無料ブログはココログ

2022年5月19日 (木)

本と読書に関する名言・ことわざ・文献書誌学

346385602_b82b599e99

   印刷術が広くゆきわたるまで、写本図書の利用は一握りの学者に限られていた。刊本の図書がその数を増すにつれて、書物は万人のためにあり、民主主義の精神にとって重要であることがわかってきた。ここでは、古今東西の本と読書に関する格言・箴言・名言・文献を集める。

有益な書物とは、読者に補足を要求せずにはおかれぬような書物のことである。(ボルテール)

 

三日、書を読まざれば、語言味わいなし。(世説新語)

 

単に知るのみならず、その知識に従って行動せよ。(フィヒテ)

 

どの時代にもそれぞれの課題があり、それを解くことによって人類は進歩する。(ハイネ)

 

人生の至楽は読書にあり。(永井荷風)

 

書物はひもとかなければ、一片の木片にすぎない。(イギリスのことわざ)

 

A closed mind is like a closed book,just a block of wood.

 

閉じられた本は塊でしかない

 

A book that is shut is but a block.

 

すべて良き書物を読むことは、過去の最もすぐれた人々と会話をかわすようなものである。(デカルト)

 

書を読みて栄える者を見たり、書を読みて落ちぶれる者を見ず。(金言童子教)

 

機知に富みうちとけた言葉は永久に生命を持つ。(ゲーテ)

 

身体には鍛錬、心には読書。(アディソン)

 

この世のあらゆる書物もお前に幸福をもたらしはしない。だが書物はひそかにお前自身の中にお前を立ち帰らせる。(ヘッセ)

 

書物なき部屋は魂なき肉体のごとし。(キケロ)

 

私の実際的な読書の法則は三つある。
1.一年を経過していない本はどれも読まないこと
2.有名な本のほかは読まないこと
3.好きな本のほかは読まないこと(エマーソン)

 

私は人生を知ったのは人と接したからではなく、本と接したからである。(アナトール・フランス)

 

人生は短い。この書物を読めばあの書物は読めないのである。(ラスキン)

 

人の品格はその読む書物によって判断できる。それはあたかも、人の品格がその交わる友によって判断できるがごときものである。(スマイルズ)

 

本の世界では物事が説明されるが、実人生では説明なんかありはしない。人生よりも本を好むという人がいるが、驚くにはあたらないと思う。本は人生に意味づけしてくれるものだから。(バーンズ「フローベールの鸚鵡」)

 

読書百遍、義自(ぎおのずから)見(あら)わる。(魏志)

 

万巻の書を読み万里の路を行けば自ずと胸中に自然が映し出されるようになる。(董其昌)

 

読書とは、著者の魂との邂逅である。(亀井勝一郎)

 

読書は人間としての純粋な時間である。(亀井勝一郎)

 

インドの全財宝をあげても、読書の楽しみには換え難い。(エドワード・ギボン)

 

書物は友人と同様、数多くあるべきであり、そしてよく選択すべきである。(フラア)

 

読書のほんとうの喜びは、なんどもそれを読み返すことにある。(ロレンス)

 

読書に費やしただけの時間を、考えることに費やせ。(アーノルド・ベネット)

 

書物は一冊一冊が一つの世界である。(ワーズワース)

 

用例なき辞書は骸骨である(ヴォルテール)

 

書物を読むということは、他人が辛苦してなしとげたことを、容易に自分に取り入れて自己改善する最良の方法である。(ソクラテス)

 

本は知性のさまざまな機能に働きかける(フランシス・ベーコン)

 

おろかな学者は、おろかな馬鹿者よりも、ずっとおろかである(モリエール)

 

D83be910acbe43648157569cf93eadd4

 

   書物に関する文献目録

 

