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2023年1月29日 (日)

テレサ・テンが歌った日本のカバー曲

Photo 1953年のこの日、テレサ・テンは台湾・雲林県褒忠郷田洋村で生まれた。父親鄧樞是は中国河北人で蒋介石とともに台湾に移った軍人だった。やがて1980年代には「アジアの歌姫」といわれるほどアジア圏で人気が沸騰した。「昼は鄧小平、夜は鄧麗君が支配する」といわれたのもこの頃の話である。テレサは「北国の春」「襟裳岬」をはじめてして、数多くの日本の歌を中国語でカバーしている。「北国の春」は日本では望郷歌であるが、中国語歌詞では愛の歌に変わっている。「グッド・バイ・マイ・ラブ」はアン・ルイスが1974年に日本でリリースした曲だが、テレサ・テンがその4年後にカバーしており(中国語タイトルは「再見我的愛人」)、アジアにおいてはテレサの歌声で広く親しまれている。夜来香(イエライシャン)」は1944年に李香蘭のヒット曲であるが、テレサの歌声で復活した。「何日君再来」等と共に、アジアを代表する歌曲となっている。「涙的小雨」「山茶花」「誰来愛我」「世界多美麗」は何の歌か分かるだろうか?「長崎は今日も雨だった」「山茶花(みちずれ)」「港町ブルース」「世界は2人のために」である。とくに「里の秋」は台湾語訳曲「又見炊烟」として日本以上に親しまれている。のちに日本の歌曲が台湾、香港、中国大陸、韓国などで数多くカバーされるようになった背景には80年代のテレサ・テンの活躍を抜きにしては語れない。(1月29日)

 

 

 

2022年12月31日 (土)

たかが紅白、されど紅白

 日本の大晦日は「炬燵みかんで紅白歌合戦」が定番だった。昭和38年、視聴率が81.4%を記録し、8000万人が見たといわれる。第73回NHK紅白歌合戦。今年のテーマは、「LOVE&PEACEみんなでシェア」で、2年ぶりにNHKホールから有観客で生中継される。大泉洋、桜井翔、桑子真帆、それに若者に人気の橋本環奈が司会する。初出場は紅組のive、ウタ、Aimer(エメ)、緑黄色社会、LE SSERAFIM(ル・セラフィム)、白組のSaucy Dog、JO1、なにわ男子、vaundy、BE-FIRSTの10組。でも高齢者になじみのないミュージシャンが多く、シニア世代も「紅白離れ」が加速している。Kポップ重視、演歌切り捨てのNHK改革が形となった年であろう。一方で、ジェンダーフリーの時代に男女対抗というのは時代遅れだという声もある。今年の紅白、注目されるのは何といっても橋本環奈の司会ぶりだろう。2013年に「1000年に1人のアイドル」と評され、明るく飾らないキャラクターで、幅広い世代から人気を集めてきた。今年の独身男性対象に「合コンしたい女性俳優」アンケートで第3位「有村架純」、第2位「永野芽郁」を抑えて1位に輝いている。オープニングはSixTones、大トリは福山雅治。「たかが紅白、されど紅白」贅沢な趣向が凝らしている。

 そんななかこれまでNHK紅白歌合戦に一度も出場していない人気歌手が結構いる。「負けないで」「揺れる想い」などヒット曲をもつ坂井泉水(ZARD)は、2000年の紅白歌合戦の出場に前向きであったが、体調不良のため出場を辞退した。7年後、入院先の病院で転落死により、結局生涯一度も紅白に出場することがなかったが、一度見たかった。それぞれの事情により紅白出場していない歌手・俳優は多い。古くは岡晴夫。井上陽水、山下達郎、佐野元春、浜田省吾、松山千春、桑名正博、円広志、やしきたかじん、小田和正、氷室京介、スピッツ、B'z、CHAGE and ASKA、奥田民生、大黒摩季、辛島美登里、JUJU、増位山太志郎など。ヒット曲がある俳優、勝新太郎、高倉健、石原裕次郎、天知茂、萩原健一、柴咲コウなどが一度も出場していない。

