ、プレスリーそれともマイケル・ジャクソン?君は女がいなくてもひとりで耐えられる音楽を好むべきだ。ただし女がいる場合は女の好む音楽を聴くべきだ。

Summertime In Venice     Jery Vale

Summer Kisses Winter Tears     Elvis Presley

Till  Lettermen

As Time Goes By   Victor Silvester

Summer Place  Jackie Rae

Friendly  Persuasion   Joe Loss

Deep Purple   Victor Silvester

Dave Monk  From the beginning until now

Kim Yoo Jung  Mr. Chu

Marisa Sannia  Casa Bianca

Charles Azavour   She

You Belong To Me    Jo Stafford

Blue Velvet   Bobby Vinton

Al Di La     The Brass Ring

My Foolish Heart    Al Martino

You You You    The Ames Brothers

When I Grow Too Old To Come?   Gracie Fields

Snow Flower    Park Hyo Shin

I Believe   Shin Seung Hun

Speak Softiy Love   Giovanni Marradi

All the Way   Frank Sinatra

Fly Me To The Moon    Frank Sinatra

E Mi Manchi      Mina

From a sidewalk cafe   Frank Mills

Perfidia  Ray Conniff

恋は塩味      ジーノ・パオリ

哀しみのソレアード モアシール・フランコ Moacyr Franco

夜霧のシルエット クロード・チアリ

2019年3月 6日 (水)

諸説あり!「じんじろげ」の由来

 「月影のナポリ」「白い蝶のサンバ」などのヒット曲で知られる森山加代子さんが、6日に大腸がんのため、都内の病院で死去した。享年76歳。北海道出身。まだおさげ髪がトレードマークだった頃の彼女のヒット曲に「じんじろげ」(1961年)がある。「♪ジンジロゲヤ ジンジロゲ ドレドンガラガッタ ホーレツラッパノ ツーレツ」意味不明の歌詞が続く。「そんな変な歌、歌うんじゃありません」と母に叱られた。歌詞は日本語と外国語をごちゃまぜにしたようにみえる。当時、森山の所属する芸能事務所社長の曲直瀬正雄が学生時代に覚えた歌詞にあうよう作曲家中村八大に作らせたといわれる。レコードは昭和36年1月に東芝音楽工業から「じんじろげ」として発売された。おりからテレビが各家庭に普及しだしたときであり、キュートな森山の印象とともに多くの人々の記憶に残る。しかし出所不明な歌曲であることから今日歌われることはほとんどない。第二の説は久留島秀三郎(1888-1970)が明治41年にインド人から聞いたとする説。その後、ボーイスカウトを通じて広まった。第三の説は大正中期の旧制高校寮歌。「ヂンヂロゲ踊り」という暗闇で行う結婚式を擬した秘祭。第四の説は昭和38年頃、元演歌師、渋谷白涙が自分の作品だとする。彼の話によれば、大正6、7年ころ、ボビーというインド人から教えられたという。裁判に及んだものの証拠不十分ということで渋谷の主張は認められなかった。しかしこの原曲がインドの民謡であることは可能性が高い。「ヒラミヤバミヤ チヨイナダ ディーヤ」の部分については、ヒンズー語で「雨が降ってきた忽ち川と流れる」(Hila mil pari a jori nana diya)と解することができる。つまり原曲はインド民謡「雨期礼賛の歌」と考えられるが、いまだこの民謡が本当に歌われ存在するのか確証はとれていない。曲直瀬が記憶していたのは大正初期の演歌師が歌っていた俗謡だろう。ちなみに「じんじろげ」とは一説によると「女性の陰毛」のことと説かれるがあまり根拠はない。その卑猥性のため今日あまり放送されないのかもしれない。

2019年3月 1日 (金)

春はセンバツから(選抜入場行進曲の話)

  23日からセンバツが始まる。今年の開会式入場行進曲は槇原敬之の「世界に一つだけの花」と「どんなときも。」の合体曲。でもなんでぇ~。通常は前年に世に流行ったヒット曲から選ばれることが多いのに。なぜか近年、日本レコード大賞を受賞した曲が入場行進曲に採用されるケースは少なくなっている。過去に8回あるが、昭和34年から平成29年までの大賞受賞曲でダブル受賞がわずか8曲とはなかなかの狭き門である。これまでの全曲は次のとおり。多様性の時代の表れなのか。

いつでも夢を(橋幸夫、吉永小百合)

こんにちは赤ちゃん(梓みちよ)

また逢う日まで(尾崎紀世彦)

ルビーの指輪(寺尾聰)

パラダイス銀河(光GENJI)

