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2020年6月30日 (火)

押絵と旅する男

447956678_0   「ビブリオ古書堂の事件手帖」最終回。「押絵と旅する男」の第1稿は江戸川乱歩が関西の旅の途中で書いたもので、その原稿を持って名古屋の作家組合の会合に参加するが、自信のなさから原稿を渡すことができず、夜中のトイレで破り捨てたというエピソードが元になっている。乱歩のファンである鹿山は金庫にある大切な物をしまっておいた。栞子は金庫の暗号の謎を解き、第1稿を手に入れた。その題名はなんと「押絵と旅する女」???。つまり鹿山が創作したもので偽物であろうか。栞子の母は、本物の原稿は断片が残り、鹿山が、足らない部分を書き足した可能性があるという。依頼人は原稿「押絵と旅する女」を持って逃走する。まさに押絵と旅する女というのが落ちになっている。話は捻っていて面白いとおもうのだが最終回視聴率は振るわなかったらしい。むしろ古書マニアが8.1%もいるなんて頼もしいと思うべきだろう。

   乱歩の有名な小説は、ある男が浅草十二階の展望台から偶然に見つけた女に恋する話である。さしずめ現代ならネットサーフィンでたまたま見つけたかわいい子の画像を保存しておいたが名前がわからない。最近はスマホに撮って画像県で簡単に人物を特定できる方法もあるが、ITに弱いので誰だかわからないでいた。あるときテレビで意中の彼女をみた。足立佳奈という。NHKEテレ高校講座国語表現で司会をしていた。本職はシンガーソングライターで20歳。笑顔がとても可愛くて「キムチ」という歌がある。

2020年6月22日 (月)

ジュディとミッキー

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   レニー・ゼルウィガーが晩年のジュディー・ガーランドの伝記映画に主演し第92回アカデミー主演女優賞を受賞した。ジュディといえば「オズの魔法使い」をはじめ少女スターのイメージがあるが、ミッキー・ルーニーとの名コンビも人気が高い。残念ながら日米戦争時でほんとん日本公開はなかった。一方のミッキーは長生し2014年に93歳で死去した。身長160cmという短躯ながら1930年代から現在に至るまで長い俳優生活を続けるミッキー・ルーニーの人生はハリウッドの歴史そのものである。「逃亡者」第78話「過去の女」キンブルの雇主洗濯屋のチャーリー(ミッキー・ルーニー)はむかしノミ屋などをしたため、ギャングに命を狙われていた。彼は以前に別れたポーラを呼び寄せるが、彼女が殺し屋と組んでいることをギャングは知る。デビッド・ジャンセンとミッキー・ルーニー、2人の息があっている。それは境遇がにているからか。ドラマで追われる立場というだけでなく、実生活も両親が離婚し、小さいときにハリウッドの子役となった点だ。おそらく2人は昔からの顔馴染みだろう。デビッド・ジャンセンの少年時代の映画デビューは「燃える密林」(1946年)ジョニー・ワイズミュラーの映画だ。まだ16歳の少年だった。(よく調査するとソニア・ヘニー主演の映画1945年がデビュー)そのころミッキーはジュディー・ガーランドとの「アンディ・ハーディ」シリーズで人気青春スターだった。おそらくジャンセンとはMGMスタジオで会っているはず。まだなれない撮影所で10歳年長のミッキーはアレコレとジャンセンに陽気にはなしかけていただろう。ジャンセンの孤独な陰は実生活からにじみ出るものだろう。あまり気の進まぬ俳優稼業よりも、スポーツ選手になりたかったのだろう。「逃亡者」で少年野球を指導するシーンは実にうれしそうだった。だが、不運にも高校時代に棒高跳びの事故で足の怪我をした。その後遺症が残る。ドラマのシーンでもやや足をひきずり加減に走るのはそのためである。2人は映画「でっかい札束」(1961年)でも共演している。ジャンセンもルーニーも大金持ちになったが、なぜか家庭的な幸せには恵まれなかったように見えた。ジャンセンはエリ・グラハム、ダニー・クレインと結婚、晩年にローズマリー・フォーサイスと交際していた。ルーニーは何度も結婚と離婚をくりかえした。明るくやんちゃな「みんなの弟」ミッキー・ルーニーは永遠のアメリカ青年の象徴であった。

2020年6月20日 (土)

