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2009年11月21日 (土)

八百長疑惑

    台湾プロ野球や欧州サッカーで八百長疑惑が持ち上がっている。だが八百長といえば相撲がご本家である。むかし石原慎太郎が日刊スポーツ紙に大鵬・柏戸戦の全勝同士の対戦を、八百長試合であるかのように書いて物議を醸したことがあった。そういえば八百長の語源も相撲と関連している。明治の初め頃、相撲会所に八百屋の長兵衛という男が出入りしていた。長兵衛はよく伊勢海五太夫という年寄の囲碁の相手をしたが、本当は強いのにお得意様だからと思って、わざと負けた。これが仲間の人たちに知れわたり、いつしか相撲の隠語となっていたのが、いつのまにか人々の間に広まり、イカサマやインチキでなれあいの勝負をすることを八百長とあざけりののしるようになった。そこから、わざと負けることを八百長と呼ぶようになった。

2009年11月19日 (木)

記録は破られるためにある

   プロ選手の現役寿命が確実に延びている。通算記録でもこれまで不滅の大記録でも何十年のちに破られることがある。ベーブ・ルースの本塁打総数714本は絶対にやぶられないと誰もが思っていた。しかしハンク・アーロンが755本を記録し、762本のバリー・ボンズが現在記録保持者である。

    日本野球の王貞治の868本塁打や金田正一投手の400勝、福本豊の盗塁1065という数字は今後もまず誰も破ることのできない不滅の記録かもしれない。

    相撲でいえば常勝双葉山定次の69連勝がある。これまで何人もの横綱が挑戦したが、69という数字がいかに大きいかを知らされた。だが幕内通算800勝を超えた魁皇には実に大きな記録が待っている。一歩、一歩着実に積み重ねることによって、前人未踏の大記録を達成してほしい。記録は破られるためにある。

2009年11月18日 (水)

魁皇800勝を祝う

   モンゴル力士全盛にあって日本人力士の活躍は今ひとつである。そのなかにあって大関魁皇の幕内通算800勝は快挙である。国民栄誉賞の千代の富士の807勝にあと7勝にせまってきた。野球で例えれば、金田正一の400勝、王貞治の868本塁打に匹敵するものと思う。相撲はほかのスポーツよりも選手寿命は短い。大関でありながら横綱よりも勝ち星が多いというのは、節制と精進のたまものである。強さは瞬発力や一時的な好調よりも、持続した強さが人間には大切であることを教えてくれた。魁皇こそ真の意味で国民栄誉賞にふさわしいといえよう。

2009年10月23日 (金)

出処進退

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   今季のプロ野球も日本一をめざして終盤を迎えている。そんな中、一人の偉大な野球人が球界を去ろうとしている。野村克也である。現役時代の活躍はもちろんのことだが、長い監督時代も多くのプロ野球ファンを楽しませてくれた。本当に心から「お疲れ様でした」といいたい。最後の野村語録は「監督失格。4年やっても何も教育できていない。解任されて当然」と。野村一流の皮肉が面白い。球団から要請された名誉監督と背番号19を永久欠番にする話を蹴ったという。「楽天イーグルスは好きだが、楽天は嫌いだ」という発言も痛快である。いまつまらない日本人が多くなった。1565勝1563敗76分。弱小球団を采配したことを考えれば立派な数字である。もう野村のボヤキが新聞の活字にならないのかと思うと淋しい。

   ところで名誉監督というポストが何時頃から流行りだしたのか知らないが、あまりいいイメージはしない。一流企業や官公庁などでも第一線を退きながら元老格として、影で権力をふるおうとする仕組みだ。スポーツ、芸術家、小説家などは自由業で本来地位、名誉より白球を追う、美しい音を奏でる、文字で表現する、など人間的な行為の所産である。それをビジネスにして管理される組織人となるこは悲しむべきことである。コーチ、監督、大学教授、医師、弁護士、芸術院会員、ノーベル賞、これらの地位、肩書き、賞状は人間の優劣とは無縁のものであろう。獲得的地位に固執する人ほど見苦しいものはない。ある老政治家がなかなか引退しないので、総理大臣がお願いに行ったところ、激怒したという話は有名であるが、なにごとも晩節はけがしたくないものである。獲得的地位はいずれは返上するものなので、時期がくれば、潔く後進に道を譲るほうがいいと思う。

2009年10月 8日 (木)

