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2017年3月23日 (木)

春ソング

  卒業シーズンにふさわしい歌は近年もさかんに作られている。だから世代によってずいぶん違いが出るかも。昨夜の「FNSうたの春まつり」ではみんなで聴きたい春ソングを紹介していた。

3月9日 レミオロメン

手紙 拝啓十五の君へ アンジェラ・アキ 

贈る言葉 海援隊

さくら 森山直太朗

乾杯 長渕剛

道  EXILE

時の描片 トキノカケラ EXILE 

桜  コブクロ

my graduation  SPEED

振り向けば  Janne De Arc

サラバ青春  チャットモンチ-

桜咲く頃 PLAYEST

旅立ちの日に SMAP

桜の栞  AKB48

桜の花びらたち AKB48

卒業  尾崎豊

旅立ちの日に 川嶋あい

卒業写真 松任谷由美

なごり雪 イルカ

制服  松田聖子

卒業  菊池桃子

卒業  斉藤由貴

YELL  いきものがかり

無限大  関ジャニ∞

サクラサク 北乃きい

グラジュエイション 倉田まり子

春なのに  柏原よしえ

卒業  沢田聖子

じゃあね おニャン子クラブ

いい日旅立ち 山口百恵

夢をあきらめないで 岡村孝子

大きくなったら 柚梨太郎

キセキ GReeeeN

思い出のアルバム

ありがとうさようなら

巣立ちの歌

   自分は「♪ラララ 赤い花束車に積んで」と明るい感じの国民歌謡「春の唄」が好き。大阪府堺市にこの歌を作詞した喜志邦三の歌碑がある。以下「春うたランキング」1位「春よ、来い」松任谷由美、「サクラ咲ケ」嵐、「旅立ちの日に」川嶋あい、「サライ」加山雄三・谷村新司、「時代」中島みゆき、「夜桜お七」坂本冬美、「ワタリドリ」Alexandros、「手紙」アンジェラ・アキ、「さくら」ケツメイシ、「春の予感」南沙織。

2017年3月22日 (水)

やすらぎのひとときを映画音楽で

70217001   映画音楽やムード・ミュージックを聴いて眠る。レコード、カセット、CDといろいろあるが、いますぐ好きな曲を聴こうとすると、捜すのが一苦労。そんなときyoutubeが便利だ。ドイツ映画「撃墜王アフリカの星」(1957)の主題曲「アフリカの星のボレロ」が聞きたくなった。オリジナルはエルヴィン・レーン楽団だが、フイルム・シンフォニック・オーケストラという演奏のレコードから誰かが投稿している。聞くと懐かしく不思議な感じ。戦争映画なのにとても美しくてやさしいメロディー。サントラ盤のエルヴィン・レーン楽団もアップされている。

「春の如くに」ミュージカル映画「ステート・フェア」(1945)で歌われた一曲。It Might As Well Be Spring

こんどは「ラントコンサート」で甘くひたる。なんと映画の予告編。モン・サン・ミッシェルの景色や日本語のナレーションまでついている。
   アントニオ・カルロス・ジョビンの「オルフェの歌」(映画「黒いオルフェ」主題歌)。ワンパターンでも「白い恋人たち」「ガラスの部屋」「ブーべの恋人」「さらば夏の日」は何回聴いても心地よい。ジャネット・アグランを何十年ぶりかで見る。イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」なんと音がでない。著作権保護のためカットされたている。しかし誰かがまたアップしている。イタチごっこは当分続く。いずれは多くの作品も聞けなくなるかもしれない。いまのうちいっぱい見ておこう。
   「ムーン・リバー」(映画「ティファニーで朝食を」)を聴く。「酒とバラの日々」などスタンダードな曲は、ヘンリー・マンシーニはもちろん、アンディ・ウィリアムズ、ジュリー・ロンドンなど聞き比べできる。サム・テイラーのサックスも懐かしい。B・J・トーマスの「雨にぬれても」(映画「明日に向かって撃て」)
  シャンソンの名曲「枯葉」も映画「夜の門」(1946年)の主題歌だった。ドリス・デイ「君を想いて」は映画「情熱の狂想曲」(1950年)の挿入歌だが、元は1934年アル・ボウリーが歌ってヒットした。