図書の部
倭板書籍考 幸島宗意撰 1702
官板書籍解題略 杉山精一訳 1847
日本書籍考 林羅山撰 1850
文芸類纂 榊原芳郎 1878
古梓一覧 西村兼文 1882
本朝書籍刊考 黒川真頼 1895
日本訪書誌 楊守敬 1897
国書解題 佐村八郎 1897
日本印書考 中根粛治 1899
明治出版史話 三木佐助 1901
古文旧書考 島田翰 民友社 1905
漢籍解題 桂五十郎 明治書院 1905
近藤正斎全集 近藤守重 1907
日本古刻書史 朝倉亀三 1907
徳川幕府時代書籍考 牧野善兵衛 1912
朝鮮図書解題 朝鮮総督府 1914
江戸物語 和田維四郎 1915
慶長以来書賈集覧 井上和雄編 1916
嵯峨本考 和田維四郎 1916
訪書余禄 和田維四郎 1918
製本術 島屋政一 1918
図書学概論 田中敬 冨山房 1924
解題叢書 経籍訪古志 廣谷雄太郎 廣谷国書刊行会 1925
典籍叢談 新村出 岡書院 1925
敦煌石室の遺書 石浜純太郎 懐徳堂 1925
書庫之起原 植松安 間宮書店 1927
京阪書籍商史 蒔田稲城 1928
書物装釘の歴史と実際 庄司浅水 1929
思想名著解題 春秋社 1929
本邦書誌学概要 植松安 図書館研究会 1929
書物の敵 庄司浅水  1930
書誌学とは何か 寿岳文章 ぐろりあそさえて 1930
装釘の常識 三村清三郎 岡書院 1930
日本訪書志補 王重民 1930
修訂建武年中行事註解 和田英松 明治書院 1930
中国図書館事業的史的研究 馬宗榮 中華学藝社編 商務印書館 1930
製本術 ブレガー著 赤坂・庄司訳 ブックドム 1931
日本蔵書印考 小野則秋 文友堂 1931
書誌学 小見山寿海 芸艸会 1931
宋元版の話 内藤虎次郎 名古屋市立図書館 1931
正徹本徒然草 川瀬一馬 文学社 1931
善本影譜 長沢・川瀬編 日本書誌学会 1931~35
影宋刊本御注孝経 長沢規矩也編 日本書誌学会 1932
好書雑載 高木文 井上書店 1932
西洋書誌学要略 橘井清五郎 図書館事業研究会 1932
粘葉考 田中敬 巌松堂 1932
成簣堂善本書目 川瀬・長沢 民友社 1932
成簣堂善本書影七十種 川瀬・長沢 民友社 1932
舊刊影譜 川瀬・長沢 日本書誌学会 1932
嵯峨本図考 川瀬・長沢 一誠堂  1932
漢籍解題1 漢文学講座2 長沢規矩也 共立社 1933
書誌学論考 長沢規矩也 松雲堂書店 1937
書誌学序説 長沢規矩也 吉川弘文館 1960
漢籍分類目録 集部東洋文庫之部 東洋学文献センター連絡協議会 東洋文庫 1967
書林清話 葉徳輝 世界書局 1968
書林掌故 葉徳輝等撰 中山図書公司 1972
書林清話・書林雑話 楊家駱主編 台湾・世界書局 1974
中国訪書志 阿部隆一 汲古書院 1976
書誌学序説 長沢規矩也 吉川弘文館 1979
図書の歴史と中国 劉国鈞著 松見弘道訳 理想社 1980
江浙蔵書家史略 呉辰伯 中華書局 1982
中国古代蔵書与近代図書館史料 春秋至五四前後 李希泌、張椒華編 中華書局 1982
書籍装幀芸術簡史 邱陵編著 黒龍江人民出版社 1984
目で見る本の歴史 庄司浅水、吉村善太郎 出版ニュース社 1984
造紙の源流 久米康生 雄松堂 1985
中国省市図書館概況 1919-1949 楊宝華・韓徳昌編 書目文献出版社 1985
書物に関する名句・名言・名文 エンカイリーディオン アリグザーンダー・アイアランド編 タングラム 1986
簡明中国古籍辞典 呉楓編 吉林文史出版社 1987
中国古代図書館事業史概要 来新夏 天津古籍出版社 1987
中国図書和図書館史 謝灼華編 武漢大学出版社 1987
中国図書の歴史 庄威著 吉村善太郎訳 臨川書店 1989
西洋図書の歴史 吉村善太郎 臨川書店 1990
中国蔵書史話 焦樹安著 商務印書館 1997
図書及び図書館史 寺田光孝ほか著 樹村房 1999
図説図書館の歴史 スチュアート・A・P・マレー 原書房 2011
写真でみる本の歴史 庄司浅水、吉村善太郎 日本図書センター 2011
図書・図書館史 三浦太郎編著 ミネルヴァ書房 2019
中国目録学史 新・中国文化史叢書4 李端良 商務印書館
古今偽書考 姚際恒撰 清

 

