忠臣蔵おかるの墓
仮名手本忠臣蔵で早野勘平の妻で、祇園で遊女となったお軽。たまたま大石内蔵助が密書を読んでいるのを手鏡にうつして盗み読みし、大事を悟られたと知った大石が女を身請けするというくだりは、仮名手本忠臣蔵七段目の筋書きで創作だが、おかるという女は実在していた。
実在のモデルとなった「おかる(本名おかじ)の墓」が京都市の上善寺(上京区千本今出川)にある。二文字屋という版木屋の二文字屋次郎左衛門の娘で大石内蔵助の妾であった。美人だったらしいが、詳しいことはわからない。元禄15年、内蔵助が江戸に下った後、お軽は出産している。男の子で、町医者の寺井玄渓の手によって里子に出され、幼名を石之助、長じて大石良知と名乗るが、九州平戸へ向かう途中、佐賀の伊万里で病死した。伊万里に墓碑がある。お軽は29歳の若さで世を去り、実家に近い上善寺に葬られた。墓石には「清誉貞林法尼」と刻まれている。
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