黒瀬久賀という女性
谷崎潤一郎の研究家たつみ都志が谷崎・吉井勇書簡を調査したところ、黒瀬久賀という女性名がしばしば散見する。第7代神戸市長、黒瀬弘志夫人である。昭和17年頃、黒瀬夫妻は谷崎が住む反高林の家から北側、「1軒おいて隣」に引っ越してきた。久賀夫人は明治28年生まれで、当時47歳くらい。大きな屋敷に住み、社交的な華やかな美人であっという。谷崎は黒瀬夫人に関心を引き、松子を通して交際が戦後まで続いた。吉井勇宛て書簡には「今度拙宅付近在住の夫人令嬢たち寄り集まり、大体一週間一度くらい貴公の御来駕を仰ぎて和歌の御教授にあづかり度とのことにて(中略)人数は十人内外前神戸市長黒瀬氏の夫人令嬢など(中略)愚妻もその中に加えて頂度と申居候場所は黒瀬邸(拙宅の一軒おいて隣)を選ぶ事と相成べく小生も時々御目に懸かれて楽しみに御座候」とある。ただ残念なことに、黒瀬久賀が谷崎の『細雪』の中でどのような形で投影されたのかは未だ定かではない。(参考;たつみ都志「第3の女人像 黒瀬久賀の存在」谷崎潤一郎記念館ニュース25 1998.6)
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