2022年12月30日 (金)

女性歌手たちのデビュー曲

  年末になると各局音楽特番が企画されるが、2022年11月TBSで放送された「歌のゴールデンヒット」は1954年以降リリースした日本の女性歌唱の楽曲の中からランキングBest100を紹介するという内容である。採点の方法は、シングルレコード・CDの売り上げ枚数、ダウンロード数、ストリーミング再生数の3つをポイント化して、集計するらしい。昭和・平成・令和のなかで普通であれば大物女性歌手といえば美空ひばり、島倉千代子、都はるみ、石川さゆり、などが考えられるが、ダウンロード・ストリーミング数という採点数が重要視されるので、おそらく21世紀になって活躍しているJ-POP系歌手が選ばれるでろう。予想を覆すランキングになった。結果、第1位はYOASOBI「夜に駆ける」。そこでこれまでの歌姫たちをデビュー曲と共にふりかえってみよう。小笠原美津子が先日、宝塚市内の病院で99歳で亡くなられた。1938年にビクターよりデビューした。2年後の「十三夜」のヒット曲や東海林太郎とのデュエット曲で知られる。榎本美佐江は戦時中は工場や軍隊の慰問などに回っていたが、1946年にテイチクに入社し、市丸の代役で歌った「十三夜」(オリジナルは1940年の小笠原美都子)がヒットした。当時レコード化されていなかったが、実質的に榎本の初ヒットといえる。鈴を鳴らしたような美声と美貌で新東宝で多数出演したが、レコード歌手として地位を確立したのは1949年ビクター移籍後のことである。由紀さおりの「ヒッチハイク娘」はどんな歌なのだろう。