論文の部
写本時代と板本時代とに於ける支那書籍の存亡聚散 市村瓚次郎 史学雑誌第13編1・3号 1902
唐以前の図書 那波利貞 歴史と地理2-2  1918
支那に於ける屋瓦使用の起源に就きて 那波利貞 支那学2-8 1922
支那における図書館事業 岡野一郎 支那研究5 1923
書帙の歴史 那波利貞 歴史と地理19-3・4・5 1927
支那書籍小史 1・2・3 長沢規矩也 書誌学1-4・5・6 1933
清代図書館発展史 譚卓垣著 西村捨也訳 図書館研究14(2)~(4) 1941
中国図書館の沿革及び現況 兪爽迷 書香128  1941
国立北京図書館の概況に就いて 法本義弘 支那文化雑攷 1943
毛沢東戸図書館 平和彦 読書春秋4-11 1953
中国図書館の揺籃時代 松見弘道 図書館界6-5  1954
中国の文教政策 内田幸一 日本及び日本人 1954
転期に立つ中国の図書館活動 図書館雑誌51-3  1957
記録の文化史 小倉親雄 図説世界文化史体系別巻 1961
武英殿輯聚珍版について 金子和正 ビブリア23   1962
年表図書館物語 矢島玄亮 東北地区大学図書館協議会誌13,14,15  1962-63
図書・図書館の歴史(断章) 中村初雄 早稲田大学図書館紀要4  1963
唐本の値段 餘自録 大庭脩 東洋史研究24-4  1966
洛図洛書の一考察 原田正己 早大・東洋文学研究6  1967
支那における図書館の誕生 長沢規矩也 書誌学11  1968
中国図書館学史序説 加納正巳 静岡女子大研究紀要3  1970
中国における著作意識の発達 石田公道 図書館界21-5~23・4 1970~71
香港の図書館 木村宗吉 日本歴史270  1970
古代中国図書史 木村靖 文化史学26  1971
図書館に就いて 内藤湖南 大阪朝日新聞明治33年11月29・30日 (内藤湖南全集3所収)  1971
北周の麒麟殿と北斉の文林館 山崎宏 鈴木由次郎博士古稀記念東洋学論叢所収 1972
清代の官書局の設置について 大西寛 長沢先生古稀記念図書学論集 1973
書禁と禁書 宮崎市定 アジア史研究2所収 1974
中国に於ける図書館事業史(1) 漢代の図書館事業 宮内美智子 青葉女子短期大学紀要1  1976
中国本ものがたり1~8  劉国鈞著 松見弘道訳 東海地区大学図書館協議会誌22  1977~78
中国の図書館事情 各地の図書館を参観して1 中原ますえ びぶろす29-11  1978
中国における図書分類法 井坂清信 参考書誌研究17  1979
図書館起源小記 黎紅 広西大学学報1979年第3期 1979
秘閣図書の源流について 神田喜一郎 「芸林談叢」所収 1981
洛陽の紙価 小池秋羊 東西交渉1 1982
中国に於ける刻書事業 宮内美智子 青葉女子短期大学紀要7 1982
禁書に関する二三の資料 長崎聖堂文書研究1 大庭脩 史泉40 1970
篠崎小竹旧蔵の「欽定四庫全書拾遺目録」について 大庭脩 近世大阪芸文叢談 1973

 

 

 

 

2022年4月 5日 (火)