おどるポンポコリン(B.B.クイーンズ)

TSUNAMI(サザンオールスターズ)

蕾 つぼみ(コブクロ)

2019年2月23日 (土)

茶色の小瓶

   ビールのコマーシャルでよく聞く曲である。原曲はアメリカの音楽家ジョセフ・イーストバーン・ウィナーが1869年に発表した楽曲。茶色の小瓶とは酒瓶のことで、いつも小瓶を腰にぶら下げて、酒がやめられないという呑兵衛の酒ソング。禁酒法時代に好まれたが、1939年、グレン・ミラーがアレンジを加えて演奏した曲が世界的にヒットした。日本では「こんにちはやまびこん」という別な歌詞で合唱曲であったが、吹奏楽でしばしば演奏され、世代を超えて親しまれている名曲となった。

2019年2月20日 (水)

歌姫たちのデビュー曲

  戦前戦後の歌姫たちをデビュー曲と共にふりかえる。榎本美佐江は戦時中は工場や軍隊の慰問などに回っていたが、1946年にテイチクに入社し、市丸の代役で歌った「十三夜」(オリジナルは1940年の小笠原美都子)がヒットした。当時レコード化されていなかったが、実質的に榎本の初ヒットといえる。鈴を鳴らしたような美声と美貌で新東宝で多数出演したが、レコード歌手として地位を確立したのは1949年ビクター移籍後のことである。由紀さおりの「ヒッチハイク娘」はどんな歌なのだろう。

渡辺はま子 「海鳴る空」 1933
美ち奴 「さくらおけさ」 1934
二葉あき子「愛の揺り籠」  1936
菅原都々子「お父さんの歌時計」 1937
越路吹雪「ブギウギ巴里」 1946
笠置シズ子「東京ブギウギ」 1947
吉岡妙子「昼も夜も」 1947
美空ひばり「河童ブギウギ」 1949
織井茂子「安南夜船」 1949
宮城まり子「なやましブギ」 1950
江利チエミ「テネシーワルツ」 1952
ペギー葉山「ドミノ」       1952
雪村いづみ「想い出のワルツ」 1953
楠トシエ「僕は特急の機関車で」 1953
大津美子「千鳥のブルース」 1955
島倉千代子「この世の花」 1955
西田佐知子「伊那の恋唄」 1956
浜村美智子「バナナ・ボート」 1957
伊東ゆかり「かたみの十字架」 1958
ザ・ピーナッツ「可愛い花」 1959
こまどり姉妹「浅草姉妹」 1959
森山加代子「月影のナポリ」 1960
弘田三枝子「子供ぢゃないの」 1961
岸洋子「たわむれないで」 1962
木の実ナナ「東京キカンボ娘」 1962
梓みちよ「ボッサ・ノバでキッス」 1962
岸洋子「たわむれないで」 1962
三沢あけみ「ふられ上手にほれ上手」 1963
九重佑三子「シェリー」 1963
いしだあゆみ「ネェ、聞いてよママ」 1964
水前寺清子「涙を抱いた渡り鳥」 1964
都はるみ「困るのことヨ」 1964
大月みやこ「母恋三味線」 1964
小林幸子「ウソツキ鴎」 1964
日野てる子「カイマナ・ヒラ」 1964
渡辺順子(黛ジュン) 「ダンケ・シェン」 1964
三船和子「ベトナムの赤い月」 1965
由紀さおり(安田章子)「ヒッチハイク娘」 1965
青江三奈「恍惚のブルース」 1966
山本リンダ「こまっちゃうナ」 1966
加藤登紀子「誰も誰も知らない」 1966
日吉ミミ「涙と艶歌船」 1967
E7acacefbc90efbc91e99b86テレサ・テン「鄧麗君の歌第1集」 1967
森山良子「この広い野原いっぱい」 1967
瀬川瑛子「涙の影法師」 1967
渚ゆう子「早くキスして」 1967
和田アキコ「星空の孤独」 1968
ちあきなおみ「雨に濡れた慕情」 1969
芹洋子「野に咲く花のように」 1969
藤圭子「新宿の女」 1969
北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」 1970
八代亜紀「愛は死んでも」 1971
天地真理「水色の恋」 1971
小柳ルミ子「わたしの城下町」 1971
天童よしみ「風が吹く」 1972
森昌子「せんせい」 1972
松任谷由実「返事はいらない」 1972
山口百恵「としごろ」 1973
石川さゆり「かくれんぼ」 1973
キャディーズ「あなたに夢中」 1973
川中美幸「新宿天使」 1973
高橋真梨子「ジョニィへの伝言」 1973
キム・ヨンジャ「教えてください」 1974
中島みゆき「アザミ娘のララバイ」 1975
岩崎宏美「二重唱(デュエット)」 1975
大場久美子「あこがれ」 1977
榊原郁恵「私の先生」 1977
渡辺真知子「迷い道」 1977
矢野顕子「いろはにこんぺいとう」 1977
竹内まりや「戻っておいで・私の時間」 1978
松田聖子「裸足の季節」 1980
小泉今日子「私の16才」 1982
中森明菜「スローモーション」 1982
原田悠里「俺に咲いた花」 1982
星ひろみ(伍代夏子)「恋の家なき子」 1982
菊池桃子「青春のいじわる」 1984
中山美穂「C」 1985 
南野陽子「恥ずかしすぎて」 1985
浅香唯「夏少女」 1985
渡辺美里「I'm free」 1985
中村美律子「恋の肥後つばき」 1986
島津亜矢「袴をはいた渡り鳥」 1986
椎名恵「今夜はANGEL」 1986
伍代夏子「戻り川」 1987
坂本冬美「あばれ太鼓」 1987
森高千里「NEW SEASON」 1987
藤あや子「ふたり川」 1987
工藤静香「禁断のテレパシー」 1987
香西かおり「雨酒場」 1988
夏川りみ(旧芸名・星美里)「しほり」 1989
田川寿美「女…ひとり旅」 1992
安室奈美恵「太陽のSEASON」 1995
華原朋美「keep yourself alive」 1995
水森かおり「おしろい花」 1995
宇多田ヒカル「Automatic」 1998
浜崎あゆみ「poker face」 1998
椎名林檎「幸福論」   1998
aiko「あした」       1998
MISIA「つつみ込むように」 1998
水樹奈々「想い」     2000
中島美嘉「STARS」   2001
一青窈「もらい泣き」   2002
JUJU「光の中へ」    2004
Perfume 「リニアモーターガール」 2005
新妻聖子「夢の翼」   2006
越智志帆(superfly)「ハローハロー」 2007  
西野カナ「I」        2008 
miwa「don't cry anymore」 2010
家入レオ「サブリナ」   2012
あいみょん「生きていたんだよな」 2016
栞菜智世「Hear 信じあえた証」 2016

