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2026年10月19日 (月)

ハロウィンがやってくる

   仮装やコスプレをして、パーティを開いて楽しむハロウィーンもずんぶんと広まってアジアにも定着してきました。でもハロウィンが日本で知られるようになったのは1970年代になってからのことです。レイ・ブラッドベリの小説「ハロウィーンがやってきた」(1975年)やジョン・カーペンター監督の「ハロウィン」(1978年)などによるものです。ハロウィーンを題材とした映画は意外と少なくて「キャスパー」(1995年)や「ホーカス・ポーカス」(1993年)など数本しかありません。東京ディズニーランドでイベントが催されたり、渋谷で大勢の若者が集まったりして、日本でも90年代末頃から浸透してきました。でも雑踏にはご用心!2021年はには韓国・ソウル梨泰院で集まった多数の若者たちが転倒して158人が死亡するという痛ましい事故が起こりました。韓国語では「イテウォナプササゴ」と呼ぶらしい。大半が20代から30代の若者たちである。なぜこれほど大数の若者が1カ所に集結したのであろうか。死因の多くが圧死という。厳しい受験競争や兵役がある韓国では、ストレス発散になるハロウィン・イベントは孤独な若者が自分を発散している側面がある。トックと呼ばれる若者たち(日本語のオタクが訛った言葉)が、大好きなことを、思いっきり楽しもう、という感覚がある。そもそもハロウィーンって何なのか?もとはアングロ・サクソン系の祭日。10月31日すなわちキリスト教の万聖節の前日をいう。古くはヨーロッパの原住民ケルト族の収穫感謝の祭日「サウィン祭」で、ケルト暦の大みそかにあたり、ケルト伝説によればこの夜、悪霊たちが迫りくる長い冬を避けて遠くに飛び去り、魔術師たちが戸外を駆け巡って来年の予想を声高に叫び歩いたという。現在でもこれらの習慣が残されており、仮面をかぶって広場で踊り、子供たちがカボチャをくりぬいたランプを提げて行脚を行う。「ジャック・オ・ランタン」(Trick-or-treating)と言って近所を回る。本来はカブのランタンをともしながら暗い道を歩き続けたというアイルランドの伝説に由来される。

 

 

 

 

 

 

 

2026年10月18日 (日)

沖田総司の妻

Photo     沖田総司(1842-1868)といえば今では知らぬ人はないほど歴史上の有名人物であるが、むかしは新選組といえば近藤勇くらいで、あとの隊士はほとんど無名であった。中里介山の「大菩薩峠」に沖田総司が登場するのが初めであろうか。昭和37年に発表された司馬遼太郎の短編集「新選組血風録」と東映が昭和40年にドラマ化したため一躍、土方歳三(栗塚旭)、沖田総司(島田順司)、斎藤一(左右田一平)の名はお茶の間に知られるようになった。とくに若くして結核で死ぬ沖田総司は青年剣士のイメージで熱狂的な女性ファンをつくった。映画「燃えよ剣」では山田涼介が、鶴田浩二版「新選組」では有川博が演じた。BSプレミアム「新選組血風録」では、辻本祐樹が半井お悠(寺島咲)との淡い恋を描いている。だが史実はどうなのだろうか。幕末維新史家の川西正隆によれば、池田屋の変の戦闘で負傷した総司は壬生村の医療所、浜崎新三郎・トク夫妻宅で手当てを受けた。総司はこの時、トクの助手をしていた石井秩という女と知り合う。彼女は山城乙訓郡西本生邑・百姓石井忠左衛門の娘で天保15年(1844)10月18日の生まれであった。秩はユキという女子の連れ子をして、浜崎家へ来ていた。総司はユキを連れて壬生寺へ遊びに出かけたという。総司と秩は恋仲になり、秩は慶応2年11月5日にキョウという総司の子供を産む。しかし秩は翌3年4月26日に死没した。京都・光緑寺の墓地の「沖田氏縁者」と刻まれた墓碑は秩のものだという。娘ユキとキョウはその後どうなったのか。誰かに育てられたらしいが、明治の世、新選組隊士の娘は、はばかられる時代なので、いかなる人生をすごしたかは誰もわからない。沖田総司の子孫は現在もいるかもしれない。(川西正隆「沖田総司の恋人の謎」歴史と旅 昭和55年11月号) 画像は沖田総司の妻、秩の墓(京都市四条大宮町37番地)

2026年10月17日 (土)

川端康成「雪国」

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 1968年のこの日、川端康成は日本人としては湯川・朝永博士に次いで3人目のノーベル賞を受賞した。川端がノーベル文学賞を受賞したニュースは当時、明るい話題として大きく取り上げられた。対象作品は「雪国」「千羽鶴」「古都」と、短編「水月」「ほくろの手紙」などであったが、なかでも「雪国」は広く読まれた作品で、何度も映画・ドラマ化されている。

   国境の長いトンネルをぬけると雪国であった。島村は年の暮れの寒さのなかを女に会うためにやって来たのである。無為徒食の島村は、ともすれば失いがちな自身に対するまじめさを呼びもどすために、この春、一人で国境の山々を歩きまわり、山をくだって、たまたま泊まった温泉宿で駒子と馴染んだ。駒子は三味線と踊りの師匠の家にいた娘だったが、今度は芸者になって出ていた。頬を染めて懐かしそうに島村の手をにぎる駒子に、島村は来るべきところへ来た思いがするのだった。駒子はからだをぶつけるように、しげしげと彼に会いに来た。ついには朝がきても帰らず、師匠の家にいる葉子に三味線を持ってこさせて、島村のまえでさらったりした。駒子の三味線は文化三味線譜で習ったものだが、山峡の自然を相手に稽古したその撥の音は、どこまでも強く、冴えかえり、聞きほれる島村の心に孤独な女のひたぶるな純粋さが、せつなくしみ通るのだった。駒子には夫婦になるはずだった師匠の息子がいた。彼は病気で、駒子が芸者に出たのも、その病気の費用を出すためだった。島村が東京へ帰るとき、駅まで送った駒子のもとへ、葉子が息子の急変を知らせてきたが、駒子は葉子を追いかえし帰ろうとしなかった。葉子は息子を愛していた。

   三たび女をもとめて島村がやって来たのは、秋だった。細かい羽虫や蛾の飛び回る部屋で、駒子は激しく島村の胸に身を投げかけた。このまえ駅まで送ってきた駒子が、とうとう師匠の息子の死に目にも会えなかったらしいことを知った島村は、駒子をさそって息子の墓へ参った。墓には葉子がいて、燃える目で刺すように二人を見た。駒子は宿へ呼ばれさえすれば、島村の部屋へ寄っていった。そんなことが狭い土地のうわさになれば、身を滅ぼすと知りながら、駒子は「それでいいのよ。ほんとうに人を好きになれるのは、もう女だけなんですから」と、顔を赤らめるのだった。駒子は「あの子を見てると、行く末私のつらい荷物になりそうな気がするの」と島村に言った。葉子はその駒子を島村のまえで憎いと言った。かとおもうと、「よくしてあげて」と真剣にたのむ。「私を東京へ連れていって」とも言うのだった。

   ついに雪の降る季節がきた。ある晩、映画をやっていた繭倉から火が出た。自動車で偶然そこを通りかかった島村と駒子は、逃げおくれた葉子が失神したまま低い二階から落ちるのを見た。夢中で駆けよった駒子は、芸者の長い裾を引いて葉子を抱きかかえると、「この子、気がちがうわ。気がちがうわ」と叫ぶのだった。それが島村には、駒子が自分の犠牲か刑罰かをいだいているように見えた。(引用文献:友野大助「日本名作事典」平凡社、10月17日)

2026年10月16日 (金)

道長「この世をば」の和歌について

この世をば我が世とぞ思ふ望月の かけたることもなしと思へば

    藤原道長は、娘・彰子を一条天皇の后妃としたが、なかなか子供が生まれない。兄・道隆の娘・定子には既に皇子が生まれているので、やきもきしていたであろう。道長は皇子誕生を吉野の金峯山にまで行って祈願する。金峯山の効験があったのか、ようやく皇子が誕生する。入内して7年目のことである。出産に際しては、今度は安産を願って、加持祈祷などを常軌を逸するほどにののしり騒ぐのである。その験厚く、無事に皇子が誕生するや、道長は、皇子の敦成(あつひら)親王、後の後一条天皇を我がものにして喜ぶ。長和5年、敦成は8歳で天皇に即位し、道長は摂政となり、権勢を振った。四人の娘を入代させ、皇室の外戚として政権を独占した。翌17年長男頼通に摂政を譲り、自分は太政大臣となりその後も勢力をふるった。道長、頼通父子は、後一条・後朱雀・後冷泉の3天皇の摂政・関白として約50年間栄華を極め、摂関政治の全盛期を現出した。

「この世をば」の歌は、寛仁2年(1018年)10月16日、四女の威子が後一条天皇の女御から皇后に昇進したのを喜んで、道長自身が即興的に詠んだといわれる。「御堂関白日記」には見えず、道長に批判的だった小野宮右大臣藤原実資の日記「小右記」に記されているため、世に知られることとなった。しかし「小右記」には、そのころ京に盗賊や放火が頻繁にあり、取り締まりのために宿直を置くことを検非違使別当に命じている。また4年後の治安2年には大雨によって光瑞が起こり、民家が多く流される。

 栄華をつくした道長の姿は「源氏物語」の主人公として光源氏に投影され、また「栄華物語」では理想的な人物として描写されている。望月の歌を詠んだ道長は、威子の立后をもってみずから満足し、そののちは急速に世事と離れて法成寺の建立に心を傾けはじめた。道長は寛仁2年むごろから、ときどき病気になり、健康状態も思わしくないようになった。万寿4年、道長没する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年10月15日 (木)

龍馬の婚約者・千葉佐那

 千葉佐那。北辰一刀流桶町千葉道場主・千葉定吉の二女。馬によく乗り、剣も強く、長刀もできて、力は並の男より強く、美貌で知られた。龍馬と知り合い、婚約したが、帰国後は疎遠になった。龍馬の死後も彼を想い、一生を独身で過ごした(。一説に結婚歴あり)。明治21年に千住で灸専門の治療院を開いた。明治29年10月15日、59歳で死去した。墓地は、甲府市清運寺にあり、墓石には「坂本龍馬室」と彫られている。

 

 

 

 

2026年10月14日 (水)

稲架(はさ)(「ハ」事項索引)

20090701_hailuoto[  は  ]

 「バナジウム」原子番号23の元素。合金として、鉄鋼を加えたバナジウム鋼は、工業分野で広く使用される。▽「肺臓ジストマ」東南アジアの熱帯に分布する吸虫類の寄生虫。▽「バイモ」ユリ科の属の一つ。春先にクリーム色の花を数輪うつむきがちに咲かせる山野草。▽「博古」1907-1946。本名は秦邦憲。毛沢東の政敵で、権力闘争で敗北した。▽「函石浜遺跡」京都府京丹後市久美浜町湊宮の箱石海岸の砂丘上に広がる国の史跡。▽「パタゴティタン」アルゼンチン・パタゴニア・チョブ州のセロバルチーノ累層で見つかったティタノサウルス類の竜脚類の属である。英ロンドンの自然史博物館には全長37mの骨格模型が展示されている。▽「バンジージャンプ」1971年イギリス人がバヌアツの儀式から発案し、高い場所からジャンプしたのが近代的バンジージャンプの起源という。▽「バイイ」1736-1793。フランス革命期の政治家。▽「貝多羅葉(ばいだらよう)」貝多羅ともいう。かつて南アジアや東南アジアで広く使われたシュロやヤシの樹木の葉を利用した文書の材料。▽「馬遠」1160-1225年。南宋の画家。▽「パサロヴィッツ条約」1718年オスマントルコがオーストリア、ベネチアとの間に締結した条約。▽「バシーの虐殺」1562年に起こったユグノー教徒を多数殺傷した事件。▽「ハガチ―事件」1960年ジェイムズ・ハガチ―がアイゼンハワー訪日に反対するデモ隊に包囲され、米軍ヘリコプターで脱出した事件。▽「バシリク古墳群」ロシア南シベリア。スキタイ人の遺物が発見される。▽「ハガイ」イスラエルの預言者。前6世紀バビロニア捕囚から帰還後、荒廃したエルサレム神殿を再建すべきことをすすめた。▽「パイロットファーム」1956年北海道の根釧台地で機械を導入し近代経営の形態をとる先駆的な実験農場。▽「ハイアット」1870年セルロイドを発明。▽「パレイドレア(変像症)」意味のない対象に、特定の意味を認識してしまう幻視の一種。例えば、天井のしみが秘史の顔に見えてしまう。▽「パストラル」ベートーヴェン・ピアノソナタ「田園」。▽「半仙戯(はんせんぎ)」ブランコのことで、半分、仙人になった気分になるからとか。▽「牌符」元の駅伝制(ジャムチ)で使用された通行証。▽「ハイメ1世」イベリア半島東部のアンゴラ連合王国の王ハイメ1世は13世紀イスラム支配下の地域を征服してレコンキスタの大躍進を果たして征服王と呼ばれた。▽「バージェス頁岩」約5億500万年前の海棲動物群を化石として閉じ込めた、そのころ海底崖であったところの堆積層。発見者チャールズ・ウォルコットにちなんで命名された。▽「パシュート」平昌五輪で高木美帆ら三選手スピードスケート団体競技で金メダル。pursuitとは「追跡」という意味。▽「ハナミズキ」アメリカ原産で、大正初年に渡来し、庭などに植栽された。アメリカヤマボウシという。4月から5月、白・淡桃色の四枚の大きな花びらがあざやかである。▽「ハジチ」かつて琉球列島で女性の指から手の甲、ひじにかけて施された入れ墨。「針突」と表記する。成女儀礼、本土にさらわれないための魔除けの願いが込められている。▽「バンジュール」ガンビア共和国の首都。▽「バイオーム」生物群系。ある気候条件の地域で、それぞれの条件下での安定した極相の状態になっている動植物の集り(群集)をいう。気温と降水量が主な環境要因。バイオ(bio=生物)とオーム(ome=全体)という2つの言葉をつないだもの。▽「バージェス動物化石群」1910年にアメリカの古生物学者チャールズ・ウォルコットがカナダ南部のロッキー山脈でバージェス頁岩を発見。化石の中にはピカイアやアノマロカリスも含まれる。▽「パスカルの原理」密閉流体の一部に加えられた圧力は、流体のすべての部分に大きさが変わることなく伝達される。▽「パバーヌ」16世紀にヨーロッパで流行した緩やかな宮廷舞踊。▽「ハムン」咸興。北朝鮮・咸鏡南道。▽「ハーモニカ」1821年ドイツのクリスチャン・フリードリヒ・ルートヴィヒ・ブッシュマンが発明した。▽「パブ・エル・マンデブ海峡」紅海とアラビア海のアデン湾を結ぶイエメン沖の海峡。▽「パラリンピック」パラプレジア(脊髄損傷等による下半身麻痺者)+オリンピックの造語。第一回大会は1960年のローマだが、用語が広まったのは1964年の東京大会からである。▽「バルチヴァール」ドイツの宮廷詩人ウォルフラム・フォン・エッシェンバハ作。中性騎士文学の最高峰。▽「バルディヤ刺殺事件」前522年アケメネス朝ペルシャでカンビュセス2世がバルディヤを殺害、王位を簒奪する。その後、ダリウスが反乱を即位した。▽「バルバロッサ作戦」第二次世界大戦中のドイツ軍によるソビエト連邦奇襲攻撃作戦の名称。▽「パルモア病院」神戸市中央区にある病院。1956年に日本で初めて産婦人科と小児科が一体となって医療を提供した。▽「バレイドリア現象」曖昧な図形を本来と違うものに見てしまう錯覚現象。▽「蕃茄(ばんか)」トマトの異称。▽「パンガシウス」東南アジアに生息する魚類ナマズ目の淡水魚。「バサ「チャー」とも呼ばれる。▽「パンジャーブ」インド北西部からパキスタン北東部にまたがる地域。インダス川に囲まれた地域で、古代文明が発達した穀倉地帯である。▽「パンソリ」18世紀初頭に全羅道を中心に、庶民の間で唱劇につけて歌われた、哀歓豊かな節回しと力強いこぶしで物語りを歌い綴る韓国の代表的な伝統音楽。▽「バーンチエン遺蹟」1960年にタイ北部ウドニンターニー県ノーンノトン県にある村バーンチエンで発見された古代遺蹟。紀元前3000~2000年頃で、稲作・農耕文化をもち、陶器技術も発達した。▽「パンチャタントラ」古代インドの説話文学。世界の説話に影響を与えた。「イソップ」の原型がみられる。▽「ハンネレの昇天」ドイツのハウプトマンの1893年の戯曲。▽「ハンラサン」済州島にある漢拏山(ハンナサン)は海抜1950mある韓国で最も高い山。(ははは)

葉
歯
刃
ハアバイ(群島) トンガ王国
バアルべク(レバノン)
バイアグラ
ハイアット
バイアブランカ(アルゼンチン)
バイイ
ハイエナ
梅雨
バイオマス
バイオーム
バイオントダム災害(1963年)
ハイカラ
バイカル湖
バイカルハナウド
バイキング
バイクスピーチ(山)アメリカ・コロラド州
牌符(パイザ)
梅松論
背水の陣
肺臓ジストマ
バイスティックスの7原則
バイソンレザー
貝多羅葉(ばいたらよう)
ハイチ
ハイチ地震(2018年)
バイデン,ジョー
廃刀令
背徳者(アンドレ・ジイドの小説)
廃仏毀釈
ハイヌウェレ
灰の水曜日
ハイバル峠
ハイビスカス
バイブル
ハイムリック法
ハイメ1世
バイモ
バイヨンヌ(フランス南西部)
ハイルオト(島) フィンランド北西部(画像)
ハイレ・セラシエ1世
バイロイト音楽祭
パイロットファーム
バウハウス
パウロ
馬遠
ハオルシア・オブツーサ
馬鹿
馬鹿貝
ハガイ書
葉隠
博多どんたく
ハガチ―事件(1960年)
袴田事件(1966年)
バカヤロー解散(1953年)
ハギア・ソフィア(イスタンブール)
ハギオス・デメトリオス聖堂
パキスタン
萩焼
萩原朔太郎
萩の乱
巴金
パーキンソン病
白亜紀
白隠慧鶴
パグウォッシュ会議
白鯨
博古
ハクサイ
パクス・ブリタニカ(イギリスの平和)
パクス・ロマーナ(ローマの平和)
白村江の戦い
バグダッド
白鳥座
バクテリア
白頭山
ハクビシン(白鼻心)
博物館
白鳳時代
ハーグ密使事件
白楽天
バグラチオン作戦
羽黒山(山形県)
筥迫(はこせこ)
函石浜遺跡
函館
箱床
箱根
稲架(はさ)
ハサヴエルト協定(1997年)
パサデナ
迫川(宮城県)
ハザール王国
パサルガダエ
パサロヴィッツ条約
ハサンケイフ(トルコ)
箸
バージェス頁岩
ハジチ
バージェス動物化石群
バージニア(州)
バシーの虐殺
ハシバミ
パシフィック・メイル汽船会社
ハシブトカラス
ハシボソカラス
パシュート
バジリカータ(イタリア南部)
パジリク古墳群(アルタイ共和国)
走れメロス(太宰治の短編小説)
パスカルの原理
バスコ・ダ・ガマ
パストラル
パスパ文字
長谷川如是閑
支倉常長
バセドウ病
バーゼル(スイス)
バセンスウエイト湖(イギリス)
バタヴィア
パタカラ体操
パタゴティタン
パタゴニア
バターシーの楯
旗本寄合席
働き方改革
バターン死の行進
バチカン
蜂須賀正勝
パチャカマック神
馬超
八路軍
パチンコ
八甲田山
バッキンガム宮殿
ハックルベリー・フィンの冒険
白血病
パッサロヴィッツ条約
ハッチョウトンボ
服部半蔵
パテーの戦い(1429年)
パディントン(ロンドンの地下鉄)
パディントン駅列車衝突事故(1999年)
ハトシェプスト
ハドソン川の奇跡
鳩時計
ハード・ボイルド
ハドリアヌスの長城
ハドリアノポリスの戦(378年)
ハトロン紙
花川戸助六
バナジウム
ハナス湖
パナソニック汐留美術館
バナナ
バナナの叩き売り
バナナマン
英一蝶
ハナミズキ
バーナム効果
花より団子
パニック障害
羽田空港
バノックバーンの戦い
馬場辰猪
パバーヌ
ハバロフスク
羽曳野
馬鼻疽
パピヨン(犬種)
パピルサ
パピルス
バビロニア
バビロン捕囚
バビンスキー徴候
ハピントン陰謀事件
バブ・エル・マンデブ海峡
バベルの塔
パホイホイ溶岩
歯舞諸島
ハボローネ
浜名湖
破魔矢
バーミヤン
ハムン
ハメーンリンナ(フィンランド)
ハーモニカ
ハモンドオルガン
林金兵衛
はやぶさ(探査機)
バヤンカラ山脈
バヤンホンゴル(モンゴル)
鄱陽湖(はようこ)
バラ
パラグアイ
ハーラー症候群
パラダイム論
ハラッパ
パラティヌスの丘
バラトン湖(ハンガリー)
ばらの騎士
バラモン教
バラライカ
パラリンピック
パラワン島(フィリピン)
パリ
パリ・コミューン(1871年)
ハリー・ポッター
バリウム
針供養
ハリケーン・カトリーナ
ハリジャン
パリスの審判
バリスカン造山運動
パリティ計算
バリ島(インドネシア)
ハールィチ・ヴォルイーニ大公国
バルタザール
ハリファックス(カナダ)
バルサミコ酢
ハルシュタット文化
バルチバール
バルチミン酸
バルディヤ刺殺事件
バルバスバウ
バルバドス
バルバロッサ作戦
バルビゾン派
ハルビン
バルフォア宣言
ハルマ和解
パルモア病院
バレイドリア(変像症)
ハレー彗星
パレンバン
バレット食道
ハロウィーン
ハロゲン
バロック
反意語
漢江(はんこう)
パン
パンアメリカン航空
バン・アレン帯
半襟
版画
蕃茄
樊噲(はんかい)
ハンカ湖
パンガシウス
バンガード
ハンガリー
ハンガリー革命
ハンガリー動乱
バンクーバー
バングラデシュ
ハンゴンソウ(反魂草)
蛮社の獄
パンジャブ
バンジャルマシン(インドネシア)
バンジュール
バンギ
半規管
ハングル
パンゲア大陸
盤珪永琢
半夏生
万国公法
万古焼
犯罪
半済令
ハンザ同盟
半紙
パンジー
パンジャーブ
蕃書取調所
阪神タイガース
反芻類
パンセ
万世橋
范成大
版籍奉還
パンソリ
ハンソル紙
パンダ
ハンタウイルス肺症候群
半田鏝
パンチカードシステム
バーンチエン遺蹟(タイ)
番茶
パンチャタントラ
蕃鎮
パンツァーリート(ドイツ戦車行進曲)
半仙戯
パンテオン
パンデミック(世界的大流行)
半島
パントテン酸
半導体
パントマイム
パンドラ
バンドゥリア
バンドン(インドネシア)
ハンニバル
ハンネレの昇天
パンの会(1908年)
パンノキ
ハンノキ滝(富山県)
パンパスグラス
ハンラサン(済州島)
万里の長城
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 パンノキ 

世界発明・発見の年表

Ff2a5484    快適な生活を享受している現代人も、元々は先人が発明したものばかりで暮らしている。現代はテクノロジーと交通機関の発明・発達の時代である。最先端は宇宙開発であろう。人類が地球上に誕生して間もない時期から道具は作られた。人類最初の道具は「棒切れ」と言われる。 ただし棒は腐って遺物としては残ることはない。石面を打ち欠いて製作した石器が残っている。アフリカ・ケニア北部の約330万年前の地層から、猿人が使っていたと思われるハンマーのような道具が人類史上最古と見られる。

 ガリレオはピサの斜塔を利用して落下体の加速度の実験をした話は有名である。しかしこれは、ガリレオの弟子のヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニのつくり話で、本当に実験した人はオランダのシモン・ステビン(1548-1620)です。

前5000頃 メソポタミア南部シュメールで主要な農耕技術が発達し、定住が進んで都市が生まれる
前5000頃 丸木船で航海をはじめる
前3700頃 エジプト、メソポタミアにて銅器使用
前3200頃 シュメールにて文字が生まれる
前3000頃 エジプトにて運搬用に動物力の利用始まる
前2800頃 エジプト、中国にて青銅器の使用
前2500頃 エジプトにてパピルス使用、メソポタミアにてガラス製品つくられる
前2100~1950頃 ヒッタイト(トルコ)で鉄器の使用(カマン・カレホユック遺蹟)
前600頃 ペルシアで風車が利用される
前600頃 インドの外科医ススルタ、造鼻術をおこなう
前550頃 ピタゴラスの定理、発見される
前300頃 ローマにてコンクリートとセメントの技術が生まれる
前250頃 クテスィビオス、アレキサンドリアにて水時計を作製
前240頃 アルキメデスが円周率の近似値を計算する
前102頃 ヘロン、気力球を発明

後105頃 蔡倫、製紙術を発明
132年 張衡、地震計を発明
230年 中国魏の華佗、麻酔術をおこなう
673年 アラビア人とのコンスタンティノープル攻防戦にて、ビザンツ人が「ギリシア火」を発明  砂時計は8世紀頃、フランスのリウトプランドが発明した。

 

1015年、イブン・アル・ハイサム、最初のカメラ・オブスクラを作る。

 

1202年、イタリアの数学者フィボナッチが「算術の書」で「0」を紹介。

 

1206年、アラブ人の博学者アル・ジャザリー、クランクシャフトとカムシャフト、吸い上げポンプを考案

 

14世紀
1302年、イタリアのジャオ、航海用コンパスを製作
1377年 フランスの南部の都市モンペリエ医学校で人体解剖合法化

 

15世紀
1445年 ドイツのグーテンベルクが活版印刷技術を発明
1498年 イタリアのフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局製法はじまる(世界最初の薬局店)

 

16世紀
1500年カブラル、ブラジルを発見。1520年、マゼランが南米大陸とフェゴ島の間にある海峡を発見。後にマゼラン海峡と命名。1531年コペルニクス、地動説を発表。鉛筆は1565年、コンラート・ゲスナーが自家製鉛筆を使用していた。1572年ヘルモント、二酸化炭素を発見。1582年ローマ教皇グレゴリウス13世、暦法改正。1585年ステビン、落体の法則を発見。1590年オランダの眼鏡職人ハンス・ヤンセン、サハリアス・ヤンセン父子が顕微鏡の原型を発明。1599年オランダのシモン・ステファンが風力で走る帆走車を発明。

 

17世紀
1605年、ストラスブールでヨハン・カロルスは新聞を創刊した。1608年、オランダの眼鏡技師ハンス・リッペルスハイが望遠鏡を発明。1610年ガリレオは木星を回る4つの衛星を観察。1612年、イタリアの医師サントリーオ・サントリーオが体温計を考案した。1614年スコットランドの数学者ジョン・ネイピアが対数を発見。1623年イタリアのガスパロ・アセリ、乳摩管を発見。1628年ハーべイ、血液循環の原理を発見。1643年トリチェリー、真空を発見。1650年ヴァレニウス、初めて黒潮について記す。1655年ホイへンスが土星の衛星タイタンを発見。1656年クリスチャン・ホイヘンスが振り子時計を発明。1662年イギリスのロバート・ボイルが「ボイルの法則」を発表。1665年ロバート・フックがコルクの小片を観察し、細胞(cell)を発見した。1667年フランスの医師ジャン・バティスト・デニーが世界初の輸血を行う。1669年ニュートン、微積分法の発明。1673年レーウェンフック、赤血球を発見。1675年、カッシーニが土星の輪に隙間があることを発見。1676年、イギリスの物理学者ロバート・フックがフックの法則を発見。1678年ホイヘンス、光の波動説。1687年ニュートンが万有引力を発見。

