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2024年5月10日 (金)

鉄道唱歌の歌詞に金閣寺がない理由とは?

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  北山の金閣(鹿苑寺)は足利義満が造営した別荘で、1950年の火災により再建された。東山の銀閣とともに室町時代の様式を伝えている。1900年のこの日、「鉄道唱歌」(作詞・大和田建樹)第1集東海道篇が発行された。歌詞第50番には京都各社寺の四季折々の表情が詠まれている。

 

夏は納涼の四条橋

冬は雪見の銀閣寺

桜は春の嵯峨御室

紅葉は秋の高雄山

   ところが鉄道唱歌には何故か金閣寺は詠まれていない。ほかにも東寺、清水寺、知恩院、真如堂、賀茂神社、南禅寺はでてくる。鉄道唱歌が作られたときはまだ金閣寺は火災に遭っていない。「冬は雪見の金閣寺」でもよいのではないだろうか。金閣寺がないのは鉄道唱歌最大の謎である。当時、銀閣寺の東山文化という歴史用語はあったが、金閣寺の北山文化はまだなかった。(5月10日)

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年5月 2日 (木)

五月のバラ

Photo_2  バラの季節となった。伊丹市荒牧バラ公園には世界のバラ約250種1万本が咲いている。「五月のバラ」というバラードを聴き比べ。塚田三喜夫、尾崎紀世彦、布施明、松崎しげる、舟木一夫、鹿内孝、菅原洋一、藤原誠、秋川雅史、岩出和也などがリリースしている。この曲のオリジナルは、「思い出のバラ」という題名でフランツ・フリーデル(津川晃)が1969年に創唱した。その後、ブレンダ・リーがカバーして広く知られるようになった。

2024年4月28日 (日)

演歌は滅亡するのか?

  日本の音楽のジャンルは一般に国内ロック・ポップスと歌謡曲・演歌に分けられる。大みそか恒例のNHK紅白歌合戦は、ここ数年、歌謡曲・演歌に大ヒット曲がなく、J・POP中心の番組構成になってきている。若者はいう「JAZZや演歌は今どきオワコンである!」と。しかしAKBや旧ジャニーズばかりのグループ&ダンス歌謡もつまらない。このような状況はお隣の韓国も似ているが、韓国にはトロットといわれる大衆歌謡がある。「トロット王子」といわれるパク・ヒョンビンやチャーミングな女性歌手ホン・ジニョンが人気があり、いまでもトロットの人気は衰えをしらない。日本の演歌界は演歌の女王八代亜紀が亡くなり淋しいかぎり。北島三郎、森進一、五木ひろしなど大御所はいるがみんなご高齢になったね。橋幸夫は昨年、潔く引退かと思いきや謝罪会見で撤回するという珍展開。氷川きよしも「Kiiina」と名乗り迷走しているがデビュー25周年「昭和歌謡史」を発売、復活の兆しをみせる。先日、韓国で日韓共同でNO1.歌姫を決定する番組があった。日本から東亜樹や住田愛子、かのうみゆ、福田未来などが出場し喝采を浴びた。ぜひ日本でもトロット・ガールズとして活躍してほしい。「冬のソナタ」を歌った「歌心りえ」とは、2004年に冬ソナ日本語バージョンをリリースしている。3人組音楽ユニットSptemberのボーカル・八塚りえのこと。

 

  さて、ここで問題です。日本で初めて「歌謡曲」と名づけられた曲は?