小唄勝太郎「島の娘」 1933
渡辺はま子 「海鳴る空」 1933
美ち奴 「さくらおけさ」 1934
二葉あき子「愛の揺り籠」  1936
菅原都々子「お父さんの歌時計」 1937
越路吹雪「ブギウギ巴里」 1946
笠置シズ子「東京ブギウギ」 1947
吉岡妙子「昼も夜も」 1947
平野愛子「港が見える丘」 1947
美空ひばり「河童ブギウギ」 1949
織井茂子「安南夜船」 1949
宮城まり子「なやましブギ」 1950
江利チエミ「テネシーワルツ」 1952
ペギー葉山「ドミノ」     1952
雪村いづみ「想い出のワルツ」 1953
楠トシエ「僕は特急の機関車で」 1953
大津美子「千鳥のブルース」 1955
島倉千代子「この世の花」 1955
西田佐知子「伊那の恋唄」 1956
浜村美智子「バナナ・ボート」 1957
伊東ゆかり「かたみの十字架」 1958
ザ・ピーナッツ「可愛い花」 1959
こまどり姉妹「浅草姉妹」 1959
森山加代子「月影のナポリ」 1960
坂本スミ子「黒い天使」 1960
多摩幸子「明子の唄」 1961
弘田三枝子「子供ぢゃないの」 1961
岸洋子「たわむれないで」 1962
木の実ナナ「東京キカンボ娘」 1962
梓みちよ「ボッサ・ノバでキッス」 1962
三沢あけみ「ふられ上手にほれ上手」 1963
九重佑三子「シェリー」 1963
いしだあゆみ「ネェ、聞いてよママ」 1964
水前寺清子「涙を抱いた渡り鳥」 1964
都はるみ「困るのことヨ」 1964
大月みやこ「母恋三味線」 1964
小林幸子「ウソツキ鴎」 1964
日野てる子「カイマナ・ヒラ」 1964
渡辺順子(黛ジュン) 「ダンケ・シェン」 1964
笹みどり「女の舞台」 1965
三船和子「ベトナムの赤い月」 1965
由紀さおり(安田章子)「ヒッチハイク娘」 1965
青江三奈「恍惚のブルース」 1966
山本リンダ「こまっちゃうナ」 1966
加藤登紀子「誰も誰も知らない」 1966
日吉ミミ「涙と艶歌船」 1967
E7acacefbc90efbc91e99b86テレサ・テン「鄧麗君の歌第1集」 1967
森山良子「この広い野原いっぱい」 1967
瀬川瑛子「涙の影法師」 1967
渚ゆう子「早くキスして」 1967
和田アキコ「星空の孤独」 1968
ちあきなおみ「雨に濡れた慕情」 1969
芹洋子「野に咲く花のように」 1969
藤圭子「新宿の女」 1969
藤野ひろ子「浜でギターを弾いてたら」 1969
北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」 1970
八代亜紀「愛は死んでも」 1971
天地真理「水色の恋」 1971
小柳ルミ子「わたしの城下町」 1971
天童よしみ「風が吹く」 1972
森昌子「せんせい」 1972
松任谷由実「返事はいらない」 1972
谷山浩子「銀河系はやっぱりまわっている」 1972
山口いづみ「緑の季節」 1972
山口百恵「としごろ」 1973
石川さゆり「かくれんぼ」 1973
キャディーズ「あなたに夢中」 1973
川中美幸「新宿天使」 1973
高橋真梨子「ジョニィへの伝言」 1973
キム・ヨンジャ「教えてください」 1974
伊藤咲子「ひまわり娘」 1974
中島みゆき「アザミ娘のララバイ」 1975
岩崎宏美「二重唱(デュエット)」 1975
金沢明子「津軽じょんから節」ほか(LP若い民謡」収録)1975
大場久美子「あこがれ」 1977
榊原郁恵「私の先生」 1977
渡辺真知子「迷い道」 1977
矢野顕子「いろはにこんぺいとう」 1977
柴田まゆみ「白いページの中に」  1978
高見知佳「シンデレラ」 1978
竹内まりや「戻っておいで・私の時間」 1978
紅屋おかめ 「泣くなオカメちゃん」  1978
久保田早紀「異邦人」  1979
松田聖子「裸足の季節」 1980
山下久美子「バスルームから愛をこめて」 1980
小泉今日子「私の16才」 1982
中森明菜「スローモーション」 1982
原田悠里「俺に咲いた花」 1982
星ひろみ(伍代夏子)「恋の家なき子」 1982
小久保尚美「誰にも云わないで」 1983
菊池桃子「青春のいじわる」 1984
中山美穂「C」 1985 
南野陽子「恥ずかしすぎて」 1985
森川美穂「教室」 1985
浅香唯「夏少女」 1985
渡辺美里「I'm free」 1985
今井美樹「黄昏のモノローグ」 1986
中村美律子「恋の肥後つばき」 1986
島津亜矢「袴をはいた渡り鳥」 1986
椎名恵「今夜はANGEL」 1986
伊藤智恵理「パラダイス・ウォーカー」 1987
伍代夏子「戻り川」 1987
坂本冬美「あばれ太鼓」 1987
森高千里「NEW SEASON」 1987
藤あや子「ふたり川」 1987
工藤静香「禁断のテレパシー」 1987
香西かおり「雨酒場」 1988
山口由子「幾千の涙を贈りたい」 1988
遊佐未森「瞳水晶」 1988
西田ひかる「ぼくらのセディ」  1988
小野リサ「カトピリ」 1989
夏川りみ(旧芸名・星美里)「しほり」 1989
林原めぐみ「約束だよ」 1989
山口弘美「つよがり」 1989
高橋由美子「Step by Step」 1990
西野妙子「A級キッス」 1990
田川寿美「女…ひとり旅」 1992
音羽しのぶ(司千恵子) 「涙という名の港町」 1992
広瀬香美「愛があれば大丈夫」 1992
藤田恵美(ルクプル)「海の底でうたう唄」 1994
安室奈美恵「太陽のSEASON」 1995
華原朋美「keep yourself alive」 1995
水森かおり「おしろい花」 1995
宇多田ヒカル「Automatic」 1998
浜崎あゆみ「poker face」 1998
椎名林檎「幸福論」   1998
aiko「あした」       1998
川野夏美「あばれ海峡」 1998
MISIA「つつみ込むように」 1998
島谷ひとみ「大阪の女」 1999
クミコ「接吻」     2000
水樹奈々「想い」     2000
中島美嘉「STARS」   2001
一青窈「もらい泣き」   2002
加藤ミリヤ「Never let go」 2004
木村カエラ「Level42」    2004
JUJU「光の中へ」    2004
Beni「harmony」     2004 
Perfume 「リニアモーターガール」 2005
新妻聖子「夢の翼」   2006
青山テルマ「ONE WAY」  2007
越智志帆(superfly)「ハローハロー」 2007 
ステファニー「君がいる限り」 2007 
西野カナ「I」        2008 
miwa「don't cry anymore」 2010
出光仁美「おんな七厘」 2010
藍井エイル「MEMORIA」 2011
家入レオ「サブリナ」   2012
杜このみ「三味線わたり鳥」  2013
大原櫻子「頑張ったっていいんじゃない」2014
あいみょん「生きていたんだよな」 2016
栞菜智世「Hear 信じあえた証」 2016
羽山みずき「紅花慕情」 2016
三浦透子「おかあさんへ」 2016
朝花美穂「なみだの峠」 2018
門松みゆき「みちのく望郷歌」 2019
鈴木愛理「Escape」 2019 
望月琉叶「失恋慕情」  2020
石川花「空に咲いて」    2022

