アンボイナ事件に現れた日本人
アンボイナ事件とは、1623年にオランダ領東インド・モルッカ諸島アンボイナ島で起こった虐殺事件。当時、英蘭でグローブ(丁子)などの香辛料を求めて激しく英蘭で対立していた。商館長ガブリエル・タワーソンを含む18人のイギリス人、日本人11人、そしてポルトガル人1人、合計30人が水責め・火責め・四肢の切断などの残虐な刑で処刑された。被告に七蔵、久大夫ら日本人が含まれているのは、この時期の「牢人問題」があるる。関ケ原の戦い後の大名改易により大量の浪人が発生し、慶安に至る50年間に約40万人の牢人が生まれた。再仕官した者を差し引いても、20数万人に及ぶであろう。生活に困窮した牢人の中には東南アジアの傭兵として渡航した侍もいたらしい。アンボイナ事件の後はイギリスは東南アジアから撤退し、オランダが支配権を強めた。
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