 

18世紀
1705年ハレーがハレー彗星の周期を発見。ピアノはイタリア人のバルトロメオ・クリストフォリ・ディ・フランチェスコが1709年に発明。1735年リンネが動植物の分類法を発表。1738年スイスの数学者ダニエル・ベルヌーイは流体内のエネルギーの和が流線上で常に一定であるというベルヌーイの定理を発表した。1750年フランクリン、避雷針の発明。1752年レオミュールが鳥の胃液の消化作用を発見。1757年キャンブベルが六分儀を発明。1766年、イギリスのキャベンディッシュが水素を発見。1771年スウェーデンのシェーレが酸素ガスを発見。1776年、アメリカのディヴィッド・ブッシュネルが最初の潜水艦を考案し、タートル号を建造。アメリカ独立戦争でイギリス軍艦イーグル号を攻撃したが、成功しなかった。1779年クロンプトンが紡織機「ミュール機」を発明。1780年ラボアジエが呼吸体内での燃焼と定義。1783年フランスのジャン・フランソワ・ピラートル・ド・ロジェとアルランド公爵は、気球に乗り、史上初の空中飛行を行う。1785年エドモンド・カートライトが力織機を発明。1795年フランスで新しい長さの単位「メートル」を決定。1796年エドワード・ジェンナー、牛痘による天然痘予防法に成功。1798年ランフォードが摩擦熱を発表。

 

19世紀
1803年イギリスのジョン・ドルトンが気体は水素・酸素・窒素・炭素・硫黄・リンという6種類の元素の組み合わせでできていると発見。1804年スイスのソシュールが光合成の原理を発見。1803年イギリスのトレヴィシックが蒸気車を発明。1804年、トレビシックがウェールズのベニランダで史上初の軌道向け蒸気機関車の走行実験に成功。1808年イギリスのデービーがアーク灯を発明。1810年ドイツの靴職人バルタザール・クレムスがミシンを発明。1809年フランスのラマルクが用不用説を提唱、進化論の先駆的役割を果たす。1810年イギリスのピーター・デュランドが缶詰を発明。1811年ドイツの時計職人フリードリヒ・ケーニッヒが高速印刷機を発明。1812年、ドイツのフリードリッヒ・モースが「モースの硬度計」を考案。1814年イギリスのスティーヴンソンが蒸気機関車を製作。1817年、ドイツのカール・フォン・ドライスによって木製の人力二輪車ドライジーネ(自転車の原型)が製作された。1820年、デンマークの物理学者エルステッドが電流の磁気作用を発見。1821年イギリスのヘンリー・ベルが蒸気船「アーロン・マンビー号」を作製。1821年ドイツのブッシュマンがAURA(オーラ)というハーモニカの原型を試作した。1825年スティーブンソン、機関車ロケット号がストックトンとダーリントン間の45キロを走破。1826年、イギリスの化学者ジョン・ウォーカーが摩擦マッチを発明した。1829年、リバプールとマンチェスター間を走破。1829年フランスの縫製職人バルテミー・ティモニエがミシンを発明。1831年ブラウンが細胞の核を発見。1835年、チャールズ・ダーウィンがガラパゴス諸島に到達。1835年、電灯の実験が、ジェームズ・ボウマン・リンゼイにより成功。1837年アメリカのサミュエル・モールスがモールス信号を考案。1838年、シュライデンとシュワンが細胞説を唱える。1839年アメリカのチャールズ・グッドイヤーがエボナイトを発明。1840年イギリスで世界初の郵便切手が発行される。1842年アメリカの医師クロウフォード・ロングが初めてジエチルエーテルによる麻酔を用いて手術を行う。1842年、オーストリアのドップラーがドップラー効果を発見。1842年、ドイツのマイヤーがエネルギー保存の法則を提唱する。1843年フランスのルシアン・バイディがアネロイド気圧計を発明。1843年イギリスのパディントン~スラウで世界初の電報業務を開始。1843年イギリスのエイダ・ラブレスは世界初のプログラムを発見。1846年ヨハン・ガレ、エルヴァン・ルヴェリエらが海王星を発見。1848年ジェームズ・マーシャルがカリフォルニア州サクラメント付近で砂金を発見。1847年イギリスの工学者ジョージ・ケイリーが三葉のグライダーを製作し滑空に成功。1851年ロンドンで第1回の万国博覧会が開かれる。1853年ロンドンで地下鉄が開業。1854年イタリアのアントニオ・メウッチが最初の電話を発明。1855年ヘンリー・ベッセマー、鋼鉄の大量生産始まる(特許)。1856年、ドイツでネアンデルタール人の化石が発見。1857年パスツールがアルコール発酵の研究。1858年、海底ケーブル(大西洋横断ケーブル)が開通。1858年ハイマン・リップマンが消しゴムつき鉛筆の特許を取得。▽1860年トーマス・アダムスがチューインガムを発明。1860年フランスの博物学者アンリ・ムオがアンコールワットを発見。1862年ルイ・パスツールとクロード・ベルナールが低温殺菌法を開発。1865年メンデルが遺伝の法則を発見。1866年イギリスの技術者ロバート・ホワイトヘッドが魚雷を発明。1867年ノーベル、ダイナマイトを発明。1868年アイヴス・マガフィーが真空掃除機を発明。1868年クリストファー・レイサム・ショールズは実用的なタイプライターを考案。1868年、フランスでクロマニヨン人の化石が発見。1869年ロシアのメンデレーエフが元素の周期律表を発表。1869年、アメリカのジョージ・ウェスティングハウスが圧縮空気を用いた鉄道のブレーキシステムを発明。▽1869年、米、最初の大陸横断鉄道完成。1870年ジョン・ウェズリー・ハイアットがセルロイドを発明。1873年フィロ・レミントンがタイプライターの生産を開始。1876年、イギリスの外科医ジョゼフ・リスターが消毒法を開発。1876年ジェン・ジェームズ・立夏ード・マクラウドはインスリンを発見。1877年エジソンが蓄音器を発明。1869年スイスのフリードリッヒ・ミーシャ―が膿のリンパ球から核酸を発見。1878年ジョゼフ・スワンはエジソンより1年早く、白熱電球を発明。1878年イギリスのデイビッド・エドワード・ヒューズがカーボン・マイクロフォンを発明。1881年アメリカのアルモン・グランガーが消火器を発明した。1881年、エジソンがニューヨークに発電所をつくった。1885年カール・ベンツ、ガソリンエンジンで走る三輪自動車を作製。1885年、フランスのレオン・セルボレが自動車を開発。1886年ジョン・ペンバートンはコカ・コーラを発明。電池はアレッサンドロ・ボルタがボルタの電堆を発明。1887年、エジソンが長時間使用できる白熱電球を完成。1887年、カール・ガスナーが乾電池を発明。1887年、ドイツのエミール・ベルリナーがレコードを発明。1888年、イギリスのジョン・ダンロップがタイヤを発明。1890年、ドイツのコッホ、ツベルクリンを発見。1890年、北里柴三郎とエミール・ベーリングが破傷風とジフテリアの血清療法を発見。1890年、アメリカで電気椅子による死刑が初めて執行された。1893年、ドイツのディーゼルがディーゼル機関を発明。1894年、北里柴三郎がペスト菌を発見。1894年、ミシシッピ州ウィックスバーグで瓶詰コカ・コーラが初めて販売される。1895年、ドイツの物理学者レントゲンがX線を発見。1895年、パリでシネマトグラフが初公開される。1896年、フランスのド・ボールが成層圏を発見。1896年、オランダの物理学者ピーター・ゼーマンが強い磁場中に置かれた光源からのスペクトル線が数本に分かれること(ゼーマン効果)発見した。1896年、フランスの物理学者アンリ・ベクレルが放射線ウランを発見。1897年、ドイツのフェリックス・ホフマンがアスピリンを発明。1897年、志賀潔が赤痢菌を発見。1898年、フランスのキュリー夫妻がラジウムを発見。イタリアの病理学者かミッロ・ゴルジが細胞内のゴルジ体を発見。1899年、コンラッド・ヒューバードが懐中電灯を商品化する。1899年、アメリカのホランドが潜水艦を考案。

20世紀
 1900年、オーストリアの病理学者カール・ラントシュタイナーがABO式血液型を発見。1901年、アメリカのテキサスに大油田発見。1901年、ジレットが安全剃刀を発明。1902年、マリー・キュリー夫妻、ラジウム抽出。ウィリス・キャリアはエアコンの理論を樹立。1902年アメリカの技術者ウィリス・キャリアが近代的空機調和設備(エアコン)を発明。1902年、フランスの気象学者、テスラン・ド・ボールが成層圏を発見。1903年、ライト兄弟が人類初の有人動力飛行に成功。1903年、オランダの医師ウィレム・アイントホーフェンが世界初の心電図を発明。1903年、フランスの医学者ジョゼフ・ババンスキーはバビンスキー反射を発見。1904年、アメリカのルーベルが紙へのオフセット印刷機を発明。1905年、アインシュタインが特殊相対性理論の最初の論文を発表。1905年、フリッツ・シャウディンとエーリヒ・ホフマンが梅毒スピロヘータを発見。1906年、フェッセンデンがマサチューセッツで世界初のラジオ放送を実施。1907年、フランスの化学者ジョルジュ・ユルバンが新元素ルテチウムを発見。1908年、アメリカでT型フォードの第1号車が製造される。1909年レオ・ベークランドが合成樹脂ベークライトの工業化に成功。1909年フランスのルイ・ブレリオは、飛行機による初のイギリス海峡横断に成功する。1911年、ビンガムはマチュピチュを発見。1912年、ドイツの気象学者ウェゲナーが大陸移動説を発表した。1912年スウェーデンのダレーンが自動制御装置の灯台を発明した。1913年、アメリカの化学者ラングミュアが白熱電球を発明。1915年、早川徳次がシャープペンシルを発明。1920年DNA、RNAを発見。1920年アメリカ・ピッツバーグで世界初のラジオ放送局KDKAが開局。1921年カナダの整形外科医フレデリック・バンティングと医学生チャールズ・ベストが研究室でインスリンの抽出に成功した。1922年イギリスのBBCがラジオ放送を開始。1923年、スペインのファン・デ・ラ・シエルバがオートジャイロを発明。1924年、レイモンド・ダートが南アフリカでアウストラロピテクスの化石を発見。1924年、米キンバリー・クラーク社からクリネックス・ティシュー発売される。1924年、アルベール・カルメットが結核予防にBCG接種を提唱。1925年、イギリスのジョン・ロージー・ベアードがテレビ実験に成功。1926年、アメリカのロバート・ハッチンス・ゴダードが世界初の液体燃料ロケットの打ち上げに成功。1926年、石井茂吉は写真植字機を発明。1927年、ワーナーブラザースによる世界初のトーキー映画「ジャズ・シンガー」がニューヨークで封切り。1928年、イギリスのフレミングがアオカビからペニシリンを発見。1930年、アメリカで世界初の冷凍食品が発売される。931年、アメリカの化学者ハロルド・ユーリーが重水素を発見。1932年、イギリスの物理学者ジェームズ・チャドウィックが中性子を発見。1932年、T型フォードの発売。1933年アメリカの電気工学研究者エドウィン・アームストロングがFM放送を発明。1935年ウォーレス・カロザース、ナイロンを発明。1938年、オットー・ハーンが原子核分裂を発見。1938年、蛍光灯、アメリカで実用化。1938年アフリカのイースト・ロンドンでシーラカンスが発見される。1940年アメリカのジョージ・スティビッツが世界初のコンピュータの遠隔操作を行う。1942年アメリカのフェルミらがシカゴ大学で原子炉の核実験に成功。1943年ハンガリーでボールペンを開発。1943年、アメリカの児童精神科医レオ・カナーが自閉症を報告。1944年セルマン・ワックスマンがストレプトマイシンを発見。1946年、アメリカで世界初のコンピュータである電子計算機ENIAC(エニアック)が発明される。1948年、アメリカでインスタントカメラ「ポラロイド・ランド・カメラ」を発売。1948年、米ベル研究所のウィリアム・ショックレー、ジョン・バーディーン、ウォルター・ブラッテンがトランジスタを発明。1949年バーナード・シルバーとノーマン・ジョセフ・ウッドランドがバーコードを発明。1949年アメリカのビクターが45回転レコード(ドーナツ盤)を開発。1950年アメリカでカラーテレビの放送開始。1952年、アメリカのダウケミカル社がサランラップを販売。1953年、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックがDNAの二重らせん構造を発見。1953年、ユージン・アセリンスキーとナサニエル・クレイトマンがレム睡眠を発見。1954年、ソ連のオグニンスク原子力発電所で世界初の原子力発電所が運転を開始。1957年、樫尾製作所が電卓の元祖ともいわれる計算機を開発した(価格48万5000円)。1958年、日清食品安藤百福が即席ラーメンを発明・販売。1957年、ソ連が初の人工衛星スプートニク1号に成功。1958年、アメリカのフランク・ローゼンブラットが最初のAI(人工知能)といわれるパーセプトロンが開発された。1959年、リーキー夫妻がタンザニアのオルドヴァイ渓谷でジンジャントロプス・ボイセイ(アウストラロピテクス・ロブストゥス)を発見。1961年、ガガーリンが初の有人飛行に成功。1962年、マーシャル・ニーレンバーグ、ハー・ゴビンド・コラナ、ロバート・ホーリ―が遺伝子情報の解読。1963年カセットテープ、オランダ人のルー・オッテンスが開発。1964年、ピーター・ヒッグス、フランソワ・アングレールがヒッグス粒子を発見。1967年、ダグラス・エンゲルバートがパーソナル・コンピュータのマウスを開発。1968年、大塚食品がレトルトカレー「ボンカレー」を発売。1968年、ダグラス・エンゲルバートがコンピュータのマウスを発明する。1969年、カリフォルニアとスターンフォード大学でインターネットの元型であるアーパネットが開発される。1971年、レイ・トムリンソンが電子メールを発明。1977年、初の実用的なパーソナルコンピュータ「AppleⅡ」が発売。1978年、日本語ワープロ東芝JW-10(価格630万円)を発売。1979年、NECが8ビットパソコンPCー8001を発表。パソコン時代の到来。1981年スペースシャルト・コロンビア号が時速2675kmを記録。1990年、初のWorld Wide Webのシステムが稼働。1990年、ハッブル宇宙望遠鏡が打ち上げられる。

21世紀
2001年、世界中で無料オンライン百科事典「ウィキペディア」が公開される。
2005年、動画投稿サイトはじまる。
2006年、ツィッターの一番最初の「つぶやき」。
2012年 アンドレア・ゲズらが銀河系中心部に超大質量コンパクト天体(ブラックホール)に関する発見。

参考資料
世界の発明発見歴史百科 テリー・プレヴァートン著 原書房 2015年

 

 

鉄道の日

Hayabusa_m  本日は「鉄道の日」。明治5年10月14日、新橋・横浜間に鉄道が開通した。台風のため3日延期されたが、この日、晴れの鉄道開業式が挙行された。明治天皇も試乗され、砲兵の祝砲・軍艦の賀砲がとどろき、2万人に赤飯が配られ、にぎやかな開業式であった。「鉄道記念日」は1922年に正式に決められた。1994年に「鉄道の日」と改称される。

 蒸気機関を小型化して台車や船に取り付け、交通機関の動力として利用しようという試みは、19世紀初頭のヨーロッパで起こったが、日本人の鉄道の知識は数十年遅れて、1840年代から一部の蘭学者のあいだに広まっていたと考えられる。1855年には佐賀藩精錬所で模型機関車が制作された。1864年には海軍操練所の佐藤政養(1821-1877)が鉄道知識をえる。1865年にはイギリス人トーマス・グラバー(1838-1911)が長崎・大浦海岸で英国製の蒸気機関車アイアン・デューク号、鉄道の試運転を行い300m走行した。1867年にはアメリカ公使館書記官アントン・ポートマンが江戸ー横浜間鉄道建設の免許を得たが、幕府の倒壊によって無効となった。1869年、明治政府はイギリス駐日公使ハリー・パークス(1828-1885)の進言をいれ、大隈重信・伊藤博文らが中心となって鉄道建設を決定し、1870年3月新橋ー横浜間の工事を開始した。イギリスからの資金提供と、エドモンド・モレル(1840-1871)以下のイギリス人技術者および資材が導入された。新橋ー横浜間開通に先立ち5月7日には、品川ー横浜間が仮開通していた。鉄道は陸蒸気(おかじょうき)とよばれ、客車は上等・中等・下等に分けられていた。この開通を先駆けに、鉄道は政府の重要施策となり、官営・民営による各地の鉄道建設が進められることになる。そして、1874年大阪ー神戸間、1877年京都ー大阪間、1884年上野ー高崎間、1887年仙台ー郡山間、1889年東海道が開通する。

    明治初年の鉄道開設には「鉄道の父」といわれた佐藤政養の功績が大きい。佐藤は明治4年に初代鉄道助(現在の運輸次官)に就任している。ちなみにNHK大河ドラマ「龍馬伝」では有薗芳記が演じていた。(10月14日)

2026年10月13日 (火)

古雑誌を読む

   2000年から2001年頃の古い雑誌、新聞を読む。イチロー、松坂大輔、高橋尚子、モーニング娘。も全盛期だった。思えば性風俗には寛容的な時代だった。FRY DAY2000年10月13日号、周防玲子キュートでキケンな4ポーズ、内山理名「18歳のキャミソール」、週刊ポストもヘアヌードで売り上げを伸ばしていた。毎日新聞2001年1月1日号の記事「新世紀 新しい成熟美で迫ります」常盤貴子、小雪、水野美紀、石田ゆり子を紹介。週刊大衆2000年11月6日号セクシー台風、巨乳5人娘」上陸。小池栄子、佐藤江梨子、川村亜紀、松岡ゆき、坂井優美は同じイエローキャブ所属でグラビアなどで活躍。

 

 

 

 

さつまいもの日

 本日は「さつまいもの日」。「栗よりうまい十三里」ということから、昭和62年にこの日が定められた。人生の最後の食事で食べたいものは?って言われたら、巨人の丸佳浩選手は、ズバリ「おいも」と答えた。JR山手線・目黒駅を降りて、太鼓橋を渡ると、目黒不動尊がある。正式には泰叡山龍泉寺(天台宗)といい、境内に豊かな湧水があり、古くから不動信仰の霊地である。幕府の庇護も厚く、江戸近郊における人びとの参詣行楽の地として繁栄をきわめていた。独銛の滝に打たれて水垢離をとり、不動尊に祈願成就を祈るのである。この滝は「江戸名所図会」や広重の浮世絵にも描かれている。寺の裏手に青木昆陽の墓がある。昆陽は、八代将軍徳川吉宗の命により蘭学を学び、長崎に遊学し、「和蘭文字略考」「和蘭貨幣考」「和蘭語訳」など著述する。また「蕃藷考」を著し、救荒作物として甘藷の栽培を奨励したために「甘藷先生」と呼ばれた。一方、幕命によりしばしば関東・東海地方に出向き古文書を調査・収集した。明和六年歿。行年72歳。(10月13日)

 

 

 

黒浜貝塚(「ク」 事項索引)

  「クコ」東アジア原産のナス科の落葉低木。枸杞。赤い実は漢方として、古来より不老長寿の薬として食べられている。▽「クチクラ」生物の体のいちばん外側をおおう部分。▽「クシュ王国」紀元前10世紀から紀元後4世紀、ナイル川上流に存在した最古の黒人王国。メロエを中心にさかえた。▽「国友村」近江国坂田郡の地名で、現在の滋賀県長浜市国友町。戦国時代から江戸末期まで、鉄砲の生産地として栄えた。▽「グラミー賞」アメリカ音楽界最大の賞で、1959年から始まり、今年で第58回を迎えた。第1回の最優秀レコード賞はドメニコ・モドゥーニョ「ボラーレ」だった。58回目の最優秀レコード賞はマーク・ロンソン ft.ブルーノ・マーズのUptown Fnukが受賞した。ほかにテイラー・スウィフトが3冠を達成。▽「恭仁京」奈良時代、聖武天皇のとき一時期、都を置いたとされる。現在の京都府木津川市加茂地区。▽「クナシリ・メナシの戦い」1789年に東蝦夷地で起きたアイヌと和人の衝突。▽「クノッソス」1900年イギリスの考古学者エヴァンズによってクレタ島のクノッソス宮殿発掘される。▽「熊猫」中国の四川・陝西・甘粛省の高山地帯に自然生息する大型のクマ科動物。熊猫(シャンマオ)は一般的に「パンダ」と読む。▽「グルムキー文字」パンジャーブ語で使用されるインドの表音文字の一種。▽「グレーサー病」ブタの感染症。▽「クロール」1873年にイギリスのジョン・アーサー・トラジオンが南米に旅行した際に見た原住民の泳ぎをヒントに考案した。▽「軍機処」清の雍正帝がジュンガル征伐に際し、1729年に軍事機密の漏洩を防ぐ目的で内閣の分局として設置した。▽「クンデラ、ミラン」チェコ生まれのフランスの作家。代表作「冗談」「存在の耐えられない軽さ」「不滅」。(くくくく)

グアダラハラ爆発事故
グアダルーぺ・イダルゴ条約
グアテマラ
グアナファト(メキシコ)
クアハウス
グアム島
クアラルンプール(マレーシア)
グアンタナモ海軍基地
クイズ
グイドの手
クイビシェフ発電所(ロシア)
クウェート
空海
偶像崇拝
空中庭園
クエーカー
クエッケンシュテット試験
クエン酸
愚管抄
公卿補任
クコ
草加次郎事件
草津温泉(群馬県草津町)
草間彌生
楔形文字
草津(群馬県)
クシャトリア
九十九里浜(千葉県)
クシュ王国
釧路(北海道)
クシャン王朝
瞿秋白
愚神礼賛
葛生(群馬)
グスク
クスコ(ペルー)
楠木正成
クズネック(ロシア)
九頭竜川(福井県)
クセノフォン
グダニスク(ポーランド)
百済
駆逐艦
クチクラ
口永良部(くちのえらぶ)島
沓掛城(豊明市)
屈家嶺文化
クック
グッゲンハイム美術館
屈折望遠鏡
グッドマンの法則
グーツヘルシャフト
クディリ王朝
グーテンベルク
グーテンベルグ不連続面
宮内庁
狗奴国
クナシリ・メナシの蜂起
国木田独歩
恭仁京
国定忠治
国友村
クネルスドルフの戦い(1759年)
久能山(静岡県)
グノシエンヌ(サティ作曲)
クノッソス
クーパー,ゲーリー
首かけイチョウ(東京都千代田区)
クフ王
グプタ朝
久保山愛吉(第5福竜丸)
球磨川
熊野(和歌山県)
熊本
熊猫
久米桂一郎
クメール人
クメール文字
倉敷
クラーク
クラウディオの神殿(ローマ)
グラスゴー(イギリス)
倉田百三
グラーツ(オーストリア)
クラックス兄弟
グラッドストン
クラテル(ギリシア陶器)
グラナダ(スペイン)
グラマー
グラミー賞
グランチャコ
グランブルー
倶利伽羅峠
グリコ・森永事件
クリコボの戦い
クリスマス
クリスマス病
グリセロールホスフェートアシルトランスフェラーゼ
クリッペル・ファイル症候群
クリシュナ川(インド)
クーリッジ効果
グリニッジ天文台
グリニッジ・ヴィレッジ
クリボイログ鉄山(ロシア)
クリミア戦争
クリミヤ暴風雨(1854年)
グリム兄弟
クリュタイムネストラ
クリルタイ
グルコース
グルジア
クルスクの戦い
クルタナガラ
くる病
くるみ割り人形
グルムキー文字
久留米(福岡県)
呉(広島県)
クレオパトラ
グレゴリオ暦
グレゴリオ聖歌
グレーサー病
クレシ―の戦い(1346年)
グレシャムの法則
クレタ島
クレッチマーの体格性格論
クレブス・マルチウス回路
クレマチス
クレムリン
クレモニデア戦争(前266-前262)
クレルモン公会議
グレンコーの虐殺(1692年)
グレンジャー運動
クロアチア
クロイツェル・ソナタ
黒い花びら
黒澤明
クロスビー,ビング
黒住教
クロスワード・パズル
黒田官兵衛
黒田清輝
クローヴィス文化
グロチウス
黒蜥蜴(江戸川乱歩)
黒羽藩(栃木県大田原市)
黒船
黒部ダム
グロズヌイ
クロタール1世
クロタール2世
グローテボール
黒浜貝塚(蓮田市)
クロポトキン
グローマー・チャレンジャー号
クロマニヨン人
クロムウェル
クロール
クローン
クロンシュタットの反乱(1921年)
クロンターフの戦い
クロンプトン
クーロンの法則
桑木厳翼
桑名(三重県)
軍艦島(端島)
軍機処
郡県制
訓詁
郡国制
君主論
群書類聚
軍忠状
クンデラ
クントの実験
軍閥
群馬
訓民正音(フンミンジョンウム)
君臨すれども統治せず

 

 

 

2026年10月12日 (月)

秋の新ドラマ

 秋ドラマが始まった。連続テレビ小説。明治・大正・昭和を駆け抜けた作家・宇野千代をモデルとして物語「ブラッサム」。石橋靜河が主演でオープニングのダンスが話題になっている。齋藤飛鳥「まめとむぎ」初回見たけどよかった。馬場ふみか「ライフトレード」キャパ嬢と専業主婦が雷で人格が入れ替わるお話。「いろはの恋は時代をかける」上白石萌音のコメディ演技は素晴らしい。

「妻を引退します」新川優愛、朝日奈央

「救命病棟24時」松嶋菜々子、江口洋介

「南田南弁護士は天才肌」芦田愛菜。

「kiDnap GAME」坂口健太郎、イ・ジュンギ。

「いろはの恋は時代をかける」上白石萌音、向井康二

「メリーベリーラブ」今田美桜、チ・チャンウク、久間田琳加

「ポリティカルパン」石原さとみ、高橋一生

「付き合ってあげてもいいかな」鞘師里保 小西桜子

「赤灯えれじい」黒崎煌代、鳴海唯

「アナログナース」松下奈緒、原菜乃華

「ライフトレード」馬場ふみか、真木よう子

「おかえり、初恋」林芽亜里、樋口幸平

「波うららかに、めおと日和」芳根京子、本田響矢

「ダウト」仁村紗和、佐藤大樹

「私がひとりで生きてくなんて」矢吹奈子、飯島寛騎

「LOSTIO」横浜流星、小栗旬、中村アン

「真田十勇士」岩本照

「まめとむぎ」齋藤飛鳥、富田望生

「あにいもうと」赤楚衛二、榮倉奈々、宮崎優

「はだかんぼうたち」松田元太、加藤ローサ

「ハイド&シーク0秒前の彼女」福士蒼汰、田中樹

「もうパパ!」堤真一、原菜乃華

「俺たちの箱根駅伝」大泉洋、山下智久、伊藤沙莉

「溺愛カレシの作り方」与田祐希、野村周平

「ボーダーズ」沢村一樹、内藤剛志、玉城ティナ

「嘘をついた私たち」渡邊美穂、浅川梨奈

 

 

 

 

 

 

 

 

外国スターと声優

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   ケペルが小学生の頃、学校から帰るとテレビで「3時の名画座」を見ていた。主に1950年代以前のアメリカ映画を放送していた。お気に入りは、ビング・クロスビーとボブ・ホープの珍道中シリーズ。とくにボブ・ポープの柳沢真一の吹き替えが印象に残る。しかし、販売されているビデオの吹き替えでは、藤村有弘(ボブ・ホープ)、中村正(ビング・クロスビー)とある。記憶ちがいなのだろうか。

