ヘンリー・ベッティンガーHenry Bechingerという学者はかつて「三角測量法」という読書法をすすめていた。自分から遠く離れた2地点を観測して自分の位置を明らかにするというもの。つまり自分の専門領域だけでなく、全く異なる分野の本も多く読むということをすすめている。世の中には多ジャンルにわたる分野で縦横無尽の活動を続ける人がいる。江戸中期の学者、平賀源内は本草学、地質学、蘭学、医学、戯作者、俳人、発明家、画家など多芸多才であった。バートランド・ラッセルは数学者でもあり、哲学者でもある。明治期にお雇い外国人として来日したフェノロサは、東京大学では美術ではなく、政治学、哲学、経済学を講義している。自然科学はほとんど分野がボーダーレス。エルヴィン・シュレーディンガーは物理、化学、生物にまたがっている。SF作家で知られるアイザック・アシモフは生化学者であり、科学評論家でもある。
たとえば歌劇「イーゴリ公」や「中央アジアの草原にて」の作曲家ボロディンは、自分のことを音楽家としてではなく、化学者、医師と自称していた。17世紀のイギリスの数学者ジョン・ウォリスは微分積分学への貢献で知られるが、1685年に書いた「Gramatica Linduae Anglicanae」によって、彼は「英文学の父」と称されるようになった。福岡の平野四郎(1885-1963)は医師のかたわら、動物、とくに鳥の生態の研究で知られた。東京音楽大学の山根章弘は専門は美学ということだが、実に広い分野に関心を持っている。出版された本が同じ著者かと思われるほどである。映画ファンの間では映画評論家として認識されているだろう。東映動画「白蛇伝」の原案者でもある。上原信(ペンネーム)は山根章弘と同一人物である。アニメ「龍の子太郎」のプロデューサー、「世界映画芸術史 エロティシズム50年の流れ」1966、「スクリーン・エロティシズム」久保書店1962。また羊毛の専門家「羊毛文化物語」講談社1989、「羊毛が語る日本史」PHP研究所 1983。またエチケット研究家「美しい人、美しいマナー」1982、「愛と結婚のエチケット」銀河選書 1982、「誰も言わなかった知的マナー」青春出版社 1978、「日本の折形」講談社 1987。むかし日本テレビの11PMにも出演していた。芸術、映画、民俗、風俗、マナー、衣服、羊毛、文化史と相互に関連しているのである。
映画評論家の荻昌弘(1925-1988)も映画、料理、音楽のほか幅広い趣味がある。新しいもの好きでワープロによるデーターベースの構築を1982年夏ころ試みている。効率的・機能的な書斎をつくるため、「私の書斎ワープロ戦略」(1986年)を刊行した。
京都大学の安田徳太郎(1898-1983)は、医師でフロイド研究で知られるが、ほかにも風俗・エロチック美術の研究など著書の分野は広い。戦後は「人間の歴史 全6巻」「万葉集の謎」はベストセラーとなった。同じく京大の多田道太郎(1924-2007)も専門はフランス文学、ボードレール、サルトルだが広い分野で評論活動をしていた。カイヨワの「遊び」、映画評論、大衆文化、現代風俗、漫画論、晩年は生活美学というものを提唱していた。澤瀉久敬(1904-1995)はフランス哲学が専門だが、阪大で医学概論を講義した。万葉集研究で著名な澤瀉久孝の弟である。小説家岡本かの子(1889-1939)は仏教研究家として知られていた。松田道雄(1908-1998)は小児科の医者が本職であるが、ロシア研究家、など幅広い読書家として知られた。光吉夏弥は、「ちびろくさんぼ」など英米児童文学の翻訳者として知られているが、舞踏評論家でもある。硯友社で言文一致体の小説家で知られる山田美妙(1868-1910)は、晩年フィリピン独立運動家アギナルドの伝記を著している。昭和のマルチタレントは永六輔と青島幸雄だろう。「上を向いて歩こう」で知られる永六輔は作詞家、放送作家、随筆家など。青島幸雄はタレント、作家、俳優、映画監督、政治家。明治大学の斎藤孝は多数の実用書の出版で知られるが、色んなジャンルの読書をすすめる「全方位読書」派である。芸能人では荒木一郎は俳優、シンガーソングライター、小説家、手品など多芸多才である。最近では辻仁成が作家、ミュージシャン、映画監督、演出家。最近では星野源やリリー・フランキーなどが多岐の分野にわたって大活躍している。
