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2019年3月 7日 (木)

紐(ひも)の歴史

  糸・布・紙や動物の皮革、植物の樹皮、化学繊維などを材料とし、これを組んだり、織ったり、編んだり、撚ったり、絎たり、細長く線状にしたもの。一般に紐を作ることを「紐打」といい、その製作技法から組紐・織紐・網紐・撚紐・絎紐・裁紐などの種類がある。紐の歴史は古く、縄文土器には、二条の撚縄や三条以上の撚紐の回転押捺文様が施されている。奈良時代には仏教伝来とともに大陸より組紐技術が伝えられ、経典や袈裟などに用いられた。奈良の正倉院に残された箜篌(くご)という楽器には古代紐が飾りつけられている。真田紐と呼ばれたのは、太い木綿糸を平たく厚く編んだ平打の組紐で、天正のころ、真田昌行がこれを刀の柄糸に用いたところからこの名が生まれたという。

2019年3月 2日 (土)

小顔に見せる前髪「命毛(いのげ)」

「命毛(いのちげ)」とは書道で、文字を書くのに最も大切な毛であるところから、筆の穂先のいちばん長い毛のことを「命毛」という。最近は美容界で別な意味もある。小顔で可愛く見せるため、前髪の両端に、ひと束分の頬に落ちる長めの毛をいう。頬に影が落ちて顔が小さく見える効果がある。

2019年1月27日 (日)

香水の歴史

250pxsimone_martini_046   身体および衣服に付香する風習は、古代からさまざまな王国でおこなわれてきた。最初の香料は焚いて芳香を出すいわゆる香が主であった。しかしこのほかに油脂に芳香をしみこませたものもあり、古代エジプトでは自然流出の芳香性樹脂などで軟膏状の化粧剤を製して皮膚に塗っていたことが、遺物などによってうかがわれる。この化粧剤はギリシア人にも用いられた。ローマ人も香料をひじょうに好んだが、この時代には芳香性物質を油に溶かした液体のものがあり、現在のアルコール性香水の遠因ともいえる。中世に入り蒸留法によって香水が作られる。1370年ハンガリー王カーロイ1世の王妃エルジェーベト(1305-1380)の命令により作られたハンガリーウォーターが最初である。ハンガリアンウォーターは香水好きのフランス王シャルル5世に献上され、ヨーロッパ各地に広まり、西洋香水の原型となった。その後、ローマ貴族フランギバニが香粉をつくり、その末孫が香粉のかおりをアルコールに移すことに成功した。すなわちフランギバニ香水である。こうして香水はイギリスのエリザベス女王時代には広く男女ともに用いられ、18世紀前半ルイ15時代にはオーデコロンが現れる。19世紀ナポレオン3世の皇帝妃ウェジニーはパリ社交界の華となり、皇后にふさわしい香りをつくった。香水メゾン、ゲラン(1828年開店)は、蜂の塑像をあしらったオーデコロン「アンペリアル」、結婚式用に「ブーケ・ド・ウジェニー」を創作し、皇室御用達となった。

2018年11月20日 (火)

ネクタイの起源

Jnejutaikuroachia   ネクタイnecktieは男子服では特に重要なアクセサリーとなっているが、その起源には諸説ある。古くは紀元2世紀ローマ兵が防寒のために首に巻いたウール布フォーカルfocalを起源とする説。あるいは直接の起源としてクラバット説がある。フランス語でネクタイはクラバット(cravate)、イタリア語もcravatteという。(米語でもcravateともいう)。クラバットの語源はクロアットcroate、つまりクロアチアの軽騎兵(画像)のことである。17世紀、オーストリアのクロアチア兵は家庭からの無事の帰還を祈ってもらった赤い布を首に巻いていた。これを見たフランスのルイ14世が「あれは何か?」と聞いたところ、兵隊の事だと勘違いした側近が「クラバットです」と答えたため、布の方が「クラバット」になってしまった。当時のパリ市民の間で布を首に巻くことが流行して、やがてネクタイとなった。

    日本で初めてネクタイの製造をはじめたのは、1884年10月1日、帽子製造業者だった小山梅吉が神田柳原の古着市場で舶来の中古「ネッキタイ」(当時ネクタイをこのように呼んでいた)を買い求め、それを分解して、見様見真似で作ったのが国産第一号のネクタイである。

2017年6月 3日 (土)

口もと考現学

1247247891   コロッケがアントニオ猪木や岩崎宏美の物真似で下アゴを大きく突き出して歌うと爆笑をさそう。口元の微妙な変化で印象が変わってくる。「人は見た目が100%」。最近、若い女性の間で自撮りで可愛く写るとしてキュートな「アヒル口」が再び流行している。本当のアヒル口ではなく、口先をやや突き出したような状態で口角をキュッと上げる。世間的には板野友美や田中美保で知られる。もともとアヒル口が可愛くみえるというのは古くからハリウッドで知られ、映画「散り行く花」でリリアン・ギッシュ(画像)が指先で口角を突き上げる仕草をしていた。日本では石川ひとみが「口がアヒルに似ている」と田原俊彦にいわれて、自らイラストでアヒル口を描いている。「アヒル口」という言葉が定着したのは広末涼子から。

アヒル口の反対は「受け口」や「しゃくれ」の下顎が突き出た感じ。田宮二郎はやや受け口気味な俳優だった。「アヒル口」が失敗して「河童口」になる女の子も多い。

50667831  江戸時代から可愛いと評判だったのは「おちょぼ口」。樗蒲(ちょぼ)とは「しるしに打つ点」の意で、「おちょぼ口」とは「小さくかわいい口のこと」。福助人形は頭が大きく、目が切れ長で、円らな瞳で福耳。そして「おちょぼ口」で裃を着て正座している。大田南畝によると「享保3年冬より、叶福助の人形流行」(一話一言)とある。はじめ茶屋、遊女屋などで祀られたが、のちに一般家庭にも広まった。

2017年4月 2日 (日)

マリー・アントワネットの度の外れた贅沢は周囲のお世辞からか?

