吉田松陰が渡米に失敗
嘉永7年3月28日、下田に停泊中のアメリカ艦隊ミシシッピー号に吉田松陰(1830-1859)が、弟子の金子重之輔(1831-1855)と共に小舟を漕ぎ寄せた。そして密航を切願したが通訳ウィリアムスは「ペリーはあなた方の志を喜んでいるが、日本との条約があるので、連れていけない」と断わられた。松陰の海外渡航は失敗に終わった。松陰はその時のことを「三月二十七日の記」に記している。
翌日、2人は、下田で自首し、幕吏によって獄に入れられる。のち、松陰は幕府から長州藩に引き渡され、萩城下の野山獄につながれる。金子は翌年萩で獄死している。下田で松陰たちが身を寄せた蓮台寺の医師、村山行馬郎(むらやまぎょうまろう)の屋敷がいまもある。内湯の浴槽がそのまま保存され、往時の様子を伝えている。
野山獄は獄中生活とはいっても、自由が許され読書に励んだ。傍ら他の囚人たちとも交わり勉強会などを始める。(天皇の世紀 第2回「野火」、3月27日)
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