米騒動(1918年)
大正7年のこの日、富山県魚津の主婦たちが米の県外移出を阻止する行動から米騒動が全国に拡大していった。米騒動は8月になって勢いを増し、8月10日には京都と名古屋で大規模な騒動がおきる。13日には18市40町30村におよび、16日にかけて米騒動のピークをむかえる。騒動は、青森・岩手・秋田・沖縄の4県を除いて全国に波及し、9月11日の三池炭鉱を最後に収束。騒動鎮圧のために各地に警察や軍隊が出動し、約30人の死者をだした。7786人が起訴され、一審で2人が死刑、12人が無期懲役となる。この事件で9月21日に寺内正毅内閣が総辞職した。
一般に米騒動は大正7年が有名であるが、明治23年1月18日にも富山市で300人余が市役所に押しかけるのを機に、各地に米騒動が広がっている。(7月23日)


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