   最近はテレビ放送でも吹き替えより字幕を好む人が増えているという。ケペルは断然吹き替え派である。「ローマの休日」もオードリー・ヘプバーンの声を何人もの女性が担当しているが、声優により雰囲気が変わる。そのため放送される度に録画している。やはり池田昌子が好きだ。だいたい昭和40年代にはスターと声優は固定化されているようだ。それらの主なアテレコ声優をあげてみる。とくに小山田宗徳のヘンリー・フォンダが印象にのこる。「怒りの葡萄」「怒れる13人の男たち」などの社会派作品から「荒野の決闘」などの西部劇まで、幅広い映画で活躍を見せた。

クラーク・ゲーブル、ロバート・テーラー(納谷悟朗)

 

ハンフリー・ボガート(久米明)

 

ジャン・ギャバン(森山周一郎)

 

グレゴリー・ペック(城達也)

 

フランク・シナトラ(家弓家正)

 

モンゴメリー・クリフト(山内雅人)

 

アラン・ドロン(野沢那智、堀勝之佑)

 

トニー・カーチス(広川太一郎)

 

ケーリー・グラント(中村正)

 

リチャード・ウィドマーク(大塚周夫)

 

タイロン・パワー(前田昌明)

 

ジョン・ウェイン(小林昭二)

 

ジェームズ・ギャグニー(近石真介)

 

ジャック・レモン(愛川欽也)

 

ヘンリ・フォンダ(小山田宗徳)

 

ウィリアム・ホールデン(近藤洋介)

 

イングリッド・バーグマン、デボラ・カー(水城蘭子)

 

オードリー・ヘプバーン(池田昌子)

 

マリリン・モンロー(向井真理子)

 

エヴァ・ガードナー(翠準子、沢田敏子)

 

ドリス・デイ(楠トシエ)

 

ローレン・バコール(来宮良子、大塚道子)

 

エリザベス・テーラー(武藤礼子)

 

ソフィア・ローレン(此島愛子、今井和子)

 

ラナ・ターナー(瀬能礼子、津村悠子)

 

ブリジッド・バルドー(渋沢詩子、白石冬美)

 

シャーリー・マクレーン(小原乃梨子)

 

コニー・スティーヴンス(増山江威子)

 

キム・ノヴァク(真山知子)

 

グレース・ケリー(野口ふみえ)

 

ヴィヴィアン・リー(寺島信子)

 

ジナ・ロロブリジダ(森ひろ子)

 

   なかでも、知性派ヘンリー・フォンダ(小山田宗徳)や情熱家バート・ランカスター(久松保夫)はスターの個性と声優の持ち味がブレンドして、今でも耳に残る。久松保夫(1919-1982)は「日真名氏飛び出す」でお茶の間のスターとなり、「ララミー牧場」のジェス・ハーパー(ロバート・フラー)や「スタートレック」のスポック(レナード・ニモイ)もあるが、持ち役はバート・ランカスターである。

ありふれた日常

平凡な日々がある目玉焼き

朝6時起床。顔を洗って、歯を磨き、トイレをすます。朝食は、トーストとベーコン。コーヒーに目玉焼き。快晴なので布団を干す。資源ごみの日なので、瀬戸物の小鉢を捨てる。11時から病院へ行く。帰りに本屋に立ち寄る。午後、ニーチェを読む。ただのらくらと生きる。人間存在の最も平均的で日常的あり方を考える。世人はおしゃべりと好奇心にとりつかれて、自己の生が死をもって終わることを直視せず、ただのらくらと生きる。このような日常的(非本来的)現存在は本来性を回復しなければならない。ところで本来的自己は死を眼前に見る。この瞬間に死ぬかも知れない。この死の可能性への先駆において日常性は初めて本来性を獲得する。日常的現存在がいかにしてこの本来性を獲得するのか。我れ思う、ゆえに我あり。ブーと屁をする。

 

 

スポーツの日

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 施薬院解男体臓図 1798年

 

  本日は「スポーツの日」。昭和39年10月10日、東京で第18回オリンピックが開かれた。これを記念として、10月10日を「体育の日」として、国民の休日とした。2020年からは10月の第2月曜を「スポーツの日」と変更された。 体育の普及の手段としての内容は体操からスポーツを中心に移行し、近代スポーツは、オリンピック大会、アジア大会、ユニバーシアード大会、国体などの大きなスポーツ行事と、一般人の場合しリクレーションとしてのスポーツが急激に発達し、ややもすれば体育はむしろスポーツにおきかえられた感がある。ここにスポーツと体育の混同をきたした。医師や保健婦からも「あなたはスポーツはなにもしないのですか?」と聞かれる。「身体的な体操や運動は日常的にしていますが、競技としてのスポーツは何もしていません」というと、けげんな顔をされる。とくに日本の場合、明治の初期からフィジカル・トレーニングとしての体操と、競技としてのスポーツがほぼ同時に学校で取り入れられたため古くから混同されてきた。

 

  では体育とは何か。ここでは少しふるいが、アメリカにフィットネスの概念を導入した体育生理学者アーサー・スタインハウス(A.H.Steinhaus)の「体育の四原則」を紹介する。

 

1.人間尊重の原則

体育が教育であるためには人間尊重の原則を忘れてはならない。教育である手段では、特に身体的、精神的、道徳的のために相当のトレーニングを必要とする場合もあろうが、その手段としてはいろいろなスポーツが用いられる。しかし、それらスポーツ種目と人間が同価値のものではあり得ない。たとえば、コーチや学校を有名にするためそれを行なわせたとすれば、人間性は無視され教育の分野から除外される。

 

2.オーバー・ロードの原則

筋や呼吸循環機能は、現在能力をこえた、一般人が1日作業する強度をこえた負荷(刺激)を与えない限りそれ以上の発達はしない。

 

3.可逆性の原則

人間のからだはトレーニングを反復しなければ元に戻る。身体運動というストレスを長く与えると多くの組織器官はこれに対する適応力を与えられるが、これを中断して実行しなければ可逆的である。

 

4.integrationとintegrityの原則

全身の全機能を動員する能力、心身一体の行動をintegrationというが、この機能が社会から容認された理想に向かって、社会的因子、知的因子、情緒的因子が統合作用に権威と方向を与えるときintegrityである。体育はこの両面がなければならない。(参考文献:森脇勤「保健体育学概論」啓文社)

芭蕉忌

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   松尾芭蕉の元禄7年の忌日。桃青忌、時雨忌、翁忌などとも呼ばれ、旧暦の気候にあわせて毎年11月の第2土曜日に法要が営まれる。

 秋深き隣は何をする人ぞ

    元禄7年秋、芭蕉(1644-1694)は各務支考と共に大坂に行く。園女亭で「秋深き」の句を詠む。斯波園女(1664-1726)は伊勢の神官の娘で芭蕉の門弟であった。数日後、下痢をして床につく。11月末、病床に侍していた呑舟を呼び、

 旅に病で夢は枯野をかけ廻る

    と書き取らせた。11月26日の暮れ方から高熱を発し、11月28日、申の刻(午後4時頃)、大坂南御堂前の旅舎で永眠した。享年51歳。その夜、遺骸を淀川の川船で伏見に送り、翌日、近江膳所の義仲寺に運んだ。埋葬し、門人の焼香者80人、まねかざるに来る会葬者は300人以上いたと伝えられる。芭蕉が木曽義仲が眠る義仲寺(大津市馬場)に葬られたのは、義経や義仲のような悲劇的な最期をとげた武人にとりわけ思いを寄せていたからといわれる。「木曽殿と背中合わせの寒さかな」の句がある。

  芭蕉忌とよばれるのは、江戸中期以降、俳壇で芭蕉復興が叫ばれるようになってから。素丸の句に「はせを忌の古則や茶飯(ちゃめし)茶の羽織」がある。芭蕉の命日には茶飯を食べて、芭蕉が愛した茶色の羽織を着るという習慣があったらしい。溝口素丸は1795年没。芭蕉発句註解の「説双大全」を著した。

 

 

創見は難く、模倣はやすし

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  世界史上における最も重要な業績の一つとして、すぐ思いつくのは、コロンブスのアメリカ大陸発見であろう。1492年10月12日、コロンブス率いるスペイン艦隊が西インド諸島に初上陸した。アメリカの多くの州では10月第2月曜を「コロンブス・デー」の祝日としている。

  クリストファー・コロンブス(1451-1506)は「地球は丸い」とする学説に基づき、大西洋を西に進めばアジアに到達できると考えていた。第1回航海(1492-93)は船3隻、乗員120人で、1492年8月、パロス港を出発し、カナリー諸島を経由して西航した。配下の者が航海について不安になって反抗を起こそうとするのを抑えて航海をつづけ、10月12日バハマ諸島の一つグアナハニ島に到着した。彼はこの島をサン・サルバドルと名づけた。現在のワトリング島がこれに当たるものと推定される。次にサマナ・ケイ島付近にも立ち寄ったとされる。これがアメリカ発見の端である。帰還するとコロンブスは英雄として迎えられた。しかしこの偉業をただ西へ向かって航海したら偶然に出くわしただけではないか、と評する人々もいた。コロンブスは目の前の卵を立てることができるかと質問した。誰もできないのを見た彼が教えた方法は、卵の尻をたたいて平らにすることだった。創業というものが、最初に考え、最初に実行するところに意義があるのだということを示したというコロンブスの有名な逸話は残念ながら史実ではない。この話はイタリアの建築家ブルネレスキ(1377-1446)のことといわれる。そうなると、ブルネレスキの卵という方が正確かもしれない。

 日本には元来、「創見は難く、模倣はやすし」という格言があったが、これが「コロンブスの卵」に変わったのはいつ頃からであろうか。おそらく大正時代の事であろう。小酒井不木の探偵小説「墓地の殺人」にこのようにある。「事件の解決された今から見れば、判断のつかなかったのが不思議なくらい簡単なことだったのです。けれども、皆さんもご承知の「コロンブスの卵」と同じことで、解決のあととととととで考えれば至極簡単なことでも、解決前にかんがえることは容易なことではありません」(「子供の科学」7巻1~6号 昭和3年)(Columbus)

コーラが大好きだった佐藤春夫

 佐藤春夫はそれほど酒を飲まなかったようだが、女性遍歴に関しては華やかな話題が豊富である。「わが恋愛生活を問われて」(大正15年10月)の中に「僕の霊の上に影を宿している女は五人ある」と言っている。その五人が誰なのか、明言はしていないが、おそらく彼の作品に現われたる女性であろう。

    「海辺の恋」「少年の日」の女性は、和歌山県立新宮中学校の先輩の妹である大前俊子である。おとぎ話のような「ありやなしやとただほのか」なはかなくも可憐な恋であった。

    二番目の恋は、21歳の時。相手は青鞜社の同人である尾竹紅吉の妹・尾竹ふくみ。この女性については小説「観潮楼附近」にくわしく出ているが、「僕は足かけ三年思っていて、その人と口をきいたことは十ぺんとはない。(略)この人は、私に、常に人生になければならない憧れの要素を私の心のなかへ沁み込むませて消えていった、ちょうど暮春の夕ぐれのように美しく」とのべている。プラトニックラブで、このとき春夫は不眠症になった。

    三番目の恋人は芸術座の女優であった川路歌子(本名は遠藤幸子、当時18歳)。彼女とは大正3年に本郷区追分町9番地に新居をかまえた。

    四番目は女優の米谷香代子(まいやかよこ)。大正6年から大正9年まで同棲した。

    五番目は小田中タミ。大正13年に結婚し、昭和5年に離婚している。

   六番目は谷崎潤一郎の前夫人の石川千代。大正10年8月18日の所謂「小田原事件」を経過して、昭和5年8月、千代と結婚。佐藤春夫は大恋愛の末に苦労して手に入れた結婚であったため、千代夫人には生涯頭があがらず、尻に敷かればなしだったそうである。大正10年11月、「人間」に発表した「秋刀魚の歌」は千代に寄せる心情を歌っている。

 晩年の佐藤春夫は女性関係も絶ち、仕事に精励している。活力源はなんとコカ・コーラだった。「しかしわたしはここで酒について云ふつもりはなく、云ひたいのは、ただの水や、お茶ジュースなどの事などであった。(中略)日中は冷蔵庫にたやさずに置くコカ・コーラを愛飲していたことになる。資本主義アメリカ帝国の象徴といわれた時代に、コカ-コーラの宣伝をするとは結構能天気な人だったのであろう。

 

2026年10月11日 (日)

ホルム詞(「ホ」事項索引)

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[  ほ ]

「ホアビン文化」東南アジアの中石器時代から新石器時代前期の文化。狩猟採集時代。無土器文化。紀元前1万年前から紀元前5000年頃まで。▽「ホイットニー美術館」1931年ニューヨークに設立された近代・現代美術作品を中心とする美術館。とくにエドワード・ホッパーの作品で有名。▽「ホイヘンスの原理」波動がつたわるときは、ある時刻における1つの波面上の各点がそれぞれ波源となって素元波とよばれる2次波を送り出し、これらの素元波のすべてに接する面(包絡面)次の時刻の波面があたえられるという原理。▽「ホイッグ党」1680年ごろ、イギリスの都市の商工業者を基礎に形成され、王権の制限、人権の保護を重視する革新派で、国王を支持するトーリー党と対立した。▽「ホイットニー山」カリフォルニア州にあり、アメリカ合衆国本土で最も高い山。標高4421m。▽「放散痛」病気の原因部位とまったくかけ離れた部位に現れる痛みのこと。▽「豊年虫」オオシロカゲロウのこと。志賀直哉の短編に「豊年虫」がある。小説家が温泉に逗留し、人力車夫から、この虫が大量発生した年は作が良いのでこの名前がついたことが書かれれている。▽「ボガズキョイ」トルコのアナトリア高原にあるヒッタイト王国の首都の遺跡。▽「包丁」BC4世紀ころ魏の恵王に仕えた料理人。その牛のさばき方が見事であったと「荘子」に見える。▽「宝暦事件」1758年、尊王論者・竹内式部が逮捕され。式部の講義を聴講していた桃園天皇の側近、徳大寺公城ら公家も処罰される。これを宝暦事件という。▽「ホーエンシュタウフェン朝」神聖ローマ帝国の王朝。シュヴァーベン大公でもあった。1138-1254。フリードリヒ1世、ハインリヒ6世のとき帝権は強力であったが、12世紀末から諸侯は2派に分かれ、二重選挙を実施、帝国を崩壊に導いた。▽「勃極烈(ぼぎれ)」中国、金朝初期の官名。▽「ボコ・ハラム」ナイジェリアのサラフィー・ジハート主義の武装集団。スンニ派イスラム教徒。ボコハラムとは「西洋の教育は罪」の意味。▽「歩荷(ぼっか)」荷物を背負って山越えをすること。▽「ボッチャ」パラリンピックソウル大会から正式競技として採用された障害者スポーツの一つ。赤または青のボールを投げ、ジャックと呼ばれる白い的球にどれだけ近づけられるかを競うゲーム。▽「ボスコリ事件」1513年フィレンツェ共和国で発覚した反メディチ家殺害計画。首謀者パオロ・ボスコリは死罪となる。▽「ボパール化学工場事故」1984年インドのボパールで発生した化学工場のガス漏れ事故。1万6000人以上が死亡したとされる。▽「ボーマン嚢」腎臓の糸球体を囲む膜。名称はイギリスの内科医ウィリアム・ボーマンにちなむ。▽「ポモロード・テクニック」25分集中+5分休憩を繰り返すことで生産性を最大化するメソッド。▽「ボランティア」社会事業などに自発的に参加し、技能や労力を無報酬限で役立てる人々。▽「ボリシェヴィキ」1903年、レーニンが率いたロシア社会民主労働党の多数派。「ポリファーマシー」患者が必要以上に多種類の薬を処方され、何らかの有害事象が起こること。▽「ホペイロ」プロサッカー選手の用具や身の回りのものを管理・ケア・準備する人、仕事のこと。ポルトガル語で「用具係」の意味。▽「捕盗庁(ポドチョン)」李氏朝鮮の漢城府及び京畿道の警察業務を担当する部署。▽「堀川夜討ち」1185年、土佐坊昌俊が六条・堀川館の義経を襲撃するも義経が敗走。▽「ボルハン・ハルドゥン」モンゴル北東部の地名。チンギス・ハンの生まれた所とされる。▽「ホルム詞」英語の前置詞と日本語の後置詞をあわせた概念。▽「ホルンフェルス」変成岩の一種。泥岩・粘板岩などが接触変成作用を受け手できる、暗黒色で硬く緻密な岩石。▽「ポーレット法」1604年、仏王アンリ4世は、ポーレット法を制定して売官制を公認した。地位を世襲するため、毎年、一定額の税金を納める。▽「ホンタイジ」清第2代皇帝。父の遺業を継いで、国の基礎を置いた。(ほほほ)

 

ボーア戦争
ポー川(イタリア)
ポアンカレ予想
ホアンホアン(パンダ)
保育所
ホイッグ党
ホイットニー(綿繰り機)
ホイットニー美術館
ホイットニー山(カリフォルニア)
ホイットマン
ホイヘンス・フレネルの原理
ボイル・シャルルの法則
ボーイング707
ボーイング767
ポインセチア
防衛
貿易風
法家
法界寺阿弥陀堂
望厦条約
封建社会
房玄齢
膀胱
方広寺鐘銘事件(1614年)
放散虫
放散痛
法成寺
北条氏康
北条時宗
北条早雲
仿製鏡
封禅
暴走族
房総半島
法治国家
放置自転車
放送
奉直戦争
包丁(ほうてい)
奉天事件
豊年虫
法の精神
放屁論(平賀源内)
法律
法隆寺
暴力団
ボウリング
宝暦事件(1758年)
宝暦治水事件(1754年)
方臘の乱
募役法
ホーエンシュタウフェン朝
ボガズキョイ
ボーキサイト
ボギー台車
勃極烈
ホーキンス家
朴正熙暗殺事件(1979年)
牧畜
濹東綺譚
北伐
ポケットベル
ホケノ山古墳
母原病
冒頓単于
捕鯨
保甲法
保護司
ボゴタ
ボコ・ハラム
菩薩信仰
ボサノバ
ボザール様式
ポシェット
星亨
星野源
ボシュエ
戊戌の政変(1898年)
保守党(英)
ホジキンリンパ種
蒲松齢
ボース,チャンドラ
ボスコリ事件(1513年)
ポスター
ポストイナ鍾乳洞(スロベニア)
ポストモダン
ボストン茶会事件
ポズナニ
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ併合
ホスロー1世
ポセイドン・アドベンチャー
ホセ・リサール
細川ガラシャ
細川護熙
ポタラ宮殿
ほだれ祭り
ボタンインコ
牡丹灯籠
ホー・チ・ミン
歩荷(ぼっか)
渤海国
北海道
北海道立羽幌病院事件(2004年)
ボッカチオ
ホッキ貝(北寄貝)
北極海
法顕
ホッスガイ
ポツダム会談
ボッティチェリ
ボッチャ
ポッパエア
ホッブズ
北方領土問題
ホッホキルヒの戦い(1758年)
ポーツマス条約
ボツリヌス菌
ボツワナ
ボデコン
歩天歌(ほてんか)
ポートアイランド
ポトシ銀山
捕盗庁
ポトマック川(ボストン)
ポトリオコッカス・ブラウニー
ボトルネック現象
ボードレール
ボニファティウス4世
ボニファティウス8世
ホネカー
ホノリウス
保馬法
ボパール化学工場事故
浦項(ぽはん)
ポピュラー音楽
ボブスレー
ボフニア王立岩塩坑(ポーランド)
募兵制
ホペイロ
ホーボー
ポポカテペトル山(メキシコ)
ポポロ事件
ボーマン嚢
ホームステッド法
ポームスパン
ホメイニ
ホメロス
ポモロード・テクニック
洞ヶ峠
ホラズム王朝
ホラティウス
ボランティア
ポーランド
ポーランド継承戦争
ホラント州
ポリアクリルアミド
ポリアリレート
ポリ塩化ビフェニエル
ポリオウイルス
堀川夜討ち
ポリグラム(嘘発見器)
ボリシェヴィキ
ポリス
ポリティカル・コレクトネス
ボリバル
ボリビア
ポリビオス
ポリファーマシー
ポリネシア
ホールインワン
ポルカ
ボルゴグラード
ボルジア、ルクレツィア
ホルシュタイン
ホルシュタイン・ゴットルプ朝
ボルステッド法(国家禁酒法)
ポルダー
ポルターガイスト
ボルタヴァの戦い(1709年)
ホルテンシウス法
ボールドウィン
ポルトガル
ホルバイン
ボルハン・ハルドゥン
ボールペン
ボルボックス
ポル・ポト
ホルム詞
ホルムズ海峡
ホルンフェルス
ポーレット法(1604年)
ボロジノの戦い(1812年)
ホロスコープ
ボローニャ大学
ボローニャ中央駅爆破事件
ボロブドゥール
ボン
ホーン(角笛)
本阿弥光悦
盆アンガマ(八重山)
本因坊
香港
盆栽
ホンジュラス
梵字
ボン宣言
本草学
本草綱目
ホンタイジ
本地垂迹
ポンディシェリ
ポンテ・ヴェキオ
ポン・デュ・ガール
ボンヌ図法
ポン・ヌフ橋
本能寺の変
ポンピドゥー
ポンペイ
ボンベイ
ポンペイウス
ボンホルムスガッテト海峡
ポンメルン

 

 

西・ローゼン協定(「ニ」事項索引)

[  に  ]

   「ニアサ湖(マラウイ湖)」モザンビーク、マラウイ、タンザニアの国境をなす湖。マラウイという名は、マラウイの公用語チエワ語で1964年の独立時に国名と採用され、湖名にも用いられる。タンザニアとモザンビークでは現在もニアサ湖と呼んでいる。▽「ニキアスの平和」前421年ペロポネソス戦争中アテナイとスパルタとの間に一時成立した講和条約。▽「ニケーア公会議(325年)」アリウス派を異端とし、アタナシウス派を正統とした。▽「ニョクマム」魚介類を原料にした液体状のベトナムの調味料。 ▽「尼港事件」1920年、ロシア黒龍江下流のニコライエフスクで日本軍・一般邦人が革命軍パルチザンに虐殺された事件。わが軍は賠償を要求して北樺太を保障占領した。▽「西・ローゼン協定」1898 年、朝鮮半島の支配をめぐる日露間の協定。これにより日本の韓国への勢力は大いに進んだ。▽「ニスタット条約」1721年ロシア・スウェーデン間に締結された北方戦争終結の条約。▽「西田恵泉」1902-1980働く農民の姿や琵琶湖周辺の風景を描き続けた日本画家。▽「ニホニウム」日本発見の新元素113番。▽「ニポポ人形」北海道、アイヌの郷土玩具。▽「認諾」にんだく。被告が原告の請求を認めて、それに同意すること。確定判決と同じ効力を持つ。(ににに)

 

ニアサ湖
ニアス島(インドネシア)
新潟県
新潟水俣病
新座市(埼玉県)
新島襄
二・一ゼネスト
NISA貧乏
新居浜市(愛媛県)
新嘗祭
ニカイア公会議
二階堂是円
二科会
二月革命
ニカラグア
ニキアスの平和
握斧(にぎりおの)
ニクソン・ショック
ニクソン訪中
肉弾三勇士
ニケーア公会議
尼港事件
二コチアナ・シルベストリス(植物)
ニコチン
二コポリスの戦い
二コライ1世
ニコライ2世
ニコライ堂
ニザーミーヤ寺院
ニザーム・アルムルク
西周
西インド会社
西川如見
西ゴート族
西陣織
二十一ヵ条の要求
二条城
ニジェール
錦絵
ニシキヘビ
西田幾多郎
西田恵泉
虹の彼方に
西洞院通(にしのとおいんどおり)
西原借款
西本願寺
西村茂樹
西山宗因
二条河原の落書
西・ローゼン協定(1898年)
ニース
ニスタット条約
ニーチェ
日英同盟
日米安全保障条約
日露戦争
日華事変
ニッカジャックダム(テネシー州)
ニッカーボッカー
日韓併合
日記
日光杉並木街道
日光東照宮
日清戦争
日ソ中立条約
日独伊三国軍事同盟
日本アルプス
日本外史
日本銀行
日本国憲法
日本ライン
日本霊異記
日本列島
日知録
二都物語
ニトログリセリン
邇邇芸命(瓊瓊杵尊)
二宮尊徳
二宮忠八
ニネヴェ
ニハーヴァンドの戦い
ニヒリズム
ニーベルングの指環(ワーグナー)
ニーベルンゲンの歌
二圃制度
ニホニウム
ニポポ人形
二ホンカモシカ
日本国憲法
日本三景
日本橋
日本酒
二毛作
二里岡文化
二里頭文化
ニューアムステルダム
ニューオーリンズの戦い
ニューカッスル病
ニューカレドニア諸島
ニューギニア島
ニュージーランド
ニューズウィーク
ニューディール政策
ニュートリノ
ニューファンドランド諸島
ニューフロンティア政策
ニューメキシコ
ニューヨーク
乳製品
ニョクマム
仁淀川(高知県)
ニライカナイ
仁阿弥道八
人形峠
人形浄瑠璃
人情本
人間は万物の尺度(プロタゴラス)
人間不平等起源論
忍性
認諾
仁徳天皇
仁和寺
人別改め
寧波(ニンポー) の騒乱 浙江省

サボ島沖海戦

    昭和17年10月11日、第6戦隊・第11駆逐隊(青葉・衣笠・古鷹・吹雪・初雪)は、ガダルカナル島への輸送部隊の支援とヘンダーソン飛行場への艦砲射撃の任務を与えられて出動した。旗艦青葉の見張り員が米艦隊を発見したものの、艦長・五藤存知少将は味方艦隊と誤認し、発光信号で「ワレアオバ」を連発した。米軍は新兵器であるレーダーにより、先制攻撃を行い、青葉は集中砲火を浴びる。古鷹の艦長荒木伝大佐は青葉を守るため、敵艦と青葉の間に割り込んだ。このため古鷹が被弾することになり、10月12日、大破炎上し沈没する。青葉は古鷹の捨て身の奮戦でなんとか助かった。サボ島沖海戦は、日本海軍が得意としていた夜戦が、アメリカのレーダー技術に敗れた戦闘であった。

ケペル先生の何でも相談室1

  今やパソコン一台あれば、たちどころに必要な情報を入手することができる。だが時にはインターネットで調べても分からないことがあります。あるドラマで放送禁止用語に載っていた「くしゃがら」という言葉の意味が知りたくて古い本や史料で徹底的に調査すれば判明すると考え、寝食もせず何日間も調べた。その男は発狂したか餓死で亡くなった。「くしゃがら」はそのような悪魔的な言葉ではないが、世の中にはいくら調べてもわからない奇怪な言葉がそんざいするらしい。図書館では利用者の質問を資料にもとづいて調査して回答している。命に関わる危険な職業かもしれない。ここでは安全なレファレンス事例問題集をまとめています。

Q 1992年6月リオデジャネイロで開催された地球サミットは世界の主要な元首または首相が参加した歴史に残る大会であった。なぜか日本だけが宮沢喜一総理は参加せず、代理が出席した。出席したのは誰か知りたい?

A.当時、環境庁長官だった中村正三郎。


Q.演劇が確立されたといわれるヤコポ・ペリーニ作曲「エウリディーチェ」が初演された年は?

A.オペラ「エウリディーチェ」(脚本オッターヴィオ・リタッチー二)は1600年10月、フランス王アンリ4世とマリーアン・デ・メディチの婚礼の催し物として、フィレンツェのピッティ宮殿において初演された。「世界史年表」日比野丈夫編、河出書房新社は科学史、美術史、音楽・演劇史・文学史、名著史など特殊年表が掲載されていて便利である。

 

Q「愛の思い出のない冬は寒いわ」あるいは「温かい思い出のない者たちにとって冬は寒いでしょうね」という意味のセリフのある昔の洋画は?