スター総出演の映画

Affiche11     日本では映画全盛期お正月映画などでオールスター総出演という企画が定番だった。もっともオールスター勢揃いしやすい出し物は「忠臣蔵」や「清水次郎長」、「天保水滸伝」、太平洋戦争物だろう。大映長谷川一夫や東映片岡千恵蔵、東映三船敏郎を中心に豪華大作が作られた。「血斗水滸伝怒濤の対決」(1959)その他「明治天皇と日露戦争」(1957)、「日本のいちばん長い日」(1967)、「八甲田山」(1977)など10年間隔で超大作が制作される。

   洋画では「エクスベンダブルズ3 ワールドミッション」(2014)のキャストが豪華である。シルベスター・スタローン、ハリソン・フォード、メル・ギブソン、ジェイソン・スティサム、アントニオ・バンデラス、ジェット・リー、ウェズリー・スナイプス、ドルフ・ラングレン、ケラン・ラッツ、ロンダ・ラウンジ、アーノルド・シュワルツネッガー。

 これまで大作といえば「史上最大の作戦」「西部開拓史」「おかしな・おかしな・おかしな世界」「タワーリング・インフェルノ」「オリエント急行殺人事件」「キャノン・ボール」「ラブ・アクチュアリー」などとなど、そして最近の「ムービー43」がある。ではこれまで一番豪華なスター俳優が多数出演した作品は何か?フランス・イギリス合作の「百一夜」(1995)ではないだろうか。映画誕生百年を記念して作られた作品で、フランス映画百年協会会長ミッシェル・ピコリが主役である。彼は舞台仕込みの演技力はあるものの、美貌はなく華もなく、あまり日本では人気はないが、中年の魅力でブリジッド・バルドー、カトリーヌ・ドヌーブ、シルビア・クリステル、ナスターシャ・キンスキー、ジュリエット・ビノシュ、エマニュエル・ベアールといった美女たちと共演したきたフランスを代表する俳優である。この映画の出演者はミシェル・ピコリのほかマルチェロ・マストロヤンニ、ジュリー・ガイエ、エマニュエル・サランジュ、マチュー・ドゥミ、アンリ・ガルサン、ロマーヌ・ボーランジュ、サンドリーヌ・ボネル、ジャン・ポール・ベルモンド、アラン・ドロン、カトリーヌ・ドヌーブ、ロバート・デ・ニーロ、ジャンヌ・モロー、ハンナ・シグラ、ジーナ・ロロブリジータ、アヌーク・エメ、ジャン・クロード・ブリアリ、ファニー・アルダン、ジェーン・バーキン、ジェラール・ドバルデュー、レオナルド・ディカプリオ、アリエル・ドンバール、スティーヴン・ドーフ、ハリソン・フォード、ダリル・ハンナ、ジャン・ピエール・カルフォン、エミリー・ロイド、アサンプタ・セルナ、マーティン・シーン、ハリー・ディーン・スタントン、カルロ・ブノワ、イザベル・アジャーニ、ジャン・ユーグ・アングラード、ジャン・ピエール・レオ、ベベ・メルク、ジャン・クロード・ロメール、ファニー・アルタン。

   公開当時はそれほど豪華でなくても歳月が流れて脇役が個性派として活躍するというケースもある。滝田洋二郎の「眠らない街 新宿鮫」(1993)。主演の真田広之と田中美奈子は除いて、助演の浅野忠信、奥田瑛二、今井雅之、松尾貴史、塩見三省、余貴美子、大杉漣など。「理由」(2004)宮部みゆきの同名ベストセラー小説が原作。107人のキャストは豪華というより中堅俳優が多いが、寺島咲、宮崎あおい、多部未華子とフレッシュな顔ぶれである。「麒麟の翼」(2012)主要キャストは阿部寛・新垣結衣・中井貴一・田中麗奈だが、溝端淳平・松坂桃李・菅田将暉・山崎賢人など若手が多数出演している。

 

 

 

 

 

 

 

映画「カサブランカ」

Casablanca2  パリが舞台の映画はたくさんある。しかしアカデミー作品賞を受賞した恋愛映画となると意外に少ない。「カサブランカ」(1943)と「巴里のアメリカ人」と「恋の手ほどき」。パリでの回想シーンなどはすべてハリウッドのスタジオで撮影されたものである。「カサブランカ」は第二次世界大戦下、政情不安な時代の若い2人の恋を描く。1946年6月20日、日本で封切りされる。

What about us?

We'll always have Paris?