A 大正3年の「カチューシャの唄」

B 大正14年の「夏が来たかと」

C 昭和4年の「東京行進曲」

 「カチューシャの唄」は爆発的な流行を示し、いわゆる大衆流行歌謡のルーツになっているが、当時は「流行唄」「流行小唄」などと呼ばれていた。「歌謡曲」ということばがはじめて用いられたのは、大正14年7月12日に東京放送局の本放送が始まってからであり、その直後の7月27日に「夏が来たかと」など4曲(北原白秋作詞・町田嘉章作曲)が放送されたとき、町田嘉章がこれをはじめて歌謡曲と名づけたことから始まっている。昭和4年に西条八十作詞・中山晋平作曲・佐藤千夜子の「東京行進曲」がレコードになって、当時25 万枚という売行きを示したが、このころになると、この種の歌を「流行歌」というようになり、このあとぞくぞくと流行歌が大衆のあいだにうたよれるようになる。戦後になると、NHKなどの放送で、この種の流行歌をすべて「歌謡曲」というようになって、流行歌ということばの影がうすくなっていった。昭和30年代、美空ひばりや三波春夫などの活躍で歌謡曲の全盛時代を迎えたが、海外のヒット曲を日本語でカバーする和製ポップスも出現した。昭和40年代ビートルズの来日以降、GSブームやフォーク、ニューミュージックとさまざまなジャンルが区分されるようになり、旧来の歌謡曲は次第に「艶歌」「怨歌」「演歌」ということばが用いられるようになった。井沢八郎の「艶歌一代」(「ああ上野駅」のB面、1964年発売)。カラオケブームで昭和末期まで演歌のヒット曲は生まれたが、売り上げでは次第に衰退する。平成になると旧来の和製ポップスが「Jポップス」と呼んで若者たちに支持されるようになった。しかし新時代を迎え、ふたたび昭和歌謡の名曲をカバーする動きもみられる。また若者たちが好むアニメに演歌好きな女子が登場することもある。例えば村上巴(声:花井美春)「おんなの道は星の道」など。三山ひろし、山内惠介、福田こうへい、真田ナオキ、純烈など中堅演歌歌手のガンバリに期待したい。

 

 

 

2024年4月27日 (土)

クリフォード・ブラウン

 クリフォード・ブラウンはアメリカ出身の黒人ジャズ・トランペット奏者である。ブラウンの才能は早くから認められ、1954年にはブラウン・ローチ・クインテットを結成し、作品も多く残した。だが活動期間は僅か3年くらいで、1956年に自動車事故で早世する。「バーランドの夜」「いつかどこかで」「スターダスト」「煙が目にしみる」「ブルー・ムーン」「ジェニーの肖像」「慕情」「ローラ」。

2024年4月26日 (金)

さらば友よ

126841091490516103286    歌謡コンサートのラストは森進一「さらば友よ」。題名からアラン・ドロン&チャールズ・ブロンソンの映画を想起させる。70年代から80年代にかけて、洋画や小説と同名の歌謡曲が次々と作られた。映画の題名には著作権が発生しないので、そこから歌謡曲のタイトルにつけてもOKとなって阿久悠らがヒットを連発し、一大ブームとなった。弘田三枝子「人形の家」や奥村チヨ「終着駅」が嚆矢であろう。これらを俗に「借り物歌謡曲」というらしい。野口五郎「甘い生活」、山口百恵「禁じられた遊び」、桜田淳子「黄色いリボン」、伊丹幸雄「青い麦」、平浩二「バス・ストップ」(ママリン・モンローの映画は「バス停留所」、井上順「昨日・今日・明日」、堺正章「街の灯り」、小川順子「夜の訪問者」、城みちる「いるかに乗った少年」(ソフィア・ローレンの「島の女」主題歌)、アグネス・チャン「草原の輝き」、沢田研二の「勝手にしゃがれ」。「時の過ぎゆくままに」は「カサブランカ」のオマージュであるし、久保田早紀「異邦人」はカミュやシルクロードからインスパイアーされている。松田聖子「青い珊瑚礁」もブルック・シールズ主演映画。



2024年4月20日 (土)

佐川満男さんを悼む

 12日、歌手の佐川満男さんが死去した。享年84歳だった。現在は味のある脇役俳優と知られているが、スタートはアイドル歌手であり、デビュー曲は「二人の並木道」(昭和35年)。アメリカのヒット曲を日本語にカバーした和製ポップスが流行していた。昭和33年2月に渡辺プロダクションが日劇ウェスタン・カーニバルを開催したところ大成功を収めた。平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎がロカビリー三人男と呼ばれた。それに続く第二世代が清野太郎、飯田久彦、藤木孝、佐々木功、鹿内タカシなど。関西出身の佐川ミツオもロカビリーと流行歌をミックスした独特な節回しでヒットを連発した。「背広姿の渡り鳥」「太陽に向かって」「無情の夢」おりから各家庭にテレビが普及する時代で、音楽番組も多く佐川ミツオは引っ張りだこだった。歌手・佐川満男を再評価したい。