ムードサックスの王者として知られるサム・テイラーもムード音楽からジャズ・スタンダード、R&B、映画音楽と幅広い。「ハーレム・ノクターン」「ダニー・ボーイ」「ミスティ」「夜霧のしのび逢い」「枯葉」「ムーングロウ」「ジャニー・ギター」。

  世界にあって日本にはないもの。それはジャズのビッグバンドだ。グレン・ミラーやポール・ホワイトマン、デューク・エリントン、ベニー・グッドマン、アーティー・ショー、オリバー・ネルソン、ウディー・ハーマン、バディ・リッチ。トミー・ドーシーの「センチになって」が一番すきたが、もともとはジミー・ドーシーと兄弟バンドで1934年の曲。戦後もいろいろなバンドが演奏しているが、ベルト・ケンプフェルト楽団で聴いた。

「ムーン・リヴァー」 ヒズ・ボ―ウェン Hill Bowen and his Orchstra

「可愛い花」 ピーナッツ・ハッコー Peanats Hucko

「一人ぼっちの浜辺(夜霧のしのび逢い)」 ロス・マヤス楽団

「ブルーレディに紅いバラ」 ビクター・シルベスター楽団

「友情ある説得」 ジョー・ロス楽団

「さらばベルリンの灯」 ジョン・バリーオーケストラ

「悲しみは星影と共に」 ブルーノ・ニコライオーケストラ

「慕情」 soundtrack suite アルフレッド・ニューマン

「Never Till Now」(愛情の花咲く樹)  ゴードン・マクレイ

「春のごとく」(ステート・フェア) ブランノン・ストリングス・オーケストラ

「モーニング・アフター」(ポセイドン・アドベンチャー) モーリン・マクガバン

「チコと鮫」 フランチェスコ・デ・マージ

「忘れじの面影(She)」(ノッチング・ヒルの恋人) エルヴィス・コステロ

「スピーク・ロウ」(ヴィーナスの接吻) テッド・ヒース・オーケストラ

「真夜中のブルース」(朝な夕なに) ベルト・ケンプフェルト

   ムード音楽のオーケストラは、パーシー・フェイス、ポール・モーリア、フランク・プールセル、ビリー・ボーン、マントヴァーニー、モートン・グールド、ジャッキー・グリーソン、101ストリングス・オーケストラ、ネルソン・リドル、ユーゴ・ウィンターハルタ―楽団と世界にはいろいろあるが、最近は図書館でレイモン・ルフェーブルの二枚組CDを借りて聴いている。「シバの女王」「さよなら、マリンブルーの夜」「エマニュエル夫人」「オペラ座の怪人」「メモリー」「オン・マイ・オウン(「レ・ミゼラブル」より)」など。Elivin Rane Orchester、Bert Kaempfert、Morton Gould、Geoff Love his Orchestra(ジェフ・ラブ&ヒズ・オーケストラ)

2017年2月28日 (火)

同名異曲と異名同曲の歌謡曲

Img_513432_36747285_0   同名異曲の歌は多い。たとえば「卒業」という曲は尾崎豊、斉藤由貴、菊池桃子など40種以上ある。「雨」は三善英史、森高千里、ジリオラ・チンクエッティなど。「襟裳岬」は島倉千代子、森進一。「アメリカ橋」は湖東美歌・狩人と山川豊の歌は異曲。「人見知り」は神田広美と畠田理恵(羽生善治の奥さん)。

    しかし異名同曲となるときわめて稀である。中森明菜の「赤い鳥逃げた」(1985)は同年ラテン風にアレンジして「ミ・アモーレ」を発売、大ヒットとなり、日本レコード大賞に輝いた。中森明菜は2004年に「赤い花」をリリース。これはパク・ヨンハの「初めて出逢った日のように」の異名同曲異歌詞カバー楽曲。

  ふるいところでは1962年発売のザ・ピーナッツ「手編みの靴下」。「♪小さな夢を編み込んだ手編みの靴下 心の糸をまきながら一人で編んだの いつまでもいつまでもあの人にはいてほしいだけど通うかしら私のこのまごころ」4年後の園まり「逢いたくて逢いたくて」(1966)は異名同曲。もちろん西野カナ「会いたくて会いたくて」は異名異曲。

   加藤登紀子の「知床旅情」(1970)は森繁久弥「オホーツクの舟唄」(1963)の異名同曲異歌詞カバー曲。美川憲一「柳ヶ瀬ブルース」(1966)の原曲は宇佐英雄が「長岡ブルース」として伊豆長岡で歌っていた曲である。

