黒船来航(1853年)
来年の大河ドラマは「逆賊の幕臣」、幕末の小栗忠順の生涯を描く。生誕200年にあたる。2028年の大河は「ジョン万」で同年生まれが続けて主人公になるのは異例のことだそうである。でもよく考えてみれば、時代劇はセットなどにお金がかかるが同じ幕末物だと使いまわしができて何かと安あがりだろう。登場人物も同じ役者が同じ役で登場するかもしれない。勝海舟や徳川慶喜は必ず登場するだろう。
幕末の序章は1860年代、まずイギリスに始まった産業革命は、フランス、ドイツ、アメリカなど先進欧米諸国に波及し、ここに、イギリスを中核とする世界的な資本主義が成立したことである。1840年代から50年代にかけて中国とそれにつづいて日本が、その世界資本主義の市場になることを強いられるのである。
そして物語の始まりはやっぱり黒船の来航ではじまる。東インド艦隊を率いるマシュー・ペリーの黒船4隻が、江戸湾入口の浦賀に現れたのは、嘉永6年6月3日(陽暦1853年7月8日)のことであった。天気は快晴で、富士山がよく見えた。浦賀奉行組与力の中島三郎助は、オランダ語の通訳の堀達之助とともに、交渉に当る。中島が、日本の法律では、外交問題は長崎で交渉することになっているで、長崎で交渉するよう、副官のジョン・コンティ大尉に申し入れた。しかし、コンティはこれを拒否した。ペリーは3日後までに聞き入れなければ、大砲をうちだすという。老中・阿部正弘や勘定奉行・川路聖謨は諸大名と協議し、結局6月9日(陽暦7月14日)に、アメリカの国書を受け取ることにした。アメリカ大統領の国書は、アメリカ漂流民の保護、アメリカ捕鯨船の食糧・薪水の補給、日本の地に貿易港を開く、というものであった。幕府側は、すぐに回答できない、なんとか来年までまってほしい、とペリーに頼んだ。ペリーは来春に再び来航して、日本側の回答を求めることを述べ、12日にようやく江戸湾を去り、琉球にむけていった。「太平のねむりをさます上喜撰たった四はいで夜もねられず」と狂歌に詠まれるほど、江戸の街は大混乱となった。(Matthew Perry,John Contee、史料「南浦書信」嘉永六年七月十四日)
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黒船ですね。私の小説の舞台です・・・。
投稿: | 2013年6月 3日 (月) 13時48分