「私たちはどうなるの?」「僕たちにはいつだってパリの思い出がある」

    ヒットラーの野望が全欧州に広がり、パリがすでにナチスに占領されていた1940年、フランス領モロッコの港町カサブランカには政治亡命者、反ナチの闘士、スパイ、犯罪者、利権屋などが渦巻いていた。そうした人たちの出入りする「カフェ・アメリカン」の経営者リックは苦労人で、侠気からいろんな人々に頼られていた。彼らは一様に転出査証を求めているのだ。折りしもドイツからの2人の急使が殺害されて旅券が奪われる。犯人はリックの店に逃げこみ、偶然その1枚がリックの手にはいった。

   反ナチの大立者ヴィクター・ラズロも妻と共にカサブランカにやってきてアメリカへの脱出の機会をうかがっていたが、それを阻止するためこの地に派遣されたゲシュタポ、ストラッサー少佐の監視はきびしかった。ラズロはリックの手にある旅券を譲ってほしいと頼む。

   カフェを訪れたイルサ・ラズロは、店にピアノひきの黒人がいるのを知って驚く。「時の過ぎ行くままに」という曲がかつての恋人イルサとリックを再会させたのだ。パリ陥落の日、愛し合うリックとイルサはともに脱出するはずだった。だがイルサのやむを得ぬ裏切りからふたりは離ればなれになったのだった。

   灼熱の太陽が白壁にまぶしい辺地で、昔日の愛情は再び燃えあがる。イルサははじめてなぜにパリで約束の時間に行かなかったかをリックに語る。それはナチスに捕らえられて死んだと思っていた夫が、重態でかくまわれていることを知ったためだった。

   ラズロは暗黒街の顔役フェラリに頼んで旅券を手に入れようとする。1枚さえあれば妻をアメリカへ逃避させることが出来るのだ。またイルサはリックに1枚を夫に渡してくれと頼む。ラズロが妻を深く愛していることを知ったリックは、夫の解放運動にもどんなに彼女が必要であるかを知って自分の恋をあきらめる決心をする。

   カサブランカの警視総監ルノオ大尉はリックの身辺や「カフェ・アメリカン」に大きな変化があるのを感じていたが、ストラッサー少佐には報告しなかった。彼には自由のために戦う尊さが次第に分かりかけてきたのだった。

   リックの体内にも昔日の闘志がよみがえってきた。ルノオ大尉をあざむいて同志の会合に出かけて捕らえられたラズロを釈放させ、それから脱出の手はずを整える。それはリツクがイルサとリスボンへ駆け落ちするかのようにみせかける大芝居をうつことだった。

   脱出を知ったゲシュタポのストラッサー少佐は、阻止せんものと飛行場にかけつけるが、リックは射殺してしまう。それを見ていてもルノオ大尉は逮捕しようとしなかった。彼もまた自由人なのだ。

   リックはルノオ大尉と共に夜空にリスボンをめざして飛んで行くラズロ夫妻の機をじっと見送るのだった。

2020年6月13日 (土)

ハリウッド物語 歴史劇

Photo_4    アメリカは歴史が浅いせいか、古い歴史に対してコンプレックスのようなものがある。20世紀の初めに映画が誕生したときから、しばしば見世物のように歴史劇がつくられた。とくに聖書の世界や古代エジプト、美女や英雄が登場するスペクタクルが好まれた。1935年、世界初の長編カラー映画が「虚栄の市」(画像)である。スターが歴史上の人物を演じることが流行り、ゲーリー・クーパーがマルコポーロを、ジョン・ウェインがジンギスカンを演じた珍品もつくられた。50年代テレビに対抗するため登場したワイド・スクリーンにとってこのジャンルは最大限に特色を生かせる事ができた。シネマスコープ第一弾「聖衣」や、ビスタビジョンによる「十戒」など横長のスクリーンを最大限に利用したスペクタクル史劇である。

 

   史劇略年表

 

1915 国民の創生
1916 イントレランス
1917 クレオパトラ(ゼダ・バラ)
1923 十誡
1923 ジークフリード
1926 ベンハー
1934 クレオパトラ(クローデッド・コルベール)
1935 クリスチナ女王
1935 虚栄の市
1945 ヘンリー5世
1945 シーザーとクレオパトラ
1949 サムソンとデリラ
1951 ジンギスカン
1952 黒騎士
1952 クオ・ヴァディス
1953 ジュリアス・シーザー
1953 聖衣
1953 円卓の騎士
1953 悲恋の女王エリザベス
1954 デジレ
1954 ユリシーズ
1954 エジプト人
1954 獅子王リチャード
1955 ピラミッド
1955 トロイのヘレン
1956 征服者
1956 アレキサンダー大王
1957 ヴァイキング
1959 ハンニバル
1959 ベン・ハー
1959 ソロモンとシバの女王
1960 スパルタカス
1961 ロード島の要塞
1963 クレオパトラ
1964 ローマ帝国の滅亡
2000 グラディエーター
2004 トロイ
2004 アレキサンダー
2007 300
2014 ポンペイ
 
