怪しい歴史伝説
歴史に伝説はつきものである。日本には徐福伝説がある。秦始皇帝が不老不死の仙薬を求めて、徐福という方士を東方に使わした。日本各地に徐福漂流地といわれる伝説が残っている。いずれも信憑性はなく、ほとんど江戸時代に作られたものであろう。しかし西洋にあるトロイの木馬やノアの箱舟、大洪水を伝説として笑うわけにはいかない。シュリーマンは子供の頃に聞いた話を事実として、考古学者となってトロイの町を立証したのである。聖書に書かれていることは伝説ではなく、真実であるとする人は多い。イスラエル民族の指導者モーセはかつては伝説上の人物で実際にはいなかったという意見もあったが、今では実在したとする説が有力だという。だが彼の存在を証明する遺物が発見されたわけではない。おそらく西洋人のアイデンティテーに関わる問題が介在するのであろう。
だがキリスト教と関係のない、アルキメデスが巨大な鏡を使ってローマの軍船を焼いたとか、ローマ皇帝の残虐な話とか有名人の逸話に関してはどこの国にも誇大なつくり話とみられるようである。日本では源義経が衣川を脱出して大陸に渡って、ジンギスカンになったという話が有名である。義経=成吉思汗説は江戸時代に幕府の蝦夷地経営などと絡んで流布したが、明治・大正と、三度も世間を騒がせた。頓智の一休さんにも奇矯な逸話が多い。屏風の絵の中のトラ退治や正月に髑髏をぶらさげて歩いた話などである。むしろ晩年に盲目の美人を溺愛したという話が本当かもしれない。唐の楊貴妃は玄宗皇帝の寵愛を受けた美女である。山口県長門市に「楊貴妃の墓」がある。史実では安禄山の乱が起こり、馬嵬で縊死したとされる。ところがこれは身代わりで、本物の楊貴妃は、陳玄礼のはからいで船に食糧を積みこみ、上海あたりから出帆した。そして日本に漂着したという。日本各地に楊貴妃伝説が残っている。左甚五郎という名人にはとくに逸話が多い。右腕がなかったとか、トラに恋した甚五郎が、その姿を人形にして作ったら動いたという話など。最近では歴史ドラマの影響が大きい。高杉晋作は高下駄に着流し姿で戦場で指揮をとったというイメージが定着し、「おもしろくなき世をおもしろく」と三味線を弾きながら、肺結核で血を吐きながら戦うという話になっている。数年前の「新撰組」では近藤勇は大口でゲンコツを口に入れるポーズをとっていた。「光る君へ」吉高由里子が紫式部を演じた。光源氏のモデルは藤原道長。「龍馬伝」「坂の上の雲」など映像で見る坂本龍馬や秋山真之もあくまでフィクションである。
「義経=ジンギス汗新証拠」 鹿島昇 新国民社 1987
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