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2017年2月 9日 (木)

バレーボールの歴史

634_1   バレーボールは1895年2月9日、アメリカでウィリアム・G・モーガン(1870-1942)が考案した。最初はミントネットと呼んでいた。1908年、アメリカに留学していた大森兵蔵(1876-1913)が日本に最初にバスケット・ボールとともに紹介した。1913年F・Hブラウンが東京・神田のYMCAで公開したのをきっかけに広まったといわれている。バレーボールが考案された当初、集まった選手たちが2チームに分かれてボールを打ち合い、落としたほうの失点という単純なルールだった。日本へ伝わったときもルールは明確に決まっていたわけではなく、1チーム12人であったり9人であったり規定はなかった。(Volleybaii,Mintonette,William Morgan)

2017年2月 8日 (水)

ゴルフの起源

   ゴルフ人口は一時よりは減ったと言われていますが、いまでもゴルフの関する話題は尽きない。女性の正会員を認めない五輪会場のゴルフ場が問題となっている。また10日から始まるトランプ大統領と安倍首相の会談はフロリダのゴルフ場で親睦を深めるという。

   ゴルフの起源については、様々な説があってはっきりしないが主に3つの説がある。第1は、紀元80年、ローマ帝国のユリウス・アグリコラ将軍がスコットランドを征服していたとき、羽毛をつめた革製のボールを木杖で打つパガニカという球戯を行い、3世紀にわたるローマ軍の長期占領中に土着してゴルフになったという説。第2のオランダを起源とするものは、オランダの球戯、ヘットコルフェンというホッケーに似たゲームが変化してスコットランドにわたったという説。第3はスコットランドの羊飼いの牧童たちが羊を追いながら石を転がして遊んだという説。いずれにしても14世紀中ころから、現在の方法に近いゴルフが行われた。1457年のスコットランド。国王ジェームス2世は、ゴルフは武技・弓術の妨げになるという理由で議会に命じ、12歳から50歳の国民にゴルフ禁止令を布告させた公文書が残っている。

2017年1月 1日 (日)

ヴェッターホルン

  スイスのヴェッターホルンは、標高こそ3701mと4000mには届かないが、グリンデルワルトの町から眺められる山々のなかで「たった一人の山」(浦松佐美太郎著)の舞台として日本人が親しく感じる山の一つである。1854年、サー・アルフレッド・ウイルスがヴェッターホルンを登攀した。この登攀は「アルプス高地逍遥」という本にくわしく書かれ、イギリス人の登山に対する関心を高め、アルプス黄金時代の登山の幕開きを告げるものとして高く評価されている。Wanderings among the Hight Alps

2016年12月 2日 (金)

ラクロスの起源

  ラクロスと呼ばれる網の付いたスティックを用いて、10名編成の2チームが相手ゴールにボールを打ち込み得点を競う。もともと北米インディアン(スー族やチョクトー族)が「バガタウェー」と呼んで、戦勝祈願として舞や踊りのときの儀式として行っていた。現代競技はカナダの歯科医ウィリアム・ピアーズ(1843-1900)が1869年頃スポーツとして広めた。Baggataway、William Greorge Beers

2016年11月 2日 (水)

大鵬と柏戸

D4bf53b3   1961年のこの日、大鵬と柏戸が同時に横綱に昇進。柏鵬時代の幕開け。通算の両者の対戦成績は大鵬の21勝16敗。(11月2日)

2016年9月 8日 (木)

望月靖之

    1964年東京オリンピック開会式などで日本選手団が着用した赤と白の公式服をデザインしたのはアイビールックで知られたデザイナーの石津謙介と定説化されていた。しかし本当は公式服をデザインしたのは東京神田で洋服店を営んでいた望月靖之(1910-2003)であった。

2016年8月25日 (木)

近代スポーツのはじまり(明治事物起源)

Photo   アメリカで生まれた野球がいつ日本に紹介されたかは諸説ある。一番よく知られるのは、明治6年、開成学校の生徒が、アメリカ人教師ホーレス・ウィルソン、同校予備門のイギリス人教師ストレンジドらに教えられて行ったのが最初とされる。野球は明治18年、19年ごろから学生野球を中心として発展、普及し、明治36年には早慶戦が始まり、今日の六大学リーグに発達した。なおベースボールを初めて野球と訳したのは、中馬庚(画像)である。

サッカーは明治6年、工学寮教師イギリス人のライメル・ジョーンズが紹介した。

テニス競技が日本に導入されたのもいつかはっきりとわからない。明治11年ごろ、アメリカの宣教師によってもたらされたといわれる。

ラグビーは明治32年慶応義塾に赴任したエドワード・プラムウェル・クラークとケンブリッジ大学の留学から帰国した田中銀之助により慶応の学生に対して初めて指導が行われた。