 

2024年3月29日 (金)

ムード音楽と暮らす

 音楽は騒音にもなるし、癒しにもなる。その日の体調にも大きく関係している。ところでみなさんは、最近、音楽を聴いていますか?真偽のほどはわかりませんが、世界のどこかで四六時中流れている曲は、タンゴの名曲「ラ・クンパルシータ」といわれています。たしかに「ベッサメ・ムーチョ」や「マドンナの宝石」など南米ラテン音楽はダンスによし、ムードミュージックによし、何度聞いても飽きないのかもしれません。ムード音楽の流行はダンスをするのに必要だったから。いつしか蓄音機をみなが所有するようになると、ダンスをしないで自宅で夜に静かに聞いて眠れような音楽が求められた。

  さてムード音楽のはじまりはいつ頃からか?実はムード音楽とかムードミュージックという英語はない。一般にrelaxing musicに近い。日本でムード音楽といえば、高級ナイトクラブで生演奏でダンス用に使われる音楽のことであろう。ハワイアン音楽の和田弘とマヒナスターズが歌謡曲でヒット曲を出して、昭和40年代男性コーラスグループが全盛となった。海外の演奏のみの音楽をムード音楽と考えるなら、1940年代のジャズを中心とするオーケストラ・ビッグバンドの隆盛があけがられるが、今日のBGMに使われる都会的に洗練されたムード音楽が登場するのは1950年代になってからのことである。機械的にはLPレコードの普及が挙げられる。次に「枯葉」「セシボン」「ラメール」「ばら色の人生」などのシャンソンがアメリカで大流行したことがあげられる。第三にムード音楽の発明者はジャッキー・グリーソンだといわれる。彼はコメディアンだが、1952年TV番組「ジャッキー・グリーソン・ショー」で自らバンドを作り数多くのLPを発売してムード音楽というジャンルを確立させた。第四にムード音楽はクラックに比べ軽音楽といわれ、エレベーター・ミュージックともいわれる。全世界のデパートやスーパー・マーケットなどで一日中BGMとして流されることから、揶揄してつけられた言葉である。

ドイツ映画「撃墜王アフリカの星」(1957)の主題曲「アフリカの星のボレロ」が聞きたくなった。オリジナルはエルヴィン・レーン楽団だが、フイルム・シンフォニック・オーケストラという演奏のレコードから誰かが投稿している。聞くと懐かしく不思議な感じ。戦争映画なのにとても美しくてやさしいメロディー。サントラ盤のエルヴィン・レーン楽団もアップされている。

「春の如くに」ミュージカル映画「ステート・フェア」(1945)で歌われた一曲。It Might As Well Be Spring

こんどは「ラントコンサート」で甘くひたる。なんと映画の予告編。モン・サン・ミッシェルの景色や日本語のナレーションまでついている。
   アントニオ・カルロス・ジョビンの「オルフェの歌」(映画「黒いオルフェ」主題歌)。ワンパターンでも「白い恋人たち」「ガラスの部屋」「ブーべの恋人」「さらば夏の日」は何回聴いても心地よい。ジャネット・アグランを何十年ぶりかで見る。イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」なんと音がでない。著作権保護のためカットされたている。しかし誰かがまたアップしている。イタチごっこは当分続く。いずれは多くの作品も聞けなくなるかもしれない。いまのうちいっぱい見ておこう。
   「ムーン・リバー」(映画「ティファニーで朝食を」)を聴く。「酒とバラの日々」などスタンダードな曲は、ヘンリー・マンシーニはもちろん、アンディ・ウィリアムズ、ジュリー・ロンドンなど聞き比べできる。サム・テイラーのサックスも懐かしい。B・J・トーマスの「雨にぬれても」(映画「明日に向かって撃て」)
  シャンソンの名曲「枯葉」も映画「夜の門」(1946年)の主題歌だった。ドリス・デイ「君を想いて」は映画「情熱の狂想曲」(1950年)の挿入歌だが、元は1934年アル・ボウリーが歌ってヒットした。

