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2018年2月17日 (土)

フィギュアスケートの歴史

   平昌五輪男子フィギュアスケートで羽生結弦が金、宇野昌麿が銀を獲得。サンモリッツ・オスロと二大会連続金メダルのリチャード・パットンは羽生を「信じられないくらいすばらい」と絶賛した。フィギュアスケートは19世紀中ごろ、バレエ教師のアメリカ人、ジャクソン・ヘインズがバレエのポーズやタップとステップを取り入れ、音楽と合わせて滑走したことで普及するようになった。ヨーロッパではウィーンてにシュトラウスやモーツァルトの音楽に合わせて滑走する大会が開催される。1882年ウィーンで最初の国際大会が開催された。第一次世界大戦後、ノルウェーの女子シングルでソニア・へニーが世界的な人気者になった。ソニアはその後ハリウッドで映画スターとして成功した。日本では戦前の稲田悦子、戦後の佐野稔らが現れたが、五輪メダリストは実現できなかった。近年、伊藤みどり、荒川静香、浅田真央、高橋大輔ら世界レベルの選手が活躍するようになる。羽生の五輪連覇は国民栄誉賞に十分に価する歴史的快挙といえる。

2018年2月10日 (土)

哀愁のモロッコに雪は降るのだ

   昨晩は平昌五輪の開会式をテレビで視聴する。4年後の北京大会は生きて見れるだろうか。冬季五輪は1924年に第1回がフランスのシャモニー(参加国16ヵ国)で開かれ、第23回の韓国・平昌大会は史上最多の92ヵ国・地域が参加する。選手団の入場順は、先頭がギリシャ。続いて、ハングルでの国名表記順で行進が行われ、日本はインドに続いて62番目に入場した。多くの日本人選手が体調管理優先で不参加のなかでジャンプの高梨沙羅の笑顔が見れたのは印象的だった。旗手はジャンプの葛西紀明選手。最後の91番目は韓国と北朝鮮が朝鮮半島旗の下、合同で入場する光景も感動的だった。聖火台点灯者はやっぱりキム・ヨナ。ともかく五輪の開会式は世界地理の勉強にもなる。NHKの実況でアナウンサーがモロッコの雪とか香港の旗の話を誤報していた。モロッコを漢字では摩洛哥と書くが、映画「カサブランカ」のイメージで暑そうな感じがする。国土面積は日本よりだいぶん広く4000m級のアトラス山脈が走っているので真冬には山岳には積雪している。砂漠地帯も昼夜の寒暖差が大きくて、夜は寒い。ハンフリー・ボガードやバーグマンがコートを着ていたのもそのためだ。

2018年2月 9日 (金)

バレーボールの歴史

634_1   バレーボールは1895年2月9日、アメリカでウィリアム・G・モーガン(1870-1942)が考案した。最初はミントネットと呼んでいた。1908年、アメリカに留学していた大森兵蔵(1876-1913)が日本に最初にバスケット・ボールとともに紹介した。1913年F・Hブラウンが東京・神田のYMCAで公開したのをきっかけに広まったといわれている。バレーボールが考案された当初、集まった選手たちが2チームに分かれてボールを打ち合い、落としたほうの失点という単純なルールだった。日本へ伝わったときもルールは明確に決まっていたわけではなく、1チーム12人であったり9人であったり規定はなかった。(Volleybaii,Mintonette,William Morgan)

2018年2月 8日 (木)

平昌五輪開幕

   平昌五輪開会式は明日からだが競技はもうはじまっている。カーリング新種目、混合ダブルス。午前9時5分一次リーグ韓国対フィンランド戦。開催国韓国が9-4で圧勝発進。カーリング競技は15世紀のスコットランドで始まった。現行のルールは主に19世紀のカナダで確立した。競技名は、ストーンの曲がり(カールし)ながら進むことに由来する。国際大会で使用されるストーンは、主にスコットランドのアルサクレッグ島産の花崗岩から製造される。ほかの産地の石では密度と強度が足りず、割れてしまうことがあるからだ。Ailsa Craig

2018年1月29日 (月)

栃ノ心の故郷ジョージアのゼグビ村

   栃ノ心剛史。愛称は角界のニコラス・ケイジ。本名はレヴァニ・ゴルガゼ。四つ身になった時の強さは相撲通なら知っているものの誰が栃ノ心の優勝を予想しただろう。インターネットのテレビ中継で故郷のジョージアでも歓喜の声があがった。実家は首都トビリシから約30キロ離れた人口約1500人の地図にも見えない小さな村、ゼグビという場所らしい。ウィキペディア情報では世界遺産で知られるムツヘタとなっているが、正確に言えばゼグヴィ村の出身である。幼少期に栃ノ心に柔道を教えたコーチのギビ・イシハニシビリさんは「子供の頃から練習熱心で強かった。こんな小さな村から相撲の優勝者が出た。村の誇りだ」と語っている。

2017年11月11日 (土)

サッカーの起源

Ancientsoccer   2014サッカー・ワールドカップ・ブラジル大会が開幕。野球、サッカー、テニス、バスケットボール、ラグビー、相撲など世界中にはたくさんのスポーツ・競技があるけれど、その起源を調べることは楽しい。バスケットボールのように(1891年にジェームズ・ネイスミスが考案)起源が明確なスポーツもあるが、サッカーのように、人類としての歴史が始まった頃からある種のフットボールを行っていたと思われる遊戯もある。

    サッカーが11人対11人で行うスポーツであることから、11月11日を「サッカーの日」と制定されている。

    ところで今日アメリカではサッカー、イギリスではフットボールという。soccerという名は association の soc に -er を加えて簡単にしたものであるが、イギリスでは11世紀のはじめごろからフットボールが行われていたが、規則がまちまちで、2種類のフットボール、つまり Rugby footbal  と associastion football に区別された。