漢籍の教養

   高等学校の授業から古文や漢文が亡くなる日が近いという。大学入試にも現代文に古文・漢文を出題しない学校が多い、古文・漢文を得意とする先生も少なくなっているだろう。一般的にこのコンピュータの時代に不用だとする論者が多い。古文・漢文が大切とする思いはあるが時代の風潮に逆らう気概は私にはもうない。実は私も古文・漢文が苦手で嫌な思い出の方が多い。だがなぜか東洋史を専攻し、漢籍を収集するようになった。日常生活で頻度が多いのは四字熟語や故事成語である。そして「十八史略」という書物が魔法のような一冊である。四字熟語というのは、何となく難しい感じがして、とくに若い女性には毛嫌いされるものである。一般の文章や会話などでも、四字熟語を多用すると武田鉄矢(「純と愛」の善行)みたいに嫌味に聞こえる。明治大正の日本人は文章修辞に漢語を多用し、嫌味もなく引き締まった凛々しい文体を書いていた。このような文章修業に曾先之「十八史略」という本は有効であった。中国通史の類で、「史記」「漢書」から「新五代史」までの17の正史と、宋代の史料「続資治通鑑長編」など、あわせて18の歴史書から取捨選択し、太古から宋末までの史実を要領よくまとめた書物である。初学者にとって「史記」から正史をすべて読むこと困難であるから、中国史ダイジェストの十八史略はまことに重宝な書で特に日本で愛読された。高校時代に読んだのは簡野道明「十八史略新解」(明治書院)である。学習参考書などで普段は書架の隅に眠っておりその存在すらほとんど忘れかけた。あるとき自分の座右の書は何か、と考えたとき、多くの人は聞こえの良い名著をあげるものであるが、「十八史略」ほど愛読された本はないのではないだろうかと考えた。管鮑之交、韋編三絶、臥薪嘗胆、合従連衡、刎頚之交、鶏鳴狗盗、焚書坑儒、法三章、鴻門之会、背水之陣など有名な故事成句が簡便な文章で引用されている。三国志、諸葛孔明の故事で有名なのは「涕を揮って馬謖を斬る」であるが、この故事の出典は正史「三国志」ではなく、「十八史略」だという。いつまでも「十八史略」を座右に置いて親しんでいきたい。

 

Pic_02_2

 

  「秦記に非ざる者は皆之を焼き、博士官の職とする所に非ずして、天下、詩書百家の語を蔵する者有らば、皆守尉に詣り、雑へて之を焼かん」 

 

  漢籍目録

 

漢書評林 100巻 凌稚隆
事物紀原 10巻 高丞撰  宋
淳化閣法帖  宋
小学   劉子澄 宋(1187年)
小学紺珠 10巻 王応麟撰  宋
書儀 10巻 司馬光 宋
書史 1巻 米芾撰  宋
書集伝 6巻 蔡沈撰  宋
棠陰比事 1巻、付録1巻 桂万栄撰
文章軌範 7巻 謝枋得撰
山海経・列仙伝 集英社 1975
事物紀原 宋・高承撰、明・李果訂 
喩林(上下) 明・徐元太撰 影印本・四庫類書叢刊 上海古籍出版社 1991 
礼記引得 上海錦章書局影印十三経注疏本 哈仏燕京学社 1937

 

Ro12_00352_p0001s 司馬氏書儀

 

 

 

 

2022年3月13日 (日)

わが愛読書は「史記」

  岸田文雄首相の愛読書はドストエフスキーの「罪と罰」だという。著名人の愛読書を雑誌の特集などでしばしばみかけることがある。だが一個人の愛読書が何かという一覧表を探したが見つからなかった。今日、人事採用などで愛読書を問うことは、思想調査に当たるので禁止事項になっている。サミュエル・スマイルズ(1812-1904)は「人の品格はその読む書物によって判断できる。それはあたかも、人の品格がその交わる友によって判断できるがごときものである」といっている。さすれば著名人がどのような本を愛読しているかを研究することも全く無意味な労とはいえまい。

  「大和古寺風物誌」で知られる評論家の亀井勝一郎はゲーテの「イタリア紀行」を読んで、大和の古寺を訪れることにしたと書いている。芥川龍之介が「西遊記」、大江健三郎が「ハックルベリー・フィンの冒険」や「ニルス・ホーゲルソンの不思議な旅」、北杜夫が「星の王子さま」など児童書をあげている。心理学者の河合隼雄もアルス社の日本児童文庫にあった「グリム童話集」をあげている。政治家の菅義偉はマキャヴェリの「君主論」だという。漫画家の水木しげるが上田秋成の「雨月物語」、文芸評論家の磯田光一が三島由紀夫「金閣寺」、歴史小説家の司馬遼太郎は「史記」、将棋界のレジェンド、ひふみん(加藤一二三)の愛読書は「聖書」など古典をあげて人が多い。水木しげるには戦地に赴くときも肌身離さず持っていたエッカーマン著「ゲーテとの対話」(岩波文庫)がある。究極の愛読書かもしれない。

「三国志」オタクがいるように、読書人口からいえば世界中でいちばん読まれている本かもしれない。ちなみに中国の八大小説とは、三国演義、水滸伝、西遊記、金瓶梅、儒林外史、紅楼夢、今古奇観、聊斎志異である。ところで相葉雅紀くんは宮部みゆきの「模倣犯」を読んでいる途中と聞いたが、読了したのだろうか。

 

 

 

 

 

2022年2月23日 (水)

