御一新から維新へ
「明治維新」をイシンと呼ぶことは、小学生でも知っている。しかし、当初は「ゴイッシン」、つまり「御一新」という呼び方の方が通例だった。例えば、五か条の御誓文には「今般王政御一新ニ付、朝廷ノ御条理ヲ追ヒ云々」とある。島崎藤村の「ふるさと」では、「明治のはじめを、御維新の時と言いまして、あの御維新の時から、どんな百姓でも立派な苗字をつけることに成ったさうです」とある。
では、なぜ「御一新」や「御維新」ということばが、「維新」ということばに変わったのでしょうか。明治維新後、自由民権運動が起こり、各地に農民が武装蜂起する事件が起こった。明治10代には、秋田事件、福島事件、高田事件、そして秩父事件が起こる。一言でいえば「御一新」の背景にあるのは「世直し」の騒動なのです。こういった民衆のエネルギーを利用して幕末維新は成功しました。しかし、幕府が完全に倒れると、今度は、そういった明治新政府は保守の立場となり、その力は逆に疎ましくなってきます。御一新から維新という呼び名の変更には保守反動の表れであるとみれます。
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