2017年2月 8日 (水)

亜麻色の髪の乙女

   歌手の青山ミチが急逝肺炎で死去した。まだ67歳だった。パンチのある歌声で60年代はじめ人気があった。ヴィレッジ・シンガーズや島谷ひとみの歌で知られる「亜麻色の髪の乙女」(橋本淳作詞、すぎやまこういち作曲)。もとは青山ミチが「風吹く丘で」(1966年)というタイトルで発売される予定であったが、彼女が覚醒剤所持で逮捕されたため、お蔵入りとなった幻の名曲である。

2017年2月 7日 (火)

珈琲とバッハ

Bachandcoffee    コーヒーはもともとイスラム世界にあるもので、イスタンブールには早くからコーヒー店があった。ロンドンでは1654年に開業したクイーンズ・レイン・コーヒー・ハウスが古く、17世紀中頃には新聞や雑誌を読んだりする、情報収集の場としても広がっていた。ただし女性が出入りすることはなく、男性客のみが対象であった。17世紀の終わりには、2000軒ものコーヒーハウスがロンドンにあった。J・S・バッハ(1685-1750)が住むライプツィヒにもコーヒーハウスが8軒あり大繁盛している。もちろんドイツでも「女性はコーヒーを飲むべきではない」とされていた。このような風潮に反発する女性の声を代弁したのが詩人のピカンダーで、「おしゃべりをやめて、お静かに」(1732)という、コーヒー好きの娘リースヒェンと、なんとかコーヒーを止めさせようとする父親シュレンドリアンの様子をコミカルに風刺した。バッハは1734年にこの詩に曲をつけ、「コーヒーカンタータ」をつくった。バッハも遺品からコーヒー・カップやポットがあり、コーヒーを好んでいたらしい。「1000回のキスより愛おしく、マスカテル・ワインより甘美だ」と言っている。(Bach,Cofee Cantata,Schweight still,plaudert nicht)

2017年2月 2日 (木)

韓国のクレメンタイン

   日本では西堀栄三郎の作詞「雪山讃歌」(1927)として知られるアメリカ民謡「いとしのクレメンタイン」は韓国でもよく知られている歌である。

 ネサランア ネサランア

 ナエサラン クレメンタイン

 ヌルグンエビ ホンジャトゴ

 ヨンヨン アジョ カッヌニャ

   この曲が朝鮮半島にいつ伝わったのか不明である。終戦前にはすでに知られた歌で、ジョン・フォードの映画「荒野の決闘」(1946年公開)でないことは確かである。日本植民地時代にラジオで広まった歌であろう。アメリカの歌は水死した娘を愛しむ内容だが、韓国では親と子との別れの歌で、「老いた父親一人残して、どこに行ってしまったの」という歌詞はアメリカのもと歌に近い。そのため韓国ドラマ「春のワルツ」でもイメージ・ソングとして何度も曲が流れた。チャン・ヒョク主演のドラマ「ありがとうございます」第4話「子守唄がききたい」にも使われている。韓国人にとっては親子の悲しい別れの調べとして心にひびく子守唄のようなやさしい曲である。日本人にはむかしのアニメ「珍犬ハックル」が調子っぱずれで、「オーマイ、ダーリン、オーマイ、ダーリン」と歌う。詩は1884年のパーシー・モンローズの作。原曲はスペインの曲で、コールドラッシュ時にメキシコ人鉱夫の間に広まり、それに様々な英語の詩がつけられたらしい。

えり子とともに

61rzqet7fal__sl500_     「雪の降る街を」は、1949年10月から52年4月までNHKラジオで放送されていた「えり子とともに」の冬の場面の挿入歌として作られた曲である。大学教授とその娘えり子が、戦後のすさんだ世相の中で、いたわり合い励まし合って、母のない家庭を守っていく話だが、主演のえり子役、劇団民芸の阿里道子の美しい声に人気が沸騰し、2年半のロングランとなった。音楽は初め、当時新進の芥川也寸志が担当したが、続編からは中田喜直に代わった。番組も終わり近くになった52年初めのある日、作者の内村直也が音楽担当の中田にいった。「今日は台本が足りなくなってね、歌を一本入れさせてもらうよ」。ビテオ編集の現在ではあまりないことだが、生放送のときはこういうことがしばしばあったのだ。30分番組で予定して書いた台本が27分で終わってしまうので、そのつじつまを合わせようとしたわけである。内村が15分ほどですらすらと書いた詩に、中田がその場でパッと曲をつけ、ドラマの中で文学座の南美江と阿里道子のふたりが歌った。放送すると、あちらこちらから反響があって、評判がいいので「ラジオ歌謡」で取り上げられた。当時フランスから帰ってきたシャンソン歌手、高英男の歌で1953年2月2日から1週間放送され、全国的に広まったのである。