ゴルフは、明治34年に神戸在住のイギリス人アーサー・グルームによって導入された。神戸ゴルフ倶楽部としてオープンした。

バスケットボールは、明治41年スプリングフィールドYMCA体育学校を卒業し帰国した大森兵蔵が日本に初めて紹介した。

マラソンは、明治42年、大阪毎日新聞社主催で神戸~大阪間の阪神国道で行われた。ただし距離は20マイル(32㎞)だった。

スキーは明治44年軍事研究のため来日していたオーストリアのテオドール・フォン・レルヒ少佐が高田連隊の青年将校のスキー専修員に技術を教授したことに始まる。

   陸上競技は明治7年に東京築地の海軍兵学寮で開催された「生徒競走遊戯会」が、日本で最初の運動会であるといわれている。明治16年にイギリス人教師ストレンジの指導によって東京大学で運動会が行われる。陸上種目は100ヤード、200ヤード、440ヤード、880ヤード、120ヤードハードル、クリケットボール投げ、走り高跳び、走り幅跳び、砲丸投げ、ハンマー投げ、棒高跳び、慰め競走の12種目が行われた。(参考:宮本孝「わが国における陸上競技の導入について」 彦根論叢人文科学特集35、1976年)

2016年8月22日 (月)

リオから東京へ

   リオデジャネイロ・オリンピックが閉幕する。2020年東京へとバトンされる。会場におかれた土管の中から、マリオの姿をした安倍首相が登場するというユニークな演出。メダル獲得数は、金12、銀8、銅21、合計41個(21日現在)は大健闘といえる。とくにレスリング伊調選手の四連覇、バドミントン高橋・松友ペアなど女性軍の活躍が光る。男子では陸上400mリレーや水谷隼が卓球最初の個人メダルを獲得。むかし荻村伊智朗、小山ちれ、などの名選手がいたが・・・。調べたら卓球が五輪競技になったのは1988年ソウル大会のことである。テニス錦織圭がメダルを獲得したのはなんと96年ぶり。

   日本が初めてオリンピックに参加したのは第5回ストックホルム大会(1912年)のことだが、初めてメダルを手にしたのはそれから8年後の第7回アントワープ大会でのこと。競技種目は意外にもテニスだった。熊谷一弥(1890-1968)が健闘し銀メダルを獲得した。しかし御本人、熊谷選手は「金メダルでなければ意味がない」と、大変悔しがったといわれる。シングルスの雪辱を晴らそうと、柏尾誠一郎選手とともにダブルスに出場し、こちらも堂々2位になっている。

2016年8月16日 (火)

ガッツポーズ論争

   ロジェ・カイヨワ(19913-1978)によると、「遊び」はアゴン(競争)、アレア(運、偶然)、ミミクリ(模倣)、イリンクス(めまい)の4種類に分類されるという。

   アゴンとは競争の形をとる遊びで、徒競走、競泳などが含まれる。アレアとは偶然にゆだねる遊びで、じゃんけん、サイコロ、賭博などが含まれる。ミミクリとは別の人格をよそおう遊びで、ごっこ遊びや演劇などが含まれる。イリンクスとは意識の混乱を求める遊びで、ブランコ、メリーゴーランド、ジェットコースターなどの疾走感をともなうものなどが含まれる。

    スポーツとは、本来、遊びが発展し、一定の共通した規則に従って身体的諸能力を競い合う、アゴンのカテゴリーの一つである。現代におけるスポーツという活動の解釈は多様であり、広義にとらえると、健康・体力の維持向上を目指した身体活動やレクリェーションなどの身体活動としてとらえられるが、狭義にとらえると、スポーツとはアゴン(競争)の原理によって構成されるプレイであり、身体技量の競争としてとらえられる。

   このことから、スポーツの原動力は「アゴンの欲求」であるといわれる。アゴンは自己の優越性、つまり自分がすぐれていることを他人に認めさせ、客観的な承認を得ようとする欲求であり、通常、オリンピックなどのように高度なスポーツ技術を大勢の観衆が見物するスタジアムで競い合うイベント形式で行われる。自己の優越性を誇示することが動物本来の欲求であり、今日の選手の「ガッツポーズ」や「雄叫び」などはその自己表現であろう。またすぐれたものを選び出し、栄誉を与えるのも社会的な機能のひとつである。例えばマラソンはオリンピックの華といわれるが、優勝者には月桂冠が授けられる。月桂冠とは、古代ギリシアで月桂樹をアポロ神の霊木とし、その枝葉を輪にして冠とし、優勝者の栄誉をたたえるために授けるのである。

   リオ五輪もアゴンの欲求、つまりガッツポーズが目立つ。太田選手のフェンシングでも2人の競技者がほぼ同時にガッツポーズをして自分の優位性を誇示する。卓球やテニスも得点が入る度にガッツポーズがでる競技の1つである。評論家の張本勲が銅メダルを獲得した卓球選手に対して、「あんなガッツポーズはダメ。手は肩より上げてはいけない」と指摘した。しかし、王貞治が756号ホームランを打った瞬間の写真では、張本は大きくジャンプしながら右手をあげてガッポーズしている。

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2016年8月 5日 (金)

リオ五輪はじまる

   南米大陸で初のオリンピック、リオデジャネイロ・オリンピックの開幕が明日に迫った。開会式は8月5日午後6時(日本時間6日午前9時)マラカニアン競技場で行われる。閉会式は21日。207の国と地域から約10,500人の選手の参加が予定されている。最終聖火ランナーが誰かが注目される。ペレ、ジーコ、それにネイマールが候補となっている。また難民となって母国から五輪に出場できない10人の選手は難民選手団として出場ができるという。選手団長は元女子マラソン選手テグラ・ロルーペ(ケニア)。新種目は7人制ラクビ―とゴルフ。マラソンは女子が14日、男子が21日。すでにサッカーは開始され、手倉森ジャパンはナイジェリアと対戦する。4対5と黒星発進。「らしくない展開となった」と手倉森監督。

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