都は京都から東京へ
日本の首都はどこかと問うと、ほとんどの人は東京と答える。実は明治維新から主要な官庁が東京に集中したので、いつのまにか首都機能を持つ都市となったというだけで、「東京が首都である」と規定した法令は作られたことはなかった。古来、日本では天皇の御在所が都であるという認識があるので、東京が首都ということになっているだけである。江戸城が明治新政府に接収され、江戸を首都とする意見が出されたとき、公家や京都市民の間から、反対の声が沸き起こった。9月になってようやく天皇は京都を出発し、10月に江戸城に入り、これを東京城と改めた。このとき東京市民一同へ酒を賜わるとの御沙汰があり、市民はこれを天盃頂戴といって、時ならぬお祭りさわぎを演じた。天皇は12月、いつたん京都にもどって立后の儀をあげ、翌明治2年3月28日、京都市民の反対を無視して、天皇は江戸城に入城した。以後、東京は名実ともに日本の首都となった。7月15日に、太政官は東京(とうけい)に移す旨を布告し、やがて中央行政機関がしだいに東京に移されていった。政府はついに遷都を発表しないまま東京を新しい首都とした。
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