おかげ参り
庶民が伊勢参りにあこがれる「おかげ参り」は、すでに室町から戦国時代にあったようだが、爆発的な流行となったのは、江戸時代に入ってからである。戦乱が遠ざかり、生産力が上がって、たいていの庶民も少し無理をすれば長旅ができる。その口実として、伊勢参宮はかっこうのものだった。宝永2年、明和8年にブームがおきたが、最も大規模なおかげ参りは、文政13年(1830)、すなわち文政のおかげ参りで、参加した人々の数は、400万余といわれる。当時の総人口を3000万として考えると10人に1人より、もっと大きな割合でおかげ参りがなされていたことになる。庶民の旅行ブームはもちろん伊勢だけではない。関東では出羽三山や成田不動、西日本では高野山・熊野・金毘羅・厳島社などなどへの参詣も大流行だった。(参考;「お伊勢まいり」岩波新書 西垣晴次 1983年)
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