 

ムードサックスの王者として知られるサム・テイラーもムード音楽からジャズ・スタンダード、R&B、映画音楽と幅広い。「ハーレム・ノクターン」「ダニー・ボーイ」「ミスティ」「夜霧のしのび逢い」「枯葉」「ムーングロウ」「ジャニー・ギター」。ほかにボビー・ハケット。

 

  世界にあって日本にはないもの。それはジャズのビッグバンドだ。グレン・ミラーやポール・ホワイトマン、デューク・エリントン、ベニー・グッドマン、アーティー・ショー、オリバー・ネルソン、ウディー・ハーマン、バディ・リッチ。トミー・ドーシーの「センチになって」が一番すきたが、もともとはジミー・ドーシーと兄弟バンドで1934年の曲。戦後もいろいろなバンドが演奏しているが、ベルト・ケンプフェルト楽団で聴いた。

 

「ラ・クンパルシータ」 アルフレッド・ハウゼ楽団

 

「マドンナの宝石」 マランド楽団

 

「引き潮」 フランク・チャックスフィールド楽団

 

「ミスティ」 ジョージ・メラクリーノ楽団

 

「黒い瞳のナタリー」 フィリオ・イグレシアス

 

「ムーン・リヴァー」 ヒズ・ボ―ウェン Hill Bowen and his Orchstra

 

「可愛い花」 ピーナッツ・ハッコー Peanats Hucko

 

「一人ぼっちの浜辺(夜霧のしのび逢い)」 ロス・マヤス楽団

 

「ブルーレディに紅いバラ」 ビクター・シルベスター楽団

 

「友情ある説得」 ジョー・ロス楽団

 

「さらばベルリンの灯」 ジョン・バリーオーケストラ

 

「悲しみは星影と共に」 ブルーノ・ニコライオーケストラ

 

「慕情」 soundtrack suite アルフレッド・ニューマン

 

「Never Till Now」(愛情の花咲く樹)  ゴードン・マクレイ

 

「春のごとく」(ステート・フェア) ブランノン・ストリングス・オーケストラ

 

「モーニング・アフター」(ポセイドン・アドベンチャー) モーリン・マクガバン

 

「チコと鮫」 フランチェスコ・デ・マージ

 

「忘れじの面影(She)」(ノッチング・ヒルの恋人) エルヴィス・コステロ

 

「スピーク・ロウ」(ヴィーナスの接吻) テッド・ヒース・オーケストラ

 

「真夜中のブルース」(朝な夕なに) ベルト・ケンプフェルト

 

「炎のランナー」 ヴァンゲルス

 

「ボルサリーノのテーマ」 クロード・ボラン

 

「レット・イット・ゴー」(アナと雪の女王) イディナ・メンゼル

 

「ハイリリー・ハイ・ロー」(リリー) ダイナ・ショア

 

「暗いはしけ」(過去を持つ愛情) アマリア・ロドリゲス

 

「ウォルシング・マチルダ」(渚にて) ジミー・ロジャース

 

シャレード フランク・チャックフィールド

 

情事のテーマ モーリス・ルクレール楽団

誘惑されて棄てられて ピノ・フェルラーラ

 

刑事 死ぬまで愛して アリダ・ケッり

 

禁じられた恋の島 エリオ・ブルーノ楽団

 

太陽の誘惑 ニコ・フィデシコ

 

女と男のいる舗道 ロベール・モノ―楽団

 

「ステラに捧げるコンチェルト」「st.Michel」ステルヴィオ・チプリアーニ(ラスト・コンサート)

 

サークル・ゲーム(いちご白書)

 

地下室のメロディ ミッシェル・マーニュ

 

太陽はひとりぼっち コレット・テンピア楽団

 

荒野の三軍曹 アル・カイオラ楽団

 

リーザの恋人 モーリス・ルクレール楽団

 

アルディラ(恋愛専科) エミリオ・ペリコーリ

 

夢のカルカッタ ローレンス・ウェルク楽団

 

唄う風 ラルフ・フラナガン楽団

 