とにかく現代ほど知性と教養が求められる時代はない。池上彰や林修先生の冠番組がテレビで放送され、某大学教授が毎日のようにテレビ出演しているのを観ると、勉強している時間はあるのか、と心配したくなる。漱石・鷗外の時代に比べると、現代人は知性と教養が劣化したと感じるのは私だけだろうか。ネプリーグというクイズ番組を見ていると、ダンスパフォーマーたちが持ち歌の歌詞の漢字が正しく書けない。携帯世代は英語は得意だけど、漢字は苦手である。脳でゲシュタルト崩壊が始まっている。大人であれば中学生レペレの常用漢字は正しく書けるようにしておきたい。2月26日に放送された報道番組「サンデーモーニング」で松本零士さん追悼にふれるコーナーがあった。司会の関口宏がコメンテーターに「松本さんについてご感想は?」。田中優子(71)は、「世代が違うので見ていない」藪中三十二(75)も「まったく恥ずかしいですけど、無知で、見ても読んでもいない」渡辺カンコロンゴ清花(31)も「お名前ぐらいしか存じ上げていない」とみんな無知を告白した。漫画家に関することなので知らないもOKなのだろうか。しかし松本零士の漫画家としての活動は昭和30年代はじめである。当時団塊の世代が子どもなので少年誌は月刊誌が全盛で漫画は黄金期に向かうころで、「松本あきら」の名前で「日の丸」「ぼくら」「冒険王」「まんが王」「少年ブック」に戦記物や冒険物を発表していた。昭和30年代のプラモデルや戦争物ブームが後の宇宙戦艦ヤマトにつながるので、70代以上の方はむしろ松本零士ど真ん中世代である。つまり少年時代に漫画を読まずに難関校の受験勉強をしていた人なのだ。「松本零士なんか知らない」と言ってのけるのは、サブカルや漫画家を低く見ている証拠であり、勉強不足と指摘されても仕方ないだろう。
ルネサンスが生んだ偉大な天才レオナルド・ダ・ヴィンチの興味や関心は当時知られていた学問のほとんどすべての分野に及んでいる。レオナルドが残した手稿の大半が科学や技術に関するものである。そしてそこにはレオナルドの深い洞察力と自然に対する鋭い観察がある。
イギリスのマシュー・アーノルドは19世紀繁栄をもたらした自由主義が本来の姿を失って、社会の各階級は物質万能の思想にとりつかれ、政治・経済・文化・宗教の各領域に混乱と無秩序が現出していることを憂い、この無秩序を教養によって救うことを説いた。主著「教養と無秩序」(1869年)では個人の教養の充実によって社会の文化もまた進歩するものと説いている。
では常識や知識・教養とは何か。インターネットが発達した現代、スマホで簡単に必要な情報を得ることができる。だが指先が自然に動くだけで、脳そのものが深く働いているわけではないので、現代人はこのことにつねにどこかしら不安を感じている。若い人は学校などで教わる科目や授業内容で将来役に立つのだろうかと。また大学の進路で、人文科学・自然科学・社会科学のいずれを選択するのか。画家や音楽家になりたかったが、親のすすめで法学部や経済学部へ行ったという人も多いだろう。またクイズ問題が得意で、実社会では物知りと言われても、教養人とは言われないだろう。口語的に「あの人は教養がある」と言う場合は、人付き合いや社交の場において、洗練された会話や身のこなし、マナーのある人ができる能力をさすことが多い。だが人ウケがする話術だけが教養人の要素ではない。ある人は教養人とは「慎みと品格」である、と言っていた。その人が学習して得た知識をひけらかして得意満面の人間は教養を感じさせない。だからといって、過去の人類の知識をまったく貯蔵しなければおバカといわれる。つまり人格プラス知識の貯蔵庫、の両輪が求められる。功績を誇り学問をひけらかす人々は、人間としての価値を外面にだけ求めている。本来そなわっているまことの心を失わなければ、たとい功績や学問がなくても、それだけで立派な人生が送れることを理解していない。