A.1957年のケーリ―・グラントとデボラ―・カー主演のメロドラマ「めぐり逢い」での有名なセリフ。原語は、Winter must be cold for those with no warm memories.ほかに婚約者のいる二人が愛し合いエンパイアステートビルの屋上で再会することを約束するが、途中で交通事故に遭う。

 

Q ナポレオンがかぶっているあの帽子の名前は?

 

A 二角帽子のことで仏語でビコルヌ(Bicorne)という。英語ではビコーン。その biは2つという意味、corneは角を意味する。18世紀には三方を折り上げた三角帽(トリコルヌ)から派生し、18世紀末になると二角帽(ビコルヌ)が流行する。ナポレオンがよく使用したので一般にナポレオン帽と呼ばれることが多いが、ビコルヌはナポレオン専用の帽子というわけではなく、19世紀前半まで世界で使用されている。ちなみに、闘牛士のかぶる帽子もビコーン。

 

Q 「庫莫奚」の読み

 

A 「こばくけい」。中国南北朝時代の北方古民族。鮮卑族。「奚」とも呼ばれる。10世紀頃、契丹に征服・吸収される。

 

Q 日本画家、小林古径の死因は?

 

A コンサイス日本人名事典、ウィキペディアなどを調べるが、死因については分からず。小林古径記念美術館ホームページの年譜にも「1959年、74歳、4月3日、死去」とあるだけ。現代日本美術全集5巻(集英社)には「パーキンソン病と脳軟化症のため4月3日午前9時15分永眠」とある。 

 

Q 「アヅマカブキ」とは何か?

 

A 1954年から1956年まで舞踏家の吾妻徳穂(1909-1998)が「アヅマカブキ」と称して欧米10数ヵ国・40数都市で公演した。

 

Q 「家は金殿にあらずといえども漏れざればすなわち良しとす」という名言名句の出典は?

 

A 江戸中期の寺子屋で使われた教科書、勝田祐義「金言童子教」にある。(世界文化社「名言名句集」)

 

Q 聖書研究で用いられる「アポフセグマタ」の意味は?

 

A ドイツの聖書学者ブルトマンは著書「共観福音書の研究」の中で、聖書の見える伝承をギリシャ文学と比較検討して、「アポフセグマタ(Apophthegmata)」という語を「範例」という意味で用いられている。日本語文献にはこの用語の使用例はないが、英文Wikipediaでは「金言、ことわざ」とある。 

 

Q 「橋」「箸」また「雲」「蜘蛛」の正しい発音を知りたい。

 

A 「日本語発音アクセント辞典」(日本放送協会)によると、「橋」はハを低く、「シ」は高くアクセントをつける。「箸」は「ハ」は高くアクセントをつけ、「シ」は低く発音する。「雲」「蜘蛛」は両方とも「ク」を高くアクセントをつけ、「モ」は低く、2語の区別はない。

 

Q 「刀圭雑誌」という誌名の雑誌が発行されていたらしいが、これはどういう分野の雑誌か。

 

A 「刀圭(とうけい)」とは薬を盛るさじのことで、西洋医学関係。明治11年11月に創刊され、西洋薬品による鎮痛法などの記事がみえる。

 

Q 鎌倉時代、臨済宗をひらいた僧に栄西がいますが、この僧の名称はエイサイ、ヨウサイ、どのように読むべきか?

 

A 栄西は一般的には「エイサイ」と読まれるが、伝統的に建仁寺では「ヨウサイ」と読む。栄西を「ヨウサイ」と呼ぶ一説は、懸声に由来するといわれています。また高峰東峻が著した「興禅護国論和解」の写本(両足院蔵)には、「イヤウサイ」と仮名が付されていた。これによって建仁寺では「ヨウサイ」と呼んでいた。ただし、「エイサイ」の読みが間違っているというわけではなく、両方の読みがあるようである。2014年の「栄西と建仁寺」展では「ヨウサイ」と読んでいる。

 

Q 「わいわい天王」とは何?

 

A 江戸時代、札を配って銭をもらった門付。 享保・寛政に現れた街芸人で、猿田彦の面をつけ、紋付の黒い羽織に袴という改まった装いをしている。腰には両刀まで差している。町中に突然現れて「わいわい天王騒ぐがお好き」などと言ってはやしながら歩く。子どもたちがついて回ると、「牛頭天王」と印した赤いお札を配り、あとで家々を回って銭をもらった。わいわい天王の正体が誰なのか、よくわからないが、江戸の神道者ではないかといわれている。

 

Q 巣鴨にある「とげぬき地蔵」の縁起とその縁日を知りたい

 

A とげぬき地蔵の通称で知られる高岩寺は東京都豊島区巣鴨にある曹洞宗の寺院。江戸時代、毛利家の女中が針を誤飲した際、地蔵菩薩の御影を飲み込んだ所、針を吐き出すことができ、吐き出した御影に針が刺さっていたという伝承があり、これが「とげぬき地蔵」の由来となった。縁日は、毎年4の付く日、特に1月、5月、9月の24日は例大祭で、普段より多くの人が参詣する。

 

PhotoQ JISマークは誰が考案したか、氏名が知りたい

 

A 1949年、日本の工業製品に関する規格や測定法などが定められ、JISに適合している製品にはJISマークが表示されるようになった。この図案は当時通産省工業技術院の職員だった高橋重(たかはし しげ)のデザインが採用された。2005年から新しいJISマークが開始された。このときは公募で水野尚雄のデザインが選ばれた。

 

Q 酒呑みをトラというのはなぜか

 

A お酒が入ると暴れてしまうような酒癖の悪い人、酔っ払いのことをトラ、大トラなどと呼ぶことがある。動物に譬えるとしてもなぜトラなのでしょう。室町時代の古辞書「壒嚢鈔」によると中国で古来から酒のことを「竹葉(ちくよう)」という。「竹の葉の露が溜まりまして、それが酒となったのに因みまして、竹葉という」とある。これになぞらえて「ささ」、笹薮に潜むのが、猛々しいトラである。つまり笹からトラが出る様を洒落て作られた言葉なのです。

 

Q 国産初の輪ゴム、製造者とその目的は?

 

A 輪ゴムの歴史は、1820年、イギリスのトマス・ハンコックという人が、中南米の先住民族が使用していたのを見て考案した。その後、1845年、ゴム加工業者スティーブン・ペリーによって輪ゴムが製造された。日本には大正時代末期から輪ゴムが使用された。共和護謨合資会社の西島廣蔵(1889-1977)が1923年、自転車のチューブを薄く切り、輪ゴムとして生産したのが国産第一号である。きっかけは日本銀行からお札を束ねるのに何かいい方法はないものかという話があって、考えついたと自著にある。(参考:「私の歩み 西島廣蔵追想録」 1978年刊行)

 

Q かなてこの「バール」は、何語からきたことばかを知りたい

 

A L字型に曲がった釘抜き「バール」は商品名で、英語の crowbarが訛った形と考えられる。

 

Q 俳句の季語「早苗饗」のよみ方と意味を知りたい

 

A さなぶり。田植えを終って田の神を送る祭り、またその祝宴や休日。夏の季語。

 

Q 万葉植物のアサガオは現在の何か。異説も知りたい

 

A 桔梗。山上憶良の歌に「萩の花 尾花葛花 なでしこの花 をみなえし また藤袴 朝貌(あさがお)の花」と秋の七草を詠んでいるが、最後の「朝貌」は私たちが知っているヒルガオ科のアサガオではない。現在のアサガオは平安時代に中国から渡来したもので、万葉植物の朝貌は、桔梗(ききょう)と考えられる。最古の漢和辞典「新撰字鏡」(901年ころ)で桔梗の説明に「阿佐加保(アサカオ)」とあり、今では桔梗説がほぼ通説となっている。ほかにも、木槿(むくげ)、昼顔(ひるがお)とする説がある。

 

Q 「レポート作成法 インターネット時代の情報の探し方」(日外アソシエーツ、2003年)の著者「井出翕」の読み方が知りたい。

 

A いでさかり。

 

Q 漢字書きの西洋人名で「馬雪浮」の読み方と原綴名を知りたい。

 

A マッキ―バー Robert Morrison Maclver 1882-1970 アメリカの社会学者

 

Q 「ただの水は飲むな」はどこの国のことわざか?

 

A 世界各国にたくさんのことわざがあって、意外と探すのはむずかしい。北村孝一の「外国のことわざ」(アリス館)に「ただの水を飲むな」(88頁)はトルコのことわざとあります。インターネットで探すと「無料の泉の水は飲むな」とあります。

 

Q 「愛及屋烏」の意味と出典

 

A 「あいきゅうおくう」読み下すと「愛は屋烏(おくう)におよぶ」。人を愛すると、其の家の屋根のカラスまで好きになるということから、愛するとその相手に関するすべてに愛情が及ぶとするたとえ。痘痕もえくぼ。出典は『尚書大伝』牧誓篇、『説苑』貴徳から。

 

Q 歌詞に「僕は君のトロイ・ドナヒュー、あなたは僕のサンドラ・ディー」とある曲は?

 

A バッドリー・ドローン・ボーイの「One last dance」に「I'll be your Troy Donnahue
 If you'll be my Sandra Dee」とある。

 

Q.中国歌曲「阿里山的姑娘」(または高山青)はいつ頃作られた歌か?

 

A.従来、台湾の高山族の伝統的な民歌と紹介されてきたが、実は映画の主題歌である。映画「阿里山風雲」(1947年)で歌われている。香港からきた映画監督、張徹(1923-2002)が曲をつくり、鄧禹平が作詩した。1970年にはテレサ・テンが歌っている。

 

Q.2019年のNHK大河ドラマ「いだてん」の主人公は日本最初のオリンピック選手、金栗四三。父親の名前は?

 

A.金栗四三は明治24年8月20日、熊本県玉名郡春冨村(現三加和町)にて父信彦、母シエの四男、8人兄弟の7人目として生まれる。

 

Q.合コンのテクニック「女子のさしすせそ」とは?

 

A.男性をほめるとモテる。つまり、「さすがですね」「知らなかった」「すごいですね」「センスいいね」「そうなんですか」の5つのフレーズを使うと会話がスムーズにはこぶ。

 

Q.杉目太郎行信の墓はどこにあるか?

 

A.源義経は衣川の館で藤原泰衡に裏切られ、自刃して果てた。しかし義経が自殺しなかったという噂は、かなり早くから語られていた。鎌倉へ送られた義経の首は杉目太郎行信という義経の影武者のもので、年も同じく、容貌などもきわめて似ており、義経の傍に常時従っていた人物だったという。佐藤基治の子で、義経の母方のいとこ。宮城県金成町(現・栗原市)の江浦藻山信楽寺の跡に墓碑がある。墓碑には「源祖義経神霊身替」と刻まれている。

 

Q.麗子像などで知られる洋画家、岸田劉生の戒名は?

 

A.「現代日本美術全集8岸田劉生」(1973年)によると「清香院殿劉誉到岸居士」とあるが、正しくは「清秀院殿劉誉到岸居士」である。

 

Q.アイスクリームはロシア語でなんというでしょう?

 

A.morozhenoye マロージェナエ

 

Q.大正から昭和のはじめに活躍したアナーキスト系の詩人、尾形亀之助の油彩作品「化粧」の所蔵先が知りたい。

 

A.「化粧」(1922年)は仙台文学館で開かれた展示会などでも出品されるが個人蔵で明らかにされていない。

 

Q.チャップリンの映画「モダン・タイムス」で歌われた「ティティナ」という曲は?

 

A.1917年にフランスのレオ・ダニデルフが作曲し、アメリカでは1925年にビリー・マーレイ(1877-1954)がコミカルに歌った。ティティナというのは女性名。

 

Q.神田喜一郎著「鬯盦蔵書絶句」(便利堂)の読み。

 

A.チョウアンゾウショゼック。鬯盦は胡適の号。

 

Q.古地名「コラズミア」の位置は?

 

A.Chorasmia。紀元前6世紀アケメネス朝ペルシア王国の版図で、州(サトラップ)のひとつ。アラル海南部で現在のウズベキスタンにあたる。のちに前漢時代に武帝が征服し漢字で「大苑」と宛てたが、フェルガナの音訳である「破洛那」が用いられるようになる。フェルガナ地方は中央アジアからイランへの通路に当たりシルクロードの交通の要所として発達した。

 

Q.沙鉢略可汗の読みは?

 

A.しゃはちりゃくかかん。東突厥の可汗で、隋末の混乱期に一時台頭した。在位は西暦581年から587年。イシバラ(Ishbra)または

イシバルとも読む。

 

Q.Botticelliというクイズ遊びについて知りたい。

 

A.英米圏においてはむかし流行ったパーティなどで使われた「私はだれでしょう」的なクイズ遊び。刑事コロンボ「殺人処方箋」や名探偵ポワロ「ヘラクレスの難業」にみえる。なぜルネサンス期の画家ボッティチェリの名前が使われるのかは不明である。

 

Q.映画俳優ロベルト・ヴィエツキーヴィッチについて知りたい。

 

A.ポーランドの俳優。Robert Wieckiwicz 1967年6月30日ポーランドのノワ・ルーダで生れる。代表作「ソハの地下水道」(2011)「マイテイ・エンジェル」(2014)

 

Q.地球儀をとりつけるとき何度傾けたらよいか。

 

A.鉛直方向に対して23.4度傾ける。

 

Q.自動車の生産量が世界で一番の国は?

 

A.2018年の統計によると、世界一は中国で年間2千780万台、世界の28.7%を生産している。

 

Q.加藤素毛「二夜語」の書名の読み方と本の内容を知りたい。

 

A.加藤素毛は、1860年に「万延元年遣米使節団」の随行員の一人として、世界周遊し、その旅先での見聞記録を「二夜語」(ふたよがたり)としてまとめた。現在、岐阜県下呂市に「加藤素毛記念館」が平成14年に開館した。

 

Q.アレグロ・ビヴァーチェの意味は?

 

A.音楽用語。Allegro Vivace。イタリア語で快活に速く。結婚行進曲くらいのテンポ。 

 

Q.和歌山県有田で起きた大津波で村人の命を救った「稲むらの火」の話を題材に、小泉八雲が小説「A living good」を書いた。収録されているタイトルは?

 

A.1897年ニューヨークで刊行された「仏の畠の落穂集」(Gleanings is Buddhafields)に収録されている。  

 

Q.書類などに通し番号を付ける連続番号付けの機器ナンバーリング・マシンの発明は誰か?

A.ニューヨークの発明家エドウィン・グランビル・ベイツが1890年代頃に発明したとされる。これがベイツ・ナンバーリングと呼ばれ20世紀になって普及した。しかし本当の起源はさらに古くヨーロッパで開発されたとされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迦陵頻伽(「カ」 事項索引)

 「カニクロス(Canicross)」人が犬とペアになって野山やオフロードを走るクロスカントリーのこと。1980年代フランスやベルギーで発祥したドッグスポーツの一種。レース距離は2~4㎞前後。▽「花江大峡谷大橋」中国貴州省にある世界一高いところにある橋。川面から625m。▽「かいなひねり」相撲の決まり手の一つ。相手の腕を両手でとって体を開きながらひねり倒す技。▽「皆既月食」太陽・地球・月が一直線に並び、満月が地球のかげに入るむことで、暗くなったり、欠けたように見えたりする現象のこと。▽「ガイセリック」5世紀に北アフリカのカルタゴを中心にヴァンダル王国を建国したゲルマン人の王。▽「会通河」(かいつうが)臨清から東平にいたる全長約130㎞の大運河。▽ 「カイロネイアの戦い」紀元前338年ボイオティアのカイロネイアでマケドニア軍がアテナイ・テーバイ連合軍を破る。▽「カイロノミー」指揮者が指揮棒を使わずに、手の動きによって指揮すること。▽「海岸党」紀元前6世紀アテナイの一党派。南部の商工業の支持層で構成され、指導者はメガクレス。パラリオイ(Paraloi)。▽「カウディーリョ」中南米やスペインにおける、独裁権を掌握した政治・軍事指導者の称号。▽「俄館播遷」1896年朝鮮国王の高宗がロシア公使館に移り朝鮮王朝の執政をとったこと。▽「ガガリノ遺蹟」ロシア・ドン河流域の旧跡時代の遺蹟。マンモスの牙製のヴィーナス像が有名である。▽「嘉吉の乱」1441年、播磨・備前・美作の守護である赤松満祐は、将軍義教を暗殺し、領国の播磨に逃亡したが、幕府軍に攻められて自刃、赤松家滅亡す。▽「かじき」メカジキ科とマカジキ科の海魚。▽「カスタネット」木製の打楽器。スペイン語で「栗の実」を意味するカスターニャ(castagna)に由来する。▽「カッシーニのすきま」土星のA環とB環の間にある間隙。▽「霞堤」堤防のある区間にあらかじめ切れ目をいれた不連続な堤防。▽「加曽利貝塚」千葉県千葉市にある縄文時代中期の貝塚を伴う環状集落の遺跡。▽「カタクリ」ユリ科カタクリ属の多年草。根を用いて精製したデンプンを片栗粉と呼ぶ。▽「ガーター勲章」1348年にエドワード3世によって創設された、イングランドの最高勲章。▽「火中の栗を拾う」他人の利益のために危険をおかしても物事をすることのたとえ。イソップ物語から出たことば。▽「カップ一揆」1920年ドイツ・ベルリンで退役将校カップらが起こした反革命クーデター。▽「カデシュの戦い」紀元前1274年、エジプトとヒッタイトの戦争。▽「鎌倉アカデミア」戦後の日本社会の文化的産業的再生を担う有為の人材育成をめざし、1946年に三枝博音、服部之総、吉野英雄、林達夫らの文化人が創設した学校。▽「加波山事件」1884年、河野広躰ら自由党員16人が政府打倒を図って茨城県加波山で蜂起。▽「カポック」アオイ科セイバ属の落葉高木。パンヤノキ。▽「蒲生氏郷」織田・豊臣政権下で活躍した戦国武将。▽「カリスマ」語源は、ギリシャ語で「神の恩寵」つまり神の恵みの賜物。神から人間に与えられる恵み、贈り物。使徒や預言者の言葉はもとより霊能力や奇跡など、神がキリスト教徒に使命を達成させるために一時的に与える能力。今日では、際立った権威や影響力を指すようになった。▽「華清池」西安の東郊外にある温泉地。楊貴妃が湯浴みしたことで知られる。▽「カモノハシ」哺乳類なのに卵を産む。子どもは母親の乳を飲んで育つ。オーストラリアの一部だけに生息する。▽「カタバ風」南極大陸などで、斜面に沿って下降する風。▽「伽耶琴(かやきん)」朝鮮の伝統的な撥弦琴。カヤグム、カヤゴ。▽「カラ・キタイ」耶律大石、中央アジアに1132年に建国。▽「カラクサシリス」多毛鋼シリス科の環形動物。体側から不規則な芽をだして成長するので、全体が網目状になり、これを唐草模様にみたてての名がある。▽「カラハン宣言」ソ連の外交官レフ・カラハンが1919、20年に中国に対して発表した不平等条約撤廃宣言。▽「迦陵頻伽」仏教で極楽浄土に住む人頭鳥身の想像上の生き物。▽「カーリング」15世紀にイギリスのスコットランドで発祥した。日本では1973年に長野県で第1回カーリング大会が開かれる。▽「カルビ」韓国語で「カルビクイ」が語源。カルビは肋骨(あばら)、クイとは焼き物という意味。日本では焼き肉店などでクイを省略し、そのままカルビと呼んだ。部位名ではなく、どこでもいい肉。▽「カルボナリ」19世紀初頭、イタリア南部で結成された秘密結社。▽「カルボナーラ」1912年ローマ発祥のパスタ。「炭焼き職人」の意味でペンネにチーズと卵を使った。▽「カレワラ」1835年にエリアス・リョンロートによってまとめられたフィンランドの民族叙事詩。▽「カウンターカルチャー運動」既存の権威や体制に反対する文化のこと。1960年代のアメリカで盛り上がりをみせ、公民権運動やベトナム反戦運動に発展した。▽「川俣事件」1900年2月足尾鉱毒の被害者3000人が請願するため上京する途上で、群馬県川俣で憲兵・警察と衝突。68人が逮捕。▽「韓熙戴夜宴図巻」五代南唐の政治家・韓熙戴の宴の様子を描いた名画。顧閎中(ここうちゅう)が描いた原本か疑問がある。▽「甘草」カンゾウ。マメ科の多年草。(かかかか)

 

夏(中国古代の王朝)
カー,エドワード・ハレット
カーゴパンツ cargo pants 作業用パンツ
ガーシュイン,ジョージ
カースト
カーソル cursor(表示マーク)
ガーター勲章
カーター・トリホス条約(1977年パナマ運河条約)
ガーデニング
ガーナ
カー・ナビゲーション
ガープの世界(ジョン・アーヴィングの小説)
カーボベルテ
ガーランド,ジュディ
カーリング curling
何晏(かあん) 魏の思想家
海印寺(朝鮮、慶尚南道にある寺院、ヘインサ)
海王星 Neptune
垓下の戦い
絵画療法 art therapy
海岸段丘
海岸党
皆既月食
皆既日食
会議は踊る、されど進まず(ウィーン会議)
貝殻節(鳥取県)
骸骨を乞う
介護保険制度
ガイセリック
海峡
海国兵談(林子平)
開元の治(唐玄宗)
カイザーフラシャー角膜輪
カイザルのものはカイザルに(聖書)
会社四季報
華夷思想
会昌の排仏
介助犬 partner dog
懐石料理
カイゼルルひげ
凱旋門
塊村(家屋が塊状に集合した集村)
解体新書(ターヘル・アナトミア)
開拓使官有物払下げ事件(1881年)
会通河
貝塚
貝塚茂樹
カイツブリ
海底2万マイル(ジュール・ベルヌの小説)
回転寿司
回転木馬(ミュージカル)
灰陶(かいとう)
街道
カイドウ(海棠)
カイマナ・ヒラ(ハワイアン)
海馬 hippocampas
カイバー峠(アフガニスタン)
海馬旁回(かいばぼうかい)
貝原益軒
懐風藻
開封(かいほう)
海宝塔寺(寧夏回族自治区銀川市)
戒名
回毛(つむじ)
開聞岳
偕楽園(茨城県水戸市)
海陸風(かいりくふう)
海陵王(12世紀、金朝第4代皇帝)
カイロ(エジプト)
カイロノミー
かいわれ大根
カインの末裔(有島武郎の小説)
ガウガメラの戦い
カウディーリョ
カウンターカルチャー運動
カエキリア・ディディア法
カエサル
蛙の子は蛙
カオスの理論(複雑系経済学)
雅楽
案山子(かかし)
加賀騒動(1746年)
各務原(岐阜県)
ガガリノ遺蹟
俄館播遷(がかんはせん)
嘉吉の乱(1441年)
柿本人麻呂
鍵屋の辻(1634年)
科挙
華僑
霍去病
学習院
確定申告
学徒出陣
楽府
学問のすすめ(福澤諭吉)
嘉慶帝
筧雄平
影絵人形劇
駆け落ち
カケス
影の軍隊(ジョゼフ・ケッセルの小説)
影の内閣(shadow cabinet)
陰間茶屋
勘解由使
囲い込み(エンクロージャー)
ガーゴイル
花崗岩
花江大峡谷大橋
加古川市(兵庫県)
華国鋒
葛西善蔵
ガザに盲いて
風花(かざはな)
カザフスタン
火山
カサンドラ症候群
カシウ(何首鳥)
カシオペヤ座
かじき(梶木)
鹿地事件
カジス(スペイン)
下七垣文化(かしちえんぶんか)
カシミア効果(物理)
カシミール語
カシミール紛争
カジャール朝
ガジュマル
華氏451(レイ・ブラッドベリのSF小説)
何首烏芋(かしゆういも)
柏崎市(新潟県)
臥薪嘗胆
春日局
カスタネット
カスティヨンの戦い(1453年)
カストリ焼酎
ガズニ朝
霞提
カースルレー子爵(ロバート・スチュアート)
火星
画像破壊 Iconoclasm
華清池(かせいち)
苛政は虎よりも猛なり(礼記)
化石人類
風と共に去りぬ
風の息
加曽利貝塚
カタクリ
ガーター勲章
カタコンベ(カタコム)
カタストロフィーの理論(数学)
刀狩令(1588年)
カタバ風
酢漿草(かたばみ)
カダフィ大佐
カタプレキシー(情動脱力発作)
カタラウヌムの戦い
カタルシス
勝鬨橋(東京都墨田区)
カチューシャ
火中の栗を拾う
カチョ(アイヌの太鼓)
カチンの森事件
勝海舟
学校
葛根廟事件(1945年)
カッサバ(灌木性熱帯樹)
カッシート朝
カッシーニのすきま
ガッツポーズ guts pose
合唱
河童
カップ一揆
カップヌードル
葛城山(奈良県御所市)
桂・タフト協定
桂太郎
ガツン湖(パナマ)
カティサーク
カデシュの戦い
カテーテル焼灼術
嘉手納基地
加藤清正
加藤嘉明
門付け
カド番
カトマイ国立公園(アラスカ州)
カトリック
仮名垣魯文
悲しき玩具(石川啄木の歌集)
カナダ
カナート(地下水路)
カナの婚礼
かなめ党
カナリア
カニクロス
カニシカ王
カニス・ルプス・ファミリアス(犬の学名)
金子直吉
カノッサの屈辱
カノポス壺
カネミ油症事件(1968年)
カネム・ボルヌー王国
加波山事件
カバナツアン収容所(フィリピン)
峨眉山
カピタン(商館長)
カピバラ
カピチュレーション
歌舞伎
カフェクルベン島
カフカス山脈
花粉症
カペー朝
ガーベラ
カポエイラ
カホキア(メキシコ)
河北新報
過保護
カポック(喬木性熱帯樹)
河姆渡文化
カーボベルデ
カーボンニュートラル
かまいたち
鎌倉
鎌倉アカデミア
カマトト
カマン・カレホユック遺蹟
カミオカンデ(岐阜県神岡鉱山)
神隠し
神風タクシー
カミュ,アルベール
カムタイ大統領(ラオス)
カムチャツカ半島
亀ヶ岡式土器(縄文時代晩期)
かめはめ波(ドラゴンボールの必殺技)
カメラ
仮面ライダー
蒲生氏郷
加茂湖(佐渡島)
カモノハシ
カモミール(キク科の一年草)
伽耶琴(カヤグム)
カヤクグリ
カラー(植物)
カラウ
カラオケ
カラ・キタイ
カラクサシリス
カラコルム
ガラスの動物園(テネシー・ウィリアムズの戯曲)
空手
空の巣症候群
ガラパゴス諸島(エクアドル)
カラハン宣言
ガラ紡糸
カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキーの小説)
カラル遺蹟(ペルー)
カランコエ(鉢花)
カリウム・アルゴン法
ガリオア資金
カリスマ
ガリツィア・ロドメリア王国
カリーニン原子力発電所(ロシア)
ガリバー旅行記
ガリバルディ橋
カリビアン政策
カリフ
カリフォルニア州(アメリカ)
ガリポリの戦い(1915年)
カリマコス
迦陵頻伽(かりょうびんが)
カルヴィン
カルケドン公会議(451年)
カルスト地形
カルタゴ
カルチェ・ラタン
カルチノイド症候群
カルディウム土器
カルデコット賞
カルデラ湖
カルナータカ音楽(南インドの音楽)
カルナック神殿
カルバペネム耐性腸内細菌
カルビ
ガルボ,グレタ
カルボナーラ
カルボナリ
カル―盆地(南アフリカ共和国)
カルマル同盟
カルモ修道院(リスボン)
カルロヴィッツ条約
華麗なるギャツビー(フィッツジェラルドの小説)
過労死
カロシュティー文字
カロデンの戦い(1746年)
カロリング朝
ガレオン船
ガレー船
カレワラ
カロシュティー文字
カロデンの戦(1746年)
カワウソ
河口湖
川崎幼稚園通園バス置き去り事件
河竹黙阿弥
川端康成
河東碧梧桐
川俣事件(1900年)
瓦版
冠位十二階
考える人
韓熙戴夜宴図巻(かんきさいやえんずかん)
汗牛充棟
環境可能論(ブラーシュ)
函谷関
韓国ソウル群衆事故(2022年)
カンザス州(アメリカ)
カンサス・ネブラスカ法(1854年)
ガンジー
ガンジス川
カンジダ症(慢性粘膜皮膚)
感謝祭
鑑真
寛政の改革
寛政西津軽地震(1793年)
甘草(カンゾウ)
干拓
カンタータ cantata
カンタベリー大司教
神田祭
ガンダーラ
邯鄲
元旦
カンチェンジュンガ
カンディード(ヴォルテールの小説)
関帝廟
官渡の戦い(200年)
カント,イマニュエル
関東大震災
カントウタンポポ
カンナダ語
カンネーの戦い
観応の擾乱
ガンビア共和国
間氷期
カンピロバクタ―
カンプチア人民共和国
カンプトサウルス
カンブリア紀(地質時代の古生代最初の時期)
カンポ・フォルミオ条約
完璧
官報
漢方
管鮑の交わり
カンボジア
桓武天皇
冠遺跡(広島県廿日市)
関門海峡
間氷期(氷期と氷期の間の温暖期)
韓愈
咸陽
かんらん岩
寒冷前線
甘露の変
緩和ケア病棟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年10月10日 (土)