がんばれ阪神タイガース

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   ヤクルト・阪神のCS進出を決める3位争いは熾烈である。台風18号の影響でグラウンドには強風が吹いていたが、ヤクルトの館山昌平は普段どおりに淡々と投げ続け、5-0と阪神打線を完封におさえた。明日の阪神戦にヤクルトが勝てば初のCS進出が決まる。一方、阪神は最終戦なので、9日に勝つと再び3位に浮上するが、ヤクルトの残り試合の結果次第でCS進出となる。ともかく阪神タイガースにはあと一試合しかない。最後まで全力で戦って勝利してほしい。

消えた○○川

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    ○○山、△△海、□□川。力士の四股名といえば一定のパターンがあった。とくに出身地に因んだ四股名が多かったが、最近ではあまり人気がない。とくに「川」の四股名をつけた力士は幕内には一人もいない。十両にモンゴル出身の徳瀬川が一人いるだけである。

   横綱では第2代は綾川五郎次、第5代は小野川喜三郎が江戸時代、第14代は境川浪右エ門が明治10年代、大正・昭和には第34代男女ノ川登三が横綱では最後である。男女ノ川は195センチの長身で人気があった。同じ頃、大関の清水川元吉も人気があった。ほかの関取では、前田川、相模川、幡瀬川、二瀬川、廣川、若瀬川、黒瀬川などが記憶に残る力士である。このような「川」のつく四股名の不人気の原因は、日本の川は護岸改修などでコンクリートに固められ、かつてのような荒々しさがなくなったからではないか、と分析している。

2009年10月 3日 (土)

運動選手の感情の表出について

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    喜びと悲しみ、愛着と嫌悪、幸福と不幸、成功と失敗など、人は様々な感情の状態をもち、快をもとめて不快をさけようとする。身体に表出される感情の変化は恥ずかしい時に赤面し、恐れた時に蒼白になるなど、自律神経系の働きによる表出にはじまり、意志的な支配する姿勢・ポーズにいたるまで、他から認知されうる種々の変化として捉えられる。

    昨日のコペンバーゲンでのIOC総会夏季五輪2016年開催地選考での東京落選の悲報は招致委員やアスリートたちの落胆ぶりを表出していた。スポーツ選手はことに感情表出が激しいだけに、天を仰ぐもの、顔を手で覆うもの、さまざまなポーズで悔しさを表現している。招致費用150億円、うち100億円は公費という、スポーツイベント開催はそんなに巨額の先行投資が必要なのか、改めて考えさせられる一幕であった。

    一方、スポーツでの喜びのポーズといえば、野球でみられるハイ・タッチ、サッカーではトンボ返りをしたり、飛び上がって喜ぶものもいる。なかでもガッツポーズは勝利を意味する最高の決めポーズである。こうした人間のもつ喜怒哀楽の感情を身体動作で全身を使って観衆にアピールすることは多くのスポーツで許されている。ただし日本での柔道、剣道、空手などの武道では禁じられている。相撲も当然のこと禁じられている。朝青龍が秋場所優勝決定戦で勝ち名乗りを受けた後、またもや土俵上で両手を突き上げた。これがガッツポーズであるのか、「ばんざい」なのか意見の分かれるところであろうが、内館牧子は「絶対にいけない」と批判したのに対して、鶴田卓彦は「わたし個人としては違和感かなかった」として意見が分かれ、結局今回はお咎めなしとなったようである。ガッツポーズが相撲の品格を落すものという強い姿勢を示さないと、他のスポーツのように派手なアクションが次々と出て「スモウレスリング」となるであろう。大リーグですらホームランを打った後の派手なガッツポーズ等は行ってはいけない行為とされている。

2009年9月30日 (水)

巨人は何故強いのか

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    巨人がリーグ優勝した。巨人は65年から73年まで不滅の9連覇を達成しているが、それ以後、長嶋と藤田が2連覇したが、3連覇を達成したのは原監督だけであり、実に36年ぶり快挙となる。常勝球団の宿命、勝って当たり前といわれる中での勝利であるが、原監督の采配は見事であった。去年の坂本に続き、松本をレギュラーに定着させた。亀井をホームランを量産できる不動の5番打者にした。ゴンザレス、オビスポなど外国人投手の起用に成功した。巨大戦力との批判はあるものの、原監督は的確な采配でチームづくりに成功した。