 

 

 

 

 

2017年1月22日 (日)

ジャズが流れる部屋

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   本日は「ジャズの日」。1月22日が何故か?JAZZの「JA」がJanuaryの先頭2文字であり、「ZZ」が「22」に似ていることからという。

    ジャズといえば中高年の男性というイメージがある。ジョン・コルトレーンだ、ソニー・ロリンズだ、マイルス・デイビスだと、ジャズとなるとうるさいのが友達にいる。ところが最近、「女子ジャズ」という言葉が生まれ、いま若い女性にジャズがうけているというオジサンたちにちょっと嬉しいようなニュース。ジャズにもいろいろあるので、女子ジャズがどんな傾向なのかは知らない。1910年代にニューオーリンズで生まれたジャズも、1930年代ではスイングジャズとしてダンス音楽として広まり、戦後1950年代からジャズは世界中の音楽して多様化してきた。ヨーロッパ映画のヌーヴェル・ヴァーグにもジャズが取り入れられ、日本も1960年代の映画・ドラマの音楽にもモダンジャズがバックに流れた。戦後の洋楽はジャズが中心だったといってよい。ケペルの趣味は、懐古的でサッチモやベニー・グッドマン、トミー・ドーシー、グレン・ミラーといったビッグバンドのスイングジャズが好みだ。もっとも自分ひとりで聞くにはいいが、BGMとしてはうるさ過ぎるので、女子ジャズといわれるものが心地よさそうだ。(New Orleans)

You'd be so nice to come home to   Helen Merrill  1956

Lallaby of Birdland  Sarah Vaughan  1954

2017年1月20日 (金)

バブルへGo!

10439045_1    わたしの世代、石井明美のヒット曲「チャチャチャ」や「ランバダ」をいまでもよく聞く。やはりバブルの頃が懐かしいのだろう。ランバダのヒット曲で知られるカオマのヴォーカル、ロアラ・ブラスが死去したという。ランバダはブラジルの港町ベレンで生まれたダンス音楽。男女の身体を密着させたセクシーな踊りを特徴とする。カオマが1989年に「ランバダ」を発売し、大ヒットした。日本でも石井明美が1990年カバーしヒットした。しかしこの曲は、ボリビアを代表するフォルクローレグループであるロス・カルロスのオリジナル曲で、カオマは盗作してヒットした。「チャチャチャ」はそれより4年前1986年のヒット曲である。つまりバブル時代(1986年12月から1991年2月)と重なる。街を歩く女性はワンレン・ボディコン、真っ赤な口紅、肩パッドスーツ、太い眉。風俗が強烈だった。

2017年1月19日 (木)

いとしのバレンタイン

Franksinatramyfunnyvalentin408872    スーパーの棚にはチョコレートが並べられ、バレンタインデーが待ち遠しいシーズン。むかしこの時期ラジオから流れる曲はフランク・シナトラの「マイ・ファニー・バレンタイン」。ネルソン・リドルの指揮・演奏でシナトラの名唱中の名唱。シナトラとキム・ノヴァック主演の映画「夜の豹」(1957年)に挿入されていた。もともとはロレンツ・ハート作詞、リチャード・ロジャーズ作曲による1937年の作品。同年のミュージカル「ベイブス・イン・マイ・アームズ」で使われた曲だった。このミュージカルは2年後MGMで映画化され、ジュディ・ガーランドが歌って知られるようになった。バレンタインとは男性の名前。つまり、この曲はバレンタインデーとは関係がない。「私のいとしのバレンタイン様」とあこがれの男性に思いを伝える女性が歌うべき曲ではあるが、なぜかマイルス・ディビス、チェット・ベーカー、フランク・シナトラなど男性の曲が多く、人気が高い。最近ではロレンツ・ハートの歌詞にはvalentineと小文字で、つまりバレンタインデーにカードを送る相手、つまり「恋人、特別な人」を意味するともいわれる。(MY FUNNY VALENTINE)

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