天文法華の乱
天文5年、比叡山延暦寺の衆徒と日蓮宗徒との対立が激化し、山門側が洛中洛外の日蓮宗21寺を襲撃し壊滅させた。京都は下京の全域、および上京の3分の1ほどを焼失した。そのためその後数年間、日蓮宗は洛中では禁教の状態になった。法華宗の影響下にある町衆は戦闘に加わり延暦寺と闘ったが、町衆の戦死者は3000とも1万ともいわれた。しかしこの乱を契機に、町衆の団結は一段と進む。(7月27日)
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