大岡越前守と天一坊事件
大岡忠相は公正な裁判で名奉行とよばれ、映画・ドラマなどでその名が広く知られている。享保14年(1729年)4月21日、将軍吉宗の御落胤と騙った天一坊改行(1699-1729)が品川で死罪の上、獄門となった。天一坊のもとに集まっていた常楽院(赤川大膳)や山内伊賀亮など浪人たちも遠島や江戸払いとなる。
天一坊の正体は紀州田辺の生まれで、幼名は半之助というが真偽は定かではない。「大岡政談」では宝沢(ほうたく)という感応院というお寺の小坊主となっている。享保日録等の史料に見え、天一坊は実在の人物と思われるが、将軍家を揺るがすような大事件ではなかった。大岡忠相の名裁きの一つとされるが、実際には大岡忠相はこの事件には全く関係していない。関係のない出来事を越前一人にに集めて作りかえられた創作である。
「大岡政談」には、中国の「捌き物(裁判物)」が大きく影響している。例えば「石地蔵吟味の事」は「包公案」、「実母継母の子供争」ぱ「棠蔭比事」という中国小説集所集の話の翻案である。
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