曹操と華佗
「立てば芍薬、座れば牡丹」といわれるが、芍薬は牡丹と並んで美しい花を咲かせる。また「芍薬甘草湯」という漢方薬としても用いられる。この芍薬に薬効があることを発見したのは三国時代の名医、華佗である。
三国志「魏」の英雄・曹操も60を過ぎると病の床に就くことが多くなった。「乱世の姦雄」も、「猶お人のごとき也」と死期が近づいて来るのを恐れた。そこで呼び寄せられたのが、名医華佗である。華佗が助かるといえば助かり、だめだといえばだめであった。華佗は曹操に脳腫瘍があることを気づいた。曹操は発作の度に華佗の鍼で救われたが、猜疑心が強くて、華佗の治療を謀殺の手段と思い込んで、彼を獄死させてしまう。曹操が死に至るのはそれから間もなくのことであった。2006年に曹操の墓が発見された中から遺骨や愛用の枕が出土した。晩年、歯が悪く、頭痛や歯痛があり、死につながる深刻な病が解明されている。「魏志」の華佗伝は、彼の超人的医術の記録で埋め尽くされている。
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