 

 

 

 

 

 

2022年12月22日 (木)

ベート―ヴェン「運命」

  1808年のこの日、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と第6番「田園」がウィーンでベートーヴェン自身の指揮により初演される。交響曲第5番ハ短調(作品67)を「運命」と呼ぶのは日本だけで、外国ではほとんど通用しない。ベートーヴェンのレコードの解説に由来しているらしい。(12月22日)

 

 

2022年12月13日 (火)

なぜ年末になると第九が演奏されるのか?

 1824年5月7日、ウィーンのケルントナートア劇場においてベートーヴェンの交響曲第9番がはじめて演奏された日である。ベートーベン自身が指揮した。合唱曲「歓喜に寄す」が入った第九は、今日、世界中で平和と国際協調のための賛歌とされ、もっとも有名で人気のあるクラシック作品のひとつである。ところで日本では、第九は年末の風物詩といわれ、12月になると毎年全国各地でコンサートが開催される。その理由は明らかではないが、ベルリンでは戦前からニューイヤーコンサートとして、大みそかの深夜に、ただ幾第九を演奏することが多かった。その風習が日本に持ち込まれたのかもしれない。年末に第九を演奏するというのは、もともと第一次世界大戦後、平和を願うドイツのライプツィヒで始まった。いまでも伝統行事として、大晦日に第九の演奏会が開かれている。だが海外では、年末にはヘンデルの「メサイア」(ハレルヤコーラスで有名な曲)が一般で、第九を演奏することは少ない。ではなぜ、日本に第九演奏が定着したのか?これには諸説あるが、太平洋戦争で亡くなった人々への鎮魂歌だったという意味が大きい。日本交響楽団(現NHK交響楽団)が1947年12月9、10、13日にレオニード・クロイツァー指揮(1884-1953)で3夜も第九の演奏会で成功を収めた。これが契機となって全国各地でも第九の演奏会が行われた。つまり、第九の演奏は貧乏な楽団員にとって年越しの餅代稼ぎとなった。第九は大合唱付きで、チケットがさばきやすかった。また12月はベートーヴェンの誕生月でもあることや、日本人に第九は絶大な人気があることがあげられる。

 

 

2022年11月11日 (金)