日本国際ギデオン協会という団体がある。日本人にはこの「ギデオン」がわからない。ギデオンとは旧約聖書・士師記に登場する12人の士師の1人。神からの召命を受け、当時のイスラエル人を近隣の部族の襲撃から守るリーダーとなった。わずか300人の兵で12万人のミデヤン人の軍勢を破った戦いは有名で、信仰の勇者として知られる。女士師デボラや怪力のサムソンの物語などは教養として知っておくべきだろう。「刑事コロンボ」を観ていると「殺しの序曲」という作品に知能指数の上位2%が入会の条件のシグマ会という興味深い社交クラブが登場する。モデルはメンサ(Mensa)である。ランス・ウエアとローランド・ベリルによって1946年にオックスフォードに設置された。マリリン・ボス・サンバントやジョディ・フォスターなどが会員にいる。日本人の会員数は3500人で宇治原史規や茂木健一郎などがいる。
異常なまでに高められた常識のことを、世間は知恵と呼んでいる(コールリッジ)。Matthew Arnold、5月2日
受験シーズンです。政治家や芸能人のプロフィールで気になるのはやはり学歴。モデルで女優の本田翼。「私は高校3年生に戻って大学に行きたい。実は大学受験したいんですけど、落ちてしまったので、もう一度受験して大学生になりたいです」と。向学心はよろしいが、何が勉強したいのか目的が大事だ。インターネットの時代、高い学費を払って大学に行く価値があるのか。自分でテキスト買って、ネットで調べれば、本当の学力は個人の努力で達成できる。しかし世間の評価はいまだに実質よりも肩書きにあるようだ。春は芸能人の入学、卒業のニュース。桐谷美玲はフェリス女学院を7年かけて卒業した。大学を中退した芸能人はたくさんいる中で、卒論とか、いろいろと努力されたんだと思う。芸能人は十代の若い頃から仕事が多忙で、高校、大学への進学は壁となる。最近は大学出の芸能人も多い。大久保佳代子や壇蜜も大学卒。稲森いずみはハワイ大学。でも演歌の方には大学卒は少ない。なかには大学卒業して演歌歌手になった人もいる。コロムビアの出光仁美は大卒で美術の教員免許もあるという。日本の大学数は、戦前1940年の旧制大学数が47校、現在は777校ある。
聖書にこうあります。「人はみな罪を犯し、神の栄光を受けられなくなっていますが、キリスト・イエスのあがないの業を通して、価なしに義と認められるからです」(ローマ人への手紙3章4節)
神様はどんなプレゼントを下さったのでしょうか。信仰によって人は正しい者とされるのです。「価なしに」とは、何の功績もない者でも、救いが私たちに、無償で提供されるのです。私の解釈では、「価なし」則ち「価値なし」とは、高額納税者とか、高学歴とか関係なく、この世に何もなしえなかった者ですら、信仰に分け隔てなく、無償で救いが与えられると解釈しています。学歴とか資格とかキャリアとか人を差別し、選別することはむしろ害はあっても利はありません。老子の「無為自然」に近い思想かもしれません。誰しもですが高齢になると、地位とか財産とか名誉がばかばかしく思えるようになってきます。