Greeksoccerhistory    足でボールを蹴る遊戯は、古代エジプト、古代ギリシア(ペニタ、エピスキロスと呼ばれる)、古代ローマ(パルパツウムと呼ばれる)などのレリーフが残されている。

   1個のボールを相手陣営のゴールに入れることで勝敗を決するというルールはヨーロッパが起源であろう。現在のゴールは城門を意味していた。14世紀のイギリスでは街中で乱暴なサッカーが氾濫し、王によって禁止令が出されたこともある。15世紀のイタリアではイギリスのフットボールによく似た「カルチョ」が生まれ、宮廷の門の前で数十人がボールを蹴り合い賞金をかけたゲームが流行した。

814ancientchinesesoccer1   このようにサッカー発祥の地は自国であると主張する国が多いが、FIFAでは最も古い形態のサッカーとして中国の「蹴鞠」を認めている。「蹴鞠」という遊戯は前漢の書物「戦国策」に記されている。

2017年9月14日 (木)

誠の旗は行く

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   むかし日本ハムの金子誠選手の応援で「誠」の旗が用いられていた。なぜ新選組の誠の旗がたなびいているのか。北海道日本ハムファイターズで函館五稜郭→新選組、という繋がりか。グッズは五稜郭タワーでよく売られていたらしい。

   韓国ドラマ「師任堂」23話の挿話。申師任堂の息子イ・ヒョンリョンが学ぶ中部学堂。訓導官が「宋の劉安世が師の司馬光に、数多い漢字のうち最も大切なものは何かと問うた。司馬光はどの字を示したと思う?」イ・ヒョンリョンは「それは誠の字である。君子が終身備えるべき語で妄語せざるべきことである」と。

2017年8月 5日 (土)

世界陸上はじまる

   1年前のきょう、南米大陸で初のオリンピック、リオデジャネイロ・オリンピックの開幕があった。開会式は8月5日午後6時(日本時間6日午前9時)マラカニアン競技場で行われ、207の国と地域から約10,500人の選手の参加がした。本年はロンドン世界陸上がきょうから始まる。マラソンは6日。

2017年6月25日 (日)

何と申しましょうか

  巨人対中日、東京ドーム。石川慎吾のファールチップがドラゴンズ松井雅人捕手の急所を直撃した。松井は痛さに悶絶し、しばらく立ち上がれず。場内アナウンスで「松井捕手はただいま治療をしております」と。この痛みは男性にしかわからず、「何と申しましょうか」の名言を生んだ。ラジオの野球中継で観戦していた時代の話である。昭和30年6月7日、やはり後楽園球場で行われた巨人対中日戦の出来事である。中日の杉下茂投手は打者の藤尾茂にシュートを投げた。藤尾は腰をくの字に曲げたがよけ切れず、ボールはなんと藤尾の股間の一物に命中してしまった。藤尾は、激痛に悶え苦しみ、脂汗が流れはじめた。

    当日は、ネット裏でNHKの志村正順アナウンサーと小西得郎がラジオの実況中継をしていた。志村アナウンサーは「当たりました。杉下のうなるような剛球が、なんと藤尾のき・・・・」。志村はここまで放送したが、さすがにあとの言葉が出ない。そこで志村アナは、左ぐつで小西の右ぐつを蹴っ飛ばした。次はあんたがいえという催促なのだ。

 くつを蹴っ飛ばされた小西も弱った。仕方がない。マイクに向かって何か言わなければならない。「なんと申しましょうか・・・・」。ここで間をおき、一呼吸してからポンといってのけた。「藤尾君の今の痛さばかりは、ご婦人には絶対、わからない痛さでして・・・」これが受けた。小西さん、よくいってくれたという感動の声が寄せられた。

   この件については、あとで小西さん自身もこんなことを言っている。「解説を終えて帰宅したら、小泉信三先生から電話をもらいまして、きょうの解説はよかった。あれでいいんだってほめてくださいました。あの一言が私の解説稼業の支えになりました。」

   NHKの野球解説者、小西得郎(1896-1977)の間延びしたユーモラスな話しぶりが、視聴者に大いに受けて小西節「何と申しましょうか」は1956年の流行語となった。(参考:近藤唯之『プロ野球監督列伝』)

2017年6月 6日 (火)

なぜ巨人は弱いのか?

   泥沼巨人、地獄の13連敗。プロ野球のワースト記録は1981年のロッテの18連敗がある。1日の楽天戦では好投池田を交代、長野バント空振り、重信牽制アウトと采配も乱れた。2日のオリックス戦では4-1が継投のミスで5-6の逆転負け。3日、男村田が満塁本塁打を放ったが4-5で惜敗。4日、新人の山岡に打線が沈黙。 6日、裏目の采配で42年ぶり11連敗、5位転落。8日、先発池田、外崎に満塁弾を浴び、完敗。なぜ巨人が弱いのか。一二番が固定しない。中軸の本塁打が少ない。中継ぎ投手の不在。陽岱鋼の故障。正捕手小林の貧打。長野のスランプ。さまざまな要因があげられるが、守護神カミネロを降格して、クルーズを抜擢したのが凶とでた。低迷する巨人をあたたかく見守り続けよう。ところでなぜ由伸はベンチで座らず立ったままなのか。監督が座らないとコーチも立つしかなく、ベンチの雰囲気が辛いと思う。男前の顔がテレビに映るのはファンサービスの一つだが、だれが名付けたか由伸を「地蔵監督」と呼んでいる。

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