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2016年10月 4日 (火)

書斎で愉しむ

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 文学者の書斎は仕事場であるが知的空間の創造性はたいへん参考になる

   台風18号が接近している雨の秋の一日。そんな時、一人で自分の時間を過ごすのもいい。読みたい本に囲まれて、すきな音楽を聴きながら、ゆったりと過ごす。小さな空間を利用した理想的な条件の書斎を考えてみたい。

1.ちょうどよいスペース。狭すぎず、かといって広すぎると空虚感や落ち着かない感じになる。書斎は図書館と違って、心地よい、ちょうどよい広さが絶対条件である。

2.本が密集している。好みにもよるが、天井までいっぱいに本があると異空間、知的な空間が眼前にあり、読書に耽る雰囲気がでてくる。

3.渾然一体感。古い本と新しい本。仕事に役立つ本と趣味の本。写真集と辞書・事典。学術書と絵本。ともかく対照的にものがあると新しい発想が生まれる。

4.本だけでなく小物が大切。写真や旅先で買った土産品。古いポスター、ぬいぐるみ、子どもの頃に遊んだおもちゃ。プラモデル。吉本隆明の書斎をみると民芸品がたくさん書棚にある。さすがに知の巨人である。

5.季節感も大切。これから秋。どんぐり、落葉などさりげなくあるとイイ感じ。

6.換気。網戸のある天窓があり、天気のいい日は自然の外気も取り入れる。換気扇もある。密閉した空間なので空調設備は大切。

   これらすべて満たすと、掃除もめんどうだけど、清潔が一番なので小まめにティシューなどでほこりをとることは健康上大切である。

2016年5月28日 (土)

雨の日の読書

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    当読書施設にご来館される方のなかには、明確な読書目的をもって来られるとはかぎらない。時間つぶし、たまたまの気まぐれに、あるいは雨宿りに。実は雨宿りが結構多い。傘をもたずに外出して、驟雨に遭い、よそ行きの服を着ていたりしたので、雨宿りに入ってみるというケース。それでもいい。雨はうれしい。

本ぶりになって出て行く雨やどり

   ☆ ☆ ☆ ☆

林達夫「歴史の暮方」、柳宗悦「蒐集物語」、三枝博「日本の思想文化」、小林秀雄「人生について」、鏑木清方「こしかたの記」、武井武雄「本とその周辺」、岡茂雄「本屋風情」、出久根達郎「古本綺譚」、藤木九三「雪、岩、アルプス」、増田義郎「インカ帝国探検記」、梅棹忠夫「文明の生態史観」、レッシング著、大庭米次郎訳「賢者ナータン」、リッケルト著、野上豊一郎訳「春の目ざめ」、安倍能成「綱島梁川集」、谷川徹三「教養と人生」、堀秀彦「恋愛」、秋山英夫「人間ニーチェ」、ヒルティ「希望と幸福」、シュヴァイツァー「愛と思索の日々」、山室静「世界文学小史」、神宮輝夫「子供に読ませたい本」、カザミヤン「イギリス魂」、和歌森太郎「歴史の見かた」、吉田光邦「江戸の科学者たち」、中村浩「糞尿博士世界漫遊記」、賀川豊彦「聖書の謎」、庄司浅水「奇談千夜一夜」、川合彦充「日本人漂流記」、江戸川乱歩「探偵小説の謎」、宮本常一「伊勢参宮」、近野不二男「幻島の謎」、ウェスターマーク「人類婚姻史」、ゴルドマン「隠れたる神」、松田修「植物世相史」、篠田統「米の文化史」、金森健生「マンガ昭和史」、串田孫一「博物誌」、長尾久「ロシヤ十月革命の研究」、呉濁流「泥棒に生きる」、吉岡三平「岡山の女性」、高峰秀子「いいもの見つけた」、常石茂「中国の故事と名言」、栃折久美子「モロッコ革の本」、中島梓「美少年学入門」、西口克己「山宣」、クルプスカヤ「児童教育論」、山崎謙「人間論」、ルカーチ「レーニン論」、「ことわざ名言事典」、「翻訳家列伝101」、「眠る盃」、「早わかり日本文学」、「不肖の息子」

2016年3月10日 (木)