2019年2月15日 (金)

蛍の光

    「♪蛍の光、窓の雪~」。卒業式のシーズン。ほんとうに蛍の光や積もった雪の灯かりで読書ができるのだろうか。石川啄木の歌集「悲しき玩具」(明治44年)に次の歌が収録されている。

  秋近し!

     電燈の球のぬくもりの

     さはれば指の皮膚に親しき。

    これ以前の室内の灯火具といえば、行燈、燭台、ランプだった。明治15年に銀座に初めて電灯が灯されたが、家庭に電気が使われるようになったのは明治19年ごろから。しかし、家庭で電気が一般に使われるようになったのは大正になってからであるので、東京にいる啄木の電気スタンドは明治末年に売り出された新機種だったのだろうか。

    灯かりと読書の話は、中国の古い故事が有名であろう。晋の時代に、車胤と孫康という二人の青年がいた。二人は、本を読むのに、灯かりの油が買えないほど貧しかった。そこで車胤は、夏の夜には、ねり絹のふくろに数十匹の蛍を入れて、蛍の光で本を読んで勉強した。孫康は、冬の夜には、降り積もった雪の灯かりで本を読んで勉強した。この故事から「蛍雪の功」という言葉が生まれ、「蛍窓雪案」(蛍窓はふみ読む窓、雪案は勉強机)は「苦学すること」をさすようになった。

   戦前の歴史学者の朝河貫一(1873-1949)は英語の辞書を1ページずつ覚えては破り、残った皮の表紙を桜の木の根元に埋めた。天文学者の新城新蔵(1873-1938)は深夜勉強していて眠気をもよおすと錐で自分の太ももを突いて眠気を振り払って勉強したという。東大に合格すると、その錐を松の木の根元に埋めた。「朝河桜」「新城松」はまるで車胤、孫康の日本版「蛍雪の功」として伝えられている。

 ちなみに卒業式や店舗の閉店にBGMとして使われる名曲「蛍の光」は原曲はスコットランド民謡で歌詞はイギリスの国民詩人ロバート・バーンズ(1759-1796)の作詞。オールド・ラング・サイン(Auld Lang Syne)はスコットランド語で、英訳するとold long sicne(久しき昔)。日本語歌詞とは全然異なり、旧友と再会し、思い出話わしつつ酒を酌み交わそうという内容である。

2019年2月13日 (水)