Marie_antoinette_in_court_d   マリー・アントワネットといえば、誰もが知っている18世紀西欧のファッションリーダー。パニエを入れて膨らませたミニ丈のスカート、リボンやバラの装飾。彼女はなぜ度の外れた遊びや贅沢を好むようになったのか。牧歌的な(=野暮ったい)オーストリアの宮廷から、洗練の極みであるベルサイユへやってきた。アントワネットが女王として君臨するための自信と手段として、わかりやすいファッションに傾倒していった。アントワネットの服飾デザイナー、ローズ・ベルタンはこう言っている。「マリー・アントワネットはダサかったから」。作家シュテファン・ツバイクは「うぬぼれはつねに他人の称賛によって強められる」と書いている。つまり他人のお世辞で、その気になったという。(世界史)

2016年6月18日 (土)

傘好きハンウェイ

Jonashanway494x590  傘や笠は、古くから世界各地でさまざまなものが作られた。天蓋式の傘は古くから中国にあり、日本にも奈良時代に伝わっている。開閉の自在な傘が現われたのは「近世世事談」によれば1594年に堺の商人が豊臣秀吉に献じたのが初めとされ、ヨーロッパからもたらされたことがわかる。西欧ではルネサンスの時代に貴婦人の間で日傘が流行した。しかし男性が雨傘をさすという習慣はほとんどなかった。1750年ころイギリスの貿易商ジョナス・ハンウェイ(1712-1786)は世界中を旅行するうちペルシャで人々が雨の日に傘をさす光景をみかけた。パリで開閉式の傘を買って、彼は雨の日も晴れの日も30年間いつも傘を携帯してロンドンの街を歩いた。初めは女みたいだと人々の嘲笑をかうが、雨傘の実用性と経済性が次第に認識され、やがては傘は英国紳士のシンボルと言われるようになった。 Jonas Hanway

2016年3月23日 (水)

日本の教育界がセーラー服を採用した本当の理由

Photo_2   公開中の橋本環奈主演の「セーラー服と機関銃 卒業」が予想を上回る高い評価を受けているらしい。やはり美少女+セーラー服は男子に根強い人気がある。だが現実社会ではブレザーの採用校のほうが多く、セーラー服は毎年減少を続け、その数10%程度にとどまっている。日本以外の国でセーラー服を着た女学生は少ないが、タイや中国で採用したところ、人気で志望者が大幅に増えたともいわれる。

   セーラー服の起源は19世紀はじめイギリスの水夫・水兵が着ていた服である。胸元のスカーフは、水兵が手拭い代わりに使っていたタオルの名残りと言われる。水兵服からヒントを受けてデザインされたセーラー服は、日本では大正9年に平安女学院がセーラー服を採用したのが最初で、以後、お茶の水高師附属高女や雙葉高女が通学服として採用し、全国に普及した。なぜ日本の教育界がセーラー服を採用したかについては諸説ある。①男子の学生服が立襟で陸軍式の5つボタンのチュニックを採用したため、それならばと女子には海軍の軍服にした。②セーラー服の胸が大きく開いた逆三角形になっており、海に落ちた時にすぐに服を破り、泳ぎやすくするため。③制服決定権は教育関係者にあり、男社会の時代、セーラー服のファッションが男に好まれたといういわば先生のエロスから。これらの理由を具に検討するに、①のいくら軍国主義の時代とはいえ、陸軍に対抗して海軍、というのは根拠としては首肯しがたいものがある。②の根拠はよく言われるが、女学校で海に溺れるというケースはまれではないだろうか。③の理由は男としてよくわかる。だが、胸襟が大きく開いている理由は、単にエロスというだけではなく、乳房の発育と関係するのではないだろうか。女子の乳房の膨らみは10歳くらいで初潮を迎えたときから女性ホルモンが分泌されて、それから約10年間、20歳ぐらいになるまで成長する。つまりセーラー服の着用時が最も乳房の発育期にあたり、3年間、同じサイズの服を着続けるとバストの部分が窮屈となる。そのため襟がV字で大きく開いたセーラー服が適当と実用面で判断したのではないだろうか。

2016年3月19日 (土)

面ファスナーの歴史

  テープの一種に、面ファスナー(Hook and loop fastener)がある。日本の商品名は「マジックテープ」といい、ざらざらした2つの面を合わせると、ぴたっとくっつき、強く引っ張れば離れ、何回も使うことができる。1941年、スイスの登山家のジョルジュ・ド・メストラル(1907-1990)はアルプスを歩いていたとき、植物の実が衣服にくっつき、悩まされた。なぜ、くっつくのか、不思議に思った彼は、その実をよく観察した。実はたくさんの鉤状の棘がついていた。そのため、衣服にくっつくとなかなか離れなかった。「そうだ、これをファスナーに応用できないものだろうか」そして考えついたのが、面ファスナーだった。1948年に研究を開始し、1951年に特許出願し、1955年に認定された。(George de Mestral)

2016年3月11日 (金)

有松絞り

Lrg_10346474  愛知県有松地方(名古屋市)で生産される木綿絞りの総称。江戸時代に有松の竹田庄九郎が始め、尾張藩の保護と奨励を受け、東海道の街道筋の土産物として広く知られるようになった。近年はおもに上品でお洒落な絞り浴衣の生地として用いられている。2016年NHKドラマ10「愛しくて」でヒロイン小夏が絞り染め作家として伝統工芸の有松絞りを新しい意匠で海外に紹介するという設定で紹介され注目される。

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