紙文明1900年、印刷文明560年

Photo   トーマス・フランシス・カーター(1882-1925)は、その著書「中国における印刷の発明とその西漸」のなかで「紙の発明とその伝播は印刷の発明とともに、宗教改革の道をひらき、教育の普及を容易にし、火薬・羅針盤の発明とならんで、近代世界を形成する上に大きな役割を果した」と述べている。今日いうところの紙は、中国において後漢の宦官・蔡倫が樹皮・麻くず・ぼろ・魚網くずなどの植物繊維を原料としてつくつたのが最初であると後漢書が伝えている。紙文明は、15世紀のグーテンベルクの印刷術の発明とともに、近代文明と教育の普及を担ってきた。いわば紙は約500年間中国人の独占物であり、その後500年間は、もっぱらイスラム教徒のほとんど排他的ともいうべき支配下におかれていた。紙がヨーロッパに導入された後、その受け入れにはいくつかの障害があった。まず第1つに、パーチメントがまだ十分評価に耐えうる素材であり、ヨーロッパ製の初期の紙よりはるかによいものであった。第2に、ヨーロッパでの教育は、遅れており、字の読める人間の数は僅少であった。さらに、当初、教会は紙の受け入れに難色を示した。というのは、それがもっぱらイスラム教徒ないしユダヤ教徒に起源をもつものであったがためである。そこから、公的な記録や重要な証書として紙の使用を禁ずる法令が出ている。1221年における皇帝フレデレック2世の布告は、紙に書かれた証書は、法律的に無効であるとうたっている。したがって、紙は長い間、君主然たるパーチメントに対して臣従的なきわめて低い地位を占めていたに過ぎない。だがヨーロッパの舞台に印刷術が出現するとともに、紙のもつ本来の有用性が日の目をみることになる。だが21世紀以降の印刷物の氾濫は膨大な量に達し、その保存・整理が問題視されてきた。今年、日本でもアイ・パッドの発売により、紙の図書をめぐる状況は大きな変化をみせている。自分でスキャナーを購入して、紙の本を裁断機で切断して、スキャンして、自分で電子書籍をつくる人も出てきた。愛書家が聞いたら卒倒しそうな話だが、狭いマンション暮らしの人にとっては本の保管スペースなどをコストで換算すれば、処分するほうが得策と考えるのだろう。税金で運営される公共図書館でも書庫の収納限界に達した館では、電子化が促進される時代になってきた。本に対する専門的な知識を持たない職員の多いところでは、貴重な書籍が失われていく現状を知っているものにとっては、電子書籍元年という呼び声(新商品の販売戦略の営利行為)が愚行、蛮行の時代の時代の到来であることを確信している。なおカーターの大著は「中国の印刷術」として東洋文庫の一冊として翻訳されているが、執筆動機にはフランスのぺリオ(1878-1945)の千仏洞の経典の発見などの影響もみられる。つまり欧米人が砂漠の敦煌から東西文明の交渉史に衝撃を受けた著作なのである。文化史や文明論、および文化行政は1000年スパンの巨視的な態度でみなければいけない。

2016年3月 6日 (日)

夢の文庫、理想の図書館

富士の山ほど願って蟻塚ほど叶う

 大きい願いをもっても、実際にかなうのはきわめて僅かなものである。この諺は江戸中期あたりからあったらしい。若い頃は理想の図書館とは広大で世界一の蔵書を誇る図書館だと信じて疑わなかった。しかしインターネットの時代を迎えて、必要な資料の多くがデジタル化されると、必ずしも大部な本を集積することは意味が無くなった。むしろ本でなくては味わえない資料をコレクションすること、いつでも手近かにあって読みたいときに読める、というのが理想の図書館の一要件となった。いまアメリカでは郵便ポストのような小さな本棚を庭先につくり、地域の人たちに無料貸出するリトル・フリー・ライブラリーが流行している。つまり図書館は規模の大小ではなく、収集家が長い年月をかけて愛情をもって精選されたコレクションであればどんな図書館も選ばれる資格があるといっていい。

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   「図書館は成長する有機体である」という有名な言葉があり、たえず更新していなければ、それは死んだ書庫、あるいは本の保管庫にすぎない。段ボール箱に何万個本を詰め込んで持っていようと、それは所蔵しているとはいえない。書斎と図書館との違いは、蔵書数の違いではなく、地域に公開されているか否かではないだろうか。図書館と文庫の違いはあまり問題ではない。子ども文庫であろうが、大人向けの本があろうが、みな図書館である。理想の図書館とは、ひとそれぞれに考えは異なるであろうが、私は「たえず変化し、成長している図書館」と考える。資料的に新しくとも、すぐに色褪せ新鮮度は失われる。ジャンルが決まっていれば、その分野に興味のない人にとっては単なる紙の束にすぎない。万人が興味をいだき、手にとってみたくなる蔵書構成。そして自宅のリビングのようにくつろげる空間、無機質な近代的図書館ではなく、書斎のようでありながら、読みたい本がたくさんある。そんな理想の図書館を一生追求していきたい。

   街角の本屋、オフィスの書棚、自宅の本棚、古本屋、地域文庫、さまざまな本のある空間を画像で見ていると、ちょっとした工夫でよくなるヒントが見つかる。

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2015年8月18日 (火)

