磐梯山噴火(1888年)
「エイヤー会津磐梯山は宝の山よ~」と民謡にある標高1816mの磐梯山。磐梯山がいまの形になったのは、実は明治の中頃の大噴火があったためである。明治21年7月15日、水蒸気噴火が発生、火砕流、降灰、小磐梯が山体崩壊を起こし、発生した爆風と岩屑なだれにより、北麓の集落(5村11集落)が埋没する被害を出し477人の死者が出た。当時、この災害は新聞などで大々的に報道され、日本赤十字社初の災害救援活動となった。また災害時のボランティア活動の始まりとも言われている。
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