ゼンパハの戦い(1386年)
1868年から1年半にわたる戊辰戦争は武士の時代の終わりを告げ、これからの時代は国民皆兵制が必要であることを立証した。しかし西洋史ではおよそ500年ほど前にすでにゼンパハの戦い(1386年)でオーストリア騎士軍がスイスの歩兵軍に敗れており、戦史の上では中世から近代に移行しつつあった。
1386年7月9日、スイス中部、ルツェルン北西部ゼンパハ近郊でスイスの独立軍はハプスブルク家の城砦を前年12月に占拠し、近隣農民に市民権を付与して都市領域支配の拡大を図った。これに対して、ハプスブルク家はレオポルト3世指揮下の騎士軍を派遣したが、ルツェルンは原初三邦の援軍を受けた。戦いは当初、スイス側が不利であったが、オーストリアの重装備の騎士軍は狭い土地で長槍とヘレバルデ(槍と鉞を兼ねた武器)で武装した農民軍の密集部隊の突撃に遭って、大敗し、レオポルト3世は敗死した。オーストリア騎士軍が民兵に負けたこの戦いは西欧戦史上画期的なことであった。日本も戦国時代に足軽など民兵が登場したが、徳川幕府の平定により、兵制では西欧諸国に大きく遅れることになる。Sempach,Luzen
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