ゴーストップ事件
1933年6月17日、大阪市北区の天神橋筋6丁目の交差点で、陸軍第4師団の中村政一一等兵が、赤信号を無視して交差点を横断した。交通整理中であった大阪府警の戸田忠夫巡査は中村を注意し、天六派出所まで連行した。中村は抗弁し抵抗したため、殴り合いの喧嘩となり二人は怪我をした。6月22日、陸軍は「この事件は、皇軍の威信にかかわる問題である」と声明し、警察に謝罪を要求した。この事件は、当時大阪市民を沸かせ、事情が分かるにつれて軍の横暴を非難する声が多くなった。最終的には、事態を憂慮した昭和天皇の特命により、白根竹介兵庫県知事が調停に乗り出した。天皇が心配していることを知った陸軍は恐懼し、事件発生から5か月にして和解が成立した。軍部の影響力が強まっている当時の日本の社会情勢を象徴する事件である。
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