沖縄の歴史
沖縄にいつ人類が住むようになったのかは、はっきりしない。旧石器時代の最古の遺跡は、山下町第一遺跡(那覇市)で、3万2千年前です。港川人(八重瀬町長毛)は頭や手足のそろった完全な化石人骨で、1万3千年前であることがわかりました。沖縄の新石器時代は、本土のそれよりも長く、平安の頃まで続いた。11世紀頃、農耕が伝わった。沖縄島は12世紀ごろ、按司という権力者が各地に出て地域を支配したが、そのうちの有力者が、14世紀に中山・南山・北山の小国家ができた。これら三山は明に進貢し、中山王・南山王・北山王の称号を授けられた。15世紀初め、佐敷按司の尚巴志が興り、三山を攻略して首里に統一政権を樹立、この王朝が7代48年続いた。1470年のクーデターで尚円が王となり、尚円の子、尚真は中央集権を確立し、王国の基礎を固めた。尚円王統は以後、明治の廃藩置県まで、19代にわたって、琉球王国を築いた。明治12年、内務省の松田道之は2個中隊を率いて首里城に進軍した。琉球藩を廃し、沖縄県を設置することを通達、尚泰は東京の藩邸に居を移し華族となる。尚泰は無抵抗で首里城を明け渡したが、清政府は併合に猛反発し、琉球問題は日清戦争を引き起こす重要な要因となった。明治政府は、初め沖縄を植民地的に取り扱ったが、次第にその態度を改め、明治末期には参政権も与えた。行政官の齋藤用之助は産業、道路整備、人材育成など沖縄の近代化に大きく貢献した。第二次世界大戦末期、日米両軍は沖縄本島で激しい地上戦が行われ、県民の4人に1人が犠牲になった。本島南部の洞窟陣によった第32軍も激戦の末、玉砕した。大本営は6月21日、沖縄戦の終了を発表し、本土決戦に備えた。戦後は、アメリカは強大な軍事基地を構築し、そのアジア政策推進の拠点とした。昭和47年5月15日、日本復帰が実現した。しかし、今も、製造業が育成せず、沖縄経済は米軍基地に大きく依存している。政府は普天間基地飛行場の辺野古移設建設を強行しているが、住民から反対運動が起きている。
「沖縄戦:なぜ20万人が犠牲になったのか」集英社新書 林博史 2025年
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