いとしのバレンタイン

Franksinatramyfunnyvalentin408872    スーパーの棚にはチョコレートが並べられ、バレンタインデーが待ち遠しいシーズン。むかしこの時期聴きたい曲は「マイ・ファニー・バレンタイン」。なかでもフランク・シナトラ盤はネルソン・リドルの指揮・演奏でシナトラの名唱中の名唱。シナトラとキム・ノヴァック主演の映画「夜の豹」(1957年)に挿入されていた。もともとはロレンツ・ハート作詞、リチャード・ロジャーズ作曲による1937年の作品。同年のミュージカル「ベイブス・イン・マイ・アームズ」で使われた曲だった。このミュージカルは2年後MGMで映画化され、ジュディ・ガーランドが歌って知られるようになった。バレンタインとは男性の名前。つまり、この曲はバレンタインデーとは関係がない。「私のいとしのバレンタイン様」とあこがれの男性に思いを伝える女性が歌うべき曲ではあるが、なぜかベン・ウェブスター、マイルス・ディビス、チェット・ベーカーなど男性ミュージシャンに人気が高い。ロレンツ・ハートの歌詞にはvalentineと小文字で、つまりバレンタインデーにカードを送る相手、つまり「恋人、特別な人」を意味するともいわれる。でもこの曲の最後の歌詞に「毎日がバレンタインデーなんだから」と彼氏の名前をつなげているので、やっぱりバレンタインデーにふさわしい名曲なのだ。(MY FUNNY VALENTINE)

2019年2月 2日 (土)

雪の降る街を

61rzqet7fal__sl500_     「雪の降る街を」は、1949年10月から52年4月までNHKラジオで放送されていた「えり子とともに」の冬の場面の挿入歌として作られた曲である。大学教授とその娘えり子が、戦後のすさんだ世相の中で、いたわり合い励まし合って、母のない家庭を守っていく話だが、主演のえり子役、劇団民芸の阿里道子の美しい声に人気が沸騰し、2年半のロングランとなった。音楽は初め、当時新進の芥川也寸志が担当したが、続編からは中田喜直に代わった。番組も終わり近くになった52年初めのある日、作者の内村直也が音楽担当の中田にいった。「今日は台本が足りなくなってね、歌を一本入れさせてもらうよ」。ビテオ編集の現在ではあまりないことだが、生放送のときはこういうことがしばしばあったのだ。30分番組で予定して書いた台本が27分で終わってしまうので、そのつじつまを合わせようとしたわけである。内村が15分ほどですらすらと書いた詩に、中田がその場でパッと曲をつけ、ドラマの中で文学座の南美江と阿里道子のふたりが歌った。放送すると、あちらこちらから反響があって、評判がいいので「ラジオ歌謡」で取り上げられた。当時フランスから帰ってきたシャンソン歌手、高英男の歌で1953年2月2日から1週間放送され、全国的に広まったのである。

 

 

 

 

 

2019年1月22日 (火)

ジャズが流れる部屋

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   本日は「ジャズの日」。1月22日が何故か?JAZZの「JA」がJanuaryの先頭2文字であり、「ZZ」が「22」に似ていることからという。

    ジャズといえば中高年の男性というイメージがある。ジョン・コルトレーンだ、ソニー・ロリンズだ、マイルス・デイビスだとか、ジャズにうるさいのが友達にいる。ところが最近、「女子ジャズ」という言葉が生まれ、いま若い女性にジャズがうけているというオジサンたちにちょっと嬉しいようなニュース。ジャズにもいろいろあるので、女子ジャズがどんな傾向なのかは知らない。1910年代にニューオーリンズで生まれたジャズも、1930年代ではスイングジャズとしてダンス音楽として広まり、戦後1950年代からジャズは世界中の音楽して多様化してきた。ヨーロッパ映画のヌーヴェル・ヴァーグにもジャズが取り入れられ、日本も1960年代の映画・ドラマの音楽にもモダンジャズがバックに流れた。戦後の洋楽はジャズが中心だったといってよい。ケペルの趣味は、懐古的でサッチモやベニー・グッドマン、トミー・ドーシー、グレン・ミラーといったビッグバンドのスイングジャズが好みだ。もっとも自分ひとりで聞くにはいいが、BGMとしてはうるさ過ぎるので、女子ジャズといわれるものが心地よさそうだ。(New Orleans)

You'd be so nice to come home to   Helen Merrill  1956

Lallaby of Birdland  Sarah Vaughan  1954

You Belong To Me  雪村いづみ

Fools Rush ln(恋は愚かと言うけれど)Jimmy Dorsey 1945   

Strange Fruit(奇妙な果実) Billie Holiday

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