「け」 ファースト・ネームから引く人名一覧

Pic4    トルコ革命の指導者ケマル・アタテュルク。本名はムスタファ・ケマル。「アタテュルク」とは「父なるトルコ人」という意味の称号。ケマル・パシャともいうが、パシャは軍司令官に与えられる称号。▽「ゲオルギー・ガボン」1905年に発生したロシア革命において指導的な役割を果たした。

ゲアハルト・ハウプトマン
ケアリー・マリガン
ケイティ・ペリー
ケイ・フランシス
ケイティ・オブライエン
ケイト・グリーナウェイ
ケイト・ハドソン
ケイト・モス
ゲイリー・シニーズ
ゲイル・ラッセル
ケイレブ・ドレセル
ケヴィン・クライン
ケヴィン・コストナー
ケヴィン・スペーシー
ケヴィン・ベーコン
ゲオルギー・ガボン
ゲオルギー・コンスタンチノヴィチ・ジューコフ
ゲオルギ・ディミトロフ
ゲオルギー・プレハーノフ
ゲオルギー・マレンコフ
ゲオルキイ・イヴァノヴィチ・グルジエフ
ゲオルギオス1世(ギリシア)
ゲオルギオス・ツァラゴグル
ゲオルク・ウィッティヒ
ゲオルグ・イェリネック
ゲオルク・オーム
ゲオルク・カイザ
ゲオルク・カントール
ゲオルグ・クリストファ・アインマルト
ゲオルク・ケルシェンシュタイナー
ゲオルク・ジーモン・オーム
ゲオルグ・ショルティ
ゲオルク・ジンメル
ゲオルク・ニコラウス・ニッセン
ゲオルグ・バゼリッツ
ゲオルク・フィリップ・テレマン
ゲオルク・フォン・ヘルトリング
ゲオルク・ミヒャエリス
ケーシー・アフレック
ケーシー・ジョーンズ
ケーティー・ホームズ
ケート・ウィンスレット
ケート・キャプショー
ケート・ハドスン
ケート・ブランシェット
ケート・ベッキンセール
ケート・ボズワース
ケネス・アンガー
ケネス・クラーク
ケネス・グレアム
ケネス・クレイボーン・ロイヤル
ケネス・コールグローブ
ケネス・スコット・ラトゥレット
ケネス・ノーランド
ケネス・ブラナー
ケネス・モア
ゲプハルト・レベレヒト・フォン・ブリュッヒャー
ケラリオス
ゲラルドゥス・メルカトル
ケーリー・エルウェス
ゲーリー・オールドマン
ケーリ―・グラント
ゲーリー・クーパー
ケーリー・グラント
ゲーリー・シニーズ
ゲーリー・ビジー
ケリー・マクギリス
ケリー・ラッセル
ケリー・リンチ
ゲルト・フォン・ルントシュテット
ゲルト・フレーべ
ゲルハルト・フォン・シャルンホルスト
ゲルハルト・ベルガー
ゲルハルト・リヒター
ゲルハール・ヘンリック・アルマウェル・ハンセン
ゲルマン・チトフ
ケーレブ・ドレッセル
ケン・アナキン
ケン・ノートン
ケン・ローチ
ケンダル・ジェンナー
ケンドリック・ラマー

 

 

女性歌手たちのデビュー曲一覧

  1949年7月30日、美空ひばりが「河童ブギウギ」でコロムビアレコードからデビューした。そこでこれまでの歌姫たちをデビュー曲と共にふりかえってみよう。小笠原美津子が先日、宝塚市内の病院で99歳で亡くなられた。1938年にビクターよりデビューした。2年後の「十三夜」のヒット曲や東海林太郎とのデュエット曲で知られる。榎本美佐江は戦時中は工場や軍隊の慰問などに回っていたが、1946年にテイチクに入社し、市丸の代役で歌った「十三夜」(オリジナルは1940年の小笠原美都子)がヒットした。当時レコード化されていなかったが、実質的に榎本の初ヒットといえる。鈴を鳴らしたような美声と美貌で新東宝で多数出演したが、レコード歌手として地位を確立したのは1949年ビクター移籍後のことである。由紀さおりの「ヒッチハイク娘」はどんな歌なのだろう。(7月30日)

淡谷のり子「久慈浜音頭」 1930
小唄勝太郎「島の娘」 1933
渡辺はま子 「海鳴る空」 1933
美ち奴 「さくらおけさ」 1934
笠置シヅ子「恋のステップ」 1934
二葉あき子「愛の揺り籠」  1936
菅原都々子「お父さんの歌時計」 1937
越路吹雪「ブギウギ巴里」 1946
吉岡妙子「昼も夜も」 1947
平野愛子「港が見える丘」 1947
美空ひばり「河童ブギウギ」 1949
織井茂子「安南夜船」 1949
宮城まり子「なやましブギ」 1950
江利チエミ「テネシーワルツ」 1952
ペギー葉山「ドミノ」     1952
雪村いづみ「想い出のワルツ」 1953
楠トシエ「僕は特急の機関車で」 1953
大津美子「千鳥のブルース」 1955
島倉千代子「この世の花」 1955
西田佐知子「伊那の恋唄」 1956
浜村美智子「バナナ・ボート」 1957
伊東ゆかり「かたみの十字架」 1958
ザ・ピーナッツ「可愛い花」 1959
こまどり姉妹「浅草姉妹」 1959
森山加代子「月影のナポリ」 1960
坂本スミ子「黒い天使」 1960
多摩幸子「明子の唄」 1961
弘田三枝子「子供ぢゃないの」 1961
岸洋子「たわむれないで」 1962
木の実ナナ「東京キカンボ娘」 1962
梓みちよ「ボッサ・ノバでキッス」 1962
園まり「鍛冶屋のルンバ」 1962
髙石かつ枝「旅の夜風」  1962
三沢あけみ「ふられ上手にほれ上手」 1963
九重佑三子「シェリー」 1963
いしだあゆみ「ネェ、聞いてよママ」 1964
水前寺清子「涙を抱いた渡り鳥」 1964
都はるみ「困るのことヨ」 1964
大月みやこ「母恋三味線」 1964
小林幸子「ウソツキ鴎」 1964
日野てる子「カイマナ・ヒラ」 1964
渡辺順子(黛ジュン) 「ダンケ・シェン」 1964
奥村チヨ「あなたがいなくても」 1965
笹みどり「女の舞台」 1965
三船和子「ベトナムの赤い月」 1965
由紀さおり(安田章子)「ヒッチハイク娘」 1965
青江三奈「恍惚のブルース」 1966
山本リンダ「こまっちゃうナ」 1966
加藤登紀子「誰も誰も知らない」 1966
日吉ミミ(池和子)「涙と艶歌船」 1967
テレサ・テン「鄧麗君の歌第1集」 1967
森山良子「この広い野原いっぱい」 1967
瀬川瑛子「涙の影法師」 1967
渚ゆう子「早くキスして」 1967
渚まゆみ「アイ・ラブ・ユー」 1968
和田アキコ「星空の孤独」 1968
ちあきなおみ「雨に濡れた慕情」 1969
芹洋子「野に咲く花のように」 1969
藤圭子「新宿の女」 1969
藤野ひろ子「浜でギターを弾いてたら」 1969
安倍理津子「愛のきずな」 1970
北原ミレイ「ざんげの値打ちもない」 1970
八代亜紀「愛は死んでも」 1971
天地真理「水色の恋」 1971
小柳ルミ子「わたしの城下町」 1971
天童よしみ「風が吹く」 1972
森昌子「せんせい」 1972
松任谷由実「返事はいらない」 1972
谷山浩子「銀河系はやっぱりまわっている」 1972
山口いづみ「緑の季節」 1972
やまがたすみこ「風に吹かれていこう」 1973
山口百恵「としごろ」 1973
石川さゆり「かくれんぼ」 1973
キャディーズ「あなたに夢中」 1973
川中美幸「新宿天使」 1973
高木麻早「ひとりぼっちの部屋」 1973
高橋真梨子「ジョニィへの伝言」 1973
キム・ヨンジャ「教えてください」 1974
伊藤咲子「ひまわり娘」 1974
中島みゆき「アザミ娘のララバイ」 1975
岩崎宏美「二重唱(デュエット)」 1975
金沢明子「津軽じょんから節」ほか(LP若い民謡」収録)1975
大場久美子「あこがれ」 1977
榊原郁恵「私の先生」 1977
渡辺真知子「迷い道」 1977
矢野顕子「いろはにこんぺいとう」 1977
柴田まゆみ「白いページの中に」  1978
高見知佳「シンデレラ」 1978
竹内まりや「戻っておいで・私の時間」 1978
紅屋おかめ「泣くなオカメちゃん」  1978
水越けいこ「しあわせをありがとう」 1978
森まどか「ひまわりの夏」 1978
久保田早紀「異邦人」  1979
沢田聖子「キャンパススケッチ」 1979
石坂智子「ありがとう」 1980
松田聖子「裸足の季節」 1980
山下久美子「バスルームから愛をこめて」 1980
当山ひとみ「ドア越しのGood Snog」 1981 
小泉今日子「私の16才」 1982
中森明菜「スローモーション」 1982
原田悠里「俺に咲いた花」 1982
星ひろみ(伍代夏子)「恋の家なき子」 1982
小久保尚美「誰にも云わないで」 1983
徳丸純子「聖・ファーストラブ」 1983
菊池桃子「青春のいじわる」 1984
山本ゆかり「私 MAILUWA」 1984 
児島未散「セプテンバー物語」 1985
小比類巻かほる「Never Say Good-Bye」1985
中山美穂「C」 1985 
長保有紀「女の人生待ったなし」 1985
南野陽子「恥ずかしすぎて」 1985
森川美穂「教室」 1985
浅香唯「夏少女」 1985
渡辺美里「I'm free」 1985
石井明美「CHA CHA -CHA」 1986
今井美樹「黄昏のモノローグ」 1986
中村美律子「恋の肥後つばき」 1986
島津亜矢「袴をはいた渡り鳥」 1986
椎名恵「今夜はANGEL」 1986
伊藤智恵理「パラダイス・ウォーカー」 1987
伍代夏子「戻り川」 1987
坂本冬美「あばれ太鼓」 1987
森高千里「NEW SEASON」 1987
藤あや子「ふたり川」 1987
工藤静香「禁断のテレパシー」 1987
渡瀬マキ「パールモンド・kiss
香西かおり「雨酒場」 1988
山口由子「幾千の涙を贈りたい」 1988
遊佐未森「瞳水晶」 1988
西田ひかる「ぼくらのセディ」  1988
小野リサ「カトピリ」 1989
夏川りみ(旧芸名・星美里)「しほり」 1989
林原めぐみ「約束だよ」 1989
田村英里子「ロコモーションドリーム・ドリーム」 1989
山口弘美「つよがり」 1989
高橋由美子「Step by Step」 1990
西野妙子「A級キッス」 1990
田川寿美「女…ひとり旅」 1992
音羽しのぶ(司千恵子) 「涙という名の港町」 1992
広瀬香美「愛があれば大丈夫」 1992
藤田恵美(ルクプル)「海の底でうたう唄」 1994
安室奈美恵「太陽のSEASON」 1995
華原朋美「keep yourself alive」 1995
水森かおり「おしろい花」 1995
宇多田ヒカル「Automatic」 1998
浜崎あゆみ「poker face」 1998
椎名林檎「幸福論」   1998
aiko「あした」       1998
川野夏美「あばれ海峡」 1998
MISIA「つつみ込むように」 1998
島谷ひとみ「大阪の女」 1999
クミコ「接吻」     2000
水樹奈々「想い」     2000
中島美嘉「STARS」   2001
一青窈「もらい泣き」   2002
加藤ミリヤ「Never let go」 2004
木村カエラ「Level42」    2004
JUJU「光の中へ」    2004
Beni「harmony」     2004 
Perfume 「リニアモーターガール」 2005
新妻聖子「夢の翼」   2006
青山テルマ「ONE WAY」  2007
越智志帆(superfly)「ハローハロー」 2007 
ステファニー「君がいる限り」 2007 
西野カナ「I」        2008 
miwa「don't cry anymore」 2010
出光仁美「おんな七厘」 2010
藍井エイル「MEMORIA」 2011
家入レオ「サブリナ」   2012
杜このみ「三味線わたり鳥」  2013
大原櫻子「頑張ったっていいんじゃない」2014
あいみょん「生きていたんだよな」 2016
栞菜智世「Hear 信じあえた証」 2016
羽山みずき「紅花慕情」 2016
三浦透子「おかあさんへ」 2016
朝花美穂「なみだの峠」 2018
門松みゆき「みちのく望郷歌」 2019
鈴木愛理「Escape」 2019 
望月琉叶「失恋慕情」 2020
Liyuu「Magic Words」2020
田中あいみ「孤独の歌姫」 2021
石川花「空に咲いて」 2022
梅谷心愛「磐越西線ひとり」 2023
舞乃空「うたかた」2023
東亜樹「大阪好きやねん」2025
平山花羽「あじさい坂」 2026

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生の至楽は読書にあり(読書案内)

  何事にも意欲や興味がわかないのは、ひじょうに診断の難しい病だ。退屈病や、無気力病と混同されやすく、素人目にはたんに活力のない老人と見られがちだ。だが何もせずに放っておくと、人生を棒に振ることになる。死ぬまでに、新しい本を見つけて、すこしでも意欲ある人生を過ごしたい。かく考えても、この世のおもしろき全ての本を読めるわけではないのだが、新刊から古い本まで最近偶然に見つけた本を紹介する。図書排列は0総記、1哲学、2歴史、3社会、4理科、5工業、6産業、7芸術、8国語、9文学のNDCに準拠する。。

  古本を漁りて過ごす桜桃忌

  縁日で孫にせがまれ電気飴

分類007.13
「AIバブルの不都合な真実」 クロサカ タツヤ 日経BP 2025年

分類019.9
「書物耽溺」谷沢永一 講談社 2002年

分類020.22
「目録学の誕生 劉向が生んだ書物文化」京大人文研東方叢書6 古勝隆一 臨川書店 2019年

分類021.2
「生成AIと著作権の論点」福岡慎之介 商事法務 2025年

分類024.9
「蔵書一代、蔵書数は増え、そして散逸するのか」紀田順一郎 松籟社 2017年 

分類031
「現代用語の基礎知識 2026」自由国民社 2026年

「今さら聞けない教養の超基本 見るだけでわかる!身につく!ビジュアル版」朝日新聞出版 2026年

分類104
「物語化批判の哲学 わたしの人生を遊びなおすために」難波優輝 講談社 2025年

分類121.6
「日本の七大思想家:丸山真男、吉本隆明、時枝誠記、大森荘蔵、小林秀雄、和辻哲郎、福澤諭吉」幻冬舎新書 小浜逸郎 幻冬舎 2012年

分類134.2
「自分で考える勇気 カント哲学入門」御子柴義之 岩波書店 2015年 

分類134.95
「フッサール哲学における発生の問題」ジャック・デリダ みすず書房 2007年 

分類192.8
「イエス・キリストは実在したのか?」レザー・アスラン 文藝春秋 2014年

分類193.033
「旧約新約聖書大事典」教文館 2023年 

分類209.3
「辺境の王朝と英雄 ヘレニズム文明」木村凌二 講談社 2024年 分類210.04

「日本史 今日は何の日事典」 吉川弘文館 2021年

分類210.34
「大津京と万葉集 天智天皇と額田王の時代」林博通 新樹社 2015年

分類210.4
「土一揆と城の戦国を行く」藤木久志 朝日新聞社 2006年 

分類210.46
「一向一揆と戦国社会」神田千里 吉川弘文館 1998年

分類210,47
「応仁の乱 中公新書」呉座勇一 中央公論社 2016年

分類210.74
「南京事件」岩波新書 笠原十九司 岩波書店 2025年

分類222.043
「三国志の知恵」狩野直禎 講談社 1985年

分類233.06
「イギリス帝国 支配と残影」岩波新書 木田洋一 2026年

分類289.1
「明治のナイチンゲール大関和物語」田中ひかる 中央公論社 2023年

分類289.1
「津田梅子」山崎孝子 人物叢書 吉川弘文館 1962年

分類289.3
「クレオパトラ」ステイシー・シフ 早川書房 2011年

分類289.3
「皇帝ユスティニアヌス」ピエール・マラヴァル 文庫クセジュ 白水社 2005年 

分類291.36
「東京探見 江戸・東京の歴史と文化をたどる」石井庸雄 甲陽書房 1996年 

分類316.834
「ナチス体制下におけるスインティとロマの大量虐殺」アウシュヴィッツ国立博物館常設展示カタログ(日本語版)  ロマニ・ローゼ編 金子マーティン訳 反差別国際運動日本委員会 2010年

分類324.62
「離婚したいと思ったら読む本」中里妃沙子 自由国民社 2024年

分類327.67
「裁判員17人の声 ある日突然「人を裁け」と言われたら?」牧野茂編著 旬報社 2024年

分類331
「租税国家のレギュラシオン 政治的秩序における経済体制」ブルーノ・テレ 世界書院 2001年

分類361.5
「マス・コミュニケーション概論」清水英夫ほか著 学陽書房 1974年

分類364
「人口高齢化と社会保障 経済動学の側面から」難波安彦 京都大学学術出版会 2022年

分類365.3
「都市の空き家問題なぜ?どうする?〕由井義通ほか編 古今書院 2016年 

分類366.28
「障害者雇用のすすめ」古里靖 オールズバーグ 2023年 

分類369.37
「骨が語る兵士の最期 太平洋戦争・戦没者遺骨収集の真実」楢崎修一郎 筑摩書房 2018年

分類383.5
「日本古代の櫛文化と髪型」大熊久貴 雄山閣 2026年

分類383.81
「飴と飴売りの文化史」牛嶋英俊 弦書房 2009年

分類384.3
「農耕儀礼の研究:筑前宗像における調査」古野清人 東海大学出版会 1970年 

分類384.3
「呵呵誌 案山子百科全集」佐藤信三編 2003年 

分類384.3
「海を越える済州島の海女 海の資源をめぐる女のたたかい」李善愛 明石書店 2001年

分類386.124
「なまはげ」稲雄次 秋田文化社 1985年

分類391.2074
「戦艦大和最期の新証言」光文社新書 池田遼太 2026年 

分類443.9
「宇宙のはじまりと素粒子 ウロボロスの蛇でたどる現代物理学」ブルーバックス 田島治 講談社 2026年

分類452
「川は生きている」富山和子 講談社 1978年

分類463.3
「生と死を握るミトコンドリアの謎 健康と長寿を支配するミクロな器官」米川博通 技術評論社 2012年

分類465.8
「バクテリアの神秘の世界 人間と共存する細菌」タル・ダニノ 原書房 2024年

分類468.8
「愉しい干潟学」ジポーリン福島菜穂子 八坂書房 2014年

分類479.951
「あさがお やさいと花をそだててかんさつ」齊藤和貴 新日本出版社 2020年

分類489.54
「マングース・ヒストリー ひとつの島を守るということ」亘裕哉 東京大学出版会 2026年 

分類491.358
「人生の終わり方を考えよう 現役看護師が伝える老いと死のプロセス」高島亜沙美 KADOKAWA 2026年

分類491.371
「より良い眠りのための睡眠マネジメント ライフステージ・睡眠環境・生活習慣」神経研究所睡眠推進機構 朝倉書店 2025年

分類493.931
「アナフィラキシー原因・治療・予防」角田和彦 柘植書房新社 2018年

分類520.4
「超芸術 トマソン」ちくま文庫 赤瀬川源平 筑摩書房 1987年

分類517.7
「みんなが知りたい!ダムのひみつ 自然とくらしをつなぐ巨大建造物のしくみ」メイツユニバーサルコンテンツ 2026年

分類519
「環境の基礎科学 持続可能な地球環境をめざして」奥山格 丸善出版 2024年 

分類521.823
「新編日本の城」中井均 山川出版社 2021年

分類523.06
「世界アールヌーヴォー建築大全」小谷匡弘 リーブル出版 2026年

分類524.9
「検証能登半島地震」日経XTECH共同編集 日経BP 2024年

分類538.7
「ドローン戦入門 無人機は現代戦をどう変えたのか」多田将 イカロス出版 2026年

分類549.8
「半導体デバイスの基礎」浜口智尋、谷口研二 朝倉書店 2009年

分類627.8
「教養としての盆栽」依田徹 東洋経済新報社 2026年 

分類652.1
「図説日本の森林 森・人・生き物の多様なかかわり」日本森林学会編 朝倉書店 2024年 

分類653
「樹霊」司馬遼太郎ほか著 人文書院 1976年

分類681.3
「交通事故は本当に減っているのか?」加藤久道 花伝社 2020年

分類701.1
「エレガンス入門」ちくまプリマ―新書 中野香織 筑摩書房 2026年

分類701.2
「シュルレアリスム宣言 溶ける魚」岩波文庫 アンドレ・ブルトン 岩波書店 1992年 

分類723
「ユーゲントシュティール絵画史」ハンス・H・ホーフシュテッタ― 河出書房新社 1990年 

分類726.6
「フラワー・フェアリーズ 花の妖精たち」シシリー・メアリー・バーカー グラフィック社 2011年

分類751.1
「備前焼 NHK美の壺」日本放送出版協会 2008年

分類778.3
「私のチャップリン」淀川長治 php研究所 1977年

分類778.8
「韓国ドラマ究極のベスト選 史上最高の韓流傑作は何か」康熙奉  双葉社 2025年

分類786.1
「登山入門」佐藤勇介 山と渓谷社 2026年

分類786.15
「マタギに学ぶ登山技術 山のプロが教える古くて新しい知恵」工藤隆雄 山と渓谷社 2020年

分類790.4
「趣味は何ですか?」高橋秀美 角川書店 2010年

分類797.5
「麻雀を初めてやる人の本」関根二郎 滋慶出版 2015年

分類801.9
「マークの図鑑 キッズペディア」児山啓一 小学館 2019年

分類810.1
「国語学史」時枝誠記 岩波書店 1940年

分類835
「アメリカ語法事典」G・キルヒナ 大修館書店 1983年

分類910.268
「室生犀星における中国文学の受容と「宗教的感覚」 劉金挙 能書房 2016年

分類929.13
「私の女の実」ハンガン 白水社 2026年

分類938.78
「こちらゆかいな窓ふき会社」ロアルド・ダール 評論社 1989年

分類950.28
「椿姫」と娼婦マリ 秦早穂子 読売新聞社 1986年

分類953.7

「立ち上がる時 上・下」メリッサ・ダ・コスタ 講談社 2026年


「ブラームスはお好き」新潮文庫 フランソワーズ・サガン著 河野万里子訳 新潮社 2024年

  *  *  *  *  *

以下、未分類

堀啓子「伝説の出版社 博文館」 筑摩選書

 

岡ノ谷一夫「さえずり言語起源論」岩波科学ライブラリー 岩波書店 2010年

 

稲田豊史「本を読まなくなった人たち」 中央公論新社 2026年

 

岡田淳「図書館からの冒険」

 

藤沢道郎「物語イタリアの歴史」 中公新書

 

中島京子「夢見る帝国図書館」 文藝春秋

 

歴史街道「土方歳三なぜ戦い続けたのか」

 

小西康陽「ぼくは散歩と雑学が好きだった」

 

フランス文化読本 鈴木雅生 丸善出版

 

「四つの小さなパン切れ」 マグダ・オクンデール・ラフォン

 

柴崎友香「寝ても覚めても」

 

アダムとイヴ 岡田温司 中央公論新社

 

わたしはマララ マララ・ユスフサイ 学研プラス

 

韓国語完全対訳シナリオ「四月の雪」 脚本ホ・ジノ ワニブックス

 

平成生まれは知らない昭和の常識 服部淳 イースト・プレス

 

太平天国にみる異文化受容 菊池秀明 山川出版社

 

ジョゼと虎と魚たち 田辺聖子

 

黎明の世紀 大東亜会議とその主役たち 深田祐介

 

レンズが撮らえた19世紀ヨーロッパ 海野弘

 

危険学 畑村洋太郎

 

すごい古書店・変な図書館 井上理津子

 

女の人差し指 向田邦子

 

梅干と日本刀 樋口清之

 

禅のすべて 篠原壽雄・佐藤達玄

 

文人たちの俳句 坂口昌弘

 

もういちど読む山川地理(新版 2017年)

 

できる大人の常識力事典 話題の達人倶楽部

 

ユーラシアの東西 杉山正明

 

忠臣蔵と元禄群像 中江克己

 

一冊でわかる朝鮮の歴史 井野誠一

 

名画で読み解く世界史 祝田秀全

 

ロビンソン・クルーソー 伊集院静

 

地図で訪ねる歴史の舞台 帝国書院

 

人間失格 上  太宰治

 

肩甲骨は翼のなごり  デイヴィッド・アーモンド

 

虚子俳話録 赤星水竹居 学陽書房 1949

 

ガラスの城の記憶  手塚治虫

 

アメリカ名詩選 岩波文庫

 

夏目漱石 文藝別冊 河出書房新社

 

文字と組織の世界史 鈴木薫

 

イギリス文学 名作と主人公 加藤光也

 

ギリシア人の物語 民主政のはじまり 塩野七生

 

現代政治の思想と行動 丸山真男

 

省略の文学 外山滋比古

 

こころの処方箋 河合隼雄

中間文化論 加藤秀俊

雑種文化 加藤周一

日中韓はひとつになれない 小倉紀蔵

一流の人は空気を読まない 堀紘一

ナポレオンで仕事上達 斎藤孝

文明が衰亡するとき 高坂正堯

名城と合戦の日本史 小和田哲男

本を愛しなさい 長田弘

パピルスが伝えた文明 箕輪成男

名張毒ブドウ酒殺人事件 田中良彦

年下の男 内館牧子

おもちゃと金米糖 戸田盛和

サミュエル・ジョンソン伝 ジェイムズ・ボズウェル 1791

社会科学概論 森谷克己 法律文化社 1953

社会構成史大系 日本評論社 1950

社会と革命 世界平和への道 小島祐馬 宇田政治経済研究所 1954

火星人ゴーホーム フレドリック・ブラウン 1954

社会史上から見た漢代の思想と文学の基本的性格の研究 田所義行 中国学術研究会 1965


社会主義の経済・貿易問題 中国を中心として 上野秀夫 晃洋書房 1973

社会主義への道 現代中国の歴史3 岩村三千夫 徳間書店 1966

社会人のための漢詩漢文小百科 田部井文雄ほか編 大修館書店 1990

あなたがほしい 安達千夏 集英社 1999

セーヌ川の書店主 ニーナ・ゲオルグ

文明ネットワークの世界史 宮崎正勝 原書房 2003

文学効能事典 エラ・バーサド フィルムアート社 2017

ノーマンズランド 誉田哲也

おもかげ 浅田次郎

 