     

 

 

2020年6月 9日 (火)

ローカル路線バスの旅Zの携帯禁止を徹底しよう!

   三泊四日で指定の目的地へ路線バスを利用して乗り継いでいく旅番組。新シリーズが田中要次と羽田圭介。旅のルールの一つに、自分たちがスマホなどを使ってインターネットから調べてはいけない、とある。第2回のマドンナの舟山久美子は宿泊地で友人とメールをしていたと話した。スマホで明日のルートも検索できるので、出発前から携帯を取り上げるべきだった。結果はこの回は失敗に終わった。

  四回目だけれど二人の仲はまだしっくりこない。田中と羽田の二人の相性が悪そうだ。コースは岐阜城から鳥取砂丘まで、マドンナは旅番組でお馴染みの村井美樹。彼女が積極的に地図をみたり、バス運転手に聞いたり、行動派。雨中でも走ったり、歴代マドンナでも屈指の頑張りをみせる。ところが天は非情である。三日目17時半に京都府園部に着く。園部で泊まりたい田中さんと村井さん。あくまでゴールを目指そうとする羽田さんで意見が対立する。結局、「バスがあるのにステイする論理が弱い」とする正論で羽田が押し切って桧山で宿泊。四日目16時25分に湯村温泉に到着。しかし砂丘行は15時5分が最終でアウト。マドンナの村井は号泣。残念な回でした。理屈では羽田が正しいけど、番組が盛り上がらないのと気まずい雰囲気が敗因のような気がする。問題点はリーダーは誰かということ。指揮命令系統が明確でないと破綻が生じる。

 

 

2020年6月 1日 (月)

テレビがつまらなくなった

   4月7日に緊急事態宣言が発令され、多くの人が外出自粛を余儀なくされていた。大型連休中は自宅でテレビを見る時間が多くなって退屈な日々が続く。4月からの新番組も続々と放送延期、あるいは中止となる。番組も録画や編集ばかり。ドラマは撮影がままならないため何年も前の作品を再放送している。連続テレビ小説「エール」はなんとか放送しているが、今回から週5で土曜は総集編。いま制作現場で何がおこっているかわからないが、やはりコロナ禍の影響で番組制作力が衰退している。大河ドラマ「麒麟がくる」は6月中旬で中断するらしい。そんな中で唯一の期待できるドラマが波瑠主演の「路~台湾エクスプレス」だった。吉田修一の長編小説が原作であるが、恋愛ドラマにしたため見事な失敗作だった。そのほか「女ともだち」(BSテレ東)原沙知絵、磯山さやか。「いいね!光源氏くん」(NHK総合)千葉雄大、伊藤沙莉。「B面女子」(カンテレ)森川葵、松本まりか、陽月華。「盲亀浮木」(NHK総合)。「隕石家族」(フジテレビ)羽田美智子、泉里香。巨大隕石が接近、地球滅亡の危機。コロナ禍で不安を煽る。「グッド・バイ」大野拓朗、夏帆、佐津川愛美、佐藤玲、三浦透子、田中千絵。「来世ではちゃんとします」(BS東テレ)内田理央。「ギルティー」新川優愛。「ピーナッツバターサンドウィッチ」矢作穂香、「新米姉妹のふたりごはん」山田杏奈、大友花恋。「M愛すべき人がいて」安斉かれん。映画は「こんな夜更けにバナナかよ」大泉洋、「史上最大の作戦」ジョン・ウェイン、「パニック・トレイン」、「超強台風」ウー・ガン、「目撃者」イ・ソンミン、「ゴッドファーザー」マーロン・ブランド―。

2020年5月 7日 (木)