 巨人のV9戦士であった土井正三がペナントレースの優勝を見届けるかのように他界された。昭和44年の阪急との日本シリーズ第4戦のことである。巨人は4回無死1、3塁で長嶋が空振り三振。ところがこの時、一塁の王が二塁へ盗塁。阪急岡村捕手がそれを見て球を2塁へ送球、その間に、3塁の土井がホームへ。身体でベースを覆って2塁からの返球をとる岡村。土井はブロックですべり込むことができず、土井はアウトにもみえた。しかし、岡田球審の判定は「セーフ!」。猛抗議をした岡村は審判を突き飛ばし退場処分となる。翌日の新聞に捕手の股間のわずかな空間に、土井が左足を入れて本塁を触る決定的な写真が掲載された。結局この回一挙6点を奪い逆転。シリーズの流れを決めた土井のファインプレーだった。29日、黄金期を支えた名脇役の早すぎる死を悼んで、V戦士らが参列した。黒江、柴田、堀内らが柩を霊柩車に運び込み、名二塁手に最後の別れを告げた。89歳の高齢で車椅子の川上哲治が弔辞をよんだ。「V9は君なしではあり得なかった。」という言葉は最高の言葉だ。またイチローへの指導をめぐる風評に対しても「野球は全員が力を合わせてやるものと若いうちに教えたくてファームに置いた。君はイチロー君の才能をはじめから見抜いていた」と語った。いま日本の野球のレベルは世界的になった。巨人軍には有名な正力松太郎の遺訓というものがある。

巨人軍は常に強くあれ

巨人軍は常に紳士たれ

巨人軍はアメリカ野球に追いつき、そして追い越せ

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2009年9月28日 (月)

野球とサッカー、モルフォロギー(形態学)から見た相違点

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   日本で人気のスポーツといえば野球とサッカーである。その魅力と人気の秘密を解明することは興味あるテーマであるが、ここではモルフォロギーの観点から考察する。モルフォロギー(Morpolgie)とは、型や像を意味するギリシア語の女性名詞「モルペー」に由来し、形態学と訳される。むかしから運動競技の形態を大きくコンテスト(競技)とコンバット(戦闘)の二つに分ける分類法がある。前者は、競技で相手の妨害をうけることなく、自分の能力を十分に発揮できる形のものであり、後者はいうまでもなく、相互に直接的な妨害を許されて行われる争いである。サッカーは11人からなる各々2チームが手を使わない(ゴールキーバーを除く)で相手チームのゴールへボールを入れ、得点を争う競技であり、あきらかなるコンバット形式であるといえる。野球は1チーム9人からなる2チームが、ダイヤモンド形のフィールドにおいて交互に攻撃・守備をおこない、得点を取り合うものである。よく総力戦などと表現されコンバットのように見えるが、運動形態学から考えると、歩・走・跳・投・打などの運動の基本動作が妨害を受けることなく自己の能力を発揮できる状態にあるという観点からコンバット形式とはいえない。

すなわち運動競技をその特性に着目して、下記の7分類に区分して考察してみよう。

非競争的個人的運動・・・ラジオ体操、ストレッチ

非競争的対人的運動・・・社交ダンス

非競争的集団的運動・・・フォークダンス

直接的個人的競技・・・相撲、柔道、剣道

直接的集団的競技・・・ラグビー、バスケットボール、サッカー

間接的個人的競技・・・体操競技

間接的集団的競技・・・バレーボール、野球

   以上、運動形態学による分類によれば、サッカーは直接的集団的競技、野球は間接的集団的競技ということになる。

2009年9月25日 (金)

槿花一日の栄

Img_0007 左からキム・チャンオク、高橋尚子、甲斐智子

   スポーツの世界では、脚光を浴びるスーパーヒーローの陰にかくれ、その功績が全く忘れ去られる人がいる。女子マラソンの甲斐智子の名を知る人は今日どれだけいるだろうか。

    シドニー・オリンピックは史上最強の女子マラソンの日本代表トリオといわれた。その中に甲斐智子の名はない。高橋尚子、山口衛理、市橋有里であった。実力もさることながら、美人揃いであることが男性の女子マラソンへの関心を高めた。しかし彼女たちに勝るとも劣らぬ可愛さの甲斐は不運が続いた。98年の名古屋、98のアジア大会、2000年の名古屋と3度高橋尚子と戦って3度とも敗れた。彼女の全盛期は高橋尚子と全く重複していたのも不運であった。1998年のバンコクでのアジア大会。高橋が猛暑のアユタヤを独走して一躍ヒーローとなったレース。この試合も甲斐は粘って2時間35分01秒で第3位で銅メダルに輝いた。しかし翌日の新聞には高橋一色で、甲斐の記事はほとんど無かった。いま思えば、甲斐智子は朝開き夜しぼむムクゲの花のような短い選手生命だった。「槿花一日の栄」しかし、その美しさは永遠に忘れない。

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