春日局没す(1643年)
寛永20年のこの日、春日局は死去した。享年64歳。東映「女帝春日局」(1990)十朱幸代主演。おふく(後の春日局)は稲葉正成の妻でありながら、好色家の家康の子を身ごもり、わが子を秀次の嫡子とし、乳母として江戸城に出仕し、最高権力の地位に登りつめる。それにしても逆賊・明智光秀の重臣の娘を乳母に選んだのか疑問が残る。小説家の八切止夫が「家光の生母は春日局」と唱えたのは分からぬでもない。
BS歴史館「大奥」(2012年2月放送)では、徳川秀忠や母のお江は、病弱で吃音であった兄・竹千代(家光)よりも容姿端麗・才気煥発な国松(忠長)を寵愛していたとされ、そののちに起因する竹千代派と国松派との3代将軍の座を巡る争いとして発展。春日局が家康へ直訴したため、竹千代派の勝利で終わる。この通説に対して、番組(小和田哲男ら)では、家康の「訓戒状」があり、長子相続が決められており、お江とお福のバトルの逸話には否定的な見解を示す。番組の最後に、京都岡崎にある金戒光明寺の崇源院の墓を紹介。造ったのは春日局。側には春日局と忠長の供養塔がある。(9月14日)
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