直木賞受賞エッセイ集成 文藝春秋 2014

 

暮らしの韓国語単語8800  今井久美雄 語研 2005

 

3秒に1回驚く「雑学」の本 王様文庫 三笠書房 2014

 

バリ島芸術をつくった男 ヴァルター・シュピースの魔術的人生 伊藤俊治 平凡社 2002

 

ねこMONO ねこグッズ😹パラダイス ダイアプレス 2014

 

いつも買うもやし・卵・とうふがおいしいおかず 主婦の友 2009

 

サピエンス全史の読み方 宝島社 2017

 

職業としての小説家 村上春樹 スイッチ・パブリッシング 2015

 

大辞泉 松村明監修 小学館

 

暗殺の歴史 リンゼイ・ボーター 創元社 

 

独立の民 ハルドル・ラックスネス

 

パレオマニア 池澤夏樹

 

銀漢の賦  葉室麟

 

ベスト・エッセイ2011  「光速老人」三浦しをん他。

 

夜型人間のための知的生産術 斎藤孝

 

ホトトギスの俳人101 阪西敦子ほか

 

マクベス 斉藤洋

 

聖書入門 大島力

 

図解日本音楽史 田中鍵次

 

「違うこと」をしないこと 吉本ばなな

 

ある男 平野啓一郎

 

江戸ものしり用語事典 宝島社

 

心理学英和・和英基本用語集 福村出版

 

なるほど日本地理 宇田川勝司

 

現代日本映画人名事典 女優 キネマ旬報社

 

現代日本映画人名事典 男優 キネマ旬報社

 

中国文章家列伝 井波律子

 

キネマ旬報 2018年12月号上旬号

 

新・冬のソナタ 上 キム・ウニ、ユン・ウンギョン

 

大いなる逃亡  田中光二

 

誤植聖書殺人事件 ロバート・リチャードソン

 

日本古代国家の構造 直木孝次郎 青木書店 1958

 

生活のための闘い ピーサレフ著 金子幸彦訳 岩波文庫 1952年

 

そして、バトンは渡された 瀬尾まいこ

 

初学者のための中国古典文献入門 坂出祥伸

 

東京都の歴史散歩 山川出版社

 

100のトピックで知るドイツ歴史図鑑 原書房

 

手塚治虫シェイクスピア漫画館 実業之日本社

 

詳細地理資料 COMPLETE2018  帝国書院

 

戦国武将 群雄ビジュアル百科 二木謙一 ポプラ社

 

英日対訳 日本現代史 ジェムズ・M・バーグマン IBCパブリッシング

 

あやうく一生懸命生きるところだった ハ・ワン ダイヤモンド社

 

詩集 新世界交響楽 岡崎精一郎 造形出版社 1959年 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六華苑

800pxrokkaen_yokan旧諸戸清六邸洋館

 

   六華苑とは三重県桑名市にある旧諸戸氏邸宅の総称。本邸、御殿、洋館、庭園などある。洋館は2代目・諸戸清六(1888-1969)の新居として、大正2年に竣工した。ニコライ堂などで知られるコンドルの設計。

トマトの世界史

250pxtomatoesonthebush    本日は「トマトの日」。トマトは、南米のアンデス山脈やガラパゴス諸島の雨の降らない乾燥地帯に自生していた。紀元前1600年頃に、中央アメリカのメキシコに伝わった。ちなみに、トマトという呼び名は、メキシコ先住民の言葉、ナワトル語の「トマトゥル tomatl」が由来である。「ホオズキの実」「膨らんだ果実」を意味する。ドイツの諺に「トマトが赤くなると医者の顔が青くなる」とある。ビタミンがバランスよく含まれ栄養豊富なトマトを食べると、健康で医者いらずという意味だろうか。現代の食卓に欠かせないトマトが食べられるようになったのは、わずか200年前のことである。トマトの歴史は、地理上の発見、ルネサンス、フランス革命と世界史の重要事件が関係しているといえば大げさだろうか。トマトの原産は南米で1523年スペインの探検家コルテスが最初に本国にに持ち帰ったといわれる。1533年には、スペイン人のピサロがインカ帝国を滅ぼした。つまりコンキスタドールがスペインに持ち帰ってからである。当初、西洋の人々はトマトを有毒の植物と思い、嫌っていた。しかし南イタリアに大飢饉が何度も起こり、人々はトマトを食するようになった。18世紀フランス革命の際にはパリに進軍した南仏の義勇兵たちが、パリにトマトを持ち込んだといわれている。(10月10日)

 

参考文献
「世界で愛されるトマトの歴史」 橘みのり 月刊ラジオ深夜便147号 2012年9月

 

目の愛護デー

Photo_2     本日は「目の愛護デー」。むかしマリリン・モンローが映画「お熱いのがお好き」(1959年)で「メガネをかけた男性が好き」というセリフがある。監督のビリー・ワイルダーが眼鏡なのでモンローに言わせたのだろうが、当時のアメリカで眼鏡のロックスターが人気だった。ギターをもって眼鏡にスーツという違和感のあるスタイル。伝説のロックスター、バディー・ホリー(画像、1936-1959)だ。1959年2月3日、ミネソタ州ムーアヘッドに向かう軽飛行機は、雪で進路を見失い、アイオワのトウモロコシ畑に墜落した。バディー(22歳)とともにDJビッグ・ボッパーことジェーブ・リチャードソン(24歳)、「ラ・バンバ」のリッチー・バレンス(17歳)それに運転手の4人が即死した。バディーはエルビス・プレスリーのように日本で有名になることはなかったが、坂本九の独特の歌唱法はバディをまねたものである。バディーの死で日本に眼鏡ブームは起こらなかった。GSブームの中でザ・タイガースの岸部シローとムード歌謡の内山田洋とクールファイブのメンバーの一人に眼鏡がいる程度だった。現在もジャニーズ事務所で眼鏡をしているタレントは皆無だ。男性スターに眼鏡はいないが、女優となるとそれ以上に少ない。ナナ・ムスクーリとアンジェラ・アキくらい。松坂慶子や山口百恵は近眼だというが、スクリーンでメガネをかけた姿を見ることはなかった。コンタクトレンズが普及しなかった時代、メガネをかけるか脱ぐかは深刻な問題だった。女流作家の円地文子の随筆に「めがねの悲しみ」(群像、昭和35年5月号)がある。「わたしは女学校を卒業しないで、一年早く退学してしまった。そのころの学校の方針みたいなものが気にくわなかったのと、小説や芝居に夢中になっていて、学校の机に毎日向かい合うのが、やだったなまけ者根性とが混じり合った退学だったのは事実だが、そのほかにもう一つ、めがねをかけた顔で毎日教室へ出なければならないことがいやだったのも、たしかに理由の一つであったことは、今まで白状したことがなかった。さすがにばかばかしくて親にも話したことはなかったが、言い換えれば、わたしは、恐ろしく見栄坊で、容貌に対する自卑と自尊とが度しがたくこんがらかった若い女であったということである」女性にとって容貌の美醜は、重要事である。でも眼鏡の円地文子さんが素敵だと思えるようになってきた。(10月10日)

 

 

2026年10月 9日 (金)

初めての三冠王ナップ・ラジョイ

Naplajoiecleveland   プロ野球も公式戦が終了した。阪神タイガースの佐藤輝明が三冠王に輝いた。史上9人目の快挙である。中島治康、野村克也、王貞治、落合博満、ブーマー、バース、松中信彦、村上宗隆らに並び、野球ファンなら覚えておくべき名前となった。これまで大リーグも含めてシーズン最高打率は?1901年のナップ・ラジョイ(1874-1959)が0.426を記録している。このとき本塁打王(14本)、打点王(125打点)も獲得し、史上初の三冠王に輝いた。

   ところで野球の成績の統計法をクリケットを参考に考案したのは、スポーツ記者のヘンリー・チャドウィック(1824-1908)である。打率と防御率を考案したといわれる。(Henry Chadwick,Nap Lajoie)

カッパ旋風

Kappa   1954年のこの日、光文社が新書版の「カッパブックス」の刊行を開始した。多湖輝「頭の体操」、岩田一男「英語に強くなる本」「英単語記憶術」、三島由紀夫「葉隠入門」、安田徳太郎「人間の歴史」「万葉集の謎」、塩月弥栄子「冠婚葬祭入門」などベストセラーを連発した。光文社は少年漫画雑誌「少年」を発行し、「鉄腕アトム」「鉄人28号」「矢車剣之助」など戦後漫画の黄金時代を作った。(10月9日)

近くて遠い国

 新ドラマ「メリーべりーラブ」チチャンウクと今田美緒がガチでジャンケン。韓国語でカウィバゥィボというらしい。韓国語やハングルが日常的に聞こえてくる。本日は「ハングルの日」日本列島と朝鮮半島は、同じく東アジアに属し、玄界灘をへだてて隣接している。日韓両国は、古代以来の交流を通じて深い影響を分かち合ってきた。日韓両国は対立する問題も山積するが、今日、世界でも最も活発に人、物、情報が飛び交う関係となった。日本と韓国の交流が必要な理由は、両国が自由民主主義と市場経済体制を共有しているからである。価値観を共有する両国の友好が増大することは、東アジアの平和と繁栄のために望ましいことである。たとえば、日本人はのなかでは韓国のキムチとビビンバが栄養豊富で美容にも良いとして好んで食べる人が多くなった。韓国人は好きな食べ物はカレーライスとラーメン、そして海苔巻きである。刺身や焼肉なとの看板を出して日本式に客を接待する店もソウル市内には多く見られるようになった。ハングルの看板さえなければ日本の街並みと変わらない景観である。また日本人と韓国人は容貌や体格が似ている。サッカーや野球など得意な競技が重なるので、国際大会などで激しい試合が繰り広げられる、最高に盛り上がる。日韓両国は、長い歴史の中で、時々不幸なことを経験したが、希望に満ちた未来の歴史を共に開拓していかなければならない。(10月9日)

 

トラックの日

 トラックは暮らしを支える必要なモノを、毎日運んでいる。アメリカではトラック(truck)、イギリスではローリー(lorry)と呼んでいる。1896年にダイムラーがトラックを製造して以来、数多くのメーカーがトラックを作り、物品輸送は発展した。日本では明治のころ、蒸気機関車による鉄道貨物輸送が物流の主流であったが、1984年以降、多くの鉄道路線が縮小・廃止され、現在はトラックによる道路輸送が物流の中心となっている。そのようなトラック業界だが、近年、ドライバーの高齢化が進む中で、将来的に深刻な人で不足に悩んでいる。(10月9日)

 

 

 

ノーベル賞の季節がやって来た

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  今年こそは村上春樹のノーベル文学賞が実現するか期待が高まった。東京荻窪のブックカフェ「6次元」に集まったハルキストたちが文学賞の発表を見守る。しかし残念ながら今年も受賞ならず。「誠に残念です!」と。今年はカナダ出身のアン・カーソンさんが受賞した。いつごろからか村上春樹のファンをハルキストと呼ぶ。村上の小説やエッセイから伺える趣味や生活スタイルに影響を受けることが多い。映画・文学・音楽・料理・マラソン・水泳・猫など都会的で冷めた感じの若者をイメージさせる。とくに団塊の世代以降に多く、戦前・戦中派は村上文学などはほとんど読まない。かつて村上といえば村上元三だった。このようなハルキストの存在を村上自身がどのように感じているかは分からない。代表的ハルキストとして内田樹がいる。彼は「村上春樹は世界的に人気があるから偉い。だから普遍的で、とうぜんノーベル賞に値する」とつねづね語っている。世界中でたくさん本が売れるということと、文学としての価値があり、永遠性があるかという問題がイコールとして捉えられるかは疑問である。本がよく読まれる、売れる、商業的な成功が全てという考えにはむしろ反対する人も多いのではないだろうか。ある意味で内田のような単純な文学観を語る人は幸せなのだろう。司馬遼太郎が時代物の大衆作家から国民的文豪といわれるようになったころ、関西大学の谷沢永一がやたらと司馬をほめあげて、解説本をたくさん出すようになった。芸術家一般に売れずに必死に書いているときはいいものが生まれるが、地位と名声、お金がたまって大家になると保守的になってつまらなくなる。ハルキストや谷沢のような存在は迷惑だが、村上にとってノーベル賞をもらわないことのほうが作家として幸運だと思いたい。村上以外にも、海外では多和田葉子や小川洋子のように日本人の作家が高く評価されており有力候補である。

2026年10月 8日 (木)

「硤」の漢字について

   硤合憲三先生のノーベル化学賞受賞のニュースを聞いて、先ず先生の苗字が読めなかった。「そあい」と読んで、全国に30人ほどしかいないレアな苗字だそうだ。手元の漢和辞典にも載っておらず、中国の「漢語大詞典」で調べた。意味は「両側を山に挟まれた狭い谷・峡谷を表わす漢字であるが、漢字検定にも出題されないという。淮南子・兵略訓「硤路津關、大山名塞、龍蛇蟠、郤笠居、羊腸道、發筍門、一人守隘、而千人弗敢過也、此所謂地勢」

 

 

アロー号事件

   1856年のこの日、アロー号事件おきる。広州沖に停泊中のイギリス船籍を名乗る中国船アロー号に中国の官憲が踏み込み、海賊容疑で中国人水夫12名を拘束し、そのうち3人を逮捕した。これに対してイギリス広州領事ハリー・パークスは、イギリス船籍への臨検行為を条約違反として、またイギリス国旗の引き降ろしをイギリスへの侮辱として葉名琛に抗議するとともに、これを口実に、広西でカトリック宣教師を処刑されたフランスと連合してふたたび清朝に戦いを挑んだ。1857年12月、英仏連合軍は広州を占領し、さらに北上して翌58年5月には太沽(タークー)砲台を奪い天津に迫った。6月、清朝はやむなく英仏両国、および調停者を装ったアメリカ・ロシア両国との間に天津条約を結んだ。(10月8日)

 

 

 

 

性格学

  本日はドイツの医学者エルンスト・クレッチマーの誕生日。彼は1888年ヴェステンロートで生まれた。日本では中学の保健体育で習う体格性格論で知られる。体格と気質の関係をやせ型・肥満型・闘士型の三類型で説明する。1921年の著書「体型と性格」のなかで提唱した。有名芸能人で例えれば、やせ型・高橋一生は知的でクール、もの静かで控えめなタイプ。肥満型・小林亜星は躁鬱気質で怒りっぽい。闘士型(筋骨型)は高倉健や阿部寛などは筋肉質で粘着気質といい、礼儀正しく、義理がたいタイプ。だが実際のところこの区分は大雑把で必ずしもすべて当てはまるものではない。ハイデルベルク大学のクルト・シュナイダーは同じようなことを試みているが、内閉性気質、同調性気質、粘着性気質、ヒステリー性性格、神経質性性格に分類している。だが実際のところ、これらの区分は大雑把で必ずしもすべて当てはまるものではない。現在はユングによる8つのタイプに分類されるタイプ論が性格診断などで使用されている。

    作家のフィッツジェラルドは「特定の個人を書こうと思って書き出すと、いつの間にか、一つのタイプの人間を創造しているのに気づくものだが、あるタイプの人間を書こうと思って書き始めると、いつの間にかそこに生み出されているものは、全く何一つ無きに等しいことに気がつく。これはつまり、われわれ人間というものが妙な動物で、一皮むいたその下には、顔つきや話しぶりとはおよそ違った、人には知られたくない、自分でもそれとは気づかぬ一風変わったところを隠し持った存在だからだ。自分で自分のことを、「普通の正直な開けっ放しの人間」だと称する人もいるけれども、そういう人にぶつかると、私は、これは何かひとと変わったところ、おそらくは悪く変わったところがあって、そいつを隠すことにしているんだな、善良で正直で開けっ放しの人間だと自分から言明するのは、その秘匿行為をそういう形で自分に言いきかせていることにほかならないのだ、と、そう思う。タイプなどというものはないのだ。複数は存在しないのである。」(「金持ちの青年」)

  つまりフィッツジェラルドの言うように、性格のタイプや類型などというのはないと思う。十人十色である。あえて、人を二つに分けるとすれば、お金持ちか貧乏人、そのどちらかである。(10月8日)

 

 

2026年10月 7日 (水)

安政の大獄(1859年)

  安政5年、6年は幕末維新史上、重要な年だった。安政5年1月、幕府は日米修好通商条約調印の勅許を奏請するが、孝明天皇はそれを拒否した。6月、勅許のないまま、幕府が上記条約を調印したため、天皇は激怒する。このころ橋本左内(1834-1859)は越前藩主松平慶永の側近となり、上洛、一橋慶喜待望説を遊説。しかし、井伊直弼が大老に就任し、慶永が処罰されると橋本左内も、安政6年10月7日、江戸伝馬町獄舎で斬首された。26歳の若さであった。頼三樹三郎、飯泉喜内の2人も刑場の露と消えた。だが井伊直弼も翌年桜田門外の変で暗殺され、安政の大獄を取り仕切った直弼の側近、長野主膳も、2年後、藩内の尊攘派岡本黄石らのクーデターで失脚、斬首された。(10月7日)

ハイカラ(明治事物起源)

B0191160_0730100 明治初期、文明開化の時代になって、これまでにないほど多くの外来語が慣用による日本語化した発音に従って生まれた。ハンカチ、シャツ、カフス、リボン、ピアノ、カナリア、ダイアモンド、サイダー、コーヒー、コロッケ、ポケット、ガラス、キャベツ、ノート、インク、ランプ、ベッド、バケツなどなど。明治初期外来語の中には、現在も使われている言葉もあれば、死んだ言葉もある。「ハイカラ」はハイカラー、つまり、丈の高い襟という意味だが、転じて、西洋風を気取るという意味で明治期広く使われた流行語だが、現在では死語といってもよい。

  「ザンギリ頭を叩いてみれば文明開化の音がする」と歌われた明治初期、断髪令が明治4年に発令され、それに合わせて洋服も急速に普及していった。ハイカラと洋服とは深い関係がある。明治31年ころ、東京毎日新聞の記者であった石川安次郎(号は半山、1872-1925)が「ハイカラ」という語を、「当世人物批評」紙上にかかげて新帰朝者を冷評したことに始まる。ハイカラはたけの高いカラ(高襟のシャツ:high collar)のことで、洋行がえりの紳士が欧米で流行の高い洋襟やネクタイをつけて得意となり、その風がきわめてキザにうつって仕方がなかったので、それを皮肉ったのである。それがいつしか一般にも広まり、灰殻(はいから)という言葉の音が、いかにも吹けば飛ぶような感じをあたえるので、キザで生意気または洒落者などの軽佻浮薄の徒という意味にもちいられたのである。それに対して外交官の小松緑が文明的、進歩的な意味だと弁護したことから、最初は舶来かぶれのキザ男が、やがて洒落者や最新流行ものの肯定的な意味でも使われるようになっていった。「蛮カラ」は「ハイカラ」をもじってできたできた言葉である。

 「ハイカラ」は昭和初期まではモダニズム文化の中で存続した。だが満州事変など次第に軍国主義が高まるにつれてハイカラ文化は消滅していく。ここでは岸田國士の「ハイカラといふこと」(東京朝日新聞 昭和2年4月3,4,5日)の記事を紹介する。

「ハイカラ」なる言葉は、「西洋風を真似ることによって、しやれ、かつ気取る、意味であり、いわゆる「当世風」とか、「現代式」とかいふ言葉を、一脈相通じる意味さへ含まれることになるが、私はこの「ハイカラ」といふ言葉を必ずしも「気障な当世風」、乃至「軽薄な西洋かぶれ」とのみ解しないで、かの「粋」といふ言葉の如く、今日、われわれの生活、われわれの趣味、われわれの文学の見る一つの「美」の要素として考えて見たいのである。

 

 

 

 

ミステリ―記念日

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   1849年のこの日、ミステリ―小説の先駆者、エドガー・アラン・ポーが死去した。1845年に発表された「モルグ街の殺人」が世界初の推理小説と言われている。エドガー・アラン・ポー(1809-49)は、幼くして孤児となり、リッチモンド市の商人ジョン・アランに引き取られ、イギリスで初等教育を受けたのち、1826年バージニア大学に入学するが、1年たらずで退学。1833年「瓶の中から出た手記」が懸賞に当選し、作家としての、また雑誌記者としての道が開けた。その後のポーはリッチモンド、ニューヨーク、フィラデルフィアの各地で雑誌の編集にたずさわり、数多くの評論や書評を書くかたわら、数多くの小説を発表した。1849年10月7日、40歳で亡くなった。

    ポーは人間の心にひそむ内的恐怖や無意識にみごとな形態を与えた怪奇小説や幻想小説の書き手、明敏でときには辛辣な批評家、それに今日隆盛をきわめる推理小説(「モルグ街の殺人」)やSF小説の元祖であった。しかしポーの文学は、その生存中はかれの実力にふさわしい理解と賞賛とを受けなかった。それと同じように、人間としてのポーについても、これを伝える人々のことばに大きなへだたりを残したまま今日にいたっている。ボーの誹謗者たちはかれを神経病的な酔っ払いの麻薬常用者と考え、感情生活のいつも不安定な、道徳的誠実さの欠除している男とみなした。他方、かれを弁護する人々は、かれのすべての困難を、かれを嫌悪した人々の悪意、時代がかれに加えた苛烈な仕打ち、あるいはまた、かれをなやましたさまざまな肉体的、精神的病気のためであるといっている。かれについての真実がそのどちら側にあるかは、今でさえなお不明である。ポーがアルコールや阿片に過度なまでにふけったということがあまりにも伝説的になっているが、かれの場合には、他の多くのロマン派詩人のように、多分にかれ自身の偽悪的な面がはたらき、実際のかれ自身よりも自分をそのような姿に見せようとすることばや暗示があったであろうことを考えておく必要がある。(参考:「玉川百科大辞典16 西洋文芸」) 

雑学教室「何でも知って、何でも考えよう」

  急激な社会や時代の変化と共に、いわゆる教養というものが細分化して、分散したような気がする。人間がこの世に生をうけて、一生を幸福に過ごすためには、何といっても、まずは健康が第一で、次に「衣」「食」「住」の3つの確保が大切だろう。このブログでは身近な「衣食住」はもちろんのこと、政治や国際情勢、過去の歴史事件、最新の社会世相、トレンド、旬ネタまで広汎なジャンルの中から面白い雑学・知識をのこらず集めています。あいさつ、スピーチ、日常会話などでその場が和むような話のネタになるので、気軽に雑学を披露してコミュニケーションの輪を広げてください。このブログにおいて「何でも知って、何でも考えよう」の精神で、歴史・時事問題、最近話題のトレンドだけではなく、古今東西のあらゆる雑事に興味を持って知的生活を過ごし、可能な限り多くの分野にわたって知ること、博識雑学、それが当ブログの重要な方針の一つです。わからないこと知らないことは、放っておいても実のところ当面、何かに不自由するということはない。でも当たり前の出来事の中に、不思議で奥深い世界が隠れている。ネットでも本でもなんでも使って、とことん探求してみる。米国の牧師ロバート・シュラ―のことばに「あなたは決して調べ尽くしてはいない」(信念)という名言がある。この言葉を絶えず思い起こそう。一日一日の着実な積み重ねで、あらゆる分野でもかなりの地点まで到達することができると信じます。現在までの記事数は、12,090件に及んでいます。

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2026年10月 6日 (火)

ボタンの掛け違い

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    日本は社会の隅々にまで、一様性がまかり通っている。ある物事に対して、だれに聞いても似たような言い回しをすることが多い。だから、「だれもがそう言うのだから、きっとそうなんだろう」と思うようになる。発端はテレビによくでている評論家やタレントたちの言い回し。視聴者が口まねをして、職場や学校で使う。たとえば「ボタンの掛け違い」「上から目線」「モチベーションを高める」「温度差」など便利な言葉である。「持続可能な社会をめざします」とか「人と人との心をつなぐ絆の大切を知りました」といえば優等生に見られることを子供たちも知っている。ほんとうに常套句を上手に使いこなすだけの人間でいいのだろうか。新聞・雑誌の原稿を書く人、政治家の演説の下書きを書く人、みんな耳障りのよい言葉を選んで無難なことを書いている。とくにNHKのアナウンサーの言葉が酷い。実況中継が多かったむかしのアナウンサーはその場の雰囲気をつかんでなめらかに話していた。一様性、均一性は思考の劣化をまねく。

 気になる日本語の一つに「ボタンの掛け違い」という言い回しがある。洋服のボタンをつける際に、最初のボタンを間違えると、その後のボタンがすべてずれてしまい、最後にその間違えに気づくという状況に由来している。気障な表現で私は使わない。いつ頃、誰が使い始めたのかは、正確なことはわからない。昭和30年代にはあまり耳にしないような言葉である。いろいろ調べると、結構古いようだ。伊丹万作という有名な映画監督の文章に似たような表現が見つかる。「戦争責任者の問題」に「最初のボタンをかけちがえたら最後のボタンまで狂うのはやむを得ないことだからである。」とある。(「映画春秋」創刊号 昭和21年8月)

 そもそもボタンという日本語はポルトガル語のボタオBotao、スペイン語のボトンBotonがなまつたもの。漢字では釦とかく。わが国では江戸時代からつたわったものであるが、しかし、広く一般に使われるようになったのは明治時代になってからである。ボタンは英語で何て言うか。服のボタンもカー機械や画面のボタンもbuttonである。

 

駅弁「醤油めし」どんな味?