手許に2010年3月10日の朝日新聞がある。「核密約歴代首相黙認」という大見出し。「トヨタ、一般職の採用ゼロ」「有吉九段、1000敗」「上越新幹線でもトラブル」「皇太子ガーナ訪問」これらバラバラの記事もいまは検索技術が上手であればネット情報を簡単に入手できる。むかしであれば、ファンリングやスクラップ、あるいはカードなどで自分で情報を整理していたものである。現代人は神経症(ノイローゼ)というはっきりしない病名と無縁ではない。毎日、実にさまざまな情報に振り回される。その情報は自分にとって直接関係のあるものもあるだろうが、ほとんどは無縁の情報である。しかしながら無縁の情報でも癒しの効果もある。贔屓の野球チームが勝てば、気分は明るい。好きな選手の打率が上がればうれしい。こういったあまり意味のない情報を一切遮断して、テレビも見ず、人とのつきあいもせず、庭の花と木をめでて、季節のうつろいを感じる、という生き方こそ老後にふさわしいのだと思う。しかし現代人は退屈よりも混沌のなかにこそ喜びを見つける。加藤秀俊も「現代文明は、おしゃべりのとまらない文明である」と書いている。(加藤秀俊「整理学」中公新書)
このブログ記事も一つ一つを読むとまったくまとまりがなくバラバラである。そもそもネタに分野などあるはずはない。興味のあるこを書くだけである。系統的、体系的に書くことほど辛い作業はない。ひとつひとつ記事を積み上げて、カテゴリーで整理していくと、なんとなくまとまっていく。ブログとは実に便利な雑記帖である。
「近代日本美術教育の研究」 金子一夫 中央公論美術出版 定価38000円 1992年刊行 818頁。本書は明治期美術教育の展開と各時期の特徴、さらに個別的な諸問題を実証的に明らかにしたものである。
「箸の文化史」 一色八郎(1922-1995)著 お茶の水書房 1990年 定価3914円 237頁
「日野草城伝」 伊丹啓子著 沖積舎 2000年 281頁 新興俳句を牽引して俳句の世界に、モダニズムを取り込み、病床にあった戦後は、境涯句により枯淡の境地を確立した日野草城の生涯を赤裸々に描く。
「古今和歌集全評釈 上中下」 片桐洋一 講談社 1998年 54000円
冷泉家秘蔵の藤原定家嘉禄2年自筆写本(国宝)を初めて底本に用いた研究書。普通の「古今集」に収録されていない「異歌本」21首を集成し初めて注釈。
野球における打撃の上達には、正確にバットの芯に当てる練習、トスバッティングが欠かせない。雑学研究における書誌情報の蓄積は、いわばトスバッティングのようなものだ。書名、著者名、出版社などを記録しておくことは資料を探す情報源として役立つ。
世の中、なにもかもスピード時代ではあるが、若い研究者の功を焦るような事例が生じているのは遺憾である。経営学の分野で有名なピーター・ドラッカーは晩年まで政治・社会・経済・歴史・哲学などあらゆる分野に関心をもち、彼の筆致は鋭く深い洞察に満ち溢れ、そのため「知の巨人」と称された。ドラッカーの特徴の1つは、こうした関心範囲の広さに由来する。ヘンリー・ベッティンガーは方面違いの分野の研究する方法を三角測量法になぞらえている。具体的には次のような、あたりまえの読書・研究の習慣が考えられる。
1.ある日刊新聞を初めから終わりまで、ざっと目を通す
2.週刊誌、書評を読む
3.自分の専門分野から、ずっと離れた分野の業界新聞を読む
4.「世界」「文藝春秋」など総合雑誌を読む
5.学会の専門誌を、題目のほかは何もわからないでも読む
6.書評されている本を買って読む
7.外国の雑誌を読む
8.若い時に読んだ小説・古典を読み直す
9.歴史上の、ある時代または事件を選び、徹底的に調べる
10.雑学者と呼ばれることを恐れるな
(板坂元「考える技術、書く技術」1973年)
20世紀の経済学の大家といえばジョン・ケインズ(1883-1946)。彼の趣味は専門の経済学のみならず、貴重書の収集、絵画やバレエと多趣味だった。遺言は「人生のただ一つの後悔はシャンパンをもっと飲まなかったことだ」。ドラッカーは、晩年まで仕事に直接関係のない分野を選んで、勉強することを怠らなかった。
