青木昆陽の墓
本日は「さつまいもの日」。「栗よりうまい十三里」ということから、昭和62年にこの日が定められた。人生の最後の食事で食べたいものは?って言われたら、巨人の丸佳浩選手は、ズバリ「おいも」と答えた。JR山手線・目黒駅を降りて、太鼓橋を渡ると、目黒不動尊がある。正式には泰叡山龍泉寺(天台宗)といい、境内に豊かな湧水があり、古くから不動信仰の霊地である。幕府の庇護も厚く、江戸近郊における人びとの参詣行楽の地として繁栄をきわめていた。独銛の滝に打たれて水垢離をとり、不動尊に祈願成就を祈るのである。この滝は「江戸名所図会」や広重の浮世絵にも描かれている。寺の裏手に青木昆陽の墓がある。昆陽は、八代将軍徳川吉宗の命により蘭学を学び、長崎に遊学し、「和蘭文字略考」「和蘭貨幣考」「和蘭語訳」など著述する。また「蕃藷考」を著し、救荒作物として甘藷の栽培を奨励したために「甘藷先生」と呼ばれた。一方、幕命によりしばしば関東・東海地方に出向き古文書を調査・収集した。明和六年歿。行年72歳。(10月13日)
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