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2026年1月22日 (木)

兵役忌避と漱石

 戦前は徴兵制度があった。明治6年1月に徴兵が始まった。以後昭和20年11月17日に廃止されるまで、およそ70年、この制度が続いた。当時の徴兵制は本籍地主義を採用していたが、北海道と沖縄は兵役が免除された。

   夏目漱石は生粋の江戸っ子で、その本籍地は東京(江戸牛込馬場下横町)だと思っている方が多いだろう。しかし実は22年間も本籍が北海道にあったのです。本籍は「後志国岩内郡吹上町17番地浅岡仁三郎方」ちなみに浅岡仁三郎とは三井物産硫黄山の御用商人であり、夏目家とは直接知り合いというわけではなかった。東京から後志国岩内へ転籍したのは1892年(明治25年)4月5日。1897年(明治30年)1月22日に岩内郡鷹台町54番地に移転した後、1914年(大正3年)6月2日に東京に籍を戻している。なぜ漱石は北海道に籍を移したのであろうか。当時、国内では徴兵制が敷かれていた。漱石は25歳の学生なので徴兵猶予がありましたが、卒業後徴兵される可能性がありました。そこで当時免除地域あった北海道に籍を移転して徴兵逃れという方策をとったものと考えられる。漱石は一度も岩内を訪れたことや北海道の地へ旅行したことも一度もなかった。1969年には、漱石の本籍があった場所に「文豪夏目漱石立籍地」と書かれた記念碑が建立された。岩内町の郷土館には夏目漱石の本物の戸籍謄本が展示されている。

  日清戦争や日露戦争で、同世代の若者が多数死傷しているので、漱石の胸中は複雑な思いがしていたであろう。ロシアの侵略を逃れて日本に来た安青錦が大相撲で大活躍しているが、どんなに立派な成績を残したとしても兵役忌避の事実は消えない。いずれにせよ、戦争の一日も早い終結を願ってやまない。

 

 

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