ブルー・ベルベット レイ・アンソニー楽団

 

引き潮 ジョニー・ダグラス楽団

 

サンセット77  ウォーレン・バーカー

 

エデンの少女 レーモン・ルフェーブル

 

ロワールの星 カラべリときらめくストリングス

 

アローン・アゲイン ピーター・ネロ

 

街角のカフェ  フランク・ミルズ

 

今宵のあなた モートン・グールド

 

セプテンバー・ソング ジャンゴ・ラインハルト

 

酒とバラの日々 ヘンリー・マンシーニ 1962

 

ラブ・タイム・ゴウ・バイ(カサブランカ)  ビージー・アデール

 

荒野の三軍曹 アル・カイオラ楽団

 

   ムード音楽のオーケストラは、パーシー・フェイス、ポール・モーリア、フランク・プールセル、ビリー・ボーン、マントヴァーニー、ジョージ・メラックリーノ、モートン・グールド、ポール・ウエストン、ローレンス・ウェルク、ジャッキー・グリーソン、フランク・チャックスフィールド、レイ・コニフ、ジェームズ・ラスト、101ストリングス・オーケストラ、アンドレ・コステラネッッ、ネルソン・リドル、ユーゴ・ウィンターハルタ―楽団、ファン・ダリエンソ楽団、ラモン・マルケス楽団、スタンリー・ブラック楽団、ファウスト・パペッティ楽団、ウーゴ・ブランコ楽団、ジョージ・メラクリーノ楽団と世界にはいろいろあるが、最近は図書館からレイモン・ルフェーブルの二枚組CDを借りて聴いている。「シバの女王」「さよなら、マリンブルーの夜」「エマニュエル夫人」「オペラ座の怪人」「メモリー」「オン・マイ・オウン(「レ・ミゼラブル」より)」など。Elivin Rane Orchester、Bert Kaempfert、Morton Gould、Geoff Love his Orchestra(ジェフ・ラブ&ヒズ・オーケストラ)

 

 

 

 

2024年3月28日 (木)

オリーブの首飾り

 「オリーブの首飾り」あの「♪ チャラララララ~」というメロディーで始まる曲で、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。原題は「エル・ビンボ」といい、1974年にフランスのクロード・モルガンが作曲した。この曲をポール・モーリアがいち早く自分の楽団に取り入れ、日本で演奏した。1977年にはメルシャンワインのコマーシャルにも使われた。奇術師の松旭斎すみえはこの曲が「手品のクライマックスに合う」と思い立ち、BGMに使用したのが最初で、以降マジックの定番曲となった。このほか手品のBGMとしては「ルパン三世のテーマ」とかスコット・ジョプリンの「ジ・エンターテイナー」などが人気曲である。

2024年3月19日 (火)

ミュージックの日

  本日はミュージックの日。「ミュー(3)ジック(19)」の語呂合せ。私は軽音楽や映画音楽のレコードをたくさん持っていますが、最近はyoutubeで聞くことが多いので、レコードをかけることが少なくなった。でもいつかレコードを棚から取り出して聞いてみたくなる時があります。

Photo   映画と音楽との結びつきは、映画がトーキーとなってから始まったと考えられるでしょうが、実は無声映画の時代にもすでに生演奏で音楽をつけて観賞していました。つまり映画音楽 Theme song の歴史は意外と古いのです。映画史上最初のテーマソングが書かれた映画は、時の人気女優メーベル・ノーマンド(1892-1930)が主演した「ミッキー」(1918)だったといわれます。

  一般に映画音楽は2種類に大別されます。たとえばラフマニノフのピアノ協奏曲第2番をそつくりそのまま映画の伴奏に使ったイギリス映画「逢びき」(1945)のように、すでにある曲を使用する場合と、「第三の男」(1949)のようにアントン・カラスが映画用に作曲した場合があります。「海底の黄金」(1955)のぺレス・プラードの「セレソローサ」は日本でもマンボブームにのって大ヒットしましたが、実はフランスのシャンソン「バラ色のさくらんぼの木と白いりんごの木」(1950)が原曲です。フランス映画「禁じられた遊び」(1952)はナルシソ・イエペスのギター音楽として知られていますが、原曲は古いスペインの民謡「愛のロマンス」で、映画「血と砂」(1940)にも使われた曲で歌詞がつけられていました。

