嵯峨天皇と喫茶の宴
平安時代初期の弘仁6年(815年)4月22日、嵯峨天皇が近江国(大津市)に行幸したとき、梵釈寺の永忠という僧が、茶を煎じて献上したという記録が「日本後紀」に見える。これが確認できる、日本最初の喫茶の記録である。その茶がどういうものであるかは伝わっていないが、永忠は在唐30年の留学僧である。新渡の唐風俗である喫茶をもたらしたと思われる。おそらく永忠は苗木を持ち帰り、栽培した。苗木は10年もすれば成木となり、風味が生まれ、献茶にふさわしい条件をそろえたであろう。嵯峨天皇はこの茶が気に入り、直ちに各地に茶の栽培を命じたといわれる。しかし抹茶を用いるようになるのは鎌倉時代になるまで待たなければならない。
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