徒然草の成立年代について
本日は「徒然草」の作者として知られる兼好法師の正平5年(1350年)の忌日(他に4月8日説あり)。「徒然草」の成立時期には数多くの説があり定説はない。従来の説として、今川了俊が、壁に張られたり、経文の裏書にあったりしたものを整頓させて出来たものだと伝わったが、いうまでもなく、後世の風流人のさかしらに拠る捏造である。諸説の大きな相違は、わずか数年で一気に書き上げたのか、十数年の歳月を費やしたかの見解のちがいがある。「徒然草」は古くは上下の二篇に分かれていて、兼好が37歳の頃、元応元年(1319年)には上篇の一部(37段まで)は成立していたとみられている。完成したのは、兼好が49歳の頃、元弘元年(1331年)9月20日とみられる。遅くとも後醍醐天皇の建武の新政(1333年)までには「徒然草」は完成していた。(2月15日)参考文献:富倉徳次郎「卜部兼好」1964年
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