 

   映画音楽評論家として著名な野口久光が選んだ音楽映画ベスト・テン。戦前第1位は「ル・ミリオン」、2位「会議は踊る」、3位「今晩は愛して頂戴ナ」、4位「海は桃色」、5位「ショウ・ボート」、6位「ワルツ合戦」、7位「キャッスル夫妻」、8位「画家とモデル」、9位「ラヴ・パレード」、10位「愉快なリズム」。

   戦後の音楽映画は第1位「ナポリの饗宴」、2位「ロシュフォールの恋人たち」、3位「恋のてほどき」、4位「巴里のアメリカ人」、5位「シェルブールの雨傘」、6位「イースター・パレード」、7位「パリの恋人」、8位「足ながおじさん」、9位「メリー・ポピンズ」、10位「雨に唄えば」。スクリーン・ミュージックを選べといわれたら、100曲でも200曲でもありますね。「酒とバラの日々」「ムーン・リヴァー」「慕情」「男と女」「雨にぬれても」「いそしぎ」「太陽がいっぱい」「ララのテーマ」「赤い風車」「エデンの東」「夏の日の恋」「禁じられた遊び」「ベニスの夏の日」「第三の男」「ゴッド・ファーザー」などなど。でもナンバーワンは大道芸人と純粋な心を持った娘ジェルソミーナの悲しくも美しい映画「道」のテーマソング「ジェルソミーナ」。映画音楽はサウンド・トラックからさまざまな楽団が自由にアレンジしたものまでバリェーションが広いです。フィルム・シンフォニック楽団という名で日本人の楽団による軽音楽もある。

 

紅の翼 ディミトリ・ティオムキン

 

女と男のいる舗道 ミシェル・ルグラン

 

甘い生活 ニーノ・ロータ

 

シャレード ボストン・ポップス管弦楽団

 

ひまわり ヘンリー・マンシーニ

 

いそしぎ フランク・チャックスフィールド

 

パリのめぐり逢い フランシス・レイ

 

イージー・リスニング編

モスクワの夜はふけて アル・カイオラ楽団 1963年

 

「ニューシネマパラダイス 愛のテーマ」エンニオ・モリコーネ作曲をNHK名曲アルバムで放送していた。演奏は東京フィルハーモニー交響楽団。(3月19日)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年3月 8日 (金)

卒業ソング

 全国各地で卒業式が開かれ、旅立ちのシーズンが幕を開けた。さて、卒業式はやっぱり送る側、送られる側の合唱曲が雰囲気を盛り上げる。卒業式にふさわしい歌は近年もさかんに作られている。だから世代によってずいぶん違いが出るかも。川嶋あい「旅立ちの日に」いい曲だね~。

3月9日 レミオロメン

手紙 拝啓十五の君へ アンジェラ・アキ 

贈る言葉 海援隊

さくら 森山直太朗

乾杯 長渕剛

道  EXILE

時の描片 トキノカケラ EXILE 

桜  コブクロ

my graduation  SPEED

振り向けば  Janne Da Arc

サラバ青春  チャットモンチ-

桜咲く頃 PLAYEST

旅立ちの日に SMAP

桜の栞  AKB48

桜の花びらたち AKB48

卒業  尾崎豊

旅立ちの日に 川嶋あい

卒業写真 松任谷由美

なごり雪 イルカ

制服  松田聖子

卒業  菊池桃子

卒業  斉藤由貴

YELL  いきものがかり

無限大  関ジャニ∞

サクラサク 北乃きい

グラジュエイション 倉田まり子

春なのに  柏原よしえ

卒業  沢田聖子

じゃあね おニャン子クラブ

いい日旅立ち 山口百恵

夢をあきらめないで 岡村孝子

大きくなったら 柚梨太郎

春の歌 スピッツ

キセキ GReeeeN

思い出のアルバム

ありがとうさようなら

巣立ちの歌

 

 

 

 

 

 

 

 

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