グーテンベルク「ワインと印刷」

Img_0028

 1455年のこの日、グーテンベルクが「グーテンベルク聖書」の印刷を開始した。アメリカの書誌学者ダグラス・C・マクマートリーは「人類の文化史上、重要さの点で活版印刷術の発明に勝る大きな出来事はない」と言い、イギリスの評論家トーマス・カーライルは「近代文明における偉大な3要素は、火薬と印刷と新教徒の宗教である」と言っている。

  長い間いろいろな説があったが、今日では、ドイツの金属職人ヨハネス・グーテンベルク(1399-1468)を印刷術の発明者とするに異議をはさむ者はほとんどいない。グーテンベルクが発明した印刷機は、オリーヴやブドウの搾り機からヒントを得て、木製の平圧式印刷機を作った。金属の活字にインクを付け、紙に押しつける、この技術がブドウ搾り機によく似ている。その実用化は一般に1445年頃とされる。これを企業化させたのは、ヨハン・フスト(1400-1466)とペーター・シェッファ(1430頃-1503)で、彼らはグーテンベルグから未完のまま引き継いだ「グーテンベルグ42行聖書」(1455年刊)を完成させ、「聖詩篇」(1457年刊)、「48行聖書」(1462年刊)、その他数多くの書物を刊行した。(2月23日、Johannes Gutenberg)

 

 

2022年1月 8日 (土)

素顔のままで

Photo_2    「素顔のままで」といえば一般にはビリー・ジョエル「ストレンジャー」の中の曲を思い出す人が多い。だが同名異曲に南沙織のアルバム「素顔のままで」(1976)があり、ビリー・ジョエルよりも1年前である。ドラマ「素顔のままで」(1992)は北川悦吏子の脚本、安田成美、中森明菜でヒットしたが、デミー・ムーア主演でストリップ・シーンが話題となった「素顔のままで」がある。原題は「ストリップティーズ」で邦題は意味不明。写真集にも「素顔のままで」は多い。大場久美子(1980)、国仲涼子(1999)など。漫画で樫みちよ「素顔のままで」(1985)、ハーレクインにジャニス・カイザーの「素顔のままで」(1991)。ローズマリー・クルーニーのCDタイトルも「素顔のままで」である。

2021年12月12日 (日)

消えていくリアル書店

   コロナ禍で 消える街角 古本屋(凡児)

Cajw6bff  むかし三笠書房のキャッチフレーズは「週に一度、本屋さんに行く人は必ず何かできる人」だった。  街を歩いていて、なにがしかのオーラを放つ古本屋さんに出会うと、うれしくなる。店内に入ると、大量の紙とインクの匂いがなつかしさを感じる。でも最近街の小さな古本屋や貸本屋をほとんどみかけなくなった。新刊書店も減少している。活字離れなどを背景に、経営不振などによる書店・古本屋の閉店が相次いでいる。リアル本屋は斜陽業界なのだ。1999年には2万2296店だった本屋が、2020年には1万1024店、つまりこの21年間で1万1272店ほど本屋が減少した。原因としては①ネット書店の普及②若者が本を読まなくなった③不景気、ながびくデフレと低所得④図書館を利用するほうが安上がり、などの理由が考えられる。

   地方の書店が減ることは当然、出版業界にも悪影響を及ぼす。優秀な人材は出版界に就職しなくなる。良書を出版していた零細出版社は倒産する。村上春樹の小説がいかに売れようが、新潮社や講談社が肥大になろうが、問題は多様性を失うことで日本の言論は大きく低下し民主主義はさらに失速する、という悪循環がおこる。やはり地方の書店を育てなければならない。かつて公共図書館は地元の図書館から直に本を購入していたが、コンピューター化と装備の委託化で大手の取次ぎから直接購入するようになった。これも地方の書店の経営を悪化させた。寡占化が文化を滅ぼす。

2021年12月 8日 (水)

百科事典の終焉

Photo_2   英単語encyclopedia は encyclopaediaともつづる。百科事典の代名詞で、240年余りの歴史を誇る英語の「ブリタニカ百科事典」の出版中止が2012年3月中旬決定した。販売元のエンサイクロぺディア・ブリタニカでは電子版への完全移行に向け、現行の2010年版(全32巻)を在庫限りとして、1395ドル(約11万4000円)で販売している。