近世文学でしられた板坂元(1922-2004)は「ちょっと小粋な話」「男と女のセクシージョーク」「紳士の美学」など猥談を思想の中にとりこむことをすすめている。若いとき卒論で悩んでいると、天理図書館の一室で中村幸彦教授が「雑書をたくさん読みなさい」といわれたらしい。この場合、雑書とはもちろん江戸時代の雑書のことであるが、当人は興味のありそうな雑誌や本まであらゆるジャンルのものを読むようになった。アメリカでの研究生活も長く、くわしくは「考える技術・書く技術」に書かれているが、ともかく彼は専門バカにならないために広範囲にわたる読書をこころがけた。ヘンリー・ベッティンガーの本から三角測量法という読書法に出会う。自分から遠くはなれた二地点を観測して自分の位置を明らかにする、というつもりの命名である。具体的には①ある日刊新聞をはじめからしまいまで、ざっと目を通す②週刊誌、書評などを読む③自分の分野から、ずっと離れた分野の業界新聞を読む④高級総合雑誌を読む⑤学界の専門誌を、題目の外は何もわからないでも読む⑥書評誌を読み、刺激になりそうだったら、書評されている本を買って読む⑦外国の雑誌を読む⑧若いときに読んだ小説・古典を読み返す⑨歴史上の、ある時代または事件をえらび、徹底的に調べる⑩雑学者と呼ばれるのをおそれるな。
要するに視点を自分から離れたところに設けることによって、大局から自分の考えや位置を考え直す機会をもつこと、また自分なりのブレーン・ストーミング法を行うことによって、自由なものの考え方をする、という利点を主張するものである。いずれにしても、遠回りな方法で、即効性はない。インターネット時代であるから、誰しもネットサーフィンをしているが、やはりいつも自分の嗜好・思考に集まることが多い。やはり休日に県立クラスの図書館で見たこともないような専門誌を手にとる時間的余裕を持ちたいものである。
60代以上の世代の多くが人生の後悔として「語学を習得できなかった」ことを挙げている。だがこれもこれから学ぶ楽しみが残されていると考えたほうが幸せであろう。
なんでも考えなんでも知って、なんでもかんでもやってみよう
(John Keynes)
大谷翔平の名前の由来は源義経だそうだ。牛若丸のように翔んで、平泉から「翔平」と名付けられた。打者と投手という二刀流も話題になっている。あっぱれな若武者が現れたものである。
ところで学問の世界で二刀流といえば、従来型の蔵書に埋もれた書斎派タイプか、海外にフィールドを持つインターネット型タイプであろう。たとえば松本清張や司馬遼太郎は巨星であったが、膨大な蔵書を読了したとはいえ、インターネットで情報を得るという時代を知らなかった。現代の作家はかっての文豪のような蔵書をもたずとも、情報を入手する技術は優っているかもしれない。しかし、根がはっていないようで底の浅さを感じる。わたしは図書館で目録カードを長年作成するという仕事をしていた。いまは図書のデーターベース化が完了して、もはや自前で目録を作成する図書館員などはいないかもしれない。だが書誌を作成するという体験は実に貴重であったと思う。デジタル化するには原資料が存在しなければならない。世代的にアナログとデジタルとの狭間に生きたことに感謝し、我は二刀流という秘術を会得した。
江西省盧山五老峰のふもとに建てられた書院。もと唐の詩人・李渤(773-831)の書斎であったが、940年に書院に改変。その後荒廃するに任されていたのを、この地に地方官として赴任して来た南宋の朱熹が1179年に再建し、海内書院第一とうたわれた。朱熹がこの書院のために定めた白鹿洞書院掲示は、朱子学の教育理念の精髄として、わが国にも大きな影響を与えた。本文はわずか175字で、これに260字の跋文が添えられたものである。
「父子に親(しん)あり。君臣に義あり。夫婦に別あり。長幼に序あり。朋友に信あり」ここから親・義・別・序・信を5教の徳目という。これを学ぶには、5つの序がある。学び、問い、思い、弁じ、行う。5つの序を踏むことによって、5教の徳を修養することができる。
参考文献:柴田篤「白鹿洞書院掲示と李退渓」九州大学 哲学年報61 2002年
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