文豪の書斎と机
明治の文豪、森鴎外と夏目漱石とが、時をしばらくずらしながらも共に書斎として使った家が、明治村に展示されている。もともとは、明治20年頃、医学博士中島巽吉が自分の新居として現在の東京都文京区千駄木に建ててたあった住宅だったそうです。新築後入居することなく空き家だったところを、鴎外が明治23年に借り、1年半ばかりを過ごしたのち、今度は明治36年から39年にかけて漱石が住み、どちらも同じ部屋(8畳間)を書斎として使っていたということです。鴎外の「舞姫」や漱石の「吾輩は猫である」はこの家で執筆していたそうです。
関西には川端康成(茨木市)をはじめ与謝野晶子(堺市)、佐藤春夫(新宮市)、志賀直哉(奈良市高畑)、谷崎潤一郎(芦屋市)、司馬遼太郎(東大阪市)など日本を代表する作家の文学記念館や旧居がある。書斎を再現しているところもあり、生前のままに日用品が置いている。文豪にとって机は切っても切れない相棒である。宇野千代は森本毅郎とのインタビューで「小説は誰でも書ける。毎日机の前に坐ることである。毎日坐らないと書けませんよ。書くことよりも大事なのは机の前に座ること」と語っている。

谷崎潤一郎が使用していた根来塗の机(倚松庵)
これら文豪は関西以外にも各地に展示室が散在している。

三国路与謝野晶子紀行文学館「椿山房」(群馬県利根郡みなかみ町) 与謝野晶子愛用の黒檀の机
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