
平清盛の時代の大きな特徴は、物々交換から宋銭の流通による貨幣経済に変わったことである。治承4年6月2日、平清盛は周囲の反対を押し切り神戸・福原に遷都した。ただ和田京との関係や、大輪田泊、福原京が、現在の地図の上にどのように都が配置されたのか専門家の間にも異論がある。元京都大学大学院人間環境研究科教授の足立健亮の復元プラン(E-F-G-H)が広く知られている。最近、楠・荒田遺跡(神戸市兵庫区荒田町)から平頼盛邸宅の遺構が発掘され、福原京の一部が少しづつわかりかけてきた。

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