枯葉

木の葉木の葉とおちる

 どことなく寂しさの漂う初冬の一日。風もないのに大樹が一枚一枚葉っぱを降らせている。荻原井泉水の大正14年の代表句。

   数あるシャンソンの名曲の中でも、きわめつけの代表曲といえば「愛の讃歌」と「枯葉」の2曲にしぼられる。「愛の讃歌」は日本では越路吹雪や美輪明宏、最近では美川憲一や大竹しのぶ等が歌っているが、一方の「枯葉」のほうは何故かあまり最近耳にしない。「枯葉」は、散りゆく秋の枯葉に移ろいゆく恋や人生の姿をよせて歌った内容で、作詞はジャック・プレヴェール、作曲はハンガリー生まれのピアニスト、ジョセフ・コスマ。もともとは1945年に初演されたローラン・プチのバレエ「ランデ・ヴー」のために作られた曲だった。翌年に映画「夜の門」のなかでイヴ・モンタンが歌った。それほどヒットしなかったが、その後ジュリエット・グレコ、レオ・マルジャンヌ、コラ・ヴォーケール等が歌った。1950年代にアメリカでも流行し、世界的なヒット曲となる。最初に英語詩をつけて歌ったのはビング・クロスビーで続いてナット・キング・コール等がリリースするも決定打とはならず、ピアノのロジャー・ウィリアムスのインストゥルメンタルが1955年に全米で大ヒットした。日本では1953年に高英男が歌いラジオのシャンソンブームで広く知られるようになった。同名異曲に原大輔の「枯葉」がある。70万枚のヒット曲「秋冬」を持つ歌手だがシャンソンやカンツォーネも歌い現在も活躍している。アリスが作詩・作曲した横山みゆき「秋止符」(1983)も深まりゆく秋にふさわしい歌だ。

 

 

 

 

2022年10月22日 (土)

映画スターが輝いていたころ

Photo_3

 いつの時代も人気スターは現れるが、映画スターが最高の輝きを放っていたのは1930年代から50年代末にかけてであろう。

 映画の主題歌を日本語訳詞でカバーリングすることは戦前の昔からある。ペギー葉山が1961年に自ら訳詞・歌唱した「ドレミのうた」(サウンド・オブ・ミュージック)が、もっとも広く知られている楽曲かもしれない。洋画主題歌を日本語カバーするのは最近はディズ二ー作品しか見られないのがちょっと寂しい。

 

Fall in Love Agin (嘆きの天使) 1930 川畑文子

 

巴里の屋根の下 1930 田谷力三

 

La Violetera (街の灯) 1931 川畑文子

 

ただ一度だけ(会議は踊る) 1931 奥田良三

 

時の過ぎゆくままに (カサブランカ) 1943 フランク永井

 

枯葉 (夜の門) 1946 越路吹雪

 

ボタンとリボン (腰抜け二挺拳銃) 1948 池真理子

 

遥かなる山の呼び声 (シェーン) 1953 雪村いづみ

 

帰らざる河 1954 美空ひばり

 

Love is a many splendored-thing (慕情) 1955 ウィリー沖山

 

ケ・セラ・セラ(知りすぎた男) 1955 ペギー葉山

 

ラブレター 1957 ジェリー伊藤

 

アフリカの星のボレロ 浜村美智子 1957

 

河は呼んでいる 1958 中原美沙緒

 

四月の恋 1957 雪村いづみ

 

夏の日の恋 (避暑地の出来事) 1959 スリー・グレイセス

 

ラノビア (恋愛専科) 1962 ペギー葉山

 

シャレード 1963 八代亜紀

 

ブーべの恋人 1963 ザ・ピーナッツ

 

北京の55日 1963  克美しげる

 

史上最大の作戦  克美しげる

 

シェルブールの雨傘 1964  ザ・ピーナッツ

 

ドレミの歌(サウンド・オブ・ミュージック) 1965 ペギー葉山

 

愛は限りなく 1968 倍賞千恵子

 

サークル・ゲーム(いちご白書) 1970 アグネス・チャン

 

ボタンとリボン 1970 木の実ナナ

 