今日の名画

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  モネ  ザーンダム付近の風車  1871年

2014年10月13日 (月)

土のう積み

Image   台風19号が午前8時半、鹿児島県枕崎市付近に上陸した。この後、14日にかけて西日本にもやってくるのは確実となった。朝から店は休館で、台風への備えで汗だく。1階が店舗で、河川の氾濫による浸水を防ぐため、自家製の土嚢を積み上げる。

2014年5月22日 (木)

女性の書斎・ひとり好き

Why20is20chastity20important2020av0    私設図書館「女性の書斎・ひとり好き」は、アット・ホームな雰囲気の中で芸術・文化に親しみながら読書が楽しめる環境を提供します。ゆっくりと自習もできます。只今、「昭和レトロ展」を開催中。未曽有の敗戦を乗り越え、未曽有の繁栄を築いた昭和。平成もすでに26年になるが、昭和の記録をもう一度ふり返ってみてはいかがでしょう。

◆女性専用(ただし土・日曜は男性も入館できます)◆入館料200円(何時間でも均一料金)◆小学生以下無料◆営業時間 12時~18時◆場所:兵庫県宝塚市伊孑志3-16-26

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2014年5月21日 (水)

幻想読書室

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   僕はよくリュウ・ド・セーヌなどの通りの小さな店先を通りすぎる。古道具屋、古本屋、銅版画屋などの店が、窓いっぱい品物を並べている。誰もはいっていく人はいない。ちょっと見ると、商売などをしていそうに見えぬくらいだ。しかし、店の中をふとのぞきこんでみると、誰か彼か人間がいて、知らん顔ですわったまま本を読んでいる。明日の心配もなければ、成功にあせる心もない。犬が機嫌よさそうにそばに寝ている。でなければ、猫が店の静かさをいっそう静かにしている。猫が書物棚にくっついて歩く。猫は尻尾の先で、本の背から著者の名まえを拭き消しているかもしれない。こういう生活もあるのだ。僕はあの店をそっくり買いたい。犬を一匹つれて、あんな店先で二十年ほど暮らしてみたい。ふと、そんな気持ちがした。( リルケ「マルテの手記」)

   まるでケペルの店「女性の書斎・ひとり好き」のような風景が100年ほど前のパリには実際に存在していたのだろうか。あの店が何屋さんかは明らかではない。ともかく古い本が読める、店があることだけは事実だろう。リルケの「マルテの手記」は小説ではあるが、20世紀初頭のパリの情景が、リルケの目(小説ではマルテになっているが)を通して、折々の思索のように綴られている。筋のようなものはないので、通読するには難解なものであるが、リルケのブログと思えば興味深々、熟読玩味できる作品である。リルケは国民図書館(ビブリオテク・ナシオナル)にはよく通ったらしく、図書館の記述もあるが、リルケが20年ほど店先で暮らしたいといったこの幻想の読書室の正体は謎である。

2014年2月 7日 (金)

せどり

Photo_2    「せどり」という古本業界の専門語がある。「広辞苑」には「同業者の中間に立ち、注文品などを尋ね出し、売買の取次をして口銭をとること。また、その人」とある。ネットの登場によって、せどり業者は無くなったと思いきや、やはり「仕入れ」などでこの言葉はよく使われるようである。「女性の書斎ひとり好き」は蔵書コレクションを見せる展示博物館的な要素があるので、仕入れはやはりブックオフが多い。これからは新古書店だけでなく古書店、あるいは古本屋からでも珍しい本をどんどん収集したい。でも思うようにはなかなか集らない。本は見つけた時に買わないと、あとで買おうと思っていてなかなか手に入らない。「せどり」を漢字で書くと「糴取」となる。とても難しい。

2013年2月26日 (火)

アンニョン・クレヨン来演「パパカレーのうた」

Cabahzo7  アンニョン・クレヨンのミニ・コンサートが24日、「女性の書斎ひとり好き」で開かれました。「世界に一つだけの花」「なごり雪」「春の小川」「異邦人」「イムジン河」「ふるさと」「小さな世界」「パパカレーのうた」全8曲を熱唱。まだ肌さむい季節ですが、ライブを聴いて心があたたかくなりました。アンニョン・クレヨンはギターそうま、ボーカルきむみじゃの男女2人のグループで宝塚を拠点に関西で活動しています。来月には「第29回ふれあいコンサート」にもスペシャル・ゲストで出演されます(3月17日13時~16時アピアホール:阪急逆瀬川駅前アピア1(5階)。

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  「パパカレーのうた」 ご近所の中村さんに声をかけたら、「もう知っているよ。CD毎日聞いてる」とのこと。宝塚では只今、ヒット中。

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お母さんの膝のうえにいる欣之助ちゃん(満1歳)のデビューステージ

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