    インターネットの普及によって、大部な百科事典は家庭には無用の長物となった。だが研究者や図書館にはやはり必要だろう。インターネットの世界の情報は日々に更新されるが、図書はその時代の考えや思想が反映されるので古くなるほど歴史資料として価値がででくる。古い事典、辞典は貴重である。実際にレファレンスに携わってきた者は誰しも感じることだろうが、refernceは容易な仕事ではない。その容易でないことを痛感するのは、解答を与えるとき、これで正しい解答であったどうかということと、解答が手際よく、正解な解答が迅速になされたかどうか、これが常につきまとう不安である。現代はだれでもがパソコンから検索して必要な情報を得ることができる時代になった。これらのノウハウの多くは図書館情報学の分野で研究されてきた学者と実務家との経験が基礎になっていると感じている。つまり現場を踏まえての実学があるから参考業務が存在価値がある。インターネットの時代であろうと百科事典が消滅しようと、専門的な職員の必要性は永遠に変わらない。

 

 

2021年11月20日 (土)

岩波新書新赤版

Thebodleianlibraryoxford

 

   岩波新書の「新書」とは何か。文庫本より大きくて、解説的な教養書を中心とした叢書という意味だろうか。命名者は竹久夢二の研究家でも知られる長田幹雄(1905-1997)である。昭和13年11月20日に「岩波新書」が創刊されたが、この年の1月に女優の岡田嘉子が新協劇団の演出家の杉本良吉と共に樺太国境を越え、ソ連に亡命したことが話題となった。「岩波新書の新は新劇という言葉の連想から生れた」という説がある。新劇とは、新協劇団、新築地劇団、文学座である。新劇とは左翼的であったし、革新的な意味合いで「新書」という命名を好んだのであろう、と推測している。

ところで岩波新書には、赤版、青版、黄版、新赤版の4種類がある。新赤版が一番点数が多くて現在、1336点刊行されている。新赤版の名著といわれるものを若干、列挙してみる。

日本社会の歴史 網野善彦
日本語練習帳 大野晋
日本の経済格差 橘木俊詔
コンクリートが危ない 小林一輔
市民科学者として生きる 高木仁三郎
ボランティア もうひとつの情報社会(235) 金子郁容
地球環境報告(33) 石弘之
インターネット(416) 村井純
イスラームの日常世界(154) 片倉もとこ
大往生(329) 永六輔
新しい文学のために(1)  大江健三郎
日本語(1)(2)  金田一春彦
新哲学入門(5)  廣松渉
原発はなぜ危険か(102)  田中三彦
ハイデガーの思想(268)  木田元

2021年4月27日 (火)

エマーソンの読書法則

Cambridgekingscollegelibrary

 

 私の実際的な読書の法則は三つある。  

 

1.1年を経過していない本は読まないこと  

 

2.有名な本のほかは読まないこと  

 

3.好きな本のほかは読まないこと

 

   ラルフ・ワルド・エマーソンは1882年のこの日、死去。エマーソンは超絶主義運動の指導者として、コンコードに隠棲し、思索と読書の生活を送った。(Ralph Waldo Emerson)4月27日

2020年12月11日 (金)

長いタイトル、短いタイトル

Photo_3     楽曲や映画、小説にとって、そのタイトルをどう付けるか、というのは言うまでもなく大問題。2013年12月11日に発売されたAKB48のタイトルがやたらと長かった。「鈴懸の木の道で「君の微笑みを夢に見る」と言ってしまったら僕たちの関係はどう変わってしまうのか、僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの」。何と76字ある。miwaの新曲「あなたがここにいて抱きしめることができるなら」は22字。

   小説では2014年刊行の村上春樹の新作も長かった。「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年に」は20字。2010年のベストセラー「もしドラ」は33文字あった。2011年の「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」や浅田次郎のエッセイ「君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい」は19文字。奇抜で刺激的なタイトルで人の目をひこうという魂胆がみえる。ワンセンテンスがタイトルとなるのは片山恭一の「世界の中心で、愛をさけぶ」あたりからの流行だろうか。作家が小説のタイトルをつけるには、それなりの思い入れがあるのだろうが、こうしてダラダラと長いタイトルが出てくるのだが、むしろ漢字一文字という題名が、ことさら強い印象がのこる。漱石「心」「門」、芥川龍之介「鼻」、森鷗外「雁」、長塚節「土」、谷崎潤一郎「卍」「鍵」、丹羽文雄「顔」などなど。

より以前の記事一覧

最近のトラックバック

2022年7月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31