ゴッドファーザー 愛のテーマ 1972 尾崎紀世彦

 

ブラザー・サン・シスター・ムーン 1972  桑原一郎

 

そうなつたら素敵(マイ・フェア・レディより) 桜田淳子

2022年10月21日 (金)

ブーギー・ウーギー

  水谷豊・伊藤蘭のひとり娘で女優の趣里が2023年度後期のNHK朝ドラ「ブギウギ」のヒロインを演じることが発表になった。「ブギウギ」とはどんなリズムなのだろうか。戦後、日本に進駐軍と共にアメリカのジャズがどっと入ってきたが、当時のジャズはビッグバンドのグレン・ミラーやトミー・ドーシーが全盛で、ダンスホールが盛況であった。日本では服部良一がブギを紹介し、笠置シヅ子の「東京ブギウギ」「買物ブギ」「ジャングル・ブギ」などがヒットした。ところで画家のピエト・モンドリアンの作品に「ブロードウェイ・ブギウギ」(1942~43)がある。ニューヨークの摩天楼から着想を得たものであるが、「ブギウギ」とはやはり音楽であろうか。この作品には諸説あり、➀高層ビルの窓、②地下鉄の路線図、③ジャズのブギウギを聴いて、とある。ジャズの作品であればだれのどの楽曲か。いろいろ調べたがトミー・ドーシー「ブーギー・ウーギー」(1938年)が一番印象に近い感じがする。

2022年10月 7日 (金)

マリアナ沖漁船団遭難事故

1006165167   小桜姉妹の歌「くじけちゃいけない海の子は」(ビクターEPレコード)がある。フランク永井「坊や」とのカップリング。この歌は海で亡くなった漁師たちの家族を慰めるために作られたらしい。1965年10月7日、マリアナ海域のアグリハン島付近で、カツオ漁船団が台風に巻き込まれて209人の犠牲者がでた。遭難したのは静岡県の焼津港と戸田港の遠洋漁船7隻。当時はまだ日本の気象庁に正確な観測データを得ることができず、事前に大型台風の襲来を知ることができなかった。

 

 

2022年10月 5日 (水)

オペラ椿姫

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 ヴェルディ「椿姫」の「乾杯の歌」を聴く。この世では快楽こそすべて。杯と酒を楽しもう。生きがいは宴の中に。楽しくもはかなく哀しい内容である。「音楽に国境なし」とは広くいわれる言葉であるが、堂本光一は「ちょこっとサイエンス」という番組で「悲しい曲を聞いたら、世界のどの民族も悲しく感じるのか?」という疑問を投げかけていた。番組での回答はまだ見ていない。芥川也寸志によると「音楽的には同じ作者のリゴレットの方がはるかに充実しており、作品の高さという点でも問題にならないにもかかわらず、椿姫の方がずっと人気があるのは、一にかかって高級娼婦ヴィオレッタの感傷的な物語にあるようです」とある。数年前、南アフリカでサッカーのワールドカップが開催されたおり、民族楽器のブブカの音色は不快な雑音にしか聞こえなかった。楽しい音、悲しい曲と感じるのは民族によって相違があると思う。そもそも「短調は暗く、長調は明るい」というのは西洋クラシック音楽によって世界に広まったものであり、全民族共通の感覚というより西洋音楽が広まった結果に他ならない。明治の初めに来日した外国人の音楽教師たちは、江戸伝統の邦楽に親しんだ日本人は到底西洋音楽は理解できないと感じたらしい。それが150年経つとJ-POPとやらで若者と老人との間には音楽のジェネレーション・ギャップがあるみたいだ。しかしこんな実験結果もある。心臓移植をされたマウスにオペラ「椿姫」の「乾杯の歌」を聞かせると、モーツァルトの音楽を聞かせたマウスよりも拒絶反応が抑えられ生存期間が延びたという。帝京大学の新見正則教授はこの研究成果により2013年イグ・ノーベル賞を受賞した。

 

 

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