F00030   愛媛県松山の駅弁「醤油めし」。伊予地方で古くから伝わる「ありあわせの具」で作られた「しょうゆめし」をアレンジした駅弁。鶏肉や錦糸卵、タケノコ、山菜などが彩りを添える。ごはんはコクがあって冷えていても美味しい。

 全国各地、さまざまな駅弁があるが、どの都道府県の駅弁がいちばん美味しいのか?アンケートによれば、海鮮やカニ、いくらなどの新鮮な海の食材を贅沢に使った北海道の駅弁だそうだ。

小桜姫伝説

 三浦半島にある諸磯神明社には小桜姫が祀られているという伝説がある。戦国時代、三浦氏の新井城は北条氏に滅ぼされた。三浦荒次郎は自害し、妻の小桜姫は病死。時は永正13年のことである。しかし霊界に移った小桜姫は修行を積んで、神となり小桜神社の祭神となって民衆を津波から救つた。浅野和次郎「小桜姫物語」(昭和2年)

 

 

読書の秋

  国木田独歩の「都の友へ、B生より」

ごろりと転げて大の字になり、座布団を引寄せて二つに折りて枕にして又も手当たり次第に書を読み初める。陶淵明の所謂る「不求甚解」位は未だ可いが時に一ページ読むのに一時間もかかる事がある。

「不求甚解」とは中国の詩人陶淵明の「五劉先生傳」に見える故事成語で、「甚だしくは解せんことを求めず」、つまり読書をしていて解らない所があるときは、無理して解ろうとはしないでしばらくはそのままにしておくこと、という有名な読書法のようなものである。

  「夜明け前」「野菊の墓」「忘れえぬ人々」「或る女」「蟹工船」「蓼食う虫」「人間失格」「老人と海」・・・誰もが知っている名作だけれど、実は読んだことがない。本の世界は広くて深い。ドラマを観ていると、セットにつかわれる書棚の本が気になる。竹野内豊主演の「この声をきみに」に登場する朗読教室「灯火親」も気になる。「あしたになれば」で仙道敦子のマンションのジャポニカが目立ちすぎ。「全開ガール」の若葉の部屋の本にも関心がある。「まぼろしの邪馬台国」の宮崎康平の蔵書も気になる。以下、古本まつりの目録から気になる本を抜粋。

歴山大王 世界歴史譚 幸田成友 明治33年
お百度詣 大塚楠緒子 明治38年
どぜう地獄 岡本一平 大日本雄弁会 大正13年
クレオパトラ栄華物語 久保青涛 東京刊行社 大正9年
小説老子 大泉黒石 新光社 昭和11年
検屍 随筆集 太田千鶴夫 象文閣 昭和11年
未亡人論 三宅やす子 文化生活研究会 大正12年
亀脚散記 渡辺一夫 朝日新聞社 昭和22年

  幸田成友(1873-1954)は露伴の弟。岡本一平(1886-1948)は漫画家。息子は洋画家・岡本太郎。久保青涛(1889-1961)は本名勘三郎。哲学・倫理学。大泉黒石(1893-1957)はロシア文学。息子の大泉晃は俳優。太田千鶴夫(1906-1968)は西洋医学史。三宅やす子(1890-1932)は小説家、評論家。渡辺一夫(1901-1975)はフランス文学。似ている・・・やっぱり親子。女優の土屋太鳳のおススメの本は岡本太郎の「自分の中に毒を持て」。

 

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中国の地理

 

 ユーラシア大陸からアフリカ大陸北部にかけて成立したいくつかの古代文明のうちで、その基本的性格を、現在に至るまで持ち続けているのは、中国文明だけであろう。その理由はいくつか考えられるが、その最大のものは、中国がユーラシア大陸の東端に位置し、西アジアからは砂漠や大草原をはさんで遠く離れており、直接の交流を阻害されてきたという、地理的孤立性に求められるであろう。

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 広大な国土を有する中国は南北での自然のちがいがある。まず地理的概観を調べてみよう。

地理的概観(UNIT1)

中国の位置 アジアの東部、太平洋の西岸に位置する。西部はタリム盆地にタクラマカン砂漠が広がり、北にはアルタイ山脈、南にヒマラヤ山脈が連なり、外界を閉ざしている。中国には「北に行くほどトランクが軽くなり、南に行くほどトランクが重くなる」という言葉がある。これは旅行者が北に行くにつれて、トランクから1枚ずつ着るものを取り出して重ね着して行くこと、反対に南に行くにつれて、1枚ずつトランクにしまいこんで行かねばならないことをいったものだ。南北は、緯度およそ北緯4度から54度、東西は経度およそ東経78度から東経135度のあいだにある。

中国の境域 陸上では北朝鮮、ベトナム、ラオス、ミャンマ、インド、ブータン、ネパール、パキスタン、アフガニスタン、ロシア、モンゴル人民共和国と国境を接している。海上では日本、フィリピン、マレーシア、インドネシアおよびブルネイと相対している。

面積と人口 中国は面積959万7000k㎡、人口14億1492万4743人です(台湾、香港、マカオを除く)。2025年11月の国連の推計による。面積はアジア大陸の25%をしめ、ロシア、カナダについで世界第3位。現時点では中国の人口は世界第2位である。つまり世界の人口約77億のうち約5人に1人が中国人である。

民族 中国は人口の9割(91.5%)占める漢民族と、蒙古・カザフ・回・チベット・ウイグル・タジク・シボ・ウズベク・ロシア・ミャオ・トチャ・イ・チワン・プイ・朝鮮・満・高山族・ナシ族(納西族)など55の少数民族からなる多民族国家である。そのうち、北方の森林で狩猟をいとなむツングース系諸民族、ステップで遊牧をいとなむモンゴル系諸民族、オアシス世界に生きるテュルク系諸民族、高原で牧畜・農耕をいとなむチベット諸民族、南西山地で農耕をいとなむミャオ・ヤオ系およびモン・クメール系諸民族、南部で水稲耕作をいとなむタイ系諸民族のグループにわかれる。

行政区 全国には、合わせて23の省、5つの自治区(広西チワン族・内モンゴル・新疆ウィグル・寧夏回族・西蔵)、3つの直轄市(中央政府の直轄する市、北京・上海・天津市)があり、首都は北京。その面積を日本と比較すると、新疆ウイグル自治区の160万㎢を筆頭に、チベット自治区、内モンゴル自治区、青海省、四川省、黒竜江省、甘粛省が日本より広い。

自然環境 中国の地形は西に高く、東に低いが、複雑であり、気候風土も変化に富んでいる。気候は、秦嶺山脈と淮河を結ぶ年間降水量1000mmの線(チンリン=ホワイ線)を境として、北部が寒冷で乾燥、南部は温暖で湿潤であり、「南船北馬」という言葉に表されている。南は船で、北は馬による交通の違いを指した言葉であるが、その背後には自然のちがいがある。

国土総面積に占める各種地形の比率は、山地が約33%、高原が約26%、盆地が約19%、平原が約12%、丘陵が約10%となっている。慣習的に山区といわれるものには山地、丘陵、そして比較的起伏のある高原が含まれ、それらが全国土の3分の2を占めている。中国の名山は「五岳」といい、泰山・華山、衝山、恒山、崇山。

 

中国の地域区分

 

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   広大な中国の地域を、地形・気候その他の自然的条件により、また人文地理的要素を考えて、華北・華中・華南の3地域に区分することができる。華北と華中の境界は、淮河と秦嶺を結ぶ線にある。華北が黄土地帯を中心とする乾燥農耕地帯であるのに対して、華中は水田耕作に適している。「南船北馬」という言葉は、華北では馬が主要な交通機関であったのに対して、江南では交通や灌漑のための水路が縦横に発達していたことを語っている。

 

option  中国文明は世界最古の文明であるとともに、独自の文化を今日まで持続したという点では世界でも類例がない。このことを地理的観点から考えてみよう。

   アジア大陸の東端に位置している中国は、エジプト、メソポタミアなどの古代文明諸国からもっとも遠くはなれたところで文明を形成した。地理的位置に起因する文化的孤立性は中国の民族文化の形成に深い影響をあたえずにおかなかった。中国をふくめた四つの古代文明は、いわゆるアフロ・ユーラジアン複合体をつくっているが、世界の屋根である高峻なヒマラヤ山脈とタクラマカン砂漠などの天然の障壁とにさえぎられた遠東の中国は、他の三文明からもっともかけはなれた存在であって、相互の交渉はわずかに駱駝の背にのって砂漠をわたる隊商によってもたらされた。西アジアやヨーロッパの政治的支配が中国の領土や勢力圏に直接及んできたことは、17世紀にいたるまではなかった。したがって、中国は巨大な領域をしめながら、地理的にも、政治的にも、孤立した地域を形成し、そのなかで独自の文化を発展させてきたのである。すなわち、古い文化を発生させたエジプトのナイル川やチグリス・ユーフラテス河流域、あるいはギリシアやインダスにおいて、その文化が停滞し、衰亡したのに比べ、中国はむしろその孤立性を生かし、インドや西方の文化的な刺激を生かして、独特の文化を形成したのである。(参考:貝塚茂樹「中国の歴史」岩波新書)

中国地理関係文献

清国地理小誌 高田義甫著 島林専二郎刊行 1880
清国道中里程図誌 川端恒太郎 京都・杉本甚助 1885 地図
禹域通纂 楢原陳政 大蔵省 1888
清国本部與地図  中田貞矩編 中村芳松(大阪) 1894
中国彊域沿革図 附説略 重野安易繹 河田黒合 冨山房 1896
朝鮮支那地名辞彙 根来可敏編纂 共同出版社 1910
支那省別全誌 全18巻 東亜同文会 1917-1920
中国地名大辞典 劉鈞仁著 国立北平研究院 1930
中国古今地名大辞典 商務印書館 1931
満州地名辞典 岡野一朗 日本外事教会 1933
満州地名索引 加藤新吉 満州鉄道総局 1936
現勢上海・南京詳図 六芸社 1937
最新支那及極東地図 アトラス社編 アトラス社 1937
最新支那大地図 大林堂 1937
満州国地名大辞典 山崎惣与 満州国地名大辞典刊行会 1937
古地理学 陳兼善 長沙商務印書館 1940
支那地名辞典 星斌夫著 富山房 1941
新中国地理 森下修一訳編 古今書院 1956
中国地方誌連合目録 1964 東洋学文献センター連絡協議会編 東洋文庫 1965
アジアの農業 アジア経済講座3 石川滋編 東洋経済新報社 1971 
中国総覧 中国総覧編集委員会編 アジア調査会(霞山会) 1971-1986
中国大陸省別地図 越村衛一・矢野光二編 外交時報社 1971
中国地図帳 平凡社編 平凡社 1973
中国地名大辞典 旧・国立北平研究所版 東京美術 1974
中国の地理 浅川謙次監修 人民中国編集部編 築地書館 1975
中国地理の散歩 阿部治平 日中出版 1979
中華人民共和国地質図集 付・別冊 中国地質科学研究院主編 佐藤信次訳 築地書館 1980
現代中国地理 その自然と人間 黄就順著 山下龍三訳 帝国書院 1981
中国大陸五万分の一地図集成 8冊 総合索引 科学書院 1986-2002
中国大陸二万五千分の一地図集成 4冊 索引図 科学書院 1989-1993

 

 

2026年10月 5日 (月)

「ン」は読まないでいい

 アジア大会サッカー日本代表選手。ンワディケ・ウチェ・ブライアン世雄。実況アナウンサーによると、表記は「ンワディケ」だが「ン」は読まないという。「ワディケ」でいいそうだ。

   古代の日本語には「ん」という発音はなかったらしい。仏教伝来とともにサンスクリット語の「阿吽(あ・うん)」が入ってきた。しかし「ん」はそれほど普及しなかった。だが近年グローバル化とともに、「ん」から始まる言葉も散見するようになった。アフリカのスワヒリ語には「ん」から始まる言葉は多い。サッカー選手の「ンボマ」、マラソン選手の「ンデレバ」、政治家の「ンクルマ」など人名も当たり前に「ん」で始まる。ただ日本人には発音しにくいので、「エムボマ」「ヌレデバ」「エンクルマ」という。アフリカ以外の地域にも「ん」で始まる言葉はある。チベットの柄つきの太鼓は「ンガー」という。ただし単に「ガ」と表記することもある。イタリアの4大マフィアのひとつに「ンドランゲタ」がある。沖縄県宮古島の伝統芸能「ンナフカ祭り」や料理「ンブシー」など。

 

ンガー     チベットの太鼓

 

ンガウンデン カメルーンの都市

 

ンギグミ   ニジェールの都市

 

ングニ棒術 南アフリカのズーニー族(ングニ族)に伝わる棒術

 

ングラライ  インドネシアの独立戦争の英雄グスティ・ングラライ

 

ングル    ナイジェリアの都市

 

ンクルマ   ガーナの初代大統領クワメ・ンクルマ

 

ンゲマ    赤道ギニアの初代大統領フランシスコ・マシアン・ンゲマー

 

ンゴウンデレ カメルーンの都市

 

ンコ文字    マンデ語の文字

 

ンゴロンゴロ  タンザニアの国立公園

 

ンコンべ    トマトとカレーを煮込んだケニアの料理

 

ンブシー    沖縄料理

 

ンジャメナ   チャドの首都

 

ンジャミ     沖縄の海の祭礼

 

ンデベレ人形 南アフリカのンデベレ族のビーズで作った民芸品

 

ンドゥール   セネガルの歌手、ユッスー・ンドゥール

 

ントモ・クン  マリ共和国に居住するバンバラ族が着用する仮面

 

ンドーラ    ザンビアの鉱山都市

 

ンドランゲタ  イタリアのマフィア

 

ンドンバ    カメルーンの郷土料理

 

ンナフカ祭り 沖縄県宮古島の伝統芸能 

 

ンブフル    沖縄県竹富島にある丘

 

ンム      沖縄の方言、さつまいも

レモンの日

 きょうは「レモンの日」。英語では、レモンを使ったことわざがあります。

When life gives lemons,make lemonade.

  直訳すれば、「人生があなたにレモンを与えたならレモネードを作れば良い」ですが、レモンには困難という意味があり、つまり「人生で良くないことが起こっても、良い方向に持っていけば良い」という意味になります。

 レモンは「檸檬」と書く。中国漢字圏ではカタカナのような元の発音に近い音で表記する記号がないので、いろいろな外来語はすべて漢字を充てている。日本でも明治になって西洋の新しい文物が移入されると、当初は漢字表記していた。瓦斯(ガス)、珈琲(コーヒー)、煙草(タバコ)、手巾(ハンカチ)、頁(ページ)、燐寸(マッチ)、果酒(ワイン)などなど。レモンは明治4年ころイタリア人が熱海に梅とレモンを日本にもたらしたとされている。

  ある調査で「読めるけど、書けない漢字」のランキングは、1位は薔薇(ばら)、2位は檸檬(れもん)、3位は葡萄(ぶどう)である。日本人は「レモン」が入って来たとき、中国語の「檸檬(ねいもう)」を借用した。中国の古辞書には宋代にすでに「黎朦」として現れており、中国語にとって外来語である「レモン」に充てた漢字かどうかは分からない。おそらく「レモン」という外来語より古くからあったという説のほうが有力である。「檸檬」と書くようになったのは、清代のことで、「n」と「l」とが交替する広東もしくは福建方言の地からである。

Img_3   テレビ情報誌「ザテレビジョン」の表紙はなぜか有名人がレモンを手に持って写っている。1982雑誌年の創刊号で薬師丸ひろ子(当時18歳)をいい表情にするためレモンを持たせた。当時はレモンを持つお決まりはなく、以後約4年間は誰もレモンを持っていなかった。ところが、177号で荻野目洋子が「私もレモンを持ちたい」とレモンを持つ表紙が復活した。以後、レモンを持つことが定番となった。(10月5日)

 

 

 

 

 

菠夢 パイナップル

 

香蕉 バナナ

 

香木瓜 パパイヤ

 

芒果  マンゴ

 

橘子  みかん

 

甜瓜  メロン

 

荔枝  ライチ

 

萃果  りんご

 

西紅柿 トマト

 

巻心菜 キャベツ

 

黄瓜   キュウリ

 

可口可楽 コカ・コーラ

 

漢堡   ハンバーガー

 

三明治  サンドイッチ

 

比薩   ピザ

 

蔬菜   野菜

 

草苺   イチゴ

 

葡萄酒  ワイン

 

蛋     たまご

 

可可   ココア

 

奇異果  キウイ

 

 

 

 

智恵子記念館

10月6日、智恵子はとうとう昨夜病院で亡くなりました。昨夜遺骸を自宅に連れてきました。あはれな一生だったと思ひます。(難波田竜起宛てはがき)

 

    高村光太郎の妻智恵子は昭和13年10月5日、南品川ゼームス病院の十五号室で栗粒性肺結核で亡くなった。52歳だった。造り酒屋の娘であった長沼智恵子の生家には智恵子記念館(福島県二本松市)がある。記念館には彼女の油絵、紙絵が展示されている。

 

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 智恵子は東京に空が無いといふ、 

 ほんとうの空が見たいといふ(「あどけない話」)

 

2026年10月 4日 (日)

ポップスの話

 Snow Man M!LK &TEAM GENVERATIONS AI  FRUTS ZIPPER。本日放送のCDTVライブブライブのアーティスト名である。    

 最近の日本での歌番組をみると、J∺PoP中心の番組と、歌謡曲が中心の番組に分かれている。年末のNHKの紅白歌合戦は両者をバランスを取って構成している。ところでポップスとは何か?ポピュラー音楽とポップ・ミュージックはしばしば同義で扱われ、「ポピュラー音楽」は人気のあるすべての音楽を指すと定義されている。ジャンルとしてのポップ・ミュージックは極めて折衷的であり、多くの場合は他ジャンル(ジャズ・シャンソン・カンツォーネ・ダンス・ミュージック、ラテン音楽、カントリー・ミュージック、洋楽民謡、フォークソング等)からの要素を取り入れている。

言葉としての「ポップス」は、ポピュラー・コンサートが縮まったもので、つまり大衆音楽会のことであった。1866年ごろポップスの名を使ってロンドンのオーケストラが演奏したのが始まりとされる。ついで1885年にアメリカのボストン交響楽団が「ボストン・ポップス」をつくっている。わが国では戦後、昭和28年に「東響ポップス」の生まれたのを筆頭に、それから日本ポップス、NHKポップスなど盛んに名乗りを上げはじめた。当時、ダンスホールやナイトクラブの隆盛でジャズ・バンドを中心に日本のポップスが誕生した。

近年の音楽史の研究によると、ポップ・ミュージックは1950年代半ばにイギリスでロックンロールに影響を受けた新しい若者の音楽スタイルとして始まったとされる。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ABBAなどがその例として挙げられる。ジーン・ヴィンセント&ヒズ・フル・キャップスが1956年に発表した「ビー・バップ・ア・ルーラ」がポップス史の初期の楽曲といわれる。

 日本でポップス歌手として活躍し大衆的な人気を得たのが坂本九である。1961年の「上を向いて歩こう」は世界的な大ヒットとなった。坂本は俳優・司会などエンターティナ―であったが、ミュージシャンとしては1970年代からヒットに恵まれず低迷期に入る。ロッククンロールを志向したが、ジャズや世界の民謡などジャンルが幅広くで音楽業界の主流から外れた。日本のポップス全盛は和製ポップスの時代を過ぎて、1990年代からのj-ポップスが成立するまでを待たねばならい。

ボーナスの話

 毎月の給与とは別に支給される一時金の報酬のこと。日本では主に夏と冬に支給されるが、これは江戸時代に商人がお盆と年末に奉公人に配られた「仕着」が由来とされる。夏目漱石の「明暗」にも「毎月の不足はやっと盆暮の賞与で間に合わせている」とある。

  ボーナスは、ラテン語のボーナム(Bonum)が語源といわれ、それは「善いことgooddbonum」という意味であり、英語でも「Bonus」とそのままの言葉で表現されている。一説によれば、日本では株式取引所のスラング(隠語)としてもちいられ、つまり割戻金(リベート)という意味であったが、一般会社でボーナスといわれるようになったとある。

 

マカロニとマルコ・ポーロ

 イタリア料理の代名詞のようになっているマカロニは実は中国から伝わったものであるという。アイスクリームの起源も元は中国で、家畜のミルクを天然の氷や雪で冷やしたアイスミルクというもの。そして13世紀の終わりに旅行家のマルコ・ポーロが中国の宮廷でもてなされたアイスミルクを味わい、その製法をイタリアに伝えたことはよく知られている。ところで、イタリア料理の代名詞のようになっているマカロニも実はそのルーツは中国料理にあるといわれる。1295年に中国から持ち帰った小麦粉を練ったうどんのような食べものをやはりマルコ・ポーロが法王ボニファチウス8世に献上した。法王がこれを賞味したところ、あまりの美味しさに「マ・カロニ(Ma Caroni)と叫んだ。「おお、素晴らしい」という意味。それからイタリア人の間でマカロニが流行したという。多くの雑学本に掲載されている有名なエピソードでとても面白いが、でき過ぎで作り話の感がある。フランスのフランソワーズ・サヴァンは、「マカローニ・ジャーナル」というアメリカの雑誌にこの話を何の根拠もなく書いたことが、この俗説の始まりと語っている。

 

 

 

 

古本屋 消える街角 そぞろ寒

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  古書の日。本屋の減少。経産省が書店の振興にプロジェクトチームを設置するという。どこまで本気なのかな。秋の到来で、それとなく感ずるほどの寒さ。漫ろ寒。うそ寒。喪中はがきが届く。ご無沙汰して知らなかった。75歳じゃ、まだ死ぬには早すぎる。ご冥福をお祈りします。(10月4日)

 

 

2026年10月 3日 (土)

みんなが大好きアンパンマン 

 本日は「アンパンマンの日」。1988年のこの日、「それいけ!アンパンマン」の放送が日本テレビで開始された。キャラクターが豊富で1000体以上あり、「登場キャラクターが最も多いアニメシリーズとしてギネス記録に認定されている。ばいきんまん、ドキンちゃん、コキンちゃんなど悪役キャラが魅力的で人気がある。

  アンパンマンの中に入っている餡はこしあんか、それともつぶあんか、ずっと悩んで悩んで考えていた。正解は、つぶあん。原作者のやなせたかしがこしあんよりつぶあんが好きだったからだそうです。(10月3日)

氷室(「ヒ」事項索引)

[  ひ  ]

「ビアフラ共和国」1967年から1970年まで西アフリカに存続した国。▽「東沢瀉」ひがしたくしゃ。1832-1891。幕末の岩国藩士・儒学者。精義隊を組織し、戊辰戦争などで活躍。▽「ヒクソス」紀元前17世紀から前16世紀の約1000年間、エジプト中王国滅亡後シリア、パレスティナ方面からエジプトに侵入した古代オリエントの民族の一つ。この期間はエジプト史上もっとも文化のおとろえた時代。▽気象レーダーの発する電波が、通常の伝搬経路から大きく外れることがある。この現象を異常伝搬と呼び、送信電波が曲げられて地表面や地表の構造物に当たって反射すると、降雨がないのに赤とか黄色とかの「猛烈な雨」の表示がされることがある。これを「非降水エコー」と呼ぶ。▽「飛銭(ひせん)」中国唐宋期、遠隔地取引に使われた為替(送金手形制度)をさす。「便銭」「便換」ともいう。利用者はおもに茶商人であった。▽ギリシアの商人ヒッパロスは西暦79年、アラビア人からインド洋の季節風の変化の知識を手に入れ、紅海とインド洋を結ぶ航路を開拓した。この発見により東と西とのあいだで、盛大な貿易が発展したのである。エリュトラ―航海記には「ヒッパロスの風」と書かれている。▽「ピンポンダッシュ」見知らぬ家の玄関先にある呼び鈴(チャイム)を鳴らして逃げるいたずら。▽ラオスの首都「ビエンチャン」は「ビャクダンの都」の意味。▽「ビアリッツの密約」1865年にプロイセン首相ビスマルクとフランス皇帝ナポレオン3世との間に結ばれた密約。▽「ビオン」前2世紀末のギリシアの牧歌詩人。「アドニス哀悼歌」▽「ビオ・サヴァールの法則」定常電流のまわりに発生する磁場を微分形式で表した法則▽「飛銭(ひせん)」中国、唐代で慣用された為替(送銭手形)をさす用語。▽「人返し令」1843年、水野忠邦は江戸に流入した人々の帰村を強制するとともに、農民の離村を禁止した令を出した。しかし効果はなかった。▽「ピッグス湾事件」1961年ケネディ大統領はカストロ革命政権の打倒を試みたが失敗した事件。▽「ピヒヒアパン」2018年10月メキシコ南部チアパス州ピヒヒアパンでアメリカを目指す移民6000人が大移動。▽「ヒポコンデリー」神経質な人、鬱状態にある人は自信の身体の健康に対する不安感があり、常に頭が痛いとか、肩がこるとか、胃が重いなどと思い込んで悩む症状がある。その結果、たえず意識が自己の身体に集中しており、また意識が集中するためにわずかな身体の変調が気にかかるという悪循環に陥っている。▽「氷室」冬の期間中に氷を採集し、夏の暑い季節のために氷を蓄えておく所。▽「ピラトの妻」ゲルトルート・フォン・ルフォールはドイツのカトリック文学の女性の作家で代表作は「断頭台の最後の女」「ベロニカのハンカチ」「海の裁き」「無実の罪の子ら」など。▽「ピボット」バスケットボールのステップ方法の1つ。片足を軸足にしてコートの同じ場所で接地し、軸足ではないほうの足は自由に動かすことができる。このステップ方法をピボットという。▽「平沢常富」1735-1813。天明期の狂歌師。朋誠堂喜三二、手柄岡持の筆名がある。(ひひひひ)

 

美
日明埠頭(小倉港)
ヒアシンス
ピアス
ビアスト朝(ポーランド)
ピアソン(数理統計学)
ピアソン国際空港
ビア樽ポルカ
ピアチュンツァ(イタリア北部)
ピアッツィ
ピアディーナ
ピアトラネアムツ(ルーマニア)
ピアニシモ
ビアフォ(氷河)
ビアフラ共和国
ピアリッツの密約
ヒアルロン酸
ビアレッジオ(イタリア中部トスカナ州の都市)
斐伊川(島根県)
p53遺伝子
ヒヴァ・ハン国
比叡山
冷え症
ピエタ
稗田阿礼
ビエゾ電気
日吉大社(大津市)
ピエモンテ(イタリア北部の州名)
ピェリチカ岩塩鉱(ポーランド)
ビエルフォン城(フランス)
ヒエログリフ
ヒエロニムス
ビエンチャン
ビオ・サバールの法則
ビオリア(アメリカ合衆国イリノイ州)
ビオレ・ル・デュック
ビオン
菱垣廻船
非核三原則(1967)
東インド会社
東ゴート王国
東沢瀉
東嶋徳左衛門(ひがしじま とくざえもん)
東山文化
東ローマ帝国
ピカソ
ヒカリゴケ
ピカリング凝固
引札
飛脚
比企禅尼
ひき逃げ
比企能員
ヒクソス
樋口一葉
ビクトリア女王
ピグマリオン
ひげ
飛行機
非降水エコー
彦根
ピサの斜塔
ピサロ
ビザンツ帝国
土方歳三
肱川あらし
菱川師宣
菱田春草
ヒジュラ暦
ヒスタミン中毒
飛銭
備前焼
ピータールーの虐殺(1819年)
ピタゴラス音律
ピチカート
ビッグス湾事件(1961年)
ビッグバン
ピック病
ヒッタイト帝国
ヒッチハイク
ヒッパロスの風
ヒッポクラテス
悲田院
人返しの法
ヒトラー
ヒトラーユーゲント
ビードロ細工
ビートルズ
日奈久断層
ピナトゥボ山
ピナ・メニケリ
丙午
ピノキオ
日野資朝
日野富子
火の鳥
檜原村
日の丸演説(1871年)
ピヒヒアパン
日比谷焼打事件
ヒポクラテスの誓い
ヒポコンデリー
ピボット
ヒマラヤ
ヒマワリ
卑弥呼
氷室
百年戦争
白蓮教徒の乱(1796年)
百科全書
日向灘
ヒュースケン
ヒュスタスペス
ピュダスペス河畔の戦い
ピュドナの戦い
ピューリタン
瓢箪山(東大阪市)
ピューリッツアー賞
表現の自由
廟底溝遺跡
平等院鳳凰堂
ピョートル大帝
ビョルケ密約
平沢常富
ヒラー山
平田篤胤
ピラティス
ピラトの妻(ルフォールの小説)
ピラミッド
ピルニッツ宣言(1791年)
ビルマ(ミャンマー)
ピレネー条約(1659年)
弘前城
広島
広島平和記念資料館
広田弘毅
ビロード
鶸
枇杷
琵琶形銅剣文化圏
琵琶湖
檜皮葺
ビンカ
貧窮問答歌
ピンザアブ洞人
瀕死のガリア人
ヒンターカイフェック事件(1922年)
備長炭
ヒンディー語
ヒンデンブルク
ヒンドゥー教
ピンポンダッシュ

 

 

洞ヶ峠の順慶はウソだった!?