5月生まれのゲーリー・クーパーとジョン・ウェイン

   西部劇を代表するスターといえばゲーリー・クーパーとジョン・ウェイン。二人とも5月生まれだがクーパーのほうが6歳年上。ジョンはアイオワ州ウィンターセットで生まれたが、4歳のときカリフォルニア州グレンデール(ロサンゼルス郊外)に移る。つまりジョン・ウェインは大西部の自然で育ったのではないが、ゲーリー・クーパーはモンタナ州の山の中で育った。モンタナといえば何を想像するだろうか。ロッキー山脈の麓の西部の大自然だろう。ロバート・レッドフォードの「リバーランズ・スルー・イット」や「モンタナの風に吹かれて」のようなアメリカらしい雄大な自然に魅かれる。ゲーリー・クーパーは1901年5月7日モンタナ州へレナの生まれ。クーパーのデビュー作は「夢想の楽園」(1926)とあるが、ネットなどで調べると1925年に「轟く牛の群れ」「荒馬のメサ」「幸運の馬蹄」「滅び行く民族」「荒鷲」と5本のエキストラ出演があり、「トリックス」(短編)にも出演している。同年にマーナ・ロイは「美人帝国」という映画の端役でデビューしている。マーナ・ロイもモンタナ州のレイダーズバーグ(ヘレナとはそれぼど離れていない)の出身である。つまりクーパーとロイは同郷で映画デビューも同じ。クーパーが4歳上であるが、活躍時期も同じである。パーティーなどで2人は会っているとは思うが、共演作は一本もなかった。パナマウントとMGMとライバル関係であるが、惜しいことだった。最も愛すべき善良なモンタナ男と良妻賢母のロイの夫婦映画を見たかった。

2020年5月 4日 (月)

不滅の美人スターは誰れ?

   本日はオード―・ヘプバーン1929年の誕生日。戦後いろいろの洋画雑誌が国内でも刊行されたが、記事の総量からみると、オ―ドリー・ヘプバーンが断トツで多い。生誕91周年ということだが、ある雑誌には15頁にわたる豊富なカラー写真はこれまでのどの特集より充実している。もちろん新時代のオードリー女優たちも紹介している。ナタリー・ポートマン、オドレー・トトゥー、アン・ハサウェー、キーラ・ナイトリー、でも写真でみる限り、オードリーの魅力には遠く及ばない。

    世界の美人スターといえば、戦後はイングリッド・バーグマンから始まった。イギリスの名花ヴィヴィアン・リーも戦前の女優だが、大戦の関係で戦後人気女優にのしあがった。ヴィヴィアン・リーの「哀愁」と並んで人気のあったのは、「心の旅路」のグリア・ガースンである。バーグマン同様に大柄な美人であり、上品で教養がある。貴婦人と呼ぶのに最もふさわしい女優はグリア・ガースンかもしれない。

    妖艶な魅力といえば「賄賂」「パンドラ」「裸足の伯爵夫人」のエヴァ・ガードナー。知的で気品のある美しさといえばイギリスの「黒水仙」「イグアナの夜」のデボラ・カーやフランスの「うたかたの恋」のダニエル・ダリューがいる。だがオードリー以前の映画界はむしろグラマー美人に人気があった。肉体派のはしりは「にがい米」「シーラ山の狼」「紅薔薇は山に眠る」のイタリアのシルバーナ・マンガーノだろうか。マリリン・モンローが「ナイアガラ」でお尻を左右に大きく振って歩いたとき、日本の男性は生ツバをのみこんだものである。そしてオードリーの最大のライバルといえば、グレース・ケリーとエリザベス・テーラーだろう。だがオードリーの魅力がいつまでも新鮮で人気があるのは、映画での名演だけでなく、古びないファッションセンスにある。とくに「麗しのサブリナ」にはジヴァンシーのオードリー・ファッションの基本アイテムがぎっしりある。洗練の極致「ティファニーで朝食を」、シック&カジュアルな「シャレード」「いつも2人で」など女性にとってオードリー映画はオシャレのお手本だ。(5月4日)

 

2020年5月 3日 (日)

祖父はビング・クロスビー

Denisecrosby   本日は20世紀の偉大なポップス歌手ビング・クロスビー、1904年の生誕日。デニーズ・クロスビー(62歳)はビング・クロスビーの孫。つまり最初の妻ディキシー・リーとの間にできたデニス・クロスビーの娘。「新スタートレック」に出演していたが、あまり有名な女優ではない。ビング・クロスビーはディキシーとの間に4人、カスリン・グラントとの間に3人の子どもをもうけた。(Bing Crosby,Dixie Lee,Kathryn Grant,Denise Crosby、5月3日)

 

 

 

 

 

 

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