Photo_2 筒井順慶陣所跡

  京都府八幡市と大阪府枚方市との間に洞ヶ峠がある。現在、国道1号線「八幡洞ヶ峠」交差点付近に筒井順慶陣所跡の石碑が残っている。筒井順慶は、松永久秀との抗争を繰り返した戦国大名。本能寺の変後の1582年、豊臣秀吉と明智光秀が戦った山崎の合戦の折、光秀は順慶に加勢を求めたが、秀吉有利とみるや直ちに洞ヶ峠を下り、秀吉に味方したといわれる。古来より「洞ヶ峠を決め込む」とは日和見の代名詞となり名高い故事となっている。しかし史実では順慶が洞ヶ峠に出陣したという事実はなく、郡山城を一歩も動かず、洞ヶ峠に着陣したのは光秀本人である。秀吉は順慶の遅参を「曲事」(けしからんこと)としたが、引き続き大和の支配を順慶にまかせた。順慶は翌年、越前の柴田勝家を滅ぼした時には功をたてた。順慶洞ヶ峠の逸話は豊臣恩顧の大名を牽制するための江戸史観の作り話である。

世界の七不思議

67a6fcd20f   前200年頃、フィロンは旅先で観た素晴らしい建造物を「世界の7つの景観」として本に著わした。それから100年ほどして、シドンの学者アンティパトロスがこの文献を詩にまとめ「世界七不思議」が定着した。ただし7つの建造物は時代や選定者により異なり諸説がある。古来、だいたい①エジプトのクフ王のピラミッド②バビロンの空中庭園③エフェソスのアルテミス神殿④フェイジアスのオリンピアのゼウス像⑤ハリカルナッソスのマウソロス霊廟⑥ロドス島のアポロン巨像⑦バビロンの城壁(アレクサンドリアのファロス島の灯台、あるいはペルガモンの祭壇)である。

山ガール

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  本日は「登山の日」。私が住んでいる家から一番に身近な山は岩倉山(標高488.4m)。六甲山系の東端にある。アウトドアブームで、ここ数年、女性登山者が急増している。これまで中高年者が多かったが、最近は20~30歳代の若い女性が山登りを始める人が増えてきた。そんな彼女たちを巷では、「山ガール」と呼ぶ。明るい色の組み合わせで山男たちの視線を釘づけにする山ガール・ファッションとはどういうものなのだろうか。まず帽子は必要不可欠。背中には本格的なデカリック。上着は防水加工のマウンテンパーカ。定番の山スカート(お尻を隠すためか)かわいい柄タイツ。トレッキング・ブーツ。芸能人では釈由美子、工藤夕貴、本上まなみ、南野陽子、杏、小島聖、KIKIなどが登山が趣味と言っている。自然に親しむことはいいことだが、山には危険がつきものなので1人ではなくグループ(4人~5人以上)で計画性をもって行動しよう。先日も滋賀県の霊仙山で女子大生が一人で登山して遭難し、山中斜面で遺体が発見された。(10月3日)

この映画、いつ観るの?今でしょ

 人から「好きな映画は?」と聞かれたら、何と答えますか。「ゴッドファーザー」とか「スター・ウォーズ」といったザ・王道を言うよりも、「ショーシャンクの空に」と答えるとちょっぴり映画通にみられます。大ヒットの新作から懐かしい旧作まで、死ぬまでに一度観ておきたい映画をさまざまなジャンルからピックアップして紹介します。

 

「嘆きの天使」(1930)ジョゼフ・フォン・スタンバーグ監督 エミール・ヤニングス、マルレーネ・ディートリッヒ

 

「モロッコ」(1930) ジョゼフ・フォン・スタンバーグ監督 マルレーネ・デーとリッヒ、ゲーリー・クーパー

 

「巴里祭」(1933年)ルネ・クレール監督 アナベラ、ジョルジュ・リゴー

 

「或る夜の出来事」フランク・キャプラー監督 クラーク・ゲーブル、クローデッド・コルベール

 

「風と共に去りぬ」(1939)ビクター・フレミング監督 クラーク・ゲーブル、ヴィヴィアン・リー

 

「市民ケーン」(1941)オーソン・ウェルズ監督 ジョセフ・コットン、ドロシー・カミ・ゴア

 

「カサブランカ」(1943)ハンフリー・ボガート、イングリッド・バーグマン

 

「青い戦慄」(1946)ジョージ・マーシャル監督 アラン・ラッド、ヴェロニカ・レイク

 

「女相続人」(1949)ウィリアム・ワイラー監督 オリヴィア・デ・ハビィランド、モンゴメリー・クリフト

 

「アフリカの女王」(1951)ハンフリー・ボガート、キャサリン・ヘプバーン

 

「欲望という名の電車」エリア・カザン監督 ヴィヴィアン・リー、マーロン・ブランド―、カール・マルデン

 

「道」(1954)フェデリコ・フェリーニ監督 ジュリエッタ・マシ―ナ、アンソニー・クイン

 

「汚れなき悪戯」(1955) 1991年にはルイジ・コメンチーニ監督「マルセリーノ・パーネヴィーノ」としてイタリアでリメイクされている

 

「ベビイドール」(1956)イーリア・カザン監督 カール・マルデン、キャロル・ベーカー

 

「荒鷲の翼」(1957) ジョン・ウエイン、モーリン・オハラ

 

「死刑台のエレベーター」(1957)ルイ・マル監督 ジャンヌ・モロー

 

「甘い生活」(1960)フェデリコ・フェリーニ監督 マルチェロ・マストロヤンニ、アニタ・エクバーグ

 

「アラモ」(1960) ジョン・ウェイン、リチャード・ウィードマーク、ローレンス・ハーベイ

 

「ウェスト・サイド物語」(1961)ロバート・ワイズ監督 ナタリー・ウッド、リチャード・ベーマー

 

「ナヴァロンの要塞」(1961)J・リー・トンプソン監督 グレゴリー・ペック、デビッド・ニーブン

 

「突撃隊」(1962) スティーヴ・マックィーン、ボビー・ダーリン

 

「唇からナイフ」ジョセフ・ロージー監督 モニカ・ヴィッティ、テレンス・スタンプ

 

「大脱走」(1963)ジョン・スタージェス監督 スティーブ・マックィーン、チャ―ルズ・ブロンソン

 

「マイ・フェア・レディ」(1964)ジョージ・キューカー監督 オードリー・ヘプバーン

 

「ドクトル・ジバコ」(1965)デーヴィド・リーン監督 オマー・シャリフ、ジュリー・クリスティー

 

「黄金の眼」(1968) ジョン・フィリップ・ロー、マリーザ・メル、ミッシェル・ピッコリ

 

「ローズマリーの赤ちゃん」(1968)ロマン・ポランスキー監督 ミア・ファロー、ジョン・カサベテス

 

「さよならコロンバス」(1969) リチャード・ベンジャミン、アリ・マッグロー

 

「夕なぎ」(1972年)クロード・ソーテ監督 イブ・モンタン

 

「スティング」(1973)ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、アイリーン・ブレナン

 

「愛の嵐」(1974)リリアーナ・カバーニ監督 ダーク・ボガード、シャーロット・ランブリング

 

「パピヨン」(1974)フランクリン・シャフナー監督 スティーブ・マックイーン、ダスティン・ホフマン

 

「白いドレスの女」(1981) ウィリアム・ハート、キャスリーン・ターナー

 

「スーパー・マグナム」(1985)チャールズ・ブロンソン、デボラ・ラフィン

 

「スタンド・バイ・ミー」(1986)ロブ・ライナー監督 ウィル・ウィートン、リヴァー・フェニックス

 

「恋の掟」(1989)コリン・ファース、アネト・ベニング

 

「いまを生きる」(1989)ピーター・ウィアー監督、ロビン・ウィリアム、イーサン・ホーク

 

「ニューシネマ・パラダイス」(1989)ジュゼッペ・トルナトーレ監督、

 

「メンフィス・ベル」(1990)マイケル・ケイトン・ジョーンズ監督 マシュー・モディーン、エリック・ストルツ

 

「ギルバート・グレイブ」(1993)ラーセ・ハルトレム監督 ジュリエット・ルイス

 

「ジュラシック・パーク」(1993)スティーヴン・スピルバーグ監督 リチャード・アッテンボロー

 

「ショーシャンクの空に」(1994)ティム・ロビンズ、モーガン・フリーマン

 

「スピード」(1994)キアヌ―・リーブス、サンドラ・ブロック

 

「アウトブレイク」(1995) ダスティン・ホフマン

 

「セブン」(1995)ブラッド・ピット、グィネス・バルトロー

 

「陽だまりの庭で」(1995)フィリップ・ド・ブロカ監督

 

「タイタニック」(1997)ジェームズ・キャメロン監督 レオナルド・ディカプリオ、ケイト・ウィンスレット、ビリー・ゼイン

 

「ハリー・ポッターと賢者の石」(2002)ダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトスン

 

「ヴェロニカ・ゲリン」(2003)ジョエル・シューマッカ―監督 ケイト・ブランシェット

 

「ダ・ヴィンチ・コード」(2006)トム・ハンクス

 

「プラダを着た悪魔」(2006) デヴィッド・フランケル監督 アン・ハサウェイ、メリル・ストリープ

 

「クレイジー・ハート」(2009)スコット・クーパー監督 ジェフ・ブリッジス、マギー・ジレンホール

 

「天使と悪魔」(2009)トム・ハンクス

 

「アリス・イン・ワンダーランド」(2010) ミア・ワシコウスカ、ジョニー・デップ

 

「第九軍団のワシ」(2011) ケヴィン・マクドナルド監督 チャニング・テイタム、ジェイミー・ベル

 

「恋するリベラーチェ」(2013) スティーヴン・ソダーバーグ監督 マイケル・ダグラス、マット・デイモン

 

「死霊館」(2013) ヴェラ・ファーミガ、パトリック・ウィルソン

 

「47RONIN」(2013) カール・リンシュ監督、キアヌ・リーヴス、柴咲コウ、真田広之、浅野忠信

 

「イコライザー」(2014)デンゼル・ワシントン

 

「マレフィセント」(2014) ロバート・ストロンバーグ監督、アンジェリーナ・ジョリー、シャールト・コプリー

 

「MEG ザ・モンスター」(2018)ジョン・タートルトーブ監督、ジェイソン・ステイタム、リー・ビンビン

 

「ゆりかごを揺らす手」(2025)ミシェル・ガルサ・セルベラ監督、マイカ・モンロー

 

日本映画

 

「雄呂血」(1925)二川文太郎監督 阪東妻三郎

 

「大学は出たけれど」(1929)小津安二郎監督 田中絹代、高田稔

 

「武蔵野夫人」(1951)溝口健二監督 田中絹代、轟由起子

 

「地図のない町」(1960)中平康監督、葉山良二、吉行和子

 

「女たちの庭」(1967) 野村芳太郎監督、高峰三枝子、香山美子、生田悦子

 

「ナースコール」(1993)薬師丸ひろ子、松下由樹、大鶴義丹、渡部篤郎

 

「ホワイトアウト」(2000) 織田裕二、松嶋菜々子

 

「サヨナラCOLOR」(2005)竹中直人、原田知世、段田安則、水田芙美子

 

「実録連合赤軍 あさま山荘への道程」(2008) 若松孝二監督

 

「永遠の0」(2013) 岡田准一、三浦春馬、井上真央

 

「連結部分は電車が揺れる」(2013) 小松みゆき、内田春菊

 

「魔女の宅急便」(2014) 小芝風花、広田亮平、尾野真千子

 

「想いのこし」(2014) 岡田将生、広末涼子、木南晴夏、松井愛莉

 

「味園ユニバース」(2015) 渋谷すばる、二階堂ふみ

 

「脳内ポイズンベリー」(2015) 真木よう子、西島秀俊

 

「イニシェーション・ラブ」(2015) 松田翔太、前田敦子

 

「モンタージュ 三億円事件奇譚」(2016) 盗まれた三億円は長崎軍艦島に隠されていた。謎を解くため福士蒼汰と芳根京子の2人は東京、沖縄へ。野村周平とは湘南プリズム、恋仲と再共演。ほか杉咲花、門脇麦など女優陣もフレッシュ。

 

「花束みたいな恋をした」(2021) 菅田将暉、有村架純

 

「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら」(2023)福原遥、水上恒司

 

「水は海に向かって流れる」(2023)広瀬すず、當真あみ

 

「兄を持ち運べるサイズに」(20025)柴咲コウ、オダギリジョー、満島ひかり

 

 

 

 

全国ご当地お名前有名人、東京ぼん太ほか

  福祉大相撲。第1回慈善大相撲(1967年)に出演した解説者・北の富士さんは東京ぼん太「マアいろいろあらァな」を歌ったらしい。本人は全然記憶にないと否定。「俺には持ち歌、ネオン無情があるよ」真相は不明だが、選曲はナイスだ。「夢のチボーもないね」と栃木訛りのコメディアン、「東京ぼん太」のように地名と同じ名前をもつ有名人を調べる。東京ぼん太、横浜流星、横須賀昌美(女優)、千葉雄大、千住真理子(バイオリニスト)、赤坂晃(光GENJI)、宮城まり子、十勝花子、渋谷哲平、大久保加代子、綾瀬はるか、町田啓太、日野啓三(作家)、野田佳彦、川口春奈、島田紳助、大島優子、伊豆肇、名古屋章、大坂志郎、神戸一郎、大津びわ子(ラジオパーサナリテイ)、金沢碧(女優)、堺正章、茨城のり子(詩人)、池田大作(大阪府池田市)、布施明(大阪府布施市)、芦屋雁之助、福山雅治、広島日出国(マラソン)、土佐礼子(マラソン)、讃岐裕子(歌手)、仙台太郎、羽生結弦、伊達公子(テニス)、天童よしみ、久慈あさみ、秋田雨雀、佐渡豊、輪島大士(相撲)、加賀まりこ、加賀邦男、山口百恵、長門勇、小野田寛郎、福岡翼(芸能レポーター)、長崎慶一(大洋ホエールズ)、甲斐拓也(巨人)、宮崎奕保(永平寺貫主)。NHKドキュメント72時間「広島太郎を探して」広島市の繁華街を路上生活していた男性。晩年は闘病生活ののち死亡。最近では優れた演技力により映画ドラマに活躍している岡山天音。この他にもきっといろいろあるよね。ウィキペディアでも人の名字に使われる地名は「キリがないカテゴリ」とされている。海外ではアメリカ・フェレ―ラ。代表作ドラマ「アグリー・ベティ」。歌手のフランス・ギャル。

 

 

Japanの積ん読文化

 書物を読まずに、とりあえず積んでおいて積み上がっている状態のことを「積ん読(つん読)」という。この言葉が生まれたのは明治時代だとされるけれど、江戸時代にすでに「朗読・黙読・積読の」書の三読法と称した」とあるように、概念自体は「積読」という言葉がすでに存在していたと思われる。明治になっての考案者は、田尻稲次郎・和田垣健三などと諸説ある。著名人の本棚を紹介するNHKの番組「あの人の本棚」。本好きの読書家でもスタイルはさまざま。本を「読みもの」ではなくインテリアの一部としてディスプレイするクリス智子。あくまで本は読むためのものとして整理整頓・分類にこだわる作家の京極夏彦。京極の書斎は膨大な本の量があった。およそ5万冊くらいだろうか。彼は語る。「本は買うだけでいい。読もうが読むまいが、いいと思った本を手元に置いておくだけで人生は豊かになる」まさに積読礼賛である。ただし京極は本を横積みにすることを嫌う(。和本は例外)。

著名な作家や文化人の蔵書数を調べてみる。渡辺曻一15万冊、井上ひさし14万冊、谷沢永一13万冊、立花隆10万冊、草森臣一6万5千冊、司馬遼太郎4万冊、松本清張3万冊、紀田順一郎3万冊、新井素子3万冊、江戸川乱歩2万冊。政治家の書斎は不明だが麻生太郎はこの中にランキングするだろう。一般人なら1万冊を超えれば立派な蔵書家だろう。

「積ん読」という言葉は、日本語に遭ってほかの国にはない言葉である。イギリスには「本はつねにひもをとかなければ木片にすぎない」という有名な格言があるためである。イギリスで多言語の比較研究のなかで「わび」「さび」と同じように「積ん読」を「tsundoku」として、そのニュアンスを理解するような努力が始められている。

 

 

 

2026年10月 2日 (金)

なぜ茶柱が立つと縁起が良いのか?

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あれに見えるは茶摘みじゃないか 茜襷に菅の笠

 

萌えるお茶の芽もえたつたすき 唄に明けゆく宇治の里

 

宇治は茶どころ茶は縁どころ 娘やりたや婿ほしや

 

今年やこれきりまた来る春は 八十八夜のお茶に逢う

 

主は焙炉でこがれていよと わたしや茶園でうわの空

 

神に一心お茶にはニしん かけてみやんせキッと利く

 

ことしお茶にはあかねのたすき 今度五月にや黒だすき

 

宇治の里から貰うた嫁は 茶つみ上手で唄上手

 

人の手前で薄茶じやけれど 主の濃茶で目をさます

 

こよい庚申濃茶をのんで 話明かそか主さんと

 

ぬるいお茶でもお前の手から ついで貰えばあつくなる

 

朝の茶の湯に茶柱立って 運の開きか花が咲く

 

 井上円了の「迷信と宗教」に「喫茶の際、碗中に茶柱の直立することあれば、これを吉事の兆しとする」とある(大正3年)。茎の入った番茶を喫茶するようになるのは江戸時代中期以降だから、この迷信は、その当時以降の発祥となる。なぜ茶柱が立つと縁起がいいとされるのか?柱には「繫栄する」という意味があります。大黒柱は繁栄の象徴です。高級茶には茎が含まれませんので茶柱が立つということはありません。番茶には硬くなった茶や茎が多く含まれているため、あまり売れませんでした。そこで静岡の商人が番茶を売る戦略として「茶柱が立つと縁起がいい」という噂を広めて宣伝したのではないでしょうか。

 

 

 

収穫量日本一

 日本でいちばん長芋を作っているのは?正解は北海道です。

次の作物の収穫量日本一はどこの都道府県か?

 

Photo_6 ①スイカ

 

②かんぴょう

 

③コンニャク

 

④トマト

 

⑤山椒

 

⑥もも

 

⑦みかん

 

⑧米

 

答え①熊本②栃木③群馬④熊本⑤和歌山⑥山梨⑦和歌山⑧北海道

望遠鏡の日

09082501galileostelescope_big 人類史上、最大の発見といえば宇宙の発見だろう。それを可能にしたのは望遠鏡だ。1608年のこの日、オランダの眼鏡技師ハンス・リッペルスハイが望遠鏡を発明した。翌年にはイタリアのガリレオ・ガリレイが望遠鏡が発明されたことを知るや、自身でそれを製作し、太陽や月、木星など天体を観測した。(10月2日,Hans Lippershey)

2026年10月 1日 (木)

温泉と大国主命

  火山列島といわれるわが国には、多くの温泉がある。その数は実に全国に3085ヵ所あり、温泉のない都道府県はただ一つとしてない。日本は世界有数の温泉国である。「因幡の白うさぎ」の伝説で知られる大国主命は、須佐之男命の六世の孫で、五穀豊穣・商売繁盛・縁結びなど偉大な神として崇拝されているが、病を封じる神(医療神)として全国各地の温泉を開設した事でも知られる。景行天皇は道後温泉、別所温泉に行幸した。成務天皇は湯の峰温泉、欽明天皇は秋保温泉(宮城県)に、舒明天皇や孝徳天皇は有馬温泉、有馬皇子と斉明天皇は白浜温泉にそれぞれ行幸している。ほか紀の湯温泉、牟漏温泉、伊香保、那須、玉造、連見の湯(別府温泉)などが古くから温泉地として知られている.阿蘇の山あいの小さな黒川温泉が全国の温泉ファンに人気だという。

全国の主な温泉地

 

北海道  登別温泉、定山渓温泉

 

東北   乳頭温泉、田沢湖の温泉、上山温泉

 

北関東  草津温泉、鬼怒川温泉、伊香保温泉

 

甲信越  白骨温泉、野沢温泉

 

首都圏  箱根温泉 湯河原温泉

 

東海   熱海温泉、下呂温泉、奥飛騨温泉郷

 

北陸   和倉温泉、宇奈月温泉、山中温泉

 

近畿   有馬温泉、城崎温泉

 

山陰・山陽 玉造温泉、皆生温泉

 

四国   道後温泉、こんぴら温泉郷

 

九州   別府温泉、湯布院、黒川温泉、原鶴温泉

 

 

 

 

愛しのオダリスク

E382a2e383b3e382b0e383abe3808ce382b 「グランド・オダリスク」1814年

 日本人にとって「ハレム(椒房)」と聞くと、千夜一夜のなかにでてくるアラビアの後宮のことであって、これは邸宅の内奥にある男子禁制の愛妾の居宅を意味している。のちのオスマン帝国のハーレムがヨーロッパ人から見て、性愛や淫蕩のイメージで絵画の題材として好まれるようになった。

    ルーブル美術館にアングルの「グランド・オダリスク」がある。ヨーロッパでは、特に宮廷のハレムに住まう女性たちは、「君主の居室」を意味するトルコ語のハス・オダルク(Has Odalik)から訛ってオダリスク(Odalisque)とも呼ばれていた。19世紀初め頃、フランスの勢力が近東方面にのびるにしたがって、トルコやアラブの異国情緒がフランスに入り、画家たちもしきりにトルコ風物を画題とした。アングルの裸婦はとくに有名であるが、ルノワールやマティスもオダリスクを重要なモティーフとして作品を残している。現代でも世界の芸術家たちが「オダリスク」に憧れて、幾多の模作、偽作を残している。

 

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  アングル「女奴隷のいるオダリスク」 1839年

 

Photo_5 ルノワール「オダリスク(アルジェの女)」 1870年

 

1921
 マティス「赤いキュロットのオダリスク」1921年

 

1927 灰色のキュロットのオダリスク 1927年

 

1924 マティス「横たわるオダリスク」1924年

 

Photo_3 マティス「椅子にもたれるオダリスク」

 

S10_2 Photo_4 マティス「マグリノアのあるオダリスク」

 

Big_artpostec041 6a0120a605d193970b0120a745e375970b8 G_odalisque Photo_6 800pxodalisque_2 ルフェーブル

 

22482866_1207915081_zappellichodali Theodalisk Tchakedjian「The Odalisk」

 

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都道府県クイズ

問1.47都道府県名に使われている漢字でいちばん画数が多いのは、どの漢字だろうか? 

答.都道府県名の漢字には「縄(繩)」のように新字旧字の問題があるが、ここでは新字で調査すると、滋(13画)、徳(14画)、熊(14画)、縄(15画)、潟(16画)。つまり新潟県である。書道で「潟」の文字を書くのはなかなか難しい。

問2.海の流れによって運ばれて砂が堆積し、一方の端が陸地とつながった地形を「砂嘴」といいます。日本最大の砂嘴「野付半島」がある都道府県はどこでしょう?

答.北海道

コーヒーの日

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 17世紀のロンドン・コーヒーハウス

  きょうは「コーヒーの日」。ほっと一息つきたいときにぴったりの「コーヒー」。一杯のコーヒーを傍らにおいて過ごす時間は、私たちの1日の中で、特別に美しい時間といえるのではないだろうか。もともと西洋人は、水以外の非アルコール飲料は知らなかった。では世界で一番最初にコーヒーを飲んだのは誰なのだうか?

 コーヒーの発祥地はエチオピアでコーヒーの液汁を飲んだのが始まりですが、実を煎じて飲むことを考えついたのは、5~9世紀のアラビア人だといいます。すくなくとも13世紀頃には、イスラム世界では今日のような焙煎した豆が用いられていたようだ。1554年にはトルコのコンスタンチノープルにコーヒー店が誕生した。16世紀後半に、トルコで愛飲されていたカフヴェ(Kahve)がヨーロッパに伝わったものである。17世紀にはヴェネチアやロンドンに広まった。1650年、オックスフォードに作られた「ジェイコブス」がイギリス最初のコーヒーハウスといわれる。その2年後、アルメニア人バスクァ・ロゼがロンドンに簡素なコーヒー・ハウスを開業して評判をとり、その後続々とコーヒー・ハウスが誕生した。30年後にはロンドン市内だけで、その数3000軒にのぼったといわれる。1763年フランスでドリップ式のコーヒーが考案された。

   今日の世界的な用語、コーヒー(coffee)やカフェー(cafe)などはトルコ語から転化したもので、トルコへはアラビア語のカフワ(qahwa)から移されたものである。コーヒーに関する世界最初の記述といわれるものは、12世紀の医者アッ・ラージー(1149-1209)によるもので、彼は胃の薬として、エチオピアに原生するブンの種実から煮出して汁液「ブンカム」を使用していた。豆をいることによって苦味や香りの豊かな飲み物としたのは13世紀中頃から、飲酒の許されないイスラーム教徒のあいだでは、日常生活に欠かせない飲み物として広まったらしい。そしてその頃には、これを「ブンカム」と呼ばず、酒の名の一つを借りて「カフワ」と呼ぶようになった。これがトルコ語の「カフウェ」になり、17世紀のヨーロッパで「カフェ」あるいは「コーヒー」と呼ばれるようになったのである。ルイ14世とナポレオンはコーヒーの愛好家で知られる。イギリスのコーヒーハウスは男性しか入れなかった。やがて女性たちは紅茶を飲むようになり、19世紀中頃からアフタヌーンティーの習慣へと発展する。

   日本にコーヒーが伝わったのは、室町時代のことで、キリスト教の布教で渡ってきたポルトガル人やスペイン人が携えてきたと考えられている。より確かな説では、江戸時代の1780年代にオランダ商人が長崎の出島に持ち込んだとされる。コーヒーの味を初めて知った日本人はおそらく幕府のオランダ通詞であろう。「紅毛船上にてカウヒイというものを飲めり。焦げくさくして味わうるに堪えず」と、太田蜀山人は感想を語っている。コーヒーに、「珈琲」の漢字を最初に当てたのは、儒学者の宇田川榕庵(1798-1846)である。

 コーヒーが健康に与える影響については科学者たちが何年にもにわたって研究してきた。飲みすぎるとカフェイン依存症につながる一方、毎日適量飲むと心臓病のリスクが下がるという報告もされている。コーヒーの健康効果についてはいまだ謎が多い。DNA遺伝子が関係しており、からだにいい人と悪い人と、人によって違いがあるらしい。(参考:「サロンとコーヒーハウス」成瀬治『大世界史』13) 10月1日

 

 

親の七光り

Franz_xaver_mozart_wolfgang_jr_1825 「親の七光」は、もともと「親の光は七光り」ということわざから来た、表現で江戸時代からある言葉だ。「雑俳・住吉おどり」(1696年)に「千年もおきたや親の七光ひかり」とある。

   外国でも有名人の子供はメディアに特別扱いされるようだ。ジェーン・フォンダ、ソフィア・コッポラ、リリー・コリンズ。その名前を聞けば、誰しも彼女の父親が、ヘンリー・フォンダ、フランシスフォード・コッポラ、フィル・コリンズとわかるだろう。  有名人の親の威光が子に及んで、あらゆる余沢を受け、親の社会的地位や名声のおかげで、子が得をすることを言う。「親の七光り」に相当する英語の決まり文句はないので日本社会特有のものなのであろう。小泉純一郎、安倍晋三、麻生太郎、鳩山由紀夫、岸田文雄、石破茂、田中眞紀子、小渕優子などみれば政治家には有名政治家の子、孫が多い。街角インタヴューで「七光りだと思う二世タレントは?」と聞いたところ、長嶋一茂、フリーアナウンサーの高橋真麻、ミュージシャン三浦祐太朗、などの名が挙げられた。このほか芸能界には、石橋靜河、趣里、駿河太郎、柄本兄弟、降谷建志、森内寛樹、木本慎之助、篠山輝信、三浦りょう太など2世スターが多い。だが実力勝負の世界では、家柄だけでは通用しない。長嶋一茂と野村克則との現役通算本塁打は二人合わせて22本だった。親子で紅白出場したのは瀬川伸・瑛子、森山良子・直太朗、松田聖子・神田沙也加の3組だけである。清教徒革命の指導者オリヴァー・クロムウェルの長男リチャード・クロムウェルも父の死後、国卿になったものの僅か8ヵ月で辞任している。モーツァルトの次男も作曲家として活動したが、凡庸であった。本居春庭は宣長の長男として生れたが、身体虚弱で失明したが、父の学問を受け継ぎ、宣長の研究を大成させたのは立派である。小デュマ(父は三銃士の大デュマ)は「椿姫」一作だけだが、文学史にその名を残している。

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